2018/4/23

モッテコイ  
気がつけば、なんと十年前の拙稿である。次のリンク先がそうだ。

http://white.ap.teacup.com/ganko/1023.html

興味のある人はご覧になられるといいだろう。そこにはわたくしの十年前の姿がある。あんまり進歩していない。それが自己評価だ。

それからこれはわたくしの勝手な感慨に過ぎないのかもしれないが、以前は大聖人の仏法に造詣の深い人たちがたくさんいて、それぞれが魅力的なサイトを構築していた。今はそれが激減したような気がする。あるいは今もどこかに存在するのだろうか?

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

 平成一二年に臨時山梨大会を開催して下さり・・・

女子部第二十区長がご覧のように言っている。しかし、わたくしの記憶には存在しない。大会と呼ぶくらいだから浅井先生も出席しているはずだし、もしそうならば顕正新聞にも報道があっただろうし、ビデオ放映なども行なわれていたかもしれない。けれども、まったく憶えていないのだ。

次の婦人部立川支区組長は創価学会からの移籍組である。

私の書いた原稿に赤字で勝手に違う内容を書き込まれ・・・

当然、創価学会時代のことを言っているわけだが、これは顕正会にも当てはまるのではないかと思う。入信ないし入会後、それほど日数を経ていないにもかかわらず、普通じゃ使わないような言い回しが出てくることがある。そのようなものは幹部による添削だろう。もしくは洗脳力が強いという解釈もあり得る。当人が顕正会にのめり込んでいれば、恐るべきスピードで顕正会の典型的な会員像に近づいていくのだろう。

女子部第二百二十六区の平会員は、平成二十七年に顕正会員から初めて折伏されたらしい。

・・・始めて折伏を受けたのでした。

それこそ拙ブログでは口が酸っぱくなるくらい言い続けてきたことである。初めてと始めての使い分けがデタラメであると。おそらく浅井先生としては大聖人の御使用例に合わせているつもりなのだろうが、もしそうならば時代錯誤も甚だしい。そして右に倣えの顕正会員たちもアホである。

女子部第五十五区支区長補は看護師だそうで、これまでいくつもの臨終に立ち会ってきたらしい。そして遺体を引き渡すまでの処置として、髭を剃ったり化粧を施したりもするという。

誤って傷を付けてしまっても出血せず・・・

前後を省略しているのでわかり難くて恐縮であるが、ようは一般的な遺体は傷つけても出血しないそうである。すると成仏した遺体は血が噴き出してくるのだろうか?

アゲアシ取りをしている場合ではなかった。彼女は顕正会の役職が示すごとく、真面目に折伏も実践してきたわけで、仕事柄、医師を折伏する機会も多いようである。

一精神科医は「人の話を聞くのが好きだから精神科医を選んだ」と言っていたにもかかわらず、折伏した際、話を聞かずに席を立って帰ってしまったり・・・

これは面白い。

一外科医は、私が「成仏すると遺体が軽くなる」と話すと、「量ったことあるの」と言って来たり・・・

これはもっと面白い。

精神科はベラボウに難しい分野だと思う。どこがどのように悪いのか、よくわからないからである。その点、外科のほうがわかりやすい。極論すれば道具だとか機械に近いからである。壊れた部分を特定して、それを直すか交換する。人間も同様で、壊れた部分を治すわけだが、それが無理ならば交換すなわち移植をする。

それはさておき、遺体の計量である。

外科医の言っていることはあながち間違ってはいない。もし顕正会のほうでこれを不服と思うのならば、顕正会から多くの医師を輩出して病院を建てるくらいにならないとダメだろう。そうすれば遺体の重さを調べることも可能だし、そうしたデータが集積されればいずれは結論が出る。現状では納棺の時に重かっただの軽かっただのという、漠然とした印象を述べているに過ぎない。それで万人が納得することなど、あり得ない話だ。

 現在、私は企業の医務室で従業員の健康管理をしておりますが、さまざまな理由から精神的に病んでいる人が多く、休職する従業員は後を絶ちません。

彼女は病院勤務からご覧の職場に移ったようだが、その理由が気になるところである。これまでにも同様の例がたくさんあった。ようは折伏をやり過ぎて職場を追われるパターンである。

まあ、しかし、給与等の待遇だとか仕事の充実感がどうであれ、企業の医務室勤めはわりと御奉公のしやすい環境ではあるのだろう。通常、土日が休みだと考えられるし、残業もないはずである。顕正会の活動会員には持って来いの職場かもしれない。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ