2018/10/13

ムリクリ  
前回のコメント欄は沖浦氏の独壇場と化した。良く言えば、誰も太刀打ちできない、悪く言えば、誰からも相手にされない、そんな感じだろうか?

そんな沖浦氏の自宅に顕正会の婦人部員が訪れたそうである。たぶん沖浦氏がどのような人物か知っていて訪問したわけではなく、おそらくは片っ端から戸別訪問を行なっているのだろうと思う。今の活動会員たちは下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる的な考え方で、ともかく片っ端から折伏するのが当たり前になっているのだ。

さて、今後であるが、それは何とも言えないところである。

成果至上主義の上から考えると、とてもじゃないが脈がない、もしくは、とてもじゃないが手に負える人物ではない、このように判断すればそこでアプローチが終わるのかもしれない。あるいは特集号が出来するたびに、お届けに上がるという地道な作戦を取るかもしれない。

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

浸水した地域は三嶋神社の信仰者が多く・・・

婦人部愛南支区部長の記事である。七月度の班長会では「西日本大水害を乗り越えて」と題する登壇がたくさんあった。彼女の登壇もその中の一つである。

ひじょうに悩ましいところだ。

立正安国論の考え方からすれば決して間違っているわけではないのだろうけれども、必ずしもそこには客観的な尺度があるわけではない。次の第二十九女子部長の記事もしかりである。

 まして本特集号が出来するや、忽ちに他国侵逼の前相たる異常気象が盛んになり、「大水の難」も現われたことに、諸天の働きを如実に感じたものであります。

「二悪並現の日本」特集号と名付けられた顕正新聞がある。彼女によればそれが出来したことで異常気象が盛んになってくだんの大水害などが起こったということなのだが、はたして本当だろうか?

だったら事前に予言しておけばいいのだ。

しかし、ご存知のごとく、浅井先生が予言めいたことを言うと、ことごとく外れるのだ。その的中率の低さはギネスものだろう。逆に言うと、だからこそ幹部たちが上掲のようにムリクリに当たったかのごとく演出するのかもしれない。いわば後出しジャンケン的にである。

話をくだんの支区部長の記事に戻そう。

・・・自宅の裏山が崩れそうになり、恐怖を感じる雨音の中にも必死にお題目を唱えると、不思議と山は崩れず・・・

八十一歳の組長さんの話だそうである。

他の記事にも共通することを書くと、真面目に信心をしている人たちは守られた、信心に反対する人たちは災害に見舞われた、という方程式になっている。

この事実関係はさておき、裏山が崩れるか崩れないかの話で言えば、まずは避難するのが基本だろう、題目を唱えさえすれば避難しなくてもいいのか、というツッコミを入れたいところである。上述の信心している人は守られ反対者は守られないということと考え合わせると、顕正会が天下を取った暁には災害に対して無防備な国家が現出することになりそうである。すべて大聖人の御守護で賄われるのだから、余計な予算を費やす必要はない。国防もしかりである。なるほど、税金も安くなりそうだし、なかなか優れた国家かもしれない。

イヤミはこのくらいにしておいて、次は法務部次長による世相閻魔帳である。

ウソ≠ナ原発を推進する櫻井よしこの
           悪質コラムを糾弾する


顕正会の場合、敵味方の分別が明確である。それは呼び方を見れば一目瞭然である。当然、櫻井よしこ氏は敵なのだろう。呼び捨て表記がそれを物語る。ところが今回の記事では編集部が付けたと思しき導入の文章で、次のように表記しているのが印象的である。

 「日本会議の広告塔」とか「保守の女神」などと言われている櫻井よしこさんだが・・・

本文中はぜんぶ呼び捨てになっているものの、この冒頭のところだけがご覧のように「さん」付けになっている。

それはさておきである。いわゆる識者と呼ばれる人たちは実際に頭脳明晰のはずである。ならば相手の言い分もよく理解しているはずなのだが、こと原発問題に関してはどうも事情が違うようなのである。結論を急げば次の小見出しが答えのようだ。

 「核武装」という
    隠された目的


ようするに原発推進派の真の目的は核武装にある。その真の目的を達成するためには原発が必要不可欠であり、そうした理由から原発反対派の意見にはまったく耳を貸さないわけなのだ。

それにしてもこれが本当ならば愚かなものだと思う。

ちなみに竹田恒泰氏は若手の保守論客であるが、多くの保守が原発推進を唱えている中で原発反対を唱えている異色の存在である。彼は核武装と原発は切り離して考えるべきという意見のようであり、上掲のような隠された目的のために原発推進を唱えている人間とは一線を画す意味で、なかなか立派だとは思う。

しかし、そうすると櫻井氏に代表される保守の論客たちは姑息な人間ばかりということになりそうだが、実際のところはどうなのか、わたくしにはわからない。

ヘルニア悪化で激痛

最後に婦人部三橋支区総班長の記事を紹介しよう。

 同時に、あまりの痛みで、離れの仏間にすら行けないときも・・・

這うようにして必死で離れの仏間に行き・・・


彼女は創価学会三世として生まれ育ったそうで、平成十七年に顕正会に移籍したごとくである。わたくしが注目したのは上掲の離れ云々である。ずいぶん大きな家に住んでいるものだと思ったのと同時に、彼女もそれを自慢したいのかもしれないというふうに感じたものだが、考え過ぎだろうか?

問題はそこに安置されている御本尊だろう。いわゆる顕正会版の本尊なのだろうか?

それからもう一つ注目すべきは、文中に出てくる婦人部総務の発言である。

「二百万以降も大事な御奉公はある。少しでも治る見込みがあるなら、いまは入院をして治した方が良い」

大事な御奉公のために治しておけ、という話である。顕正会の活動にウンザリしている人たちにとっては、そのこと自体が地獄のような話だろう。

一般人の感覚ならば、例えば五十歳くらいの年齢だとすればまだこれから三四十年は生きるのだからしっかりと治しておいたほうがいい、ということになるだろう。

いずれにせよ、治るものは治したほうがいい、当たり前の話ではあるが、それにしても顕正会員の感覚と世間一般の感覚はかなり違うようである。


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