2017/10/31

フセハイモドキ  
顕正新聞第1420号を見ていこう。九月十七日に新秋田会館が落成した。以下はその報道の出だしの文章である。

 この日、台風の影響による「終日雨天」の予報もみごとにはずれ・・・

まあ、わたくしが何を言いたいかは一目瞭然だろう。見事に外れた天気予報もさることながら、浅井先生の予言の外れっぷりも相当である。もっともこの時点ではまさか総選挙が行なわれるかどうかも不確定であり、ましてや周知のような結果になるとは誰にも予想し得なかったことである。ゆえにこのような取り上げ方は性格の悪い人間のすることであり、やってはいけないことである。

しかし、次に取り上げる秋田会館での会長講演は、誰もが注目すべき重要なキーワードがたくさん出てくるので、もはや性格の善し悪しに頓着せず、しっかりと指摘しておきたいと思う。

 広布最終段階を迎えて、いよいよ北東北顕正会が、改めて東北先陣の、新しい戦いを起こす時が来たのだ・・・

広布最終段階の初出はいつだろうか?

今は資料がないので当てずっぽうだが、おそらくは二十年近く前から言っていることではないかと思う。それを「迎えて」と言っているのだから問題である。ただし、その後に「改めて」と書いている。ようはここに馬脚があらわれているわけだ。もちろん決意を新たにすることはよいことなのだが・・・

広宣流布の前夜を迎えて・・・

これも前掲の言い直しであって、言っている意味はまったく同じである。

広布最終段階の、新しい力強い戦いを起こしてほしい・・・

実に性格の悪い引用方法だが、ともかく本文を忠実に引用しているわけだから、わたくしに非はないはずだ。
これも善意に解釈すれば自然な文章構成であり、いわば講演の前半部分の結論なのである。ゆえに上の三つの文章は標釈結の三段構成になっていると考えられるわけで、本来は何の問題もないわけである。
しかし、先ほども書いたように、これを十年も二十年も言い続けていることが問題なのである。

近き広宣流布の・・・

ところが浅井先生は懲りない人で、講演の後半に入ってもご覧のように言い張るのである。

いよいよ広宣流布は近い。

ここはじゃっかん切り文であることをお断りするものの、言っていることはまさにご覧の通りである。

 その中に、二百万は明年七月には必ず達成できることが確実になった。これは一年早まったのです。

浅井先生が広宣流布の最終段階を言い出してから、すでに久しい。ゆえに委細に見れば最終段階に入ってからも何度も仕切り直しをしているのだ。言葉を換えれば目標の下方修正である。

つまり、仕切り直し後の意味においては確かに一年早まったと言えるのだろう。しかし、当初の目標設定からすれば大幅な遅延であり、もはや回復不能の状態なのである。この点の反省がまったく見られない。ゆえにわたくしは執拗に指摘し続けているわけだ。

会長講演はおおむね以上であるが、もう一つだけ引用しておこう。

 たとえ難しい御法門はわからなくとも・・・

この部分は前後の文脈からすれば至極当然のことを言っているだけであって、さしたる問題はないと思う。けれども近年の顕正会は全体的に愚民化しているような印象があって、それだけに気になるところなのだ。もし組織に余裕があれば、教学の専門チームを作ってもいい。一般の顕正会員は基礎教学書で十分だろうが、それだけでは文字通りの基礎レベルであって、今や法華講のツワモノたちには太刀打ちできない。その現実を直視するならば、もっと教学のスペシャリストを養成するべきなのだ。

まあ、しかし、最後にまたしてもイヤミを書けば、教学を学べば学ぶほど、やっぱり宗門のほうが正しいのではないか、と思っちゃう人が増えるのかもしれない。だから愚民化政策を続けるしかないのかもしれない。

最後に三面下段の写真について感想を書いておこう。

これはよくないだろう。いわゆる伏せ拝もどきの何とかである。もし仮に写っている人たちの手に数珠を掛けさせたら、これはもう完全に礼拝合掌の姿そのものである。ネット上でさんざん叩かれているのに、なぜに是正しないのだろうか? そこが不思議である。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ