2017/9/23

アキノイリグチ  
顕正新聞第1417号の続きを見ていこう。

安倍首相がひた隠す加計疑惑の深い闇も、阿部日顕の河辺メモ流出のごとく必ずや白日の下に晒される・・・

男子部第二十隊支隊長は正本堂崩壊の大現証もリアルタイムでは見ていないという、物凄く若い世代の人材であるが、漠然とした印象ながらも、この人の顕正新聞に登場する頻度はけっこう高いので、若手の有望株と言えるだろう。

過去六十年間、ひたすら大聖人様に忠誠を貫き、諸天を方人としてこられた先生のご発言に必ず諸天は動き、安倍独裁政権は退陣に追い込まれる・・・

このところ衆議院の解散がささやかれていたが、どうやら本当に解散・総選挙が行なわれるらしい。これは驚きだった。

そして今現在、わたくし自身は特にマスコミ等の情報を丹念に調べているわけではないが、これまた漠然とした印象だけで言わせてもらえば、どうも結果が不透明のようである。ゆえに当てずっぽうを言えば、もし現政権が勝てば安倍独裁体制がよりいっそう強化されて、超長期政権が実現することになるだろう。しかし、逆に負ければ、自爆解散だったという評価が下されることになる。今のところ、そのどちらが正解かはわからない。さらに言えば、現時点では国民の野党側に対する期待もそれほど高くはないと思われるので、自民党が先の都議選のような潰滅的な負け方をすることは考え難い。すると結果的にはどちらにも軍配を上げづらいような中途半端な状況になるかもしれず、まずます閉塞感が強まることにもなりかねない。だとすれば、いったい何のための選挙なのか、ということになる。

顕正会的にはわかりやすい。

現政権が勝てば、またしても浅井先生の予言が外れたことになる。野党が勝てば、これはめずらしく浅井先生の予言が的中したことになり、顕正会員的には万々歳だろうと思う。

ただし、だからどうした、それで広宣流布の加速度が増すのか、そんなことはあるまい、というのがわたくしの言い分である。

 先生の師子吼に即座に反応する諸天の働きを見ては・・・

隣の婦人部総務の記事から引用した。ようするに、浅井先生が安倍首相の退任を叫ばれてよりわずか三ヶ月で支持率がガタ落ちになり、都議選では歴史的大惨敗を喫した事実こそ、先生の師子吼に即座に反応する諸天の働きなのだ、と言っているわけである。

これも今度の選挙の結果次第だろう。そこでどうなるかを見てから再評価すべきだと思う。

先生は新しい本部会館の会長室で宣告書を読まれた・・・

相変わらず同じことを言っているが、こちらも言わせていただこう。なぜに妙信講の本部に会長室なるものが存在するのか、である。そんなバカな話はあるまい。

当時電話があった家庭は少なく・・・

婦人部総務の直上に男子部総務の記事があって、そこから引用したのが上掲である。昭和三十年代の通信事情を語っているわけだが、その本人にしても当時をリアルタイムで経験したわけではなさそうだ。まだ赤ん坊だったか、あるいは生まれる前の話だろう。

まあ、しかし、こうした話はけっこう貴重な情報というか、着眼点だと思う。

わたくしの幼少期はおおむね固定電話の普及が終わった時代だった。こう書くと年齢がバレそうだが、それはさておき、ごくマレに経済的な事情からか電話のない家があった。しかし、それはおそらく百軒に一軒くらいの割合だったろうと思う。
その後、ポケットベルが登場し、携帯電話も普及が始まった。しかし、当初はごく一部のお金持ちだとか、電話のやり取りを頻繁に行なうような職種の人だけが持っていた。今のように誰もが当たり前のように携帯を持つようになったのは、今世紀に入ってからだろう。わたくしもちょうどそのくらいの時期に携帯を持ったのだと思う。
そして今では固定電話そのものが減りつつあるらしい。若い人の場合、携帯があれば固定は必要ないという考えの人が一般であり、自ずと固定の新規契約は見込めない状況である。公衆電話も激減した。ある意味、必然的な流れではあるのだろう。

どうだろう。先ほどの正本堂崩壊をリアルタイムで知らないという若い支隊長などは、上述のような固定電話の普及が始まった時代だとか、携帯に移行する過渡期にいわばツナギ的な役割を果たしたポケベルの存在など、まるで知らないはずである。その意味で男子部総務の記事は貴重な情報ないし着眼点だと書いたわけである。

ちなみに総務の言わんとしていたことは、そのような時代の折伏は大変だったろう、ということだ。しかし、わたくしはそうでもないと思っている。ある意味では今の時代のほうが大変かもしれないし、もしかしたらいつの時代も大変なのかもしれない。

今日は何だか余談的な感じになってしまった。

2017/9/18

モッタイナクモ  
街頭折伏が解禁されたかどうかは微妙なところであり、じゃっかんの注釈が必要かと思う。

ようするに以前は繁華街で見ず知らずの人に声を掛けて、そのまま入信勤行に持ち込もうとしてトラブルを起こしていたわけである。しかも最初は趣味の話みたいな、まるで本題とは無関係の話題で相手を引き付けておいて、タイミングを見計らって本題を切り出すわけである。これはもう騙し討ちと言われても文句は言えないだろう。

ところが今はそうではなく、顕正新聞を片手に話をするわけだから、いちおうは旗幟鮮明なのである。これならば騙し討ちにはならないだろう。

もっとも大沢氏の証言によれば、安倍首相云々の特集号を配っている時にはあたかも宗教ではないかのような言いぶりだったらしいので、それは相当に問題だろう。まあ、しかし、それでも以前の騙し討ち折伏に比べれば、遥かにマシではあるわけだが・・・

せっかくなので『迷走する顕正会を斬る』から、勧誘トラブルの実態を論ずるくだりを一部紹介しよう。

 〈騙し入会〉…一部のことではあるが、当人に入会の意思がないのに「行くだけ行ってみよう」等と拠点に連れて行き、「せっかく来たんだから」と入信勤行に参加させてしまう。あるいは、宗教であることを隠して「運のよくなるお寺がある」と拠点に誘って形だけ入会させてしまう。「占い」などに関心が強い若者の心情に取り入っての入会偽装である。

顕正会側も反省したのだろう。こうした批判を受けてのことか、近年は目立って勧誘トラブルが少なくなった。先ほども書いたように、顕正新聞片手に折伏するわけだから、いちおうは正々堂々なのである。また、街頭折伏とは少し違う形態として、訪問折伏がある。これは平成十六年の諫暁書が出来して以降、地道に行なわれていることであり、当然、諫暁書を前面に押し出しての活動だから、騙し討ちなどの問題は生じ難い。

さて、顕正新聞の話題である。第1417号の続きを取り上げたい。

最終段階に・・・

まさに広布最終段階に・・・

広布最終段階こそ・・・


総合婦人部長の登壇である。彼女は最終段階がお好きなようで、ご覧のように同じフレーズを繰り返し使っている。はたして五年後、あるいは十年後、どのようなことを言っているだろうか?

次は第二十三女子部長の発言であるが、看過できない問題発言である。

 先生はこのたび勿体なくも、日淳上人が、前々から学会の強大な権力に諂う細井日達に憂いを懐かれていたことに言及されましたが・・・

ようするに浅井先生の発言を受けて書いているわけだから、これは彼女の失言ではなく、先生の失言である。ちなみに、わたくしの読み落としがなければ、顕正新聞掲載分の浅井発言には上掲に類するものはまったく見られない。おそらくは総幹部会の場で発言したのだろうけれども、新聞掲載時にはヤバイと思って削除したのだろう。それをわざわざ第二十三女子部長が暴露しているわけである。

過去にも繰り返し指摘していることだが、これは編集部の怠慢でもあるわけだ。わたくしは顕正新聞掲載分の情報しか持ち合わせていない。たぶんその気になれば浅井講演の音声データを入手することも可能だろう。しかし、そこまでする気はない。つまり、編集部がもっと頑張って編集作業をすれば、わたくしからのこうしたツッコミは受けなくて済むのである。

もはや説明する必要もないのだけれども、マレには道理のわからない人もいるだろうから、書いておこう。

ようするにくだんの発言は日淳上人をダメ法主だと言っているようなものなのである。何しろ前々から細井師の諂いぶりを知っていて、それを憂えていたわけなのだろう。それでいて細井師に御相承をあそばしたというのは、合点の行かない話である。つまりは日淳上人の言っていることとやっていることは支離滅裂ということになる。

御高徳の上人を冒涜するのも大概にせよと言いたい。

むしろ疑って掛かれば、この話は浅井先生が自分たちの主義主張を正当化するために都合よくでっち上げたホラ話だと、このように言われても仕方がないだろう。逆に言うと、そうした反論が予想されるので掲載しなかったと考えられるのだ。

思えば最近の創価学会はどうか知らないが、ひと頃は日顕上人をボロクソに言う代わりに、日達上人を物凄く持ち上げていた。これに対して法華講の諸氏が言っていたことが、まるで上述の話とウリフタツである。つまり、日顕上人を悪く言うのは間接的に日達上人をダメ法主だと言っているのと同じなのである。創価学会員にはこの道理がわからないのだろうか?

ただし、話を戻して、この件に関しては創価学会のほうがまだマシだろう。ようは顕正会が最悪なのだ。

前々から・・・

再掲である。これがいけないのだ。

前々からをどうやって証明するのか聞いてみたいところである。顕正会員たちは浅井先生をいわば神格化していて先生は何でもご存知だと錯覚しているフシがあるけれども、先生と言えども当時はまだ二十代の若造だったのだ。まさか日淳上人がそんな若造に細井師と創価学会の関係性みたいな話をするわけがないだろう。

そして今は日淳上人も日達上人もいらっしゃらない。ようは本人たちに反論の機会がないのである。それをいいことに好き勝手なことを言っているとしたら、とんでもないことである。

 先生はこのたび勿体なくも・・・

シツコイようだが、再掲である。この言い回しが凄まじい。いったい何が勿体ないのか、本人に聞いてみたいものである。

2017/9/16

ノルマトプレッシャー  
前回のコメント欄を見ると、投稿者こそ少ないものの、そのほぼすべてが拙稿に沿った内容になっているので、ひじょうにありがたいことだと思う。まあ、しかし、逆にプレッシャーを感じるのも事実である。

現場の会員が言う、お金の問題は、数珠や教本や書籍は幹部が買ってあげますよ的な意味が含まれているのではないでしょうか?

これは顕正会経験者でないと実感できない問題だろうと思う。

そこでわたくしの拙い経験を踏まえて書かせてもらうと、入信したばかりの人は先輩から訳もわからずに折伏をやらされる。もっとも本人は友人を引っ張ってくるだけであり、実際に折伏を行なうのは先輩である。それで最初のうちはイモヅル式に五人だとか十人が入信してくる。そのうち、訳もわからずにやっていた本人に自覚が芽生え、かつまた教学も身についてきて自力で折伏を行ずるようになる。もちろん、その頃には班長だとか副長になっていて、いわばノルマ的にやらざるを得ない状況になっているわけだ。

ところがである。皮肉にもその頃には折伏の対象者も尽きてきて、たった一名の成果を上げるのにも一苦労することになる。つまり、一回の折伏法戦で一名がやっとか、ヘタすると一年に一名が精一杯の状況になってしまうのだ。

これで上掲の意味が理解できたのではないかと思う。ようするに成果を上げるのに苦労している人たちにしてみれば、入信時の諸費用はぜんぶ出してあげるという気分なのである。

諸費用ゼロ云々はあらゆる業種に見られるセールストークである。本来、宗教とその他の商売はまったく別次元のはずであるが、こうしたところに近似ないし相似の部分があらわれていることが、何とも悲しいところである。

せっかくの浅井先生指導も些か機を逸したように感じました。

唐突の引用で恐縮であるが、いきなり本質的な結論に入りたいと思う。ようするに浅井先生は世間に対するアンテナを敏感に張り巡らせていて、そこでキャッチしたいわゆる時事ネタを講演に織り交ぜて聴衆を魅了する。これを何十年も続けてきたわけである。実際、それで功を奏してきたからこそ、顕正会は伸びてきたのだろう。

ただし、委細に見れば、失敗も多い。タイムリーを狙えば狙うほど、外した時の痛手も大きいのだ。

その一々の具体例というのは面倒臭い話なので省略しよう。ようするに上述のような仕組みというか、一種のカラクリがわかってしまうと、そこで浅井先生に対する絶対的な信用が崩れてしまう。それと同時に組織の実態、ダメさ加減というものも、どんどん見えてくるわけで、もはやそうなれば離脱も時間の問題だろう。ようはこの繰り返しなのである。

ゆえに今回の浅井先生のそれが凡打だったのか空振り三振だったのか、その辺の度合いは何とも正確にはわからないが、ともかくこのカラクリがわかってしまえば、あとは時間の問題なのである。

それでもなお、顕正会さんへ入信を希望する方が後を絶たないのは、厳虎さん的には一体何が原因だと思われますか?

同じような質問を前にも受けたような気がするが、その時にどのように答えたか今は憶えていない。別に一貫性を持たせる必要もあるまいと思うので、今回は今回で新たな視点からお答えしようと思う。

『迷走する顕正会を斬る』を再読されたし、である。

かく言うわたくしも最近はあまり読んでいないので偉そうなことは言えないが、まずは第八章の最後の一文を紹介しよう。

浅井昭衛氏の勧誘成果至上主義・会員拡大路線が破綻していることは、明らかであろう。

つまり、入信を希望する人が後を絶たないというのはウソである、いや、ウソは不適切かもしれないが、ここでは事実誤認である、もしくは事実を正確に認識していない、ということになるだろう。

では正しい認識とはどういうものか?

確かに今も相当数の入信者がいる。ようはコンスタントに相当の人数が入信している。これは事実である。しかし、いつも言っているように定着率がベラボウに悪い。名前だけの入信なのだ。この点を認識すべきだろう。

それから『迷走する〜』が指摘する問題点は、浅井先生がブチ上げた具体的目標との乖離である。昭和六十一年に行なわれた第二回武道館大総会で浅井先生は、なんと一億人の入信目標を掲げているのである。この大言壮語・大風呂敷を著者は痛烈に批判している。

そして同書には第四章に遡って注目すべき記述がある。少し長い引用になるが、次は昭和四十五年の出来事である。

 一月二十八日、創価学会は総務会で、折伏活動の中止を決定した。これは戸田会長が作り上げた教団モデルの根本的改変であり、この決定により創価学会の爆発的な大躍進は終焉した。中止の決定で成長がピタッと止まったということは、ノルマとプレッシャーをかけなければ教団組織の過剰な拡大がないことの、何よりの証明である。

ご覧のように引用文の後半部分には著者の見解が記されている。まさに慧眼だ。

これで今回の結論は見えたはずだ。顕正会は今もなお大風呂敷を広げ続けている。言葉を換えれば、会員たちにノルマとプレッシャーを掛け続けているのだ。ゆえに名目上は成果が上がり続けており、それが名目上の総会員数として公表されているわけである。今現在、二百万に届くところまで来た。

しかし、顕正会は無理に無理を重ねてきた、ゆえにいずれは無理が祟って崩壊する、今はその一歩手前まで来ているのではないか、というのがおおむね正しい現状認識なのではないかと思う。

2017/9/13

カドノキタイ  
もしマイケル氏が拙ブログを盛り立てるつもりでいろいろと腐心しておられるのならば、その気持ちはひじょうにありがたいことではあるけれども、そこまでしていただかなくても結構である。拙ブログは顕正会問題を中心に、書くべきことは書いてきた。ゆえに、まだ続けるつもりではあるものの、いつ終わりにしてもいいと思っているのだ。マイケル氏にはこの点をご理解いただければと思う。

次は素人氏のコメントだ。

O部長は浅井先生の次にボリュームがある人だと思うので、指定席から居なくなると、すぐわかってしまう…

これはどなたのことだろうか?

A部長の暴力疑いは、顔だけみれば激しく同意です。

顔で判断するのは失礼千万なことだとは思うが、まあ、しかし、誰が見ても同じような感想を懐くだろう。

さて、今朝の大沢氏のコメントである。

「私たち、宗教とは関係ないんですよ〜」
と断言してニコニコしている・・・


どこかの駅前で特集号を配布していたそうである。例の安倍首相に対する退陣要求号だ。確かに政治案件ではあるものの、さすがに宗教と無関係だと言うのはウソになるだろう。実際、浅井先生は他の政治運動との差別化を図る意味で、安倍首相の神道復活の目論見を謗法だと断じているのである。その意味からすれば、そこで活動していた顕正会員たちは浅井先生の顔に泥を塗っていることにもなりかねないだろう。ようは正々堂々かつ旗幟鮮明でなければいけないのだ。

そもそも宗教とは無関係と言ってしまったら、もはや入信勤行には持ち込めないだろう。

問い詰めると班長さんらしき男性が
「顕正会は入信して直ぐにお金はかかりませんから、宗教団体ではありません」
と回答。


大沢氏は彼らを問い詰めたそうである。その時の回答が上掲だ。何だろうね、これは・・・

お金が掛からないから宗教団体ではないというロジックは自分勝手な解釈に過ぎない。全体の流れを見れば、それがいかにも詐術的であることに気がつかないといけないわけだが、彼らはまったく気がついていないのだろうか?

ようするに政治案件の特集号を配っている段階では、いちおう宗教団体ではないという説明が可能と考えられる。しかし、ゆくゆくは入信勤行に持ち込もうとしているわけなのだろう。その時になると、今度はお金が掛からないから宗教団体ではないという説明に変化するわけである。こんな欺瞞が通用するとでも思っているのだろうか?

相手の立場になって考えれば、何となく騙されているような気持ちになるはずである。つまり、騙しているのだ。彼らには騙しているという自覚がないのだろうか?

わたくしの思うに、もうすでに駅前で配布活動をしている段階で彼らには相当の覚悟があるわけなのだ。ならば、そんな詐術的なロジックを使わないで、正々堂々とやればいいだろう。

顕正会員は「諸天が動いて安倍首相は退陣に追い込まれた」と言っていますが、誰の目から見てもすっかり窮地に追い込まれていた安倍首相、最新の世論調査で内閣支持率が増加しているようです。
浅井会長が余計な事をしなければそのまま退陣に追い込まれていたのではないでしょうか?

浅井会長には天災、戦争についてドンドン語って欲しいものです。


この部分はイヤミながらもけっこう核心に迫っていると思う。

拙ブログでも繰り返し言及してきたが、浅井先生の予言は当たらないというジンクス(?)があるのだ。それが皮肉にも今回もまた当てはまってしまったわけである。何しろ直近の顕正新聞では「安倍政権崩壊特集号」を謳っている。しかるに、その直後に当たる世論調査では、安倍内閣の支持率がかなり回復しているのだ。

ゆえに大沢氏は言うわけである。浅井先生には天災・戦争についてドンドン語ってほしいと。

わたくしの見通しを書いておくと、安倍政権は遅くとも一年後には終わるはずである。これは予言とかの話ではなく、今の自民党内の雰囲気からしても来年秋の総裁任期が一つの区切りになるとの見方が有力とされているのだ。一時期、三選も取り沙汰されていたが、さすがにもうそろそろ交代すべきだろう、新しい人にやってもらったほうがいいだろうという意見が強くなってきているのも事実である。そこで安倍首相自身も欲をかかずに引き際を間違えなければ、このままうまく引退できるかもしれない。モリカケ問題の重大なる疑惑が残るものの、良きにつけ悪しきにつけ日本人の習性として水に流すという考え方があるので、それでうまく収まるのではないかと思う。しかし、逆に安倍首相が続投を表明すれば、そこで内外から大反発が生じるだろう。予言でも何でもない、ただの常識的な見通しである。

問題は自民党政権そのものだろう。先日、民進党の代表選挙があって、人事が刷新されたけれども、現状ではとてもじゃないが政権交代を実現し得るだけの力を持っていない。他の野党もしかりである。つまり、安倍政権が終わっても自民党政権は終わらない、続くのだ。それでは日本を覆っている閉塞感を打破することは難しいに違いない。

わずかに期待するとしたら、先の都議選で大躍進した都民ファーストの国政版だろう。しかし、それも現時点ではまったくの未知数であり、過度の期待は禁物である。

2017/9/12

コウカクジンジ  
まず、降格人事については情報不足で何も言えないのが現状である。わたくしは顕正新聞掲載の情報しか持ち合わせていない。現時点では素人氏のおっしゃるような記事は見当たらない。ゆえに何も言えないのである。

マイケル氏のコメントはずいぶんと粗雑である。

まず、創価学会票がないと当選できない自民党議員がたくさんいるという話は、たぶんその通りなのだろう。ゆえに神道復活は相当に困難である。この点はなかなか的確な意見だと思う。

しかし、他のコメントがよくなかった。

どの宗教団体も「公称」に過ぎませんから、どっちが勝ったも負けたも、ないんじゃないですか?

そんなことはわかり切ったことである。ゆえに前回、夢想だと書いたのだ。しかし、夢想であり実現性が低いにしても、話の内容はかなり具体性のあるものだった。

まず、奉安堂の真横くらいのところに、奉安堂よりも巨大な会館を建てるのだ。収容人員を一万人にしよう。そこに毎日、一万人が参詣するのだ。いや、もっと欲張って午前と午後の二回、参詣が行なわれてもいい。すると毎日、二万人である。もしこれが実現すれば、誰の目にも勝敗は明らかだろう。そういう話を書いたのである。

あくまで、私見に過ぎない事をお断りしておきます。

1978年(昭和53年)9月14日に、宗教法人顕正寺顕正新聞社が設立されています。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%A8%E5%A3%AB%E5%A4%A7%E7%9F%B3%E5%AF%BA%E9%A1%95%E6%AD%A3%E4%BC%9A

宗教法人顕正寺顕正新聞社が、何処にあったのかは存じ上げません。

宗教法人顕正寺顕正新聞社の会長は、浅井先生。

穿った見方になるかもしれませんが、「会長室」という言葉を使用されているんじゃないかな〜って僕は思っています。


何をトチ狂っておるものか・・・

すでに何度も書いているように、解散処分は昭和四十九年の出来事なのである。それにもかかわらず、なぜに昭和五十三年のことを引き合いに出してくるのか、である。よしんば、五十三年の段階では会長室が存在したとしても、それが四十九年段階での存在証明にならないことは、小学生にもわかる簡単な道理だろう。

いずれにしても顕正会を名乗るようになったのは昭和五十七年からなので、もしそれ以前に会長気取りでいたとしたら、それは池田大作氏への嫉妬心の反映だろうとも解釈され得るところである。

ご存知の人も多いはずだが、浅井先生は戸田城聖氏への憧れが物凄く強かったと言われている。それはたぶん事実なのだろう。では池田氏に対してはどうかである。まさにそれこそが嫉妬心であると言わざるを得ないのだ。つまりは自分も池田氏のような、あるいは池田氏をも凌駕するような、絶大なる権力を得たいとの願望である。その反映が会長室なのである。ようやく小さな小さな会館を一つ建てた段階にもかかわらず、さらにはまだ妙信講という法華講の一講中を名乗っていた時にもかかわらず、そこに会長室を設えて会長気取りになっているという姿を、いったいどう見るべきだろうか?

善意に解釈すれば、イメージトレーニングの大切さを教えているのかもしれない。実際、顕正会は当時に比べれば飛躍的に大きくなったわけだし、顕正会における浅井先生の立場は絶対的である。なるほど、イメージトレーニングの効果は絶大ということだ。

もっとも、それが広宣流布・国立戒壇建立という、最終目標の実現に結びつくかどうかは難しいところだが・・・

話を戻そう。

昭和五十三年に顕正新聞社の会長に就任したという話自体、わたくしには初耳のことであるが、それが事実だとしても昭和四十九年の証明にはならない。こんな簡単な道理をマイケル氏は理解できないのだろうか?

2017/9/9

ユメモノガタリ  
顕正新聞第1417号を見ていこう。当該号は合併号となっている。一般的には夏休み対応なのだろう。そして記事の内容は七月度班長会の登壇特集となっている。

第一面をざっと読んで思ったことは、臨終の話が多いことだ。男子・女子・婦人の各部から二人ずつの体験発表が載せられているけれども、いずれも近親者の臨終を伝えるものである。前にも話したと思うが、顕正会も高齢化の波が押し寄せているのだろう。最近は特に臨終の話が目立つのだ。
しかし、これではいかにもバランスが悪い。もっと若い人の体験発表を載せるべきであるし、そうでなければ顕正会の未来は真っ暗である。
つまり、すでにそうした暗い未来を予感させるような記事ばかりが並んでいる現状こそ、顕正会の実態をよくあらわしているのだろうと思う。

二面に移ろう。

近い将来、一法戦で五万、十万、二十万と入信を数えるにいたり・・・

総男子部長も大風呂敷を広げるようになったものである。体験発表の六本すべてが臨終を伝えるものだったことを考えれば、近い将来、顕正会は深刻なる人材難に陥る可能性すらあるのだ。そうした現実を無視して、夢物語ばかりを口にしていて、いったいどうなることだろうか?

 このとき、常盤台の旧本部会館の会長室で、解散処分「宣告書」を手にされた先生が・・・

先月、何度か取り上げた話題である。このときとは昭和四十九年のことである。その時はまだ妙信講を名乗っていた。ゆえに会長室など存在するわけがない。こんな単純な道理がわからないのだろうかと、心配になってくる。

・・・並の団体であれば即座に潰れて当然のところ
 しかるにこの嵐のような弾圧の中・・・


わたくしの考えが古いだけなのだろうか?

近年の顕正新聞にはこうした改行がたくさん使われている。一般紙を詳しく調べたわけではないが、こういう表記は大新聞では使われていないはずである。ごく単純に、誤植ではないかとも思えてしまうところでもある。それを顕正新聞では好んで使っている。これがわたくしには甚だ疑問なのである。

・・・すべてが凡慮を絶する形で事実となったその不思議を拝見するとき
 国家神道の復活を企てる謗法の安倍政権への退陣要求も・・・


これも総男子部長の文章である。わたくしはどうかと思うのだが、いかがだろうか?

今度は副総男子部長である。

 さらに「細井日達」名義で全顕正会員へ脱会を迫る文書を送ったり・・・

これは先ほどの会長室の話と似ているわけだが、それほど違和感はない。上掲を正確に書き直すとすれば、全妙信講員へ脱講を迫る云々、となるだろう。しかし、それは顕正会の歴史を知る人にとっては共通の了解事項なので、どちらの表現を使ったとしてもさしたる混乱はない。つまり、上掲は是認されるということだ。

では会長室はどうか、である。

わたくしには物凄く違和感があるのだ。

後年、妙信講は顕正会と名乗るようになった。正確な時期はわからないが、実はその頃、なんと会長室は潰されてしまった(?)そうなのである。今は存在しないので比較のしようがないけれども、当時在籍していた人は記憶の糸をたぐり寄せてほしい。旧本部会館は物凄く小さな会館だった。
会員が増加していった。それで常盤台公園のすぐ横に新しい本部会館を建てることになった。現・東京会館である。その時、浅井先生が言っていたのである。顕正会員が増えていってニッチモサッチも行かず、とうとう会長室まで潰されてしまったと。自分の居場所がなくなってしまって、まるで居候みたいだと、そんな冗談まで飛ばしていたのだった。
ゆえに妙信講時代はそこそこ余裕があって、浅井先生の居場所もあったのだろうと思う。しかし、それは会長室ではなかったし、講頭室でもなかった。無難な表現を使えば執務室とでも書くべきだろうか?

以上、ここまで長々と書いてきたことの意味は、わたくしのような末端の一会員だった人間ですら上述のような記憶を鮮明に残しているのである。いわんや当事者をやである。その当事者が存在しないはずの会長室を云々している点が、わたくしには物凄く疑問に思えるのである。

解散処分以降も、毎年、歳の暮れに欠かさず戒壇の大御本尊のお傍近くまで詣でては・・・

細かい点はともかくとして、これは事実なのだろう。

ここで荒唐無稽な夢物語を書いておきたい。あくまでわたくしの夢想である。

大石寺の隣接地に巨大な会館を建てるのだ。そして館内を一般のマスコミにも公開する。こう書くと、不信者を御本尊のまします場所に入れることは許されないと、顕正会員たちは言うだろう。それはその通りだとして、その会館には御本尊を安置しなければいいのだ。ようするに巨大な遥拝所を造るのである。もちろん、その対象は戒壇の大御本尊である。

ここまで書けば想像がつくだろう。毎日、一万人規模の参詣者がその遥拝所に詣でて、戒壇の大御本尊を遥拝申し上げるのである。たぶん、そうすれば大石寺の参詣者よりも多いはずで、マスコミの人たちは思うだろう、なんだこの不思議な光景は、と。

そして過去の経緯をつぶさに知れば知るほどに、日蓮正宗側の偏狭さがクローズアップされることになる。

しかし、残念ながらこれは単なる夢物語であり、現状ではとうてい実現不可能だろう。

実は浅井先生も、具体的なプランはまったく異なるにしても、大きな意味ではわたくしの言っているようなことを夢想していたのだ。物凄く単純な言葉で表現すれば、見返してやる、ということである。
法華講員には異論があるにしても、昭和四十年代の宗門は創価学会の強大なる力に屈してしまって、妙信講の正論を受け入れることができなかった。浅井先生はたびたび己の非力を口にしていた。もし妙信講が力を持てば、すべてをひっくり返せると。
同様の意味で、実は御遺命守護完結以前には、顕正会が一歩前進すれば御遺命守護完結が一歩近づくと、繰り返し言っていたのだ。しかし、それも今はウヤムヤになってしまったわけだが・・・

いずれにしてもである。顕正会の戒壇の大御本尊への信仰が本物であり、それが日蓮正宗の正規の信者数よりも遥かに上回る状況を作れれば、四十年代のリベンジを果せたことになるだろう。そうなれば宗門復帰も現実味を帯びてくる。

わたくしの思うに、広宣流布の実現以前の問題として、上述のことが喫緊の課題であり、万難を排して行なうべき最優先事項である。

2017/9/6

ダレニタイスルイヤミカ  
けっこう重要な質問が寄せられている。マイケル氏と素人氏のコメントがそれである。

熱原3烈士の斬首日はいつでしょうか?
顕正会だけが10月12日以前といい、顕正会以外は10月12日以降と言っているようです。


まずは素人氏のほうから取り上げるが、これは具体例が必要なところだと思う。そこで平成新編の巻末の年表を確認すると、十月十五日の欄には次のように書かれている。

熱原神四郎・弥五郎・弥六郎 鎌倉に刑死す、

つまり、十月十二日以降である。

では、顕正会では具体的にどのように説明しているのだろうか?

実はこの具体的な文証、つまりは顕正会側で出している書籍のことだが、わたくしの知る限りでは日付がアイマイであって、必ずしも十月十二日以前であるとは明言していないように思うのだ。ゆえに素人氏がご存知の書籍があれば、ぜひとも提示していただきたいところである。

そして今、確認のために顕正会における最新書籍、すなわち基礎教学書を開いてみた。

ああ、なるほど、である。

日付云々は相変わらずアイマイである。しかし、この本を初めて読んだ人であれば、おそらくは十中八九、いや、全員かもしれない、やはり素人氏のおっしゃるように十月十二日以前と読めてしまうようなのである。つまり、文脈上の流れからすると、そのようにしか読めないのだ。

基礎教学書をお持ちの人は237ページから四ページほどを確認されたい。

実は先月、浅井先生の講演は時系列がデタラメだと指摘した。御遺命守護の歴史を語る段で、話が前後している部分があったのだ。これをどのように解釈するかが問題である。

わたくしの思うに、浅井先生は話の要約がベラボウにうまい。大事な点を伝えるために、どこをどのように削ればいいのかをよく心得ているのだ。その一環だろうか、カットした部分をつなぎ合わせる時に、あえて話の順序を変えているようなフシがあるのだ。これを事実の歪曲だと考える人もいるわけだが、広い意味では要約の一環とも考えられるわけである。

つまり、例の斬首日の問題は浅井先生だって諸説があることを百も承知なのである。しかし、その専門的な見解についてはあまり言及したことがない。それは簡単な話で、浅井先生だって正確なところはよくわからないからだ。

ゆえに基礎教学書においては、あくまで基礎というか入門編のような位置付けの書籍なので、深くは言及していないのだと考えられる。いわば、これが結論だろう。

彼等御勘気を蒙るの時、南無妙法蓮華経と唱へ奉ると云云。

聖人等御返事の一節である。これは日興上人が十五日の夕刻に発した、今で言えば速達であろうものを、大聖人が十七日の夕刻に受け取って直ちに返報されたという、物凄く緊迫した状況を伝える御書である。ゆえに今現在はこの御書の内容から考えて、十五日処刑説が有力とされているわけなのだろう。

ゆえにもし顕正会が十二日以前を主張するのであれば、それ相応の道理と文証を提示する必要がある。しかし、先ほども言ったように、浅井先生だってよくはわからないのだ。ゆえに時系列をボカシて書いているのだと思う。

さて、今度はマイケル氏である。

もしも潜在的ニーズがあるのならば、熱心に布教活動をすればそれ相応の成果を得ることができるわけで、現時点でそれを積極的に行なっているのが顕正会なのかもしれない。

前回の拙稿を再掲した。これに対してマイケル氏は次のように質問している。

>熱心に布教活動をすればそれ相応の成果を得ることができる

相応の成果というのは、厳虎さん的にはどのようなものだとお考えですか?

やはり即身成仏、六根清浄の境界を得る事ですか?


あらまあ、誤読しちゃっている。

けれども、それはわたくしの文章が誤解を生ずるような拙文だからかもしれないので、ここで改めて説明しておきたい。

ズバリ、それ相応の成果とは、信者獲得の意味である。

宗教オワコンと書いた。それは今の宗教には魅力がないので誰も寄りつかない。ゆえにどこの宗教団体も閑古鳥が鳴いている。極端に言えばそんな状況かもしれない。
しかし、人々が宗教離れを起こしているのは単に魅力的な宗教がないからであって、潜在的なニーズはあるのだ。つまり、これから先、魅力的な宗教が登場すれば、人々は挙ってその宗教に入信するのである。
そして顕正会の場合、魅力的かどうかはわからないものの、今現在、日本の中でいちばん熱心に布教活動を展開しているという事実がある。すると魅力のあるなしにかかわらず、試しに入信してくる人たちはいるわけだ。別の言い方をすれば、潜在的ニーズとして魅力ある宗教を希求している人々の一定の受け皿にはなっている・・・という感じだろうか?

余計にややこしくなってしまったとしたら、申し訳ない限りである。

ゆえにもう少し説明すると、ニーズがなければどんなに頑張っても入信者は獲得できない、ニーズがあるからこそ成果を上げられるのだ、となるだろう。最初からこう説明すればよかったかもしれない。

相応の成果というのは、・・・やはり即身成仏、六根清浄の境界を得る事ですか?

再掲であるが、マイケル氏のおっしゃることは、つまり、熱心に布教活動をする顕正会員にはそれ相応の功徳がある、という理解のもとで、それは即身成仏ないし六根清浄のことなのか? と問うているわけなのだろう。

なるほど、法華講ではそのように教えているわけなのだろう。では、顕正会はどうか、ということになる。

前回の拙稿はまるでそのような意図を持たず、ただ単に、ニーズがあればこそ会員獲得が可能なのだ、という意味で書いたので、マイケル氏の質問に答えるだけの用意はまるでできていないのが実情である。というよりも、そんな難しい質問にわたくしが答えられるわけがないのである。

知っていることだけ言うと、まあ、顕正会では六根清浄はほとんど使わない、即身成仏はなくはないが積極的には使わない、という感じである。ご存知かもしれないが、顕正会の功徳論はもっと現世利益的であり、きわめて通俗的なゴリヤク信仰に近いのだと考えられる。

では、わたくし自身が考える真の功徳ないし利益について書くと、情けない話だがわからないというのが正直なところである。

一つ言えることは、たぶんこれは創価学会でも言うし、法華講でも言っているだろうことだが、仮に弁護士を目指しているとしよう、その人が熱心に信仰をしていたとしても弁護士の勉強をせずに信仰だけしていれば願いが叶うというようなことはあり得ない。いわゆる仏法は道理であるからして、そのような道理に反した行為が成就するわけがないのである。では、いったい現世利益とは何なのか、功徳とは何なのか、ということになるとわたくしはわからないと答えるしかないのである。

以上、何となくイヤミっぽいが、功徳論は沖浦氏に教えを乞うたほうがいいかもしれない。

2017/9/3

ジコツゴウカイシャク  
マイケル氏はなかなか難しいことを考えていらっしゃる。

個々人を取り巻く状況にこそ、問題の核心部分があるのではないでしょうか。

以前、宗教オワコンというようなことを書いたことがある。しかし、人々の潜在的な部分には宗教を求める心があるのかもしれない。そのニーズに応え得る宗教が存在しないだけなのかもしれない。

もしも潜在的ニーズがあるのならば、熱心に布教活動をすればそれ相応の成果を得ることができるわけで、現時点でそれを積極的に行なっているのが顕正会なのかもしれない。

ただし、いつも言っているように実際には看板倒れみたいな感じで、顕正会の実態を知れば知るほど落胆を禁じ得ない結果になる。ゆえに離脱する人が後を絶たないのだ。

さて、今日も顕正新聞の続きである。

金色に輝く御本尊様がお出ましになられた瞬間・・・

女子部第百七十四区長によれば、多摩会館の御本尊は金色に輝いているらしい。これを譬喩だと考えれば、ツッコミどころはそれほどない。しかし、本当に輝いているとしたら、その理由は何かが気になるところである。

御本尊の表装が金色を基調としたものだから・・・

御厨子の内張りが金箔だから・・・

ライトアップされているから・・・

おおむねこんなところだろう。御本尊を荘厳に保つことは当然のことである。ただし、本来的には御本尊の光明に照らされて周囲が金色に輝くという順序のはずなのだ。ゆえにライトアップも何もしない状態で御本尊が勝手に発光していたら凄いことなのだが、まあ、現実的には無理な話だろう。同様の意味で、御生骨が光を放つという話も非現実的に思えてしまうわけだが、それはわたくしが無信心なだけなのだろうか?

次は婦人部蕨支区班長が九十五歳の父親の臨終を伝える記事である。

 その因習深い環境の中、父は、謗法の行事に一線を画する姿勢を貫いておりました。

父親は昭和五十二年の入信だそうなので、御遺命守護の戦いこそ経験していないものの、今の顕正会の中では相当に古い部類に入るだろう。登壇者本人の入信は定かではないが、彼女の折伏で父親が入信したと書かれているので、それより前であることは確実である。そして上掲は父親の思い出話として、謗法に対する潔癖さを紹介しているくだりなのだが、さらに続きがある。

義理人情に厚い人柄でしたが、父の親友が亡くなった時も葬儀には参列しなかったと聞き、謗法厳禁を貫いた姿に尊敬の思いが湧きました。

これが悩ましいのだ。

謗法の行事には出ない。それはまだしもである、親友が亡くなった時には万難を排して葬儀に参列するべきではなかったかと思う。

前回、仏間での飲酒の話を取り上げた。それがなぜにダメなのか、教義上の説明が可能なのかどうか、そこを問うたわけである。むしろそれは教義上の可否ではなくて、社会通念上のそれが前面に出ているのではないかとわたくしは感じたのだった。真面目な人はダメだと言う。しかし、不真面目というかフランクとでも表現すべきだろうか、まあ、それくらいいいじゃないかという寛容さを持つ人もいるだろう。
ところがである。親友の葬儀に出ないのは社会通念上どうかと思われるところであり、一般的には非常識の部類に入るだろうと思う。もっともそこでも寛容な人は、そういう人がいてもいいと、理解を示すかもしれない。
いずれにしても顕正会の場合は謗法厳禁が絶対の規範なのだろう。ならばそれはそれでいい。だが、翻って仏間での飲酒はよいのか悪いのかの点が、ひじょうにアイマイというか、どこにその根拠があるのかがよくわからないのである。

組長の息子が山中で遭難、4日後生還
 大聖人様が衣で覆って下さった!


登壇者は女子部第六十一区総班副長。そしてご覧の話は組長の五十九歳の息子がタケノコ取りの途中で遭難したとのことで、全国規模のテレビ・新聞などでも報道されたとのことだ。息子の年齢からも察せられるように、母親である組長は八十三歳だそうである。

それはさておき、息子は四日後に生還した。そして後日、母に次のように語ったそうである。

 「生きて帰れるとは思わなかった。母さんの勤行のおかげで助かった、有難い」

登壇者いわく、

未活動の息子さんをも大聖人様が衣で覆って守って下さった・・・

都合よく解釈するものである。

今は具体例を省略するが、顕正新聞には二通りの記事が出てくる。一つには上掲のごとくである。信心をサボっていたにもかかわらず、御守護をいただけたと言っているわけだ。そしてもう一つにはまるで正反対のことを言うのだ。すなわち信心をサボっていたために大罰を受けたと。

もっとも後者の場合も罰を感じて再び信心に目覚めたというポジティブな話ではあるのだが、しかし、顕正会経験者ならばよくご存知だろう。

つまり、信心をサボっている人、さらには宗門などに移籍してしまった人、そういう人たちが何か不幸に見舞われれば、それこそケチョンケチョンに言うわけである。

おわかりだろう。不謹慎ながらも上掲の遭難者は一歩間違えれば死亡していたかもしれないわけで、もしそうなれば解釈も変わってくるわけである。信心をサボっていた罰なのだと。

何という自己中心的な解釈かと思う。

まあ、しかし、それは顕正会に限った話ではなく、ありとあらゆる宗教がそうなのだろう。また、宗教だけではなく、ありとあらゆる人たちが無意識のうちにも行なっていることなのだ。ゆえにわたくしにしても気がついていないだけで、けっこう手前ミソの論理を振り回している場面が少なくないのかもしれないと思う。その点はお互いに気をつけたいものである。

2017/9/2

コンゲツモハリキッテ  
顕正新聞第1416号の続きである。男子部第二十四隊総支隊長の両親が、三十年越しの折伏でようやく入信した。その最大の理由は母親の死期が近づいていることだった。

 「わかった、一緒に勤行する。浄土真宗の仏具の処分も、お前にすべて任せる」

父親のセリフである。登壇者本人はおそらく五十前後なのだろう。すると両親は七十から八十くらいと考えられる。父親の心境としては最愛の人の臨終近きを悟って、もう観念せざるを得なかったということかもしれない。いくつになっても死は未知の領域である。また、老いては子に従えということもあるだろう。順番としては父親が入信を決意し、その後、病床の母親が決定して、病院で両親同時の入信勤行が行なわれたのだと思われる。

浄土真宗云々が改宗することの難しさを語っているわけだが、逆に三十年間、ずっと顕正会員であり続けた息子さんの立派さが光る事例でもある。しかし、いつも言っているように、大幹部ですら離脱してしまうくらいだから、本当にマレな例なのだろう。

御遺命違背の学会・宗門で相次ぐ不幸
 正しい信心を求めて入会、勤行が楽しい


男子部第八隊支隊副長の記事に付けられた見出しである。本文中には小見出しが設けられており、学会組織の乱れ、という一段では次のように語っている。

「座談会」と称しては仏間で酒を酌み交わし・・・

ちょっと気になったので、取り上げてみた。

まず、仏間で酒を酌み交わすのはいけないことなのかどうか、である。お金持ちの家ならば、専用の仏間があって、ようは別室で酒を飲むことが可能なのかもしれないが、いわゆるワンルームの部屋に住んでいる人はどうしようもないだろうと思う。このように書くと、座談会で酒宴のようなことをやるのがいけないのだと反論するのかもしれない。しかし、これも疑問である。なぜいけないのか説明できるのだろうか?

ようするに仏教の基本には五戒がある。五戒の一つが不飲酒戒なのだ。

戒律の話をすると、末法無戒を云々する人がいる。しかし、だったら逆に言いたい、仏間で飲んじゃなぜダメなのか、座談会で飲んじゃなぜダメなのか、である。

つまり、五戒を厳守するのであれば、もう酒は飲んじゃいけないのである。どこにいても飲めないのだ。逆に無戒を主張するのであれば、座談会で飲んでもいいじゃないかという理屈も成り立つのである。

以上、創価学会を庇う意味ではなく、純粋な意味で顕正会の厳格さが本当に正しいのかどうか、それを問うたわけである。

学会幹部から供養を強要され、サラ金から借金してまで出していた者もいた・・・

これもブーメラン的ではある。顕正会だって広布御供養と顕正新聞の購読料について、さまざまの問題が指摘されている。

さらにブーメラン的な話が出てくる。

 私は、顕正会の存在は知ってはいたものの、「絶対に関わってはいけない」と法華講幹部から言われていたので・・・

そうそう、最初に書いておくべきだったが、この人は平成五年に顕正会に入会している。当時の法華講はまだそれほど力がなかったのかもしれない。創価学会とケンカをし始めて間もない頃だからである。しかし、今は違うだろう。創価学会と完全に袂を分かってからは、自分たちが頑張らないとどうにもならないという自覚を持って、多くの法華講員が奮闘しているからである。ゆえに今ではむしろ顕正会のほうが法華講員との接触を忌避しているような感じである。法華講員から折伏されると、いろいろと困ることがあるのだろう。

仏法上のご発言の重みをひしと感じては・・・

そして上掲は婦人部南部支区部長の文章であるが、わたくしは「ひし」に感銘した。顕正会の登壇記事には「ヒシヒシ」と「ビシビシ」がたくさん出てくる。ちなみに城衛はもともと「ビシビシ派」だったのだが、いつの間にか「ヒシヒシ派」に転向してしまった。いずれにしてもこれらは多く使われるフレーズなので、今となっては新鮮味がまったくない。その中で上掲はさりげなく使われている意味でも光っていると思う。

菱屋会館に司法の鉄槌下る
 「暴力を振るった」との虚偽の主張


久々に本部幹事でもある藤村雄大弁護士の登場である。

 このたび、長年、顕正会を怨嫉してきた菱屋会館に司法の鉄槌が下った。以下、この裁判を担当してきた藤村雄大弁護士の報告である。

簡単に言えば、本部職員である浅野恭浩・男子部総務が暴力を振るったかどうかを争う裁判であり、司法の判断は相手側の主張を虚偽とするものだった。

まあ、しかし、思いっきり偏見を言わせてもらえば、浅野さんならやりかねないな、ということになる。顕正新聞掲載の顔写真を見ると、いかにも狂暴そうな印象だからである。逆に言うと、相手側はそこに狙いをつけて話をデッチアゲタのかもしれない。

もちろん、事の真相はわからないが、当該記事を読むと顕正会と菱屋会館の間には他にもさまざまの争いがあるらしいことがわかる。まず、拙ブログでもずいぶん昔に取り上げた、旧青年会館の閉鎖問題がある。たぶん、それ以降は両者の関係がこじれにこじれて、泥沼の訴訟合戦になっているのだろう。次のくだりがわかりやすい。

 その菱屋会館が、関係裁判の中で顕正会の信用を失墜させるため・・・

先ほどの暴力事件をデッチアゲタということなのだ。

いずれにしても「関係裁判」が象徴的である。細かく分けるといくつの裁判が行なわれているのかまるで想像がつかないが、ともかくいろいろやっているわけなのだろう。

 平成21年5月頃、芙蓉茶寮に隣接する菱屋会館の駐車場から相当数のネズミが越境してくる事態が発生したため、浅野総務らが同駐車場を訪ね、対策を講じてもらいたい旨を申し入れたところ・・・

暴力事件はこの時に起こったらしい。

わたくしの結論を書こう。先ほども書いたように真相はわからない。しかし、ネズミ云々が引っ掛かるところである。藤村氏ないし本部首脳は気がついていないのかもしれないが、ハタから見ればこの件は顕正会側がイチャモンをつけているようにも映るところだと思う。

ネズミは飼われているわけではない。カラスなども同様だろう。それが芙蓉茶寮のオイシイものを狙って、どこからともなく来るわけだ。ならば自衛が基本である。家庭ゴミの集積場にしても、ネットなどでしっかりとガードしているところと、何もしないでそのまま置いてあるところでは、明らかに差が出てくる。ネズミやカラスが狙うのは後者のほうである。その意味からすれば、芙蓉茶寮の人たちはゴミの管理がズサンであり、それゆえにネズミたちが押し寄せてくるのだと想像できるのだ。

仄聞するに、芙蓉茶寮の従業員の多くは低賃金であり、中にはほとんどボランティアのレベルで奉仕している人もいるらしい。本来、奉仕とは喜々として行なうべきもののはずであるが、本音の部分では不満がたくさんあるのかもしれない。まさにそういうところは接客みたいな表の部分には出てこないで、逆に裏の部分で噴出するのだ。もしかしたらそれがズサンなゴミ管理にあらわれているのかもしれない。

以上、わたくしが注目したのは暴力云々ではなく、ネズミの問題である。実はそこに顕正会問題の核心があるのかもしれないのだ。

そうそう、最後に断わっておくが、わたくしは実際に芙蓉茶寮のゴミ置き場を見ておらず、上述のことはすべて勝手な想像で書いているに過ぎない。ゆえに事実誤認かもしれない。読者諸氏はこの点をお見逃しなく願いたい。


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