2019/10/6

ハッキョウ  
いくつかコメントが寄せられているが、ご挨拶は抜きにして、引き続き顕正新聞を見て行こう。

狂気の実態を暴かれ狼狽する「妙観講」
 懲りずにウソ≠ニ言い訳≠「慧妙」に掲載


法務部次長の記事である。ハッキリ言ってわけがわからない。話が込み入っていて理解できないのだ。

現在妙観講に所属する元顕正会員が出てくる。しかし、次長はその人物が元顕正会員であることを疑わしいと書いている。なぜならば、その人物は本部会館のことを大宮会館と呼んでいたらしく、顕正会員でそのような呼び方をする人はいない、ということのようである。

そうした説明の流れの中で、次のような描写が出てくる。

(くだんの人物は)たまに「頭がおかしいんだよ」などとヤジを飛ばしたほか、殴打、膝蹴り、体当たり、発狂くらいしかしていない。

まったくわけがわからん。

男子部第百五十五隊長の記事も妙観講ネタである。

やはり慧妙の記事は捏造であり、カガワが聞かせてきた音声も合成されていたことが判明・・・

浅井先生のカエリタマエ発言とは別件である。ゆえにそれとこれとは別の話とは思うものの、もし合成が事実ならばカエリタマエのほうも合成かもしれないと思う。だとすればケシカラン話である。妙観講は宗門に泥を塗っていることになるからだ。真面目な法華講員たちが可哀そうである。

「惑星学」の観点から諸天の存在を確信
 宇宙線による気候変動 証明さる


男子部第十二隊班長は本年三月まで神戸大学院で惑星学を学んでいたという。こうした優秀な人物が諸天の存在を云々すると説得力が増しそうに思える。しかし、本文を読む限りは単なる思い込みを書いているに過ぎない。なお、気候変動のほうはおおむねその通りなのだろう。

すべての寺が「法論はできない」と逃げる

これは男子部第四十五隊総支隊長補の記事に付された見出しの片面であるが、もう一面のほうには石川県の正宗寺院が四つ列記されている。

とりわけ大興寺の住職は当初、わずかな時間では話ができない、時間をかけて話をしましょう、と法論の実現に前向きだったのだが、途中で態度を変えてしまった。

 「周りの住職や上の人に相談したら、上田さんや矢尾さんが来るのであれば、やめた方がいいと言われました。この話は無しにしましょう」

どうなんだろうか、正宗の僧侶は一千名近くいるはずである。ならば負け嫌いの人もいるはずなので、いずれは顕正会員と正々堂々と対峙するような僧侶も出現するのではあるまいかと思うのだが、いかがだろうか?

婦人部蔵王支区総班長の記事も興味深い。

 昨年より、宮城県栗原市の宗門末寺「妙教寺」周辺の法華講員宅を、総班員と共に訪問しては配布を重ねておりますが、顕正会のことを知らず、広告文も見たことがない人ばかりでした。

ようは住職レベルでも顕正会のことをよく知らない人がいるのだろう。そこでコワイモノシラズよろしく顕正会員と法論しようとする。ところが顕正会のことを下調べしてみると、いろいろと面倒臭いことになりそうだとわかってくる。他の住職に相談すると、より一層わかるのだ。

女子部第四十七区総班長は祖母の臨終について書いている。

 しかし大会の一週間前、祖母の自宅を訪ねると、祖母が裏庭で、心肺停止の状態で倒れていたのです。

そして祖母は病院へ搬送され、そのまま臨終を迎えました。


臨終を迎えた云々はやや不適切かもしれない。

 祖母は死因が不明だったので検視になりましたが・・・

検視兼検死と思われる。ようするに不審死とされたわけなのだろう。

つまり、病院で臨終を迎えたのではなく、自宅の裏庭で臨終を迎えたのだ。幸か不幸か、救急車が病院まで搬送してくれたので、そこで医師による死亡確認が行なわれた。

わたくしは死者を冒涜するつもりで書いているのではない。ただ思うことは、こうした亡くなり方をしていながら、記事では美事な成仏の相だと書いているのである。成仏の相とはそうした皮相的なものなのだろうか、いや、そうではあるまい、ようは死に様をも含めたところにその意義が存するのであって、単なる死相を云々するのは間違っているのではないかとわたくしは思うのである。

その意味では隣の男子部第五十隊班長の父親の臨終が対照的である。

 その後、父は私に対して、「体を起こすから手伝ってほしい」と頼んできたので、私が父の体をゆっくりと起こすと、父はそのまま私の胸の中で包まれるように、静かに臨終を迎えたのです。

ちなみに、亡くなった方は昭和五十年の入信だそうで、自ら手書きで顕正会の年表を作ったりもしていたという。

「松本御能化御遷化」「浅井甚兵衛初代講頭先生御逝去」
ここが興味深い。遷化はどのレベルから使われる言葉なのか知らないが、ご覧のように松本能化に対して遷化と記している。顧問先生に対して逝去とするのは常識的なところだろう。

下段には婦人部水戸支区班長の記事があって、そこでは姉の臨終を伝えている。

 夜に仕事から戻った長男が、泥で汚れた服が玄関に乱雑に脱ぎ捨ててあり、普段とは違う様子を不審に思って母親の部屋に行くと、亡くなっていたとのことでした。

記事には書かれていないが、これも不審死であるからして、検死の対象になった可能性がある。

そして注目すべきは三つの記事には共通する点があることだ。

白髪だった祖母の髪の根元が黒くなり・・・

白髪だった髪が黒々としてきたことを目の当たりにした瞬間・・・

白髪の髪も生え際から黒くなっていきました。


近年の顕正新聞には臨終に関する記事が頻出し、その中でも上掲のような髪の白黒を云々する記事が高頻度で登場する。


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