2019/5/13

ヒトリヨガリ  
三月度総幹部会の各種登壇を見ていこう。まずは副教学部長名での登壇記事から取り上げる。

宗門末寺「専妙寺」住職を徹底糾弾
 バカげた反論の末、全く回答不能に


ご覧のような見出しがついている。バカげた反論云々はまったくその通りで、宗門側ももう少し真面目に取り組まないと、本当にダメになってしまうだろう。すでに手遅れなのかもしれないが・・・

とは言え、副教学部長の言っていることも相当におかしい。

「還俗回避は御遺命破壊に加担した証拠」と断定して法論を開始・・・

意味不明である。そもそも法論の開始前に断定してどうするのかである。こういうのを頭ごなしと呼ぶのである。

もちろん斟酌するならば、ようするに勝敗が決した後の責任の取り方を言いたいわけなのだろう。負けたら還俗するかと迫っているわけである。対して御僧侶の側はそれに答えなかった。そこで副教学部長の発した言葉が上掲という流れである。ゆえに上掲を意訳するならば、アンタたちは負けることがわかっているから答えられないんでしょ、というようなニュアンスになるのだと思う。

まあ、しあし、今は映像を通して世間に周知することが可能なのだから、顕正新聞にこうして載せることも悪くはないが、それと同時に動画サイトなどに配信すべきだろう。それこそ生のやり取りを配信すれば上掲のような意味不明の部分も明瞭になるはずなのだ。ようするに顕正会側が都合よく言っているだけの話なのか、それとも住職側の態度がまさに逃げ腰だったのか、それがハッキリするのだ。

 「細井日達が池田大作を諫めた文証がある」

顕正会のダメさ加減がよくわかる記事である。副教学部長が悪いのか、顕正新聞編集部が悪いのか、そこは定かではないが、これはおかしいだろう。

ようするに上掲は住職側の発言なのである。ならば少なくとも次のように表記されるべきだろう。

 「日達上人が池田大作を諫めた文証がある」

日蓮正宗の御僧侶が細井日達などと呼び捨てにするはずがないのである。

いずれにしてもである。続きの文章が問題である。これは大変なミスかもしれないのだ。

・・・昭和四十九年の
 「此の御本尊は、正本堂が正しく三大秘法抄に御遺命の事の戒壇に準じて建立されたことを証明する本尊也」
 との、「賞与本尊の裏書」を出してきたのです。
 私が「これのどこが池田の誑惑を砕いているのか。『準じて』とは『なぞらえる・同等』の意であり、むしろこれは御遺命破壊に加担したことの証明であろう」
 と責めると、二人は答えられず、そのバカさかげんには開いた口が塞がりませんでした。


副教学部長の名義で、しかも顕正新聞紙上で、こんなバカげたことを発表したら、もはや取り返しがつかないだろう。

二人は答えられず云々と。

これは対峙していた正宗側の御僧侶二名のことだが、むしろこの二人のほうが副教学部長のデタラメなロジックに対して、開いた口が塞がらなかったのではないかと思う。というよりも、これは常識外の詭弁であり、言っている意味を理解することも困難なゆえに、答えようがなかったのかもしれない。

これに関しては法華講員のセロリ氏が顕正会側のデタラメな論理を破折している。

https://blogs.yahoo.co.jp/no_sleep502goal/16053561.html

言葉の意味には幅がある。ゆえに顕正会側の言っていることも強ち間違いとは言い切れないのだが、最終的には広く一般人を含めてどちらの説明を支持するかということになるだろう。すると結局は顕正会側の独り善がりの論理としか言えないわけであり、いわゆるゴリ押しでしかないことに気がつくのである。

ここで少し私見を交えて書かせていただくと、もし仮にこの場面でわたくしが顕正会側の論者だったとすれば、細井管長が池田会長を諫めた文証だと言いたい気持ちはわかるが相当に甘いよね、日興上人の御遺誡に基づくならば貫首としてもっと厳しく対応すべきだった、宗門側はその点の反省を含めて謙虚にならないといけないでしょう、とてもじゃないが諫めたなんて言えるレベルではないですよ、というくらいが精一杯のところだと思う。まさかこれを御遺命破壊に加担した証拠とは、さすがにそこまでは言えないはずなのだ。

また、顕正会員であっても御遺命守護の歴史をそれなりに勉強し、その上で相手の言い分を斟酌することのできる人物であれば、さすがに副教学部長の言っていることは牽強付会が過ぎるだろうと思っているはずである。

なぜならば正本堂建立以降、宗門と創価学会の関係は悪化するのである。凄まじい攻防が繰り返され、ご存知のごとく、日達上人はその心労が祟って御遷化あそばすことになる。あるいは創価学会側も無傷ではいられず、何と池田会長が辞任に追い込まれもしたのである。その辺の詳細な時系列はさておき、くだんの賞与本尊問題もこの流れの中で大きな意味を持っている。早い話、池田氏にしてみれば「準じて」が不満だった。ゆえにこれがいわゆる五十二年路線へとつながっていくのだ。

この辺は顕正会員も承知している話であり、こうした大きな流れを踏まえることができれば、いかに副教学部長の言っていることがゴリ押しであるかが、わかるはずなのだ。

クドイようだが、もう少し書いておこう。たぶん日蓮正宗の御僧侶ないし法華講員の立場では書きづらいはずなので、生意気ながらもわたくしの立場から書いておく。

日達上人は創価学会の強大な権力に翻弄されていたのである。

ゆえに正本堂問題においては妙信講の言わんとしていることを理解しつつも、結果的には創価学会側の言い分に寄り添うような御発言をたくさん残されてしまった。そうした中でほぼ唯一、せめてもの抵抗が賞与本尊の「準じて」だったのだ。驕れる創価学会ではあったが、さすがに本尊書写の権能を有するのは猊下一人であるということに関しては、まったく手も足も出せない状況だった。ゆえに池田氏は賞与本尊を要求した。そこで日達上人は正本堂問題に決着をつけたのである。上人なりのやり方で。それが「準じて」の意味である。

本当は日蓮正宗の御僧侶ないし法華講員がここまでぶっちゃけたことを言うべきなのだ。一から十まで正当化しようとするから顕正会員も反発するのである。

まあ、しかし、面倒臭い議論である。結局、今日は一本の記事だけで終わってしまった。


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