2020/1/4

チョウアイ  
今朝も沖浦氏が得意の論法を振り回している。

 戒壇本尊など御書に欠片もありませんし、日興さんの唯受一人などはございません。

まず、日興上人への御相承はいわゆる二箇相承の原本が出てこない限り、なかなか解決しない問題なのだろうと思う。一方、御本尊に関しては話が逆である。

現存する百数十の御真筆御本尊について、では御書をもって一つひとつを論証できるのかと問われれば、それは無理な話である。御本尊は御書で論証するのではなく、御本尊そのものが証明の主体なのである。まあ、もっとも、こういうことを書くと、だったら鑑定せよ、というような話になってしまうのだが、それはわたくしに言ってもどうにもならないことなので、この話はここまでにしておきたい。

暴力妙観講員に司法の鉄槌!!
 呆れた反論を一蹴、賠償金支払い命令下る


法務部次長の記事である。顕正会の弁護士としてお手柄だったと言えるかもしれない。この件に関して、わたくし自身は大して気にも留めていないが、ヘンな反論を書いても仕方がないので、素直に顕正会側に軍配を上げてもいいと思う。

ただ、こういうことは言えるだろう。

十数年前には妙観講側から裁判を起こされ、顕正会側が敗訴している。しかし、顕正新聞ではまったく報道していない。都合の悪いことは隠すのだ。

前回の拙稿では法務部長の記事を取り上げた。以前にも同様のことを書いたが、彼は紙面上で論戦しているだけであって、法廷では戦っていない。この点が引っ掛かるのだ。何か都合の悪いことでもあるのだろうか?

いずれにしてもカエリタマエ問題は継続中であるからして、今後も注目していきたい。

妙観講幹部ら、法論で異常な狂態演ず

男子部第十六隊長(長野)の記事から見出しの一部を引用した。細かい内容は省くが、どっちもどっち、というのが真相だろう。

さて、次に紹介する女子部第十一区長(首都圏)は、かつて壮年部長をやっていた人の娘さんである。以下は法道院の男子部長が言ったセリフである。

 「宗門の中でも当時の歴史をきちんと学んでいる人は、浅井さんが捨身で戦っていたことは認めている」

こう言ったら失礼であるが、女子部の区長が法道院の男子部長を折伏するとは、なかなかの度胸である。父親の薫陶だろうか?

それはともかく、上掲はそれほど驚くに値しない話である。わたくしが言うのもどうかと思うが、宗門は顕正会に対して過剰反応せず、過去の歴史で認めるべきところは素直に認めてしまえばいいのである。その上で今の顕正会の問題点を指摘すればいい。逆に今度は顕正会側が過剰反応せず、その問題を真摯に受け止めればいいのだ。無理かもしれないが・・・

ところでお父さんはどうしているのだろうか?

婦人部船橋支区総班長(千葉)もまた懐かしい人物である。いや、わたくし自身は面識があるわけではないが、わりと古くから活躍していて顕正新聞への登場頻度も高いものだから、憶えているというだけの話である。今回は九十一歳になる父親がついに入信し、良き臨終を遂げたことを報告している。

 儀礼室委員から、浅井先生は顕正会員の葬儀をご自身が行いたいと思われており・・・

これも問題点だろう。宗門的には許容し難い。

かつて顕正寺があって、住職がいた。当然、葬儀は住職が行なっていた。おそらくその頃であれば、浅井先生は顕正会員が亡くなれば弔問に伺いたいという気持ちでおられる、というような感じだったはずである。それならば問題はない。

家族で養豚業営む 芙蓉茶寮に食肉提供

おお、これも懐かしい。登壇者は女子部第二百三十区総班長(千葉)となっているが、わたくしの記憶では旦那さんが男子部で活躍していて何度か登壇していたと思う。

細かい話は省いて、昨年夏すなわち一昨年夏に豚舎が火事になったという。さらに十三年前にも大火災に見舞われたそうである。それでブタが焼け死んでしまったら、それこそ焼き豚ではないかと、不謹慎ながらも思ってしまった。

ちなみに台風十五号の時も大変だったらしい。あの時はまだ残暑が厳しく、例の長期停電で千葉の人たちはずいぶんと苦しんだ。ブタも暑さで大変だし、世話するほうも大変だったろう。別の業者では熱中症で百頭も死なせてしまったという。

ようするに今回はこうした話題を中心とした体験発表だったわけで、それがなければ登壇する機会もなかったと思われる。

日顕の寵愛を受けた住職、カネ儲けだけ

男子部第七隊組長(茨城)の記事から見出しの一部を引用した。彼は土浦にある本妙寺に所属していた時のことをいろいろと書いている。そこの住職が日顕上人の寵愛を受けていたそうである。具体的にはどういうことなのか気になるが、それはまったく書かれていない。

「日顕上人の説法があるが、たとえ意味が分からなくても、肌から沁み込んでくるから、黙って聞いていて」

彼はこれを批判的な意味で紹介しているのだ。いわく、わけがわからない、と。

他にも興味深い話がいくつもあるのだが、長くなるのでやめておこう。上掲のことで言えば、この引用文はわりと好意的だと思った。なぜならば、これまでにいくつも「阿部日顕の説法があるが・・・」みたいな引用の仕方があったからで、それは引用文としてはおかしいからである。顕正会に長く居ると、そういう非常識が当たり前になってしまう。彼はこの点、今のところは大丈夫のようである。


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