2018/7/31

ロウバイノミ  
昨夜の沖浦氏のコメントは引用御書が不適切のように思える。ようするに自分の言いたいことと、その裏づけとしての御書とが一致していないように思えるのだ。とりあえず言いたいことはわかった。あとはもっとわかりやすい御書を選ぶべきだろう。

さて、顕正新聞である。第1443号には五月度班長会の各種登壇が掲載されているが、その前に人事が気になったので取り上げておこう。

四国第9女子部 新体制に

なんと今度の第九女子部長は総合女子部長が兼任するそうである。四国には部長に相応しい人材がいないのだろうか? それ以前に、前任者はどうしたのだろうか?

婦人部の人事も気になるところだが、省略しよう。

細井日達は「頓死」、阿部日顕は「ニセ貫首」の辱めを今に受け続けている・・・

総男子部長も口が悪い。頓死は表現としてどうかと思うところで、やや侮蔑の意味が込められているような印象が否めない。ニセ貫首は主に顕正会が言っていることだろう。創価学会ではニセ法主と呼ぶのが一般である。しかし、今はもう代替わりしてしまって久しいので、いつまでも言い続けている人も少ないのではないかと思う。

 当時、先生は、御遺命破壊の主犯たる学会の悪だけを責め、猊座を守らんとされてきたことを思うほどに・・・

アゲアシを取るようだが、だったら今はどうなのか、である。今はもう猊座を守る気すらないのではあるまいか?

先生の激闘、ついに大法戦場に到達

これは副婦人部長の記事につけられた見出しである。どこかにそのような場所があるわけではなく、いわば抽象概念なのだろう。しかし、結局は名のみあって実がない。実体がないのだ。つまり、顕正会員たちはこうした有名無実の言葉に踊らされているだけなのだ。

 また御経机を勧めて下さる先生のお心がいまさらながら沁み入り・・・

総合女子部長の発言であるが、すると今でも顕正会では経机の推進を盛んに行なっているのだろうか?

 雪降り積もる廃屋の三昧堂で、三たびの厳冬を耐え忍ばれた・・・

婦人部総務の顕正会員歴が気になるところである。これは新潟大会の会長講演を踏まえて発言しているわけなので、その意味では浅井先生の責任だろう。つい先日も書いたように、三昧堂で過ごされたのは半年ほどである。

さて、男子部第百五十六隊長の活動報告には、曹洞宗の青年僧侶が顕正会に入信したことが書かれている。今の僧侶はたいていが家業を継いで僧侶になるパターンであり、この青年も実家が曹洞宗の寺院なのだそうである。ゆえに本当に僧侶を辞めて顕正会に入ったのだとしたら大したものである。本人の登壇を期待したいところだ。

女子部第十一区長の記事には彼女のセリフだろうか、次のようなくだりが存在する。

「私たち凡夫が御本尊様について調べることなど、恐れ多いことである」

恐れ多いのは事実である。しかし、だから禁忌なのかと言えば、それは違うだろう。なぜならば、全人類のほぼ全員が凡夫なのである。つまり、御本尊の研究をしてはいけないとすると、誰も研究できなくなってしまうのだ。

もちろん生半可な気持ちで御本尊のことをあれこれと詮索するのはよろしくない。相当の覚悟を持って行なうべきことではあるだろう。

二輪車部品で特許取得≠フ大功徳!!

女子部第七十四区班長は自動車メーカーで働いているそうだ。わたくしの知るところでは二輪と四輪の両方をやっているのは二社しかない。いずれのメーカーだとしても、そこの設計部門で三十八年も働いているのは凄いことである。

2018/7/30

マジメニヤリタマエ  
沖浦氏より返信をたまわっているが、重複になるので簡単に済ませよう。創価学会が謗法容認路線に移行しつつあるのは事実だろう。ようはそれを教義上、どのように正当化するかである。結局、日蓮大聖人の仏法を表看板に掲げている以上は、他宗との融和はあり得ないと考えるのが常識なのである。その意味からして、世間一般のいわゆる創価学会アレルギーみたいなものも無理からぬ話であり、それを解消したいのであれば大聖人の仏法を捨てるしかないだろう。

さて、顕正新聞の続きである。五月度総幹部会の各種登壇を見ていこう。

仏様の御境界とは、寒地獄の中で「あらうれしや」と仰せられる、国家権力も犯すことのできない絶対幸福の大境界・・・

・・・貫首の絶対権威ですら壊わすことのできない、絶対信に立たれたお姿と重なりました。


婦人部都城支区部長の発言は悩ましい。ようするに大聖人の御姿と浅井先生のお姿が重なったと言っているのだ。

浅井先生の師子王心に同心させて頂く・・・

これは男子部第七十一隊支隊長の記事に出てくるわけだが、師子王心が悩ましい。

ところで婦人部蔵王支区総班長の記事には、宮城県で九店舗のスーパーを経営する会長さんの話が出てくる。

 会長に、霊友会に入信したのはいつごろか聞いてみると、まさに「三年前」とのことで、邪教に身を置く罰の凄まじさに身震いしました。

この直前にはスーパーの事務員が二億円横領したことが書かれており、それが三年前の出来事なのだそうである。しかし、短絡的過ぎるのではあるまいかと思う。霊友会は新興宗教の中では老舗である。ゆえに霊友会に入信したことでヨカラヌことが起こるのであれば、霊友会そのものがとっくの昔に潰れていることだろう。功徳と罰の現証論はそれこそ厳正なる判断が求められるところであり、いわゆるプラシーボ効果の問題なども考慮に入れるならば、そう簡単に答えが出せるものではない。つまり、顕正会における功徳なるものも、単なるプラシーボなのかもしれないのだ。

女子部第百九十六区総班長は総合病院に勤務する看護師だそうである。

 そのなか、あるとき行われた医師対象の調査で、「一緒に仕事がしやすい手術室看護師」の箇所で、私の名前が多く挙がり、以来、看護師長からも認められるという功徳を頂きました。

これは立派なことである。この話は彼女が総班長であることから想像されるように、文脈的には病院内でさまざまの怨嫉が起きていたという話の流れである。そうした中で、もっとも実力が問われるであろう手術室において、医師たちから高い評価を受けている点が何よりも素晴らしいことである。どれほど腕のいい医師であっても独りで手術をするわけではない。周りの医療スタッフとの連係プレーが必要である。難しい手術になればなるほど、なおさらだろう。彼女はそのような場で医師たちから信頼されているのだ。素晴らしいの一語である。

女子部百四十七区総班副長の記事は、九十四歳で亡くなった父親の半生を綴るものである。昭和五十五年に入信し、それより三十八年間、信心を貫いたと。名古屋初の自宅拠点を構えていたそうで、次のくだりが印象的である。

 我が家は市営団地でありますが、百名を超す同志でいっぱいになり、三つあるすべての部屋を開放し、靴や荷物は風呂場に置いて対応しておりました。

最大で二百名が集ったこともあるそうだ。異常である。

 宗門の寄生虫の謀略部隊が自宅拠点に来たときには・・・

まあ、しかし、この辺は凄まじい表現である。おそらくは妙観講あたりのことを言っているのだろうけれども、思えば最近の顕正新聞には妙観講の話題が載らないようである。妙観講の活動が不活発だからなのか、そうではなくて顕正会のほうでヤブヘビになるから触れないようにしているのか、その辺はよくわからない。

 まさに三上人の御姿が、御遺命を死守され、御遺命実現に捨身で立たれる先生のお姿と重なり・・・

これは婦人部杉並支区総班長の発言であるが、続きの文章を含めてわたくしなりに解釈すれば、浅井先生こそが大石寺の正統である、と言っているわけなのだろう。

富士大石寺の清き源流は先生のみに流れ、「冨士大石寺」を冠して戦えるのは顕正会のみと、強く思ったものであります。

しかし、わけがわからん。富士と冨士の違いである。何か深い意味があるのか、何の意味もないのか、そこがよくわからないのである。

毎年の暮れには大石寺のそば近くの冷たく堅い石畳に坐され・・・

副総男子部長の記事である。過去に繰り返し書いてきたことだが、これではまるで石畳に直接坐しているように読めてしまう。はたして事実はどうかである。

すなわち仏法が初めて渡来したとき、神と仏の争いで聖徳太子が勝ち、神国が始めて仏国となった・・・

これまた繰り返し書いてきたことだが、初めてと始めての使い分けにどのような法則性があるのだろうか?

ちなみに当該号には本部庭園の四季が二つ掲載されている。一つは紫蘭という花の紹介であるが、もう一つは意味不明のボンヤリとした風景写真である。何をやっておるものかと思う。紙面のスペースを埋め合わせるためのコーナーなのだろうけれども、それとてヤッツケ仕事はダメである。真面目にやり給え。

2018/7/29

サクソウギミ  
わたくしに対する批判は大いに結構である。事実、拙ブログではそうしたコメントの数々を今まで削除したことがないし、出入り禁止にしたこともないのだから、それで卑怯だの何だのと言われる筋合いはないのだ。むしろ確たる主義主張をお持ちならば、自分でブログでも何でもお作りになって、そこで奮闘されればいいのである。なぜそれをしないのか? わたくしの思うに今やインターネットという媒体は情報の洪水状態であり、一個人のブログなどは泡沫に等しい。ゆえに、そこでどれほど頑張っても徒労感しか残らない、たいていがそんな感じなのだと思う。

さて、沖浦氏であるが、相変わらず進歩のない人である。

以前、どこかの神社の石碑に創価学会の名前が刻まれていたことがある。神社の多くは謝意を表すためだろうか、奉納者の名前を掲示することがよく行なわれている。一時的に掲示する場合もあるが、大きな寄付を募った時などには、恒久的に残すつもりで石に刻んだりもする。
ある時、それが法華講員のサイトに画像で紹介されており、創価学会の謗法与同はかくのごとしである、というような痛烈な批判がなされていた。
ところがである。なぜかその神社ではその石碑を撤去してしまったのだった。その理由は不明だが、法華講員たちの推測では創価学会側の圧力だろうとのことだった。ようは謗法与同だと責められるのがイヤなので、神社に働き掛けて謗法与同の事実そのものをなかったことにしようとしたのだ。

この事実をどうするかである。創価学会でも過去の折伏教典などには神社を謗法だと認識している記述がたくさん残っている。だとするならば、これらを百八十度転換するためには創価学会の本部レベルにおいて何らかの公式な見解を示さねばならず、はたして現時点でそれが行なわれているのかどうかをわたくしはまったく知らないけれども、おそらくはこの点の教義改変は未だに行なわれていないのではないかと思う。

この理由はわりと簡単である。教義的に日興上人の御指南が相当であると創価学会の首脳部も認識しているわけで、だからこそ沖浦氏の言っているような方向にはなかなか踏み出せずにいるわけである。

そもそも日寛上人の御指南については、いわばイイトコドリをしたわけである。それがつい先年のことだった。そして今度は日興上人の御指南についても、イイトコドリをしようと企んでいることになる。何たるご都合主義かと言いたい。

当然、そうした批判を想定すれば、急には変えられない。変えたくても変えられないし、そもそもなぜに変える必要があるのかが問題である。

国立戒壇問題が好例だ。

国立戒壇こそ日蓮正宗の宿願であり創価学会の唯一の大目的であると、かつて池田大作氏は叫んでいた。年数を数えれば、わずか十年足らずでトーンダウンしてしまい、さらに数年後には国立戒壇そのものを否定することになるのだ。

ここで法華講員が乱入してくるとややこしくなるので言っておくが、国立戒壇の名称云々などと話を矮小化してはいけない。創価学会の会長たち、あるいは日蓮正宗の高僧たちの国立戒壇への熱い思いは文証顕然であって、これを単なる名称問題に矮小化することは詭弁以外の何物でもないのだ。そもそもなぜに国立戒壇の名称を放棄しなければいけないのか、それすら不明瞭である。

だからこそ妙信講などという弱小の講中にツッコミを入れられてタジタジにならざるを得なかったのだ。

これをもってこれを思うに、神社参詣の問題にしてもウカツに教義改変を行なうならば過去との不整合を突っ込まれるわけで、こればかりは相手が誰であろうと関係ないのである。つまり、拙ブログのようなちっぽけな存在であっても、天下の創価学会を批判できる。そしてその批判を振りほどくことは容易なことではないのだ。

話が錯綜気味で恐縮だが、大石寺周辺の神社の実情について、今思い出したので書いておこう。

これは創価学会側の主張である。大石寺周辺の神社には御本尊が安置されている。ようは御本尊が御神体なのである。御本尊が御神体? 御神体が御本尊? わけがわからないような話であるが、これを創価学会では謗法与同だと責めていたのである。

沖浦氏だって、こうした話があったことを知らないわけではないだろう。

つまり、今の段階では過去のさまざまの経緯を勘案すれば、神社参詣の是非について云々することはひじょうに危険もしくは憚られることなのである。ゆえに創価学会としてはこの点についての教義改変には消極的にならざるを得ないのだと思う。

以上、わたくしの観察が正しければ、沖浦氏の主張は完全なる逸脱であり、創価学会とは別の教義信条を主張していることになるだろう。いわゆる沖浦流法門である。

2018/7/26

セイシンカンテイ  
辛辣なコメントが火砕流のごとく押し寄せている。その一々については省略しよう。

今日は顕正新聞第1442号掲載の五月度総幹部会における会長講演を取り上げよう。

若しはまた在所を追放せられ・・・

ここでの追放は「ついほう」だろう。浅井先生はしばしば読み方を変えているようだが、何か意味があるのだろうか?

若しはまた在所を追放たれて・・・

これは折伏理論書改訂版からの引用である。この場合、追放は「おいはな」と読ませるわけなのだろう。事実、当該書籍にはそのようにルビが振られている。ちなみに基礎教学書ではこの前後の一段そのものがゴッソリと削除されている。

会長講演に戻ろう。

細井日達の「急死」

この小見出しの一段には次のような記述がある。

 ただし、御相承は断じて断絶しない。

二十年近くも同じことを言い続けているわけだが、わたくしは釈然としないままである。なぜならば、それ以前に主張していたことのほうが説得力があったからである。

簡単に言うと、御相承のことは正信会から疑われ、後には創価学会からも疑われた、そのように周囲の大勢から疑われること自体が罰なのである、という主張である。つまり、この段階では御相承の授受を認めていたことになる。しかし、それを後には翻した。法華講員などから破門三兄弟などと揶揄されるようになったのは、おそらくはこの後のことだろう。結局は同じ穴の狢だったということになるのだ。

一都三県は本陣

本部総会

この辺のくだりをわたくしなりに解釈すれば、ここ一連の地方大会の延長線上に位置するものなのだろう。もちろん地方ではないので、上掲のような名称となったわけである。

しかし、かつての大総会と何が違うのだろうか?

当然、一都三県からの結集なので全国大会とは異なる位置付けになる。それは誰だってわかる話だ。ならば大総会はどうするのかである。大総会はもう二度と行なわないのだろうか?

そしていつも言っているように、一都三県だけでの結集はマヤカシである。実質的には地方からもたくさんの応援部隊が派遣されることだろう。

安倍政権いよいよ断末魔

当該講演も政権批判に相当の紙数を費やしているが、有益な情報としては次の二つが挙げられると思う。

「種子法」廃止

水道事業民営化


この二つはテレビや新聞があまり取り上げていない意味でも貴重な情報である。

 おコメと水は日本人の命を守るものですよ。

当たり前過ぎる発言ではあるが、まったくもってその通りである。

しかし、次はいかがなものかと思った。

私は精神鑑定の必要があると思っている(笑)。

安倍首相を精神鑑定しろと言っているのだ。さらに次の発言にも注目しておこう。

野党がこぞって捨身で迫れば、安倍政権は必ず崩壊する。

先日、自民党の有力者が総裁選への出馬を見送って安倍支持を表明した。現状、安倍三選がかなり濃厚と見られているが、これをひっくり返す急展開があるのだろうか?

わたくしの個人的な希望を言わせてもらえば石破氏に勝ってもらいたいとは思う。だが、しかし、もし仮にその通りになったとしても自公政権の枠組みが変わるわけではないのだ。この点を顕正会ではどのように考えているのだろうか?

2018/7/22

ヒビケンサン  
今朝の沖浦氏のコメントは顕正会員の熱心さを証明する目撃談である。この猛暑の中、よく頑張っていると思う。以前の騙し討ちのような折伏に比べれば天地雲泥の差であり、少なくとも相手に不快な思いをさせない意味で立派なことである。

ところで前々回は新潟大会の会長講演を取り上げた。再掲しよう。

 さて、佐渡は全島民が念仏者であり、流されてきた大聖人を憎む心は鎌倉の人々よりも強かった。

わたくしはこのくだりに疑問符を付けたわけだが、どうやらこれは呵責謗法滅罪抄が根拠のようである。

・・・又法然が弟子充満せり。鎌倉に日蓮を悪みしより百千万億倍にて候。

こういうコメントが瞬時に返ってくるようならば大したものだと思うが、現実には誰からもコメントがない。ウソのような本当の話をすれば、たまたま今朝の拝読御書が呵責謗法滅罪抄であり、そのかなり後半のほうに当該御文が出てくるわけである。

そこで顕正会員のために少し教えて差し上げようと思う。

浅井先生は塚原三昧堂の話ばかりを強調する。ゆえに顕正会員たちは知らないかもしれないが、大聖人は途中で引っ越しされているのである。塚原にいらしたのは約半年であり、残りの期間を一ノ谷で過ごされているのだ。ここは現在の市野沢と呼ばれる地域が該当すると考えられるが、地図で確認すればわかるように佐渡のわりと中心部に位置する。

そして前々回も書いたように流罪の目的は影響力を殺ぐことである。大聖人が鎌倉に居たのでは具合の悪い連中が幕府と結託して行なわれたのが佐渡流罪なのだ。

しかし、大聖人の影響力は半端ない。次は佐渡での出来事である。

 又念仏者集まりて僉議す。かうてあらんには、我等かつえしぬべし。・・・既に国の者も大体つきぬ、いかんがせん。

阿仏房夫妻の入信は代表例に過ぎないのだ。大聖人の御徳に触れて入信する人が後を絶たなかった。ゆえに念仏の坊さんたちが危機感を覚えて謀略のための作戦会議を開いたわけである。

ここまでわかれば最初の御文もよくわかるはずだ。

・・・又法然が弟子充満せり。鎌倉に日蓮を悪みしより百千万億倍にて候。

再掲であるが、ここでの法然の弟子は主に出家者を意味するわけで、浅井先生の言う全島民は間違いである。ごく単純に考えて禅宗の人だって真言宗の人だっているだろう。しかも失礼ながら文盲率などを考慮すれば一般の大多数の人たちは教義的なことなど、ほとんど理解できなかったはずなのだ。ゆえに大聖人を憎むという感情も生まれにくい。逆に言うと、そうした純粋無垢な人たちだからこそ、当初は幕府の御勘気を蒙りし流人ということで大聖人を色眼鏡で見ていたにしても、実際に大聖人の御徳に触れれば忽ちのうちに帰依の心を生ずるわけなのだ。

 さて、佐渡は全島民が念仏者であり、流されてきた大聖人を憎む心は鎌倉の人々よりも強かった。

これまた再掲である。この前半部分はたった今、説明したごとくである。当然、後半部分も推して知るべしだろう。鎌倉の人々と書いてしまうと在家出家を問わずという意味になる。しかし、佐渡においては前述のごとく主に出家者を意味するわけだから、整合性の上からは鎌倉のほうも出家者と考えるべきだろう。

鎌倉在住の諸宗の坊さんたちは先ほども書いたように幕府と結託して大聖人を流罪に処するほどなのである。つまり、幕府の庇護があって、安泰だった。ところが佐渡の念仏者たちにはそうした庇護がなく、また大聖人の御徳に触れて島民たちが離れていくという現実に直面していたわけであるから、それはもう半端ない憎しみを懐いたとして不思議はないのである。

このように考えると、浅井先生の言っていることもずいぶんといい加減というか、もちろん全面的に間違っているわけではないのだろうけれども、誇張が過ぎるところがなきにしもあらずである。

わたくしの思うに、これは顕正会員を意図的に誘導しているわけではなく、浅井先生自身の認識そのままなのだろう。上から目線で恐縮だが、もう一度、最初から研鑽し直すくらいの覚悟で御書を拝読しなければダメだと思う。ある程度のレベルまで行くと、それぞれ自分なりの仏法観・大聖人観が出来てくる。しかし、それが本当に正しいのかどうかは誰にもわからない。だからこそ謙虚になって、初心に戻るくらいのつもりで研鑽していかないとダメなのである。

もちろん、これは自戒のつもりで書いたことである。

2018/7/21

ソレガサイゴ  
新潟大会の各種登壇を見ていこう。まずは中国人の明組長である。

 平成十四年には、先生のご配慮で、勿体なくも我が家を自宅拠点とさせて頂き、御本尊様が・・・

この人は平成九年に日本で入信している。その後、中国に戻り、今もなお信心を貫いている立派な人物である。
組長で自宅拠点は特例なのだろう。もしそうでなければ顕正会のレベルも下がったものである。かつては副長以上が条件だったはずなのだ。
しかし、そもそもなぜにいつまでも組長なのかが問題である。彼はもう二十年選手なのである。大ベテランだ。それがいつまでも組長であることがおかしいわけで、モンゴルでは班長クラスがザラにいるのだから、彼が班長や副長に昇格しても誰も文句を言わないだろう。中国共産党の監視を恐れてのことだろうか?

大師子吼・・・

いやいや、なかなか消滅しないものである。彼は五万人の男子部大会にも参加しており、その時の浅井先生の発言をご覧のように表現しているわけである。

ちなみに同じページに載る第四十一女子部長の記事にも大師子吼がある。困ったものだ。

男子部第百三十八隊長の活動報告は勇ましい。

柏崎市・一道寺、石川県白山市・最教寺、上越市・専光寺

これら日蓮正宗の寺院に赴いたりして、住職と交わした会話の内容が、詳しく語られている。当然、都合よく話を切り取っているのだろうけれども、ともかく宗門側に対して積極的にアプローチしていること自体が立派なことである。

また、隣には男子部第二十五隊総支隊長補の記事があって、そこには聞正寺の僧侶を折伏した旨の記述がある。してみると顕正会は方針転換したのだろうか?

かつては、トラブルになるから宗門寺院に近づくな、というような意味の本部通達が極秘に流されていたはずである。この点、今となってはわたくしには確かめるすべがないので誰かの証言を待ちたいところだが、ともかく上掲の二本の記事は実に勇ましい。

しかし、裏を返せば、それだけ宗門の存在が脅威なのだろう。この点は婦人部妙高支区組長の記事を読んでも窺えるところであるが、ここでは省略したい。

最後に男子部総務の記事を簡単に紹介して終わろう。

一善とは、大聖人様の絶大威徳による浅井先生のご存在なのだ・・・

やや切り文ではあるものの、言っていることはご覧の通りである。なるほど、浅井先生の発言が大師子吼と呼ばれるのも無理からぬ話である。

今日も暑いなあ。

2018/7/20

ニイガタタイカイ  
今朝も沖浦氏からコメントが寄せられている。どうやら続きがあるらしいが、こちらの応答次第で終了となるらしい。結論は、勝手にすればいい、である。むしろ沖浦氏としては拙ブログを介して世の中の多くの人に伝えたいわけなのだろう。だったら、わたくしの返事を待つ必要はない。ただし、いつものことながら沖浦氏の言っていることがあまりにもデタラメであれば、わたくしは看過しない。

さて、新潟大会特集号に参ろう。顕正新聞第1441号だ。

 顕正会の地方大会で、一県だけで二万人結集というのは、この新潟だけです。

新潟は顕正会の盛んなところではある。しかし、いつも言っているように一連の地方大会には欺瞞がある。ようは他地域からの応援部隊の存在だ。ゆえに今回の新潟大会も純粋に新潟在住者のみの大会ではなかったことは確実だろう。

大聖人様は文永八年十月十日に鎌倉をあとにされた。

言い忘れたが、会長講演からの引用である。それにしてもこの部分はどうかと思った。竜の口の死罪から佐渡流罪までおよそ一ヶ月の間がある。大聖人はこの間、依知の本間邸にいらした。ゆえに鎌倉をあとにされたという表現は正確ではない。それから煩瑣になるので引用を避けたが、上掲の直前の一段も少しおかしな文章である。

 さて、佐渡は全島民が念仏者であり、流されてきた大聖人を憎む心は鎌倉の人々よりも強かった。

全島民が念仏者であるとは何を根拠に言っているのだろうか?

大聖人を憎む心は鎌倉の人々よりも強かったと。これも疑問である。

 私は不思議に思う。なぜいきなり切り付けなかったのか、なぜ一言、質問を発したのかと。

阿仏房との邂逅を言っているのだろう。しかし、この前後の説明も想像の産物に過ぎない。

そもそもいきなり斬りつけるような無礼なことはしないだろう。そんな常識もわからないのかと言いたい。もし仮に暗殺を企てるにしても、今みたいに写真だとか映像が発達していればまだしも当時はそうしたものは何もなかったのだ。ゆえに人物特定をしなければならない。少なくとも最初に、オマエが日蓮か? と問いただすはずであり、その後に斬りつけるのであればまだしもである。しかも浅井先生が当該講演で言っているように阿仏房は文武に秀でていたと考えられる。ならば何がしか問答があってしかるべきで、順番としてはその後に斬るか斬らざるかという話になるはずなのだ。

話を戻して、流罪の意味はその人物の影響力を封殺する目的だろう。いちばん手っ取り早いのが殺してしまうことだが、鎌倉幕府もいちおうは法治主義を看板に掲げていたので安易に殺すわけには行かなかった。それで流罪が相当とされたわけである。そしてこれまた今みたいに新聞だのテレビで報道されるわけではないのだから、地方の人たちには話が伝わっていないと考えるのが普通である。もちろん時間と共に徐々に伝わっていくわけで、塚原問答の頃にはわざわざ島外からも法論のために出張してくる坊さんたちがいたほどだったわけだが・・・

二人は我が家を追い出されている。

阿仏房夫妻のことである。しかし、わたくしにはこれがよくわからないのだ。何を根拠に言っているのだろうか?

 このとき日妙殿は、佐渡に渡って、もし、大聖人様の御顔を拝見し奉ったら、死んでもいいと思っていたに違いない。

死んでもいい? 何を根拠に言っているのだろうか?

帰りのことなんか考えてない。

まるで特攻隊みたいな話だが、これは少しだけ根拠のある話なのだ。というのは、日妙殿は帰りの旅費が足りなくて大聖人から借りたという話が残っている。ちなみに大聖人だって自由になるお金をそんなに持ち合わせていたわけではなく、それを土地の有力者に融通してもらったらしいのである。

この辺の話は御書にその片鱗が残っているけれども、どこまで正確な話なのかはわからない。

金正恩のしたたかなる演出で一見、融和ムードが世界に漂っているが、これは謀略です。陰で糸を引いているのは中国ですよ。

何を根拠に言っているのだろうか?

 中国・北朝鮮・韓国の最終目標は、韓国に駐留している米軍を撤退させることにある。

これまた何を根拠に言っているのだろうか?

それぞれ独立国なのだから、それぞれの思惑があるはずである。もちろん部分的には一致するだろうが、完全一致はあり得ない。北朝鮮に関して言えば、金正恩体制になってそれなりの年数が経つので、本人も自信をつけてきたわけなのだろう。それで近年は積極外交に打って出ていると見るのが常識的かと思う。

現状ではトランプ大統領のキャラクターこそが批判に晒される対象となっており、それとのコントラストで見ると他国の首脳たちが霞んでしまっているような印象すらある。ともかく国際情勢は流動的であり、浅井先生の言っていることも当てにならないし、もちろん拙ブログの見解もまったく当てにならない。

2018/7/17

アキレギミ  
先般、西日本各地において大水害が発生し、多くの人たちが亡くなった。片やわたくしの住む地方では六月中に梅雨明け宣言が出るほどで、その後は連日の猛暑に苦しめられている有り様である。そんなわけで、普段からボーッとしているわたくしの頭が、暑さにやられて今まで以上にボーッとしている状態である。

その間隙を襲うかのごとく、沖浦氏の猛攻が続いている。

わたくしの思うに、沖浦氏は曼荼羅正意論について態度を明確にすべきだろう。日眼女への御指南をそこまで重視するならば、当然の帰結として仏像肯定の立場を取らざるを得ないはずである。さすがに今の創価学会の公式見解ではそこまで踏み込んではいないと思うのだが、いかがだろうか?

そして今度は仏像開眼の問題にぶち当たることになる。

日蓮正宗では曼荼羅正意の立場から、例の木絵二像の御指南は一般的な仏像開眼の事例を取りつつも元意においては曼荼羅御本尊の開眼を御指南あそばされているのだと解釈しているが、沖浦氏の場合はそのまま仏像の開眼だと理解することになるだろう。さて、その場合、何の仏像を立てるのか、そして誰が開眼をするのか、というような問題が発生してくると思われる。

さて、どうするつもりだろうか?

 『其の上仏教已前は漢土の道士月支の外道儒教四韋陀等を以て縁と為して正見に入る者之れ有り、』
 (如来滅後五五百歳始観心本尊抄)

 外道においても南無妙法蓮華経を悟る人がいたとあるでしょう。


この点は大沢氏が触れているように、すでに数年前に決着済みである。大沢氏は半ばアキレ気味であり、マトモに相手にする気にもならないらしいが、わたくしはキッチリと破折して差し上げようと思う。

外道が南無妙法蓮華経を悟る?

ようするに正見とは南無妙法蓮華経のことであると、このように解釈しているわけなのだろう。沖浦氏らしからぬオオボケである。

しかれども外道の法九十五種、善悪につけて一人も生死をはなれず。

開目抄の御指南である。沖浦氏は本尊抄を引用して前掲のごとく言っているわけだが、開目抄にはまったく相矛盾する御指南が存在する。とは言え、佐渡期における重要法門書の二書が矛盾するわけがないのだ。つまり、沖浦氏の解釈が間違っていると考えるのが妥当である。

この明快な理由は同じく佐渡期の小乗大乗分別抄に説かれている。

 夫小大定めなし。一寸の物を一尺の物に対しては小と云ひ、五尺の男に対しては六尺・七尺の男を大の男と云ふ。外道の法に対しては一切の大小の仏教を皆大乗と云ふ。

つまり、広義・狭義、あるいは総別の二義という、こうした捉え方の違いによって意味が変わってくるわけである。ゆえに正見を究極的には南無妙法蓮華経のことであると捉えるのは間違いではないが、ここでは八正道の一つと捉えるくらいが妥当なところだろう。

一切世間の外道の経書は皆是仏説にして外道の説に非ず

涅槃経である。これも沖浦流の解釈からすれば、だから何を信仰してもいいのだ、ということになりそうである。しかし、だったら大聖人の御化導は何だったのか、ということになるだろう。諸宗を破折する必要など、まったくなかったことになるのだ。

さて、今日も暑いので簡単に終わらせたいところだが、今朝も沖浦氏からコメントが寄せられているので取り上げておこう。

 ご本尊が法華経である。

法華講員たちの発言だそうである。しかし、これはいったいどのようなシチュエーションでの発言なのかが問題だろう。沖浦氏は自分の都合に合わせて引用しているに過ぎない。ゆえに法華講員たちにしてみれば迷惑な話なのである。

大聖人の御書は権実相対が主軸となっている。基本的には当時の念仏や禅などとの比較相対を表にしているわけだ。もちろん深奥には本迹相対があり種脱相対がある。しかし、一般の信徒に対しては平易を心掛けられたという意味もあって、そこまで立ち入った法門の開示はあそばしていない場合がほとんどである。

ゆえに大聖人が、念仏や禅ではなく法華経を信仰しなさい、と御指南あそばされているのをそのまま字句どおり受け取って今も法華経を信仰しているとすれば、それは違うのではないかということなのだ。

おそらく法華講員たちの言っている意味はそういうことなのだろう。

ゆえに御書に出てくる法華経云々は元意においては御本尊のことであり、御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱えることが正しい仏道修行なのであると、おおむねこのような意味を言っているのだと思う。

それを沖浦氏は知ってか知らずか、ともかく自分に都合よく引用して、もっともらしい説を展開する。なるほど、法華講員たちがウンザリするのも頷けるところである。

2018/7/8

ダイモウゴ  
まず、日亨上人の表記についてはわたくしのハヤトチリというか、うっかりミスであることを正直に言っておかなければならない。年々、細かい字が読めなくなってきており、また、パソコンの不具合などにより単語登録が消去されてしまったりもして、専門用語を打ち込むのがかなり難儀な仕事になってきている。いずれは入力ソフトの劇的な進歩によって専門用語も当たり前のように変換される時が来るとは思うものの、現時点ではまだそこまでの変換能力を有していないのが実情であるからして、この先、当分は苦労することになるだろう。

さて、気がつけば顕正新聞が溜まりまくっている。

まずは1440号の城衛の発言から取り上げるが、当該号は五月十五日号であることをお断わりしておこう。ボヤボヤしているうちに、早くも二ヶ月が経とうとしている。

先生の諫暁に相呼応する、厳然たる諸天の働きを実感・・・

いよいよ諸天が感応し・・・

前段は安倍政権が崩壊し始めたという意味であり、後段は安倍政権の完全崩壊を予言しているわけである。しかし、すでに七月に突入していることからして、今から急転直下で倒閣が現実化するとは考えられない。すると秋の総裁選が一つのターニングポイントとなるだろう。そこでどのような結果が出るか知らないが、もはやここまで来ると崩壊というイメージからは程遠い感じがする。前々から再三言っているように、すでに安倍政権は日本の憲政史上において有数の長期政権だったことが確定しているわけなのだ。

しかしいよいよ「大妄語の内閣」に大聖人様の鉄槌下るときが来た・・・

今度は副総合婦人部長である。通常、諸天の鉄槌と表記されることが多いが、彼女はめずらしく大聖人の鉄槌と書いている。

 正本堂崩壊、阿部日顕退座の大衝撃を思い起こしては、原理はただ一つ、大聖人様が浅井先生をして諫暁せしめ、諸天をして打ち砕き給う・・・

原理は一つとは言うものの、安倍政権の崩壊がなぜに正本堂崩壊や日顕上人の御退座と並列するのかがわからない。

いままさに浅井先生によって劈かれる!三度目の勝負は浅井先生によって決せられる!

話の流れからすると、やはり正本堂と日顕上人と安倍首相とが並列しているように読めてしまうのだが、よくわからない話である。

大師子吼

まだ言っているのか、懲りない人である。

少し前の話になる。幹部たちの浅井先生に対する讃嘆はエスカレートする一方であり、この大師子吼が連発された時期があった。それを拙ブログでは批判した。会長本仏論そのものではないかと。すると幹部たちは遠慮するようになって、今は師子吼と表記するのが一般である。師子吼もどうかと思うところだが、それを言ったらキリがない。そこでとりあえず大師子吼はダメだろうということを書いたわけである。それを昌子は未だに言い続けているわけである。

そうそう、思い出した。三度目の意味は別だった。神道と仏教との争いを言っているのである。

すなわち日本に仏教が渡来した時に、物部は神道を支持し仏教に反対した。この時、聖徳太子が出現して仏法守護の戦いをしたわけである。明治期には廃仏毀釈の嵐の中、日霑上人が戦った。そして今は三度目であると。神の国を作らんとする安倍政権に対し、浅井先生は仏法守護のために戦っているのだと。

しかし、これもハタから見てどれほどの客観性があるのかが問題である。少なくとも現時点では安倍政権がそこまであからさまに神道復活を推し進めているようには見えない。顕正会で勝手に言っているだけの話である。

平然とウソをつく体質は幼少のときからと伺っては・・・

女子部総務の一人が書いている。ようするに浅井先生がそのように言っていたわけなのだろう。安倍首相のウソツキ体質についてである。しかし、なぜに幼少の時のことまで知っているのか、そこが甚だ疑問である。結局は浅井先生も誰かの受け売りを言っているに過ぎないのだろう。女子部総務はその点をしっかりと踏まえるべきである。

第二十四男子部長は、御殿場駅を拠点にしているタクシー運転手の発言を紹介している。

「法華講員は、御殿場駅からバスで箱根や富士五湖を観光した後、御殿場駅にまた戻り、タクシーに乗り換えて大石寺に登山に行く」

この話は前にも紹介したかもしれない。わたくしの思うに、箱根はともかくも富士五湖に関してはおかしいだろう。御殿場から富士五湖方面に向うのであれば、そのまま朝霧高原経由で大石寺を目指すのが自然である。また、箱根に関してもあえて言わせてもらえば、同じ道を戻ってくるのは芸がない。つまり、御殿場から箱根に登った場合、今度は三島方面に下って富士・富士宮経由で大石寺を目指すのが合理的ではないかと思う。この点、法華講員のほうが遥かに詳しいだろうから、彼らの意見も聞きたいところである。さすがにタクシー運転手がウソを言うとは思えないものの、話としては上述のごとく甚だ不自然である。

そして以前にも言った記憶があるが、主目的さえ見失わないのであれば、御登山の前後に観光したとしてももさほど問題はないはずであり、そこまで堅苦しく考える必要もあるまいというのがわたくしの意見である。

当該号は他にも取り上げたい記事があるのだが、もう終わりにしよう。

一つ書いておくと、高校入学と同時に入信したという若者が三人登壇している。顕正会は若い人が育っていない。これがわたくしの見立てであるが、全体の比率はさておき、こうして顕正新聞に記事が載ることも事実として書いておく必要があるだろう。一人はまだ十八歳かそこらなのに母親の組織に加わっているためなのだろう、婦人部組長の肩書きになっている。うら若き乙女が婦人部員では可哀想だろう。

臨終に関する記事も多いが、ともかく今日はこれで終わりにしたい。

2018/7/7

ハヤトチリ  
なりた氏はありがたい存在である。リンク先をよく読んだ上で、わたくしと沖浦氏に対して疑問を投げ掛けているわけだ。

すでに明らかなごとく、先方のページは創価学会員のたなか12345氏が立ち上げた個人のブログであり、冒頭には創価学会の公式見解ではないとの断り書きまで掲げているくらいである。ようはいつもの沖浦氏らしい早とちりに、わたくしが同乗した格好になる。とは言え、基本的には創価学会の教学を踏襲するものであり、その御用学者的存在が宮田教授なのだろう。ゆえに彼も宮田教授の言説を多く採用しているわけであって、沖浦氏が間違えるのも頷けるところではあるのだ。

ちなみにわたくしは面倒臭がり屋なので、前回はとりあえず紹介ページの文面のみをあげつらった。ガクシャセンセイはイヤミを込めた表現だったわけだが、ようは相手が誰であれ、自分の意見は変わらないつもりである。

 御書に二箇相承が載っている件ですが、次の改定で外れると思います。

いわゆる御書全集は日享上人が編纂されたものであるから、上人の許可がなければ変えることはできない。ゆえに沖浦氏の言う通りならば、新たな御書全集を発刊することになる。そしてもしそこに二箇相承がなければ、その時こそ脱日蓮正宗の完結ということになるのだろう。

はたしてそれでいいのだろうか?

 曽存の件ですが、開目抄は書写も沢山あって、内容に異なりがありませんし、明治まで残っていました。
 具体的には、日乾が1604年(慶長9年)に書写した真跡対交本が京都の本満寺に現存しております。


主師親の三徳を高らかに謳っている結文の問題を見落としているのではあるまいか?

日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり・・・

日乾の真跡対校本がどのようになっているのか知らないが、他門では「しうし」を「したし」と表記している。これも注目だろう。はたして創価学会版の御書でこの部分をどうするかである。もし「したし」を採用すれば、これもまた脱日蓮正宗の進捗を意味することになるだろう。

 対して二箇相承は写本と言われるものがあちこちにありますが、内容に統一性がなく、真筆(私はこの呼称を用います)対交本はありません。

これはよく指摘されている問題であるが、わたくしごときが云々できることではないので、割愛させていただこう。ただ一言、対校本ではなく臨写本と言われているものがいくつか残されているようである。

 ですので、貴方のご主張はイスラム国と同じく原理主義に過ぎません。

途中を大幅に省略して結論部分だけを引用した。さすがにイスラム国と同じは言い過ぎだろう。そもそも原理主義とは何かが問題であるが、大聖人の教えに忠実であろうとする姿勢を原理主義と呼ぶならばそれは大いに結構なことである。創価学会は教義の改変を繰り返しているが、そんなことをしているうちに大聖人の仏法とはまるで別のヘンテコリンな宗教になってしまうかもしれない。むしろその心配をしたほうがいいのではないかと思う。

 御書には

 『法華宗の心は一念三千性悪性善妙覚の位に猶備われり元品の法性は梵天帝釈等と顕われ元品の無明は第六天の魔王と顕われたり、』
 (治病大小権実違目)

 色々と読み方があると思いますが、私はこの元品無明とは、祈りが叶う事を信じることが出来ない自分自身と捉えます。


いろいろと読み方があると断わっているので問題はないだろう。ようするに原意を十分に理解した上で応用的に解釈することは悪いことではない。

 『譬えば頭をふればかみゆるぐ心はたらけば身うごく、大風吹けば草木しづかならず大地うごけば大海さはがし、教主釈尊をうごかし奉ればゆるがぬ草木やあるべきさわがぬ水やあるべき。』
 (日眼女造立釈迦仏供養事)

 この教主釈尊は、自分自身の命の事。


しかし、この引用はいい度胸しているとしか言い様がない。題名が示すごとく、これは釈迦仏造立を肯定する御書なのだ。その原意を無視して、ここでの釈尊は自分の命のことである、などと解釈したところでムナシイ限りである。

そもそも沖浦氏は曼荼羅道具論者だった。ここから話を発展させれば、あるいは曼荼羅でも仏像でもどちらでもいいという考え方なのかもしれない。なぜならば道具だからである。

いちおう、それはそれで整合性があるのかもしれない。

しかし、もはやそうなると創価学会のこれまでの歴史は何だったのか、ということになるわけで、これはもう単なる脱日蓮正宗ではなく、実は脱創価学会なのではないか、ということにもなりかねないだろう。よく言えば脱皮であり、専門的には発迹顕本を意味するのだろう。しかし、ハタから見れば、変節に変節を繰り返した挙句、わけのわからない宗教になってしまった、ということになると思う。

もちろん創価学会の首脳部だって馬鹿ではないので、ガクシャセンセイのお知恵を拝借しつつ方向性を決めているのだろう。しかし、そもそも宗教はコロコロと教義が改変されること自体がおかしなことであり、必ず過去との不整合を指摘されることになる。それをその都度、釈明しないといけないわけだから、実にご苦労な話である。

思えば顕正会も過去との不整合が目立つようになってきた。一貫不変をウリにしてきた顕正会にとっては、すでにしてそれ自体が致命的であり、事実、会員の流失もなかなか歯止めが掛からないようである。


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