2019/9/29

イチジガバンジ  
ミカン氏のコメントはやや判然としないが、ようするに慧妙の記事によれば日達上人の悪臨終云々は完全なるデッチアゲであると、そのように言っているわけなのだろう。顕正会員は慧妙を読む機会がないので、結局は顕正新聞の記事だけを鵜呑みにしてしまっている。少なくともネット上の情報を拾っていけば、顕正会の言っていることが無理筋であることに気付けるはずなのだが、ネットを見ないような人も少なくないのだと思われる。

さて、今日は第十五男子部長の活動報告から始めよう。

延寿寺住職・清野を糾弾、反論不能で逃げる
 妙観講・謀略紙「慧妙」の驚くべき虚言性


彼は四国方面の中心者である。そしてネット上では幻の総支隊長氏が彼のことをしばしば取り上げており、どうやら浅からぬ因縁があるらしい。そうした細かい事情についてはわたくしの知るところではないが、今回の記事で注目すべきは次のくだりだろうと思う。

清野は・・・「いつでも、どこでも、事の戒壇と言っていい文証がある」と・・・日霑上人の御指南を出してきたのです。

ほほう、これは浅井先生も言及したことのない事案かもしれない。

 しかし、その文面をよくよく見れば・・・明らかに「義の戒壇」についての文証であったので・・・

もしかしたら日開上人の御指南と同趣旨なので、先生としてはあえて取り上げていないだけなのかもしれない。

ともかく、この件は現場での言った言わないの些末な議論ではなく、まさに教義上の重要な争点であるからして、宗門側がこれに対してどのような見解を示しているのか、ぜひとも知りたいものである。

宗門、顕正会の法務部・教学部を恐れる
 「住職は顕正会員と会うな」と本山通達


男子部第百二十八隊長の記事に付された見出しである。ひじょうに興味深い。

まず、本山通達について、もしそうした書面があって顕正会側が入手したとすれば凄い話である。しかし、そうではないようである。するとこの話はまったくのデタラメのようにも思われるが、必ずしもそうではあるまい。正式な通達が存在するかどうかは不明にしても、それに近いものが発せられたであろうことは想像に難くない。

隊長殿としては宗門が逃げ腰であることを伝えているわけだが、記事からは別の一面も垣間見えるのである。早い話が顕正会員と会うと発言の一々を都合のいいように捻じ曲げて顕正新聞に載せられてしまう。だったら会わないほうがいい。なるほど、いちおうは筋が通っているようだ。

思えば樋田昌志氏も顕正会との法論を断念したものか、最近はまったくその手の情報が聞こえてこなくなってしまった。

以前も取り上げたように、顕正会の教学委員と樋田氏のやり取りが動画サイトに残っている。これがヒドイ内容であって、ほとんど議論のテイをなしていない。樋田氏も話にならないと思ったらしく、早々に議論を打ち切ってしまった。この後、日を改めて法論が再開されるような話も聞かれたが、結局は実現しなかったようである。

一事が万事と言うべきだろう。

こうした先例があることからして、いくら法論めいたことを行なったところで実りのある議論にはならない。それでいて顕正新聞には都合よく書かれてしまう。これでは堪ったものではない。それが今現在の状況である。

問題はこの先どうするかである。

何らかの決着方法を考えて早々に結論を出すべきではないか、と思うのはわたくしだけだろうか?

イヤラシイことを言うと、顕正会には残された時間が少ない。ゆえに宗門側は時間切れを狙っているのかもしれない。具体的なことを言うと不謹慎かもしれないが、早い話が浅井先生が指揮を執れなくなったら顕正会も終わりであるからして、そのタイムリミットが刻々と迫っているというのが時間切れの意味である。

最後、第八面には三本の体験発表があってどれも興味深いのであるが、割愛させていただくことにする。

2019/9/24

ダンジョウジ  
戒壇堂、御影堂、垂迹堂の関係性についてコメントを下さった方がいるけれども、ほとんど理解不能の内容だった。もしよろしければボリューム的に今の五倍くらいの文章で説明して下さるとありがたい。また根拠となる文証などもご紹介いただければと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

会長講演の次のページには、後に総合女子部長となる人物の登壇が掲載されている。しかし、この時点ではまさか彼女が抜擢を受けるとは思いもしなかったし、発言内容からもそれは読み取れなかった。ちなみにこの時は第五総部長という肩書きになっている。

問題はその次のページだ。

弾正寺元住職、細井日達の悪臨終を証言
 「みんな見ている、あの真っ黒な悪相を」と


登壇者は男子部第七十隊総支隊長補である。しかし、すでにここに欺瞞があらわれていることに気がつかないといけない。上掲の見出しからすると、あたかも登壇者本人が元住職から証言を得たかのように読めてしまう。事実はまったく違うのだ。

ここに元法華講員が登場する。六十一歳の男性らしい。

ようするにこの元法華講員からの又聞きなのである。またかよ、と言わざるを得ないだろう。

すると元住職とやらはすでに鬼籍に入っている、もはや死人に口なしなのかと思いきや、そうではなかった。

梶原慈文

千葉県市川市にある正宗末寺・弾正寺の住職だった人物である。これを元住職と書いてしまう顕正新聞編集部の不見識、もしくは悪意をハッキリと指摘しておきたい。なんとこの人は今現在、讃岐本門寺の住職なのだそうである。今は讃岐本門寺とは呼ばないみたいであるが、この寺がどれほど由緒正しき寺院であるかは顕正会員も知っているはずである。

つまり、あえて見出しを修正するとすれば、讃岐本門寺の住職が証言、ということにもなりかねないのである。

しかし、それも事実とは異なる。

ようするに、梶原御尊師が弾正寺時代に語ったことを、当時そこに在籍していた法華講員が、四十年後の今日、登壇者に伝えた、という話なのだ。

このような不確かな情報を得意になって発表している登壇者の気が知れない。くだんの法華講員だが、記事では元法華講員と書かれていることに留意すべきだろう。昭和四十九年から平成三年まで云々と書かれている。つまり、平成四年から今日までの足取りが不明なのだ。しかもこの手の記事では顕正会の正しさを知って入会というのが一つのパターンであるが、そうした記述はどこにも見当たらない。

少なくとも元法華講員とやらを呼んできて本人に登壇させなければ説得力はないだろう。

欲を言えば、梶原御尊師に登壇してほしいものである。

妙観講は新参者のくせに態度がでかく、宗門で嫌われていた。

これも例のマタギキ証言の一部である。

ただし、わたくしの感触ではまったくの作り話か、もしくは相当に脚色された話であろう。その理由は元法華講員とやらの在籍期間から類推してのことである。ようするに創価学会が破門されるまでの期間は、宗門の中でどれほど威勢がよかろうともさして目立たないはずなのだ。つまり、妙観講がその存在感を強めたのは創価学会が破門されてからのことであるからして、平成三年に離脱してしまった元法華講員が妙観講のことを云々していること自体が不自然なのである。

讃岐本門寺のことで初めて知ったことがある。

不勉強のソシリを免れないけれども、なんと日達上人と日顕上人が歴代住職に名を連ねているのである。イメージ的には近年の顕正会に見られる兼任に似ているようだ。ようは由緒ある大本山なので、それ相応の人物が晋山する習わしなのだろう。たまたま相応しい人物がおらず、一時的ながらも大石寺の住職がそのまま兼任するような形を取ったのだと考えられる。

おわかりだろうか、ようするに梶原御尊師は相当の人物なのである。

よってくだんの証言が本当だとすると大事件であるし、逆にウソハッピャクだとすればそれはそれで大問題である。もっとも顕正会は他にもたくさんの欺瞞を抱えているので、もはや感覚がマヒしていて、何とも思っていないのだろう。困ったものである。

2019/9/21

スイジャク  
日顕上人が御遷化あそばされた。九十六歳とのことだ。世間の人にとっては毎日のように報道されている著名人の訃報の一つに過ぎず、何の感慨もないことだろう。日蓮正宗系の人たちは、その立場によってさまざまの感慨を懐いているに違いない。

現時点ではここまでにしたい。おそらくは、というよりは確実に、総幹部会の場において浅井先生が言及するはずなので、わたくしはその発言を見守りたいと思う。

「大坊棟札」まで
  否定した無道心の輩


そして今回は二ヶ月遅れになるが、七月末の総幹部会会長講演である。

「三堂」とは、本門戒壇と、日蓮大聖人の御影堂と、天照太神の垂迹堂のことですが・・・

ようするに大坊棟札には天母原に三堂並びに六万坊を造営すべきと認められている。六万坊のことは過去に何度か書いたことがある。天生原のような狭小地に六万坊など建つわけがない、というのが現宗門の見解のようであるが、わたくしはそれを誤読ではないかと思っている。ただし、三堂のほうは逆に先生の発言に疑問を感じている。

天照太神の垂迹堂?

これがわからないのだ。おそらくは浅井先生が勝手に言っているわけではなく、歴代上人の御指南などにその旨の記述があるのだろう。しかし、ごく単純に考えて、戒壇堂と御影堂に並べてなぜに垂迹堂なのか、その教義的な整合性が理解できないのだ。もし説明できる人がいれば、ぜひともご教示願いたいものである。

ちなみに顕正新聞の垂迹には(すいしゃく)とルビが振ってある。ところがわたくしのパソコンでは変換できない。(すいじゃく)ならば変換できる。

本門戒壇の事と義について

戒壇論における最重要の争点と思われる。これについては浅井先生の主張をほぼ全面的に支持したい。わたくしが宗門の戒壇論をデタラメだと言って憚らないのは、まさにこのためである。

池田大作、細井管長に
  二つの箍を嵌める


内容は省略する。わたくしも未熟なもので、この用法を知らなかった。ようするに、箍を外す、箍を嵌める、という正反対の用法があって、以前の会長講演で前者が使われたことをおぼろげながらも記憶していた。ゆえにそこにツッコミを入れようかとも思ったのだが、ようは後者の用法もわりと広く使われているようなのである。いずれにしても浅井先生が後者を用いたのはこれが初めてかもしれず、今もなお表現に工夫を凝らしていることがこの事例から窺うことができそうである。

新しい事情があった

これまた前後を省いて恐縮であるが、新しいはどうかと思った。予てからの事情があった、くらいが妥当かもしれない。

細井日達は大聖人の御眼も恐れず、ついに池田大作に魂を売り渡してしまった。

これ以降、一切の敬称を用いず呼び捨てるようになった云々と。すでに何度も指摘しているように、これはオオウソである。ウソゆえか、この前後の文脈がひじょうにおかしなことになっている。

ようするに法華講の幹部を招集し、「妙信講と戦え」と煽動した、と書かれているのだ。

顕正会の過去の書籍を読んでもわかる話である。ちょうどこの時期は宗門と創価学会の関係が悪化していた。ゆえに日達上人は創価学会の幹部にではなく法華講の幹部に妙信講と戦えと言っているのだ。こうした事情を踏まえずに、池田大作に魂を売り渡した、などと書いてしまっている。まさに文脈的には支離滅裂である。ボウショヲツクルユヘニカカルアヤマリアルカということだ。

金口の御大事

いったい何を言っているのかがわからない。過去にも同様の発言があるけれども、その具体的な内容については一度も説明したことがない。昨年、御大事箱に言及したものの、まさか浅井先生がその中身を見ているはずもないので、結局は先生もよくはわかっていないのだろう。

「あなたは大嘘つきだ」

「あのときは嘘つきと言って悪かった、勘弁して下さい」


日顕上人の発言だそうである。しかし、出典が不明である。まさか公式の紙誌に載るようなセリフとは思えない。つまり、どこまで信用してよいものか、甚だ心許ない文証ということになる。

 この日、同時に山崎と日顕は、大石寺大奥において謀議に耽っていたという。

ほらほら、これである。この日がどの日であるかはどうでもいいだろう。ようはアヤシゲな情報をそのまま垂れ流しているだけの話なのだ。

 山崎正友はすでに死亡して「入阿鼻獄」になっている。残るは阿部日顕と大草一男の二人だけ。

たまたま拙ブログで取り上げるタイミングが今になってしまっただけのことなのだが、御隠尊が御遷化された直後だけにイミシンに聞こえる。

早瀬日如管長の決断 伏して待つ

このくだりは重要なので全文引用すべきところだが、やめておこう。あえて一行だけ引用するとしたら、わたくし的には次の部分に注目したい。

 もはや優柔不断は許されません。

ひじょうに不謹慎なことを書くが、おそらくは御隠尊が御元気の時には御当代も御自分の一存だけでは事を決せられなかったのだろう。しかし、昨年からなのか本年に入ってからなのか定かではないが御隠尊もそう長くはないというような状況になって、そうした情報を浅井先生もどこからかキャッチしたのだと考えられる。つまり、御当代が決断しやすい環境が整いつつあった。

それにしても悩ましい話である。

この件についてはこの先、何度でも書く機会があるはずなので、今日はこのくらいにしておこう。そして最後に紹介したいのは、講演の最後の一段である。

 さあ、顕正会員は早く三百万を成し遂げて大聖人様の御馬前に馳せ参じ、次なる御命令を、謹んで、全員で聞き奉ろうではありませんか。以上。(大拍手)

ツッコミどころ満載の文章である。だが、しかし、面倒臭いので一つだけ指摘して終わろう。

次なる御命令?

何を言っておるものかと思う。まさか大聖人がおしゃべりになられるわけではあるまい。結局は自分が打ち出す方針を言っているのに過ぎない。活動会員たちは相も変わらず使役し続けられるわけである。

2019/9/20

バンジャク  
沖浦氏のコメントで興味深いのは僧侶の必要性を説いていることだ。

 儀式を行う専門の僧侶の必要性を感じております。

これは現在の同志葬にはどうしても違和感が拭えないことの裏返しであり、葬儀に限っては僧侶を復活させるべきという考え方のようだ。仮に創価学会の首脳部がそのような方向性を採るとしても、それ以上のことはさせない、余計な口出しはさせない、というのが彼らの本音なのだろう。そうしたオゴリがもともとあった。だから関係が壊れた。しかし、そのわりには公明党と自民党との関係は良好のまま続いている。いったい何なのだろうか?

「御遺命守護」特集号4

さて、いよいよ顕正新聞第1482号である。同号は七月二十四日に行なわれた総幹部会を報ずるものであるが、いろいろな意味で興味深い。まず一面の右下には教学部第四次任命とあって、十二人の教学委員が任命されたことがわかる。これで総勢三十五名である。全国どこであってもすぐに対応できる。早い話が宗門の人たちがちょっかいを出して来たら直ちに応戦する部隊である。そして二面からは会長講演が掲載されていて、今回はひじょうにボリュームがある。何しろ五面まで丸々四ページにわたっているからである。

赤誠の弘通「七月・二百十万」ついに成る

一面に戻って上段の大見出しを見れば、ご覧のように書かれている。先生いわく、昨年七月に二百万を達成し、本年七月に二百十万を達成、一年間で十万を超える弘通が叶った、いよいよ加速度が増してきた、と。

しかし、今回の会長講演では大事なことが語られていない。七月二十一日に投開票が行なわれた参議院議員選挙のことがまったく語られていないのである。

衆院選と違って政権選択選挙ではないから・・・

いちおうはこのような言い訳が可能なのかもしれないが、しかし、常に時事問題にもそれなりの言及をしてきた浅井先生がまったく言及していないのは不審であり、何か都合の悪いことがあるのではないかと勘繰りたくなるところである。

まず言えることは、行き当たりばったり、ということである。

浅井先生の講演はその時の興味関心に基づいているわけで、今は御遺命守護のことで頭がいっぱいなのだろう。ゆえに他の問題には無関心というか、まったく手が回らないのである。つまりは行き当たりばったりで発言している。それが現実のようである。

次に言えることは、安倍政権が盤石過ぎて崩れない、ゆえに過去の発言が空しくなっている、よって発言すること自体が憚られる、というような感じなのだと思う。

これは特に詳述する必要もあるまい。今は面倒なので振り返らないが過去の発言を見れば一目瞭然である。ある時には年限を切って安倍政権の崩壊を云々していた。すでにその年限は過ぎている。早い話がいつものことながら予言が外れたわけである。

れいわ新選組、NHKから国民を守る党、の台頭が衝撃的だった。

もしかしたらこれが最大の理由かもしれない。れいわ新選組は発足からわずか三ヶ月で二名の議員を輩出した。しかもである。得票数が二百二十万票だった。
比較するのもどうかと思うが、顕正会は発足から六十年以上も掛かって二百十万なのである。しかもそれは累計数に過ぎない。
れいわは今現在の数字が二百二十万なのだ。もし文句があるなら顕正会も出馬して同じだけの数字を獲ってみたらいいのだ。

ちなみに山本太郎は九十九万票という個人としては驚異的な得票を得ながら落選した。

N国についても言及しておこう。

立花孝志はヘンなオッサン、というのがわたくしの印象だった。もちろん過去の印象である。彼は前回の都知事選にも出ており、しょせんは泡沫候補の一人に過ぎず、事実として負けている。ゆえに今回の参院選でも立候補者はたくさん立ったものの、一人も当選できないのではないかと思っていた。事実、大手のマスコミもそのような冷たい見方をしていた。ところが当選を果たし、なんと政党要件までも満たしたのだった。

れいわ新選組も大きな存在であるが、わたくしはN国党も侮れないと思っている。何しろもともと無名だった人物が、地道な動画配信の継続によって国政政党を作り上げてしまったからである。日本の憲政史上では初めてのことかもしれない。

これが一時的なムーブメントで終わるか、それとも大きな潮流となっていくか、その辺はわからない。凡夫には未来のことはわからないのだ。

ただ話を顕正会のほうに引き戻すと、浅井先生がこれに言及しなかったのは心情的にはわかるような気がするのだ。いちばんゲスな表現を使えば一種の嫉妬のようなものだろう。先生が長年の積み重ねでようやくたどり着いた地点に、彼らは一瞬でたどり着いてしまったようなものだからである。そして追い抜かれてしまうのだ。

以上、会長講演の内容については次回に譲りたい。

2019/9/18

カエリタマエ  
更新頻度が著しく落ちている。その理由は複合的なものであるが、単純化すれば多忙だったからである。拙ブログは独りでやっているものなので、この点は致し方のないところである。

 大会当日もアメリカから何と二十一名が駆け付けたことを伺っては、「信心に距離は関係ない」ことを大確信させて頂きました。

男子部第三十六隊長の記事から引用した。信心に距離は関係ない。これは浅井先生の好きなフレーズであるが、その用法的な意味からすると隊長の言っていることは先生の意図とは異なっているように思う。ようするに海外などの遠隔地の信徒がたとえ日本に来ることができなかったとしても信心があれば思いは通ずるというのが浅井先生の言いたいことであって、むしろ隊長の言っていることはそれとは逆の意味なのである。では、どちらが正しいのか、ということになりそうだが、こういうのは言葉のアヤであって白黒をつけるような問題ではないとするのが無難な答えなのだろう。

むしろヘソマガリなわたくしは、信心は距離に関係する、と言いたい。大聖人もそのような意味を仰せになっているので、その点ではヘソマガリではないことになるだろう。

女子部第九十六区長

記事の内容ではなく、人物に注目した。後日取り上げることになるが、女子部では首脳幹部が刷新された。いったい何があったのか、ひじょうに気になるところである。その意味では上掲の区長も気になるところで、彼女は少なくとも総部長クラスの実力者のはずなのである。それがなぜに区長なのか、まるで想像がつかない。

謀略新聞「慧妙」と大草一男の醜態
 捏造記事と対決逃避の「言い訳」に終始


法務部長・副教学部長の肩書きで藤村雄大氏が書いている。争点がたくさんあるが、ここでは一点に絞りたい。妙観講員が浅井宅を直撃した。結局、インターホン越しにやり取りしただけで終わるわけだが、次のくだりに注目である。

 いわく、妙観講員らが先生の御自宅から帰ろうとした際、先生が「彼女たちの背に、インターフォンから『帰りたまえっ!』と声を浴びせた」と。

ここは藤村氏が慧妙の記事を要約して伝えているわけなのだろう。ところで顕正新聞六月十五日号には重要な事実が書かれている。先生は不在だったと。

つまり、慧妙の記事は真っ赤なウソであると、このように言っているわけである。

ところがである。慧妙も負けてはいない。例の「帰りたまえ」発言の音声データを公表してきたのである。

ちなみに藤村氏の書いた当該記事、すなわち七月二十五日号の時点ではそこまで進展しておらず、氏は次のように書いている。

 そうすると、妙観講・大草に残された道は、件の音声データを「捏造」するか、様々な口実をつけてこれを隠し通すかの、二者択一となる。

ヤジウマ的にはひじょうに面白い。どちらかがウソを言っている。その白黒をハッキリとつけるべきだし、ここまで来ればお互いに退くに退けないだろうから、いずれは結論が出ることだろう。

ごく単純に、浅井先生が不在であれば音声データは捏造、となる。また逆に、音声データが本物であれば不在はウソ、となる。

ただし、こんな事案を裁判所が取り扱ってくれるのか、そこが最大の疑問ではある。

妙観講・村松郁夫、違法取引7億で有罪!
 「犯罪集団・妙観講」の実態目の当り


男子部第十六隊長の記事に付けられた見出しである。同記事にはテレビ画面から抜き取った画像が添付されている。そのキャプションも紹介しておこう。

全国報道された村松郁夫(NNNより)

ひじょうに悩ましい事案である。はたして慧妙などの紙媒体で存在するのかどうか知らないが、以前には顕正会員が殺人事件を起こしたという情報がネット上を飛び交っていた。わたくしはその時、犯人が顕正会員だったのが事実だとしてもそれを顕正会批判に使うのはどうか、という意見を述べたと記憶している。今回の一件においてもまったく同じことが言えるだろう。

ただ当該人物について思うことは、そうした事件を起こしておきながら今も妙観講の活動に精力的であることが少し違和感を覚えるところである。しばらくは活動を自粛するのが社会通念上の正しい振る舞いではないかと、そのように申し上げたい。

口筆

ところで同記事に出てくるこの言葉は適切なのだろうか?

前後の文章から意味を類推することはできるものの、そもそも日本語としてどうなのか、そこがよくわからないところである。ともかく最近の顕正新聞はアヤシイ日本語が目立つ。

さて、当該号の後半、体験発表ではその多くが臨終を伝えている。その中から二つ紹介しよう。

 通夜当日、星儀礼室委員から「よくここまでがんばりましたね」と労いの言葉を・・・

男子部第百二十四隊支隊長の記事は、父親の葬儀が危うく金光教での葬儀になりそうなところ、どうにか顕正会儀礼室での葬儀に漕ぎ着けることができたという感動的な話である。

ところで星氏であるが、顕正新聞に辞令が掲載されているのだろうか?

最近の顕正新聞では横田氏の名前がよく出てくる。以前は儀礼室委員の具体的な名前が伏されている記事が多かったが、最近はご覧のように名前が明記されるようになった。しかし、今現在、何人いるのかが不明である。

 桑子総班長の唱導で通夜と葬儀を執り行って頂きました。

ところがである。婦人部伊勢崎支区組長の記事では母親の通夜葬儀を、ご覧のように婦人部の総班長が行なったと伝えているのである。これも最近は目立つようになった。

もはやこうなると、儀礼室の機能は有名無実化していることになるだろう。いわゆる創価学会の同志葬に近い。顕正会員にしてみれば、創価学会と一緒にするな、というふうに思うのだろうけれども、形態そのものはほとんど同じと言っても差し支えないだろう。すでに僧侶を不要とした時点で、同じ轍を踏むことが確定していたのかもしれない。

2019/9/8

サラシクビ  
沖浦氏の書いていることは単なる願望に過ぎない。たぶん正信掲示板のどこかに記されているはずだが、よしりん氏が嘆いていたことがある。いわく、以前ならば男子部の任務だったことを今は壮年部がやっている、と。ようするに若い人材が育っておらず、そのツケが壮年部に回ってきているらしいのである。よくはわからないが、まさかウソを書くとは思えないので、事実なのだろう。

しかし、そうした組織の内情という意味では、創価学会よりも顕正会のほうが遥かに深刻だかもしれない。ご存知のごとく、壮年部を廃止してしまったからである。

もう何度も書いているのでウンザリだが、繰り返し書いておこう。仮に男子部と壮年部を年齢で区分するとしよう。四十歳からを壮年部としたらどうなるかである。おそらく今の顕正会では男子部員よりも壮年部員のほうが多くなるはずである。創価学会の場合は巨大組織なので世間を反映していると考えられる。ようは少子高齢化である。もちろん顕正会にも当てはまることではあるのだが、しかし、それだけが原因ではないだろう。ともかく若い人が育っていない。いや、育たない。あるいは育てる気がない。一つには単なる数字上の成果ばかりを追い求めてきたからである。仮に十人が入信したとして、その全員が名目上の入信に過ぎないとすれば、それはゼロに等しいわけである。もし一人しか入信しなくても、その人が真面目に信心するようになれば、前者の十人よりも価値がある。簡単な理屈だが、今の顕正会はそれがわかっていても実行できない。なぜならば浅井先生がやる気がないからである。

さて、顕正新聞の続きを見て行こう。

 本特集号において、戒壇の大御本尊に対し奉る信なきトリオの顔写真が、まるで「晒し首」のごとくに並んでおりますが・・・

男子部第六総部長の記事である。ここでの特集号は六月度総幹部会を報ずる号のようであるが、誰と誰と誰であるかはご想像にお任せしよう。サラシクビ云々と。これは編集部がそのようにレイアウトしたからであって、悪意の印象操作と思われても仕方がないだろう。

ここで首脳部に言っておくと、これを目にした法華講員がどう感ずるか、である。もちろん一人ひとり感想が異なることではあるけれども、一種の嫌悪感を懐く人が少なくないように思う。つまり、積極的に顕正会に馳せ参じようとは思わない、こんな人たちの仲間にはなりたくない、ということである。もしそうだとすると逆効果である。もっとも宗門側も似たようなことをやっているので、お互いさまではあるのだが・・・

 一〇万に及ぶほどの地涌の菩薩が浅井先生のもとに糾合され・・・

今度は第二十二女子部幹事の記事から引用した。十万の意味であるが、ようするに八回にわたる地方大会の総計が約十万人ということらしいのだ。

いわゆる延べ人数である。ゆえに重複参加の人がどれだけいるのかが気になる。極論すると、ぜんぶの大会に参加している人が一万人くらいいるかもしれない。それはさすがに大袈裟にしても、そういう感じでいくらでも誤魔化しが可能なのである。そうした疑念を懐かせないためには、十万人規模の大会を開いて満席にするしかないだろう。はたして今の顕正会に可能なのか、それを知悉しているのは顕正会の首脳部に他ならない。

最終段階に臨まれる先生の・・・

これも繰り返し言ってきたことだ。いわゆる広布最終段階はおよそ二十年も前から言い続けていることである。ところが上掲の言い方だと、いよいよこれから最終段階に突入するかのように思えてしまう。

男子部第五十九隊長は親の代から日蓮正宗の信徒という七十九歳の壮年のことを書いている。

・・・所持する御本尊様は、なんと日淳上人御書写の御本尊様だったのでした。

後日、この人は仙台会館仮事務所で入会されたとのことであるが、くだんの御本尊をどうしたのかは書かれていない。

隣には婦人部寿能支区部長の登壇記事が載っている。わたくしは彼女の顔写真を見ると、旦那さんはどうしたのだろうか、と思ってしまう。いわゆる個人のプライバシーの問題ではあるものの、立場上、そんなことでは済まされない話だろう。今はマスコミも顕正会そのものにニュースバリューを感じておらないので静かでいられるが、もしも大注目されるようになれば彼女の旦那が今どうしているかというようなことまで取り上げられるようになるだろう。

 年に一回の宗門幹部を集めた夏期講習会の本年度のメインテーマは「顕正会について」だったそうで・・・

これが興味深い。講習会と銘打っている以上、そこには講師がいるはずである。それが誰であるか、ご存知の人がいれば教えてほしいものである。

日本富士大石寺顕正會聖山日本富士山

これは婦人部松戸支区総班長の活動報告に付されている写真から書き写したものである。台湾の太平洋日報にいわゆる広告文が掲載されたとのことで、表記は北京語版だそうである。

ご覧の見出し部分は判読できるものの、本文そのものは字が小さくて読めない。ゆえに何とも言えないところではあるが、これは広告文とは違うのではないか?

ようするに広告文ならば見出しに日蓮大聖人の仏法と表記されるはずだからである。

ともかく見出しが不自然である。もちろん、わたくしは北京語を理解しているわけではない。しかし単純に、日本の文字が重複し、冨士ないし富士山も重複的である。そして聖山が悩ましい。

つまり、いわゆる広告文は浅井先生自らが基礎教学書の内容を広告のために要約したものであるが、くだんの文章はそれとは異なる可能性があるのだ。この点、ご存知の人がいれば教えてほしいものである。

2019/9/7

タドタドシスギヤ  
沖浦氏の今朝のコメントは創価学会の執行部へのよき牽制球になっていると思う。

 私共は公明党の支持母体ですが、公明党が気に入らない政策を取ったりすれば、誰も投票しなくなります。

今夏の参院選では百万票も減らしてしまったそうである。会員たちの公明党離れが進んでいるのだろうか?

わたくしの見方としては、もちろん公明党の政策に不満を懐く会員たちが増えているのは事実であるが、それと同時進行的に創価学会員の絶対数が減っているからでもあるのだろうと思う。ただこれは、顕正会的な見方としてはいわゆる正義にめざめて顕正会に移籍する人たちが増加しているからとなりそうだが、わたくしはそうではないと思っている。創価学会は昭和三十年代から四十年代に激増した。その頃の入信者がいよいよ高齢化して鬼籍に入る時期に突入しているのだ。何しろ池田大作氏がその先頭に立っているわけである。あとは推して知るべしだろう。

ところで宗門の公式サイトに掲載されている文言であるが、これはもともと平成六年に出来した書籍の中に出てくるものだそうである。リンクを貼っておこう。

https://kenshokai-hashaku.com/blog/2019/03/22/post-2235/

つまり、わたくしの見立ては間違っていたことになるかもしれない。ようするに顕正会が宗門批判に転じた理由は公式サイトの文言を知ったから・・・というのがわたくしの推測だったわけだが、それが平成六年の書籍に載っているとすれば話が違ってくる。
ただし、細かいことを言えば、やはり宗門の公式サイトに掲載された時期が問われることも事実だろう。一般の顕正会員は宗門の書籍を読まないからである。
いずれにしても顕正会のやっていることは場当たり的であり、計画性に乏しい。それは凡夫ゆえに未来を見通せないからであり、今はまさに迷走中ということになるだろう。

顕正会から国民を守る講

これが面白かった。法華講員も多士済々である。

あえて疑問を差し挟んでおくと、これは本人が原稿を書いた上で読み上げているのだろうか? それと後半の法華経現代語訳は自分で打ち込んだものなのだろうか?

まず最初の疑問については、自分で書いた原稿にしては読み方がたどたどし過ぎやしないか、という意味である。現代語訳のほうはタイプミスと思われるところがあったからである。ともかくアイデアは素晴らしい。動画サイトで注目を集めるためにはそれなりの工夫が必要であるからして、その意味からしてなかなかのアイデアマンだと思った。

さて、溜まりに溜まっている顕正新聞を片付けて行こう。

日興上人「原殿御返事」拝読

第1481号の一面はめずらしく御書講義っぽい記事である。かつての日曜勤行指導に近い雰囲気のものだ。

日興一人、本師の正義を存じて本懐を遂げ奉り候べき仁に相当って覚え候へば、本意忘るること無く候。

実際の掲載部分はもう少し長いのだが、わたくし的には上掲の現代語訳が気になったので、その部分に限って引用させていただいた。以下が現代語訳である。

 ここに日興一人、大聖人の正義を知り本懐を遂げ奉るべき人に相当っていれば、その本意たる国立戒壇建立の御遺命を忘れることは無い。

なんでこうなるの?

紙面では本文に続いて(通釈)とあって、そこにご覧のような文章が書かれている。通釈の意味をどのように取るかが問題で、言葉の意味は幅があるのでこれを頭ごなしに否定はできないものの、わたくし的にはどうかと思うところである。国立戒壇などの文言はどこにも存在しないのに、それを入れてしまうところが気に入らない。いかに国立戒壇に固執しているか、それをよくあらわしていると思う。

ちなみに参考意見として書いておきたい。

 身延沢を罷り出で候事、面目なさ、本意なさ、申し尽し難く候へども・・・

これが今回の新聞掲載の出だしの一節である。ここに、本意なさ、とある。わたくしの読解力からすると、ここでの本意が文末の本意に係るようにも読めるのである。いわゆる本末究竟等である。もしそうだとすると、これは最初の面目なさ本意なさという一種の屈辱を文末においても繰り返し述べられていると拝するべきであり、本意=御遺命というような読み方は日興上人の御心情をまったく理解していないことになるだろう。

清長誓状

何しろ浅井先生にしてもご覧のような一段を設けて、原殿が日興上人にお誓い申し上げた文言を紹介しているのである。その原殿への返事が今回の御文という背景を考えるべきだろう。なんで日興上人が原殿へ誓いの言葉を述べなきゃいかんのだ?

私は国立戒壇建立の御遺命を忘れることはありません。

誰が誰に言っているのだろうか?

俗な言い方で恐縮だが、早い話が原殿は日興上人に同情されているわけである。父親の傍若無人を目の当たりにして、御法門の上からすれば日興上人が正しいのは明らかなのに、なぜにこんなにも理不尽なことが行なわれるのかと。

ゆえに日興上人はそれを受けて、面目なさ本意なさ申し尽くし難く云々とお返事あそばしているわけである。ゆえに文末においても、この屈辱は絶対に忘れません、なぜならば自分こそが大聖人の正義を受け継ぎ本懐を遂げるべき立場だからです、と仰せられるのだ。

以上、当初は単に本文に存在しない国立戒壇の文言を通釈に使うなよと書いて終わる予定だったが、予想外に長い文章になってしまった。

日顕直属謀略部隊の頭目・大草一男

浅井先生自らがこんなことを言っている。

 いまこそ宗門は、日興上人の身延離山の大精神を心腑に染め、御在世の信心に立ち還らねばならない。さもなければ国が亡びる。
 残された時間は少ない。


現状、日蓮正宗が他宗他門とどのような関係性を結んでいるか知らないが、少なくとも顕正会だとか創価学会がイチャモンをつけてくるのは百も承知のはずなので、この点に関してはわりと神経を使っているのではないかと思う。

残された時間云々は浅井先生の常套句であり、あまりにも多用するので今では説得力が感じられなくなっている。活動会員たちもそう思っているかもしれない。

2019/9/6

シラベテコイ  
沖浦氏ご紹介のリンクを拝見した。素晴らしいの一語である。これは婉曲ながらも創価学会批判になっていると思う。何しろ今の公明党は自民党ベッタリであり、その公明党を支援しているのが創価学会だからである。結局、本当に戦争にでもなったら迷惑を被るのは両国の国民一人ひとりなのである。その戦争の悲惨を訴えてきたのが創価学会であり、それを政治の世界で訴えるために公明党を立ち上げたはずなのだ。ならば公明党の議員は本気で自民党ないし現政権に対して立ち向かうべきだろう。このことは後日、また書くつもりである。

さて、顕正新聞の続きである。男子部第百六十二隊長は三重県・奈良県・和歌山県の正宗末寺住職を電話ないし訪問で糾弾しているという。次は妙徳寺の住職のセリフである。

「正本堂が御遺命違背の建物であるなら、なぜ妙信講は二回も御開扉を日達上人にお願いしたんだ!調べてこい」

これに対する隊長の反論はかなり長いので、ここでは省略する。

わたくしが言いたいのは偽戒壇という表現である。これはわりと最近になって言い出した表現であり、以前は言っていなかった。ここがポイントである。ようするに偽戒壇だとわかっていながら御開扉を願い出たのは矛盾ではないかというのが正宗側の言い分であり、これに関してはわたくしも同意見である。

以前は正本堂の誑惑と言っていた。つまり、この場合は建物が本物か偽物かという話ではなく、教義上の意義付けの話になる。ゆえに隊長殿の言うように、誑惑を訂正せしめた上で御開扉の申請をしていることに矛盾はないのだ。ところが今は建物を指して偽戒壇と言っちゃっている。だから話がおかしくなるのである。

結論的に正本堂は偽戒壇ではない。その意義付けがデタラメだった。ただそれだけの話である。

ゆえに戒壇の大御本尊を御安置申し上げている意味において、正真正銘の戒壇なのである。

浅井先生の御遺命守護の歴史はその語られる時期によって微妙な差異がある。それは先生が表現に工夫を凝らしているからであって、他意はないのだと思う。いや、思いたい。しかし、くだんの偽戒壇を見ればわかるように、年を経るごとに表現がエゲツナクなってきている。結果としては逆効果、すなわち裏目に出ている可能性も否定できない。

というのは、これはわたくしの個人的感想に過ぎないかもしれないが、冨士の二百五十号こそが御遺命守護の最高傑作と思うからである。

宗門の公式ホームページでも「事」と「義」をハッキリと立て分けている・・・

さて、上掲は男子部第百二隊総支隊長補の記事であるが、すでに同様の記事がかなり以前に出ていたものの、横着なわたくしは確認を怠っていた。そこで今さらながら宗門のサイトを確認してみたところ、これにはけっこう驚いたものである。


「本門戒壇の大御本尊」とはどういうことですか

“本門の戒壇に御安置すべき御本尊”という意味です。
  宗祖日蓮大聖人が、弘安二年十月十二日に御図顕された出世の本懐たる大御本尊 には「本門戒壇」との脇書きがしたためられています。
  この「戒壇」について、日寛上人は『文底秘沈抄』に、「事」と「義」との戒壇 があるとし、「義の戒壇とは即ち是れ本門の本尊所住の処」(聖典849頁)、 「事の戒壇とは一閻浮提の人、懺悔滅罪の処なり云云」(同頁)と指南されていま す。
  すなわち、「義の戒壇」とは各家庭も含めた本門の本尊安置の所で、その義理が 事の戒壇に相当するということです。そして、その根本となる「事の戒壇」とは、 宗祖日蓮大聖人が、「国主此の法を立てらるれば、富士山に本門寺の戒壇を建立せら るべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり」(新編1675頁)と 仰せの、御遺命の本門寺の戒壇堂です。この「事の戒壇」に御安置申し上げる大御 本尊でありますから、弘安二年十月十二日に御図顕の御本尊を「本門戒壇の大御本 尊」と申し上げるのです。


http://www.nichirenshoshu.or.jp/page/jpn/p-deta/kyogaku/honzon/honzon_j.htm

なんだ、宗門だってわかっているじゃないか、だったらもっと正直になれよ、と思った。

ちなみに上掲で文句をつけるとしたら、各家庭も含めた、であろう。これを削除すれば百点満点だった。

興味があるのは、上掲が公開された時期である。これは明らかにここ数十年の間に定着しつつあったデタラメ戒壇論を修正する動きであり、それが宗門の公式サイトに掲載された意義はまことに大きい。もしかしたら顕正会側はこれを知って今の動きに転じたのかもしれない。今なら宗門を変えられると。

話が変わって恐縮だが、第五婦人部長の記事も紹介しておこう。

 その後、週に一度、都内音羽の浅井先生のご自宅においてご指導を頂き・・・

九十歳になる母親が亡くなったそうである。登壇者は両親を昭和五十一年に入信せしめた。両親ともになのか母親のみなのか定かではないが、ともかく週に一度という高頻度で青森の下北から浅井先生の自宅を伺ったそうである。その母親の臨終を伝える記事で感動的ではある。ただし、唯一の瑕疵が音羽云々だろう。昭和五十一年の段階ではすでに音羽ではなく常盤台でなければいけない。この点、ウソを書いているのか単なる記憶違いか、そこは何とも言えないところではあるが、最終的には編集部が確認作業を怠ったということになりそうである。

女子部第二百三十三区長の記事は痛ましい。

 私は昨年の最終法戦開始と同時に区長職を拝命し、戦い切った法戦最終日の翌朝、夫が眠ったまま臨終を迎えました・・・

年齢が不詳ではあるが、三人のお子さんがまだ小学生ということから推して知るべしである。これ以上の言及は控えたい。

再び対宗門の話題である。第二十五女子部長は千葉の末寺住職四人を破折しに出掛けている。

 「『紫宸殿の御本尊』なんかない!「師子伝の御本尊』の名前が言い伝えられているうちに変わったのだ」

これは少し前にも取り上げた話題である。女子部長いわく、紫宸殿の御本尊の御存在まで否定し、と。相変わらず進歩のない人たちである。御真筆御本尊の存在を否定しているわけではない。その意義付けの問題である。ゆえに議論をするならばどちらの意義付けが妥当であるかという話になるはずであるが、顕正会ではそれを論じられるほど詳しい内容を把握しているわけではないので、一向に議論が進展しないのである。教学委員に研鑽の成果を見せていただきたいものだ。


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