2019/4/25

トモガラ  
まず立証責任についてだが、真偽判定の専門家でもない人間がそんなことをする必要はまったくない。何しろ創価学会で使用している御書全集にも掲載されているのだから、むしろ話は逆であろう。

 どもの輩???
 非法の衆たるべきなり??????

 こんな事大聖人が言われる道理がない。


よって上掲についてもあえて論ずる必要はない。むしろ現状では創価学会の公式見解にも反する沖浦氏こそが言を慎むべきである。

それにしても御書の引用がアンチョクである。

若し此の旨に違背せば門弟を離すべき等の由存知する所なり。

類文とは言わないが、ご覧のような御書も存在するのだ。

ちなみに「輩」は「ヤカラ」と読む場合、特に現代においては相手に失礼な意味があるけれども、「トモガラ」と読ませる場合はかなり印象が違ってくるはずである。こうした点も考慮しなければ大聖人の御真意を読み誤ることにもなりかねない。

 偽書なんです、これは。

日亨上人の御研究についてはほとんど存じ上げないので大したことは言えないが、ともかく上掲は問題発言である。ようするに一書を通じて偽書だと言いたいのか、それとも部分的な意味なのか、そこが問題である。少なくとも御書全集に掲載されている以上、創価学会員の立場として偽書と断じることは慎むべき行為だろう。

さて、顕正新聞の続きである。

国難六年

明年からの二〇年代の決戦場

三百万


ひじょうに面倒臭いので、幹部たちの発言を集約することにした。上掲が二月二十五日号時点で目立つキーワードである。もう一つ気になる表現がある。

・・・師子王心、絶対信と忠誠心で立たれる先生の御遺命守護の戦いを命に刻み、全員で「師子王の子」となって

カギカッコで師子王の子と表記されている。これは浅井先生の発言であることを意味している。先生の言わんとしていることは、大聖人の弟子としての自覚を持て、意訳するとこんな感じになるはずである。ところがである。上掲の冒頭の師子王心とは浅井先生のオココロを意味するのだ。つまり、会員たちは大聖人をすっ飛ばしてしまって浅井先生を見つめていることになりそうである。もしくは大聖人=浅井先生なのだろう。どちらにしても問題である。

あとは目についた記事を拾っていこう。

東京都信濃町での男子部一千名の街頭行進・・・

男子部第六十六隊長の記事である。これはめずらしい。もしかしたら初出かもしれない。平成二年にそのようなことが行なわれたという。

・・・以前は一〇人ほどで配達していたのが、購読者が減り続け、今ではたった一人で配達するようになってしまった。

男子部第百二十九隊長の記事に出てくる話である。聖教新聞の購読者が激減しているという。もしこれが事実ならば創価学会の勢力は十分の一まで縮小していることになるだろう。さすがに現実はそこまでヒドクないような気がする。

「顕正会は二百万で小さい。顕正会の次の会長は」等と顕正会に対し、余計な心配までしてくる有り様でした。

この男子部第三十隊支隊長の記事に出てくる創価学会員の発言は、あながち余計な心配でもなかろうと思う。創価学会の場合はわりとスムーズに会長の交代が行なわれ、組織としての安定が見て取れる。ところが顕正会においてはいわば未経験の領域なのである。

登用試験の合格者一覧についても書いておこう。

男子部の合格者を眺めていると女性の名前が混じっている。女子部婦人部の欄には男性の名前が混じっている。

一例を挙げると、第二十六女子部では十七名の合格者がいる。そのうち、男性と思しき名前が九名もいる。第二十一婦人部はもっと凄まじい。合格者七名中六名が男性である。

第十五婦人部、第二十八婦人部、第三十二婦人部

そしてこの三つの組織は合格者がたったの一名だった。男子部や女子部もわずか二名という組織がある。繰り返しになるが、これは登用試験の話である。つまり、これらの組織では新しい人材が育っていないことを意味するのだ。

さらに言うと、全体の合格率の低さが問題でもある。受験者数は過去最高を謳っているものの、内情はお寒い限りなのである。これで広宣流布の最終段階などと、よくも言えたものである。

2019/4/24

ソウオウ  
今日は顕正新聞第1467号を取り上げていくつもりだが、その前に今朝の沖浦氏のコメントがあまりにもアホウなので、まずはそちらから取り上げたい。

日朗御譲状なるものを初めて読んだ。なぜならば正宗系の御書には掲載されていないからである。どうやらこの書は日蓮宗ですら偽書であることを認めているらしい。では、偽書たるゆえんはどこにあるのだろうか?

もちろん漢文体なので読めないところも少なくないが、おおよその文脈は理解したつもりである。

譲与
南無妙法蓮華経
末法相応一閻浮提第一立像釈迦仏一体立正安国論一巻 御免状


わたくしはこの部分を読んで、ダメだこりゃ、と思った。

宗祖御遷化記録には釈迦立像を墓所の傍らに立て置くべしと書かれている。いわば大聖人の御遺言である。あるいは注法華経ももともとは身延の久遠寺に保管されていた。ところが後に日朗と日昭がこれらを勝手に持ち出してしまったと言われているのだ。

つまり、上掲はまさに日朗が自己正当化のためにでっち上げたことがバレバレの記述なのである。いや、もちろん、それが日朗本人のシワザなのか、後々の弟子たちのシワザなのか、そうした細かいことはわたくしにはわからない。ともかく専門の学者たちがどのように言っているか知らないが、まさか大聖人が釈迦仏の立像を末法相応一閻浮提第一などとおっしゃるわけがないのである。こんなことは創価学会員だってわかりそうなものである。何しろ彼らだって今もなお大曼荼羅信仰を貫いているわけであり、ようはそれこそが末法相応の本尊であることを承知しているからに他ならない。

すでに本尊問題でつまづいているくらいだから、まったくお話にならないわけだが、日興上人への御付嘱状との決定的な差は、三大秘法の有無にある。平たく言うと、戒壇建立の御遺命があるかないかの違いである。失礼ながら日朗御譲状なるものは中身がカラッポなのである。

以上、どっこいどっこいなどと言っている沖浦氏のアホウぶりが、これでよくわかっただろう。

さて、顕正新聞の話題であるが、一二面には日興上人会における会長講演が掲載されているものの、あとはいつものごとく各種登壇記事の羅列である。最後に登用試験の合格者が載っており、これは少し取り上げるべき点がある。

 そして、その常随給仕の合間に付近で折伏弘通され、熱海では真言僧の金剛院行満を折伏し帰依せしめ、大聖人に謁せしめておられる。

会長講演である。伊豆への御流罪の折も日興上人が随伴され、熱烈なる折伏活動を行なった。その時に真言僧を帰依せしめた。この話は以前から承知していたものの、大聖人に謁せしめられたというのは初耳かもしれない。いったいその出典は何なのだろうか?

また、ごく単純な疑問として、くだんの真言僧は大聖人の御書にはまったく出てこない人物のように思うのだが、その理由は何だろうか?

 「我等」とは日興上人とお二人ということです。

これは最蓮房御返事の有名な一節を受けての発言である。しかし、わたくしは上掲に対して大いに異論がある。我等とは大聖人と最蓮房の二人を意味する。普通に読めばそうなのだ。ゆえに浅井先生の解釈は間違っていると思うのだが、いかがだろうか?

ちなみに北林芳典氏は最蓮房=日興上人との説を唱えている。

現状、わたくし自身にはそれほど深い考えはない。ただ言えることは、最蓮房はその存在自体がナゾに包まれていて、あるいは存在しなかった可能性も否定できない。すると、最蓮房関係の御書はすべて偽書になる。こう言っては甚だ不遜ながらも、最蓮房宛ての御書は名作揃いなのである。それらがすべて偽書となると、大聖人の仏法そのものが大きく変質してしまいかねない。そこで大どんでん返し的な説として、実は最蓮房は日興上人なのである、ということになれば話は丸く収まる。そんな感じだろうか?

少し話を戻して、伊豆御流罪の時もナゾが多い。先ほどの金剛院行満もそうだし、船守弥三郎もしかりだろう。何しろ佐渡御流罪の折には大聖人と謁した人たちがたくさん存在する。そして阿仏房に至っては後に身延の大聖人の元へ何度も訪問しているのである。

いずれにしても今となっては解明し得ない問題もたくさんあるのだろう。それをもって直ちに存在しなかったとか偽書であるとか決めつけることは間違いであるし、さりとてヤミクモに信じることもどうかと思うところである。ゆえにわたくしとしては残された少ない手掛かりから何か新しい発見ができないものかと、今後も問題意識を持ちつつ拝読を重ねていく所存である。

2019/4/22

カクシュウ  
拙ブログも隔週更新になってしまった。まるで売れない週刊誌みたいなもので、毎週はキツイので隔週に変更し、それでもキツイとなれば週刊誌ではなく月刊誌にするしかない。けれどもその行き着く先は廃刊である。拙ブログの運命もそこだろうか?

沖浦氏と晃氏が噛み合わない議論をしている。こういう場合、相手が去り沖浦氏だけが残る、というのが毎度のパターンである。それはそうだろう、バカバカしくてやってらんない、というのが普通の感覚だからである。

動画のリンクを紹介された。さっそく開いてみると、すでに視聴済みの動画だった。

えらてんチャンネルは主に宗教系の話題を取り扱っており、顕正会ネタもかなりの頻度で出している。ゆえにわたくし自身もそれなりにチェックしており、今回の動画もチェック済みだった。
感想を言うと、ともかく今後の動向を見守るしかない、ということになるだろう。どうやらチャンネル主は動画を削除しない方針のようである。すると今度は顕正会側がそれに対してどのような方策を取るかである。いわば今の段階は、裁判するぞと脅しを掛けているわけであり、それで効き目がなければ実際に裁判に持ち込むことになりそうである。
ただし、これは顕正会側にとってもひじょうに危険な賭けであり、墓穴を掘ることにもなりかねない危ない橋なのである。早い話が敗訴の可能性も否定できないからだ。

以前は顕正会批判のアヤシゲなサイトが無数にあった。しかし、それらはいつの間にか消えてしまった。わたくしの承知するところでは、顕正会側から法的手段を取ると脅されてサイトを閉じてしまったところがある。やはり一般人にとっては法的云々がいちばん怖いのだろう。

ところがである。今回の場合はそれが裏目に出ている。何しろ訴えられた本人がそれを喜んでしまって、逆に動画のネタにしているくらいだからである。つまり、顕正会側としては今までのような成功事例が通用しないことを悟らなければいけないのだ。むしろ今の段階では顕正会側が姑息であり、逆にくだんの人物のほうが正々堂々としているような印象を受ける。もしこれがわたくし個人の感想に止まらず、多くの人の印象だとすればどうなるか、そこを顕正会首脳部は考えないといけないだろう。

さて、顕正新聞の続きを見ていこう。

 「大聖人様は世界広布の手続きがおわかりになっておられなかった」

これは第十男子部長らが宗門僧侶三人と論判した時、漆畑という大石寺在勤の僧侶が放ったセリフだそうである。もちろんこれは顕正会側が都合のよい部分だけを切り出しているのだろうけれども、それにしてもおかしな発言である。広宣流布に手続きがあるわけではない。広布とは仏法が弘まっていくことを意味する言葉であって、手続きを云々するのは戒壇建立のほうである。

ただし、今も書いたように、これが顕正会側の恣意的な引用であることは否めない。

 「当時は間違いだとは思わなかったが、いま振り返れば間違いだったことに気づいた」

この前後は第十男子部長の文章力が拙く、わけのわからない構成になっている。それはともかく上掲は日顕上人の御発言だそうで、これについて登壇者は「全く筋の通らない釈明」などと書いている。

わたくしは思う。顕正会は最後までイチャモンを言い続けるつもりなのだと。

もちろん顕正会側の言い分もわからなくはない。ただ同時に言えるのは宗門側の言い分だって相当だろうことである。ようするに日顕上人は間違いを御認めになられているわけである。それを筋の通らない釈明などと言ってしまったら会話は成立しないだろう。

ゆえに宗門僧侶は顕正会員が来てもまともに応じようとはしないのだ。それをまた顕正会側は勘違いして相手が逃げたと言っているわけである。

無智・無道心の「妙観講員」を破折

女子部第二百三十五区総班長の記事である。本文は省略するが、確かに見出しにあるように無智で無道心の印象は拭えない。ただこの場合、妙観講員もピンキリだということだろう。当然、総班長クラスでは歯が立たないようなツワモノもたくさんいるのだ。

 「自分の人生は何だったのだろう。あと三〇年早く浅井先生にお会いしたかった…」

今度は女子部二百七十三区総班長の記事である。上掲は創価学会・正信会を経て顕正会へ入会してきた壮年のセリフだそうである。わたくしはイヤミを言いたい。三十年早く浅井先生に会っていれば三十年早く浅井先生に減滅していただろう。

ややこしい話だが、彼はすでに七年前に顕正会に入会していた。けれどもすぐに未活動になってしまい、その間に宗門に移ってしまったそうである。通っていたのは久遠寺らしい。

ところが話は入り組んでいて、後半には次のような記述がある。

・・・通っていた志願寺でも、古い塔婆をカンナで削り、再利用していたと証言しておりました。

こちらは正信会寺院のようである。それにしてもカンナ云々が気になるところで、それが本当の話だとすれば凄いことであり、わたくしはむしろ僧侶を尊敬申し上げる以外にないと思う。手間暇を考えたら割に合わないからである。顕正会員はそうした常識的な思考もせずに、まるで僧侶をケチな連中のように思い込んでいるフシがあるけれども、それこそ大馬鹿野郎である。顕正新聞はツッコミどころ満載でなかなか先に進まない。

最後は婦人部浦和支区総班長の記事からである。

こちらに話をさせないほどムキになっていました。

法華講のご婦人とのやり取りである。この場合、総班長が何か言おうとすると遮って会話が成り立たない様子を言っているわけなのだろう。

わたくしは思った。樋田昌志氏と顕正会男子部とのやり取りがそうだったと。

もちろんこの場合は、樋田氏が何か言おうとすると顕正会側が遮ってまったく会話が成立しなかったという厳然たる事実があって、ネット上で確認することができる。さすがに顕正会の弁護士もこれについては削除要請をすることができないだろう。そうした行為そのものが墓穴以外の何物でもないからである。

2019/4/8

シンネンド  
引き続き種々のコメントを頂戴しているが、割愛させていただくことにする。また、顕正新聞の話題についても遅れに遅れているので、大幅に省略したい。先日来、取り上げてきた第1465号については、次の一点のみ紹介して終わりたい。

――お詫びと訂正――

無作と書くべきところ無三と書いてしまった。その訂正である。

 先生そして読者の皆さまに多大なご迷惑をお掛けしたことを深くお詫びし、ここに訂正させて頂きます。(編集部)

しかし、ここが気に食わない。冒頭の先生云々は不要だろう。読者の皆さまに〜で始めればいいのである。

さて、顕正新聞第1466号に移ろう。

宗門末寺誠諦寺の「悪質ビラ」に裁判の鉄槌!!

当該号の実質的なトップ記事である。弁護士・藤村雄大氏は相当のキレモノらしく、彼が活躍するようになってから、顕正会の様子が変わってきたような印象を受ける。ようするにここ十年くらいはかなり弱腰だった。対宗門においてである。ところがこのところ急に強気になってきた。その理由は不明であるものの、何となく彼の存在が大きいような気がするのだ。

 この判決に対し、誠諦寺は直ちに控訴したが、逆転の見込みがないと判断したためか、その後、損害賠償金を全額支払って控訴を取り下げ、同判決は確定した。

ハッキリ言って、裁判の内容はチョロイものである。ゆえにかつての浅井先生ならば放置しただろう。わざわざ弁護士を雇って戦うような内容ではないからだ。
けれども今は顕正会出身のいわば専属の弁護士がいる。そうなると外注する必要がないので、わりと簡単に訴訟を起こすことができる。もちろん何でもかんでもということではなく、勝てる見込みのあるものを選んでいるのだろう。
そしてご覧のように顕正新聞紙上で報道すれば、会員たちの士気を鼓舞することにもなるわけだ。

この一件に関しては宗門側もあっさりと負けを認めてしまった。賠償額は五十万とのことだ。なるほど、五十万で終われば安いものである。裁判が長引けば弁護士費用もバカにならないので、この辺で幕を引くのが賢明ということである。

さて、当該号は上述の話題を除けば、いつものごとくの登壇記事の羅列である。二面以降、一月度班長会の各種登壇が掲載されている。

先生は三百万、そして明年の二〇年代の広布の決戦場を見据え・・・

二〇年代は想像を絶する激動の時代・・・、二〇年代を前にして・・・

 二〇年代の決戦場を戦う陣形を固めるために・・・

二〇年代を眼前にして・・・


総男子部長、副総男子部長、第六総部長、第八総部長の発言である。女子部幹部、婦人部幹部もそれぞれ四人ずつの記事があって、似たり寄ったりの発言をしているので省略する。

大師子吼される先生・・・

副総合婦人部長の発言である。いつも言っているように、これはダメだろう。彼女は自分の父親を大聖人より偉いと言いたいのだろうか?

諫暁書送付を機に諸天感応の不思議

男子部第十三隊総支隊長の発言である。彼が言っているのは平成二年の諫暁書のことであり、その直後から宗門と創価学会が全面戦争に突入したことを諸天の感応だと言っているわけである。これについて法華講員や創価学会員がどのように認識しているか知らないが、確かに大きな変化であったことは間違いない。しかし、逆に言うと、後に正本堂崩壊という大現証があったものの、顕正会そのものは宗門に復帰できず、ダラダラと三十年近くも経過してしまったことになるだろう。そこが問題である。

私は「大聖人様、浅井先生に付いて行こう、大聖人様、浅井先生は絶対だ」と、心の底から大確信が湧き上がりました。

婦人部大宮支区組長の記事である。大聖人と浅井先生とを並列的に扱っていること自体がおかしい。それを顕正新聞に掲載してしまっているのだから、いわば浅井先生自身もそれを公認していることになるだろう。恥ずかしくないのか、そこが不思議である。

さらに言えば、大聖人を絶対とするのは当然にしても、浅井先生を絶対とするのはどうかと思う。先生は自分で自分を絶対だと思っているのだろうか?

六面には人事が載っている。その下に男子部第十六隊班長の記事がある。

 私は昨年、宗門から顕正会に復帰させて頂くことが叶い、今般一八年ぶりに顕正会の四級試験を受験させて頂きました。

この人物は以前にも取り上げたことがある。次のくだりを読めばわかるかもしれない。

 そこに私自身、八年間、宗門で眼前にした僧侶や信徒たちの相次ぐ急死と悪臨終を思い返すとき・・・

前掲の一八年ぶりは誤植なのだろうか?

もし誤植でないとすると、ようは未活動の期間が長かったことになる。つまり、いい加減な人間なのである。たまたま今は宗門攻撃のネタとして好都合だから使われているだけであって、この先どうなるかはわかったものではないだろう。

大師子吼されました・・・

ダメだこりゃ。

さて、今月は何回更新できるか、そこが自分でも自信の持てないところである。モチベーションのこともさることながら、いろいろと用事があって時間が取れないのも事実である。


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