2020/1/10

ヤクゲン  
沖浦氏との議論はどうやら膠着を始めたようなので、今回のところは一区切りとしておこう。軽くまとめておけば、大聖人の御真筆御本尊は開眼不要である。正確に言うと、大聖人御自身が御認めと同時に開眼されるので、改めて開眼する必要はない。日蓮が魂を墨に染め流すとは、まさしくこのことなのである。大聖人を御本仏と仰ぐ日蓮正宗においては、大聖人が魂を込められた御本尊を仏の当体とするに何の不審もない。きわめて整合性の高い話である。

さて、顕正新聞第1494号を見て行こう。

「御遺命守護」特集号8

昨年一年間は御遺命守護に始まり御遺命守護に終わるという感じだった。本年はそれを継続するのか、それとも一国諫暁に打って出るのか、目が離せないところである。

ちなみに折伏成果は三万五千有余となっており、過去最高なのだそうである。正直、実感が薄い。以前から名ばかりの入信が少なくなかった。おそらくは今も変わらないだろう。つまり、数字上は立派な成果であっても、実態が伴なわない。ゆえにバロメーターとしては結集がどのくらい伸びているかであり、内外にアピールする意味では大会場を埋め尽くすような集会をやらないといけないだろう。現状、地方大会は一巡した。問題は今後である。

いよいよ広宣流布の決戦場に臨むのだ、大聖人様の御照覧を賜われるのだ・・・

ではさっそく十一月度総幹部会の会長講演を見て行こう。上掲は本講演の最初のほうに出てくる。そして次が最後のほうに出てくるセリフである。

 早く大聖人様の御馬前に馳せ参じて御意のままの戦いを貫き・・・

御照覧と御馬前がイコールではない。ここに欺瞞がある。本講演でも二十年代の決戦場を云々するくだりが各所にある。そして今現在、すでに二十年代に突入している。ならば今が大聖人御照覧ないし御馬前の戦いのはずなのだ。

ところがである。浅井先生のつもりとしては、いちおう今現在、大聖人御照覧の戦いに突入したと言いたいのだろう。ただし、御馬前の戦いはまだなのである。三百万からが御馬前の戦いなのだ。

何かおかしい、誤魔化しているのではないか、と感じる人がいれば、それが正解である。

 その時期は、遅くとも二〇年代半ばと思われる。

世界恐慌についてである。こうした発言も過去を遡れば枚挙に暇がない。

「国立戒壇は御書にない」は幼稚なたばかり

さて、今回の会長講演は上掲の問題に相当の紙数を費やしている。しかも従来の主張のいわば補強版のような感じで、かなり詳しく論じている。確かにそれ相応の説得力が感じられるところである。

大事なところなので一字一句疎かにせず読むべきだが、ここでは部分的に紹介しよう。

 以上のごとく、たとえ法華経に「一念三千」という言葉はなくとも、その所詮の義に約して天台はこれを「一念三千」と述べ
 大聖人様はさらに一重深く、所詮の義を
 「寿量品の事の一念三千の三大秘法」(義浄房御書)
 と仰せあそばされているのであります。


この道理に立脚すれば、国立戒壇についても同じことが言える。

 たとえ三大秘法抄に「国立戒壇」という文言はなくとも、所詮の義は「国立戒壇」である。

なるほど、確かにそうかもしれない。そして次のくだりが、いわば新境地である。

 そして「三大秘法抄」と「一期弘法付嘱書」と「国立戒壇」の関係を言えば、まさしく
 三大秘法抄の御文を要言すれば一期弘法付嘱書の「国主此の法を立てらるれば」の御文となり、その御文をさらに約言すれば「国立戒壇」となるのであります。


要言とか約言という表現を用いて国立戒壇の正当性を主張しているわけだが、わたくしはあえて批判を加えておきたい。

至理は名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時、因果倶時・不思議の一法之有り。之を名づけて妙法蓮華と為す。

これが答えである。誰が名付けたかが問題なのである。国立戒壇を大聖人が名付けられたのであれば、それを捨てるわけには行かないだろう。あくまで後世の誰かが名付けたものなのである。ゆえに日達上人は現代に相応しくないとして国立戒壇の名称を用いない旨、宣言されたのである。大聖人がそのものズバリ、国立戒壇と認められていれば、さすがに不使用宣言はできなかっただろう。

浅井よ、オマエは日達上人より偉いのか、という話である。

なお、顕正会では日亨上人・日昇上人・日淳上人などの文証をことさら強調するが、答えは上述のごとくである。

この際、さらに新しいことを言っておこう。

政仏冥合

日亨上人の御発言は、王仏ではなく政仏となっている。これが物凄くイミシンであり、いわば現代的アレンジ発言なのである。日昇上人や日淳上人、あるいは日達上人の国立戒壇発言についても、ちょうど創価学会が大躍進を始めた頃であり、まさに政界進出の時期に符合するのである。

顕正会では日達上人と日顕上人が創価学会に阿って国立戒壇を放棄したと言っているが、実はその直前の上人方も創価学会に阿って国立戒壇を言っていたフシがあるのだ。

甚だ失礼なことを言っているようだが、もし違うと言うのならば、くだんの上人方の国立戒壇発言を網羅すべきである。わたくしはまったく調べていないが、ほぼ答えは出ていると思う。案外に以前は言っていなかった。創価学会が盛んに言うようになってから、それに同調する形で言っていた。これは顕正会への宿題である。

やや脱線すると、本尊所住を義の戒壇とする御書はあるのかないのか、というような議論があった。大聖人の御書には至るところに本尊の語があるし、戒壇も相当の数が存在する。ゆえに大聖人が本尊所住を義の戒壇と御考えであれば、その旨の記述があるはずなのだ。

国立戒壇に戻って、御書には戒壇の語はもちろんのこと、国もある、立もある、けれども熟語としての国立戒壇は存在しない。

あえて今後のこと書いておくと、日達上人が不使用を宣言されたものの、将来の猊下が再使用を宣言されることはあり得る。その時は用いればいいのである。

第三青年会館

本年の建設計画である。本部周辺もずいぶん変わったようだ。わたくしは旧青年会館の頃しか知らないので、その頃から比べれば隔世の感があるかもしれない。

新・新潟会館

来年の計画である。すると来年、先生は新潟に行くのだろうか? 確か最後とか何とか言っていたような気がするのだが、わたくしの記憶違いだろうか?


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ