2019/12/31

マモナク  
今朝も沖浦氏から挨拶があった。例の曼荼羅道具論についても引き続きコメントが寄せられている。しかし、今日は顕正新聞第1491号を取り上げたい。

実はすでに新春号が届いているのだが、それはまだ先の話である。何しろ今日は十月度総幹部会の会長講演を取り上げる。三ヶ月遅れである。いや、正確には二ヶ月遅れなのだが、ともかく遅延が著しいのは事実であり、なかなか回復が見込めない。まあ、しかし、誰に迷惑を掛けているわけでもないので、これでいいのだろう。

全日本人の三人に一人はこの広告を手にしたことになる。

基礎教学書の広告文である。この発行部数が四千百五十万枚に達した。ゆえに日本人の三分の一が手にした計算になる。

もちろん計算上の話であって現実的には違うだろう。

さらにいま第20号・21号も接近しつつあります。

これが余計なのである。浅井先生の悪癖と言ってもいい。

台風19号などは十月半ばの猛烈な台風で、まさに「非時風雨」の難です。

これもよろしくないだろう。

気象庁のサイトには台風の上陸数が掲載されている。過去のデータによれば、七・八・九月に集中しており、その三月が文字通りの台風シーズンである。しかし、少ないながらもその前後、六月と十月にも台風は来ているのだ。ゆえに言っていることが大袈裟なのである。もし一・二・三月くらいに台風が来れば、それこそ非時風雨の難であり、先生の言っていることも相当となるが、十月の台風ではそれほど説得力があるとは言えまい。

広布前夜の今も、まもなく巨大地震が連発し・・・

これは感覚がマヒしているのか、単に物忘れが激しいのか、そこが気になるところである。

ようするに3.11の時から巨大地震の連発が始まったと言っていたはずなのである。ところが上掲では「まもなく」と言ってしまっている。いかにもおかしな話である。

要言、約言

ここは新境地かもしれない。具体的な発言を引用しておこう。

三大秘法抄の御文を要言すれば御付嘱状の御文になり、さらにそれを約言すれば「国立戒壇」になるということです。

大きくは間違っていないものの、これが絶対的に正しいとは言えないだろう。この件については後日取り上げる機会があるはずなので、今回はここまでにしておきたい。

対論の結果・・・

対論した折には・・・


個人的にはタイロンが気に食わない。浅井先生も偉くなったものである。

己の身が保たぬことを知って池田を裏切ってからは・・・

意味不明である。もちろん文章の意味はわかる。平成二年ないし三年以降、宗門と創価学会は全面戦争に至る。しかし、普通に考えれば戦争しないほうが得策だったはずなのである。それにもかかわらずなぜに日顕上人はその道を選んだのかと考えると、単なる自己保身とは別次元の話に思える。

つまり、浅井先生の言っていることを善意に解釈するならば、日顕上人は大聖人の御叱りを恐れて池田氏を切った、という意味になるはずなのである。ならば顕正会にとって悪いことではないだろう。

・・・ようやく最終段階を迎えんとしているのです。

だからいつも言っているのだ、御遺命守護完結宣言はどうしたのだ、と。

この二冊が存在することは己の恥となる、己の地位を危うくする。

浅井先生の未熟さを露呈している。少なくとも日顕上人は反省の弁を御述べになった。ところが浅井先生は過去の大言壮語について一度たりとも反省していない。むしろ都合の悪い部分を隠して自慢話ばかりしているのだ。

おわかりだろうか、浅井先生は誰よりも己の恥を隠す人間なのだ、あるいは顕正会の会長の地位を失うことを恐れている、まさに自己保身に汲々とした人物なのである。

つまり、自分の価値観ないし尺度を基準にすると、日顕上人の御振る舞いがそのように見えてしまうわけなのだろう。

まことに幼稚きわまる。

浅井先生によれば、日顕上人は創価学会の弁護士グループの虚説を信じ込んでしまい、例の二冊の悪書を書いた、ということらしい。

ただ、ここも物忘れが激しくなっているのか、過去の発言とは少し違っている。

 さて、正本堂を正当化するための学会・宗門のさまざまなたばかりを見るに、池田大作のそれは幼稚、細井管長は粗雑、そして阿部教学部長は最も巧妙である。

大きく違っていると書いてもいいのだが、いちおうここも善意に解釈するならば、あれからかなりの長年月が経過しているわけだから浅井先生もバージョンアップしたのだろう、ゆえに今の先生から見れば幼稚に見える、ということなのだと思う。

しかもこのときはすでに池田とも争っていた時代です。

前後を端折って恐縮であるが、先ほどの自己保身にリンクする話である。ますます浅井先生の言う己の身が保たぬ云々が意味不明である。むしろ常識的に考えると、ここでの自己保身は、己のプライドを保つ、という意味ではあるまいかと思う。

日顕上人には甚だ失礼とは承知しつつも書かせていただくと、創価学会とケンカすることも己のプライドのためであるし、さりとて顕正会にも頭を下げたくない、これまたプライドそのものである。

わたくしの言っていることが百点満点とは思わない。さりとて浅井先生の意味不明の発言よりは遥かに正鵠を射ているのではあるまいか?

 しかし、ひと月経っても、何の動きもない。

例の日如上人への直諫である。そもそも直諫という表現そのものがアヤシイものであって、発言当初からそのように言われていたわけではないのだ。今は記憶だけで書くが、後に総男子部長あたりがその表現を使い出し、それを他の幹部たちもマネするようになったのだ。もしこれを意図的にやっているとしたら、とんでもないインチキ野郎たちである。

もはや優柔不断は許されません。

日如上人への直諫にはご覧のようなくだりがある。ゆえに浅井先生としては上人がこの言葉に刺激されて何らかのアクションを起こすことを期待したのかもしれない。しかし、前掲のごとく、何の動きもなかった。

「大聖人様が宗門追放して下さったのだ」

何を言っておるものかと思う。すでに過去の拙稿において言及したごとく、日顕上人の御年齢からして、何の不思議もないことである。甚だ不謹慎ながらも大草氏あたりが急死でもすれば大事件だとは思うものの、日顕上人の御遷化が宗門追放などとはチャンチャラおかしな話である。

諸天に申し付け給う大聖人の絶大威徳

この一段はデタラメである。こんな恣意的な御書の解釈は誰にも考え付かない。いわゆる牽強付会の典型だろう。

必ず国中が驚くような加速度が付いてくる。

それが事実となるかどうか今後も見守り続けるつもりだが、ともかく活動会員たちを苦しめるような無理なノルマだけはやめていただきたいものである。

2019/12/27

コワイロ  
沖浦氏からの精力的なコメントが続いている。ただし、内容的にはどうかと思うところだ。

 はたじるしですから、道具ですね。

曼荼羅道具論の復活である。しかし、それはあまりにも短絡的な解釈だろう。文章表現として旗印としているだけであって、それが必ずしも旗であるかどうかは別の話である。例えば、旗幟鮮明、という表現がある。これはあくまで譬喩表現であって、それが必ず旗幟である必要はないのだ。沖浦氏はこの辺から考え直したほうがいいと思う。

さて、顕正新聞である。

先生が御金言を拝読して下さるたびに、大聖人様の梵音声を拝するかのようでありました。

第二十五婦人部長(首都圏)の発言である。純粋に御書を拝していて大聖人の御声が聴こえるのであれば相当なものだが、浅井先生の声色を聞いてあたかもそれが大聖人の御声のように錯覚するとすれば危険である。

久遠元初と末法にだけ現出する荘厳・崇高・威厳に満ちた御本仏成道の大儀式・・・

婦人部熱原支区部長(静岡)も危険なことを言っている。この前後の文章をわたくしなりにまとめさせていただくと、臨場感あふれる先生のご指導を聞いていると大聖人様の威厳に満ちた御声が自身の耳にも聞こえてくる、という感じになる。しかも上掲の続きには、・・・大儀式をいま眼前に拝せますこと云々、となっているのだ。つまり、大聖人の御声が聴こえるし、その御姿も見えると言っているわけである。

それはさておき、久遠元初と末法にだけ現出云々が気になるところであり、その教学的な根拠がわたくしには思い浮かばないのであるが、ご存知の人がいればぜひとも教えていただきたいものである。

「四箇度の大難」「無数の小難」の末に「竜の口大法難」に至った・・・

ここはアゲアシ取りとは承知しつつも書いておきたい。四箇度の大難とは何かと聞けば彼女もわかるだろう。ようは竜の口も含めて四箇度なのである。

昭和四十五年より開始された先生の「御遺命守護」の戦いが、間もなく「完結」の時を迎えんとしていることに・・・

これは第二十七女子部長(宮崎)である。彼女の入信時期が気になる。平成十年以降であれば仕方のないことかもしれない。それ以前から在籍していたとすると問題だろう。

次は七十五歳の男性婦人部員である。

・・・子どものころ戸田二代会長に頭をなでてもらい、池田大作に握手してもらったことを誇りに思っていました。

ご覧のような古参の創価学会員だったわけだが、本年の六月に顕正会に入会したそうである。

 私が顕正会に入会したことを知った学会大ブロック長が何度か怒鳴り込んできましたが・・・

現役の創価学会員ならば、すぐに気がつくだろう。大ブロック長は昔の役職であり、今は存在しないはずである。ここが顕正会のおかしなところであり、ゆえに創作話ではないかと疑われてしまうのである。

女子部第百九十二区総班副長(千葉)の記事では、心臓病の娘さんのことや台風十五号のことが書かれている。それとは別に注目したのが次のくだりである。

「顕正会員はみな良い人だから、従業員として顕正会員を紹介してほしい」

すでに一年前から班長が勤めていた介護施設に、そのツテで彼女も入社したそうである。

 喜多さんは私が勤める訪問介護の利用者ですが、顕正会に入信したことがケアマネージャー、支援センター、会社に知られ・・・

少し話が複雑なのでそこは端折ってしまおう。ともかくこの手の問題が後を絶たない。学校の先生が生徒を折伏するのも同様の問題である。ここは本部として明確なガイドラインを示すべきだろう。

夫・母・弟が良き臨終、仏様の大慈悲に咽ぶ

見出しだけを見ると不幸続きのように思える。しかし、登壇者は八十四歳の女性男子部員であり、このくらいの年齢になると両親はもちろんのこと夫を見送るのはわりと普通のことだろう。また、老少不定ゆえ、弟さんに先立たれることも起こり得ることである。

ちなみに先ほどの記事では、重い心臓病で二十歳まで生きられないとされていた娘さんが三十三歳まで生きたことが書かれている。登壇者はそれを更賜寿命の大功徳とし、良き臨終が叶ったと発表している。もちろん、このことにイチャモンをつけるつもりはないが、残念なことであるのは事実だろう。

最近の顕正新聞はこうした臨終についての体験発表が目立つ。次の登壇はわりと若い男性女子部員であるが、ボランティアで多くの災害・紛争地域を経験しているだけに、エグイ話がたくさん出てくる。

以前、遺体の片腕だけを運ぼうとした際、あまりの重さに抱え上げられず、シートに乗せて引きずって運んだ・・・

それにしてもこれはどうかと思う。実際に秤にかけてみないことには何とも言えないだろう。

さて、今年もあとわずかである。もう一回くらい更新できるかもしれないが、あるいはこのまま年越しになるかもしれない。

2019/12/26

キンキケン  
沖浦氏から返信をたまわった。その一部を紹介しよう。

象られた曼荼羅を安置する場所は仮の戒壇、象りの本体の衆生の居場所が本当の戒壇。

わたくしの印象としてはぜんぜん説明が足りていないのだが、沖浦氏にとってはこれで整合性が取れているのだろう。

ちなみに平成新編には、上行所伝三大秘法口決、という古文書が掲載されており、その裏書きに興味深い記述がある。

持経の処即戒壇なり、法界道場云云。

持経を曼荼羅本尊と解釈するならば、本尊所住が戒壇となる。また、持経を持経者とするならば、法華経の行者の所住が戒壇となる。まさに沖浦氏の言っていることに通ずるだろう。ただし、前者が仮の戒壇で後者が本当の戒壇と言えるのかどうかは、別の議論である。

さて、顕正新聞の続きである。 

 この九月、近畿圏の宗門末寺の一住職と、三回の法論を行いましたが・・・

男子部第百六十二隊長(三重)の記事では、ご覧のように寺院ないし住職の名前を伏せている。全体として顕正会に好意的な発言が目立つので、宗門からイジメられることを慮ってのことかもしれない。いや、そうではなく、都合よく話を盛っているために隠さざるを得ないのかもしれない。

一方、男子部第八十九隊支隊副長(茨城)は具体的な寺院名を挙げており、その線引きのようなものがどこにあるのか、ちょっとわからなかった。各自の判断だろうか?

ちなみに、男子部第五十八隊支隊副長(静岡・首都圏)は、正信会の寺院と住職の名前を示している。もっとも正信会の置かれている状況からすると、立場が悪くなるようなことはないので、名前を伏せる必要もないのだろう。

千葉県の農林水産被害額は東日本大震災時を上回わり・・・

男子部第百六十四隊長(千葉)の言っていることは事実なのだろう。台風十五号のことだ。しかし、次の記述が悩ましい。

近隣は停電しているのに、なぜか班長の家だけ停電を免れる・・・

明確な理由がなければ、納得できない。

例えば、あの時は拙宅も停電した。集合住宅であり、その大元のブレーカーが落ちてしまったのだ。まさかその状況で一室だけ電気が通っていたらおかしいだろう。それとも仏法ではそうした不思議を現ずることが可能なのだろうか?

妙広寺住職と浅野副教学部長が法論

婦人部多摩支区総班長(千葉)の活動報告である。今は婦人部ないし女子部にチョッカイを出すと、教学委員が派遣されるという図式になっている。今回の場合はそうではなく、彼女のところの総班副長が広告文に連絡先を付けて寺院のポストに投函したらしい。それに住職が応じたのである。もっともこの場合も連絡先が女性の名前になっていることで、気安く応じたのかもしれない。

内容は割愛しよう。ともかく今となっては教学委員と好んで法論する住職など、ほとんどいないだろう。面倒臭いだけだからだ。

いまだ会館がない佐賀県にも・・・

女子部第百七十一区長(佐賀)の記事である。こういう人が頑張れば、いずれは会館も建つことだろう。

 駅での街頭配布ゆえ、市役所に毎回、申請を通して配布しておりましたが・・・

女子部第百九区総班長(栃木)は、ご覧のように許可を得て配布活動をしていたそうである。真面目な話だ。

少し前に見た動画では、どこかの駅前で配布をしている婦人部員に対してイチャモンをつけている様子が映し出されていた。その意味で上掲は用心堅固であり、感心するばかりであるが、突然なぜか許可が下りなくなったそうである。しかし、法務部で県条例などを調べた上で、許可を得なくても配布活動ができるという結論を出したらしい。逆に言うと、自治体によってはダメなところもあるのかもしれない。

「余命は約五年」

女子部第三百一区班長(富山)の記事に出てくる話である。創価学会から顕正会へ移籍してきた人は、何の病気か知らないがご覧のように余命五年を宣告されているそうである。わたくしの思うに、余命五年は疑問である。そのような宣告をする医師がいるものなのだろうか?

「おカネならいくらでも払うから半口半眼にしてほしい」

女子部第九十八区総班長(青森)の記事も疑問である。エンバーマーから聞いた話として、上掲のような依頼を遺族から受けることがあると紹介しているのだ。ことに僧侶は皆悪相という話のようなのだが、必ずしも正宗僧侶の話をしているわけではなさそうなのである。

つまり、これが事実であれば、一般的にも半口半眼が理想であると認識されていることになるだろう。もし違うのであれば、話を盛っていることになりそうである。

2019/12/25

カワイソウ  
今日は顕正新聞第1490号を取り上げるが、その前に沖浦氏のコメントを一つだけ拾っておこう。

 戒壇には2種類あるのです。
 シンボルとしての伽藍と、法華経である衆生の命を持つ肉体です。


文証をお願いしたい。

さて、顕正新聞を見て行こう。まずは副総男子部長の記事から引用する。

宗門と国家の全責任を一身に担い戦われる先生の重きお立場・・・

彼の主観なのだろう。

「日達以上の極悪人」

今度は第五総部長である。あろうことか、日顕上人をご覧のように罵っている。

免職権のある早瀬管長の責任は極めて重大・・・

これは第十八男子部長である。ようするに日顕上人が御遷化あそばされた後においては、御当職が全責任を背負っているわけである。ゆえに顕正会問題についても何かしらの手を打つ必要がある。文脈上は大草氏の免職を訴えているわけだが、最終的には顕正会のことをどうするのか、何もしないつもりなのか、と言っているように読める。

 先日、一ニュースで、平成元年に死去した国民的歌手の美空ひばりが、このたび「新曲」を出したと報道しておりました。

前後するが、彼はご覧のようにも言っている。早い話、現代の最新技術を駆使すれば可能なのだろう。大草氏の捏造もしかりであると、そのような意味を言っているわけなのだ。

決戦場突入までの残り三ヶ月・・・

これは第三十五男子部長の発言である。おそらくは九月の集会で発言したのだろう。彼の認識では年明けと同時に決戦場に突入するようである。

そうそう、ウッカリした。

副総男子部長(首都圏)
第十七婦人部長(静岡)
副総合女子部長(九州)


三例示したが、当該号からだろうか、ご覧のような表記になった。これは悪くない。

さて、記事に戻ろう。

いま宗門においても、日本国においても、責任を持って立たれるお方は浅井先生以外におられず・・・

婦人部第四総部長(首都圏)の発言である。彼女の主観なのだろう。

婦人部第一総部長(東北)の発言も凄まじい。

まさに大聖人様と一体であられる・・・

さらに次のようにも言っている。

世界に対する義務と大任を一身に背負われ・・・

いずれも浅井先生のことを言っているわけだが、大聖人と一体を顕正会の教義とするならばそれはそれで結構だろう。世界に対する義務と大任のほうは、もちろん教義の一環と捉えることもあり得るが、まあ、しかし、客観的にはどうかという問題を考えた時に、しょせんは彼女の主観に過ぎないことになるだろう。

日淳上人以前の清らかな宗門に立ち還ることを・・・

これは第十七婦人部長(静岡)の発言である。

ここで素朴な疑問を書いておこう。日淳上人以前と書いた場合、日淳上人を含むのか否かである。もちろん顕正会の認識では日淳上人を含むことになる。ただし日本語の使い方としてどうか、そこが疑問なのである。これについて、わたくし自身は確たる見解を持っているわけではないが、言葉の意味には幅がある、言語感覚は人それぞれ、というような観点からすると、ちょっとアヤシゲな感じがするのである。この点、ぜひとも検討していただきたいと思う。

次は女子部第十一総部長(南東北)の発言である。

 そして決戦場を待たずに起きたこの大現証に・・・

彼女が言っているのは日顕上人の御遷化のことらしい。浅井先生の日如上人への直諫からわずか五十八日で日顕上人が御遷化あそばされたことを、大現証だと言いたいらしいのである。

それにしてもデタラメなロジックである。

顕正会で言っている決戦場なるものは、御遺命成就の戦いのことに他ならない。ゆえに話がすり替わっていて、ほとんど整合性がないのである。

千秋楽を待たずして優勝が決まる。大相撲ではしばしば起こることである。ようはライバルが負けて、二敗差がついた時点で優勝が確定する。
これを当てはめればわかるだろう。明年から始まる決戦場の戦いがいわゆる御遺命守護の戦いであるならば、まさに決戦場を待たずして敵が倒れてしまったわけであるから、それを大現証だと言ってもそれほどおかしくはない。
しかし、明年からの戦いは別のカテゴリなのである。ようは関係ない話を都合よくつなげているだけなのである。

もっとも善意に解釈すれば、新しいステージに入る前に、うまい具合に前のステージがクリアできた、というニュアンスを言いたいのだとはわかる。

しかし、そもそも浅井先生は遥か昔に御遺命守護の完結を宣言しておきながら、今頃になって御遺命守護の戦いが最終章を迎えたなどと言っているわけだから、これほど甚だしい欺瞞もあるまいのだ。

このように考えると幹部たちもカワイソウである。ようは浅井先生のデタラメを知りつつ、この先もずっと付き合わなければいけない、という立場だからである。

2019/12/20

ケイモウ  
どなたか知らないが、動画のリンクを紹介している。開いてみると、けっこう長い動画だった。とりあえず通して視聴した。還暦前後と思しき男性が独演している動画である。興味深い人物だと思った。よって、いずれ感想のようなことを書くかもしれない。この人物も沖浦氏に負けないくらい独自性の強い教学を打ち出している。

さて、その沖浦氏である。

氏はこのところ多忙だったらしく、拙ブログへの投稿も相当に少なかった。しかし、理由は別にもあって、どうやらパソコンの調子が悪くて投稿に難儀していたらしいのだ。最近、七十四歳の誕生日プレゼントに新しいパソコンを買ってもらったそうである。ならば今後はかつてのような旺盛なるコメント投稿が行なわれるのかもしれない。

 日興さんの門流は伝統的に御書の理解がありません。
 戒壇で義となるものは全ての伽藍ですし、私どもの仏壇も同じです。
 では、事の戒壇とは何か?


ひじょうに面白い文章である。言っていることがすべて正反対なのだ。この点、法華講員への啓蒙の意味でも、好都合の題材と言えるだろう。

 書いてありますね、宝塔の住処!!!
 戒壇です。


この間に阿仏房御書の引用があるけれども、煩瑣になるので省略させていただいた。

 仏法の基本中の基本ですが、戒壇に事も義もありません。
 私共が唱題し戦う所が全て戒壇です。


引用が前後して恐縮だが、同じく沖浦氏のコメントである。

基本がわかっておらない、もしくはわかっていながら逆のことを言っている、それが沖浦氏の所論である。ようするに氏の言いたいことは、戒壇に事も義もない、強いて言うなら伽藍が義であって信仰者の所在が事なのである、というような感じになるだろう。まさに逆さまである。

ここからは法華講員への啓蒙である。

・・・戒壇を建立すべき者か。時を待つべきのみ。事の戒法と申すは是なり。

・・・本門寺の戒壇を建立せらるべきなり。時を待つべきのみ。事の戒法と謂ふは是なり。


大聖人の御遺命である。ここに明確なごとく、沖浦氏の伽藍を義とする考え方は大聖人の仰せとは真逆なのである。将来、建立される本門寺の戒壇こそが事なのであって、それを義とすることは道理に反する。まさか阿仏房御書が大聖人の御遺命を打ち消すようなバカな話はあり得ないだろう。沖浦氏の完全なる誤読である。

一、日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。

これで無知蒙昧な法華講員も理解できるはずである。本門寺の戒壇に安置せられる御本尊、それが弘安二年の大御本尊すなわち本門戒壇の大御本尊である。ゆえに時至らざる今現在、本門寺の戒壇は存在しないけれども、戒壇の大御本尊まします処は義理において事の戒壇に相当する。平たく言うと、戒壇はまだ建っていないけれども戒壇の意義が存する、というような感じになるだろう。

さて、大沢氏はなおも歴代上人の御指南に拘泥するかのごとくである。

これについては上述の、沖浦氏への破折ないし法華講員への啓蒙、ここに尽きるのであってこれ以上の贅言は避けたい。この際、乱暴なことを言わせてもらうと、歴代上人も間違いを犯す、ただそれだけの話である。いや、実際にはそれぞれの御指南について前後を含めてよく拝さないことには何とも言えないところであって、今は暫定的に上人も間違いを犯すと申し上げているに過ぎないことをお断わりしておこう。

さらに浅井先生の過去の発言について触れておくと、例えば池田会長への破折書において日達上人の法体に約しての事の戒壇の定義を肯定する文言が残っている。これを法華講員たちが得意になって取り上げる。さて、どのように理解すべきか、という問題がある。

模範的な顕正会員であれば、当時は日達上人の御徳に傷がつかないように配慮しつつ池田会長を破折していたのであのような形になった、今はその足枷が取れたので上人の間違いをも含めて正義を述べているのだ、というような感じになるのかもしれない。

今度はわたくしの番である。足枷という意味ではわたくしがいちばん自由であるから、言いたいことが言える。

ようするに浅井先生も未熟だった。ただそれだけの話である。

おそらくは平成二年の諫暁書あたりが最高の到達点だったのだと思う。その意味では前にも後にも問題が存する。前においては未熟だった。後においては行き過ぎちゃった。何しろ御高徳の上人たちを呼び捨てにしちゃっているのだから、どうしようもないのである。

わたくしは宗門の戒壇論をデタラメ呼ばわりしているものの、日達上人と日顕上人に対して呼び捨てにすることもなければ、ましてや御相承の断絶などという取り返しのつかない発言をすることもない。この点は今後も一貫不変のつもりである。

大沢氏にとっては不満の残るところかもしれないが、何しろ顕正新聞の話題もやらないといけないので、とりあえず次回以降はそのつもりでお願いしたい。

2019/12/15

ブツグ  
まず、今朝の沖浦氏のコメントは少し前の拙稿に付けられたものであることを書いておこう。黙っているとそのまま埋もれてしまうからだ。

 極めて基本中の基本ですが、曼荼羅本尊本懐思想は大聖人仏法には存在致しません。

それにしても興味深いのは、いつもならば戒壇本尊本懐思想と書きそうなところをご覧のように書いている。

通常、曼荼羅本懐か仏像本懐かで議論がなされることが多いわけだが、沖浦氏は仏像本懐にも与しないはずなので、いわば得意の沖浦流法門を展開しているのだろうと思われる。この件に関しては過去に繰り返し取り上げてきたごとく、沖浦氏のそれは換言すれば曼荼羅道具論であり、摧尊入卑の最たるものと言わざるを得ないところである。仏壇仏具という表現がある。一般的にも多用されている表現だ。ようするに沖浦氏の考えでは曼荼羅は仏具の一つに過ぎないことになるわけで、これでは一般の信仰心のない人たちの認識とさほど変わらないことになってしまう。そこをよく考えるべきだろう。

さて、大沢氏である。

氏はここ一年ばかり鳴りを潜めていた。理由は不明だが、ともかく拙ブログへの投稿を自粛したいたのは事実である。しかし、ここに来てかなりの高頻度でコメントを寄せるようになった。特に前回のコメント欄は氏の独壇場と化しており、わたくしとしても対応に苦慮せざるを得ない状況である。

此の本門の戒壇に事の戒壇と道理の戒壇と云う事あり。
事の戒壇とは、直ちに本門の御本尊の住処の事なり。
(総本山第三十二世日教上人)

此の一大秘法を開て三大秘法とし、此を開して六代(
大)秘法とす。

人の本尊
法の本尊
信の題目
行の題目
事の戒旦 一幅の板御本尊を掛け奉る所を云う
道理の戒旦 御代々御書写の御本尊を掛け奉る所を云う
(総本山第三十六世日堅上人)

未だ広布の時至らず事相の戒壇御建立なしといへども
此の道場即是れ事の戒壇真の霊山事の寂光にして、一
度も此の砌に望まん輩は無始の罪障忽ちに消滅して三
業の悪転じて三徳を成ぜんこと毛頭疑あるべからず
(総本山第五十二世日霑上人)


不勉強のわたくしはこれらの御指南を存じ上げなかった。いや、もしかしたら一度くらいはどこかで目にしているのかもしれないが、書籍としてそれらの史資料を持ち合わせていないこともあって、馬耳東風のテイタラクだった。よって、ここに記録として残しておきたいと思う。

日相上人と日開上人の御指南は顕正会の書籍に出てくることもあって、よく承知している。

逆に言うと、それ以外の御指南はなぜに秘匿されてきたのか、むしろそれが気になるところである。あるいは浅井先生は承知していたものの都合が悪いので会員に知らせなかっただけの話なのだろうか?

しかし、わたくしの印象としては、日達上人の時代に提示されたのは日開上人の御指南であり、後年、日相上人の文書が加わったという感じであって、それ以外の御指南は提示されなかったように思う。なぜならばもしあの段階で立て続けに五人の上人方の御指南を突き付けられれば、さすがの浅井先生も反論に苦慮したはずなのだ。

それはさておき、である。

当然ながらわたくしの立場は、顕正会に与するものでもなければ、宗門に与するものでもない。いつも言っているように宗門の戒壇論はデタラメである。さりとて顕正会も相当にデタラメなのだ。

今回、大沢氏は日達上人の訓諭を引用されているわけだが、改めて訓諭を拝して感じたことがある。

但し、現時にあっは、

まず、どうでもいいことを書くと、上掲は明らかな誤入力である。これが何を意味するのか興味深いところで、大沢氏が誤入力をしたのか、あるいはコピペ元が間違っているのか、どちらであろうか?

それはともかく話を進めよう。

正本堂の意義

一期弘法付属書並びに三大秘法抄の意義を含む

此の意義を体し


文脈上、それぞれの意義がどのような意味なのかを論ずるのは、いわゆる解釈論の範疇であって議論百出となることだろう。ヒマな人はそれに挑戦するのもアリだと思う。

わたくしの結論は単純明快だ。

日達上人の仰せは正本堂を義の戒壇と定義せられているのである。

これに文句のあるヤツは大馬鹿野郎である。

 正本堂は、一期弘法付属書並びに三大秘法抄の意義を含む、現時における事の戒壇なり。

ここに事の戒壇とあるから事の戒壇なのだと言い張る人間は頭の悪い人である。ようするに「現時における事の戒壇」なのである。これを日寛上人は「義理、事の戒壇に当たる」と仰せになっている。

つまり、日寛上人と日達上人の仰せを矛盾なく拝するためには、上述の二つのカギカッコを結合させる必要がある。現在の宗門はそれがわかっておらないから、根源の法体がどうのこうのと屁理屈をこね回すことになるのだ。

繰り返しになるが、日達上人が訓諭において三度にわたって「意義」を用いられているごとく、正本堂は義の戒壇である。

ちなみに顕正会では正本堂を偽戒壇と言ってしまっている。もはや取り返しのつかない失言である。顕正会の戒壇論はそこそこ筋が通ってはいるものの、もしかしたら偽戒壇云々がすべてをご破算にしてしまうことにもなりかねないのだ。いや、すでにそうなっているかもしれないというのが客観的な見方かもしれない。

単純に言うと、妙信講は正本堂の意義について異議を述べた。ゆえにその一点において自分たちの正義が証明されればそれでよかった。ところがいつまで経っても成果が上がらなかった。結果としてヤケを起こしてしまった。つまりは自爆である。

一期弘法付属書並びに三大秘法抄の意義を含む・・・

意義を含むか否かについても書いておこう。

わたくしの結論は単純明快である。もちろん含むのである。だから義の戒壇なのだ。こんなこともわからない人がいるとすれば、それが法華講員であっても顕正会員であっても大馬鹿野郎である。

これで先ほどの取り返しのつかない云々も、その意味がよくわかっただろう。顕正会では正本堂を偽戒壇と言っちゃっている。ゆえに含むわけには行かないのである。ようするに全否定するしか道がないのだ。自爆である。

さて、そうすると残るところはくだんの三上人の御指南についてどのように拝するかであるが、不勉強のわたくしは保留とさせていただきたい。少なくとも前後の文脈からしっかりと拝させていただかないことには、申し上げられないところである。

いつも言っているように、この問題は最終的には御書に帰結するべきなのである。

戒壇の大御本尊まします処は事の戒壇であることを、大聖人の御指南から導き出さなければいけないのだ。この件に関してわたくしが自信を持っている理由もまた単純明快である。何しろ三大秘法抄や一期弘法抄には戒壇建立の御遺命がある。それこそが事の戒壇なのだから、それを否定するような御指南が存在したらおかしいだろう。

今回はこんなところで終わりにしたい。

2019/12/10

カイム  
気がつけば今月も中旬を迎える。柄にもなく多忙でブログの更新が滞ってしまい、顕正新聞も溜まりに溜まっている。このペースだと、消化し切れずに年越しすることになるだろう。

成功の三大秘訣‼️

大声、ハッタリ、空元気‼️


沖浦氏らしい秘訣ではある。ただ注意すべきことは、ウツ病の人は無理に元気を出そうとしてはいけないらしいのだ。時には励ましが逆効果になる場合もあるそうで、その意味では沖浦氏の秘訣は万人に当てはまるものではないことになるだろう。難しいものである。

克衛の消息はまったくの不明であり、ミカン氏のおっしゃる謗法ないし洗脳云々が的を射ているのかどうかもわからない。顕正会は会員たちが思っているほどにはメジャーではなく、マスコミなどからもまったく注目されていない。また、顕正会を研究しているようなジャーナリストもいないくらいである。そんな状況であるからして、なおさら克衛のことなど誰も気にしていないだろう。ある意味、それが顕正会の未来を象徴しているのかもしれない。

「御戒壇様と血脈」を蔑ろにして、正体不明の本尊を是とする人々は、本門寺の戒壇を論じる資格すら失っていると言えましょう。

そういう人々が、正本堂論または戒壇(建物)論を語ったところで、何の意味があるのでしょうか?


まあ、しかし、先ほどとは矛盾するようなことを言うわけだが、現時点では顕正会にも存在意義があって、宗門に対するイチャモンにしても資格のあるなしにかかわらず言う権利を奪うことは誰にもできないという現実がある。

今日蓮が所行は霊鷲山の稟承に介爾計りの相違なき、色も替はらぬ寿量品の事の三大事なり。(三大秘法抄)

三大秘法は宗祖日蓮大聖人の御一身に具わりますので独一本門戒壇の大御本尊の在すところ、事の戒壇であることは、言うまでもありません。(無論、広布の暁の、本門寺の戒壇の御遺命は存する)


これはある意味、間接的ながらもわたくしに対する反論なのだと思われる。何しろ拙ブログでは、宗門の戒壇論はデタラメである、と繰り返し言い続けているからである。

大沢氏もよくご存知のように、一年ほど前にトチロ〜氏とわたくしとで、少し法論っぽいことがやり取りされた。もちろん拙ブログにはすべて記録が残っているし、先方のブログにもそれがある。ただ、あの時は長期戦にはならず、すぐに休戦状態になった。先方が休戦を申し出たのである。その真の理由は不明であるが、わたくし自身は勝手に以下のようなことを思っていた。

本尊所住の処、義の戒壇

これはトチロ〜氏が自らの文章に付けたタイトルである。いかがだろう、一年後の今日、大沢氏はさらに一歩踏み込んで、いわば次のように言っているわけである。

本尊所住の処、事の戒壇

もし一年前の議論が長期戦に突入していたとしたら、当然の成り行きとして上掲の論証が求められることになっただろう。しかし、トチロ〜氏としては義の戒壇の論証が精一杯であって事の戒壇までは無理だと考えた。だからこその休戦だったのではあるまいかと、わたくしはそのように想像したわけである。

いや、もちろん、別の可能性もあって、巌虎などというオチブレの元会員を相手にぜんぶをさらけ出すのは得策ではない、将来、顕正会のしかるべき大幹部と法論する時まで秘策は温存しておくべきだ、という考え方もあり得ると思う。

確かにそれはその通りだろう。

浅井先生にしても大草氏に対し、資格のないものが何を言うか、みたいなことを言っていた。その意味ではわたくしなどは無資格者の最たるものである。

ただし、ややこしいことを言うようだが、先ほども書いたように、顕正会が宗門に対してイチャモンをつけるのと同様、わたくしがここで好き勝手なことを言う権利は誰にも奪えないのである。

事の三大事=事の本尊・事の題目・事の戒壇

これは大沢氏が言わんとしているであろうことを勝手に解釈させてもらったものである。氏としては、いや、違う、そうではない、と思うかもしれないが、単純化すればこんな感じになるはずである。まあ、しかし、こんな簡単な論証で話が済んでしまうのであれば、そもそも妙信講問題などは存在し得なかっただろう。

顕正会員は、正本堂を「偽戒壇」と称していますが、これは誤りです。
大御本尊様の在すところ、正本堂は紛れもなく戒壇でした。


これはおっしゃる通りであり、かつての浅井先生ならば正論であると言ったかもしれない。ようするに今の浅井先生はかつての浅井先生ではないのだ。

ただ、正確を期すと、正本堂は紛れもなく義の戒壇でした、となるだろう。イヤラシイことを言うようだが、大沢氏もその辺の事情を考慮して、正本堂は紛れもなく事の戒壇でした、とは書かなかったのだと思う。そこが今の宗門の戒壇論の問題点を象徴しているような気がしてならない。

かつて大沢氏は、巌虎は巌虎派を立ち上げるまで教義を温存している、みたいなことを言っていた。しかし、それはまったくの誤解で、そんなに難しい話をしているわけではないのだ。将来、本門寺の戒壇が建つ、これこそが事の戒壇であって、その本門寺の戒壇に安置すべき御本尊がまします処はまだ戒壇が建たなくてもすでに戒壇の義が存する、というのが古来から言われてきたことなのである。こんな当たり前のことがわからなくなってしまっているとしたら、もはやオシマイだろう。現宗門としては行き掛かり上、自分たちの言ってきたことを正当化したいのだろうけれども、そこはどこまで行っても間違いは間違いなのだから、改めるべきである。

現状、拙ブログもオワコン化しつつあって注目度が低下しているけれども、当然、顕正会員だけでなく法華講員や創価学会員もチェックしていることだろう。いつも言っているように言論の世界は言っていることが正しいか間違っているか、差し当たってはそこが問われるわけである。わたくしの言っていることが間違っていると思うならば反論すればいい。しかし、反論のコメントが寄せられることは皆無に等しい。それが一つの結論である。

顕正新聞の話題を書くつもりだったが、今日はここで打ち止めにしたい。


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