2018/12/27

ウノミ  
コメント欄では沖浦氏がクリスマスのことを書いて、それに大沢氏が批判を加えて、結果として議論が紛糾している様子である。

いつものことなので驚くこともないが、あえて基本的なことを書いておこう。

本来のコメント欄の使い方からすれば、沖浦氏のそれは逸脱である。ようするに拙稿に対してコメントするのが基本だからである。ゆえに大沢氏の指摘が正しいことは明白なのであるが、この両者は以前から敵意むき出しで応酬するのが常なので、今回もまた同様の流れとなってしまっている。

もっとも拙ブログにおいては細かい規定を設けておらず、沖浦氏が何を書いても文句を言わずに来たので、今さら仕方がないというのがわたくしの結論である。ゆえに今後も好きなように書けばいいだろう。

ただし、当然ながらそれに対する異論反論も自由である。ゆえに大沢氏のコメントも当然の反応と言えるだろう。

ところでウソ云々について、わたくしの立場から言っておこう。

ようするに大沢氏が沖浦氏のフェイスブックを見ていないと発言したことについて、沖浦氏のほうから透かさずウソであるとの反論がなされた。この点、わたくしは世間一般の評価が気になるところである。ようはウソと見るのか否かである。

しかし、ごく単純な話である。大沢氏が沖浦氏のフェイスブックを見ているのは事実だろう。とは言え、隈なく見ているわけではないし、四六時中見ているわけでもないのだ。ただそれだけの話である。ゆえに今回の件においては承知していなかったので、知らんがな、と言っているわけである。また、もし仮に知っていたとしても、別のサイトで何を発言しようが拙ブログにリンクされていない以上は知ったことではない、という意味にも受け取れる。そのように解釈すれば、なるほど、まったくその通りであって、ウソをついていることにはならないだろう。

先ほど、世間一般の評価が気になると書いたのは、まさにこのことである。公平な第三者がどのように判断するか、ぜひとも知りたいところである。

さて、顕正新聞の続きである。

 まず戸田会長時代の幹部は排斥され次々といなくなり、また池田大作にたて突く宗門僧侶も相次いでいなくなったり、急死したり等・・・

昭和三十年に創価学会に入信した男性婦人部員の記事である。上掲は池田大作氏が会長に就任してからの出来事を綴るくだりなのだが、さすがに急死は穏やかではない。古参幹部が排斥され云々はいわゆる組織内の権力闘争を意味するものであるし、当時の創価学会の実力からすれば宗門に対しても相当の影響力を発揮していたことは想像に難くない。それにしても急死云々はどうかと思うところで、あたかも邪魔な人間を殺してしまっているみたいに聞こえるのだが、それはどうなんだろうかと思う。

幹部宅には水増し入信のため、お巻きしたままの御本尊が何幅もあり、多い人では数十幅もあるというあり様で・・・

なぜにこのことを彼が知っているのかという素朴な疑問があるものの、何となくそのような事実があっただろうことはわかる。顕正会における水増し報告も本質的には同じことだからである。

ただし、顕正会の場合は入信報告書を提出すればそれで済んでしまう。一方、当時の創価学会では正宗寺院に行って御授戒を受け、御本尊を受け取って来ないといけない。この意味からすると、当時の創価学会のほうが高いハードルを設けていたことになるわけで、結果として組織も拡大していったと考えられる。顕正会が伸び悩むのはペラペラの入信報告書一枚という安易な入信システムのゆえであり、名目数が伸びても実数が伸びないのはまさに言わずもがなのことなのである。

浅井先生のご指導にハッとし「たしかに御宝蔵の奥に大御本尊様は秘蔵厳護されていた」と記憶が蘇りました。

さすがに新聞の中ではあまり見られないが、顕正会では正本堂以降今日までの状況を、戒壇の大御本尊は見世物小屋に押し込め奉られている、みたいな言い方をしている。ようするに本来は秘蔵厳護されるべきだと言いたいわけであり、登壇者も御宝蔵の奥に秘蔵厳護されていたことを思い出したと言っているわけである。

疑って恐縮だが、昭和三十年に入信したとすると、その年は奉安殿が建立された年であるからして、その記憶が正しいかどうかはアヤシイところである。もちろんギリギリで御宝蔵での御開扉を体験している可能性はあるわけだが・・・

 自宅に戻り、すぐに第六天の魔王夫妻の写真を破り捨て・・・

九十歳の彼は婦人部の紹介で九月八日に入会した。上掲はその直後の話である。今の顕正会では池田夫妻のことをこのように表現するらしい。

私は池袋の常在寺で当時住職だった細井日達から御授戒を受けたので、急死したことでも嫌な気持ちになっていましたが、阿鼻獄の相に絶句しました。

九十歳のご老人には申し訳ないが、なぜに鵜呑みにするものかと思う。

わたくしが思ったのは、創価学会の謀略情報サイトであるフェイクでは日達上人の御遷化をどのように伝えているのか、である。宗門攻撃に容赦のない彼らのことだから、さぞかしエゲツナイことを書いているのではないかと想像するのだが、どうなのだろうか?

もっとも彼らは日顕上人に対する憎悪が強く、相対的に日達上人には甘い傾向なので、そこを勘案する必要があるのは事実だろう。

しかし、最近はなぜか筆が進まない。新聞が溜まる一方である。

2018/12/26

テキイ  
顕正新聞第1457号の続きを見ていこう。一ヶ月ほど前に取り上げた男子部第十六隊長の記事に出てくる人物が十月度総幹部会に登場した。

宗門にたぶらかされ顕正会離脱
 法華講に8年、不敬の御開扉に愕然


ご覧のような見出しのもと、宗門の実態を事細かに書いている。以前にも紹介したように今回の記事においても、宗門でいちばん勧誘活動を進めていた寺の住職が亡くなった云々との記述があって、次のように続いている。

・・・さぞかし立派な成仏の相に違いないと思い、棺の中を覗いてみたところ、一瞬、誰かわからないほどの悪相で、正直、ショックを受けました。

疑って恐縮だが、本人は別の寺に所属しているのである。そういう人がわざわざ葬儀に参列するものなのか、疑問である。記事には駐車場の整理云々とあるので、あるいは手伝いで呼ばれたのかもしれない。しかし、書いてあるように、亡くなった人は宗門でいちばん弘通が伸びている寺院の住職なのである。ならば人材は豊富のはずで、わざわざ別の寺院の檀家を手伝いとして呼ばなくても自分のところで間に合うのではあるまいか?

もちろんウソだと断定するわけではない。ただ素朴な疑問として書いたまでである。

 しかも、毎月月末になると塔婆の力がなくなるのか、月始めに新たな塔婆供養をしなければいけない仕組みになっており、古い塔婆の表面をカンナで削って再利用していたことは衝撃で、「これでは邪宗の守り札と同じではないか」と感じました。

まず、カンナ云々が気になるところである。本人はそれを目撃したのだろうか?

以前も書いたように、むしろ森林資源をムダにしない意味で再利用は悪いことではないだろう。また、細かいことを言えば、住職ないし寺に従事している人たちがカンナで削っているとすれば、それこそ非効率な話である。製材業者に頼んだほうがいいだろう。その場合、新品の塔婆とくだんの再生塔婆のコストの問題を考えないといけない。一般にリサイクルは非効率であり、必ずしもコスト削減にはならない。つまり、そんなことをやっても儲からないのだ。

このように考えると、もし仮にカンナ云々が事実であれば、儲けることが目的ではなく、いわゆるエコのためにやっていることになるだろう。立派な心掛けである。

日蓮正宗においては常盆常彼岸という考え方がある。不勉強のわたくしはたった今、検索してみて驚いた。これには別の意味があって、かなりニュアンスが異なるようである。それはさておき、かくも熱心な信仰をする人たちの集まりが正宗なのである。ならば毎月の命日に塔婆供養をすることくらい普通であろう。

それを邪宗の守り札と同じなどと言うのはとんでもないことである。

ちなみに一ヶ月で効力がなくなるという話が事実ならば、それこそ邪宗の御札のほうが長持ちである。おそらく一般的には一年単位で新しくするのだと思う。古い御札はいわゆる御焚き上げにする。ただし、先ほどから書いているように、効力がどうこうの話ではなく、正宗信徒は信仰心が篤いのである。ゆえに月毎の塔婆供養を欠かさないのだ。

まるで体育館のようなだだっ広い奉安堂に土足で入ることにまず違和感を覚えました。

以前にも書いたような記憶があるが、では顕正会の考える国立戒壇はどのような方式になるのか、そこが問題である。体育館云々は単なる悪口に過ぎない。だだっ広いも悪口だろう。問題は土足である。ようするに顕正会では下駄箱を用意して畳敷きのようなところで礼拝するのが望ましいと考えているわけなのだろう。

頭の悪い人たちである。

顕正会の首脳部に提案しておこう。いわゆる大会を畳敷きで行なうのだ。東京ドームで五万人の大総会をする。かつて言っていたことだが、完全に反古になってしまっている。現状、そこまでの人数を集めることができないのかもしれない。ならば横浜アリーナでもいいだろう。臨時で畳敷きにするのだ。スタンド席は仕方がないにしてもアリーナ席は畳敷きにできるはずである。

試しにやってみるべきだろう。

2018/12/24

アリタ  
沖浦氏の教義上の見解はさておき、リンクされているスクワットの動画には感心した。早い話が失敗したのである。その失敗動画を公開しているところが素晴らしい。さらに言うと、身のかわし方が上手いと思った。例えば柔道の場合は最初に受け身の練習をする。ケガをしてはいけないので、その防止策の意味なのだろう。同様の意味で自分の体重よりも遥かに重たいものを持ち上げる競技においては、失敗した時の身のかわし方が重要になってくる。当然のことながら、沖浦氏はそれを習得している。まさに無事これ名馬である。ケガをしないことも一流選手の必須条件なのだ。

さて、顕正新聞を見ていこう。

私は刀剣の専門家から「刀は稀に二つに折れても、いくつにも折れることは絶対にない」と聞いて、経文の「刀尋段段壊」のあまりの凄まじさに驚嘆し・・・

婦人部総務の記事に出てくる興味深い話である。ようするに顕正会では竜の口法難の時に刀がいくつにも折れたという説を採っていて、婦人部総務も折伏の時などにその話をしているわけなのだろう。たまたま相手が刀剣の専門家だった時があって、上掲のような話を聞いたわけなのだ。

彼女はそれを聞いて信心に迷いを生ずるのではなく、逆に信心を深めている。ようは一般的には起こり得ないことが起こったのだと。御本仏が成道を遂げる時にだけ起こる不思議中の不思議なのだと。

わたくしは長く独白ブログをやっているが、竜の口法難についてはあまり突っ込んだことを書いたことがない。それは現代人の常識ではひじょうに考え難い内容であり、さりとて全否定することも憚られるという、きわめて悩ましい問題だからである。

そこで今回は一点だけ触れておこう。

数々見擯出

これも有名な言葉である。そして大聖人はこの経文を御自身に当てはめていらっしゃるわけだが、具体的には二度の流罪に符合するものだとされている。

刀尋段々壊

ならばここでの段々も二つに折れたと理解すべきだろう。あるいは折れた箇所が二つであり、ようは三つに折れたと解釈するのも相当である。

顕正会の主張する「いくつにも折れた」は具体的な数字が示されていないところが甘いし、研究が足らないとも言えるかもしれない。

ちなみに家庭では誰もが包丁を使っているはずだが、包丁が折れた経験をお持ちの人は少ないに違いない。わたくしはその少ないほうの一人である。もちろん二つに折れた。ようはくだんの刀剣家の言っていることが正しいわけである。ただし、それは通常の話であって、例えば爆発物によって破壊されたとすれば、それこそ細かくいくつにも折れる可能性があるし、さらには粉々に砕け散ることすらあるだろう。その意味では顕正会の採用する説もあながち間違いとは言い切れないのである。

以上、今回は刀尋段々壊を数々見擯出との関連から考えてみた。わたくしの意見は大聖人の御使用例を基準にしているところがポイントである。

・・・竜の口の頸の座と、本門戒壇の大御本尊は一つと感じては、大感動がこみ上げました。

拙ブログには沖浦氏などの創価学会系の人物も来れば他門の人たちも来る。その意味では異論反論の生ずるところではあるのだが、あえて紹介させていただいた。これも前述の婦人部総務の記事の続きであり、前後を省略しているために意味不明にも思えるくだりではあるものの、顕正会員の純粋なる信仰を窺う意味で重要である。

広告文の威力、多くの学会員が動執生疑
 樋田淳也容疑者の逮捕にも男子部員が貢献


男子部第三十七隊長の記事にはご覧の見出しがある。上段はともかくとして、下段が注目である。

大阪府富田林警察署に勾留中だった当該人物が脱走し、かなりの長期間、行方をくらましていたことは、今も記憶に新しいところだ。どうやら四十八日ぶりに身柄確保されたとのことだが、その時に貢献したのが顕正会の男子部組長らしい。

 組長が広告文を見せながら折伏すると興味を示したので、「よかったら名前と連絡先を教えて頂けますか?」と尋ねたところ、「アリタ」と偽名を名乗り、「今は住所もないし、教えられない」と言ってきたので・・・

面白い話ではある。逮捕云々はさておき、顕正会ではこうした末端の組長たちが全国各地でケナゲに活動しており、その結果として一回の折伏法戦で三万人からの入信者を数えるに至るわけである。

沖縄知事選、創価学会 全力傾注で大敗
 広告文・特集号の浸透が民意動かした


女子部第百七十区総班長の記事の見出しである。当該記事には昨日の拙稿に関連することが書かれているので、ぜひとも紹介したい。

 この集会には応援議員のなかに、私の恩師でもある参議院議員・糸数慶子氏がおり・・・

興味深い記述である。氏の来歴を調べると短大の講師などをしていたようなので、あるいはその時の縁なのかもしれない。

 そこで顕正新聞・平成二七年六月五日号の「琉球独立」についての先生の指導を伝えると・・・

昨日、わたくしは顕正会の方向性を場当たり的ないし矛盾であるかのようにあげつらったのだが、この点は訂正しなければいけないだろう。ご覧のように総班長殿が過去の先生の指導を紹介しているくらいなのだ。ようは沖縄問題は複雑であり、単に表面的な矛盾をあげつらっても無意味なのである。拙稿はいわゆるアゲアシ取りに過ぎなかった。大いに反省したい。

いちおう続きの文章を紹介しておこう。糸数氏のセリフである。

「沖縄は日本政府から差別され、切り離され、追い込まれている。でも独立こそが最大の道とは思っていない。だけどここまで追い込まれると、それしか方法がないのか、と思うくらい追い詰められている」

少し話が飛ぶが、総班長殿は次のように述べている。

 現職の国会議員が、とても真摯に、素直な心で先生の指導を求めている姿に・・・

さらに玉城デニー氏当選に続く文章を紹介しよう。

 この現証こそ、沖縄顕正会員が地道に配布を重ねた広告文と数々の特集号の・・・

ハッキリ言って、客観的にはまだまだである。ただ、創価学会が国政レベルで影響力を発揮しているごとく、顕正会もそれ相応の力を持つようになれば、それはそれで大したものと言えるだろう。今はその第一歩なのかもしれない。

2018/12/23

ケンサツ  
沖浦氏に言っておこう。氏は御書に詳しい。おそらく御書全集を繰り返し拝読しているのだろう。では、日興上人の御著作をどれほど読んだのか、あるいは日寛上人の御著作をどれほど読んだのか、である。御書全集には未収録の御書がある。しかし、全体の八割は網羅していると考えられる。それを基準にして、日興上人ないし日寛上人の御著作をどれくらい読んでいるのか、沖浦氏に問いたいと思う。もし半分も読んでいないのであれば、批判する資格はないだろう。顔を洗って出直して来いということだ。

さて、十月度総幹部会の会長講演である。

 すでに万策は尽きた。

この言葉がすべてを物語っている。浅井先生の負けをである。昭和四十年代の御遺命守護の戦いにしても、平成十七年の対決申し入れにしても、捗々しい成果を上げられなかった。ではこの先はどうかであるが、もはや打つ手がないわけなのだろう。それが上掲の一言にあらわれているのだと思う。

話を端折って恐縮だが、ようは御開扉即時中止を訴えているのが当該講演であり、その実現はほぼ不可能ということである。

・・・必ず三大秘法は広まる。

広まるは弘まるではなかったか?

浅井先生は漢字表記にコダワリを持っている。しかし、顕正新聞を読むとかなりいい加減なところがあって、おそらくは編集部のミスなのだろうと思われる。上掲もその一例だろう。

南無妙法蓮華経如来

これは先日も取り上げた話題である。御義口伝をその文証とするのは少し問題だと思う。このことは沖浦氏に対しても言えるだろう。

 9月30日の沖縄県知事選挙、日本中が驚きましたね。

浅井先生はこうした時事ネタを取り入れるのが上手い。

 自民・公明が全力で支援した候補がまさかの敗退をし、弱小の野党が支援した玉城デニー氏が大勝した。玉城氏の得票数は、沖縄の知事選では過去最高の39万6千余票。自民・公明候補を8万票も引き離して勝ったのです。

この結果は安倍首相に大衝撃を与えた。だが、もっと深刻な衝撃を受けたのが創価学会公明党だった。

 というのは、学会・公明党はどうしてもこの選挙に勝つ必要があり、背水の陣で臨んだのです。

 選挙のために原田稔会長が沖縄に乗り込み、全国から幹部が六千人も動員されて票の掘り起こしを行なったという。しかし、結果は前掲の通りである。なるほど大衝撃を受けたとして不思議はないだろう。

細かいことを言うようだが、どうしてもこの選挙に勝つ必要があった、という浅井先生の発言はその後の説明を読んでもわからない。早い話が説明不足ないしポイントがズレているのである。その決定的な部分が次であろう。

 だから誰が見ても、自民・公明の候補が勝つと思われたが、結果は惨敗。

そんなことはないだろう。玉城候補がリードしているとの報道が一般だったはずである。浅井先生だってそれはわかっていたはずである。

ようは次のことを言いたいがために、話を歪めて伝えているわけなのだ。

 私はこう見ております。
 沖縄顕正会員のけなげな戦いにより、広告文と特集号が、沖縄本島だけでなく離島にいたるまでの全学会員に配られ、多くの学会員が動執生疑を起こした。それがこの選挙結果になったのです。


わたくしは沖縄顕正会員のけなげな戦いを否定するつもりはない。ただ、それが全体にどれくらいの影響力を及ぼしたかは未知数であって、おそらく客観的には微々たるものなのだろうと思う。浅井先生はそこがわかっていないか、もしくはわかっていながら大袈裟に言っているわけなのだろう。この点、顕正会員は冷静になって物事を見る必要がある。

元々、沖縄県民は中央政府に対して反感を懐いている。ゆえに前回の衆院選でも全体では自公が勝利したものの、沖縄では負けているのである。
そして安倍一強という今の政治状況において、自民党内では公明党と手を切るべしという意見がささやかれてもいるのだ。自民党にはもともと公明党嫌いの人たちが少なからず存在しており、今なら自民単独でも政権維持が可能との見方をする人もいるわけである。
まさにそうした中で公明党が存在感を示すためには選挙で勝つ必要があった。公明党が全力で支援すれば勝てるのだという実績を見せたかった。それが今回の沖縄知事選の背景である。

いかがだろうか、わたくしの説明がすべて正しいかどうかは別にして、これで浅井先生の見識なるものがかなり歪んだものであることが見えてきたのではないかと思う。顕正会員はこれを冷静に見つめるべきである。

ちなみに、これから書くことはうろ覚えなのでそこを承知の上で読んでいただきたいのだが、前沖縄知事に対する顕正会の見方が今の方向性からするとかなり違った印象を受けるのだ。単純化すると翁長県政=琉球独立=中国の属国化というような図式を言っていたのだ。もしこれが事実だとすると玉城デニー氏の勝利を喜べないはずである。何しろ氏は翁長前知事の正統なる後継者として出馬し、勝利したからである。

決定版

先般、学会員を救う特集号7が出来した。これを浅井先生は決定版だと言っている。

全学会員がめざめて、学会が崩壊すること疑いない。

これもうろ覚えというか、過去の発言を詳しく調べていないことをお断わりした上で言うわけだが、いったい何回目の決定版だろうか、ということになるだろう。崩壊云々も何回言えば気が済むのだろうかと思う。ボヤボヤしていると顕正会のほうが先に崩壊することにもなりそうである。

 南海トラフ巨大地震についても、つい最近、南海地震研究の第1人者といわれている高橋学・立命館大学教授が、次のような見解を発表しております。

結論部分だけ引用しておこう。

私の研究によれば、あと2〜3年以内に、発生する可能性が高い

ああ、可哀想に、これで外れる可能性が高くなった。

 さあ、三百万を早く成し遂げたい。

もうすでに何回も言っているが、百万達成も二百万達成もちゃんと期限を示していた。ところが三百万達成についてはまったく期限が示されていない。

2018/12/17

サンサンゾウ  
沖浦氏は完全にトチ狂ってしまったようだ。基本、雪乞いなどは存在しない。古来より存在するのは雨乞いである。水は生命維持にとって欠かせないものであるがゆえに、今でもなお夏場になればダムの貯水量のことがニュースで報じられたりもするのである。一方の雪は一般的には迷惑なものであって、好んで雪を降らせようとする人はマレである。沖浦氏がそこまで言うのならば、スキー場だけに降らせて市街地には降らせないようにするべきである。

三三蔵の祈雨をご存知だろうか?

彼らも雨を降らせることができたのである。ところが制御する力がなかった。まるで原子力発電みたいなものである。原発も完全に制御可能ならばエネルギーとして有用である。ところがご存知のごとく大震災の時に爆発してしまった。

御書を拝すれば一目瞭然のように、雨は降っても暴風悪風を伴なう場合は失敗と見なされるのである。雪に関しても同じように考えるべきで、山間部に降れば雪解け時にはダムを満たしてくれるので助かるが、街中にはあまり降ってほしくないのが本音だろう。

さて、久々に大沢氏からコメントが寄せられた。わたくしが宗門の戒壇論をデタラメ呼ばわりするのを、さすがに黙ってはいられないということなのだろう。

「戒壇の解釈については顕正会にも理があるのではないか?」
そういう意味も含めての質問でしたが、
「あくまでも本門戒壇の大御本尊様が中心である」
「大御本尊様を根本に考えれば、必ず御宗門の解釈に行き着く」
「可能な限りお登山して、しっかり御開扉を受けて行こう。」
こういうお話で胸のつかえが瞬時に解消した覚えがあります。


氏は顕正会から妙観講へ移籍したものの、胸のつかえが取れていなかった。そこで大草講頭に問うたそうである。

まあ、しかし、顕正会にも理があるのではないかと聞かれて、そうです、とはなかなか答えられないだろう。立場的に当然である。そして大沢氏が上掲のやり取りによって納得できたのであれば、それは大いに結構なことだと思う。もっとも、だからこそわたくしの言っていることを看過できないわけなのだろう。それも当然である。

戒壇は法体から開く

「戒壇は法体から開いて更に事相に約して開く」
のが当宗の基本に忠実な考え方でしょう。


わたくしに言わせれば、これがデタラメなのである。そして大沢氏も薄々はわかっているのだろう。ゆえに次のように締め括っているのだと思う。

何となく、日興上人、日目上人等御歴代御正師の御指南にも捉われない、いわゆる「御書根本」の雰囲気を感じますが、気のせいでしょうか?

気のせいではなく、まさにその通りである。

今盛んに御書根本を標榜しているのは創価学会であり、いわばその急先鋒が沖浦氏なのだろう。しかし、今の宗門・法華講がそれに手を拱いているとしたら、不勉強のソシリを免れない。ようするに創価学会の連中は日蓮正宗の教義を熟知しているわけであって、御相伝書であるとか歴代上人の御指南を踏まえなければ成り立たないであろう部分を突いてくる。それにどう対応するかが問われているわけである。

わたくしの場合は必ずしも御相伝書や歴代上人の御指南を否定するものではないが、基本は御書である。あくまで御書が大前提となるはずなのだ。

話を戻そう。

戒壇は法体から開く? 御書のどこにそんな御指南が存在するのか? という話である。当宗の基本が御書に遡れないとすると、それはいったい何なのだということになる。

手っ取り早く結論を言えば、ようは戒壇義と本尊義を混同しているのである。

実はただそれだけの話なのであるが、そういう基本的なことがわかっていないか、もしくは忘失しているがゆえに、話がグチャグチャになるのである。

 欽明より聖武に至るまで二百四十余年なり。震旦国より鑑真和尚渡りて律宗を亘す。次に天台宗の玄・文・止等を渡す。又東大寺に小乗戒壇を立つ。

和漢王代記の一節である。

弘仁十三年六月四日伝教大師御入滅。同十一日戒壇を立つ。

当該御書は仏教史と和漢両国の王朝史をリンクさせた、いわば年表である。この延長線上には大聖人御自身が存在するわけであって、おそらくは弟子たちに御自身の立場を説明するためのテキストだったのだろう。最後の引用が「正像稍過ぎ已はって末法太だ近きに有り・・・」であることも象徴的である。

そしてわたくしの引用目的も明快だ。

和漢のうち漢はさておき和の国の王代は今も続いている。ゆえに大聖人の認められた和漢王代記は途中で終わっているものの、歴史は続いているのである。つまり、大聖人の認められた小乗戒壇・大乗戒壇に続いて、未来には本門戒壇の記述が加えられるべき道理なのである。

こうした壮大なるスケールの話をしている時に、法体から開くだの何だのと、わけのわからんことを言ってどうするのか、ということなのだ。

詳しく書けばキリがない。また機会があれば書くことにしよう。

2018/12/15

ヒマゴ  
沖浦氏の雪乞い自慢はほとんど説得力を感じない。順序としてはまず拙ブログのコメント欄に雪乞いをする旨、書いておくべきだった。その後に雪が降ればいちおうは説得力があることになるだろう。ただし、そんなものは大聖人の仏法とは無関係であり、極論すれば外道の範疇である。

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

先生の戦いに諸天が呼応した・・・

第六男子部長の記事に出てくるこの一節にしても外道の範疇かもしれない。ようするに日達上人の悪臨終を云々しているわけだが、四十年もの間、臨終の様子が秘匿されてきた、それがここに来て露わになった、これは諸天の働きである、と言いたいらしいのである。

これについては宗門も看過できなかったらしく、大白法に反論文を載せている。顕正会員はカラにとじこもるのではなく、相手の主張にも耳を傾けるべきである。

次は創価学会から移籍してきた男性女子部員の記事に出てくるセリフである。

「顕正会員には緑の血が流れているんだぞ」

創価学会をやめて顕正会に入ってくる時には一悶着がある。創価学会の幹部だって黙ってはいないわけで、さまざまの引き留め工作をするのだろう。そうした中で発せられた言葉が上掲なのだ。わけのわからんセリフだ。

さて、他にも記事はたくさんあるのだが、細かく取り上げていくと新聞が溜まる一方なので、次の号に移ろう。

「御開扉即時中止」特集号

十月度総幹部会を報ずる第1457号にはご覧のような名称が付けられている。ようするに今回の会長講演では御開扉を中止せよと訴えているわけである。何を寝ぼけたことを言っておるものかと思う。妙信講時代には当たり前のように御開扉をたまわっていたのであるから、今さらそのような主張が通る道理がないのである。

またその中で、宗門が密かに「事の戒壇」の定義を、正本堂前の元の定義に戻していた事実も明かされた。

わたくしは今も顕正新聞の全記事に目を通している。いちおう順番通りに読んでいる。そこで第一面に載る上掲の記述を目にして、もしこれが本当ならば大変なことだと思った。

宗門末寺「応顕寺」執事・早瀬成慧を糾弾
 「法師の皮を著たる畜生」そのまま


これが六面掲載の副総男子部長の記事に付けられた見出しである。早瀬という名前を聞けば現猊下が思い起こされるが、顕正会員にとっては御遺命守護の歴史に登場する早瀬総監のほうが馴染みがあるかもしれない。記事に登場する人物は早瀬総監の孫なのだそうである。しかし、法華講員のセロリ氏によれば、孫ではなく曾孫が正しいようである。

そうした些細な問題はさておき、まずは次のくだりが問題である。

 私が御遺命破壊の大罪の何よりの現証として、細井日達の悪臨終を突きつけると、「おまえは見たのか!」というのが精いっぱいで・・・

早瀬総監の曾孫さんは二十代の若さである。二十代も前半後半でかなり違ってくるが、いずれにしても日達上人の御遷化をリアルタイムで知っているわけではない。一方の顕正会側の人物は年齢的には還暦前後だろうか、ゆえに日達上人の臨終の様子を目撃したとしても年齢的なツジツマは合う。ならば二十代の若者としてはごく素朴に、上人の御遷化の様子をご覧になられたのですか、と問うたとしても不思議はないだろう。

つまり、浅井先生以下、顕正会の幹部は一人として日達上人の御遷化を見ていないのである。この点、世間の一般常識に照らし合わせた時、どちらが甚だしく逸脱しているのか、一目瞭然だろう。

さて、当該記事における最大の問題を示そう。

 実は、宗門は卑怯にもコッソリと「事の戒壇」の定義を元に戻して公式ホームページに掲載していた・・・

もしこれが事実ならば、副総男子部長が云々するのではなく、会長自らが取り上げるべきだろう。ところが今現在、そのような発言がなされた形跡はない。

結論を言うと、宗門が定義を戻した云々は不正確な認識である。おそらくは微妙に修正しつつあるのは事実なのだろうけれども、副総男子部長の言っているような感じではない。

基本的に事の戒壇の定義に変更はない。ゆえに定義を元に戻す必要はない。

宗門のやったことは事の戒壇の定義に新定義を持ち込んだことなのだ。従来の定義と併用する形で新定義を持ち込んだ。ようするに事相における本門の戒壇、これが従来から存在するいわゆる御遺命の戒壇である。そしてもう一つの定義がいわゆる法体に約しての戒壇である。

ゆえに今はこの両義が併存しているわけである。よって新定義のほうを完全に破棄した時が真の復元を意味するのであって、その点では何の進展もないのだから副総男子部長の言っていることはデタラメである。

面倒なので詳しくは説明しないが、ようは売り言葉に買い言葉的なやり取りの中で、相手を上手く言い負かしただけ、というのが今回の記事の本質である。

繰り返しになるが、もしこの重要法義において宗門が姑息なことをやっているのであれば、浅井先生自らが言及すべきだろう。しかし、事実は今述べたごとくであり、大して内容のある話ではないのだ。

時間が経ってしまったためか、顕正会の中でもわけがわからなくなりつつあるのかもしれない。

事の戒壇の定義の問題は折伏理論書の記述がもっともシンプルでわかりやすい。おそらく宗門側の論客はこれについてさまざまの反論を構えていることと思うが、わたくしから見ればどれもこれも話にならないレベルである。基本がわかっとらんのだ。

こういう挑発的なことを書けば炎上必至のはずだが、拙ブログはどういうわけか平穏無事である。

2018/12/10

ノウショフニ  
沖浦氏は同じ御書を二回連続して引用している。いわば、反論できるものなら反論してみろ、と言っているようなものなのだろう。困った人である。

 その仏とは、

 日蓮が弟子檀那等の中の事なり

 日蓮の事なりとはありません。
 弟子檀那等の中の事だと仰せです。


その仏云々の前のくだりについては、ひじょうに難解な言葉が並んでいるところなので省略させていただくが、つづめてしまえば当体蓮華仏のことである。これを沖浦氏は大聖人の事ではなく大聖人の弟子檀那等の中のことであると言いたいらしい。いや、正確に言えば、大聖人がそのように仰せなのだから信受すべきであると、そう言っているわけなのだろう。

これは御義口伝に頻出する「日蓮等の類」とほぼ同一表現であり、特にめずらしいことではないと思う。では、沖浦説を全面的に認めるのか、という話の展開になるわけだが、もちろん認めない、認めるにしてもあくまで部分的に認めるに過ぎない、というのが結論である。

沖浦氏の言っていることは能所不二のことで、間違っているわけではない。さりとてそこだけに拘泥すると大前提を見失うことになる。

基本的に、能と所には差別がある。平たく表現すれば師匠と弟子の関係だろう。世間一般の常識からしても、ここは異論のないところである。つまり、こうした前提の上に成り立つ法門が能所不二なのだ。

いわゆる平等主義がある。立派な思想ではあるものの、最初から平等だったら価値がない、あるいは何でもかんでも平等にしてしまうとさまざまの弊害が生じる。悪平等という表現が意味するものはそうしたことどもだろう。

こうした道理に立脚して御書を拝するならば、間違うことはない。

至理は名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時・・・

有名な御文である。ここでの聖人は誰人だろうか? 久遠元初の御本仏と解するのが日蓮正宗系の常識であろう。

 問ふ、劫初より已来、何人か当体の蓮華を証得せしや。答ふ、釈尊五百塵点劫の当初、此の当体蓮華を証得して・・・

字面どおりに読めば釈尊の久遠実成を意味するのだろう。正宗系がどう読むかはさておき、ここに証得とあるのが重要である。

つまり、沖浦氏はこの点を見落としているか、もしくは見て見ぬふりをしているのだと思われる。自分自身に当てはめてみればいいのだ。はたして今現在、当体蓮華仏なのかどうか、である。ようは当体蓮華仏になる素質を持っているだけであって、まだそれが実現していないのが今現在の状況なのである。

ゆえに当該御書の最後のほうには次の一文がある。

 然るに日蓮が一門は、正直に権教の邪法邪師の邪義を捨てゝ、正直に正法正師の正義を信ずる故に、当体蓮華を証得して常寂光の当体の妙理を顕はす事は、本門寿量の教主の金言を信じて南無妙法蓮華経と唱ふるが故なり。

大前提が見えてきたはずである。

正法正師の正義を信ずる・・・

本門寿量の教主の金言を信じて・・・


能所不二は法華の深意ではあるものの、ご覧のように弟子は師に随順することによって当体蓮華を証得するのである。

以上、沖浦氏の当体義抄に対する理解は偏頗であって、全体の文脈に暗いがゆえに部分に固執していることが、これでよくわかったのではないかと思う。

2018/12/7

イチメイセンダツ  
沖浦氏は新たに御書を引用して反論を構えている。しかし、わたくしの引用した二文にはまったく言及していない。これでは反論の体をなしていないだろう。

さて、今日は顕正新聞第1457号である。当該号のメイン記事は御大会式であり、いつもながら気合の入った会長講演が掲載されている。近年、浅井先生は御書講義をまったくせず、総幹部会での講演においても時事ネタに時間を割くことが多くなって、それがために会員たちは全般に教義に暗い傾向にある。以前紹介した動画チャンネルにおいても、続編的に顕正会を取り上げているが、やはりそこでも会員たちの無教養をあげつらっているくらいなので、これはわりと客観的な見方なのだろう。

ところがである。年に一回だけ行なわれる当該講演はいわば浅井先生による日蓮本仏論のような体裁であり、その内容たるやベラボウに深い。

一迷先達・以教余迷

これが一例である。わたくしはこんな言葉を聞いたことがない。たぶん御書にも存在しないだろう。

正助合行して因って大益を得

妙楽大師の言葉だそうである。これはどこかで見聞きしているとは思うものの、これまた御書には存在しないのではあるまいか?

本年の講演では勤行の重要性について詳しく論じている。しかし、それは日寛上人の御指南をベースに論じているわけであって、御書の引用はきわめて少ない。

 私はいつも心の底から有難いと思っております。我ら凡夫には御書の甚深の極理はとうていわからない。ただ日寛上人が「広宣流布のために」と、その極理を御指南下されたことにより、始めて知ることができるのです。

ご覧のように言っている以上、日寛上人の御指南に基づいて述べていくのは当然のことではあるのだろう。

ただ言えることは、勤行の原形は大聖人の時代にあったにせよ、御書を拝するだけでは今日のような完成形は見出せない、ということだろう。これを都合よく解釈すれば、宗門とは違った勤行であってもさしたる問題はない、ということにもなる。そうなれば顕正会のみならず創価学会をも正当化することになるのかもしれない。

 私はいつも思っておりますが、妙楽大師は本宗における日寛上人のようなお立場の人ではないかと。

それはそうだろう。わざわざ異論を唱える人もそう多くはおるまい。

大聖人は天台の引用とほぼ同等に妙楽の引用をたくさんあそばしている。逆に考えなければいけないのは、先ほどの正助合行云々である。御書にこの引用がないとしたら、その理由は何だろうか?

この辺から話がややこしくなるので、今回は深入りしないことにして、次に移りたい。

 南無妙法蓮華経如来とは、日蓮大聖人の御事です。

ここは沖浦氏と意見の分かれるところである。浅井先生は沖浦氏と同様に御義口伝を引用してご覧のように言っている。違いは、沖浦氏は一切衆生を南無妙法蓮華経如来とするのに対し、浅井先生は大聖人御一人を南無妙法蓮華経如来だとしている。

これまた面倒臭い話なので、わたくしは二人と違うことを言っておきたい。御義口伝の御文にあえて句読点を入れるとすれば、次のごとくなるのではあるまいか?

南無、妙法蓮華経。如来寿量品、第十六。

文永九年の四条金吾殿御返事には次の仰せがある。

 妙法蓮華経と申すは総名なり、二十八品と申すは別名なり。

当然、二十八品が別名なのではない。法華経の正式名称は妙法蓮華経であり、二十八品には一品ずつ別名が付けられているという意味である。だとすれば御義口伝における読み方もそれに基づく必要があるはずだ。

いかがだろうか、わたくしの理解が正しいとすると、沖浦氏も浅井先生も間違った読み方をしていることになる。総名と別名をごちゃ混ぜにして読んでいることになるのだ。

 この「無作の三身」とは報中論三といって、自受用報身の一身に備わる法身・報身・応身のことです。

ベラボウに難しい話である。そもそもなぜに自受用報身なのか、それがわからない。顕正会では自受用身と言っている。ほとんど普段はそのように言っている。唯一の例外が勤行の御観念文だろう。そこだけが自受用報身となっている。報中論三の説明以前に上述の説明が求められるところだ。

だからニューヨーク市場が史上空前の株高となり、東京市場も27年ぶりの高値を付けたのです。

当該講演はほぼ全編が日蓮本仏論なのであるが、最後のほうに少しだけ時事ネタを含ませている。上掲はその一節である。

う〜ん、よくわからん。

浅井先生の言うには、乱高下を繰り返し最後には大恐慌を迎える、ということらしい。ところが上掲のごとく、史上空前ないし二十七年ぶりの高値が付いたというニュースが流れた。その理由がよくわからないのだ。

本編は日蓮本仏論が中心なので経済事案は簡略に述べたわけなのだろう。結局、それがためによくわからない説明になってしまったのだと思う。

2018/12/6

ゲンスイ  
沖浦氏によれば、大聖人が人々に対して裁きを与えることはなく、それは内道なるがゆえだと言う。

後生はさてをきぬ、今生に法華経の敵となりし人をば、梵天・帝釈・日月・四天罰し給ひて皆人にみこりさせ給へと申しつけて候。

大聖人がご覧のようにおっしゃっているにもかかわらず、なぜに沖浦氏は異論を唱えるのだろうか?

・・・さしきりて教主釈尊に申し上げ候はんずるぞ。

大聖人はご覧のようにもおっしゃっている。沖浦氏にとってはネールの言葉のほうが重いのだろうか?

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

自宅の学会版本尊に向って勤行しようとしても、仏壇の電動式扉がどうしても開かず、この不思議な現証に
 「学会版本尊を拝んではいけない」
 と大聖人様が仰せあそばしている、と感じた・・・


女子部第百四十七区長の記事に出てくる話である。わたくしは思う、だったら全創価学会員の自宅の仏壇が同じようになればいいのに、と。

簡単な話である。機械は壊れるのだ。ただそれだけの話に過ぎない。

ゆえに奉安堂でも同じようなことが起きたし、顕正会でも起き得ることなのだ。

大宮・氷川神社で神職、生活行き詰り入信

男子部第十三隊班長の記事に付された見出しである。内容に沿った見出しであり、これ自体に問題があるわけではない。

 しかし四〇歳を超えたところでリストラされ、その後はどこの神社も採用してくれず・・・

基本、どこの業界にもリストラがある。しかも再就職先がなかなか見つからない。ようは同一条件を求めても無理なのである。

前後するが、彼の仕事は祈禱である。

 多い日には、朝から夕方まで二〇件ほどの祈祷を行いましたが、夕方ころには体が疲れ果て、「早く終わらないかな」とか「これでやっと最後」など、心の中は参拝者のための祈願どころではありませんでした。

まあ、しかし、これが現実だろう。ただ言えることは、そうした心の中のことを悟られてはダメなのだ。彼の場合、それが気がつかないうちに態度に出ていた可能性もある。もしそうであればリストラされても仕方がないだろう。プロはモチベーションのいかんにかかわらず、一定のクオリティを保たなければいけない。

 当時、神道を信じていた私は、これが謗法による生命力減衰の罰であったとは知る由もありませんでした。

これは危ない考え方である。顕正会の本部職員は生命力に溢れ、疲れを知らない。いくらでも働ける。まさにブラック企業的である。本部職員はまだしも一般会員はそれでタダ働きをさせられているようなものなのだから、そう考えると宗教団体とは恐ろしいものである。

ちなみに謗法にもかかわらず元気一杯の人がいる。世の中にはたくさんいる。これを顕正会ではどのように説明するのだろうか? まさか魔の通力と言うつもりだろうか?

不思議にも七一歳の私は元気に交通整理のアルバイトができており・・・

神職をリストラされてからは低い時給のパート勤めで細々と生きてきたそうである。具体的にどのような仕事なのか知らないが、今現在はご覧のように交通整理の仕事をしているという。現実に交通誘導員を見ていると高齢者が多い。残念ながら今の世の中は定年後に事務系の仕事に再就職できる可能性は低く、老骨に鞭打って働いている人が少なくないようなのだ。

ただし、逆もまた真なりであって、今の時代は元気な高齢者が多いとも言えるだろう。

納棺業務で見た学会員の悪臨終!

女子部第八十八区総班長は葬儀会社に勤めている。当然、邪宗の葬儀に携わらざるを得ず、それがためにさまざまの身体症状を発して苦しんでいたという。だったら顕正会に入信後はどうなったのか、その辺が少しアイマイのように思うのだが、それはさておき本題である。

 そして勤行の後、ある導師が
 「いま大聖人様が、故人のもとへ金銀財宝を携え、白馬に乗ってお迎えにまいりました」(笑)
 と述べたときには、あまりの衝撃で耳を疑いました。


ようするにこれは創価学会の友人葬をディスっているわけである。しかし、顕正会だって似たり寄ったりではないかと思うのだが、いかがだろうか?

ちなみに白馬のところを大白牛車とすればわりと経文に忠実のようにも思う。ただし、たぶんそれは一般ウケがよくないのだろう。創価学会はそういうところを気にする傾向にある。

わたくしが思ったのは、守秘義務はどうしたのか、である。

顕正会が教義上の信念に基づき、他宗他門の悪臨終を云々するのは、けっこうなことである。ただし、葬儀社に勤める人はそこでの守秘義務が最優先されるはずであり、まさかそれを破って発表することが正義であるとは、さすがの顕正会本部も言わないだろう。ついでに法務部の見解も聞いてみたいものである。

日達上人の臨終については、不確かな伝聞を誇大宣伝する顕正会の姿勢が問題だった。今度は逆に葬儀社で納棺業務に携わっていた人物の発言なので、これを不確かな伝聞とは言えない。ただし、すでに述べたように守秘義務に違反することの反社会性を問うているのである。

つまり、死者を冒涜する行為はもっとも戒めるべきことであり、それが社会常識の基本中の基本なのである。

2018/12/4

マタギキ  
顕正新聞第1455号を見ていこう。

 まさに「御遺命の敵」となった細井日達の悪臨終こそ、「大聖人様の厳たるお裁き」であり、「善無畏・一行が横難・横死、弘法・慈覚が死去の有り様」にも勝る、末法万年に刻まれる重大なる現証と思わずにはいられません。

総男子部長も凄いことを言うものである。こんなことを言っているようでは宗門復帰できない。する気がないのだろう。

下種仏法の血脈が断絶しない所以に言及される先生の只ならぬ重きお立場・・・

これは最近頭角をあらわしてきた副総男子部長の発言であるが、ほとんど意味不明である。ようするに日達上人から日顕上人への御相承を否定しているわけである。その上で広宣流布の時には日目上人が御出現になるから断絶しないと言っているわけだ。そうすると今現在は一時的にしても断絶していることになる。こういうわけのわからないことを主張しているのが今の顕正会なのだ。本人には自覚がないのだろうか?

大師子吼

総合婦人部長と副総合婦人部長の記事に出てくる。相変わらずであるが、わたくしとしても言い続けるしかないだろう。もはや大聖人よりも偉い存在なのだと、そう言っているようなものだからである。

第二十婦人部長の記事を見てみよう。

 また西日本豪雨災害以降、「立正安国論」の御予言的中に衝撃を受けた法華講の一壮年の入会が叶い・・・

まずはこれであるが、どうかしていると思う。まさか日蓮正宗が安国論を否定しているわけではあるまい。ゆえに法華講員の立場であっても、安国論の御予言通りの世の中になってきたことを感じて、そこでよりいっそう信心を強くすることは不思議でも何でもない。とは言え、それが顕正会へ移籍する理由にはならないはずなのだ。

 そしてこのたび、岡山会館の地主だった人の入信が叶いました。

これは興味深い話である。

 されば第二十婦人部は、会館空白地帯の山口・島根・香川・徳島に、会館建立を・・・

いわゆる最終段階の戦いを標榜する顕正会において、ご覧のようにまだ会館が存在しない県があること自体、おかしな話である。

次は第四十四女子部長である。

台風二十一号と北海道胆振東部地震が立て続けに日本を襲い、先生の仰せに相呼応する、諸天の働きには息を呑み・・・

以前の顕正新聞ではイブリをタンシンと読ませていたが、今回はイブリに直っている。それはともかく、またしても出た、相呼応する諸天の働き云々がである。だったら先生が言わなきゃ災害は起こらないことになるはずなので、ずっと黙っていればいいのに、と思う。

第二婦人部長の記事も興味深い。

 「私は学会員だ。この私を折伏するのか、法論なら負けないぞ」

なかなか勇ましい人である。もっとも続きを読んでいくと、この人は顕正会に入会することになるわけだが・・・

 「第六天の魔王夫妻の写真を捨てました」

それにしても凄い表現力である。表現はさておき、過去に何度も指摘しているように、この入会者も高齢であり、御年九十歳とのことである。

それはともかく、同記事の後半には次のようなくだりがある。

 「うちも日蓮正宗です。この人の叔父は猊下でした」


本年の初めころ、越谷支区の一組長が喫茶店で顕正新聞を読んでいたところ、隣の年配の女性から声を掛けられたのだそうである。そしてもう一人、同席している女性がいて、上掲のように発言したらしい。

この婦人も親戚の立場で細井日達の葬儀に参列し、細井日達の悪相におののいた一人だったに違いないと確信いたしました。

このように第二婦人部長は言っているわけだが、どこまで信用していいものか甚だ疑問である。いわゆる又聞きである。しかも本文を読むと相手は逃げ帰ってしまったことになっている。つまり、連絡先もわからない、単なる行きずりの関係に過ぎないわけなのだ。

今回は冒頭において総男子部長の発言を紹介した。

末法万年に刻まれる重大なる現証・・・

再掲であるが、直前の第二婦人部長の記事を見てもわかるように、そのすべてが不確かな伝聞に過ぎないのである。それにもかかわらず顕正会ではこれをネタに宗門誹謗を繰り返している。読む人が読めば悪意丸出しであることがバレバレなのにである。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ