2016/10/29

オベンチャラ幹部を斬る  
沖浦氏らしからぬ大暴発である。

 人類史上最初に仏に成った人は釈迦。
 釈迦以前、仏教は存在すらしていません。

 ですので、釈迦の成仏は外道の修行によるものです。

 本家本元の釈尊が外道で得道している。
 何故この事実無視しますか〜〜??


沖浦氏は勤行の時に寿量品を読まないのだろうか?

我本行菩薩道・・・

我れ本菩薩の道を行じて云々のくだりである。ようするに菩薩道とは仏道のことに他ならない。これを外道だと主張するのは文字通りの外道義だ。

ちなみに今朝のコメントでは虚空蔵菩薩のことを書いている。これについては正直なところ難解である。強いて言えば大聖人は別格としなければいけないだろう。誰もがマネすべきことではない。

さて、今日は前回の復習である。

浅井先生は日興上人の生まれ変わりである。

このような意味のことを書いたら、さっそくクレーム(?)が入った。いや、クレームではなく、ツッコミとすべきか?

いずれにしても相手が相手なので、あまりウヤムヤなことは書けない。ということで、今日は再論である。まずは前回引用した第十七婦人部長の発言を、もう少し引用範囲を広げて掲げることにする。

 いま
 「仏法の守護は、国主ならびに力ある在家に付嘱する」
 との仰せに、まさしく力ある在家とは浅井先生以外にあられないと伏し拝しては・・・


八月度婦人部班長会での登壇だ。そして次は婦人部総務の第十四婦人部集会での登壇である。

 さらに
 「仏法の守護だけは僧侶には付嘱せず、国王ならびに力ある在家に付嘱されている」
 と伺っては、力ある在家とは、まさしく浅井先生ご統率の顕正会以外あるべくもないことに・・・


前者は国主で後者は国王。この違いに深い意味はないのかもしれない。しかし、もう一つの違いには注目しておきたい。すなわち前者は別して浅井先生一人を力ある在家としているのに対し、後者は顕正会全体を指して力ある在家としているのだ。

わたくし的には後者が望ましいと思う。

いずれにしてもこの両者には共通項がある。国主ないし国王と、力ある在家とを区別していることだ。つまり、浅井先生は国主ないし国王ではない、ということだろう。

では、いよいよご登場願おう。

 御遺命を死守せられた浅井先生こそ、経文に仰せの「在家」を率いる唯一人のお方であり、そして先生を先頭に続々と集う六千万人の大集団、これが「力ある在家」の姿と命に収めては、熱涙が滴りました。

前回も引用した総合女子部長の発言を、大幅に引用範囲を広げてご紹介すれば、まさにご覧のごとくである。

経文には唯我一人とある。御書には上一人より下万民との仰せがある。前者はまさしく仏を意味するものだろう。そして後者の上一人はいわゆる国主ないし国王を意味するものである。
総合女子部長は浅井先生を唯一人のお方だと言っている。在家を率いる唯一人のお方だと。これが何を意味するのかが問題である。実は未だに不明なのだ。
ゆえにわたくしは幹部たちの発言を拾って、ある時は日目上人の再誕だとか、あるいは日興上人の再誕だとか、それこそ会長本仏論だとかと言ってきた。わたくしの意見が一定しないのではなく、幹部たちの言っていることがその都度変わっているのである。

いずれにしても不変のことがある。ズバリ、浅井先生への尊崇だ。

シツコイようだが、繰り返そう。総合女子部長は言うのだ。浅井先生は唯一人のお方であると。在家を率いる唯一人のお方だと。しかもである。それは経文に説かれていると言うのだ。

厳密にはわたくしの誤読である。

経文に仰せの「在家」云々と、ここでは在家をカッコで括っているわけなので、単に在家の部分だけを指して経文に仰せだと言っているわけなのだろう。しかし、もはやそんな理屈はどうでもいいのだ。彼女の言っていることの全体的雰囲気が誤読を招いているのである。

さらに穿った見方をすると、六千万の大集団が何ともイヤラシイところである。

六千万=六万恒河沙?

単なる言い掛かりと思われても仕方がないところだが、あえて言わせていただくつもりである。何しろ顕正会では仏弟子の大集団と言っている。ある時は地涌の菩薩の大集団とも言っているし、六千万の地涌の菩薩とも言っているのだ。その大集団を統率しているのが浅井先生であると。

もはやこうなると、浅井先生が仏法上のただならぬ存在であることは確実である。

客観的にはそうではないのだが、少なくとも顕正会の中ではそのように認識されていることは間違いないだろう。ゆえにわたくしはオベンチャラ幹部と書いたのだ。

問題は浅井先生自身がどのように思っているかである。

しかし、それはわたくしの知ったことではない。オベンチャラ幹部たちの発言を総合的に見れば、かくかくしかじかであると、その都度指摘してきたのが拙ブログではあるものの、本人がどのように思っているかはわからない。それが正直なところである。ゆえに勝手な想像だけを書くならば、あるいは浅井先生自らが自分は特別な存在なのだと思っているのかもしれないし、ただ単にオベンチャラを聞いて気持ちよくなっているだけなのかもしれない。

いずれにしても結論は前回書いた。

俗な言い方をしよう。もし浅井先生を男にしたいのであれば、口先で六千万を言うのではなく、本当に六千万を実現しなければいけない。少なくとも一千万はやらないとダメだろう。それも目先のノルマに追われて、ひたすら入信報告書の枚数だけを積み上げるようでは、まったくお話にならない。幹部たちはそこに気がつくべきなのだ。

2016/10/27

季節外れの合併号を斬る  
顕正新聞第1388号は季節外れの合併号である。その内容は一面に竜の口法難会の会長講演を置き、残りは主に八月末の各部班長会における登壇記事が並んでいる。いわゆる特集号に比べると、思いっ切り地味であり、たぶん一般人には読ませられないはずだ。

さて、いつものごとく、ツッコミを入れたい。

大聖人様ほどの御徳の高いお方・・・

大聖人様ほどの偉大な御方・・・


お方と御方の使い分けがわからなかった。おそらくは単なるミスなのだろう。かく言うわたくし自身も、今こうしてパソコンで入力していて、苦労を味わっている。文字変換の難しさだ。

誰人にでも坐せ。諸経は無得道・・・

当該講演では如説修行抄の一節が引用されている。上掲がまさにそれであるが、わたくしにはここでのマルがわからなかった。点のほうがいいのではないかと。ツマラナイことを指摘しているように思うかもしれないが、もし顕正会が御書全集を発刊するつもりならば、こうした細かいところに気をつけないといけないだろう。

次は二面の総男子部長の記事だ。

国立戒壇建立の暁には、国論を二分する大論争となる・・・

考え方としてはその通りなのだろう。しかし、いつも言っているように、問題は実現性である。

顕正会の前進の直線上に、国立戒壇建立の大気運は作られていく・・・

これも同じ話だ。つまり、顕正会が確実に前進していけば、やがては国立戒壇建立にたどり着くことになる。なぜならば、それを目標に掲げているからだ。だが、しかし、現実には組織の空洞化が進行しているとの見方もあるし、入信報告書そのものが単なる紙切れの価値しかないという現実もあるのだ。つまり、今のままではもし仮に六千万を達成したとしても、それは名目上の数字であって何の価値もないことになるのだ。

それから論争自体はいつでもどこでも起こり得ることである。その手っ取り早いところと言えば、インターネット上である。大論争に発展するかどうかはわからないが、ともかく論争を仕掛けようと思えばすぐにでも仕掛けられる。

ただし、ご存知のごとく、顕正会員はネットに対して物凄く消極的である。

これをどう評価するかは難しいところであって、たとえば一丈の堀なのかもしれないとも思う。つまり、今の段階でも勝ち目がない。だからネットには出て来ない。こんなテイタラクでは将来の大論争にも勝ち目はないだろうとの見方だ。しかし、別の見方もあり得るわけで、今はひたすら将来の大論争のために力を温存しているのかもしれない。さて、どちらが本当だろうか?

総合婦人部長と副総合婦人部長の発言も取り上げておこう。

 されば、もう近い御遺命成就を確信し・・・

国立戒壇建立の日は本当に近い・・・


遠近感が狂っているのではないかと思う。次の総合女子部長も同じだ。

終点の近きことを月々に大確信し・・・

彼女は次のようなことも言っている。

浅井先生こそ、経文に仰せの「在家」を率いる唯一人のお方・・・

これは凄まじい発言だ。第十七婦人部長の発言もわりとニュアンス的に似ているので、次に紹介しておこう。

まさしく力ある在家とは浅井先生以外にはあられない・・・

実に悩ましい発言である。従来の顕正会の主張との整合性が問われるところだと思う。

日本国の真の国主は天皇である。これが浅井先生の常の主張である。いわゆる国主には二意があって、実際に政治を司る人を国主と見做す場合が一つ、そしてもう一つは日本国の真の国主は天皇であるとするものだ。いずれにしてもこれらはいわゆる在家の立場である。当然、これに対して出家の立場がある。
現在の日蓮正宗は主権在民がどうのこうので国主の解釈がアイマイになっているけれども、中には顕正会の主張に近い人たちもいる。そして当然ながら、この在家の棟梁たる国主に対して出家の棟梁としての法主を立てる。
顕正会もこれにほぼ同意であって、強いて言えば法主の呼称は不適切であるとして、貫首ないし貫主と称すべきだとしている。その是非はともかくとして、顕正会においても本来は大石寺の法主上人への尊崇にいささかの変りもないのである。

なぜならば、広宣流布は甚だ近いわけだろう、そしてその時の法主は日目上人の再誕とされるのだ。目師再誕を誰よりも希求しているのは顕正会である。ちなみに、その時の天皇は日興上人の再誕だとされている。

さて、これらの材料を取りまとめると、いったいどのような結論になるのだろうか?

浅井先生は日興上人の生まれ変わりであると、言っていることになるのだ。しかし、これもおかしな話だ。なぜならば浅井先生はどこまで行っても民間人である。皇室とは無縁の人なのだ。日本国の真の国主は天皇だと、浅井先生自らが言っているわけだから、まさか自分が天皇だとは思っていないはずなので、ようはまったく成り立たない話なのである。

思えば浅井先生は池田大作氏に対して物凄く批判的である。たとえば有徳王の話がわかりやすいだろう。一時期の池田氏は有徳王を気取っていた。当時は宗門の高僧たちもオベンチャラよろしく池田氏を有徳王のようにタテマツッテいた。しかし、ご存知のように、現実にはさまざまのイザコザがあった。浅井先生はそうした事例をあげつらって言うのだ。池田は有徳王ではなく不徳王であると。

しかし、どうだろう。

わたくしはここ数年にわたって、顕正会の大幹部たちのオベンチャラを指摘してきた。浅井先生を尊敬するのは結構であるが、さすがに持ち上げ過ぎではないのかと。まさに今回の一件がそうなのだ。顕正会の人たちは誰も気がついていないのかもしれないが、今まで池田氏に対して痛烈に批判してきたことがそっくりそのまま浅井先生に当てはまってしまう構図になっているのだ。

それにしても彼我の差は歴然である。

池田氏が有徳王を気取るのは無理からぬ話で、当時の氏は事実として強大な力を持っていたのだ。では浅井先生はどうなのかであるが、確かに今はそれ相応の実力を有していると言えるだろう。しかし、残念ながら未だに池田氏には及ばない。たぶん最後まで追い抜くことは出来ないだろう。それが客観的な見方のはずだ。

幹部たちのオベンチャラがオベンチャラでなくなるためには、一定の条件が必要だ。すなわち、そういうことを言うのは六千万を達成してからにしろ、ということである。まあ、少し譲るにしても、せめて一千万を達成してからのほうが望ましいだろう。

2016/10/26

詐術的勧誘方法に罪悪感はないのか?  
相変わらず意気軒高の沖浦氏であるが、今日もまた、顕正新聞の話題を取り上げたいと思う。まあ、しかし、その前に一つだけ言っておきたい。

 高木さんのニュースを、今後ろのテレビでやっています。
 あの法律って、犯罪者無駄に作っているだけに思えます。


人の名前を間違えちゃいかんだろう。実際、勘違い者続出で、高木美保さんが迷惑しているという話なのだ。今回、逮捕されたのは高樹沙耶さんである。

こうした話題に無関心のわたくしではあるが、なんと彼女は今夏の参院選に出ていたのだ。つまりは社会問題に対して一家言を持っているわけなのだろう。その詳細についてはよく調べていないので何とも言えないし、今回の事件の真相についても何とも言えない。ゆえにこれ以上の言及は控えるべきところだが、沖浦氏のコメントを読んで思うのは何とも形容し難い違和感である。あたかも大麻を正当化するような筆致になっている。そこがひじょうに気になるのだ。

簡単な理屈である。大麻の是非は大いに議論して結構だと思う。ただし、現行法では禁止されている。その事実は変わらないのだ。ゆえに法を犯せば罰せられて当然である。それだけの話だ。

さて、本題に入ろう。

もう広宣流布はそこまで眼前・・・

八月度総幹部会の各種登壇を見ていく。まずは第十八男子部長だが、彼は本心からそのように思っているのだろうか?

婦人部総務の発言も疑問だ。

顕正会原点の月・八月、六千万への本格的烽火は上がった・・・

もちろん主観の問題である。彼女がそのように思っているのならば、それはウソではないのだろう。しかし、現実を見つめる必要があるわけで、やはり当面は二百万が目標であって、その次のステップをどうするのかが問われるのだと思う。六千万のお題目を連発すればするほど、それがいかに空虚なものかを実感している人もいるはずなのだ。そこをよく考えるべきだろう。

ところで、第二十四男子部長は立派な人物である。

彼の活動報告は文字通り彼自身の活動を報告するものだった。大幹部になると、号令を掛けるだけで自らは何もしない。そんな人も少なくない中で、彼は違った。自ら配布活動を実践し、八十六歳のご婦人を入信せしめている。

次は男子部第四十一隊総支隊長の活動報告である。

 応対した巨漢の副住職に対し・・・

これは正信会系の寺院へ折伏に出掛けた時の話だそうである。わたくしは副住職の存在に驚いた。ようするに住職が居て副住職が居る。その寺院は最低でも二人体制ということになる。正信会系の寺院は疲弊していると勝手に思い込んでいたものだから、副住職の存在自体が驚きなのである。

当該記事は副住職との細かいやり取りが延々と続くわけだが、ここでは一つだけ取り上げておきたい。

 さらに現在の「不敬の御開扉」については
 「あれは戒壇の大御本尊をカネ儲けの道具にしている」
 と本心を吐露しました。


これはどうかと思った。正信会系の僧侶はいわば破門になっているのだ。つまり、顕正会と立場が近いのである。ゆえに彼らから上掲のような言質を取ったところで、あまり意味はないだろう。

婦人部埼玉支区総班長の活動報告にも注目しておく。

基礎教学書の広告が、新聞・週刊誌に次々と掲載され・・・

全国紙には載ったのだろうか? もし載らないとすれば、その理由は何だろうか? 彼女の登壇に限った話ではないが、その点がまったく語られていないように思うのだ。

 また、これまでは生活上に頂く功徳の有難さを伝えるだけに終始しがちであった折伏が、広告文を活用するようになってからは・・・

続きの文章をあえて省略したが、他意はない。わたくしの思うに、生活上の功徳が正真正銘の本物の功徳であれば、むしろそちらのほうがよほど価値的のはずである。つまり、顕正会が本当の意味で功徳に満ち溢れていれば、自然と伸びていくはずなのだ。宗門に移籍するような人もいなくなるだろう。

信心の真心尽くす中 念願の研究職に
 東京大学の特任研究員に採用さる

曽ての研究成果も科学論文誌「ネイチャー」に


その意味でご覧の見出しのついた女子部第九十区長の体験発表は理想的である。もちろん、皆が皆、このような立派な成果を出せるわけではないのだが・・・

 また勤務時間は裁量労働制で、実験に合わせて調整してよいこと、給与も現在より月に十二万も上がる・・・

う〜ん、実に羨ましい話だ。

最後に、正義にめざめての登壇を紹介しよう。婦人部片瀬支区の平会員だが、六月の入会なのでまだ役職がなくてもおかしくはない。七十九歳という年齢もその理由かもしれない。

 私はいつしか、毎週日曜日に訪問してくる班長を心待ちにするようになり・・・

大事なポイントである。もちろん班長さんの人徳によるのだろうが、もし仮に好感度を上げるためのテクニックのようなものがあったとしても、それをどれほど磨いたとしても同じ様にはならないだろう。人徳だとか人望のようなものは、そんな簡単なものではないのだ。

その上で、一つだけ言えることがある。すなわち成果至上主義に走らないことだ。

結局、今の顕正会は急ぎ過ぎなのである。残された時間は少ないとか何とか言って、活動会員たちを煽っている。しかも彼らには具体的なノルマがある。ゆえに相手が乗り気でないにもかかわらず、強引に入信勤行に持ち込もうとする。いわばそうしたテクニックに長けた人が成果を上げているわけだが、それが結果としては顕正会のイメージを悪くしているわけだし、組織の空洞化をも招いている。つまりは自分で自分の首を絞めているのだ。

では、くだんの班長さんはどうか?

たぶん、目覚ましい成果を上げるようなことはないのだろうけれども、確実に一人ひとりを救っている。おそらくは同じ一名であっても、単なる入信報告書の一名とはまるで意味が違うはずなのだ。

もはや顕正会はそこには戻れないのだろう。そこが悲しい現実である。

2016/10/25

ディテールへのこだわり  
引き続き各方面からコメントを頂戴しているが、今日もまた、さっそく本題に入りたい。

 ここで、日本国憲法との関連で、国立戒壇問題を見てみたい。

八月度総幹部会の会長講演の続きである。いつものことながら、些細な文章表現が気になった。再掲しよう。

国立戒壇問題

浅井先生の口からこの言葉が出てくるのはやや意外である。たとえば妙信講問題、創価学会問題、宗門問題という表現について考えると、わたくしの言いたいことが見えてくるのではないかと思う。妙信講問題という表記は、おそらくは宗門ないし創価学会の書物に出てくるはずで、まさか妙信講自らが妙信講問題などと言うわけがないのである。いわば敵対勢力側の表現なのだ。この意味で国立戒壇問題は国立戒壇を問題視している側の表現であって、まさか顕正会側が積極的に使う表現とは思えない。事実、わたくしの記憶が確かならば、浅井先生の過去の発言にはないはずなのだ。

まあ、しかし、こんなところにまでツッコミを入れるような批判者は滅多にいないだろう。一歩間違えれば、単なるアゲアシ取りということにもなりかねないからだ。

日本とはいかなる国か

ともかく当時の宗門ないし創価学会は、憲法違反との批判を恐れて国立戒壇を放棄した。これを靴に合わせて足を切る愚かさだと、浅井先生は指摘した。当然、足に合わせて靴を作る必要がある。つまり、憲法改正である。そのためにはまず、日本とはいかなる国かを知らなくてはいけない、というのが表題の意味である。

日本国は、本因妙の教主・日蓮大聖人の本国にして、本門の三大秘法広宣流布根本の妙国なり

日寛上人の依義判文抄だ。これが日本とはいかなる国かの答えである。この後、守護付嘱の説明に相当の紙数を費やしているが、それは省略しよう。結論は日寛上人の御指南に尽きるわけで、ようは大聖人の仏法を国の中心に据えよということだ。

この点に関しては、すでに今月半ばにわたくしなりの結論を書いている。ようは実現性・実現可能性の問題である。残念ながら、今の顕正会にはそれを実現するだけの実力がない。これが結論だ。

以下は余談である。

日蓮大聖人の本国

日蓮大聖の本国


http://white.ap.teacup.com/ganko/1507.html

気がつけば、もう六年も前の話である。ようするに当時の顕正新聞の表記は後者だったのだ。大聖人と書くか大聖と書くかの違いであるが、わたくしは最初、いわゆる誤字脱字の類なのかと思った。しかし、おそらくは日寛上人の原文がそのようになっているのだろうと思い直した。今回はそれが判明した。顕正新聞に依義判文抄の写真が掲載されたのだ。

それにしても悩ましい。

というのは六年前は活字で大聖と表記していた。しかし、今回は大聖人と表記しているのである。普通は原文に忠実でなければいけないだろう。

さらに余談だ。

日寛上人・依義判文抄の御文(真蹟)

真蹟が気になった。御真蹟と書かない理由が知りたい。大聖人は御真蹟で日寛上人は真蹟なのか、あるいは上掲の場合、御文(御真蹟)ではシツコイと思ったのか、その辺の編集部の考えを聞きたいところである。

2016/10/24

憂鬱なる秋の一日  
沖浦氏との議論はまだまだ続くわけだが、ひとまず休戦(?)としたい。そして今日は八月度総幹部会の会長講演に戻りたい。十日ほど前に書いた、憲法問題特集号2に関する話の続きである。

 ちなみに、聖徳太子は事実上の天皇ですよ。

実はこれが物凄く気になったのだ。事実上の天皇という表現は、あるいはこれが初出かもしれない。浅井先生の意図は、天皇ではないが、事実上、天皇に等しい立場の人だった、というような感じだろうか?

たぶん浅井先生のつもりとしては、それほど深い考えがあってそのような表現を選んだわけではないのだろう。いわば豆知識のような感じなのだと思う。それが「ちなみに」で始まる文章の意味だ。ゆえにそれをあげつらっても仕方がないのかもしれないが、それにしてもけっこう重要な意味を含んでいると考えられるので、わたくしとしては思うところを書いておきたい。

続きの文章には次のようなくだりがある。

摂政として難しい国政の衝に当り・・・

実はこの摂政、わたくし自身は長いこと歴史の教科書の中でのみ目にする言葉だったのだが、なんとごく最近になってまったく別の場面において拝することとなったのである。

天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。

http://www3.nhk.or.jp/news/special/japans-emperor/

今夏、天皇陛下より全国民に対して映像を通して御言葉が伝えられた。これはあの玉音放送に匹敵するほどの衝撃度だったと評する識者もいるくらいである。しかるに浅井先生はこの件にはまったく言及していない。後出しジャンケンの得意な先生であるからして、今はどのような方向性から発言すべきか思索中なのかもしれないが、あるいは何も考えていないのかもしれない。ともかく今夏の陛下の御言葉はいわゆる生前退位の意向を示すものだと解釈されており、すでに国会でもそのための法整備を進める方向性で動き出している。

それにしても上掲の陛下の御言葉は難解だ。天皇としての務めを縮小していくことには無理がある。摂政に代行させることも考えられる。しかし、その場合においても天皇が天皇であり続けることは変わらない。

わたくしなりに要約させていただいたものだが、まず、無理の意味がわからなかった。さらに、この陛下の御言葉と巷間言われる生前退位云々とを勘案すると、つまり、摂政はあまり好ましくないという意味になりそうである。そして、もし仮に摂政を置いたとしても、天皇はあくまで天皇であるというのは、摂政に天皇の地位を奪われるとか、天皇制そのものが終焉を迎えることを危惧するみたいな意味合いなのだろうかと、僭越ながら思いを馳せた次第である。

浅井先生の、聖徳太子は事実上の天皇、というのは単に豆知識的に述べたことであってそれほど深い考えがあるわけではないのだろう。だが、しかし、わたくしとしては直前に陛下の御言葉を耳にしていたものだから、何か言い知れぬ違和感のようなものが襲ってきたのだった。

ちなみにというか当然のことながら、かつての摂政と今の摂政はその意味内容が大きく異なる。浅井先生が述べたごとく、聖徳太子は当時の国政を担っていたのだ。しかし、今日においてはいわゆる象徴天皇の務めを代行するにとどまるわけで、政治とは無縁の存在のはずだ。

「生前退位」の活字 衝撃でした

先日、皇后陛下が八十二歳になられた。上掲は東京新聞の見出しであるが、皇后陛下の御言葉として拝する時、逆に衝撃的なものがある。

・・・新聞の一面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした。それまで私は、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えたのかもしれません。私の感じ過ぎであったかもしれません。

きわめて重要な御発言だ。

つまり、生前退位などという言葉はもともと存在しなかった。ある意味、当たり前の話である。なぜならば、退位、ただそれだけでいいからである。そしてここからは資料なしに当てずっぽうに書くわけだが、そもそも天皇の崩御=退位ではないのである。天皇は崩御せられると同時に神になる、神になって日本国を守護する、その寿命は基本的には永遠である。

オマエ、何を書いてるの?

そう思う人がいるかもしれない。わたくしは特に神道に肩入れしているわけではないが、おおむね上述のような考え方でいいのだと思う。何を隠そう、大聖人の御考えが上述のごとくなのである。

生前葬だとか生前墓、あるいは生前贈与というような既成の言葉がある。おそらくマスコミとしてはあまり深い考えもなく、何となくそれらの前例を踏まえて生前退位と表現したのだろう。ゆえにわたくしもそれほど目くじらを立てるつもりはないのだが、あるいはじゃっかん不敬のような意味合いがあるかもしれない。皇后陛下はそのことをきわめて丁重に、ヤンワリと窘められていらっしゃるのかもしれない。

話が振出しに戻るようで恐縮だが、まさに玉音放送に匹敵云々はむべなるかなである。

本日の拙稿は何だかんだそれだけでも話が尽きず、今もなお書き足りない気分なのである。もちろん不勉強のわたくしには大したことは書けないのだが、それでも書き足りない気分は拭えない。つまり、これが天皇の存在の重さなのである。単なる御飾りくらいに思っている人もいるだろうし、まったくの無関心の人もいる。しかし、事実として、あの天皇の御発言に端を発して、世論が動いているのだ。何しろ天皇の御意向に沿った形での法整備が今まさに進められんとしているのである。

ああ、ウッカリした。実は一万円札の話を書こうと思っていたのだが、長くなりそうなので、今日はもうやめておこう。

2016/10/19

沖浦流人間至上主義を斬る  
前回の拙稿に対して、沖浦氏のほうから事細かな反論が寄せられた。真摯な対応には感謝したい。そして勝氏からは的確なる御書の引用と論点整理をたまわった。これまた感謝に堪えないところである。その後、沖浦氏と勝氏の間で議論がなされて、今朝もさっそく沖浦氏から投稿があった。まずはその感想を書くと、相変わらずだな、ということだ。

いわゆる曼荼羅道具論の復活である。

そして今日の表題に至るわけである。沖浦氏の主張は汎神論だと思っていたが、そうではなかった。なぜならば曼荼羅は道具に過ぎないというのが氏の主張であって、ようは人間こそがすべての主人公なのだという考え方だからである。これは確かに現代ウケするものであり、むしろこちらがウカツことを言えば、手痛い目に遭うことになりそうな事案である。日蓮特別原理主義とのレッテルにしてもそうだ。わたくしが大聖人を特別視すればするほど、一般人との乖離を来す仕掛けになっているのだ。確かにこちらの事案も沖浦氏の主張のほうが現代ウケするかもしれない。

さて、ここからは沖浦氏の主張を具体的に拾っていくことにしよう。

 私は一度として、一切衆生が常に三徳を備える、なんて言いませんよ。

わたくしは主師親の三徳を具備していることが本仏の条件だと考えている。ゆえに、もし一切衆生を本仏だと言いたいのならば、一切衆生を三徳者だとする文証を提示せよ、と迫った。さすがの沖浦氏もそれは無理だと思ったのだろう。上掲のごとく返答してきた。

そして続きの文章を読んで、わたくしは驚愕した。

法身般若解脱の三徳・・・

ヤブカラボウに一念三千法門を引用してきたわけだが、その中にご覧のような御文がある。不勉強のわたくしにはまったく理解不能だった。三徳は三徳でも、これはまったく別次元の三徳のはずだ。それとも法身般若解脱と主師親は対応しているのだろうか?

御書には中国という表記がたくさん出てくる。しかし、意味はさまざまだ。三徳もこれと同じ理屈ではないかと思うのだが、いかがだろうか?

 貴方は阿弥陀如来の生まれ故郷や父母をご存知ですか?
 私は知りませんね。
 ですので、この方は一切衆生の中に含まれません。


ああ、なるほど、架空の存在だと言いたいのだろう。では、再質問である。八幡大菩薩はどうか、である。これは今もなお日本においては信仰の対象として根強いものがある。南無八幡大菩薩=南無妙法蓮華経でよいのかどうか、ぜひともお聞きしたい。

 そう云う事は言いませんし、貴方のねつ造です。
 良くないですねそう言う論法は。


ようするに、わたくしが議論を有利に進めるために沖浦氏が言ってもいないことをさぞ言ったかのように捏造して、そしてその部分を徹底的にやっつけて得意になっている、というような意味合いである。

しかし、これはまったくの誤解であり、むしろこちらのほうが苦情を言いたいところだ。沖浦氏の捏造であると。

ごく簡単に説明しよう。

わたくしは沖浦氏の主張を汎神論だと思った。ゆえにその方向性で質問を発したのだ。つまり、ありとあらゆるものが南無妙法蓮華経如来の当体だとすれば、念仏を唱えることも題目を唱えることも同じことではないのかと。ようは単純な論理を言っているだけなのだ。
それに対して沖浦氏は阿弥陀仏は一切衆生に含まれないと答えた。いわばわたくしの土俵に上がってきたわけである。しかし、途中で気がついたものか、このまま行くと抗し切れなくなると思ったのだろうか、わたくしの捏造ということで決着をつけようとしたわけである。
ゆえにわたくしは再質問をさせてもらったわけだ。八幡大菩薩はどうかと。あるいはどうだろう、菅原道真公なども実在の人物であり、いわゆる学問の神様として有名だ。これもまた八幡同様に南無妙法蓮華経如来の当体となる道理であるが、いかがだろうか?

 人はどう云う方でも人です。
 人間は人間です。
 然しながら、生まれて捨てて置かれると人としての能力は発揮できません。
 集団生活の中での教育と訓練が必要なんです。

 サルが人を育てるとサルのままです。
 ですが、人が人を育てると人になります。

 ですが、サルを人が育ててもサルのママです。
 サルは人でないからです。

 人類を大聖人思想で育てると、仏に成ります。
 成仏と云いますよ。
 何故なら、本来は仏だからです。


ここが今回の議論の最大のポイントだと思う。上掲の中からさらに抽出させていただこう。
 
 ですが、サルを人が育ててもサルのママです。
 サルは人でないからです。


そんなのは当たり前の話である。しかし、ここに沖浦氏の最大の誤謬が潜んでいることを指摘しておきたいと思う。

 ここでは複雑を避けるために、衆生を人間に限って話します。

確かにご覧のような前置きがあるので、そこは善意に汲み取らないといけないだろう。しかし、ここが沖浦理論の最大の欠陥だということも、厳然たる事実なのである。いわゆる十界互具がまるでわかっていない。

爾前経では誰も成仏できない。大聖人はこのロジックとして二乗不作仏を挙げるのだ。ようするに我々の己心にも二乗界が存する。ならば二乗が成仏できない教えは誰も成仏できない。十界互具とはそういうことだ。

サルとヒトを別の存在だと考えるのは当たり前の常識である。しかし、仏法ではさらに踏み込んで、十界互具を説く。つまり、人間の己心にも畜生界が存在するということだ。

ここで幸いにも、今朝の沖浦氏のコメントが議論の決着を早めてくれたようである。

 貴方の間違いはここに尽きます。
 曼荼羅は仏像です。


ここでの貴方は勝氏のことだ。そして沖浦氏お得意の曼荼羅道具論が炸裂した。ようするに、曼荼羅は仏を象ったものであって仏そのものではない、というのが氏の主張である。氏の発言はさらに過激化する。

 御本尊=

 これが邪魔!!


あろうことか、御本尊を邪魔者扱いしている。まったく罰当たりな話である。

さて、わたくしのロジックは単純明快であり、かつまた繰り返し言ってきたことである。今回は十界互具を手掛かりに二乗界のことを持ち出した。ヒトとサルの違いはたぶん知能の差だろう。もともとスペックの劣っているサルが人間を凌駕することは考え難い。当たり前の話である。ところが仏法の世界では二乗界に対してひじょうに厳しいのだ。ようは頭が良くても信心のないヤツはダメだという話なのだ。すでにこの時点でサルとヒトとの比較のバカさ加減に気付かないといけないだろう。そして仏法の世界では十界のカテゴリの中では人間以下だとされる畜生界なども悉く成仏する。もちろんその逆の二乗界も法華経に至って成仏することが可能となるのだ。

さらにここからが肝心なところで、ようするに今まで述べてきたのはいわゆる有情界の話であるが、そこにとどまらないのが仏法の奥深さなのだ。すなわち非情界へのアプローチである。つまり、有情界だけでなく、非情界も成仏する。草木国土が悉く成仏する。これが大聖人の仏法の究極の姿なのである。

沖浦氏の好きな、いわゆる南無妙法蓮華経如来であるが、氏の誤謬はこれを人間界に限定してしまっていることである。そうではなくて、十界すべてにわたるのだ。さらには有情界だけでなく、非情界にも当てはまる話なのである。

ゆえに、曼荼羅ないし仏像は仏を象ったもので仏そのものではないなどと言おうものならば、 何をバカなことを言っておるものか、それこそが南無妙法蓮華経如来の当体ではないかと、わたくしは返答せざるを得ないのである。

まだ、細かい部分で不足があろうかと思うが、割愛させていただく。もし必要ならば再質問されたい。

2016/10/16

沖浦流汎神論を斬る  
今朝もコメント欄が賑やかである。顔ぶれも相変わらずだし、言っていることも進歩がない。

とは言え、沖浦氏が少しだけ新境地を見せているので、応じておこう。

 大聖人のご一生は釈迦本仏で貫かれております。

まずは日蓮本仏論の否定である。その上で次のステップに移るのだ。

 釈迦本仏とは、久遠の南無妙法蓮華経如来が本仏であって、その南無妙法蓮華経如来がそのまま私ども一切衆生。

いわゆる凡夫本仏論である。この場合、一切衆生本仏論と称してもいいかもしれない。

では破折と参ろう。

まず思ったのが、汎神論との違いがどこにあるのか、である。一切衆生とは人類だけに限定されない。生きとし生ける物すべて、いや、それだけではない、一礫一塵に至るまですべてが一切衆生に含まれるのだ。となると、もはや本仏論は汎神論となるわけで、だったら何を拝んだっていいし、また、拝まなくてもいいことになりそうだ。

そして過去にも繰り返し言っていることだが、三徳者の概念をどうするのかが沖浦氏にとっての最大の課題である。

いわゆる主師親の三徳を兼ね備えた存在は釈尊一仏に限る。これが大聖人の仰せである。その大聖人がなんと自らを三徳者であると宣言あそばされたのだ。わたくしの日蓮本仏論はほぼこの一点に集約されると言ってもいいだろう。久遠元初だとか自受用報身みたいな難解な概念を持ち出してくると話がややこしくなる。すると結局は教科書に載っていることしか言えないので、議論が曲線的になると忽ちに対応が困難になる。ゆえにわたくしの本仏論は上述のごとく単純明快を旨とするのだ。

話を戻そう。

沖浦氏に課せられているのは、一切衆生が三徳者であることの証明である。釈迦本仏論を武器に日蓮本仏論を潰すのは結構であるが、そこから一切衆生本仏論に至る道筋がやや不明瞭のように思える。ヤブカラボウに船守抄を引用されても、さすがにそれだけでは不十分だろう。やはり三徳者かどうかが最大のポイントとなるはずで、もしこれを証明できないのであれば沖浦流本仏論は単なる汎神論に過ぎないことになる。

事実、沖浦氏は他宗容認路線を歩みつつある。これはまさに汎神論がゆえのことだろう。つまり、勝劣思想を持たないのだ。念仏も許容するわけである。題目も念仏もしょせんは同じであると。

わかり切ったことだが、もう少しだけ説明しておこう。

念仏というのは阿弥陀仏に南無することである。沖浦理論によれば、この阿弥陀仏も実は南無妙法蓮華経如来なのである。何しろ一切衆生が南無妙法蓮華経如来なのだから、阿弥陀も大日もその他もろもろの仏菩薩も、あるいは畜類なども含まれるだろう。すべての存在が南無妙法蓮華経如来ということだ。ならば念仏を唱えることは、そのままイコールで題目を唱えることになるのだ。

しかし、はたしてそれが正解なのだろうか?

とてもじゃないが、わたくしには正解に思えない。沖浦氏は正宗僧侶をバカにして、御書に暗いだの何だのと言っているが、よほど沖浦氏のほうが暗いだろう。

思えば功徳論もそうだった。

沖浦氏によれば、他宗にも功徳があるという。オイオイ、本当かよ、だったら折伏は必要ないじゃないか? すると、これまた折伏不要論が飛び出してくる。沖浦氏によれば、今は摂受の時代なのだそうである。

なるほど、どれもこれも汎神論に端を発しているようである。

確かにすべてが南無妙法蓮華経如来の当体であれば折伏しちゃいけないだろう。それこそ罰が当たるというものだ。そして他宗にも功徳があるのは当然である。他宗の本尊がどうであれ、本地は南無妙法蓮華経如来なのだ。

しかし、はたしてこれが正解なのだろうか? とてもじゃないが、そうは思えない。

但し此の大法弘まり給ふならば、爾前・迹門の経教は一分も益なかるべし。

これが大聖人の仰せである。一分も、だ。つまり、少しくらいなら功徳があるかもしれない、などという甘いことは言わないのである。

凡そ末法折伏の行に背くと雖も・・・

摂受折伏論は面倒臭いが、この御文は単純明快だ。ようするに末法は折伏なのだということが、いわば大前提となっている御文なのである。

最後にダメ押しをしておこう。まずはやや切り文的に引用させていただく。

・・・何れの法も皆法華経にして勝劣浅深ある事なし。念仏を申すも、真言を持つも、禅を修行するも、総じて一切の諸経並びに仏菩薩の御名を持ちて唱ふるも、皆法華経なり・・・

如説修行抄の一節であるが、もちろん前後の御文をよく拝さないといけない。ようするに、こういう考え方もある、いや、むしろ今は日本国中がこのような考え方に傾いてしまっている、ということを仰せになっているわけである。つまり、これは大聖人の御考えではない。ゆえに上掲に続く御文には次のごとく認められている。

予が云はく、然らず。

これで沖浦氏の邪説はオシマイである。

今日は昨日の続きを書くつもりだったが、急遽、内容を変更してお送りした。実は憲法問題特集号2にはまだ論じなければいけない重要な問題が隠されていて、それを今日は書くつもりだったのだ。顕正会問題に関心のある人は、ぜひとも想像を巡らせてほしい。わたくしがどこをどのように取り上げるのか、予想してみるのも面白いと思う。

2016/10/15

「憲法問題特集号2」を斬る  
今日は顕正新聞第1387号、すなわち憲法問題特集号の第二弾を見たいと思う。

今や顕正新聞の特集号はマンネリ化しつつあって、その実態は特集号でも何でもなく、ようは会長講演を載せている号をいわば慣習的に特集号と称しているだけの話なのである。これはもう、そろそろ変えたほうがよいのではないかと思う。確かにわたくしのように長年にわたって顕正会を見てきた人と、そうではない大多数の一般人とでは感じ方が違うだろう。しかし、むしろ一般人のほうが見方は厳しいはずである。たとえば顕正会のことをまったく知らない人が、特集号なるものを続けて何号か読んだとしよう。最初は物凄く新鮮に感じるはずだ。ほほう、こんな団体があるのか、なかなか言っていることも興味深い、と。ところがである。個人差があるだろうけれども、おそらくは十号分も読めば、飽きてくるのではないかと思う。一度、興味関心を失えば、ほぼそこでオシマイである。一般人にしてみれば、顕正新聞を読み続けなければいけない義理などまったくないからである。わたくしの場合は年間購読をしているし、元来がケチな性分なので一字一句逃さずに読んでいる。ただそれだけの話である。

今回の特集号は憲法問題の第二弾となっているが、浅井先生の言わんとしていることは基本的に同じであって重複以外の何物でもない。もちろん、新しい知見というか前回の特集号に書かれていないことも、たくさん含まれてはいる。とは言え、現代人は忙しい。つまり、そうしたコマゴマとした内容はすっ飛ばして、結論だけを知りたいというタイプの人も少なくないのだ。そういう人にとっては重複以外の何物でもない。十号分どころか、数号も読めば十分だろう。

たった今、重複以外の何物でもないと繰り返し書いた。その具体的証拠を示しておく。

 よって今日は、この憲法問題について少し述べたい。細かいことは抜きにして、その本質だけを抽出して述べたいと思っております。

実はこれ、憲法問題特集号の第一弾なのだ。そして第二弾の記事には、次のくだりがある。

 もうすでに広宣流布は最終段階です。よってこのことを見据える時が来た。極めて重要なことなので、重ねてこの問題について、少々述べたいと思っております。

少し述べたい・・・

少々述べたい・・・

ぜんぜん進歩がない。しかも下段の文章は単独で読んだとしてもツッコミどころがある。

重ねて・・・

少々・・・

そうそう、その前の「極めて重要」も考慮すべきだろう。ようするに、「極めて重要」と「重ねて」はいわば重複表現であるが、わたくしの思うにこの場合はさして問題を感じない。一種の強調表現と考えられるからだ。しかし、そうすると次の「少々」が引っ掛かってくる。重要だから重ねて述べるわけだろう。たっだら少々はおかしいはずだ。ましてや前回、少し述べたいと言っているのだ。それで今回も少々述べるのでは、あまり重要性が感じられなくなる。もっと詳しく述べるべきだ。

その意味で、少々は余計なのである。

極めて重要なことなので、重ねてこの問題について、述べたいと思っております。

修正案というか、少々を消した上で再掲したものである。いかがだろう、このほうがいいはずだ。さらに巌虎流の修正案を示しておきたい。

極めて重要なことなので、前回に引き続き、もう少し述べたいと思います。

巌虎流というか巌虎風の文章表現である。

少しと少々はほぼ同じ意味であるが、もう少しはかなりニュアンスの異なるものである。言いたいことは前回、ほぼ言い尽くしたつもりであるが、まだ言い足りない部分もあるし大事な話でもあるので、もう少しだけ言わせてほしい。おおむねこんな感じだと思う。つまり、もう少しの「もう」には、控え目の中にもわずかに強調を含ませるような作用があるのだ。

いやいや、失礼。こういう細かい説明は煩瑣なだけであまり意味がない。ともかく原文と修正案とを比べてどちらがいいか、おそらくは一目瞭然のはずである。顕正新聞編集部はこうした点に気をつけるべきだろう。何しろ浅井先生の歴史的講演(?)を後世に残す仕事をしているわけなのだろう。だったらなおさらだ。

さて、話を進めよう。

この最終法戦の弘通誓願は、二万六〇〇〇といたします。

当該講演は八月度総幹部会での登壇である。つまり、いわゆる秋の三連戦の成果目標を決める場なのである。そして数字はご覧のごとくである。

これについては特に言うことはないが、当該講演の全体的な構成からすると、これが前半の締め括りになっている。そして後半がいよいよ憲法問題なのだ。つまり、憲法問題特集号の第二弾は、本題に入るまでのいわば前置きだけで、紙数のおよそ半分を使ってしまっているのだ。この意味では確かに少々述べたいと言わざるを得ないのだろう。それはそうだ。憲法問題を本格的に論じようと思ったら、それこそ一冊分の本を書くくらいの覚悟が必要である。ただし、それをやるのは大変な作業であるし、かつまた、そうした行為は一般人を遠ざけることにもなりかねない。ひじょうに難しいところだ。

そういうわけで、思いっきり話を端折って、いきなり結論に行ってしまおう。

 そして、この仏法守護の大精神が憲法の前文に示された憲法こそ、まさに世界に未だ曽てなき、王仏冥合の憲法、仏国の憲法であります。

言っていることは簡単だ。もし仮に他の思想信条であっても理屈は同じである。新しい国家を作るにあたって新しい憲法を制定する。それだけの話である。

もちろん、その是非を議論することも大事であるが、顕正会の場合は実現性の問題がすべてである。ぶっちゃけ言えば、本当に出来んのかよ、ということだ。残念ながら顕正会の実態を知れば知るほど、出来っこないという結論にならざるを得ないわけで、ある意味、だからこそ議論が深まらないのだろう。ハナッから出来っこないと思っていれば、誰だってそれ以上は深く考えないだろう。

今日はここまでにしたい。

2016/10/13

御義口伝と御講聞書の評価について  
沖浦氏が御義口伝を引用するのは、ご都合主義である。このような指摘に対して、本人から反論があった。簡単に言うと、御義口伝の筆録が行なわれた時期の日興上人はまだ真面目だった、だから大聖人の御意を正しく反映している、というような感じだろう。ちなみに勝氏も、いわば先手を打って同じことを書いている。

なるほど、我々が日向記を用いるのと、ほぼ同じ理屈である。

となると、この件に関してはオアイコということになりそうだが、少しだけクギを刺しておこうと思う。沖浦氏は日興上人をかなりボロクソに言っている。やはりそれがあるのでどうしても矛盾を感じてしまうのだ。ちなみにわたくしやその他多くの日蓮正宗系の人たちは、五人所破抄などに基づいて五老僧を破折するけれども、それほどボロクソには言っていない。おそらくはここが大きな違いだろう。

さて、そこで今日はせっかくなので、この話をもう少し膨らませてみようかと思う。日蓮正宗系の人たちにありがちな誤解を払拭するのが拙稿の目的である。

先ほど、日向やその他の五老僧について、我々はボロクソには言っていない、と書いた。しかし、そうは言っても、どうしても偏見が拭えずにいるという事実があるのだ。その最たるものが御義口伝と御講聞書の勝劣だろう。単純に言えば、前者が勝で後者が劣であると、このように誤解している人が日蓮正宗系には少なからず存在するわけである。

わたくしもそうだった。

ようするに御義口伝と御講聞書はいずれも大聖人の講義を筆録したものであるはずなのに、その趣きがかなり異なっている。それは日興上人と日向の御法門に対する理解度に由来するのだろう。だから大聖人滅後にそれが顕在化し、日向ら五老僧は師敵対の謗法者と化したのだと。

しかし、これは大いなる錯覚であり、誤解なのである。

もちろん大聖人滅後のことは上述の通りであり、それが日蓮正宗系の一貫した主張である。ただし、それと日向記は無関係なのだ。

結論を書こう。

御義口伝を勝とし、御講聞書を劣とするのは、大間違いである。いずれも大聖人の御指南を筆録したものであって、そこに勝劣はない。日興上人と日向の御法門に対する理解度がどうであれ、両書はそれに影響されていないのだ。

そもそもわたくしの誤解の始まりは、まったく同じ講義を二人が同時に筆録したと思い込んでいたことである。それならば二人の理解度の差を考慮しなければいけないだろう。それ以外に説明がつかないほど、両書は内容が異なるのである。しかし、これが別の時期の講義だとすれば、何の問題もない。内容が異なるのも当然である。事実、二つの講義は別々の時期に行なわれている。

御義口伝 建治年間

御講聞書 弘安年間


大聖人の御化導にはいくつかのターニングポイントがある。有名なのはいわゆる佐前佐後だろう。竜の口以前以後、正宗系の表現を使えば、発迹顕本以前以後となる。

そして弘安元年以前以後というのも一つのターニングポイントなのだ。

これはかなり専門的な話であって、わたくしもよくわかっているわけではないが、御本尊の相貌が変化しているのだという。あるいは御判形の変化を指摘する専門家もいる。

いかがだろうか?

これらのことを踏まえると、御講聞書に対する評価も変わってくるはずである。つまり、この講義が行なわれた時期はきわめて重要な時期なのだ。

御義口伝 逐条的

御講聞書 かなりアバウトというかフリーハンドである。


上掲のまとめ方は表現はともかくもほぼ異論のないところだと思う。しかし、ここで評価が分かれるのだ。わたくしのつもりとしては、やや語弊があると承知しつつも、極論すれば前者が劣であって後者こそが勝だという意味で書いた。あれれ、と思う人もいるだろうが、もう少し話を聞いていただきたい。

経文→天台妙楽の解釈→大聖人の御見解

御義口伝の大雑把な構成である。法華経の二十八品を逐条的に、天台妙楽などの言葉を参照しつつ、丁寧に講義していく。

これに比べると、御講聞書はデタラメである。

これまた語弊のある言葉を使ったわけだが、その意味はまるで正反対である。つまり、弘安期の大聖人は天台妙楽にも縛られない、いや、それどころの話ではない、法華経にすら縛られない、大聖人独自の御法門をストレートに御指南下さるのである。まさしく余経も法華経も詮無しだ。

頭の悪い人のために、今一度、書いておこう。

アバウトだのデタラメだのフリーハンドだのと書いた。字面だけを追うと悪口を言っているように感じられるかもしれないが、わたくしの主張はその真逆である。他の何にも縛られない、制約されない、大聖人独自の御法門が展開されている、それが御講聞書なのである。

いや、もちろん、御義口伝もその意味では同じである。経文を挙げ、天台妙楽の解釈を示した上で、大聖人独自の御見解を披露あそばしている。つまりは手順を踏んでいるわけである。

一方の御講聞書はそうした手順すらも省いて、ストレートに御見解を披露されている。繰り返しになるが、まさに余経も法華経も詮無しと軌を一にするところであって、これが弘安期の筆録であるとすることの見事な整合性に気がつけば、そこには何の不審もないはずだ。

以上、日蓮正宗系の人たちは意識無意識にかかわらず、日向記に対してやや色眼鏡的に見てしまっているところがなきにしもあらずだが、もし上述のことを踏まえて読み直してみるならば、そのイメージは大幅に覆ることになるだろう。

2016/10/9

独白十年の貫禄  
チキンジョージ氏はまったく意味不明の存在である。今朝のコメントを読んで、ますますその感を強くした。

また御義口伝ですか(笑)
御義口伝って沖浦さんが「逃亡者」だと誹謗中傷している日興上人が秩禄された偽書ですよ。


秩禄とはずいぶん難しい言葉を使うものである。この直後に訂正が入った。

秩禄じゃなく筆禄です。

しかし、筆禄も難しい。

普通の入力ソフトは筆録しか入っていない。ゆえにその意味で理解させてもらうが、日興上人が筆録した偽書とは、これまた意味不明である。御義口伝は大聖人の法華経講義であり、それを日興上人が筆録した。これが一般的な理解だろう。たぶん、ここから類推すると、そのように言われているが実は偽書である、というのが氏の主張なのだと思われる。

つまりは、氏の文章がいかにヘボであるか、ということだ。

わたくしの思うに、もう少し丁寧に説明する習慣を身につけるべきである。ただの独り言ならばどうだっていいだろう。そうではなくて、相手を批判しているわけであるから、それが正当な批判であるためにはそれ相応の説明が必要なのである。でなければ単なる悪口雑言である。

ということで、わたくしも丁寧に説明しよう。

チキンジョージ氏の主張はいわば二段構えなのである。まず沖浦氏が日興上人を否定している事実がある。日興上人を否定しながら御義口伝を引用するのはずいぶんとムシのいい話ではないかと。これが第一段だ。ましてや御義口伝は偽書である。ゆえに沖浦氏の主張は二重に否定される。というのが二段目である。

以上がチキンジョージ氏の言わんとしていることだと思われるが、いかがだろうか?

つまり、一段目と二段目は性質の異なる主張であるから、それをゴッチャにしたままでは意味不明になる。ゆえに分けて書かないといけない。一段目はいわば沖浦氏のご都合主義的態度を批判するものであり、二段目は純粋に学術的な意味で御義口伝を不可とするものだろう。

そこで言っておきたいことがある。

一段目の論理はわたくしも大賛成であって、沖浦氏のそうした自家撞着をわたくし自身もこれまで何度となく指摘してきた。けれども二段目のほうはご遠慮願いたい。
なぜならば拙ブログでは一貫して御書の真偽については論じないことを旨としてきたからであり、これはおそらく今後も大きくは変わらないだろうと思う。ゆえにそのような議論をご希望であれば、どこかそれに相応しい場所を探してそちらでやっていただきたいのだ。
そしてこの点においては、わたくしと沖浦氏とにおいて、ほぼ同意が出来ていることなのである。つまり、いわゆる日蓮正宗圏で流布している御書を、すべて真書とした上で議論をするということである。

ちなみに、最近の沖浦氏は御相伝書を認めない立場に変節してしまった。ゆえに最近のわたくしは沖浦氏との議論にも消極的となり、よりいっそう独白の世界に専念するようになった。

話を戻そう。

冒頭に記したことはチキンジョージ氏にとっては不本意なことかもしれない。すなわち意味不明の存在のことである。しかし、それがわたくしの正直な感想であり、あるいはその他大勢の読者たちの感想かもしれないのだ。

これも少し丁寧に説明したほうがいいだろう。

沖浦氏に対する怨嫉謗法が甚だしい。いや、こう書くと沖浦氏の側に立って書いているように思われるかもしれないが、わたくしにそのつもりはない。怨嫉かどうかは判断が難しいけれども、客観的に言えることは沖浦氏に対する粘着質的な態度である。沖浦氏のコメントに対して、いちいちイチャモンをつけている。その範囲たるや広範である。
たとえばわたくしを例に取ると、主には教義の問題にしか言及しない。パワーリフティングだとかスキーだとかの話題には、ほとんど触れない。まあ、世界記録を樹立したとか何とかコメントがあれば、儀礼的に応じるし、またシロウト的なきわめて素朴な疑問を書いたりもする。しかし、あくまで中心は教義的なものであり、それ以外の問題にはあまり深入りしない。
ところがである。チキンジョージ氏は直近のコメントが示すように教義上の問題にも触れるし、その他の問題にも熱心だ。沖浦氏にまつわる、ありとあらゆる問題に口を挟んでいる。ゆえに勝氏のほうから、沖浦氏のことがよほど好きなのだろう、という意味のコメントが寄せられたりもするのである。

早い話が、いったい何なんだ、ということなのである。

怨嫉謗法というのは沖浦氏の表現ではあるけれども、少なくとも公平なる第三者の目にはチキンジョージ氏の存在が理解できない。ごく普通に考えれば、よほど恨みがあるのだろう、だからこれほどまでに粘着質なのだ、と思えるはずである。

さて、この先どうなることだろうか? もし、これに対して反論ないし弁明のコメントを書いたとしても、公平なる第三者の目はさほど変わらないのではないかと思うが、いかがだろうか?

文は人なりである。

拙ブログにしても、わたくしの想定外というか思いもよらないような評価が、あるいはどこかでささやかれているのかもしれない。ごくマレには直接、辛辣なコメントも寄せられる。特にわたくしの場合は沖浦氏と違っていわゆるプライベートのことはすべて秘匿しているので、その評価は純粋に文章からの評価に限定されるのだ。ゆえに拙文から、読者たちはわたくしの心象風景を読み取るわけである。

実はこのことはわたくしだけに限ったことではなく、コメント投稿者全般にも言えることなのだ。つまりはチキンジョージ氏も例外ではない。

となると、沖浦氏に対する粘着質な態度はいったい何なのか、ということを読者たちは思うわけで、極端なことを言えば、読者の中にはその意味不明さを不気味に思う人もいるはずなのである。

さて、少し話題を変えよう。

沖浦氏とわたくしの関係性について書いておくと、もちろん面識はないし、日常的にメールのやり取りをしているわけでもない。極論すれば、無関係である。この点、おそらくは沖浦氏もさほど異論がないだろう。
簡単な話をすると、独白という一風変わったブログの執筆者とコメント投稿者の関係である。そしてこれまた異論のない話だと思うが、もともと沖浦氏はあちこちの掲示板などに書き込みをしていた。ところが法華講員の運営するような掲示板からは締め出しを食ってしまった。さらにはなぜか創価学会系のところからも排除されることになってしまった。そうこうしているうちに、どこにも行き場所がなくなって、たまたま残ったのが拙ブログのコメント欄だった、という話なのだ。ゆえに大した関係性はない。
しかし、もう一点だけ書いておく必要があるだろう。もうずいぶん時間が経過しているのであるいは記憶違いがあるかもしれないが、これまた沖浦氏とわたくしの間にはさほどの意見の相違はないものと思う。

両者はたまたまネットデビューの時期が近かったのだ。わたくしはもちろんハンドルネームを使っていたわけだが、沖浦氏は最初から実名だった。なるほど、氏は自分の人生に自信を持っているのだな、と思った。ともかく沖浦氏は当時から意気軒高だった

好事魔多し、と言うべきか、あるいは、出る杭は打たれる、と言うべきか、そのタイミングで沖浦氏に不祥事が発覚した。その途端、大バッシングが始まった。それはそれは凄まじかった。沖浦氏はそのバッシングの嵐に耐え兼ねて、ネット上から姿を消してしまった。半年ないし一年くらいだったろうか?

実は当時、わたくしはメールアドレスを公開していた。

はたして今ならどうだろう、今アドレスを公開したら、どれほどのメールが寄せられるか想像つかないが、当時は大したことなかった。自分から積極的にメールをしないこともあってか、メールが寄せられる頻度は低かった。

そうした中、実は沖浦氏からメールが来たのである。ちょうど、氏が大バッシングを受けて、雲隠れしている時だった。いわく、今はこんな状態だけど、必ず立ち直って見せる、と。おおむね、そのような意味だった。わたくしはありきたりの返事を出したのだと思う。氏の不祥事を責めもしなかったが、それほど励ますようなことも言わなかった。

ところがである。沖浦氏はわたくしの返事を励ましの意味だと理解したのだ。それは彼のポジティブ思想がそうさせたこともあるだろうし、それと同時に、周囲のバッシングがあまりにも激し過ぎたことも影響したのだろうと思う。つまり、わたくしのごく普通の、ありきたりのメールであっても、大バッシングの嵐の中では励ましの言葉のように感じられたのだった。

以上がわたくしと沖浦氏の関係性である。

大した関係ではない。ほとんど無関係と言ってもウソではない。なぜならば今は独白ブログの執筆者とコメント投稿者の関係に過ぎないからである。

そんなわけで、今回はチキンジョージ氏の肩を持つわけでもなければ沖浦氏の肩を持つわけでもないことを説明するために、あえて昔話をさせてもらった次第である。

まったく面倒臭い話だ。


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