2018/8/29

ダイニノフシギ  
今朝の大沢氏のコメントはご自身の苦い思い出を語るものだった。いろいろなタイプの人間がいるので、当てはまらない人もいるかもしれない。しかし、わたくし自身は共感・共鳴する部分が少なくなかったし、ひじょうに考えさせられる内容だった。さて、沖浦氏はどのように読んだだろうか?

今日も二百万達成記念総幹部会の話題である。まずは会長講演だ。

日蓮大聖人の御遺命とは何か

これを一言で言ってしまうならば、本門戒壇の建立、ということになる。そして浅井先生は御遺命の本門戒壇について、次のようにまとめている。

広宣流布の時に、国家意志の表明を以て、富士山天生原に建立される戒壇・・・

もしかしたら初出かもしれない。いや、もちろん、似たような発言はたくさんある。しかし、上掲で特筆すべきは、「国立戒壇」とは書かず、単に「戒壇」と書いている点である。この点が初出だろうと思われるのだ。

続きの文章を読めば一目瞭然なのだが、ようするに国家意志の表明と国立が同義だと言っているわけである。ゆえに国家意志の表明云々に続いて国立戒壇と書いてしまうと、重複表現になるということなのだろう。つまり、文章として美的ではないし、簡潔を旨とする浅井先生らしからぬ表現なのだ。

それにしても今頃になって改めるのもどうかと思うところで、逆に言うと、今まではそれほどまでに国立戒壇という表現に固執していたことになるだろう。

 このとき以来、私は一切の敬称を用いず、「細井日達」と呼ぶことにした。御遺命の敵に敬称を付けたのでは、大聖人様に申しわけない。

話が飛んで恐縮だが、解散処分以降のことである。しかし、すでに多くの人が承知しているように、このくだりは大ウソである。しかもバレバレのウソなのだ。なぜにこのような改竄をするのだろうか? まるで歴史修正主義者である。

もう少し正直な書き方も可能なはずである。

今までは日達上人とお呼びしていた。しかし、このとき以来、上人とは呼ばないことにした。これ以降は細井管長と呼んでいた。いずれ御遺命守護完結の暁には再び日達上人とお呼びするつもりだった。ところが宗門はいつまでも御遺命に背き続けている。思えばその元凶は細井管長なのである。ゆえに後年、顕正会では細井管長という呼称すら取りやめて、細井日達と呼び捨てするに至ったわけである。

これならばウソにはならないはずである。

ちなみに上述はいちおう顕正会側に立って整合性の高い説明をするならばこうだという見本を示したまでであり、わたくしの意見はまったく異なる。わたくしは今でも日達上人とお呼びするべきだと思うし、まあ、最低ラインとして細井管長がギリギリのところだと思う。今さらどうにもならないようだが、浅井先生が歴史修正主義者ならば思い切ってもう一度百八十度ひっくり返すのもアリである。それが最後の仕事だろう。

 私が「正本堂を撤去せよ」と阿部日顕に諫暁書で迫ったとき、宗門の僧侶たちは「そんなことは絶対にあり得ない」と嘲笑していた。

浅井先生の自慢話である。ただ、これはイヤミではなく、自慢していい話だと思う。なぜならばわたくし自身が無理だと思っていたからである。いわゆる平成二年の諫暁書には正本堂を撤去せよと書かれている。当時のわたくしは今とは違って、いちおう顕正会員として顕正会員的な思考で凝り固まっていたのだ。それでもなお、さすがに正本堂の撤去は無理だろう、と思っていたのである。

 やがて顕正会は必ず三百万、五百万、一千万、六千万となる。

累計ではそうなるかもしれない。問題は実数だろう。

もう入信勤行が間に合わないような時が来る。

すでに何度も書いているが、百万の時にも言っていたことである。百万達成以降は加速度が付いてきて、会館前には入信勤行待ちの長蛇の列ができると。

本気でそう思っているのだろうか? 単なるホラ吹きなのだろうか?

一つ言えることは、だったら先行投資として会館建設をもっと進めるべきだろう。最低でも会館のない県に建てておく必要がある。入信勤行が間に合わないのはインフラ整備の問題である。近い将来、入信勤行ラッシュが必ず起こるのであれば、その確信があるのであれば、前もって建てておくべきだろう。

2018/8/27

キバン  
顕正新聞第1448号を見よう。当該号には次のような名称が付されている。

「二百万達成記念」特集号

そして大見出しには次のごとくある。

広宣流布の基盤 二百万ついに成る

ここで思い出すのが百万までの道のりである。今は記憶だけで書くが、当時の幹部たちは百万までの戦いを建物の基礎工事になぞらえていた。どんな立派なビルも基礎工事がいちばん大事なのである。基礎工事が終わって建物が地上に姿をあらわし始めれば、あとは加速度的に完成に向って突き進んでいく。広宣流布も同じ原理であると。

ところが現実には百万達成以後も加速度はつかなかった。ゆえにわたくし的には上掲の文言を目にしても、同じことをダラダラと繰り返しているだけにしか見えず、シラケた気分なのである。

ところで一面の三枚の写真だが、一般の人が見てもわけがわからないだろう。

まず総務が折伏成果を発表。顕正会の会員総数が二百万を突破したと伝える。これを聞いた場内の四千五百名が一斉に拍手をしたわけである。続きは本文を引用しよう。

 このとき、浅井先生はひとり起立された。壇上の幹部もこれに続いた。場内の全員も起立した。
 その中、先生は合掌され、深々と頭を下げられた。


顕正新聞では浅井先生が大聖人に二百万達成を報告ないし奉告されたと説明している。

これについて別の意見を書いておくと、わたくしには浅井先生が場内の幹部会員たちに向って感謝の意をあらわしている図に見えるのだ。いかにも小乗仏教的な儀礼のように感じられるところだが、しかし、これは決してイヤミではない。むしろそれが自然な行為であり、自然な感情の発露だと思う。

全幹部は熱涙の中、次なる三百万、そして御遺命成就への捨身の決意を、幾重にも堅めた。

この部分、真面目な活動会員たちがどのように読むか知らないが、わたくしは暗澹たる気分にならざるを得ないところである。

三百万が中期目標であり、御遺命成就が文字通りの最終目標となるのだろう。しかし、ご存知のごとく、広宣流布の最終段階がどうのこうのと言いだしてからすでに十年以上が経過しているのである。しかも十年ほど前には三百万がどうのこうのと盛んに言っていたのだ。そうした過去の発言の数々と現実との乖離を思えば、もはや絶望的な気分にならざるを得ないところであり、こんなテイタラクで捨身の決意を固めようと思う人がいるとすれば、それはどうかしているとしか言い様がないだろうと思う。

この点、もし浅井先生が外部の取材を受けたとして質問されたら、いったいどのように答えるのか、ひじょうに興味深いところである。

たぶん無理だとは思うが、手順としてはまず活動会員たちに謝罪すべきだろう。その上で再度目標設定をし直す。それに同意できる人は活動を続ければいい。納得できない人は活動をやめればいい。これが浅井先生に課せられた最後の仕事なのだ。

おわかりだろう。これをやらないと、結局はそこらのインチキ商売と同じになってしまうのだ。しかも言っている内容がデカ過ぎる。それゆえに罪の重さはそこらのチンケな詐欺師とは比較にならないくらいデカいのだ。

 さあ、次の目標は三百万であります。
 いよいよ本日より、この三百万を見つめて・・・


いきなり会長講演の最後のくだりを引用したわけだが、繰り返し指摘しておこう。

ここ数年、二千二十年代が広宣流布の決戦場なのだと言ってきた。決戦場の意味はそこで広宣流布が決定的になると理解すべきだろう。活動会員たちの中にはそこで広宣流布が達成されると思っている人もいる。かなりの人数がそう思っているかもしれない。

だったら三百万は何なのかである。

具体的に問うと、では三百万をいつまでにやるつもりなのか、ということになるだろう。

おそらくはもう答えられないのだと思う。何をどのように言い繕っても綻びは隠せない。この上、さらに新しいことを言えば、ますます綻びがひどくなるだけだろう。

よしんば過去の発言をすべてチャラにしたとしてもである。三百万の達成時期をキツメに設定すれば活動会員たちの負担が増すし、ユルメに設定すれば負担は軽くなるものの御遺命成就が遠のくし、もしかしたら会員たちの士気が低下して組織そのものが凋落していくかもしれない。つまり、どっちに転んでも痛い思いをしなければならないのである。

明日、総幹部会があるらしい。例年、ここで秋の三連戦と呼ばれる折伏法戦の目標が掲げられる。さて、今回はどのような目標設定が打ち出されるのだろうか?

2018/8/26

ナリフリ  
沖浦氏より少し年長の女性が御書を一年で通読するという話があった。これは凄いことである。ところが今朝の沖浦氏のコメントを読むと、キリスト教の布教で訪れた人の話が出てくる。その人は両親が創価学会員で自分自身もそうだったのだが、途中で改宗したとのことだった。これを沖浦氏は肯定的に捉えている。実にケッタイな話だと思う。創価学会が素晴らしいのであれば、他宗の人々が挙って創価学会に改宗するわけで、それがいわゆる広宣流布なのだろう。ところがそうではないらしい。では広宣流布とはいったい何なのかである。これを沖浦氏はくだんの年長の女性に教えてもらったほうがいいのではないかと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

 遥拝勤行は一方通行ではなく、大聖人様が私たちの心に宿って下さり、私たちの唱え奉るお題目は大聖人様に通ずる、大聖人様と弟子との相互の関係の上に成り立つものであったのだ・・・

婦人部高崎支区部長はなかなか難しい言い回しをするものである。ともかくこれは遥拝勤行に限った話ではなく、勤行そのものが上掲のごとくなのだろうと思う。

中国残留孤児二世として来日、入信

婦人部行田支区組長の見出しの一部である。終戦時、ロシア兵による惨殺が行なわれる中、当時九歳だった彼女の母親は奇跡的に生き残り、中国人の家庭で育てられたのだそうである。

顕正会には流行があって、その昔はロシア脅威論を唱えていた。それが途中から中国脅威論になり、最近は諸外国の問題もさることながら国内の安倍政権への批判を専らにしている印象が強い。ちなみにロシア云々は正確にはソ連云々に置換すべきなのだろうが、それはともかくとして上掲の印象だけを拾うと、中国人はイイ人ではないかと思えてくる。いや、もちろん、顕正会の主張は中国共産党を云々するものであって、中国人民を悪く言うものではないのだろう。これはすべてに当てはまる話であり、創価学会員にしても法華講員にしてもしかりである。顕正会的にはジッパヒトカラゲに捉えがちではあるが、やはりどこにでも良い人もいれば悪い人もいるのである。

英語教師として生徒の学力向上に貢献
 校長から最高の評価 功徳の実証叶う

「妙法の教育」実現へさらなる決意


この女子部第五十区総班副長の記事には恐れ入った。母親の折伏で入信とあるので、若い時から信心をしているわけなのだろう。熱心に折伏を実践しているらしく、それで最初に就職したところなのだろうか、退職を余儀なくされたそうである。しかし、すぐに大手自動車メーカーに転職できたという。ここまではいい。その後、中高一貫の私学女子高の採用試験を受けて合格したのだそうである。それが上掲の見出しの一群である。

有り余る才能をお持ちのようで羨ましい限りだ。

しかも教員になって七年間で五十名以上の教員を折伏したという。もちろん入信する人は少ないようだが、学校関係者では二名の教員と警備員一名が入信しているらしい。

 最近では、区内の外国人対象者の折伏の応援に付いて英語で通訳すると素直な入信が相次ぎ・・・

ここが悩ましいところである。彼女は世界広布の使命を感じているらしいが、現状では成果に行き詰った組織が外国人にアタックしているような意味があるので、純粋に世界広布を見つめて戦っているという自覚があればまだしも目の前のノルマに追われてなりふり構わず戦っているとすれば、いずれはそのツケが回ってくることだろうと思う。

2018/8/21

ナツヤスミ  
顕正新聞第1447号の一面は御書要文拝読である。これはプチ御書講義とでも表現すべきもので、ようは短い御文を掲げて解説を加えている、もちろん浅井先生が、である。そして今回の要文は報恩抄の次のくだりである。

 「法華経をよむ人の、此の経をば信ずるやうなれども、諸経にても得道なると思うは、此の経をよまぬ人なり」

図らずも沖浦氏を破折している御文である。

同じく一面の下段には郡山会館の新本館のことが書かれている。どうやら先週の日曜日から運用が始まったらしい。いずれその折の会長講演が掲載されることだろう。

さて、二面以降の各種記事を拾ってみよう。まずは副総男子部長だ。

 そして道念なき池田大作を相手に、二度も誑惑を文書で訂正せしめ・・・

おそらくは創価学会の代名詞として池田氏を挙げているのだろう。その意味では間違ってはいないのだが、不勉強の人はあたかも浅井先生が池田氏と相対して訂正せしめたかのように誤解するかもしれない。

 そこに、二百万達成と安倍政権崩壊が重なるこの重大法戦・・・

同じく副総男子部長であるが、これは一ヶ月以前の発言だと考えられる。では一ヶ月後の今現在、同じことを言えるのかどうか、そこが気になるところである。

 第五男子部におきましては今月一日、誓願三九〇名を達成突破・・・

数字が悩ましい。なぜならば、かつての隊レベルでも同様の成果を上げていたからである。たぶん、こうしたことは現役の活動会員たちがいちばんわかっていることであって、このテイタラクで本当に広宣流布が可能なのかと考えるのが普通の感覚ではないかと思う。

本特集号の発刊直後に起きた、西日本を中心とした豪雨災害に、諸天の強き諫めを実感・・・

この際、本特集号がどの特集号を意味するかはどうでもいいだろう。問題は豪雨が諸天の強き諫めだとするならば、なぜに西日本中心なのかが気になるところである。この合理的な説明をぜひとも聞いてみたいものだと思う。

 私たちは無二の師匠・浅井先生のご信心に引っ張り上げられ、大聖人様がお待ち下さるゴールに向けて驀進している・・・

第三婦人部長の発言も悩ましい。大聖人が待っている云々は譬喩表現だと理解することにしよう。それならばわからなくもないが、すると今度はゴールの意味が問題となる。ゴールは譬喩ではなく具体的な意味が存在するはずなのだ。ところがである。大聖人が待っている云々の譬喩に引っ張られて、ゴールのほうも何となく譬喩っぽくなってしまっているような雰囲気が感じられるわけである。

なぜならば、現実的な意味でゴールは遠い先のことに思えるからである。つまり、そうした冷静な視点を持っている人にとっては、すでにしてゴール云々が現実離れした話にしか思えないわけであり、だからそれは譬喩なのだと結論してしまったほうが収まりがいいわけである。

しかし、そうすると、そこにはいったいどのような実利があるのかが問題となってくる。もし何のメリットもないと思えば、一気にやる気が失せてしまうだろう。難しい話ながらも、これが顕正会の構造的な欠陥と言えるのかもしれない。

ドブ板踏んだ戦い・・・

これは男子部第三十一隊長の記事であるが、古い表現である。ようは譬喩表現なのだろう。こうした表現は好みの問題であって、悪くはないと思う。

「種子法廃止」「水道事業民営化」の本質 誰も知らず
在野の諫暁団体≠フ使命かみ締める


婦人部宮崎支区部長の記事に付された見出しである。彼女はひじょうに活動的であり、あちこちの役所に乗り込んでいって折伏している様子がよくわかる記事である。

宗教と分かった時点で目が泳ぎ・・・

それはそうだろうと思う。役所は行政サービスの一環として市民からの要望に耳を傾ける。当然、聞ける話と聞けない話がある。残念ながら顕正会の話は聞けない話なのだ。

いや、もちろん、彼女の主張も相当であって、見出しにある種子法だとか水道事業の問題は深刻である。ゆえに役所側がそれに対してどのような見解を持っているのか確かめる必要があるし、それが間違っているとすれば正しい方向に向かわせるべく意見を言うのは悪いことではないだろう。

ただし、一職員の立場ではどうすることもできないのが現実であり、かつまた役所側から見ればしょせんは形を変えた宗教団体の勧誘に過ぎない、というふうに思われても仕方がないところではある。

「県で種子を守る活動をしている。美味しくないお米を誰が買おうか!もっと勉強してこい」

これはJA宮崎の育苗センター長が放ったセリフのようである。結局、この人は地元においてはそれなりの名士であるものの、しょせんはそこまでの人物である。こう書くとバカにしているように思われるかもしれないがそうではなく、ようは中央政府が決めたことに対しては従うしかないのが普通の感覚なのである。

ところで少し話が脱線するけれども、上掲を読んでわたくしはタイ米のことを思い出した。もう二十年くらい前になるだろうか、めずらしく冷夏の年があった。日本ではコメが不作だった。そこで政府が緊急措置としてタイ米の輸入を決めたのである。ところが日本国民は贅沢にもタイ米はマズイと文句を言ってあまり食べなかったのである。
しかし、これはじゃっかんの誤解があることで、ようは食べ慣れていないから違和感があることが第一の問題であり、第二の問題はそもそもコメの品種が違うのだから同じような炊き方ないし調理法では美味しく食べられないという、当たり前のことが忘却されていたために起こった齟齬なのである。
わたくしの拙い見聞を書けば、タイ料理はどうか知らないが、近年はインド・ネパール系の飲食店がけっこう存在する。そこで出されるコメがタイ米かタイ米に近い品種のようなのである。実際にはナンを食べる人のほうが多いのだが、当然、ライスを頼む人もいる。わたくし自身、ナンを食べる機会が多いものの、ライスも悪くないと思っている。

思えばタイ米をマズイと言っていた頃の日本人は、一億総中流社会と呼ばれる時代を生きていたのである。そこそこ豊かであり、食べ物の味を云々する余裕があった。

しかし、今はどうだろう。かなり貧困層が増えてきて、わたくし自身も決して他人事ではなくなってきた。つまり、ウマいマズいではなく高い安いが選択基準にならざるを得ないという現実に、今は直面しつつあるのだ。

センター長ともなれば、それ相応の収入を得ていると考えられるので、まだそこまでの深刻さを感じていないのかもしれない。それが上掲のセリフにあらわれているのかもしれないと思う。

話が大幅に脱線してしまったようだが、結論は簡単である。

近年の顕正会はわりと政治案件に口出しすることが多い。それに対して宗教団体としてどうかと疑問を呈する人もいる。しかし、わたくしの印象は案外に悪くないのだ。けっこう鋭いところを突いていると思うし、活動会員たちの教養にもなることなので、今後も続けていくべきだろう。

2018/8/18

チュウショウビラ  
引き続き顕正新聞の話題である。

 最近、顕正会を誹謗する悪質なビラを、八戸会館付近に撒きに来た法華講員がいたので・・・

男子部総務の活動報告である。本文の続きには宗門末寺・玄中寺の住職と講頭を糾弾してきたと書かれている。勇ましいものだ。

先生の大師子吼・・・

同じく男子部総務の発言である。なるほど、大師子吼と書いて憚らない、そういうツワモノだからこそ、宗門に対しても強く出られるのだろう。
わたくしの思うに、そのビラの内容が気になるところである。いったい何がどのように悪質なのか、実物を見ないことにはわからない。
また逆に、ビラを撒く側もわけがわからずにやっているとしたら情けない限りである。対顕正会の勉強をしっかりと済ませてから行なうべきだろう。

「顕正会は創価学会と数を争う低レベルな宗教。鎌田先生をおだてて利用し、脱『生長の家』の人々の草刈り場・広告塔にしている」

男子部第七十一隊支隊長の活動報告が興味深い。老婦人が顕正会に入信した。彼女は若い頃、生長の家で幹部をやっていた。今は日本会議系のNPO法人の理事長をしているそうで、多くの人から慕われている。その彼女が顕正会に入ってしまったものだから、影響は甚大である。ゆえに理事たちが上掲のような中傷ビラを作って顕正会への流入をを阻もうとしたという。

これも実物のビラを見てみたいものである。

しかし、創価学会と数を争うのはかなり高レベルな話である。また逆に、読みようによっては創価学会を低レベルな宗教だと言っていることにもなりかねない。彼らは安倍政権を支持する立場なのだろう。それが創価学会を批判しちゃって大丈夫なのかと心配になるところだ。

話を戻して、くだんの老婦人は理事たちによって強制的に施設に入所させられた云々との記述がある。もちろん顕正会との接触を断つためである。高齢とは書かれているものの、正確な年齢がわからないので何とも言えないところだが、どうやら理事長職はお飾りであり理事の中の誰かが実権を握っているらしい。

ここは少し偏見とは思いつつも男子部だからダメだったのかもしれない。これが女子部や婦人部であれば話は違ってきたかもしれないのだ。ようは顕正会がどのような団体であれ、男子部の人たちが老婦人と接触すること自体がアヤシゲに思えてしまうところなのである。これがわりと近い年齢の婦人部員だったとしたら、それほど不自然には見えないはずなのだ。

姑・杉山総班長 22年貫いた鋼の絶対信
 不慮の命終のなか美事な成仏の相!


発表者は班長である。ようするに発表者の姑さんが不慮の事故で亡くなったという話である。具体的には交通事故のようだが、それにしても不可解である。

 そして検証を終えた警察から、姑は車中ではなく、なぜか牧草畑の中で寝ている姿で発見され、外傷も出血も少なかったと聞きました。

おそらくは誰が読んでも意味不明だろう。

ゆえにここからはわたくしの勝手な想像に過ぎないことをお断わりしつつ書くわけだが、本人は自分で車を運転していたわけなのだろう、そして自爆してしまったのだ、どこかに激突したとか、崖から墜落したわけである。しかし、大破した車の中には誰もいなかった。付近を捜索すると牧草畑で発見された。つまり、事故後、助けを求めるために車を抜け出して彷徨ったのだろう。そこで力尽きて亡くなったのだと考えられる。

死者を冒涜するつもりは毛頭ない。しかし、わりと客観的な事実として言えるのは、これが創価学会員だとか法華講員であれば罰になるわけである。ずいぶんと都合のいい解釈をするものだと思う。

 先生は、上野殿の弟・五郎殿が若くして不慮の水死をされた時・・・

少し前にも触れた話題である。この文章を信用するならば、浅井先生は五郎殿の死因を水死だったと認識していることになるだろう。それは何を根拠に言っているのだろうか?

2018/8/17

ヒヘイ  
昨日は久しぶりの更新だった。そこで欲張ってたくさん書いたところ、大沢氏から指摘を受けた。ようするに、昭和三十七年に池袋の常在寺で入信したという人物の発言についてわたくしは疑惑ありと書いたわけだが、それは疑惑どころの話ではなく大ウソだったのである。何しろ日達上人の御登座は昭和三十四年なのである。わたくし自身、この事実をすっかり失念してしまっており、記事を信用しつつ疑わしい部分をあげつらっていたという、実に滑稽なことをしていたわけである。

毎度毎度、書いていることだが、ここにも顕正新聞編集部の疲弊があらわれている。

まず、編集部のメンバーが世代交代してしまって、昔のことを知悉している人物がいない。それは仕方がないにしても、史資料をしっかりと読みこんでいけばわかるような事実すら検証せずに載せてしまっている。ようは編集部員たちのモチベーションが下がりっぱなしであり、もはや中身を吟味せずに機械的に作業しているわけなのだろう。この際、御遺命守護の歴史を人工知能に読み込ませて、人工知能による新聞編集を行なったらどうかと提案しておきたい。

さて、顕正新聞第1446号の話題である。

西日本豪雨 平成史上最悪の大水害!!
立正安国論に仰せの「大水の難」そのまま


一面の上半分は班長会の報道だが、下段にはご覧の見出しのもと、水害の凄まじさを伝える写真が五枚掲載されている。それにしても驚くのがキャプションである。

岡山県倉敷市真備町

航空写真なのだろう、町全体が水没している凄まじい様子が写し出されているが、まさか顕正会がヘリを飛ばしてまで撮影したとは思えない。そこで目を凝らしてよく見ると、上掲の地名に続いて小さく右端のほうに何かが書かれているのである。わたくしの視力では読み取れない。つまり、拡大鏡が必要なくらい小さなフォントなのである。

写真提供/毎日新聞社

オイオイ、と思う。提供者に敬意を表する意味からしても、これはどうかと思うところである。

ちなみに五つの写真のうち四つが毎日新聞社の提供らしく、一つだけが違うようである。どこの提供とも書かれていないので、あるいは顕正会員が撮ったものかもしれない。それは航空写真ではなく、どこかのビルの上階から撮影したものと思われる。

「記録的大雨」の警告中に宴会
自民党の驕り、安倍首相も参加


同じく下段にはくだんの豪雨の記事に並んで、ご覧の見出しのもと、けっこう鋭いツッコミの記事が載せられている。ここでは詳細を省くが、豪雨の記事と併せて多くの人に読ませたい秀逸な紙面だと思う。先ほども言ったように、唯一の瑕瑾が写真提供のフォントサイズだろう。恥ずかしいと思わなければいけない。

二祖日興上人以来の唯一の使命を守り奉り、受け継がれるお姿・・・

総合婦人部長の発言である。いつも言っているように、これは猊下を蔑ろにする発言である。言葉を換えれば、日蓮正宗を不要だと言っているようなものなのだ。困ったものである。

婦人部桐生支区部長も似たようなことを言っている。

浅井先生だけが、歴代上人の遥拝勤行をさせて頂くことを大聖人様から許されたのだ。

先生だけ・・・

今の顕正会では先生だけが特別の存在という考え方が当たり前のように語られている。これはある意味では必然の結果なのかもしれない。現状、顕正会では会長人事を不動とし、いわば先生は終身会長の立場だからである。また、顕正会の歴史そのものが浅井先生に始まって浅井先生に終わるがごとく語られているわけだから、もはや名実ともに不動の地位にあるわけなのだろう。今さらどうにもならないということだ。

 先日、高崎駅前で配布をしていると、数名の法華講員が邪魔をしてきました。

詳しいやり取りは書かれていない。ただ、今後も顕正会が街頭配布を続けて行くならば、法華講員との遭遇もやむを得ないだろう。

 そして安倍政権の断末魔の様相を伺い、いよいよ国民が苦しむときも眼前に迫っていることを実感いたします。

ここは文脈的にどうかと思うところである。現状、安倍三選が有力視されている。もし事実ならば、よほどのことがない限り現政権があと三年続くことになる。すると、ますます国民が苦しむことになる。わたくしはこのような順序だと思っているわけだが、彼女が言っているのはまったく別のことなのだろう。

ようするに仏法を無視すれば必ず身を亡ぼすことになる。まずは安倍首相の断末魔がそれである。次は国民一人ひとりがそれを味わうことになる。そこでようやく仏法を持たなければいけないことに気がつく。国民全員が気がつく。その時が広宣流布である。こんな感じなのだろう。

しかし、すぐ上で指摘したように、現実は違うようである。安倍政権が続く可能性が高いのだ。もし仮に首相が交代したとしても、当面は自公政権の枠組みに変わりはない。

彼女としては国民が罰の現証で一気に目覚めることを夢想しているわけだけれども、実際はそんな単純な話ではないはずである。

2018/8/16

セソウエンマチョウ  
各方面からさまざまのコメントを頂戴している。いずれも貴重なコメントであるが、内容が多岐にわたるため、割愛させていただくことにしたい。

図書館に通い
 「基礎教学書」拝読


顕正新聞第1445号に載る男性婦人部員の体験発表である。ご覧の小見出しに続いて本文には、町田市の図書館には当該書籍がなく国立国会図書館から取り寄せてもらった旨が書かれている。しかし、その直前には町田駅前での街頭配布を縁に入信したことが書かれているのだ。

おかしな話である。

まず彼は七十八歳の年金生活者であり、どうやら奥さんに財布のヒモを握られているらしく、自由に使えるのは一週間に貰う千五百円のお小遣いだけのようである。個人差はあるだろうが、よほどのお金持ちでもない限りは、こんな感じの老後なのかもしれない。

その意味で基礎教学書を購入するのは、無理ではないにしてもかなりシンドイことだろう。実際、公共の図書館に通うのを日課にしている、そんなご老人が多いのも事実である。ゆえに図書館で基礎教学書の閲覧を希望することも、それほど不自然な話ではない。

しかし、すでに入信しているわけなのだ。ならば先輩幹部がどうにかしてくれそうなものである。購入が無理なら貸してあげてもいい。気前のいい先輩ならば、入信の時にプレゼントするようなことも、なくはないはずである。

ここから一つの推測が成り立つ。

街頭配布を縁に入信する人の大半が、入信勤行が終わればそれっきりというパターンである。結局、見ず知らずの間柄であるから、まず住所がわからないし、携帯にしても着信拒否してしまえばそれでオシマイなのである。
顕正会の活動会員側にしてみれば、とりあえず自宅拠点に連れて行って入信勤行させしてしまえば成果になる。ようはその数字がほしいのである。
もちろん、その上で携帯などに連絡して素直に集会に出てくる人がいれば、そこからは丁寧に育てていくのだろう。しかし、先ほども書いたように着信拒否をするような相手ならば、もうあまり深追いしても期待薄であり時間のムダであるからして、そこで次の戦いに移るわけなのだろう。

つまり、活動会員にとっても基礎教学書はバカ高い本であり、そうそう気前よくは渡すことができないのだ。また、街頭配布による入信がいかにも不確かなものであり、数字上の成果は上げられるけれども、そこから本格的な人材を育てることがどれほど困難かという実情も垣間見えてくるわけだ。これが広布最終段階の戦いの現状である。

太平洋戦争の影の仕掛け人である岸信介の孫・安倍晋三が・・・

幼少とは言え戦争体験者の彼が書いている以上、それなりの根拠があってのことなのだろう。はたして影の仕掛け人云々が正しい認識なのかどうか、不勉強のわたくしにはわからないのだが、いちおう目を惹いたので紹介させていただいた次第である。

地獄の生活が入信して感激の日々に

女性男子部員の記事に付けられた見出しである。以前なら地獄界の生活と書いたかもしれない。しかし、地獄界は顕正会用語であり一般には馴染まないというのがわたくしの意見であり、ご覧の表記のほうが遥かにいい。

二十階建てのマンションの屋上の手すりに、手をかけたことも幾度もありました。

地獄の生活を綴る一節だが、いったいどこのマンションなのかとツッコミを入れたくなるところである。たいていのマンションにはバルコニーがあるので、わざわざ屋上に行かなくてもそこから飛び降りればいいだけの話である。すると彼女は一階だとか二階という低層階に住んでいたことになるのかもしれないが、通常、屋上は関係者以外立入禁止になっているはずなのだ。マレに屋上を開放しているマンションもあるが、その場合は手すりなどというナマヤサシイものではなく、高いフェンスを張り巡らしているのが普通である。さらにはフェンスの上端に横方向にも網を張り巡らせて、いわば鳥かご状態にしているところもあるくらいなのだ。

それ以前に今のマンションはセキュリティがしっかりしていて、外部の人が入ることはできない。住民がバルコニーから飛び降りてしまうのはいかんともし難いところだが、外部の人間が勝手に入ってきて飛び降りちゃうのはそれこそハタメイワクな話であるからして、そのようなことを防止する意味でも厳重なセキュリティが施されているのである。

話を少し脱線させると、近年、駅のホームドアが急速に普及しているのは、当然ながら列車への飛び込み事故を防止する意味があるのだろう。

 すると、これまで三十社もの求人に応募しても、すべて不採用だった私が・・・

功徳の体験である。自殺願望の強かった彼女がここまで立ち直ったのは顕正会への入信がキッカケだった。これは事実なのだろう。

しかし、わたくしはそれよりも彼女がもともと持っていたと考えられる不屈の精神に敬意を表したいと思う。

三十社落ちたら堪らんだろう。

わたくしの感覚だと、五社落ちたらオシマイである。自殺はしないが、もはや就職活動もしないだろう。だったらどうするのかであるが、恥ずかしながらわたくしにはその用意がない。そのような経験がないので、まったく考えていないわけである。ゆえにそのような事態に陥った時には、それこそ地獄が待っているのかもしれないと思う。

さて、今度は男性女子部員の話だが、彼は昭和三十七年に池袋の宗門末寺・常在寺で当時住職だった後の日達上人から授戒を受けたという。

しかし、疑問である。

顕正会の場合、入信勤行の導師は何人もの幹部が輪番的に行なっている。宗門の末寺でも住職や副住職など、あるいはその他の名称が用いられる場合もあるだろうが、ようは複数の僧侶が御授戒の儀を行なっているはずなのである。それとも住職だけの専権事項なのだろうか?

当時住職だった細井日達から授戒を受けて入信しましたが・・・

これが本文である。当然、当時は細井日達と名乗っていたわけではないだろう。この辺からして話がアヤシイわけであって、彼が常在寺で御授戒を受けたのは事実にしても、導師が誰であったかまではわからないのではないか、後から話を作っているのではないか、という疑惑があることを指摘しておきたい。

・・・勤行が身についていないのに地区リーダーや牙城会メンバーに抜擢されました。

結局、このくだりにしても不正確である。牙城会の発足はギリギリ話のツジツマを合わせることができるかもしれないが、地区リーダーは時系列がデタラメである。拙ブログは創価学会員の閲覧もわりと多いので、それなりの証言が得られるはずだ。つまり、昔は地区リーダーとは言わなかったのだ。このことからしても、話を作っている疑惑は否めないだろう。

思えば顕正会の歴史そのものが作られた歴史のような意味がある。早い話、都合のいい話ばかりをつなぎ合わせて、都合の悪い話をカットしてしまっている。そうやって作られたのが御遺命守護の歴史なのだ。わたくしは大枠では御遺命守護の歴史を肯定的に見ているわけであるが、委細に見ればさまざまの欺瞞がある。今は法華講の論客たちにその辺を突かれて、顕正会側の不勉強の人たちはタジタジにならざるを得ない状況になっている。それもこれも歴史を美化し過ぎたことが原因なのだ。

世相閻魔帳
突如 記者会見をした
加計孝太郎ってどんな人?


法務部次長の菅原克仁氏が書いている。内容は省略するが、タイトルの世相閻魔帳が凄まじい。それにしても第六天の魔王はベラボウに強いらしく、正義の叫びがなかなか通用しない。そんな世の中である。

2018/8/10

シジュウクイン  
沖浦氏が本を出版するらしい。どんな本が出来するか、楽しみにしたい。

セロリ氏より懇切なコメントを頂戴した。

まず、顕正会シンドロームについて申し上げれば、おそらくハタから見て、巌虎はいつまで経っても顕正会から抜け出せずにいる、というような観察がなされているのだと思う。組織は離脱しても、思考であるとか行動がいかにも顕正会チックである、ということなのだろう。ところがどっこい、今は顕正会員からも嫌われる立場であり、どこにも行く当てがない、いわば流浪の身なのである。

セロリ氏がどのような意図でシンドロームという言葉を使ったのかは不明だが、わたくしがとっさに感じたのは上述のようなことどもである。

さて、本題である。

四十九院申状について、顕正会では御書と見なしているようなのだが、どうやら現宗門は違う見解のようである。ただし、これについて議論が行なわれた様子はなく、わたくし自身もよくわからないので意見を募ったところ、セロリ氏がコメントを寄せて下さったわけである。

まず、問題を整理しよう。

御書全集には収録されているが、平成新編には収録されていない。当然、平成新編のほうが後から出版されているので、最新の研究が織り込まれていると考えていいのだろう。

ところがである。

収録(宗内既刊御書との対比)

平成新編では巻頭に日顕上人の格調高き御言葉を掲載し、その次に例言を長々と載せている。別の言葉に直すと、凡例などと呼ばれるものであるが、上掲はその中の一段である。

つまり、この中で全集には収録されていないが平成新編において新たに収録した御書や、逆に全集には収録されているけれどもさまざまの理由から平成新編には収録しなかった御書など、けっこう事細かに説明しているわけである。

そうした中で、唯一の脱漏というべきか、四十九院申状のことについてはまったくの言及がない。ゆえにわたくしは過去にもこの問題を取り上げ、宗門側の見解を問い質しているのだが、今のところ明快な答えをいただいていないので、今回も同様の問いを発したわけなのである。

そして失礼ながら、セロリ氏の回答もわたくしの納得を得られるものではなく、この件に関してはまったく前進していないというのが正直なところだろうと思う。

代作御書

大聖人の御晩年には日朗が代筆したり、日興上人が代筆せられた御書が存在する。そしてその逆のパターンもある。有名なのは滝泉寺申状であり、他にも頼基陳状や下山御消息などがある。これらを代作御書と呼ぶとしよう。

だったら四十九院申状も代作御書の一つだと考えて差し支えないのではないか?

むしろ違うのであれば、それを積極的に証明しなければいけない。先ほども紹介したように、平成新編ではその説明をまったくしていないのである。そこが問題である。

日蓮聖人は御経にとかれてましますが如くば、久成如来の御使ひ、上行菩薩の垂迹、法華本門の行者、五五百歳の大導師にて御坐候・・・

頼基陳状の一節である。日蓮本仏論を唱える正宗系の人たちからするとそれほど衝撃的な内容ではないのかもしれないが、実は物凄く大胆な御指南なのである。大聖人は御謙遜あそばす場合が多く、一般的な御書ではここまで大胆なことはおっしゃられない。

教主釈尊より大事なる行者・・・

下山御消息である。御謙遜が常の大聖人にしては大胆きわまる御発言と申し上げる以外にないだろう。

法主聖人・・・

滝泉寺申状の一節にはご覧のような表現がある。一見、何のことだかわからないようだが、御相伝書における「仏は熟脱の教主、某は下種の法主なり」と併せて拝するならば、事の重大さがわかるだろう。

第三の秘法・・・

四十九院申状の中でもっとも注目すべき御文かもしれない。既出の三つの御書が人に約して説かれているのに対し、当該御書は法に約して説かれている。その違いはあるものの、いずれも耳目驚動の御指南であることに変わりはないだろう。

以上がわたくしの現時点での結論である。

結果として顕正会寄りの意見になってしまったが、それはあくまで結果に過ぎない。わたくしはわたくし独自の判断で考えを述べているのであって、顕正会の擁護などサラサラするつもりはない。それは言わずもがなことである。

2018/8/7

ヒョウヌ  
顕正新聞第1445号を見ていこう。まずは六月度総幹部会の会長講演であるが、全体としては過去の焼き直しのような内容であり、特に注目すべきところはない。わたくしの個人的関心に基づけば、次のくだりが気になるところではある。

 大聖人様は弘安元年の四十九院申状に・・・

これも再三にわたって取り上げてきた話題である。確かに御書全集には弘安元年の御書として掲載されている。ところが平成新編にはどこにも存在しないのである。しかもその理由がわからない。

もし法華講員でご存知の人がいれば、ぜひとも教えていただきたいと思う。また、無理だとは思うが、顕正会側の論客で何かご存知の人がいれば、これまたぜひとも教えていただきたいものである。

「裏日本に会館を」鳥取支区猛然と立つ
やればできる!≠ミと月で飛躍的結集


第十婦人部長の記事である。見出しのカギカッコが気になるところで、いったい誰が言っているのかと本文を読むと、どうやら浅井先生の発言らしい。

しかし、おかしな話である。

そもそも裏日本という表現そのものが少し問題であり、今現在はあまり使われていないのではないかと思う。もちろん逆の意見もあって、表現の適不適を云々するのは言葉狩りであり、自由な表現を阻害することにもなりかねないので、あまり細かいことにこだわるべきではない、というような考え方も存在する。ゆえにわたくし自身も過剰には反応しないように心掛けてはいるのだが、ともかくおかしな話であるのは事実だろう。

ようするに日本海側を裏日本だとするならば、顕正会においてはすでにたくさんの会館が裏日本にも建っていることになるのだ。まさか鳥取県だけを裏日本と呼ぶわけではあるまい。もしそうだとしたら、それこそ差別用語の最たるものである。

ちなみに、ぜんぜん関係ない話をすると、足裏という言葉がある。では手の裏はあるのか? これを辞書で調べるとちゃんと出てくる。手の裏は掌ないし手の平と同義なのだそうである。しかし、わたくしの拙い人生経験からすると、足裏に比べたら遥かに使用頻度が低いのではないかと思う。少なくともわたくし自身は使ったことがない。手の裏と言われてもピンと来ないのが正直なところである。しかし、手指の機能的な意味からすれば、手の外側すなわち手の甲よりも手の裏のほうが重要度が高い。足裏にしても地味な存在ながらも人間が直立歩行する上で重要な役割を担っていることは誰も否定しないだろう。以上、完全なる脱線話である。

学会内部では
 「三大秘法が説かれている御書は謗法である」
 と言うに至ったと。


同じく第十婦人部長の記事であるが、古参の創価学会員の発言だそうである。しかし、さすがにこれは何かの間違いだろう。

毎月三〇人もの脱会者がいる・・・

これは前掲とは別の人物で、池田大作氏の警護をしていた元創価学会員だそうである。しかし、ここで問題となるのは組織の単位である。もし創価学会全体で三十人ならば大した数ではない。顕正会ほど過激な折伏をやってはいないものの、おそらく全体では毎月数千人単位の入信者がいるのではないかと思う。いや、数万単位だろうか?

 私は現在、地方公務員として一県庁に勤務しておりますが・・・

男子部第十六隊支隊長の記事である。具体的には山梨県庁だろうか?

この辺の基準がわからない。先日も某自動車メーカーの研究所に勤務する人の話があった。スズキないしホンダと書いてしまってもよさそうなものだが、その辺はあえて伏せているわけなのだろう。しかし、わたくしの記憶が確かならば具体的な企業名を書いている記事も存在したと思う。つまり、その線引きがよくわからないのである。単に記事を書いている人の個人的判断なのだろうか?

クレマチスの実

例の本部庭園の四季シリーズである。植物にはまったくの無知であるが、このように植物名を記載することには好感が持てる。

さて、男子部第八十隊班長の記事を紹介しよう。

 昭和四一年、私は未熟児の状態でトイレに産み落とされ、一八歳になるまで養護施設で育ちました。

壮絶なる出生秘話だ。

食糧は山にいる昆虫や蛙・蛇等を食べ、水分は葉に溜まる朝露を飲んで補うといった、極限の中で戦闘訓練を行います。

いきなり話が飛んで恐縮だが、今度は自衛隊での特別訓練の様子である。これまた凄まじい限りである。

 この死と隣り合わせの過酷さに、入隊した三〇人のうち三割ほどが、瀕死の重体で脱落してしまいました。

瀕死の重体には恐れ入った。彼はそれをクリアしたものの、落下傘訓練で足首を粉砕骨折してしまい、そこで自衛隊を辞めたそうである。

一つ疑問に思ったのは、朝露で渇きを凌ぐという話である。山に行けば湧き水などもあるだろう。あるいは川の水だって上流ならば飲めるはずだし、それこそサバイバル訓練なのだから濾過の方法なども学ぶはずである。ゆえに朝露云々はさすがにどうかと思うのだが、いかがだろうか?

「これで日本は救われる」

それはさておき、彼は広告文をキッカケに入信するわけだが、わたくし的にはかなりの短絡を感じるところである。上述のようなサバイバルを経験してきた人物が広告文を読んで「これで日本は救われる」などと思うのかどうか、そこが甚だ疑問なのである。

自衛隊は宗教を禁じているはずが、幹部は必ず時の総理大臣と靖国神社に参拝し、参拝する際には自衛隊と気づかれないように変装する・・・

以前、靖国神社の公式参拝問題があった。総理大臣などが公人として参拝するのはケシカランという話である。ゆえにマスコミなどの取材で、今回の参拝は公人としてですか私人としてですかなどと聞かれて、大臣たちがシドロモドロになっている映像をどこかで見たことがある。公人私人云々は自衛隊の場合も同様だろう。

つまり、自衛隊員が信仰を持ってはいけないという話ではないはずで、個人としては何を信仰しようが自由なのである。ただ公務員の立場としてそれを行なうことが問題なのである。ゆえに自衛隊と気づかれないように変装するのは、それほどおかしな話ではないのだ。

 私自身、孤独な人生を送り、自衛官として「兵奴の果報」を受けるはずが、正しき仏法に出値い・・・

いつもながらのイヤミで恐縮だが、顕正会の活動こそが兵奴の果報そのものなのではないかと思わざるを得ないところである。

しかし、何だか疲れるなあ。ブログの執筆も楽ではない。まるで兵奴の果報のようだ。

2018/8/6

ケイジタル  
顕正新聞第1444号の続きを見ていこう。

日本国の慶事たる二百万達成を急がれる無二の師匠・浅井先生に・・・

婦人部青森支区班長の記事である。すでに二百万は達成されたはずであるが、わたくしのところには未だに慶事の情報が入ってこない。すでに顕正会を離脱して久しいものの、いちおうは名簿上の所属がある。ゆえに担当幹部から連絡が寄せられてもよさそうなものだが、そうした気配はまったくない。勝手な推測を言えば、彼らも薄々は感じているのである。二百万の欺瞞をだ。

ところで女子部第二十四区総班長の記事には不思議な記述がある。

大会場に並べられた椅子の一つひとつが動かないように紐で結ばれていた・・・

新潟大会の話である。わたくしが咄嗟に感じたのは顕正会の烏合化である。以前の大会などでも数にこだわって、無理やり人をかき集めたような時があった。証言によれば、場内は統制の取れない烏合の衆と化していた、という感じだったようである。

ゆえに上掲の話は、椅子の並びが乱れるのを避けるために施したものとすぐに理解できるが、ではなぜに椅子の並びが乱れるのかを考えれば想像に難くないだろう。真面目な顕正会員は大人しく座っているだろうけれども、それ以外の人たちは長時間にわたって窮屈な思いをするのがイヤなのである。それで勝手に椅子を動かしてしまうのだ。

ただし、ある程度の大人数になれば、無理に統制を取ろうとすること自体が間違いなのかもしれないと思う。それこそ北朝鮮みたいな国家を彷彿とさせるものがあるだろう。まさか顕正会が目指しているのはそれではあるまい。

それより実に四九年、

男子部第十三隊総支隊長補の記事である。いったい何が四十九年なのかであるが、浅井先生が戒壇の大御本尊への御目通りが叶わなくなってからの年数のようである。この数字が正しいかどうかはわからない。

先生の六二年の激闘こそ・・・

今度は婦人部の東松山支区部長の発言であるが、この年数は不可解である。他の幹部たちは六十一年と言っている。ゆえに単なる勘違いかもしれない。

火葬までの一週間・・・

女子部第三区組長が発表しているのは父親の臨終についてである。細かい話は抜きにして上掲が気になった。この一週間の理由は何だろうか? 普通はもっと早いはずである。

ずいぶん昔の話であるが、わたくしの所属していた組織での葬儀の話である。当時はまだ顕正寺が存在し、御住職に葬儀を執り行なってもらった。確か御住職のスケジュールが合わず、一週間近く待たされたのだったと思う。顕正会員が激増しており、御住職一人ではこなし切れなくなりつつあった、というような説明を聞いた記憶がある。

しかし、今は儀礼室委員が行なっているわけである。ならば必要に応じて人数を増強していけばいいはずなのだ。

池田大作を恐喝した元ヤクザの親分
 入信して穏やかな日々 良き臨終


婦人部君津支区支区長補の記事に付けられた見出しである。興味深い記述がたくさんあるけれども、その中から一つだけ紹介しよう。

 副長が「何が見えたの?」と聞くと、「舟」と答え、さらに「それは大きい舟なの?」と聞くと、「うん」と頷きました。

悩ましい記述である。亡くなる人の全員が同じ景色を見るわけではあるまい。それとも成仏する人は全員が舟を見るのだろうか?

次に創価学会から移籍してきた男性婦人部員の記事を紹介しよう。

「王仏冥合のため自身が選挙に出なければいけない」

池田大作氏の発言だそうである。しかし、池田氏が選挙に出たという話は聞いたことがない。何かヘンである。

 また矢野絢也書記長も来て講演し、「国会で共産党から責められた池田会長をかばってもらうよう、竹入公明党委員長が田中角栄元総理に仲裁をお願いをしている」と明らかにおかしい話を聞いても、池田を信じ切っていた私は何も疑いませんでした。

明らかにおかしい話・・・

というよりも、この人の記憶がおかしいのだろう。

田中元総理はまったく時系列が合わない。おそらくは田中幹事長時代の話だろう。そして続きの文章には次のような記述もあって、ますます記憶の不確かさを露呈する格好となっているのだ。

 そのようななか、藤原弘達の「創価学会を斬る」という本の発売日に・・・

いわゆる言論出版妨害事件である。この時、自民党の田中角栄幹事長が創価学会・公明党の依頼を受けて、くだんの書物を世に出させまいと工作したわけである。

有名な話なので調べればいくらでも出てくるだろう。

つまり、前掲の話と上掲の話はセットであり、当時はまだ幹事長だったはずの田中角栄を元総理などと書いていること自体がおかしな話であって、このような記憶違いをそのまま掲載してしまうのは編集部の不勉強ゆえである。今や顕正新聞の編集部も世代交代が進み、過去のさまざまのことをリアルタイムでは経験していないわけなのだろう。しかし、過去の史資料を丹念に読み込んでいけば、そうした不備は補えるはずなのである。

とは言え、おそらくは彼らのモチベーションも最悪なのだろう。やる気を出せと言うほうが無理なのかもしれない。

経済苦の中に喜んで機関紙購読を決意すると、残った四百円で購入したスクラッチが一万二百円も当るなど、すぐさま頂く功徳に「凄い!」と興奮し・・・

これは男性女子部員の記事である。これを功徳と呼んでよいものかどうか、編集部はしっかりと吟味すべきだろう。そして必要に応じて削除するなり、掲載そのものを見送るなりするべきだろう。


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