2020/1/1

ロウソウ  
令和二年の元旦である。さっそく沖浦氏から挨拶が寄せられた。そこにはスタートラインを云々する記述がある。単なる新しい年の出発ではなく、闘う後期高齢者としてのスタートだと言っているのだ。なかなか言えるものではない。

さて、顕正新聞の続きである。

めずらしく教学部長が登壇している。いや、実は男子部幹部としての登壇はかなりの高頻度であるわけだが、彼が教学部長名義で登壇するのはめずらしいことなのだ。

偉大なる師匠の大見識・・・

浅井先生はかなり昔から中国脅威論を唱えていた。ゆえに今日の状況がまさに先生の言っていた通りになったことをもって、上掲のごとく賛嘆しているわけである。

ただし、わたくしの実感を言わせてもらうと、先生の言っていることはいつも大袈裟であり、結局は拍子抜けすることになるのだ。平成五年前後に盛んに言っていたのは、二十年後の主要敵は日本、というものだった。中国の首脳がそのように発言したとのことだった。しかし、今現在の客観的な状況としては、中国の主要敵は米国であり、日本は米国の飼い犬くらいにしか見られていないフシがある。

この平成の三十年間に日本は衰退の一途を辿り・・・

同じく教学部長である。つまり、三十年前の状況は軍事力はさておき、経済力においては日本の存在がベラボウに大きかった。ゆえに中国としても日本を主要敵と考えていたわけなのだろう。ところがいつの間にか経済力が逆転してしまった。その意味ではもはや主要敵ではない。

いかがだろう、こうして見ると浅井先生の言っていたことはかなりアヤシイものであり、実際にはかなり外れていることがわかるのではないかと思う。それを大見識とオダテテイルのだから、困ったものである。

宗門末寺妙広寺住職と一対一の法論実現
満座のなか徹底糾弾、住職ついに返答不能


副教学部長である。この記事は前号の婦人部員の記事に対応するもので、十二月二十六日の拙稿で取り上げた話題である。とは言え、面倒臭い話なので内容にはほとんど触れなかった。

 「ならば、すでに正本堂はなくなり、広宣流布が来ても御遺命の戒壇には絶対にならない偽戒壇を、訓諭で『将来、御遺命の戒壇になる』と断言したのは明らかな御遺命違背だ」

言っていることが強引すぎる。こうしたデタラメな論法でゴリ押しするものだから、敬遠されるのである。

上掲の断言云々を逆手に取れば、次元は異なるものの、浅井先生も五十歩百歩である。今までどれだけの大言壮語をしてきたのか、その大半がホゴになってしまっている事実をどうするのかと、わたくしは問いたい。

話を戻して、日達上人の訓諭は御遺命違背ではない。結果論で言えば、見通しを誤った、というだけの話である。あの時代、創価学会の大躍進がそのまま続いていたら、広宣流布が達成していたかもしれない。誰もがそのように錯覚していたのである。恐れながら日達上人もそうした意識を御持ちだったのだろう。ところが結果はご存知のごとくである。

阿部日顕死亡の報は三日経っても伝えられず・・・

婦人部第五総部長(千葉)の記事には、岩手県二戸市の宗門末寺・安穏寺に所属する法華講員の話が出てくる。その人は日顕上人の御遷化を、顕正会の班長さんから聞いたのだそうである。後日、寺院から一斉配信のメールがあったそうだが、上掲のごとく三日云々とあることからして、そのメールは四日目以降に受信したことになりそうである。

またしても不謹慎なことを書くが、だったら浅井先生の訃報も三日以内に知らされないとツッコミが入ることになるだろう。

正信会僧侶の言葉から先生への「敬意」を感じた

男子部第九総部長(新潟)の記事には、ご覧のような見出しが付いている。十一月十九日の拙ブログに関連する話題が載っているけれども、今回の記事でわかったことは当該住職の年齢である。

七十代半ばの老僧・・・

重要なことは、当時をリアルタイムで知る人たちが少なくなっていることであり、遅かれ早かれ誰もいなくなる。ゆえに今後、顕正会を支持する僧侶が出現するとすれば、それは書籍などを読んだ結果としてのこととなる。もしかしたらそういう人たち、すなわち若い世代の僧侶たちのほうが、色眼鏡ではなく虚心坦懐に顕正会のことを評価できるのかもしれない。

と書いてから次の紙面を見ると、同じく正信会の話題だった。

 去る九月二十八日、宮城県登米市の正信会寺院「本源寺」へ佐藤支隊長とともに赴き、近藤住職と、その息子で同じく正信会寺院「本道寺」の法行住職の二人と話すことができました。

男子部第五十九隊長(南東北)の記事である。不勉強のわたくしはよく知らないが、本源寺は東北方面の寺院としては、日目上人がいちばん最初に建てた寺院なのだそうである。それが今現在、正信会系の所属寺院とは驚きである。

それはさておき、記事では主に息子のほうのセリフがたくさん紹介されている。

 「顕正会の言うことに宗門は反論できないと思う。私から見ると、本山より顕正会の方がまじめに良くやっていると思う。顕正会は筋が通っている」

年齢が不明ながらも、おそらくはリアルタイムで知っているわけではなく、書籍などから情報を得ているのだろう。まさに前述のごとくである。今のところ、この手の記事は正信会系の人たちが目立つけれども、もし正宗の若手僧侶たちが顕正会を支持するようになれば、まさしく歴史的大転換を迎えることになるだろう。

阿部日顕の晩年「既往病歴30以上」
御本仏に背いた現罰の恐ろしさ!


女子部第二百三区長(千葉)の記事に付された見出しである。

わたくしは守秘義務違反の恐ろしさを言っておきたい。この話はいつものごとく又聞きのパターンであり、区員の話を区長が語っているわけである。だったら直接本人が登壇すればいいだろう。しかし、そんなことをしたら守秘義務違反がバレてクビになるかもしれない。だから間接的に発表している、もしくはさせている、ということなのかもしれない。

・・・また既往病歴も三十以上あると聞いては、それだけでも御遺命破壊の大罰と思わずにはいられませんでした。

他にもたくさん書かれているが、これは完全なる守秘義務違反だろう。区員は看護師失格である。

その上で言いたいのは、どうせならばそれらの病名を代表的なものだけでも書けばよかったのに、と思う。

僭越なことを書くと、日顕上人は日達上人の先例があるので誰よりも健康には気をつけていたのかもしれない。ゆえにかなりの頻度で受診していた。また治療方針の一貫性の上から過去の病歴なども克明に記録されていた。それが長年にわたって蓄積されれば、それ相応の数にはなるだろう。わたくしのようにほとんど病院に行かない人間であっても、数えてみれば十個以上の病歴があるのだ。いわんや齢九十の人間をやである。

これを御遺命破壊の大罰などと言われたら、堪ったものではない。


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