2018/8/6

ケイジタル  
顕正新聞第1444号の続きを見ていこう。

日本国の慶事たる二百万達成を急がれる無二の師匠・浅井先生に・・・

婦人部青森支区班長の記事である。すでに二百万は達成されたはずであるが、わたくしのところには未だに慶事の情報が入ってこない。すでに顕正会を離脱して久しいものの、いちおうは名簿上の所属がある。ゆえに担当幹部から連絡が寄せられてもよさそうなものだが、そうした気配はまったくない。勝手な推測を言えば、彼らも薄々は感じているのである。二百万の欺瞞をだ。

ところで女子部第二十四区総班長の記事には不思議な記述がある。

大会場に並べられた椅子の一つひとつが動かないように紐で結ばれていた・・・

新潟大会の話である。わたくしが咄嗟に感じたのは顕正会の烏合化である。以前の大会などでも数にこだわって、無理やり人をかき集めたような時があった。証言によれば、場内は統制の取れない烏合の衆と化していた、という感じだったようである。

ゆえに上掲の話は、椅子の並びが乱れるのを避けるために施したものとすぐに理解できるが、ではなぜに椅子の並びが乱れるのかを考えれば想像に難くないだろう。真面目な顕正会員は大人しく座っているだろうけれども、それ以外の人たちは長時間にわたって窮屈な思いをするのがイヤなのである。それで勝手に椅子を動かしてしまうのだ。

ただし、ある程度の大人数になれば、無理に統制を取ろうとすること自体が間違いなのかもしれないと思う。それこそ北朝鮮みたいな国家を彷彿とさせるものがあるだろう。まさか顕正会が目指しているのはそれではあるまい。

それより実に四九年、

男子部第十三隊総支隊長補の記事である。いったい何が四十九年なのかであるが、浅井先生が戒壇の大御本尊への御目通りが叶わなくなってからの年数のようである。この数字が正しいかどうかはわからない。

先生の六二年の激闘こそ・・・

今度は婦人部の東松山支区部長の発言であるが、この年数は不可解である。他の幹部たちは六十一年と言っている。ゆえに単なる勘違いかもしれない。

火葬までの一週間・・・

女子部第三区組長が発表しているのは父親の臨終についてである。細かい話は抜きにして上掲が気になった。この一週間の理由は何だろうか? 普通はもっと早いはずである。

ずいぶん昔の話であるが、わたくしの所属していた組織での葬儀の話である。当時はまだ顕正寺が存在し、御住職に葬儀を執り行なってもらった。確か御住職のスケジュールが合わず、一週間近く待たされたのだったと思う。顕正会員が激増しており、御住職一人ではこなし切れなくなりつつあった、というような説明を聞いた記憶がある。

しかし、今は儀礼室委員が行なっているわけである。ならば必要に応じて人数を増強していけばいいはずなのだ。

池田大作を恐喝した元ヤクザの親分
 入信して穏やかな日々 良き臨終


婦人部君津支区支区長補の記事に付けられた見出しである。興味深い記述がたくさんあるけれども、その中から一つだけ紹介しよう。

 副長が「何が見えたの?」と聞くと、「舟」と答え、さらに「それは大きい舟なの?」と聞くと、「うん」と頷きました。

悩ましい記述である。亡くなる人の全員が同じ景色を見るわけではあるまい。それとも成仏する人は全員が舟を見るのだろうか?

次に創価学会から移籍してきた男性婦人部員の記事を紹介しよう。

「王仏冥合のため自身が選挙に出なければいけない」

池田大作氏の発言だそうである。しかし、池田氏が選挙に出たという話は聞いたことがない。何かヘンである。

 また矢野絢也書記長も来て講演し、「国会で共産党から責められた池田会長をかばってもらうよう、竹入公明党委員長が田中角栄元総理に仲裁をお願いをしている」と明らかにおかしい話を聞いても、池田を信じ切っていた私は何も疑いませんでした。

明らかにおかしい話・・・

というよりも、この人の記憶がおかしいのだろう。

田中元総理はまったく時系列が合わない。おそらくは田中幹事長時代の話だろう。そして続きの文章には次のような記述もあって、ますます記憶の不確かさを露呈する格好となっているのだ。

 そのようななか、藤原弘達の「創価学会を斬る」という本の発売日に・・・

いわゆる言論出版妨害事件である。この時、自民党の田中角栄幹事長が創価学会・公明党の依頼を受けて、くだんの書物を世に出させまいと工作したわけである。

有名な話なので調べればいくらでも出てくるだろう。

つまり、前掲の話と上掲の話はセットであり、当時はまだ幹事長だったはずの田中角栄を元総理などと書いていること自体がおかしな話であって、このような記憶違いをそのまま掲載してしまうのは編集部の不勉強ゆえである。今や顕正新聞の編集部も世代交代が進み、過去のさまざまのことをリアルタイムでは経験していないわけなのだろう。しかし、過去の史資料を丹念に読み込んでいけば、そうした不備は補えるはずなのである。

とは言え、おそらくは彼らのモチベーションも最悪なのだろう。やる気を出せと言うほうが無理なのかもしれない。

経済苦の中に喜んで機関紙購読を決意すると、残った四百円で購入したスクラッチが一万二百円も当るなど、すぐさま頂く功徳に「凄い!」と興奮し・・・

これは男性女子部員の記事である。これを功徳と呼んでよいものかどうか、編集部はしっかりと吟味すべきだろう。そして必要に応じて削除するなり、掲載そのものを見送るなりするべきだろう。


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