2019/6/6

フエン  
顕正新聞の続きを見ていこう。

悪の根源「ニセ法主」を断固追放せん

第十八男子部長の記事に付された見出しにはご覧のように書かれている。本文を読めばそれが日顕上人のことを言っているのだとわかる。彼は教学部長でもある。とんでもない発言だ。

顕正会は純粋に戒壇論だけを唱えていればいいのに、そこから逸脱してしまった。もはや後戻りはできないのだろう。

いや、本当は後戻りできるのだが、何しろ負け嫌いの性格が災いして、それができない。本当はそうした個人的な感情は捨てるべきなのだが、たぶん無理なのだろう。本人はそれでいいのかもしれないが、周りが不幸である。

次の行成理事は頭脳明晰である。ちなみに彼は今度の人事で副理事長になったわけだが、この登壇の時点ではまだ理事だったのでそのように表記しているらしい。意見が分かれるものの、副理事長と表記してもおかしくはないだろう。

 さらに先生は、安倍首相の世法上の失とともに、その奥にある仏法上の失・謗法を責め続けておられますが・・・

ウッカリ書き漏らしてしまったと記憶している。いつだったか昨年末から本年初頭のいずれかの総幹部会で浅井先生がおかしなことを言っていた。その直後の班長会で大幹部たちがそのおかしなことをそのまま踏襲して書いていた。これをわたくしはブログに書こうと思って書きそびれてしまったように記憶しているのだ。
その時、唯一の例外が行成氏だった。彼だけは浅井先生のおかしな発言を承知していて、その部分を自分なりに咀嚼してうまく説明していたのである。これは弟子として最上級の振る舞いである。
内容は上掲から推測できるだろう。ようは浅井先生は安倍首相の失政が亡国を招くみたいなことを言っていたのだ。しかし、それは世間の浅き因果であり、そのままではそこらの評論家が言っていることと変わりがなくなってしまうのだ。

行成氏はそこに着目し、その当時の班長会での登壇でもうまく敷衍していたし、上掲も同様である。他の幹部たちは全員ダメだった。

本当は当時の新聞を引っ張り出してきてちゃんと書くべきなのだが、面倒臭いのでやらない。まあ、しかし、これがまたわたくしの悪いところであって、これで失敗することがしばしばである。ただし、ここまで詳しく顕正新聞を読んでいるという事実と、おそらく他にはそういう人がいないという事実からしてみれば、多少の手抜きはお許しいただきたいと思う。

さて、次の男子部第十六隊長も教学委員である。

いわく、日顕直属の謀略部隊・妙観講の二名と法論した、と。

これも何回書いたかわからないが、直属の意味が不明である。妙観講は理境坊に所属しているので、そこの住職がいわゆる指導教師のはずである。それをなぜに直属の謀略部隊と言い続けるのだろうか?

本年一月、仲間と共謀して無登録で七〇数人から計約七億円を集め、「金融商品取引法違反」容疑で逮捕された男・・・

妙観講側の一人はご覧のような人物らしい。しかし、これは一種のネガキャンであり、法論の本質的な部分とは関係ない。実際、逮捕されたのが事実だとしても、今はこうしてシャバにいて法論しているわけである。もしこの人物が本当にヤバイことをしているのならば、妙観講員としての活動を自粛するべきだろう。また、講としても謹慎などの処分を下すべきだろう。

それはともかく、法論の中身について少し書いておこう。妙観講側はどうやらもう一人の講頭の側近幹部と思しき人物が主にしゃべっていたようである。次のセリフもそうらしい。

「義は同じでも、時代に適さないと猊下が禁止した国立戒壇の名称を使ったことがいけない」

わたくしもそう思う。ただし、少しだけ修正意見を言わせてもらうと、ある時期までは顕正会が国立戒壇に固執することにも必然性があった。当該記事にも出てくるように、当時は共産党議員から国立戒壇に対する質問が発せられたのだ。その直後に国立戒壇を引っ込めるのはいかにもミットモナイ。ゆえに堂々と言い続けることも一つの見識だった。ところがである。今の段階で言い続けることにはさして価値がないのである。元のごとく、本門戒壇と言えばいいわけであって、国立戒壇という名称に固執する必然性はまったくないのである。わたくしは創価学会が破門された段階くらいで、あるいは御遺命守護完結の段階くらいで、そうした方向性を打ち出してもよかったと思っている。歴史そのものは後戻りできないので、こればかりはどうしようもないことではあるのだが、ここがひじょうに悔やまれるところである。

男子部第百六十五隊長の記事も衝撃的だ。

 先日、青森県の宗門末寺「法典院」に在籍する〇〇さん夫妻を折伏し・・・

入会したという。

すでに役職を降りていたらしいが、おそらくは檀那さんのほうだろう、この人は末寺の総代・講頭を務めていたそうである。総代と講頭の違いないし関係性はわからないものの、いずれにしても信徒の代表的な立場であることは間違いない。そういう人が顕正会へ移籍したというのだ。

ゆえに衝撃的ではあるわけだが、全体的な傾向性は不明である。

ようするに宗門から顕正会へ移籍する人もいればその逆もいるわけで、そのどちらが多いのかはわからない。わたくしのように顕正新聞をよく読んでいる人であれば宗門から顕正会への流れも相当に思えるが、ネット上の情報ではむしろ逆の流れのほうが有力のようである。つまり、顕正会から宗門へ移籍するケースである。

逆に言うと、そういう流れを変えたいがために教学委員を選任したり法廷闘争を仕掛けたりと、躍起になっているわけなのだろう。口汚く言えば、顕正会側の最後の悪あがきなのかもしれない。

女子部第六十六区総班長の記事では、正信会信徒が続々と入会している様子を伝えている。

 あるとき住職が、信者の供養が入った袋をいきなり破って集金の支払いに充てた場面を目撃・・・

これは痛い。耳が痛いと言い換えてもいいだろう。

ちょっとした振る舞いが心証を悪くする。これもその一つの事例である。ようは善悪の問題ではなく、快不快の問題である。たまたま手元に用意がなく、やむを得ずにそのような行為に走った。極端な話、誰にも見られていなければ何の問題もなかったのだ。それが運悪くその場面を見られてしまったわけである。

少しだけ弁護しておくと、むしろこの寺院は敷居の低い風通しのよい寺院だった、というふうにも言えるだろう。信者さんも自由に出入りが可能だから、そういう場面にも遭遇するわけである。

ちなみに登壇者は八十一歳という。女子部でその年齢はどうかと思うが、ともかく総班長として活躍していることが凄い。


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