2019/5/10

ケロン  
顕正新聞第1471号はいわゆる特集号である。

「御遺命守護」特集号

この手の特集号は久々かもしれない。ちなみに当該号は三月度総幹部会の記事がベースとなっており、当然ながらその中心は会長講演である。二面から五面にかけてが会長講演であり、紙数からして普段の講演より長いことが窺える。

まず一面で目を惹くのは提訴の話題である。右下に宗門末寺・本種寺を提訴した旨の囲み記事がある。顕正会も法務部ができてから変わった。ケチな詮索をすると、今まで外の弁護士を雇っていた時は一件ごとに費用が掛かるので、裁判をやればやるほど経費がかさむ。しかし、今は弁護士兼本部職員が二名もいる。彼らが顕正会とどのような雇用関係を結んでいるのか知らないが、まったくの外注よりは遥かに安く済むのだろう。

左下には人事が載っている。これまた毎度のことながら、法戦の途中での人事交代は前任者がどうなったか気になるところである。

さて、会長講演に移ろう。

始めて×6

いつも言っていることだが、顕正会では「初めて」ではなく「始めて」と表記する。わたくしはこれをおかしいと思う。とりわけ特集号ともなれば大量に配布するつもりなのだろう。すると一般人も目にする機会が多くなるかもしれない。細かく見れば一般人には馴染みのないような言い回しもたくさんあるはずである。ここに気がつかないといけない。もし気がつかないとすれば顕正会もオシマイだろう。

教義上の根幹にかかわる問題であれば、あくまで筋を通すべきである。しかし、「始めて」がそういう性質のものとはとうてい思えない。そんなところにこだわってどうするのか、というのがわたくしの意見である。

近現代における戒壇問題の経緯と真義

二月十六日に宗門が出した本のタイトルである。情報に疎いわたくしは、顕正新聞のこの記事を読むまでまったく知らなかった。

従来、御遺命守護の話題は創価学会の教義歪曲にスポットが当てられることが多かったし、宗門のことはついでに取り上げられるようなケースが多かった。しかし、当該講演には創価学会のことがほとんど出てこない。ようは宗門のことばかりが書かれている。いわば宗門批判に特化しているような感じなのだ。

 なぜ一五年前の講義録を今になって発刊したのか・・・

ここが興味深い。鶏が先か卵が先かみたいな話である。

ようするに今回の会長講演は上掲の発刊を受けてのことである。宗門側の動きに反応してのことなのだ。
ところが先生の言い分は違っていて、まず順序としては顕正会の折伏が凄まじくそれで多くの法華講員が正義にめざめて顕正会に入会してくる、宗門首脳としてはそこに歯止めを掛ける必要があってその一環としてくだんの本を出版したということなのだ。
確かに昨年あたりから顕正会側の宗門に対する姿勢が変わってきたような感じがする。それ以前は思いっきり逃げ腰のような印象だった。

いずれにしてもである。繰り返し言うが、わたくしは当該講演を読むまで宗門がくだんの本を出したことを知らなかった。ネット上には無数の法華講員がいるけれども、彼らがそれに言及することもなかったため、少なくともわたくし自身は知り得ない状況だった。

ここで少しヘンなことを書いておこう。

法華講には顕正会批判の専門家がいる。しかし、彼らもくだんの本については何も言っていないようである。わたくしの思うに、顕正会批判のエキスパートにしてみれば、今頃こんな本を出しているようではダメなのだ、というのが本音のところなのかもしれない。

可能ならば御当代上人が書くべきなのだ。

上人は正本堂問題の当事者ではなかった。ただよく知られているように、御父君が当時の宗門中枢にいて浅井父子とも何度も会談している。ゆえに、我かく聞けり、というような感じで証言することは可能のはずなのだ。ある意味、これが現猊下のなすべき最大の仕事だろうと思う。

 もしこれが許されるならば、法華経を誹謗した、念仏宗の法然の「捨・閉・閣・抛」も、真言宗の弘法の「第三の劣・戯論」も、天台宗の慈覚の「理同事勝」も、みな許されることになる。

さて、話が飛んで恐縮だが、ここは日顕上人の御発言であるところの、「言い過ぎ」「はみ出し」について、浅井先生がイチャモンをつけているくだりである。何を言っておるものかと思う。

結論を言えば、許されるのである。

今の時代だってまったく同じだろう。別に高尚な議論に限った話ではなく、普段の会話のレベルでも同じことである。もちろんタイプはさまざまなので一概には言えないのだが、ようは己の間違いを認めない、何かしらのミスをしても正当化しようとする、ハタから見れば見苦しい言い訳に過ぎないようなことを言い張る、というようなタイプの人間が少なくないのである。そこで自分が間違っていたと言えば話は終わるものを、どこまで行っても自分は間違っていないと言い張る人間がいるのだ。

ゆえに日顕上人の御発言は画期的であり、さすがは御高徳の猊下だけのことはある。対する浅井先生はいつまでイチャモンをつければ気が済むのだろうか、そこが問題である。

ただし、宗門自体が今もなおデタラメなことを言っており、その点において反省が足りないような印象があるのも事実である。そしてこれは現猊下はもちろんのこと、御隠尊猊下にも責任の一端はあるのだ。ようするに「言い過ぎ」「はみ出し」と反省の言葉は述べられたものの、戒壇論における諸問題についての整理が行き届いていないのである。

今となってはどっちもどっちである。ゆえに会長講演についても正しい部分もあれば間違っている部分もある。

 この矛盾、頭がどうかしているのではないか。

浅井先生が日顕上人のことを言っているくだりである。逆もまた真なりである。

ようするに、国立戒壇が間違いだと言ったことだけは正しかった、という御隠尊の発言を思いっきり罵倒しているわけなのだが、わたくしに言わせれば、国立戒壇の名称に固執する浅井先生こそ頭がどうかしているのではないか、ということになるだろう。

日顕上人は日達上人から御相承を受けているのである。ゆえに日達上人が国立戒壇の名称を使わないとの方針を打ち出された以上、それを踏襲するのが筋である。もちろん後の猊下が方針を変更することも可能ではあるだろう。ただ、誰もがわかっているように国立戒壇という名称そのものは不朽ではなく、あくまで時代に即した名称に過ぎないのである。そうであれば先代の猊下が名称を使用しないとされたことを次の猊下がそのまま踏襲するのが自然である。

よってわたくしは、国立戒壇が間違い云々は、国立戒壇に固執することが間違いなのだと、このように変換することで完璧になるのではなかと思う次第である。

 これを見て私は、昭和四〇年以来の長きにわたった、正系門家における御遺命破壊のたばかりも、いよいよ最終章に至ったと思っております。

最終章が目を惹く表現である。最終段階と書けばどこかのブログで取り上げられることが確実である。とは言え、最終章も同じである。いくら表現を工夫しても、実態そのものが変わるわけではない。

 私は早く三百万を成し遂げ、大聖人の御馬前に馳せ参じたい。

ここ数ヶ月間、似たり寄ったりのことを書いているが、懲りずに書くことにしよう。結局、二百万は通過点に過ぎなかった。そして今は次なる目標として三百万が繰り返し掲げられている。しかし、どうだろう、三百万が達成されるのはいつのことか知らないが、その時にはまた似たようなことが繰り返されるのではないだろうか?


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