2018/2/25

ドマンナカ  
前回のコメント欄は諸氏による充実した内容の記述が多かった。そうした中でめずらしく晃氏が登場し、拙稿に対して批判的なコメントを書かれている。アラサガシであると。

特に反論はない。その通りだと自分でも思う。

ただし、一つだけ言っておくと、顕正新聞を隈なく読んでいる証拠なのである。

たぶん現役の活動会員でも本音の部分ではウンザリしていて、さすがに会長講演はしっかりと読んでいるだろうけれども、その他の記事はまったく読んでいないような人も少なくないと思われる。何しろ編集部にしたって、今ではテキストデータを機械的にレイアウトしていくだけで新聞が作れてしまうこともあって、記事の内容を精査していないようなフシがあるのだ。その意味で言えば、わたくしの顕正新聞に対する読み込みは他の追随を許さない、独走状態なのである。

今日もその続きである。

東の中部

女子部総務の記事にご覧のようなナゾの記述がある。しかし、これは前後の文脈を踏まえれば何の不思議もないのだ。彼女は直近の中国四国大会の話題に絡めて西日本のことを云々しているわけであり、すると彼女の受け持つ静岡は東西で分ければ西日本だがその中ではいちばん東に位置しているという意味なのである。

地理的な区分方法はさまざまあるので、相手の言いたいことを善意に汲み取ってあげればいい。ただそれだけの話ではあるのだが、あえて言いたいことを言わせてもらおう。

中部は中部でいいじゃないかと。

東西に分けてどちらに属するかではなく、東西のいずれにも属さない、いわばドマンナカであると、こう解釈するのも悪くないだろう。何しろ大石寺があるのだ。戒壇建立の勝地でもある。この点、顕正会員的な思考においても、それほど違和感はないはずである。

以上、東の中部を取り上げたのは一見するとアラサガシのようでいて、実はけっこう意味のあることなのだと自画自賛しておきたい。

 また、学会歴五十年の金子さんは、十一年前に顕正会に入会するも、御本尊への執着から宗門に移ってしまいました。

今度は女子部第百二十九区総班長の記事である。

御本尊への執着・・・

再掲である。これをアラサガシと思う人がいれば、むしろどうかと思うところである。顕正会では謗法への執着というようなことが言われており、入信時には謗法払いをしなければならないこともあって、それがかつては御守り切断事件を引き起こしたりもしていたのだった。そうした前提を踏まえると、わたくしには上掲の記述がどうにも解せないのである。まるで宗門の御本尊が謗法であるかのごとく感じられてしまうからだ。顕正会の首脳部はこうした些細なところに神経を使わないといけない。さもなければいずれ気がついた時には手遅れになっていることだろう。自分たちは正しいのだと思っていても、実は邪教化が進んでいるのである。

千葉会館御遷座式より十年目の十一月二十三日

これはわたくしの記憶からスッポリと抜け落ちてしまっているようだ。千葉会館は十年前に増築されたのだろうか?

「遣使還告」の先生に付ききり仏力を仰ぐ・・・

これはほとんど言い掛かりに近いとは承知しつつも、あえて言いたいところである。実に会長本仏論の雰囲気が濃厚であると。

婦人部大宮支区総班長の記事にも似たようなくだりがある。

 そして歴代上人の御諫暁こそ遣使還告の御姿そのものであり、いま先生のみがその延長線上に立たれている・・・

これは会長本仏論とはいささか異なるものの、やはり問題のある記述だろう。今現在、日蓮正宗には御当代の猊下がいて、かつまた御隠尊も控えておられる。それにもかかわらずこのように言うのは、もはや宗門の完全否定に等しいだろう。

男子部総務の記事も紹介しておこう。

いま先生のもとで近き広宣流布をみつめ、最後の御奉公に連なり得る大宿縁に・・・

これは同様の指摘を何度も繰り返しているが、今回も言っておきたい。近き広宣流布云々が事実ならば、最後の御奉公の意味は広宣流布達成の御奉公を意味するのだろう。しかし、現実的には広宣流布はまだ遠い先である。すると不謹慎ながら最後の御奉公とは浅井先生に対する御奉公を意味するわけで、先生の年齢的な限界を踏まえればこちらのほうが蓋然性が高いはずである。

はたして彼らの目には前者がハッキリと見えているのだろうか?

我々のような第三者の目には後者が有力に見えるのだが・・・

 まことに、先生が時を撰ばれて一つひとつ明かして下さる重大事に・・・

御大事箱の話である。本当に時を選んで発言しているのか、それとも行き当たりばったりで発言しているのか、その辺が微妙なところである。しかも上掲の言い方だと、今もなお秘匿している切り札を持っているようにも思えるが、たぶん、それもアヤシイところだろう。

2018/2/23

シオン  
贋虎氏から訂正のコメントが入った。わざわざ訂正するほどのことでもないと思うのだが、その律義さには敬意を表したいと思う。何しろ都合の悪いことには頬かむりを決め込む人が多い世の中である。その意味では立派な振る舞いだと言えるだろう。

慧妙の記事は時期的には後出しジャンケンそのものである。後思案と言い換えてもいい。ただし、それが正鵠を射たものであれば、いわば歴史認識としての決定版のような意味を持つことになるだろう。はたして当該記事には妙信講のことが書かれているのかどうか、わたくしとしてはそこが気になるところである。日達上人が認識を改められた要因の一つに、妙信講の存在がある。慧妙がそこに言及しているかどうか、そこが前述のホオカムリの話に通じてくるわけである。

さて、顕正新聞第1429号の続きを見ていこう。

日本広布

副総合婦人部長のこの表現がめずらしい。もっとも意味的には日本の広宣流布のことだから、別に大したことではないのだが・・・

問題は次の記述である。

 そこに平成二十六年十一月、学会が戒壇の大御本尊を捨て奉る大謗法を犯すその前に、先生が元旦勤行において「国難元年」と定めておられた不思議に、改めて驚嘆しました。

これは気がつかなかった。一種の盲点のようなものだろう。

本年は国難五年である。いわゆる顕正会式の年号だから世間的にはまったく通用しない。しかも顕正会員たちも、そろそろわけがわからなくなる時期である。あれ? これって、いったい何が基準になっているのかな?

ゆえに浅井先生も本年の年頭の辞であるとか昨年末の総幹部会などで、このことについて説明しているのだ。しかし、よく考えるとそれはおかしな説明なのである。面倒なので詳しくは書かないが、図らずもそのおかしさを副総合が暴いてくれたわけである。ヘタすると、浅井先生自身も気がついていないのかもしれない。もちろん副総合は浅井先生を批判する目的ではなく、その逆の目的で書いているわけなのだが、批判者たちからすれば格好のツッコミどころである。

いずれにしてもこれは国難元年の年頭の辞だとか、あるいはその前年あたりの会長講演を精査した上で詳論すべき事案だろう。いつものことながら、わたくしは面倒なのでやらない。誰か興味のある人は調べてみるといいだろう。

次に総合女子部長の発言を紹介する。

月例登山を激減させるという経済封鎖をし・・・

これは会長講演を受けて書いていることであり、他の大幹部たちも同様のことを記している。ようするにたくさんの創価学会員が大石寺に登山参詣していた時代があって、それを創価学会の上層部が意図的にコントロールしていたという。いわば兵糧責めのようなもので、その圧力で僧侶たちを牽制していたのだ。

結果的にはこれが失敗のもとであり、僧侶たちを怒らせてしまった。

ここからがわたくしの疑問である。顕正会ではこうした事態が二度あったと考えているのだ。すなわち日達上人の時代と日顕上人の時代である。前者の時には創価学会側が非を認めて和解した。しかし、後者の時には決定的な亀裂が生じて、周知のごとく、今日に至っているわけである。

はたしてこれが正しいのだろうか?

創価学会の上層部は一回目の時に兵糧責めが逆効果だったことを痛いほど味わっていたはずである。ならばわざわざ同じ失敗を繰り返すような愚は犯さないはずだろう。この点、顕正会の認識は甘いのではないかと思う。

先生ただお一人が、大聖人様より召し出された御方・・・

これはもう総合女子部長の口グセと言ってもいいほど、頻出するフレーズである。ゆえに今さら言うべきことは何もないのだが、さすがに次のくだりはどうかと思った。

女子部も大聖人様に命を帰し奉り、真心を重ね、すべての法戦に先陣を切る御奉公を以て、深き師恩に報いてまいります。

言いがかりを承知で言えば、ほとんど会長本仏論そのものである。

大聖人に命を帰すのは問題ない。もちろん表現的にはである。では、深き師恩に報いる、はどうだろうか? もしここでの師を大聖人とするならば、ひじょうに整合性の高い名文と言えるのかもしれない。しかし、彼女に限らず大多数の顕正会員が、ここは浅井先生のことを意味しているのだと理解するはずである。

結果的に彼女は自分の人生を顕正会に捧げたわけであり、別して言えば浅井先生に捧げたわけなのだろう。すると大聖人に命を帰すのも浅井先生に命を帰すのもさしたる違いがなくなってしまうわけで、そのように読めばまさしく上掲は会長本仏論そのものなのである。

ちなみに会長本仏論批判はもともと創価学会批判の一つであり、池田大作氏を本仏と見なすような創価学会のあり方への批判だった。わたくしはそれを転用する形で顕正会批判をしているわけであるが、今となってみると深刻度がケタ違いのように思えてならない。もちろん顕正会のほうが遥かに深刻である。

2018/2/19

ジゴウジトク  
めずらしくコメント欄が賑わっている。誰が何を書こうが勝手だが、やはり己の立場を明確にした上で発言したほうがいいだろう。そのほうがわかりやすい。

さて、顕正新聞第1429号の話題である。二面から三面にかけて、元旦勤行での会長講演が掲載されている。ちなみに新聞では講演とはせず、御挨拶と書かれている。その辺の区別はともかくとして、さっそく中身に入りたい。

世界は年を逐って乱れつつある。

前にも指摘したが、浅井先生は「・・・つつある」を多用する傾向にある。この現在進行形的な表現が、あるいは切迫感を生み出しているのかもしれない。それを意識的に行なっているのか、単なる口グセなのか、それはわからないが・・・

年を追って、が普通である。ここも浅井先生なりのコダワリを見せている。

大地震の連発が、いよいよ始まる時が来たことを、いま感じております。

この直前には平成十六年の諫暁書が引用されている。ちなみに記事では「平成16年」と表記されており、ここが少しヘンである。なぜならば冒頭では次のように表記しているからである。

 全国の顕正会員の皆さん、平成三〇年の新春、明けましておめでとうございます。

統一性がなさ過ぎるだろう。

話を戻して、やはり「いよいよ始まる」も現在進行形的な表現であり、これまたよく使われているような気がしてならない。

いずれにしても本年は二つのことが気になっているらしく、一つには大地震のことであり、もう一つは北朝鮮のことである。もちろん、いずれも安心はできないが、さりとて本年が特段に危険という話ではないだろう。地震はいつ起きても不思議はないし、北朝鮮の問題もしかりである。

それにしても3.11はどうしたのか、と思う。

あの時、盛んに言っていたはずだ。大地震の連発がいよいよ始まってきたと。アゲアシ取りのようだが、事実だから仕方がない。委細に調べれば北朝鮮問題も同じだろう。ようは同じようなことを繰り返し言い続けているのである。そりゃあ、いつかは当たるだろう。

 二百万が成れば、三百万・一千万・六千万も成り、ついには一国が動く。

少し前にも触れたが、これは下方修正とも受け取れる発言である。結局、二百万では国は動かないわけなのだろう。常識的にはまさにその通りだ。

すると、二百万達成の暁には次なる目標を掲げないといけないわけだが、もはやそれは無理な話だろう。たとえば、それを三百万の達成だとして、その具体的な期限を発表するとしよう。わたくしの思うに、その瞬間に顕正会は事実上の崩壊となる。

熱心に活動してきた人たちも、そこで離脱するかもしれない。相当の大幹部であってもそうだ。

人間は成り行き任せで生きているようなところがある。行き掛かり上、仕方なく、ということもある。すると今現在、熱心に活動している人たちの中にも、本当はもうウンザリしているのだが、仕方がないのでとりあえず二百万までは頑張ろう、そこで今後どうするか決めよう、というような人も少なくないのではないかと思う。

そう考えると、浅井先生も深刻である。ヘタなことは言えない。その瞬間、終わりが来るのである。

ともかく拙ブログでは同じような指摘をもう何年も前から繰り返し言い続けてきた。ようするにいずれは破綻が来ることがわかっていたことなのだ。それを見届けるのが拙ブログの仕事でもある。

三面下段には城衛の記事がある。

今後は国家レベルの大現証を伴って御遺命が一時に成就することを大確信するべきであります。

他力本願的であるということも繰り返し指摘してきたことだ。現状、二百万以降の青写真はこの大現証とやらに頼らざるを得ないのだろう。とは言え、現実的にはひじょうに難しいことである。かなり当てずっぽうなことを言うことになるが、少なくとも実働会員が百万人くらいいないと、大現証そのものを人々に効果的に伝えることができないだろう。ヘタすると、そうした混迷の中から新手の宗教が出てきて跋扈することにもなりかねない。

 かねてより
 「いずれ時が来たら詳しく話す」
 と伺っていただけに、このたびその一端を拝し得ては言葉を失い・・・


同じく城衛の発言である。これはご記憶の人も多いかと思うが、いわゆる御相承の断絶発言についての矛盾ないしアイマイさに対する釈明である。浅井先生はネット上で痛烈なるツッコミがなされて来たことを気にしていたフシがあって、ある時、上掲のような発言をしたのだった。これは過去の拙稿を調べれば出てくると思うが、今は面倒なので省略しよう。ともかく時が来たら話すと言っていたことの一端を、先般の会長講演で明かしたわけである。

しかし、その内容たるや、ガッカリである。

城衛は拝し得ては言葉を失い云々と言っているけれども、わたくしからすればお話にならないレベルである。むしろ無理を承知で言えば、あの発言は間違っていました、ゴメンナサイ、と先生が言えば大感動ものである。それをせずして、どこまでも己を正当化しようとすることが、無理に無理を重ねる愚行なのである。結局、顕正会が崩壊するとすれば、それは浅井先生の自業自得なのだろう。

2018/2/16

ミメカタチ  
御相承についての疑義はことごとく後出しジャンケンで出されたものである。そこがいちばんのネックだろう。もし最初から言っている人がいれば、それが真実かどうかは別にして、一貫性がある、筋が通っている、ということになるだろう。後から言うのは、すべて自分の都合である。その最悪のパターンが顕正会だろう。正信会だとか創価学会が言っていることを、パクっているだけだからである。

また、一般の人を不安に陥れたい云々は、とんだ見当違いである。

何でも同じことで、例えば総理大臣にしたっていずれは代替わりする。その時に人々は必ず言うのだ、前の人のほうがよかったね・・・みたいなことをだ。克衛と城衛の比較も同様で、克衛のほうがよかったという人が多かった。これは城衛にしてみれば気の毒な話で、彼は長い間、そうした比較に苦しんできた。いや、苦しんでいたのかどうかは本人の内心のことなので定かではないが、わたくしの想像では気にはしていたのではないかと思う。もっとも克衛がいなくなってから久しいので、今ではそうした比較を云々する人もほとんどいないわけだが・・・

猊下の場合も同様で、信徒に悪気はなくとも、そうした比較をしてしまうのが普通である。そしてある意味、信徒の評判などはカワイイものであって、問題は僧侶間でのそうした評判である。これが高じれば権力闘争のようなことにも発展しかねない。他宗派でもそうした御家騒動的な話があるようだが、いわゆる正統門流であるはずの日蓮正宗でそんなことをしていたならば笑われてしまうだろう。

以上、くだんの話は一般人の不安を煽るのが目的ではなく、宗門の安定的な発展を願う在家の有力信徒の発言と認識するのが妥当である。

さて、顕正新聞第1429号である。

当該号は元旦勤行や成人式の模様を伝えている。そうした中、実際にはどうでもいい話だが、一面の右下の写真が気になったので書いておこう。

男子部・隊長以上の「年賀」
女子部・区長以上の「年賀」
婦人部・支区部長以上の「年賀」


二階の第一集会室で各部の代表が浅井先生に新年の挨拶をした。その様子を三つの写真が伝えている。すべてカメラのアングルが異なるので一概には言えないが、やはり女子部が最強なのだろう。

女子部の年賀では浅井先生が椅子に腰掛けている。しかもである。女子部の人たちの最前列が畳一枚分を隔てる程度なのだ。対して男子部と婦人部の時は先生も畳に正座しており、最前列とは畳二枚分のスペースを取っている。

女子部は区長だけで何百人いるのかわからないくらいの大所帯である。何気ない写真であるが、よく観察すればそうしたことがわかる写真なのである。

成人式の写真で思うことは、女子部の晴れ着である。

掲載写真から窺えるのは、晴れ着を着ている女子部員は四分の一から五分の一程度であり、しかも前のほうに集中していることだ。この意味が気になるところで、写真の見栄えをよくするために、事前に晴れ着の人を前列に集めるよう指示が出されていたのかどうか、ぜひとも知りたいところである。

ここで言いたいのは、そういう作為を咎めることではない。むしろ何の指示もなく自然と晴れ着の人が前のほうに集中したのだとすると、その心理たるものがいかなるものか気になるわけである。ボロは着てても心は錦という言葉があるけれども、やはり実際の人間の心理としては外見上の優劣が大きく影響するものなのだろうかと、そういうことをつらつらと考えるわけである。

今、冬季五輪が行なわれている。大会が始まる直前くらいだったろうか、少しく賑わしたニュースがあった。北朝鮮による微笑み外交である。金正恩の妹とされる人物が韓国を訪れ、終始笑顔を絶やさずに行動していた様子が映像を通して世界に発信された。あの立ち居振る舞いがけっこう好印象のように感じられたのは、わたくしだけではないだろう。兄のほうは決して美男とは言えないが、妹は兄に似ずけっこうな美女である。

本来、容姿のことを云々するのは不謹慎ないし不見識とされるはずである。しかし、今回の件に限って言えば、それが有形無形を問わず何かしらの作用をもたらしたのではないかと思わざるを得ないのだ。

やや話が脱線したようだが、まあ、今日はこんなところで終わりにしておこう。

2018/2/14

ヒブツ  
今朝の大沢氏のコメントは適宜適切なる内容であり、無知蒙昧の顕正会員を一刀両断に処するものだった。同時に、わたくしも斬られてしまった格好であるが、特に不満はない。ただ一点、広宣流布の後にも公開しない云々については、はたして一般人の理解を得られるのかが疑問であって、逆から言うと、こうしたことが障壁となって広宣流布が進まないようにも思えるところである。

いわゆる秘仏と呼ばれるものにはさまざまあって、何年かに一度、御開帳されるものもあれば、絶対の秘仏もある。

このロジックを当てはめると、戒壇の大御本尊は一閻浮提総与とされており、現時点でも信徒は内拝が許されていることを考えれば、広宣流布の暁には全人類が拝する資格を得られるわけなのだろう、ところが唯授一人の血脈相承は文字通り一人しか受けられないし、その内容が広く公開されることはない、ならば戒壇の大御本尊よりも血脈相承のほうが上位概念となる、実は血脈相承こそが絶対の秘仏なのだ、ということになりそうである。

無理やり、自分の都合のいい方向に話を持って行っているように感じられるかもしれないが、ともかく一般人の平均的な思考に基づけば、わたくしの言っていることにも相当の説得力があるのではないかと思う。信仰者にとって秘仏ないし絶対の秘仏は価値があるにしても、非信仰者はそれを認めないのだ。ましてや非公開ともなれば、なぜ見せてくれないんだよ、そんなもったいぶらずに見せてくれればいいのに、と思うのが普通なのである。

まあ、いずれにしても顕正会の場合はベースに日蓮正宗の教義がある以上、御相承の断絶を言ってしまった浅井先生は取り返しのつかない失敗を犯してしまったことになるだろう。今後も斬られ続けなければいけない運命なのだ。

曽我ひとみさんは私の伯母だった!

婦人部村上支区組長の顔写真を見ると、確かに似ているような感じがする。興味深いのは、たまたま彼女の母親だけ買い物に行かなかった、それが姉のひとみさんと姉妹ゲンカをしたからということで、その時に彼女の祖母に当る曽我ミヨシさんと伯母のひとみさんが拉致されてしまったという話である。彼女の母親は当時はまだ中学生だったという。もし拉致されていたならば、登壇者はこの世に生まれなかったことになる。

ちなみに彼女は平成二十五年に創価学会に入信、顕正会へは二十七年に入会している。創価学会時代の話として、歩行中に車に右足を轢かれたと書かれている。そして顕正会へ入ってからは、横断歩道で車と接触して左足を轢かれたと書かれている。もう少し詳しく書くと、右足の時は骨折して全治三ヶ月だったが、左足の時は十日間のケガで済んだとのことである。

ようは罰と功徳を対照的に示しているわけなのだろう。しかし、わたくし的にはヘンな話に思えた。そもそも足を轢かれること自体がおかしな話で、たまたま運悪くということも考えられなくはないが、基本的には不注意にもほどがあるだろう。

わたくしは車を運転するようになって久しい。その間、交通違反をいくつも犯しているものの、交通事故は皆無に近い。もちろん人身事故はゼロである。

その理由は細心の注意を怠らないからである。

当然ながらドライバーであると同時に、歩行者でもある。そして歩行者の時も細心の注意を払っている。歩道と車道の区別がないような道路においては、轢かれないように道路の端っこを歩く。中には歩行者が優先である、歩行者のほうが偉いんだ、と言わんばかりに車が来ていても端に寄らないで歩き続ける人がいる。もちろんそれでも轢かれることは滅多にないだろうが、可能性はゼロではない。わたくしのようにしていれば、ほぼ轢かれる可能性はゼロである。

横断歩道も同様である。歩行者優先であり車が止まってくれるのが当たり前だと思うのは危険である。しっかりと車の挙動を確認して、最悪のケースを想定しつつ、渡るべきである。これは冗談でも何でもない。わたくしの常の振る舞いである。

それからもう一つ、歩行者信号について言っておこう。

高齢者の中には歩くのが遅くて、歩行者信号が青から赤に変わっても渡り切れない場合がある。実はわたくし自身がそれを体験したことがある。まだ高齢者というほどの年齢ではないが、ある時に原因不明の体調不良に陥り、歩行すら困難になってしまったのだ。とは言え、病院には這ってでも行かねばならない。この時に歩行者信号の短さを痛いほど実感したのだった。普段なら点滅し始めてからでも駆け足で渡ることができる。それが体調不良のためにできなかった。高齢者の気持ちがよくわかる体験だったわけである。

その時のわたくしの振る舞いを書いておこう。

一言で言えば、途中からは渡らない、である。歩行者信号が青であっても渡らないのだ。もし渡っている途中で点滅し始めたら、おそらく赤になっても渡り切れないだろう。すると車に迷惑が掛かる。ならば、次に青に変わった瞬間に渡り始めよう。それならばギリギリで渡り切れるはずだと。

ひじょうにツマラヌことを書いていると思う。しかし、これも立派な見識だと言っておこう。

さて、最後の話題である。男子部第二隊組長は十六年の未活動から復活した。平成九年の一国諫暁の時には支隊副長として活躍していたものの、その後、脱落してしまったようである。その十六年間の出来事が綴られているくだりには次のような記述がある。

 そのようなとき、テキ屋の店主から声を掛けられ、無職だった私は、すがる思いでヤクザの道へ足を踏み入れてしまいました。

わたくしには未知の領域なのでピンと来ないのだが、テキ屋とヤクザは親戚関係にあるのだろうか?

ともかく彼はヤクザの道からも逃げ出すことになり、話は次のように続くのだ。

 行く当てもなく公園にいたところを、福祉施設の人に声を掛けられ、施設に入ることになりました。

どんな施設か気になるところである。ホームレスの人たちを収容するところがあるらしいので、あるいはそれかもしれない。見たところ彼は四十代だろうか、そんなに老いぼれているようには見えない。しかし、一時期は福祉関係の人から声を掛けられるくらい、見た目にも疲弊していたのだろう。

 「これが一地方大なのか?大総会ではないのか?」

久々に戻ってきた彼は近畿大会特集号を見て、ご覧のような感慨を述べている。しかし、実態的には地方大会と言えども全国大会に近いものであり、かつまた大総会という表記がイヤミながらも印象的である。なぜならば大総会が開かれなくなって、これまた久しいからである。

ちなみに昨年は顕正会六十周年の佳節でありながら、その手の記念行事はまったく行なわれなかった。

 横浜会館とは桁違いに素晴らしい神奈川会館の佇まいに、「これが顕正会の会館なのか」と、何から何まで進化している顕正会に・・・

まあ、彼は浦島太郎状態なのだろう。しかし、いずれはまた顕正会の実態にウンザリすることになるはずである。

以前、共に戦っていた笹尾支隊副長が、偶然にも会館から現われ、私に声をかけてくれたのです。

これは感動的だかもしれない。わたくしの立場で言うのもどうかと思うが、十六年間、地道に活動してきた笹尾氏には敬意を表したい。

 現在では、書店で「基礎教学書」が平積みされ・・・

しかし、これはどうかと思うところだ。

今となっては昔話だが、むしろ平成二年から三年にかけて国書刊行会から立て続けに出版された二冊のほうがインパクトがあったのではないかと思う。また、実際に書店で平積みにされていた期間もけっこう長かった。思えば、あれからずいぶん経つものである。

2018/2/13

ヘンキン  
大沢氏が相伝についての史料をご紹介下さっている。その結論部分でわたくしと浅井先生を並べて論じているが、これはじゃっかん不本意に思うところである。なぜならばわたくしは御相承の断絶を言わないからである。浅井先生は言ってしまった。しかし、そうすると血脈は断絶してしまった、日蓮正宗はオワコンである、というロジックにもなりかねない。ゆえに先生は、御相承は断絶したが血脈は断絶しない、という苦し紛れのことを言わざるを得なくなって、各方面からツッコミを入れられることになってしまったわけである。あるいは、血脈は蘇る、と。これまた、だったら現時点ではやっぱり断絶していることになるわけで、実にわけのわからない話である。一方のわたくしは最初からそういうことはまったく言っていない。ただ単に、今も公開されていない口伝が存するのだろうか、しかし、口伝は心許ない、ならば途中で誰かが文書化しているのではないのか、というような素朴な疑問を述べているに過ぎない。さらに言うと、そうした未公開の文書にどれだけのインパクトがあるのか、である。

其の器にあらざる輩(例えば浅井会長)が目にしたところで、曲解し・多くの人を惑わし・仏法破壊の元凶になるのではないでしょうか?

この部分はまったくおっしゃる通りで、平たく言えば同じ文章でも読解力によって解釈が大きく変わってくる。しかし、わたくしに言わせれば、現宗門のデタラメ戒壇論こそが糾弾されるべきことであって、何としても是正しなければならない課題の一つである。

さて、顕正新聞新春号に移ろう。

安倍昭恵夫人「特集号」と「広告文」受け取る
 信号待ちで遭遇 バンカー写真も見た


婦人部越谷支区部長の登壇に付された見出しである。彼女の組織ではずいぶん前から官庁街での配布活動に力を入れている。たぶん過去の拙稿でも何度か取り上げているはずだ。

今回も興味深い話が満載であるが、見出しの話題に絞って取り上げよう。

 近づくと窓を開けたので・・・

信号待ちの車に安倍昭恵さんが乗っているのを見つけた。特集号を渡すために近づいて行ったところ、窓を開けたそうだ。

わたくしの着眼点を言うと、これが男子部だったらダメだろうな、ということだ。婦人部ないし女子部だからこそ、できる芸当である。男子部が近づいても窓を開けないだろうし、最悪の場合はそれだけで逮捕されちゃうかもしれない。この辺が成果の上でも反映されているのだろう。男子壮年と女子婦人では後者のほうが圧倒的に強い。

今は全体的に女性のほうが強いのだろうか?

女子部第二百十七区長の記事には東京新聞の望月記者のことが書かれている。同記者は官房長官会見の番記者であり、男性の記者が遠慮して聞けないような鋭い質問を次々に放って、長官を困らせているという話である。いわば反権力の立場なのだろうけれども、それがアダとなって東京新聞のスポンサーまで減りつつあるという。

しかし、どうなんだろう。それが本当だとして、望月記者を左遷させずに使い続けているとすれば、東京新聞はなかなか骨のある新聞社ということになるだろう。

ちなみに同新聞社には長谷川というテレビなどでもお馴染みの人物がいて、弁が立つこともあってか討論番組にもよく出ている。わたくしの印象では彼はかなり権力寄りであり、東京新聞の人間らしからぬところがある。この辺のアンバランスさをどのように理解すべきかが悩ましい。

乳幼児にまで御開扉料を貪る宗門
 まさに「食法餓鬼」!何たる無道心か


男子部第十二隊班長の記事にはご覧のような見出しが付けられている。それから本文中には、登山費を払った後にキャンセルしても返金されなかった、という元法華講員の話が出てくる。

ずいぶん前の話になるが、御開扉の時に扉が故障して開かなかったことがあった、それで御開扉は中止となり、そこに集っていた信徒の人たちには返金がなされた、ということがあったそうである。わたくしはちょうどその頃からネットを利用するようになって、当時は掲示板をよく見ていた。その時、どこかの掲示板に書かれていた意見がひじょうに印象的で、今でも憶えている。

御開扉料は御供養である、ゆえに返金するのはおかしい、と。

もしかしたら、こうしたネット上の意見に影響されて、方針が変わったのかもしれない。いわゆる世間一般の商取引の概念を適用すれば、御開扉の対価として二千円を支払うわけであり、その御開扉が実現しなかったのは宗門側の過失によるわけだから、宗門側に賠償の責任が生ずるのは理の当然である。しかし、これは商取引ではなく純粋なる宗教上の行為であり、いわゆる御供養なのだ。それを返金するのは信徒の善意を拒否することであり、むしろケシカラン話ということになる。もちろん仏法と世法は一体であり、必ずしも矛盾するものではないので、上述のような単純な二分法で片付く話ではないのだろう。

いずれにしても顕正会的には宗門のイメージダウンを図る目的で記事を載せているわけなので、わたくしみたいにあれこれと考えることはないのだろう。もっと考えたほうがいいのだが・・・

最後に女子部第百四十七区の平会員を紹介しよう。

・・・名古屋から京都へ向かうと、道中の車中で驚くべき大功徳を頂いたのです。

引用範囲が狭くて恐縮であるが、京都には妹さんが住んでいるらしい。わたくしはこの続きを読んで驚いたのだ。

 私は幼いころの中耳炎が原因で右耳の聴力を失い、左耳も補聴器が必要ですが、なんと全く聴こえないはずの右耳に、カーナビの音声が聴こえてきたのです。

年齢がどこにも書かれていないのであくまで推定だが、彼女は五十四年間も創価学会に在籍していて昨年の九月に顕正会へ入会したそうなので、二十歳で入信したとすれば七十四歳である。そして掲載されている顔写真を見ると、失礼ながらもあるいは八十を超えているかもしれないとも思えるくらいである。その彼女が自分で車を運転して名古屋から京都へ向かったという。

偏見かもしれないが、これは凄いことだと思う。

高齢者の免許返納が取り沙汰される昨今である。しかし、地域によっては車がないと生活ができないケースも少なくない。その辺が難しいところであり、現実には返納したくてもできない事情の人も多いわけである。とは言え、そういう人たちが用いるのは主には買い物などで出掛ける程度であり、いわゆる遠乗りが目的ではない。ゆえに上掲の話には驚いたのだ。

わたくしは彼女から見ればまだ若いほうだが、それでも他県へ出掛けるのはけっこう億劫である。その自分の尺度で考えると、これは凄いことだと言う以外にないのである。超高齢化社会における一つの良き見本かもしれない。

2018/2/8

ユウダイ  
顕正新聞新春号の続きを見ていこう。

「9.11本部会館不当家宅捜索事件」その後の経過

上掲は本部幹事・弁護士の肩書きを持つ藤村雄大氏の登壇である。どうでもいいことから書くと、わたくしは雄大(ゆうだい)と思っていたのだが、雄大(ゆうた)と読むらしい。

キュウテンイチイチと言えばアメリカの同時多発テロ事件を想起するが、顕正会で言っているのはもちろん別の事件である。平成二十五年の九月十一日に本部会館ならびに東京会館・神奈川会館などに家宅捜索が入った。この時、マスコミ各社が大々的に報道した。このことを言っているわけだ。

 されば、いよいよ広宣流布の決戦場に臨まれる先生に、法律面で露払いの御奉公をさせて頂かん・・・

内容をすっ飛ばしていきなり終わりのほうの文章を紹介した。なるほど、である。最近はほとんど顕正会がらみの報道がない。依然として大規模な折伏をやっている以上、トラブルが頻発していてもおかしくないし、それが報道されても不思議はないだろう。それがないのは彼のお蔭かもしれない。

NHK・TBS・テレビ朝日・日本テレビ・産経新聞・朝日新聞・日経新聞・時事通信・西日本新聞の計九社を相手取り、名誉棄損の裁判を提起・・・

週刊誌などは確信犯的に名誉棄損覚悟でやっているフシがあるけれども、大手の新聞やテレビは事なかれ主義的なところがあるので、こちらが強気に出れば報道を自粛する場合が多い。今までの顕正会は弁護士を外部に委託していた。ゆえにやや弱腰のところがあったのかもしれない。しかし、今は本部幹事でもある藤村氏が頑張っているので、マスコミに対する牽制が効いているのだろう。

 刑事は
 「『親には言うな』と口止めしたのだろう?」
 「『罰が出るぞ』と大声で叫んだだろう?」
 と、副長たちが言ってもいない発言を捏造し・・・


顕正会経験者として証言(?)しておきたい。

彼らが上掲のようなことを言ったか言わなかったかを直接的に証明することは不可能である。ただし、活動会員たちならば心当たりのあるセリフのはずである。現実に未成年の場合、親に入信がバレると頭ごなしに反対されるケースが多いわけで、そういう面倒臭いことを避けるためにとりあえず親には言うなと口止めすることがしばしば行なわれているのである。そして罰が出る云々も活動会員ならば身に覚えのあるセリフであり、大声で叫ぶかどうかは別にして顕正会全体でそのような折伏を行なっていることは紛れもない事実である。

わたくしの思うに、藤村氏は弁護士としてのテクニックを弄するのではなく、こうした顕正会特有の問題について、真摯に向き合うべきだろう。

さて、次は中国・四国大会に参加した人たちの登壇である。まず女子部総務の記事の中に、浅井先生の発言が引用されているので、ここに紹介しておこう。

 「きょうから中国・四国が、日本広布の先陣を切ってほしい」

日本広布がめずらしい。ちなみに先陣云々はどこに行っても同じセリフを言っている。ようは全員が先陣を切るつもりで頑張れということなのだろう。

第十婦人部長の記事には浅井先生の次の発言が引用されている。

 「何とかしなければと、西日本の各県ごとに、次から次へと会館を作った」

そして彼女は言うのだ。

 鳥取の組織をお預かりしてより三年・・・

鳥取県にはまだ会館がない。アゲアシ取りのようだが、事実なのだから仕方がないだろう。

 登壇の機会を頂いた西尾支区長補は、手書きでびっしりと書き込まれた浅井先生の原稿を目の当りにし、大会に込められた先生のお心を痛いほど感じ・・・

これは興味深い。登壇者は壇上の幹部席に座る。ゆえに彼女は浅井先生の原稿を間近で見ることができたのだろう。

わたくし自身のことを言うと、もはや手書きの原稿は面倒臭くてやってらんないというのが正直なところであり、それが悪循環を起こしてどんどん字が書けなくなっているという現実がある。第一、漢字が書けないのだ。それから字が汚いと、後から自分でも読めなかったりする。スピード的にもタイピングのほうが速い。

どうだろう。今の若い世代はもちろんのこと、ヘタすると還暦過ぎの人でも手書きの習慣がなくなりつつあるのではないかと思う。その意味で浅井先生くらいの年齢が手書き世代の最後の人たちなのかもしれない。

今はすっかり読まなくなったが、わたくしも以前は小説を読むことがあった。ヒイキの作家がいて、ある時、その人の直筆原稿を見る機会があってワクワクしたことを今でも憶えている。しかし、これからの時代はそうした直筆原稿を遺さない作家ばかりになるわけで、この点は味気ないかもしれない。

まあ、余談ではある。

2018/2/7

タブラカシ  
マイケル氏にはお気遣い無用と申し上げておこう。以前から繰り返し言っているように、拙ブログにおけるコメント欄はそれぞれの投稿者が自己責任において発言する場であって、そこにわたくしは何らの制限を設けることもしていない。ゆえに沖浦氏においてもおよそ十年にわたって、好き勝手なことを書き続けて来れたわけである。そして宣言通りに氏は拙ブログから去った。その後わたくしは氏のことをほとんど話題にしていない。沖浦氏には沖浦氏の人生があって、その人生の途上において拙ブログに立ち寄っていた、ただそれだけのことである。ゆえにマイケル氏も同じである。マイケル氏が拙ブログにコメントを寄せることをわたくしは拒みもしないし、もし去るのであれば引き留めることもしない。

そしてこれはまた自分自身にも当てはまることなのだ。

ブログ主とコメント投稿者の違いはあるものの、インターネットという媒体を使って発信をしている意味では同じことである。ゆえにわたくしもいずれはミセジマイをすることになるかもしれないわけで、気分的にそういう思いが強まる時がある。それを前回の拙稿ではオワコン云々と表現したわけである。ただし、マイケル氏もおっしゃって下さるように、わたくし自身も拙ブログにはそれなりの存在価値があるだろうと思っている。その意味では今後もまだ続けるつもりでいるわけだが、しかし、発作的にブログを閉じてしまうこともあり得るかもしれないし、あるいはフェードアウト的に終わることも可能性としてはあるだろう。

どうでもいい話である。

さて、今日は顕正新聞新春号掲載の十二月度総幹部会会長講演を取り上げる。当該講演では久々に本門寺改称問題に言及しているが、これは何か必然的理由があって話題にしたわけではなく、浅井先生自身が正直に「思い起こした」と言っている。

十二月三日に中国・四国大会が行なわれた。中国・四国地方ではとりわけ高知県が早くから伸びていた。今では全国にたくさんの会館があるのであまり実感できない話だが、実は高知会館が地方会館の先駆け的存在だったのだ。そしてその立役者が寺田氏だった。ところがである。その寺田氏が造反したのである。わたくし自身は当時、末端の一会員に過ぎなかったし、住んでいるところも違ったのであまり実感がなかった。しかし、これは大事件だったようである。

そしてこれは本門寺改称問題に前後して巻き起こった出来事であり、浅井先生は今回の講演で次のように言っている。

 当時、顕正会の諫暁に追い詰められた学会は、さまざまな謀略をめぐらして顕正会員をたぶらかし、組織の分裂さえ謀ってきた。大事な時には、大きな魔障が起きるということです。

わたくしはすっかり失念してしまっていたのか、あるいは今回の講演で初めて聞いたのか、そこは定かではないのだが、寺田氏はこの時に顕正会を除名になっている、もちろんそれはよく憶えているわけだが、そこで彼は正信会に移籍したのだそうである。

少しヘンな話ではある。創価学会の謀略が奏功して寺田氏が造反した。その寺田氏が向かったのは創価学会ではなく正信会だった。

本門寺改称問題については、もう一つ疑問がある。

 しかし池田大作はこの管長発言を利用して、いよいよ「本門寺改称」の陰謀を大石寺開創七百年に当る平成二年に実現しようと心に決めた。

管長発言とは昭和四十九年十一月七日の日達上人の御発言のことである。そして平成二年とは昭和六十五年のことである。つまり、目標達成を丸々十五年先に設定したことになる。

これが本当だとすると、凄いことである。

国家百年の計という言葉があるけれども、場当たり的な施策に終始しているのが現実である。それはいつも言っているように、凡夫には未来のことはわからない、だから仕方がないことなのである。十年先だって見通せない。しかるに池田大作氏は十五年先を見込んで目標を定めた。なるほど、創価学会という大組織を統率する大人物だけのことはある。行き当たりばったりの顕正会とは大違いだ。

以上、本門寺改称問題については、今も釈然としないところが残っている。しばしば法華講員が、陰謀云々は浅井の邪推だ、というような意味のことを言っているけれども、わたくし自身はそれにも与しないし、今回述べたように浅井先生の言っていることにも疑問がある。ようは釈然としないままなのだ。

細井日達の急死

血脈は断絶せず


当該講演の最大の目玉である。なぜならば初出と思われる内容が書かれているからだ。

まず、その前に文法的な疑問から指摘しておこう。

 歴代貫首上人にとって最大の大事は、次の貫首上人を選んで御相承を申し上げることです。

御相承を申し上げる・・・

申し上げるがどうかと思うところだが、前々から言っているようにわたくしは文法に精通しているわけではない。どちらかと言うと感覚的に違和感を覚えるわけであり、それを説明するのはひじょうに困難である。

さて、次が重要である。

 ただし、このような異常事態が起きても、下種仏法の血脈は絶対に断絶しない。
 そのゆえは
 法体の「本門戒壇の大御本尊」は厳然としてましまし、「金口の相承」また御大事箱に厳然とましますゆえであります。
 もし御遺命を堅持される貫首上人が御出現になれば、忽ちに血脈は蘇る。況んや広宣流布のときには日目上人が御出現あそばす。だから、少しも心配はいらないのであります。


ようするに日達上人は御相承をなされずに御遷化あそばしてしまった、ゆえに血脈が断絶したかのように思うかもしれないが、下種仏法の血脈は絶対に断絶しないのだ、その理由はこれこれこうである、という文脈である。

この点、浅井先生の主張は一貫不変である。しかし、委細に見れば、過去の発言にはなかった新しい内容が見られる。

御大事箱・・・

これがそうだ。

やはり初出なのだろうと思う。その理由は後日取り上げる予定の大幹部たちの発言に明瞭である。ようは幹部たちがこの発言を受けて、今まで明かされなかった大事が明かされた、みたいな言い方をしているからである。

しかし、むしろわたくしはこの発言を失敗だと思う。

拙ブログでは少し前にも御相承のことについて書いた。その時わたくしは、今も猊下一人に伝わる口伝のようなものがあるとは信じ難い、という意味のことを書いた。この点、浅井先生も同意見なのかもしれない。御大事箱云々がそれである。ようするに口伝ではなく、文書の形として御大事箱の中にしっかりと保管されているという意味に読めるのである。

だが、しかし、もしそのような意味なのだとしたら完全なる失敗だろう。理由はかつての書籍の中にある。

濫りの言挙げは畏れ多いのでこれ以上の言葉は慎むが――

これは平成三年の書籍に記された、金口の相承について説明するくだりである。

つまり、浅井先生は自らの禁を破って、とうとう濫りの言挙げをしてしまったのである。しかもその内容たるや、ガッカリするものである。アゲアシ取りのような言い方をさせてもらうが、ようは戒壇の大御本尊と御大事箱があれば猊下なんてものはどうでもいいと言っているようなものなのである。これはもう独立教団路線を歩む顕正会にとって都合がいいだけの話であり、血脈相承の尊厳を貶めることこの上ない大失言である。

わたくしと浅井先生は同意見だと書いた。

すると同罪のように思われるかもしれないが、そうではないのだ。その違いを説明しておくと、わたくしはわからないことはわからないと正直に告白した上で、疑問点を述べているに過ぎない。しかし、浅井先生は一から十までぜんぶわかったような書きっぷりなのである。そして活動会員たちは、先生はすべてご存知なのだ、というふうに盲信して、先生の言うことは何でもかんでも鵜呑みにしてしまうのである。

ともかく浅井先生は血脈相承を受ける立場ではない。ゆえにその内容を知っているわけがない。その人が何でもかんでも知ったかぶって発言している。このこと自体がすでにして血脈相承の尊厳を貶めていることに気がつかないといけないのだ。

 大聖人様の御守護により、やがて顕正会は必ず三百万・五百万・一千万・六千万となる。そしてその諫暁の師子吼が国に満つるとき、ついに一国が動き、国立戒壇が事実となるのであります。

さて、当該講演のもう一つのポイントはこの発言だろう。穿った見方をすれば、これは下方修正なのである。

当該講演でも本年七月に二百万が達成されることを云々している。つまり、上掲は二百万を前提にしての次なる展望を云々しているわけなのだ。おわかりだろう、次は三百万なのである。そして最終的には六千万となる。その時になってようやく国が動くと言っているわけである。

早い話が、二百万では国は動かない、ということを浅井先生自身が自覚していて、いわば婉曲に予防線を張っているような文章なのである。

ズルイじゃないかと思う。

熱心な活動会員たちは二百万で国が動くと思い込んでいる。実際、浅井先生の発言にはそのような意味に受け取れるものがたくさんある。いちばんわかりやすいのが、広宣流布はもう近い、だろう。しかし、現実はそこまで近くはない。

今からガッカリさせるようなことを書くのもどうかと思うが、ともかく本年七月に二百万が達成されるのはほぼ確実なのだろう。しかし、だからそれがどうした、ということなのだ。二百万達成後、またしても顕正会員たちは苦しむことになる。もちろん、浅井先生も苦しいことだろう。これが現実なのだ。

2018/2/5

ナリワイ  
ヒデブ氏の目撃談が興味深い。一種の集団心理なのだろう。一人が出て行ったら、それに半数近くが追随したという。これは集団脱会にも通ずる話で、一人の有力な幹部が脱会すると、それに伴なって多くの人たちが脱会する。平成元年前後の話だろうか、顕正会から妙観講へ百人単位で移籍したことがあった。たぶん今でもどこかのサイトに残っているだろうが、克衛が激昂しているシーンが満載の動画がある。あの激昂ぶりは尋常ではなく、妙観講はそれをもネタにしていたようなフシがあったけれども、ともかく百人単位での脱会は相当の痛手である。

トチロ〜氏の言う、骨のある活動家が法華講に移り云々もまた前述の話と同じであり、昭衛さんよりも現実味のある予想であることは確かだろう。ただし、創価学会や正信会を云々している段階はまだまだ初期であって、そこから一般人にたどり着くまでが遠い道のりなのだと思う。

顕正会ではその遠い道のりをすぐそこであるかのように言ってしまっている。それはかなり無理な話であり、すでに今までも目標の下方修正を繰り返してきたわけであり、今また同じことを繰り返すわけなのだろう。未だ懲りず候である。

どれだけの寺院(日蓮宗、法華宗、真言宗、浄土宗、浄土真宗等)が改宗したのか、

これについてはまったくの不案内であるが、おそらくは皆無に近いのだろう。既成仏教はいわば化石なのである。化石は過去の姿をあらわすものであり、変化を求めないのだ。

一部の寺院は観光化して、それがナリワイと化した。また一般的な寺院は葬儀法要を営む専門業者みたいな存在となった。

ところが世の中は変化している。ゆえに近年は僧侶を呼ばない葬儀が増えているわけで、一部の観光寺院を除けばオワコンとなりつつあるのだ。

このような時代背景の中で新たな信者を開拓することがどれだけ大変かを考えれば、トチロ〜氏のように顕正会に対して一定の評価を与えざるを得ないのはまさに必然なのかもしれない。

その意味で、差し当たっては寺院の丸ごと改宗よりも、一人ひとりの新規入信者をどれだけ獲得できるかが大事なのだろう。

それからインフレのことについては経済オンチのわたくしには荷の重い話である。

ただ漠然と思うことは、ハイパーインフレと通常のインフレを同じ土俵で論じても仕方がない、ということだ。譬喩としては見当外れかもしれないが、お風呂の温度が四十度から四十二度に上がったり下がったりするくらいなら、大した問題ではないだろう。それが百度ならば大やけどをするし、零度ならば逆に凍死するかもしれない。ようするにハイパーインフレとはそういうことなのだ。そして今は巷間、デフレだと言われている。わたくしにはインフレもデフレもよくわからない話だが、政府ではデフレ脱却を目指しているごとくである。しかし、なかなかデフレから抜け出せない。つまり、経済とは難しいものなのだろう。国だとか経済の専門家にしても、なかなか思うようには事を運べないわけなのだ。

国難五年

顕正新聞第1428号はいわゆる新年号である。その第一面には浅井先生の年頭の辞が掲載されている。そのタイトルが国難五年である。

これは顕正会式の年号みたいなもので、世間一般の人にはわけがわからない。実は顕正会員たちもわけがわからなくなりつつあった。いったい何を起点にカウントしているのかがわからないのだ。

本年の年頭の辞では、国難元年のゆえんを説明している。なるほど、である。いちおう、これならばわからなくなりつつあった年号の意味を再認識できる。

まあ、しかし、これもいずれは破綻するだろう。

歴史は一定の時間が経過してから再整理する必要がある。現時点では国難元年の定義がそれなりの説得力を有するにしても、長い目で見れば変わってくるだろう。次から次へといろいろなことが起こるのが世の中であるから、そのうちに、なぜあの年が国難元年なのか、ということが説明できなくなるに違いないのだ。

いわゆる明治・大正・昭和・平成は単純明快である。天皇の退位即位によって元号が改められるからだ。しかし、顕正会式のそれは場当たり的であり、いずれ通用しなくなる。

相変わらず、嫌われることばかり書いているなあ・・・

しかも新年号を二月に入ってから取り上げるテイタラクである。

拙ブログもそろそろオワコンかもしれない。

2018/2/3

ガシシャ  
トチロ〜氏ないし御住職のおっしゃる意味は、顕正会員の純粋さは認める、ということなのだろう。わたくしがいつも言っているように、だからこそ宗門復帰が待たれるところなのだ。そうなれば鬼に金棒たるべしである。

いわゆる折伏大行進は戸田城聖氏の時代に始まったことであるが、もともとそうした息吹きが日蓮正宗の中にあったからこそ、牧口・戸田の両氏が入信するに至ったわけである。今のわたくしたちの立場からすれば、日蓮正宗を正統門流だとすることは当たり前の前提条件になっていて、おそらくは拙ブログの大半の読者がその範疇に属するわけだろう。しかし、牧口氏らはそうした環境に住していたわけではなく、数多ある宗教宗派の中から日蓮正宗にたどり着いたのだ。ゆえに時折、創価学会員が古くからの檀家を軽視するような発言をするけれども、それは誤解なのである。もっとも折伏をノルマ化したのは戸田氏であり、その弊害をそのまま受け継いでしまっているのが今の顕正会であり、これが善いのか悪いのかは議論の分かれるところだろうと思う。

蛇紋岩の話は本部移転直後くらいに顕正新聞に載っていた記憶があるものの、その後はほとんど話題にも上がっていない事案である。

これについて当時のわたくしの印象を書いておくと、何となく後付け理論的な感じが否めなかった。最初からそうした地震に強い地盤であることを見越して移転したのではなく、後から調べてみたら蛇紋岩という盤石な地盤であることがわかったというような言い回しの記事だったと思う。もちろん当時の顕正新聞を確認したわけではないので、その点はご容赦願いたい。

ところがである。たった今、蛇紋岩を検索してみたら、とんでもないことが書かれているので驚いてしまった。

蛇紋岩は地質的に脆弱な地質構造線や断層構造に沿って広く分布する。含水鉱物であるため風化作用を受けやすく、もろくて崩れやすい性質がある。そのため、蛇紋岩で形成された地域は地すべり地帯となり[3]、土木工事の際には難工事となる[4]。


https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9B%87%E7%B4%8B%E5%B2%A9

あれれれれ? という感じである。

それこそ当時の顕正新聞を正確に調べないといけない話になるが、わたくしの記憶が正しければ盤石な地盤であることを強調していたような気がするのだ。それと上掲とではエライ違いである。ゆえに言わなくなってしまったのかもしれない。都合の悪いことには触れない。誰もがそういうものである。

さて、年末合併号の続きを見よう。

池田大作の名前すら知らない、入信とは名ばかりの学会員が・・・

男子部第六十四隊幹事の記事にはご覧のような記述がある。隊幹事ともなれば、顕正会の暗部もよく知っていることだろう。浅井昭衛の名前すら知らない入信とは名ばかりの顕正会員もたくさん存在するということだ。

文春記者も「安倍ペテン特集号」に共感
 プラカード写真が記事に掲載される


女子部第七十二区総班長の記事に付けられた見出しには既視感がある。もはや面倒臭いので前の新聞をひっくり返すことはしないが、首相の応援演説が新百合ヶ丘駅から向ヶ丘遊園駅へ変更された時の話だ。

未だに選挙関連の話題を拾っている拙ブログもどうかしていると自分でも思う。しかし、興味深い記事が次から次へと出てくるのも事実だ。次の婦人部長岡支区部長の記事がそれである。

 十月十二日、アオーレ長岡前での安倍首相の演説にみなで駆け付け・・・

 後日、その光景が産経ネットニュースやNHK等で報道され、歓喜倍増となりました。


少し長くなるので途中を省略したが、その部分もひじょうに興味深い。安倍首相の演説が終わるのを待って、四十人ほどで一斉に「総理大臣は、嘘をついてはいけなーい!」と叫んだのだという。その四十人は女子部と婦人部の混成部隊であるが、わたくしはその行儀のよさに脱帽した。ようするに総理の演説を最後まで黙って聞いていて、その終わった瞬間を狙って一斉に叫んだわけである。

しかもである。次の記述が注目である。

 選挙結果は自民党が大勝する中に、新潟県では六箇区のうち自民党勝利は二箇区であったことに、先生の諫暁の師子吼が民意を動かしたことを大確信いたしました。

これはこれは・・・

実は新潟県知事選挙でも原発反対の候補が勝利しているのだ。その時も顕正新聞の特集号が威力を発揮した旨の登壇があった。実際、新潟は顕正会の盛んな土地であり、それは会館の数からも窺える話である。すると先般の総選挙でも新潟方面で自民が苦戦を強いられた背景には、顕正会の力があったからなのだろうか?

現時点では何とも言えないところである。

ただ、これから先の話で言えることは、顕正会が崩壊せずにこのままの勢力を保持し、かつまた微増でもいいから少しでも活動会員を増やすことができれば、国政レベルの選挙で影響力を発揮できる存在になり得るということである。

前にも書いたが、顕正会は選挙前から安倍政権の崩壊を謳っていたものの、それは成就しなかった、にもかかわらず意気軒高である、負け嫌いの浅井先生ゆえの強がりとも思えるところだが、それと同時に手応えのようなものも十分に感じ取れたからこそ意気軒高なのかもしれない、というようなことをわたくしは思った。

そうそう、新潟県知事選挙のことは同じ紙面にも書かれていた。下段の男子部六十八隊総支隊長補の記事だ。その部分は前述の話題の中に含めてあるので省略して、見出しにもなっているほどの重要な記述を紹介しよう。

昨日まで数十ルーブルであったパンが、何と七十倍以上の数千ルーブルに値段が跳ね上がって・・・

彼はかつて幹部自衛官だったらしく、さまざまの経験をしているようだ。上掲はソ連崩壊時のハイパーインフレを現地で目の当たりにした様子を書いているわけだが、これはもう現実離れしていて信じ難いところである。しかし、ウソではないのだろう。もし同じことが日本で起こったらどうなるのだろうか?

百円のパンが七千円になる? 本当かよ?

経済オンチのわたくしにはさっぱりわからない話だが、もし事実であれば困ったことになる。国が配給でもしないと、餓死するかもしれない。少なくとも今のわたくしはお金で食料を買う以外の方法論を持たない。現代人の多くがそうだろう。


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