2018/3/21

ザイム  
前にも書いたと思うが、法務部の役割はマスコミ各社への牽制である。ゆえに今回の判決一つを取って、勝った負けたを云々するのはあくまで表面的な意味に過ぎず、その真意はマスコミに顕正会問題を取り上げさせないことなのだ。事実、一頃に比べれば顕正会関連の報道が沈静化している印象がある。俗に触らぬ神に祟りなしと言うが、マスコミにしたって面倒臭いと思えば相手にしない、それが得策なのである。もちろん、顕正会員たちが次々に問題を起こし、とてもじゃないが看過できないということになればマスコミだって動き出すだろう。また、横並び意識ということもあって、今は例の改竄問題が深刻化しており、今まで政権に対して及び腰だったテレビ局や新聞社もかなり積極的に報じているような印象がある。ゆえに今後、顕正会問題にしても再びクローズアップされる時が来るのかもしれない。

わたくしの思うに、法務部はつまらぬ牽制球ばかり投げているのではなく、顕正会自体の悪しき体質を是正する方途を探るべきだろう。いつも言っているように、自己正当化の論理ばかりを振り回しているようではダメなのである。

さて、顕正新聞第1432号である。

大師子吼

前回の拙稿でも触れたように、最近はこの表現が目立つ。当該号の場合、四ヶ所ほど見られる。これも広い意味では悪しき体質の一つだろう。

一面から二面にかけては日興上人会における会長講演だが、今回は特に触れないことにしよう。そして三面以降はいつものごとく、各種登壇の羅列である。

 巨大地震の連発、北朝鮮の暴発、中国による台湾統一と尖閣奪取、その後の他国侵逼・・・

総男子部長の記事である。これから起きることを書いているつもりなのだろう。しかし、冒頭からしてすでに間違っている。なぜならば巨大地震の連発は始まっているからである。3.11もそうだし、熊本での地震もそうだ。局地的ではあっても震度七の連発はひじょうにめずらしいことなのだ。
北朝鮮問題にしても、暴発とは何を意味するのか、それが問題である。近々、米朝首脳会談が実現するという話もある。これはもう、今の金正恩が相当のヤリ手であることを意味するのだろう。暴発なんてしませんよと、そう言っているようにも聞こえる話である。
そして台湾統一は相当に困難である。わたくしの思うに、少なくとも軍事的な方法でそれを行なうことは国際世論の許さないところであり、中国首脳にしたってそんなことは百も承知のはずなのだ。

尖閣奪取、その後の他国侵逼・・・

ややアゲアシ取りではあるものの、尖閣奪取そのものがすでにして他国侵逼なのではあるまいか、と言いたいところだ。ただし、竹島問題に象徴されるごとく、無人島ゆえにあまり大きな騒ぎにならないのも事実だろう。そして上掲の文脈的な意味はまさに本土上陸であり、中国軍が日本の本土に上陸するようなことがあれば、それは確かに大事件であり、文字通りの他国侵逼である。しかしながら台湾統一の話と同様で、これを国際世論が許すとはとうてい考えられない。

広布史上、燦然と輝く御遺命守護の御奉公すら序分とされ、いよいよ最後の戦いにお立ちになる先生・・・

副総男子部長の発言である。今、同格の幹部が何人いるのか知らないが、このところ副総男子部長の一人の消息がハッキリしない。降格か、もしくは離脱してしまったのだろう。

しかし、この登壇者も焼きが回ってきたものか、この二十年間の経緯をすっかり忘れてしまっているようだ。

顕正会では平成十年に御遺命守護が完結したとしている。ならば平成十六年の一国諫暁開始こそ、最後の戦いの始まりだったことになるはずなのだ。いわゆる百万達成の暁に行なわれた一国諫暁である。しかし、ご存知のように、それは一種の空振りに終わった。ゆえに今度の二百万を最後の戦いだと言っているわけなのだろう。この間、実に二十年である。

この間には総合男子部長だった人物が消息不明になったり、会長の娘婿が離脱してしまったり、ロクなことがなかった。総合女子部長も代替わりをして、今は三代目に当るのだろうか? なぜか総合婦人部長だけは盤石だが、とは言え、もはや顕正会の組織そのものが金属疲労によって瓦解するかもしれない状況なのだ。

さて、ここで少し話を戻そう。

先生こそ、大聖人様から召し出された唯お一人のお方・・・

第二十四女子部長もまた熱烈なる浅井信者である。嫌われるのを承知であえて書いたが、もちろん彼女だけがそうなのではない。幹部たちのほとんどが同様なのである。そこで先ほどの大師子吼に話を戻すと、総合婦人部長の記事には次のようなくだりがある。

・・・との大師子吼に、御馬前での重大御奉公に思いを馳せ、武者震いしたものであります。

紛らわしいにも程がある。大師子吼は浅井先生、御馬前は大聖人、文脈的にはこのように別々の意味をあらわしているものの、大師子吼という表現そのものがすでにして仏と同格を意味するものなのだ。まったく偉くなったものである。

話は変わる。

 学会では、十二月は「財務の月」であり、毎年、銀行に行くと多くの学会員と会いましたが、昨年の十二月は一人も会うことがなく、改めて「学会崩壊近し」を大確信しております。

男子部第百一隊班長の証言である。しかし、これは事情を知らない人にはひじょうにわかりにくい話である。どうやら創価学会では財務を銀行振り込みで行なっているらしく、ゆえに登壇者は暮れに銀行に行くと例年たくさんの創価学会員を目撃したと書いているのだ。ところが昨年末には一人も会わなかったと。

しかし、これはどこのどのような銀行なのか知らないが、ずいぶんいい加減な話のように思う。

まさか十二月になると連日のように創価学会員が銀行を訪れるのだろうか? それを彼は毎日のように観察しているのだろうか?

近所のスーパーマーケットにでも行けば、わりと高頻度で顔見知りに遭遇するかもしれない。しかし、少し離れたところに行けば、滅多に遭わないだろう。銀行の場合はその店舗数からしても、一般人の利用頻度からしても、顔見知りに出遭うことは少ないはずなのだ。以上のような理由から、これは彼の思い込みであり、創価学会崩壊近しという結論を導かんために、話を誇張しているようなところがなきにしもあらずだろうと思う。

利益を求めた他の広告とは明らかに異なる・・・

第二十九女子部長の記事から拾った。例の広告の話である。一つだけツッコミを入れるとすると、だったらアマゾンの何々部門で第一位だったみたいなことを書くなよ、ということになるだろう。世の中にはランキングにつられて購入する人も少なくない。逆に言えば顕正会側はそれを狙っているわけでもあるのだ。

・・・阿部日顕書写の本尊への執着が残っていたので、この日の入会も見送りになってしまいました。

男子部第六十七隊長である。隊長クラスがこんなことを言っているようではオシマイだ。


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