2017/8/27

テツダイチンガジュウマンエン  
今日は顕正新聞第1416号の続きである。まずは沖浦氏が喜びそうな功徳の数々を紹介しよう。

五島列島も200万みつめ歓喜の前進
 大功徳、「ヨコワ」の漁獲高3億円!


女子部第二百二十四区総班長の活動報告には、たくさんの功徳話が出てくる。

七十代の婦人は夫を亡くしてより一人でタバコ屋を営んでいたが、毎日のように盗難に遭っていたという。店の商品が盗まれるらしいのだ。それを警察に届けても一向に被害がなくならなかった。ところが入信してよりは盗難がピタリとなくなったそうである。

わたくしは功徳がどうのこうのより、五島列島にそうした悪い人が住んでいることに落胆した。もちろん日本全国、どこにでも悪人はいる。しかし、上述の話の場合、いわば店番をしているのが老婦人ということで、ナメて掛かっているわけだろう。そういう人間の根性が物凄く気に食わないのである。

それにしても入信してからそれがピタリと収まるとは不思議なことである。

「異常気象で、魚も農作物も全く採れない」と島民が嘆くなか・・・

ある人は実家のソラマメが大豊作で手伝い賃として十万円もらったそうである。さらに別の家でも同様のことが起こった。

〇〇さん宅でもソラマメが予想以上の収穫となり、売り上げが普段の倍以上となる一二〇万円にも上り・・・

前述の手伝い賃が十万円を読んだ時、そんなに貰えるものだろうかと疑問に思ったが、なるほど、売り上げがご覧のようなアンバイなのだから、それを考えればさして不自然な額ではないのだろう。

そして冒頭の見出しの話が出てくるのだ。

本マグロの幼魚である「ヨコワ」は、マグロの養殖に使われることから高値で取り引きされる・・・

 通常、ひと月の漁獲高は数千万円が相場のところ、なんと三億円というかつてない漁獲高になり・・・


しかし、この話にはじゃっかんの欺瞞がある。ようするに水産会社の売り上げが上述のごとくなのであって、ここに出てくる登場人物はその会社に勤務しているだけの話なのである。

〇〇さんが外のデッキで海風にあたりながら勤行していると・・・

説明がおぼつかなくて恐縮であるが、くだんの水産会社に勤める人物は男性女子部員なのだろう。船の仕事は何日も海の上で生活しなければならない場合がある。彼はそういう環境の中で勤行を欠かさずに実践していたらしく、どうやら人目を憚ることなくデッキ上で勤行をしていたらしい。ゆえに、彼の祈りのお蔭で漁獲高が上がったのだと他の船員たちは思ったに違いない、というふうに登壇者は解釈したわけである。

それが事実ならば、同僚たちが次々に入信することにもなりそうだが、かつまた、こうしたわかりやすい現証が日本中で起これば、それこそ広宣流布は一気に実現することにもなりそうだが、はたして実際はどうだろうか?

婦人部大宮支区総班長の記事も興味深い。

六月三日のことである。彼女の組織では東武野田線の運河駅で配布活動をしたという。

 しばらくすると、異様な黒の詰襟に「理事」のバッヂをつけた霊波之光の職員七〜八人が、「あなたたちのような大きな団体が、こんな駅前で配布しなくてもいいじゃないか」と言ってきました。

そこには霊波之光の本部があるそうだ。すると総班長たちはそれを承知で配布活動を行なったわけなのだろう。続きの文章もご覧に入れたい。

 私が「信者が顕正会に行ってしまうことを恐れているのですか?」と聞くと、あっさり「そうだ」と認め、「信者を横取りするな」「新規開拓は隣の駅でやれ」と言い放つ姿は、顕正会の衛護隊とは比較にならないほど、確信も、威厳も、品もありませんでした。

わたくしは法華講員たちの配布活動を想起した。実際に見たわけではないが、法華講の諸氏がブログなどで公表している内容を読むと、あたかも上掲の話をそのままスライドさせたような感じなのである。

「顕正会員が法華講に行ってしまうことを恐れているのですか?」
「そうだ」「顕正会員を横取りするな」「新規開拓は別のところでやれ」

どうなんだろう、彼女はこうした事実を知らないのだろうか? それとも知っていて知らないふりをしているのか?

確かに法華講の絶対数は高が知れているので、現時点では法華講員の配布活動に遭遇したことのない顕正会員も少なくないのかもしれない。しかし、今後は法華講員と遭遇する機会が増えてくるかもしれないわけで、その時こそ、いよいよ顕正会の正念場となるかもしれないのだ。

話を戻すが、わたくしの認識が正しければ、霊破之光は新興宗教の中ではわりと老舗のほうである。一方の顕正会は再建よりすでに六十年であり、東京妙信講の時代から数えればさらに長い歴史を刻んでいるものの、独立教団路線を歩み始めたのは近年のことである。それにもかかわらず理事のバッヂをつけた先方の幹部たちが前述のようなことを言ってきたとしたら、なるほど、顕正会の存在はそれ相応に大きいものなのかもしれない。

ならば浅井先生が日本国を独走していると豪語するのも当然のことかもしれない。

2017/8/23

カミナラハスハネギカラ  
まず、沖浦氏のコメントに応じておこう。

日蓮宗の寺院で、檀家はなくて他宗の手伝いをして生活している云々の話は、日蓮正宗の御僧侶に対する批判の意味で書かれたものらしい。しかし、他宗の手伝いはおかしいだろう。他寺の手伝いならば、それはその通りなのだと思う。

ようするに仏教系と言えども宗派が異なれば読む御経が違うからである。たぶん日蓮宗ならば、いまだにたくさんの檀家を抱えている寺院もあって、不幸が重なったりすれば手が回らなくなることもあるのだろう。すると同じ日蓮宗の他の寺院から僧侶が手伝いに来ることは普通に考えられることである。

それからネット御書のリンクを貼っておられるが、リンク先はかなり昔から存在するサイトであり、当然、誰もが自由に利用できる。確か他にも同様のサイトがあり、さらには創価学会の公式サイトでも御書のデータを公開している。わたくし自身は宗門版の御書を使っているので、これらを利用することはほとんどないのだが、しかし、立派なことだと思う。

さて、顕正新聞第1416号に移ろう。

先生の師子王心を仰ぎ拝し・・・

第十八男子部長の記事から引用した。たぶん師子王心は専門用語に属するだろう。一般的には使われない言葉である。まさにそこが問題であり、この意味するところは会長本仏論である。まったく何をやっておるものかと思う。

次は第八婦人部長の記事である。

 その会長室で先生が、昭和四九年、解散処分通告書をごらんになった尊い光景には・・・

先日も指摘したことである。最初の本部会館が建ったのは前年であるから、その点では時系列に矛盾はない。しかし、その時は妙信講だったのだ。ゆえに会長室はおかしい。この点を顕正会の活動会員たちは疑問に思わないのだろうか?

それにしても尊い光景が悩ましい。まるで発迹顕本みたいだ。

神社本庁が「憲法改正」の署名運動

第二十四男子部長の記事の見出しであるが、何やら今、全国の神社で憲法改正のための署名を集めているそうである。そこで彼は山梨県の神社庁に事実確認の電話を入れたという。

 「政治的な行為をすることに、一部の参拝者から反発の声があるため、控えめに行なっている」

興味深い回答だ。

しかもその実物の署名用紙には前県知事の名前と共に櫻井よしこ氏の名前が併記されているという。櫻井よしこは有名な人物なので、そのネームバリューを用いて署名を集めようとの魂胆なのだろう。
ところで、ずいぶん前の話だが、一時期、櫻井よしこは法華講員であるとの情報が一部でささやかれていた。主には法華講の諸氏が宣伝していたような印象がある。これも彼女のネームバリューにアヤカッタものだろうか?
しかし、最近の顕正新聞を読むと、彼女の名前が何度となく出てくるけれども、その印象は物凄く熱心な神道の信者に映るのだ。いわゆる謗法者である。この点を法華講の諸氏はどのように見ているのだろうか?

それにしても「控えめに行なっている」が気になって仕方がない。このような回答では批判者たちは納得しないだろう。もっとうまい言い方ができないものかと思った。

国家神道復活の陰謀、禰宜も知らず

女子部第六区長の記事から見出しを引用したわけだが、これも前述の話題と同じだろう。山梨県の神社庁の人がどのような立場・役職なのか定かではないものの、電話口に出てくる人は下っ端の可能性が高い。そして当該記事は茨城県神社庁だそうで、総班長と二人で直接訪問したという。その応対に出たのが禰宜である。しかし、この禰宜というのも一般的にはよくわからない存在だ。そしてその彼が陰謀を知らないというのも、下っ端だからと考えられる。陰謀を上下すべての人に周知徹底してしまったら、それはもう陰謀ではない。

ちなみに御書にも禰宜という言葉が出てくる。当然、神職の一つなのだろうけれども、わたくしには地引御書の次の一節が印象的である。

神ならはすはねぎからと申す。

読み難いので平成新編の漢字ルビに従って書き直してみよう。

神習はすは祢宜からと申す。

残念ながらいまだに意味不明である。

2017/8/20

シウシンブロガア  
沖浦氏は神戸時代に御本尊を二回拾ったそうである。こうした事実を鑑みる時、日興上人の御指南がいかに重要であるかを実感する。ようするに御真筆御本尊を形木に刻んで不信の者に授与するということが当時から行なわれていたらしく、それを日興上人が厳しく咎められているのである。日蓮正宗における御形木御本尊はそれに該当しない。しかしながら創価学会の折伏大行進時代の安易な本尊下附は問題だった。浅井先生も著書の中でそのように述べている。

顕正会の場合、会員の絶対数が少ないこともあるし、そもそもが入信早々の者に本尊を与えるようなことはないので、いわゆる顕正会版(?)の御本尊がゴミに出される可能性は少ないだろう。しかし、もしかしたら顕正会版の経本がそこらのゴミに混じっているかもしれない。

さて、顕正新聞第1416号について書いていこう。

二百万まで あと「八万八千」と迫る

六・七月度弘通 二万三千八九六名
「解散処分により御在世の信心蘇る」


これが一面の大見出しだ。

折伏成果については、これが多いのか少ないのか、わからない。解散処分云々は、今回の会長講演が御遺命守護の歴史を振り返る内容となっているので、その重要な部分を抜き出したものなのだろう。

二百万まで云々が注目である。

先ほど書いたように、数字オンチのわたくしは折伏成果について的確な評価をすることができない。過去の数字をしっかりと整理して記録していないので、俄かには判断できないという意味もある。
それでも残りが八万八千有余ということは、どうやら来年中には二百万を達成するであろうことがわかる。
しかし、わたくしの感覚ではそれが物凄く不安なことであり、むしろその先に待っているのは絶望ではないかという危惧すら感じられるところである。

その理由を書こう。

ここ数年、二千二十年代初頭がどうのこうのという発言が目立った。もちろん、浅井先生が言い出しっぺであり、それに追従する形で幹部たちが言いまくっていたのである。今は面倒なので引用しないが、ようするに二千二十年代こそが広宣流布の決戦場なのだと言っていたわけである。大聖人の御待ちあそばす大法戦場とか、御馬前の戦いだとか、最後の戦いだとか、そんな言葉が顕正新聞のそこら中に転がっていた。もちろん、今も言い続けている。

しかし、いざその段階に突入してみると、あれ? こんなはずじゃなかったのだが? というような声なき声が活動会員たちの中から湧き上がってくるように思えるのである。

それはそうだろう。来年、二百万を達成する。ようは準備万端ということだ。いつでも戦いに臨める。臨戦態勢ということだ。

では、いったい何をどのようにするのか、それが問題である。

答えは、何もない、である。

いや、何もないわけではないが、しょせんは今までやってきたことの延長線上でしかないわけで、それ以外に特別な秘策があるわけではないのだ。

ということは百万達成の時と同じように、活動会員たちの気分としては落胆するしかないのだ。

ちなみに百万の時には直後に激烈なる宗門攻撃を開始して、いわば会員たちの意識を逸らすことに成功した。けれども今度はそうは問屋が卸さない。何しろ最後の戦いだからである。

以上のような理由から、わたくしは二百万達成が顕正会にとっての自縄自縛になっていると思う。ともかくゴールを決めて戦うことは達成感の上からひじょうに効率的なことなのだけれども、今の顕正会は最終ゴールを云々してしまっているわけだから、単なる気分的な達成感だけでは収まりがつかない。事実の上で達成しないといけないのだ。具体的には六千万の達成であり、さらには国立戒壇の建立である。

数年前、事実上の国立戒壇というケッタイな表現が使われたことがあった。しかし、そんなマヤカシは通用しない。事実として、天生原に国立戒壇が建たなければいけないのだ。

これでわたくしが先ほど、不安だの絶望だの危惧だのと、ネガティブな言葉ばかりを書いた理由がよくわかったはずである。

解散処分により御在世の信心に立ち還る
 営利目的の御開扉「御眼恐ろし」と思わぬか
 顕正会こそ仏勅に応え奉るべき責務あり


これが二面から三面にかけて掲載されている七月度総幹部会の会長講演の見出しである。今回はめずらしく特集号ではないが、それは内容を鑑みてのことかもしれない。内容的に一般向きではないからだ。

迎える八月が顕正会の原点の月ということで、顕正会の歴史を、主には御遺命守護の時代にスポットを当てて書いている。

もはやわたくし的には取り上げるべきところはあまりないのだけれども、前述の話題に関連する意味で二つほど引用しておこう。

 この顕正会は、今後、加速度を付けて必ず五百万、一千万、三千万、六千万となる。

来年の二百万は確実と思われる。問題はその先であるが、上掲の記述からすると次のステップは五百万となりそうだ。では、その達成時期はどうなのか、である。結局、今の顕正会の実力からすると、まったく見通しが立っていないというのが本当のところだろう。

 そして広宣流布は、大聖人様の絶大威力により必ず一時に成る。それも決して遠い将来ではない、まもなくそういう時が来る。

よく言えば純真、悪く言えばズルイ、それが浅井先生である。なぜならば先生はこの後、御書を引用している。ようは、大聖人が広宣流布は絶対であると言っているのだから、我々はただ信ずるのみである、と言いたいわけなのだろう。最終的には大聖人に責任転嫁して幕引きを図ろうとしているのかもしれない。

さて、あとは各論的に気になったところを取り上げてみたい。

大石寺の境内の一角に、豪壮そして異形な偽戒壇・正本堂が建てられたのであります。

異形が悩ましい。いわゆるデザイン的なものは個人の好みに左右される面が少なくない。ゆえにイチャモンをつけるのはどうかと思うのだ。

この先、もし国立戒壇が事実の上に建立されるとしても、その時には設計段階で揉めることになるだろう。顕正会の活動会員の中には一級建築士がいる。もしその人が設計しても、万人がそれに納得することはない。何しろ今現在にしても、全国に五十有余建っている顕正会の会館に対して、ネット上ではさまざまのイチャモンがつけられているのである。

阿部信雄教学部長(現日顕)

まったく何をやっておるものかと思う。(現御隠尊猊下)と書けばいいのである。もしくはわざわざカッコ書きを入れなくてもいいだろう。顕正会員ならばみんな知っているからだ。

細井日達 細井管長

当該講演では日達上人に対して二つの表記を用いている。前者はいわゆる呼び捨てであり、後者はいちおう節度ある呼称と考えられる。

いつもは、なんだこの表記の乱れは、というツッコミを入れるところなのだが、今回の場合は法則性があるようだ。
御遺命守護の戦いは話が入り組んでいてわかりにくい。ようは日達上人が態度を二転三転させるからである。その都度、創価学会側と妙信講側でいわば巻き返し合戦が繰り返された。わかりやすく言うと、猊下を味方につけたほうが勝ちみたいな、そういう戦いだったのだ。
それで今回の表記の法則性がわかる。つまり、日達上人が妙信講の肩を持っている時には細井管長と書き、創価学会側の時には細井日達と書いている。実に現金(?)な使い分けである。

そんな面倒なことをせずに、日達上人と書けばいいものをと思う。

広宣流布の時まで
   秘蔵厳護し奉れ


この小見出しの意味は既出の大見出しを読み返せばわかる。御開扉批判である。しかも今回は本文中に太字で次のごとく書いている。

 大聖人の御眼恐ろしとは思わぬか。この無道心、私は「この罰当たりめ」と強く言いたい。

細かい点ではいろいろとアヤのある話だが、わたくしはごく単純にそれほど不敬でもあるまいと思っている。もし宗門が営利目的で御開扉を行なっているのであれば、それこそ創価学会を破門にしなければよかったのだ。そうすれば今の何倍、いや何十倍の収入が見込まれただろう。これがすべてである。

もちろん浅井先生の主張も相当であるが、上述の一点からすれば先生の言っていることは単なるイチャモンに過ぎないだろう。これがわたくしの見解である。

2017/8/18

シウシンカイチョウ  
昔の記事のコメント欄が賑わっているようだが、わたくしは引き続き顕正新聞の話題を書きたい。

時の国主・北条時頼を諫められた御心と、安倍独裁政権に止めを刺された先生のお心が重なり・・・

まず、原文どおりではないことをお断りしておきたい。とは言え、この第八婦人部長の発言はきわめて会長本仏論的である。鎌倉時代の権力者と現代におけるそれは必ずしも全面的に一致するわけではないのだろうけれども、ほぼほぼ同じと言えるだろう。その意味からすると、大聖人の御振る舞いと浅井先生の振る舞いが一致するとすれば、それは同等の立場ということになる。

かつて創価学会の中で、池田大作氏を讃嘆するために大聖人と同等か、もしくは大聖人をも凌駕するような意味のことが言われていた。しかし、今となっては浅井先生こそがそうした批判に晒されているわけであり、この点を本部の首脳たちはよく反省しなければならないだろう。

池田大作の大写真も廃棄物処理場に

男子部第六十隊長の組織には廃棄物処理施設で働いている人がいるらしい。その人の証言によると、人間革命などの書籍やビデオ、あるいは池田夫妻の大きな写真など、創価学会関連の物品が多く持ち込まれ、バリバリとゴミ処理機に吞み込まれていくとのことだ。ある意味、それは創価学会員がたくさんいることの証明なのだろうけれども、顕正会的にはそういう善意の解釈はしないわけである。ようは創価学会を脱会する人がたくさんいて、その不要物がくだんのゴミ施設に持ち込まれているのだと言いたいわけなのだ。

それにしても次が興味深い。

百万遍題目のテーマ曲CD

なんだこりゃ、である。

よくわからないが、顕正会も実働会員数が今の十倍ほどになれば、同じような運命をたどることになるだろう。ゴミ施設に顕正会関連のグッズ(?)が山のように持ち込まれるのだ。もっとも今の段階では顕正新聞と基礎教学書くらいで、他にはグッズらしいものは見当たらない。つまりは創価学会の比ではない。よって、このまま衰退してしまうことも考えられるだろう。

弁護士めざし中央大・法学部に進学

しかし、ご覧のような有望な青年もいる。彼は男子部第百三十七隊支隊副長とのことだが、大学の先輩にあたる人物として、顕正会の弁護士一号を紹介している。次の記述がそれだ。

 時同じくして、大学の先輩にあたる藤村雄大本部幹事が司法試験に合格し・・・

自分も先輩の後に続いて弁護士を目指すと決意を述べているのである。また、話が前後するものの、次の記述がけっこう興味深いと思う。

 私が高校二年生のとき、民主党政権が誕生し、その余りにも無謀・無恥な政策を見ては・・・

今の顕正会は盛んに安倍政権を批判しているが、当然、彼も後半のほうで現政権への批判を書いている。その彼が民主党政権に対してもご覧のように批判的であることが、ひじょうに興味深いのだ。この意味はあえて説明するまでもないだろう。ようするに顕正会的に言えば、誰が政権を担当しようがダメなのである。顕正会以外は、である。ゆえに彼は、妙法の政治実現、という意味のことも書いているのだ。

しかし、だったら顕正会から政治家を輩出しなければいけないだろう。

この点がひじょうに甘いのだと思う。先に創価学会のことに触れたが、彼らは公明党を作って自分たちの理想実現に向って前進している。しかるに顕正会はいまだに批判に明け暮れているだけであって、現実的には何一つ実現できていない。くだんの登壇者は立派であり、有望な人材である。しかし、そうした人材がもっとたくさん出てこないことには話にならないのだ。

学会で不幸、「替え玉投票」も依頼される

平成十九年に創価学会から入会してきた女性である。今現在も平会員であることが不審だが、まあ、それはさておくことにしよう。彼女は両親が創価学会員だったこともあって、中学生の頃から信心していたそうである。すると気になるのは替え玉投票の時期である。

かつて創価学会が組織ぐるみで替え玉投票を行なっていたことは、多くの批判書に出てくる話であり、ほぼ間違いのない事実なのだろうと思う。しかし、そうした批判に晒される中で、なおも替え玉投票を続けていたとしたら、それはとんでもない話である。ゆえに当該記事における替え玉云々の話がいつ頃のことなのか、気になるのだ。

さらに言えば、その具体的な方法が知りたいところである。替え玉投票とはどういうものなのかをである。

残念ながら当該記事では替え玉投票の時期もその具体的な方法も記されていない。この点が不審である。穿った見方をすれば、過去の批判書などを参考にして話を創作しているのかもしれない。ゆえに具体性のないアイマイな話に終始している。そんな気がしてならないところだ。

顕正新聞社第二別館の建設始まる

これも注目である。記事には完成予想図とは別に、本部周辺の簡略な地図が掲載されている。それを見ると、いよいよ顕正会の門前町・城下町の様相を呈してきているのがよくわかる。

わたくし自身はそれこそ十五年以上になるだろうか、かの地には一歩も足を踏み入れていないのでまるで様子がわからない。

今度、気が向いたら見学にでも行こうかな・・・

2017/8/17

シウシンホッス  
顕正新聞第1415号は多摩会館での会長講演を中心に組まれている。新聞には同会館を東京における二つ目の会館である旨が繰り返し書かれているが、厳密には違うだろう。芙蓉会館があるからだ。まあ、しかし、それは東京会館に近接している意味で、一緒のものと解釈しているのだと思われる。あるいは芙蓉会館は不要となったのか・・・

 当時「本部」と称していたのは、東京都文京区音羽の、講談社ビルの真向かいにあった初代・講頭先生の自宅でした。

さっそく会長講演を見て行こう。講談社ビルはいつ頃の建築なのだろうか、かなりモダンな歴史的建造物と言えると思う。浅井先生のお宅はその真向かいにあったのだそうである。これはもう、それだけで自慢できる話で、昔はどうか知らないが今ではお金持ちしか住んでいないような一等地なのである。

たしか光文社もこの界隈にあるはずで、おそらくは他にも小さな出版社がいくつもあって、それに関連する業種として印刷・製本などの会社もたくさんある、いや、あったのだと思う。まさに浅井家の家業がそれだった。

けれども解散処分の前年、浅井家は板橋区常盤台に転居した。

わたくしはその当時を直接的には知らないので詳しい事情はわからないが、表向きは妙信講の根城となるべき本部会館を建てることが目的だった。事実、常盤台もなかなかの高級住宅街であり、浅井宅の周辺には豪邸と呼べるような家々が建ち並んでいたのだが、浅井家はそれらの豪邸に比べればわりと地味であり、庭もそれほど広くなかった。なぜならば自宅に隣接する形で本部会館を建てたからである。つまり、浅井家の私財を本部会館の建設に充てたのだった。

顕正会批判のために御遺命守護時代のアラサガシをする人がいるけれども、上述のことはどのように評価するのだろうか? 裏事情がどうであれ、わたくし的にはそれほどイチャモンを付ける気にはならないのだが、いかがだろうか?

しかし、それにしても今回の会長講演は時系列がデタラメである。

 私は直ちに池田大作に対し「正本堂に就き池田会長に糺し訴う」の一書を送付し・・・

この記述は最初の本部会館を建てた後に出てくる。文脈上もそうなっている。しかし、それは事実と異なる。これは御遺命守護の歴史を繰り返し学んだであろう大幹部たちがいちばんよく知っていることで、中にはとうとう先生もボケたかと思った人もいるかもしれない。ゆえに当日の会長講演がどうであれ、新聞掲載時には話の順序を変えるなりして、事実関係に齟齬がないように工夫すべきだった。

 この通告書、私は新しい本部会館の会長室で開き見ました。

これもまた、ナゾの記述である。

わたくしはこれを現在の本部会館の会長室だと理解した。時系列としては不自然ながらも、ようは最近になって文面を改めて読み返したという意味ならば、いちおうは矛盾がないはずなのである。

ところがである。

この新しい本部会館の意味を、常盤台に建てられた最初の本部会館だと解釈する人がいるのだ。これがわたくし的には驚天動地の解釈なのである。

まず、文京区音羽のそれは本部会館ではなく本部だった。その意味からすると、板橋区常盤台のそれは新しい本部会館ではなく新しい本部と書かないといけないのだ。もちろん、浅井先生本人がそこまで厳密に言葉を選んでいるのかどうかはわからないので、これが決定打となるわけではない。

しかし、次の事実はどうだろう。再掲である。

会長室で・・・

顕正会を名乗るのは後年のことである。解散処分の時点では妙信講だったし、妙信講に対する処分が解散だったわけである。まさかその時から会長室なるものが存在していたとは思えないし、何より先生が開いて見ているその文面には妙信講と認められているのだ。

ゆえにわたくしは先ほど書いたように、最近になって改めて読み返してみたと解釈するのが自然だと思うのだが、いかがだろうか?

いずれにしても、こうした誤解を生ずるような文章を載せているのは浅井先生自身の責任もさることながら、編集部の責任も大きいだろう。他にも指摘すべき箇所がある。

確認書には
 「正本堂は三大秘法抄・一期弘法抄の御遺命の戒壇ではない」
 旨の文言が認められ・・・


御遺命守護の戦いにおいては妙信講側に分があるものの、こういうインチキっぽい表記は慎むべきだろう。上掲のごとくカギカッコで括ってしまうと、その部分は原文どおりに引用されているような印象を受ける。しかるに改行して「旨」と断わっている。つまり、引用文は原文どおりではないのだろう。イヤらしい書き方だ。

彼はこの対決を逃避し、宗規まで改変して「終身法主」たらんと策したが・・・

今は記憶だけで書いているので、間違っていたら申し訳ない。しかし、どうだろう。上掲も事実関係からすると不正確のような気がするのだ。わたくしの記憶が確かならば、終身法主のための宗規改正なるものが行なわれたのは、対決云々の前ではなかったかと思う。つまりは時系列がデタラメということである。

そして以前にも書いた記憶があることだが、日顕上人が宗規改正をなされたのは御自身の地位保全のためではなく、後継のためと考えるのが妥当だろう。何しろ創価学会あたりがニセ法主呼ばわりしており、あろうことは日如上人までもがトバッチリを受けて、ニセ法主から相承を受けた日如は二代目ニセ法主だ、みたいに言われている始末である。ゆえに日顕上人としては先手を打って、事前に宗規改正して万全を期したわけなのだ。事実、今となっては創価学会が何を言おうが、宗門は盤石である。御高徳の日顕上人ならではの先見の明と申し上げるべきだろう。

逆に終身会長たらんとする浅井先生こそ、本気で顕正会の将来を考えているのかと、イヤミながらも言っておきたいところである。

どうも最近は一つの記事に対して書くことがたくさんあってキリがない感じなので、実はまだ書けば書けるのだけれども、会長講演についてはこれくらいで終わりにしておこうと思う。いちおう断わっておくと、今回のブログで取り上げたのは講演全体の三分の一ほどであり、他の部分について略して紹介すると、一つには御本尊についての説明と信心の姿勢についてであり、もう一つは安倍政権についてのあれこれである。まあ、気が向いたら引き続き取り上げるかもしれないが・・・

2017/8/15

リソウキョウジツゲン  
コメント欄は拙ブログと無関係の話題で盛り上がっているが、わたくしはいつものごとく顕正新聞の話題を書くことにしたい。第1414号だ。

当該号も諸天の働きを云々する記述がたくさんある。それをぜんぶ紹介していたらウンザリすることにもなるだろうから、今回はざっと数を拾っておきたいと思う。二面から七面まで登壇記事が二十二本ある。そのうち諸天のことを云々している記事は、なんと十二本もあるのだ。

そうした中、書店のことを云々している記事もある。ご存知、基礎教学書の話題だ。

しかし、どっちもどっちだろう。諸天の働きにしても顕正会員たちが大騒ぎしているだけであって、それほどの大現証が起きているとは思えない。そして基礎教学書の話題にしても、全国の書店に平積みになっているかのごとく言っていたけれども、現実には大したことはないようである。

いつも言っているように、顕正会は大袈裟なのである。誇大宣伝が過ぎるのだ。

大聖人様の御覚悟と浅井先生のご覚悟が重なり・・・

そういうわけで今日は少し目先を変えてみよう。上掲は原文通りではないことをお断りしておくが、男子部第百四十八隊支隊副長の記事から抽出したものである。会長本仏論の濃厚な文章だ。

そもそも浅井先生の発言に諸天が感応するということを幹部たちが口々に言っていること自体が、すでにして会長本仏論的なのである。それが当該号の場合、全記事中の過半数に及んでいるわけだから、凄まじいの一語に尽きる。この先、いったいどうなってしまうのか、まったく想像がつかないところだ。

ちなみに上掲の記事は祖母の臨終を伝えるものであり、本人はレントゲン技師なのだそうで、仕事で死因究明のために遺体をCT撮影する機会があるらしく、そうした数々の遺体と祖母のそれとを比較して、仏法の虚しからざることを実感した旨、書いている。こうした記述の信憑性ないし客観性がどこまで担保されるものか定かではないが、ともかく医療関係者の多くが同様の見解に立つようになれば広宣流布は加速度的に進むだろう。逆に言うと、失礼ながらも彼の記述は相当の部分で主観的なのだと思う。

山県有朋の末裔の壮年 特集号に感激

第四女子部長の記事に付された見出しである。よくわからないが、誰々の末裔だとか子孫だとか、そういう話がたまに出てくるけれども、あまり意味がないような気がする。例えば工藤さんとか上野さん、池上さんとか本間さん、こうした名前はそれほどめずらしいわけではなく、それが誰それの末裔だとしても、だからどうした、というのがわたくしの考えである。また、それが現代感覚でもあるだろう。

いや、もちろん、それを言っちゃいけないわけではないが・・・

永田町・霞が関で特集号を配布

男子部第六十七隊長の記事の見出しである。本文からも引用しておこう。

ここでは毎週、婦人部・女子部も配布をしているため・・・

どうせならばもっと効率的に各部で話し合って配布場所を変えたほうがいいだろう。

と思いきや、男子部第七十七隊支隊長の記事には次のような文章がある。

 また先日は靖国神社の前で、組織をあげて特集号の配布を行いました。

これは意外な場所だった。顕正会は謗法厳禁であるから、そうした施設には近づかない。とは言え、それでは折伏もできない。そこで神社の中ではなく、神社の外で配布をしたわけなのだ。

ところで次の男子部第七十隊長の記事が興味深い。

 タクシードライバーをしている班長が・・・

話が長いので省略するが、ようは自民党大物代議士の秘書を乗せたのだそうである。その秘書の傲慢さが延々と綴られている。ところがである。途中から急に態度が和らいだそうで、最後は一万三千円の料金のところ、二万円を出してお釣りを受け取らなかったそうである。

班長いわく、サンバイザーに差してあった顕正新聞が目に入ったに違いない、と。

さらにいわく、しかも『安倍首相辞任要求・特集号2』であったから、なおのこと恐れをなしたのではないか、と。

わたくしに言わせれば、まったくの勘違いである。秘書は急いでいた。ゆえに最初はそうした口調になっていた。しょせんは民間のタクシーだから交通ルールを無視してまで急がせることはできない。しかし、急がないといけない状況だった。そして結果的には間に合ったわけなのだろう。その時間的な見通しがついた段階で気持ちが和らいだと考えれば自然である。お釣りは間に合ったことの謝礼とも考えられるし、あるいはいつもそうしているのかもしれない。かく言うわたくしもタクシーではお釣りを差し上げる主義ないし習慣であるから、代議士の秘書ともなればなおさらのことだろうと想像する。

しかるに第七十隊長は次のごとく言うのだ。

先生のご発言が一国に影響を及ぼす段階に入りつつあることを感じ・・・

これが本当ならば凄いことだが、実際にはかなりアヤシイところであり、しょせんは顕正会員たちの願望に過ぎない。それが現実だろう。

最後に女子部第百九十三区長の記事をご覧に入れよう。

 実はこの真成寺の界隈は、地名も「真成寺町」と呼ばれ、周辺はみな檀家であり、小さな商店街が軒を連ね、毎年、真成寺の一行が商売繁盛を願って練り歩く行事が、恒例となっております。しかし今では、営業している店はわずか数店舗、閑散として活気を失った現在の光景は、異様に思えてなりません。

少し長い文章で恐縮である。しかしながらこれも前掲の記事と似たような意味があって、顕正会員の観察眼は相当のバイアスが掛かっていて、必ずしも事実を正確には把握していないと考えられるのだ。

日本国を独走

近年、浅井先生が繰り返し言っていることである。顕正会だけが日本国を独走しており、邪宗はことごとく衰退しつつあるのだと。

まさに上掲はこうした浅井先生の発言に沿った物の見方・考え方である。そして引用文には明らかでないが、他の部分を読めばくだんの寺院がいわゆる身延派日蓮宗であることがわかる。よって寺院は衰退、同時に門前町も衰退しているのだと、彼女は見ているわけである。

しかし、それは違うだろう。

確かに門前町の盛衰は寺院のそれに比例する。これは当然の理屈である。しかしながら今は全国的にどこもかしこも疲弊している。それが商店街の実情なのである。わたくしの居住地域でも同様の問題があって、今も通りの入口に立派な看板を掲げていて、交差点名も◯◯商店街入口となっているのだけれども、え? どこに商店街があるの? というようなところもあるのだ。ゆえに個々の商店街にはそれぞれ独自の事情があるのかもしれないが、総じて言えば商店街は全国的にオワコンの時代に入ったのだと、このように理解するのが一般だろう。

顕正会は仏国実現という高尚な目標を掲げている。もちろんそれはそれでいいだろう。ある意味、その基礎となるのが地域ごとの街づくりのはずである。遠大な目標もけっこうであるが、そうした身近なところでのアプローチも考えておくべきと思う。

2017/8/13

テンハケンジンヲステタマハヌ  
沖浦氏から諸天のことでコメントを頂戴した。おっしゃる通り、顕正会のそれはいわゆる神風的発想であり、別の言い方をすれば他力本願的であって、よくないと思う。さりとて沖浦氏の認識も十全とは言えないだろう。

ようするに諸天善神は基本的に天上界の衆生なのである。ゆえに人間に特化して論ずるのは誤解を生ずることにもなりかねない。

まず、基本は天上界であることをしっかりと認識しないといけない。その上で変化人という概念を知れば、すべては解決するはずである。

また、一般的にも化身という言葉・概念が存在する。今、手元の辞書を引けば、次のごとくである。

仏や菩薩が衆生を救うために人の姿となって現れたもの。

これが一つ目の説明であり、さらには三つほど説明が付加されている。それらは省くけれども、ともかく一つ目の説明が重要で、一般的にも変化人に近い考え方が定着していることの証左と言えるだろう。

かく言うと、仏・菩薩とは実は人間のことなのだ、と返してくるかもしれない。

沖浦氏らしい返し技というか、逆転の発想ないし再逆転の発想とでも言いたくなる魅力的な考え方である。また、そこが創価学会の面目躍如なのかもしれないと思う。

しかし、これは何も彼らの専売特許ではなく、もともと存在する概念なのである。

生仏一如 凡聖一如

これまた教養人であれば、知らない人がいないほど、巷間に流布された言葉である。

いずれにしてもである。

顕正会の主張する諸天の働きは、現代人の感覚からすると相当の乖離があって、俄には信じ難いところである。対する創価学会のそれは、そうした現代感覚を考慮してのことか、かなりアレンジされたもののようである。悪く言えば現代感覚に迎合しているのだろう。

人の悦び多々なれば、天に吉瑞をあらはし、地に帝釈の動あり。人の悪心盛んなれば、天に凶変、地に凶夭出来す。

改めて瑞相御書を拝すると、ここに帝釈の動とある。これを新鮮に感じるのはわたくしが不勉強だからだろう。当該御書には依正不二の原理が示されている。この依報をいわゆる環境と捉える時に、特に創価学会では盲点が生じているものと考えられる。つまり、依報を草木国土という非情のカテゴリに押し込めてしまって、いわば感情のない無機質な世界のように理解してしまっているフシがあるのだ。しかるに上掲の御文では、帝釈の動があると認められている。ここは現代感覚がどうであれ、大聖人の御認識はかくのごとしである。

よって、これを否定することは大聖人の仏法を否定することにもなりかねないわけで、この点を創価学会ではどのように考えるかが問われるのである。

まだまだ説明が足りないものの、これで諸天善神についての顕正会の認識がわりと大聖人の御指南に忠実であることがわかったのではないかと思う。一方の創価学会のそれは現代感覚に迎合するあまり、本来の諸天善神観から大幅に外れてしまっているように見えるのだ。

しかしながらわたくしは顕正会のそれを全面的に支持するものではなく、むしろ今の顕正会は諸天の働きを重視するものの、すべて自分たちの都合で解釈してしまっている点が問題なのだと、これまでにも繰り返し指摘してきたわけである。

天人相関説 災異説

これまた不勉強ながらも、これらは古くからある中国思想であり、大聖人の依正不二論はこの影響を多大に受けていると指摘する人もいるようだ。これについては特に言うことはない。どっちでもいいと思う。

問題はこれが現代科学の観点からして、どれほどの信憑性を持つかである。

つまり、現代人の中にはこれをまったくの迷信だとして一笑に付す人もいるし、あるいは無教養のゆえだろうか、こうしたことに無頓着の人もいる。

例えばずいぶん前にも書いたことだが、道路ないし道路脇にゴミが大量に投棄されているような場所がある。悪循環なことには、少しでもゴミがあると、それが増幅されていって、瞬く間にゴミだらけになってしまうのである。当然、公道であれば公費で清掃が行なわれる。つまりは我々の税金が使われるのである。だったら全員が自覚を持ってゴミを捨てないようにすれば、そうしたムダな公費が使われることもなくなるはずである。こんな簡単な道理がわからないものかと嘆息するばかりであるが、まったく改善される様子がない。

実は今、税金がどうのこうのと書いた。しかし、わたくしの本音はそこではない。そんなことは大したことではないと思っているのだ。

では何が大したことなのかを書こう。ズバリ、罰当たりではないか、ということなのである。

つまり、わたくし自身は罰当たりなことだと思っているので、絶対にしないのである。けれども実際に投棄している人たちは、罰が当たるとは思っていないわけなのだろう。ようはバレなきゃいいという考えなのである。わたくしはバレようがバレまいが、そのような行為をすれば必ず罰が当たると思っている。だからしないのである。

そろそろ結論を書きたい。

先ほど、天人相関説とか災異説のことに触れた。無教養の人はそんなことも知らずにゴミを捨てているのかもしれない。それはまだカワイイと言えるだろう。
問題は、天人相関なんか迷信に過ぎない、別にゴミを捨てようが捨てまいが罰なんて当たりっこない、という考えの人である。もしそれが本当ならば、わたくし自身はずいぶんと損な生き方をしていることになるだろう。つまらぬところで罰に怯えて生きているからだ。
しかし、その結論がどうであれ、わたくしは思うのだ。そういうヤツは物凄くイヤなヤツだと。つまり、もし迷信であるとしても、むしろわたくしのような考え方のほうが人間としては正しいのであって、その対極にいるそういう連中はまったくのダメ人間なのだと、わたくしは思っているのである。

うまく伝わっているかどうか心許ないが、今日のところはこれで終わりにしたい。

2017/8/12

テンコウフジュン  
顕正新聞第1413号の第八面を見ておこう。

必ず諸天が感応する・・・

先生のご発言の重さ、諸天の怒りの凄さ・・・

即座に呼応する諸天の厳たる働き・・・


相も変わらず、諸天の働きがどうのこうのと言っている。諸天善神の力用を否定するつもりはないが、しかし、顕正会のそれは異常である。これまでにも繰り返し言っているように、安倍首相の独裁ぶりがどうであれ、彼が永遠に首相の座に君臨し続けることはあり得ない。今の状況では来秋の自民党総裁選で三選を果たすことは無理だろう。つまり、遅くとも一年後には安倍政権も終わるのである。もちろん早まることはあり得ることだ。さりとて、それをもって諸天の働きを云々するのはどうかと思うわけで、しょせんは自分たちに都合のよい解釈をしているだけと見るのが一般だろう。

後日、配達地域を全戸訪問した・・・

青森県で最も発行部数が多い東奥日報に、広告カラーコピーの折り込み広告を依頼した旨を、男子部の支隊長が報告している。これを拡大解釈すると、青森県の全戸を訪問したことになるだろう。まあ、しかし、おそらくは東奥日報を扱っている一販売店というのが真相で、その販売店の配達地域一帯を全戸訪問したと考えるのが妥当である。

顕正会は何でもかんでも話を大きくするのが得意であり、上掲はその悪いクセが出ているように思う。そもそも諸天の働きを云々するくらいだから、万事がそうなのだろう。本人たちはそれに気がつかないのだろうか?

班長の縁で入信した曹洞宗(禅宗)の寺の住職の妻は、(中略)直ちに檀家の一壮年を折伏し、入信を叶えた・・・

しかし、この話はけっこうな大事件である。住職の妻が顕正会に入信したことだけでも事件であるが、さらには檀家までも折伏して顕正会に入信させているわけだから、これはもう大事件と言わざるを得ないところだろう。

そもそも寺の収入は檀家からの御布施で成り立っている。住職の妻もその恩恵に預かる立場のはずなのだ。それを自らぶち壊すような行為をしているわけだから、もはや尋常ではない。

もちろん顕正会側の言い分としては、今は広宣流布の前夜であって、広宣流布の実現を本気で考えているのであれば、邪宗の退治も当然のことなのだろう。具体的には謗法への施を止めることに尽きるわけで、その意味ではくだんの人物の行為は正しいことになるのだ。

しかし、そうは言っても現実的にはどうかと思うところで、一つの方法論としてはまず夫を折伏する、それが不首尾であった時には離縁を申し出る、その上で檀家でも何でも折伏すればいいだろうと思う。それが物の順序のはずだ。

いずれにしても第一線の活動会員たちは必死である。それが結果として常軌を逸した無分別な行動にあらわれる。

そして浅井先生もまた、必死なのかもしれない。

ようするに、ヤラされている感だとか徒労感を感じさせてしまったらオシマイなのである。それを感じさせないためには、自分もこうして頑張っているのだという姿を見せなければいけない。それが安倍首相へのアプローチなのだ。そして大幹部たちがそれを誇大宣伝する。先生は一国を相手に捨身で戦われているのだ、自分たちも先生の驥尾に付して戦おうではないか、と。

ただし、浅井先生の戦いは虚飾に満ちている。それが諸天の感応云々である。

最初にも書いたように、わたくしは諸天善神の力用を否定するものではない。とは言え、このところ顕正会が盛んに宣伝している諸天の働き云々はとうてい受容できるものではない。単に自分たちに都合のよいように解釈しているだけにしか見えないのだ。ゆえにこの先、ズルズルと支持率が下がって、やがては安倍首相も観念せざるを得ない時が来るにしても、それで浅井先生の戦いが成就したことにはならないだろう。

客観的なバロメーターとは言えないにしても、いちおうは総会員数を目安として論ずるのがよさそうである。

つまり、二百万のカウントダウンがどうのこうのと言っている時点で、え? まだ二百万なの? じゃあもう無理だよね、間に合わないよね、と考えるのが常識的なのである。それが彼らには見えないのだろうか?

2017/8/7

ワキメモフラズニ  
引き続き大沢氏からコメントを頂戴しているが、同じ話の繰り返しになるので、やめておきたい。今や顕正会問題はまったく別の次元に突入しており、過去の検証はあまり意味がないのではないかと思う。もちろん、まったくの無意味とは言わないが、おそらく客観的に見るならば、宗門側のバイアスの掛かった検証に何の意味があるのか、というような皮肉な見方も可能だろう。法華講の諸氏に必要なのは、そうした自覚ではないかと思う。

さて、顕正新聞第1413号の続きを見て行こう。

・・・会津若松市の婦人部員がごっそりと顕正会に移ったことを思い出しました。

唐突な引用で恐縮だが、創価学会歴五十六年の男性が本年、顕正会に移籍して、六月度総幹部会で登壇した。

以前、顕正会では支部制を敷いていた。新宿支部とか豊島支部、あるいは池袋支部とか早稲田支部、そのような名称だった。これらは今も支区として残っているかもしれない。ともかくわたくしの若い頃には上述のごとく、東京の地名ばかりが並んでいた。そうした中で最初に結成された地方組織が高知支部ではなかったかと思う。ようは正真正銘の地方支部である。確かそうした流れの中で、会津にも支部が結成されたような記憶がある。

お気づきの人もいるだろう。地方支部で急成長を遂げたようなところは、創価学会からの大量脱会組が含まれているのだ。

ちなみに当該記事における大量脱会は正本堂が解体された時のことらしい。わたくし的にはちょっと意外な印象を受けるところだが、どうなんだろう、今でも創価学会から団体様で移籍してくるようなケースがあるのだろうかと、そこが気になるところだ。

現状では顕正会から宗門へ移籍する人が後を絶たない。それがどの程度の規模なのか定かではないが、団体様で移籍するようなこともあるのかもしれない。一種の還著於本人だろうか? かつては創価学会からたくさんの人が顕正会に移ってきた。創価学会の立場で言えば、大事な人材を失ったわけである。そして今度は顕正会から宗門へたくさんの人が移っている。顕正会の立場で言えば、大事な人材をゴッソリと持って行かれてしまって、ひじょうに困った状態なのである。しかし、それも因果応報であって、かつて自分たちがやったことがそのまま跳ね返ってきているのだ。

さて、今のは男性女子部員の記事だった。次は女性男子部員の記事だ。

 私は先月二十三日、娘のたび重なる折伏により、創価学会から入会させて頂きました。

あれ? 娘の折伏なら女子部か婦人部だろう?

このように思われたとしたら、拙ブログをよくお読み下さっている証拠なので、ひじょうに嬉しいことである。話は簡単だ。ようはこの娘さんも女性男子部員なのである。ようは男子部所属のままで活動しているわけであり、当然、折伏の成果も男子部のほうにカウントされる。これが顕正会の実態である。

それはさておき、わたくしが驚いたのは彼女の創価学会歴である。なんと平成二十六年の四月に創価学会に入ったそうである。こういう人は教学的なこともよくわかっていないだろうし、そうすると顕正会と創価学会の違いもよく理解できないに違いない。

しかし、わたくしは次の記述に、またしても驚いたのだった。

幹部に言われるまま、お題目を二百万遍唱え、御書全集も繰り返し拝読するほど真面目に取り組んでいました。

これは凄いことだ。上掲の文章を普通に読めば、御書を最初から最後まで繰り返し読んだことになる。題目のほうはさておき、御書の通読は相当のことである。何しろ顕正会では御書そのものを持っていないのだから、まったくお話にならないのだ。

もちろん顕正会的には、創価学会でいくら頑張っても功徳はない、というような意味でこの話を紹介しているわけなのだが、しかし、もし上掲の記述が本当ならばベラボウにレベルが高いことになるだろう。つまり、客観的には創価学会の信心のほうが、遥かにレベルが高いのだ。

古参の創価学会員がである。かつての剣豪の修行を思わせる云々の古き良き伝統を堅く守って、今もなお地道に拝読を重ねているとするならば、話はわかる。ところが彼女はほんの数年前に入会したに過ぎないのである。重ね重ね言うが、実に凄いことである。

それにしてもである。この人の登壇にはよく読めば顕正会を暗に批判しているような記述が各所に出てくる。

「顕正会員は、最初は優しくて真面目な人だと思っていても、そのうち態度を変えてくる」

彼女は顕正会入会後、創価学会版の本尊を返納するために群馬文化会館に行ったそうである。そこで創価学会の幹部たちに二時間近くも責められた。その中のセリフの一つが上掲である。

いかがだろう、上掲は案外に正鵠を射ているのではないかと思う。もちろん、どの組織にもいろんなタイプの人がいるわけで、一概には言えないことではある。しかし、今やネット上には顕正会を脱会した人たちの声が無数にあって、そうした中には上掲のような声も少なくないのだ。

もっとも直前にも書いたように、それは創価学会の幹部も同じだし法華講の幹部も同じだろう。そうした人間関係の軋轢で組織を去っていくのは世の常である。

まあ、しかし、成果至上主義の顕正会ではそれが顕著なのかもしれない。

最後に婦人部港北支区部長の記事を紹介しよう。

 入信以前の私は、化粧品の販売代理店を経営し、将来の夢は自社ビルを建設することで、年間数千万円を売り上げておりました。

記事全体の趣旨からすると、この部分はさほど重要な部分ではないことをお断りしておきたい。主には夫の臨終を伝える記事なのである。けれどもわたくしは上掲に注目した。

前にも似たようなことを何度も書いているのだが、こういうセールスの上手な人が顕正会の中でも成果を上げて幹部に登用されていく傾向がある。これはもう御本尊の功徳とかの話ではなく、その人の資質そのものによるのではないか、というのがわたくしの考えなのである。

営業職の人に聞いたことがある。誰でもできる仕事なのか、それとも向き不向きがあるのか、と。

いわく、やっぱり向き不向きはある、明らかに営業には向いていないタイプの人もいる、と。

わたくしはそれが顕正会の活動にも当てはまるのではないかと思うのだ。いや、もちろん、随力弘通であるからして、その力に応じて実践すればいい。実際、幹部たちも皆が皆そのように言うはずである。

しかし、顕正会の実態が成果至上主義である以上、やはりどうしても先の営業職の話と同じことになるはずなのだ。

この点をどのようにしたら改善できるか、もし本部首脳に精神的な余裕があれば考えるのだろうけれども、もはや今の顕正会にはそんなことを考えている余裕はまったく存在しないのだろう。困ったことであるが、これが現実のようである。

2017/8/4

ジンソクナレスポンス  
今日は顕正新聞の続きを書くつもりだったが、その前に大沢氏からのコメントに応じておかなければならないだろう。

正本堂問題はあくまでもキッカケに過ぎず、年々影響力を増していた創価学会(池田名誉会長)への反発が浅井会長(妙信講)の行動となって顕れたといえるのではないでしょうか?

この部分は正解だろう。しかも活動会員であっても、そこそこリベラルな考え方の人であれば、おおむね賛同するのではないかと思う。それはごく単純な話で、試練と忍従の歴史を読めば浅井先生自身がいつかは立たなければいけない旨の決意を述べているからであって、すでに池田大作氏の専横ぶりはその頃から顕著だったのだ。

ただし、キッカケという表現にはイチャモンを付けるためのキッカケみたいな意味合いも感じられるので、そこは活動会員たちも反発するだろう。

わたくし自身は浅井先生のそうした本音の部分をどのように見るか明確な結論を持ってはいないが、それでも話はわりと単純であろうと思っている。ようするに巨大な創価学会に立ち向かうためには、それ相応の重要な問題でなければならなかった。それこそ瑣末な問題ばかりを取り上げてイチャモンを付けているとしたら、逆にお里が知れるというか、一種のチンピラみたいなものであり、それこそ相手にもされないだろう。大聖人の御遺命という教義上の再重要問題だからこそ、創価学会側も一笑に付すわけには行かなかったのだ。

別の言い方をすると、創価学会側に隙きがあった。

もしもである。当時、創価学会にそうした油断も隙もない状態だったとしたら、妙信講には何も為す術はなかっただろう。逆に今日の顕正会は存在しなかったかもしれない。未だに創価学会にとって顕正会が目の上のタンコブのような存在であるのは、いわば正本堂問題でのツマヅキをいつまでも引きずっているからである。

浅井会長も広宣流布前夜を強く意識していたことは間違いありません。

浅井会長も昭和40年当時から正本堂の意義を認識していたことになります。


ハッキリ言っておかなければいけないが、これは元顕正会・現法華講員の悪いクセである。

まず、昭和五十二年の浅井発言であるが、これはさほど不自然なことではないだろう。昭和四十年当時のことを回想しているくだりが後の試練と忍従の歴史における記述と矛盾するとの指摘は、確かに文章の上っ面だけを読めばそのように受け取れるのかもしれない。しかし、それは誤読である。

ようするに五十二年発言は過去の出来事をただ単に回想しているわけではなく、いわば解釈を加えているのである。誰もが人生経験としてあるだろう、その時は気がつかなかったけれども、ずっと後になってから気がつくことがあるということをである。

つまり、その線で読むならば、昭和四十年当時の認識は誑惑は顕著ではなかったということであり、日達上人の御説法も正本堂が御遺命の戒壇であると断定しているようには読めなかった、しかし、十有余年の歳月を経て振り返ってみると、上人の御説法は国立戒壇を否定する目的でなされたものだと、先生は解釈したわけなのだろう。

ただし、話がややこしくなることを承知で、もう少し説明したいと思う。

この浅井先生の解釈なるものは、必ずしも一定していないのだ。ゆえに会長発言を細かく拾っていくと、自語相違がたくさん出てくる。これもまた法華講員たちの格好のネタになるわけだが、しかし、それこそアゲアシ取りに過ぎないことを理解しなくてはいけない。

昭和四十年の日達上人の御説法について、浅井先生の認識ないし解釈は一定していないと書いた。本当は具体的な文証を提示しないと話にならないわけだが、今は調べるだけの気力がないので当てずっぽうに書かせていただくことをご承知願いたい。

日達上人は正本堂を御遺命の戒壇に当たるとは言っていない。創価学会が勝手にそのように宣伝しているだけなのだ。

日達上人は正本堂を御遺命の戒壇とは思っていらっしゃらなかったが、創価学会に頼まれてそのように発言された。

日達上人は創価学会の首脳と共謀して、正本堂を御遺命の戒壇と意義付けた。


おおむね三パターンにまとめた。

元顕正会・現法華講員ならば百も承知のはずである。昭和四十五年当時の御遺命守護の戦いは猊下の御立場を守りつつ、創価学会の非を強く責めた。すなわち第一パターンである。
そして二つ目のパターンはいわゆる御遺命守護の歴史を論ずるに当たって、わりと多用されてきたものだと思う。いわゆる主犯と共犯の関係で、宗門側は共犯の立場であるが、しかし、仏法上は最も重い責任を有する、という考え方である。
そして三番目は近年の顕正会の主張である。ご存知のごとく、今は日達上人とも細井管長とも呼ばず、あろうことか細井日達と呼び捨てにしている。もはやそうなると、三つ目のパターンに落ち着かざるを得ないことになる。

かくも浅井先生の発言は自語相違のオンパレードであり、突っ込まれても仕方がないわけなのだが、しかし、それとこれとはまったく別である。

ようするに法華講員たちはこうした浅井発言をあげつらって、いわばこのようなデタラメな人物なのだから、昭和四十年当時も同じなのだと言っているわけなのである。

しかし、別の解釈も成り立つ。

当時はきわめて真面目だった。けれども後年、道を違えてしまい、おかしくなってしまった。

これがわたくしの解釈である。ところが法華講員たちは浅井先生を全否定したいらしく、早い話が浅井なんぞは最初から間違っていたのだ、最初から性根が腐っていたのだ、それで宗門ないし創価学会の隙きを窺い、イチャモンを付け始めたのだ、と言わんばかりなのである。

最初のほうで、浅井先生の本音がどうであったかわたくしにはわからない、という意味を書いた。そして今、法華講員に仮託して性根という言葉を使った。ようするに浅井先生の性根がどうであるか、わからないというのがわたくしの結論である。
ところが法華講員たちはわかったようなことを書いている。いちおう文証を並べ立てて、そのように断定しているわけである。
では、客観的に見て、その判断が正しいのかどうかと問われれば、わたくしはぜんぜんダメだろうと言いたいのだ。

さて、今日の文章は相当にややこしいので、はたしてわたくしの言わんとしていることが伝わっているかどうかも心許ないところだが、おおむね書き尽くしたつもりである。

単なる文字面のアゲアシ取りではなく、相手の文章を十分に斟酌した上での批判を心掛けたい。

そういうオマエは顕正新聞のアゲアシ取りばかりしているではないかと言われそうで怖いのだが・・・


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