2020/1/19

フクメツ  
前回のコメント欄にも沖浦氏からの精力的な投稿があった。その一部を紹介しよう。

 御本尊を信じるとは、我が己心の仏を信じる事なんです。
 お曼荼羅の中に仏様はおられません。
 自身の己心の仏が写っているのです。
 ほとんどのお方はこの点に迷いがある。


素朴な疑問は、だったら鏡に自分の姿を浮かべてそれを拝めばいいではないか、ということである。

わたくしの意見は何度も書いている。曼荼羅は日蓮が魂なのである。すなわち仏の当体そのものなのだ。

さて、顕正新聞第1495号である。

これは年末の合併号であるからして、溜まりに溜まった顕正新聞もようやく片付き始めたことになる。もっとも油断しているとすぐに溜まってしまうわけだが・・・

 この「大坊棟札」を細井日達は偽書扱いしている。

目師会での浅井発言である。

わたくしには真偽問題を云々するだけの見識がない。ただ感想としては、浅井先生の言っていることも一理ある、ということだろう。棟札には「当国天母原」とある。それが邪魔になったから偽書扱いにしている。なるほど、そう言われればそうかもしれないと思う。何しろ妙信講問題が起きるまでは偽書と言っていなかったからだ。

しかし、矛盾するようだが、浅井先生の言っていることにも問題がある。

平成元年の御遺命守護特集号では、いずれ詳しく破折する、と言っていた。それから現在に至るまで、結局は何もしていないのである。その意味ではどっちもどっちだろう。宗門もロクでもないが、顕正会もロクでもない。

 また日興上人からも御書の極理を教えて頂いたに違いない。

何を根拠に言っているのかが気になる。何となく情緒的に言っているだけのような気がするのだ。

日本覆滅

蒙古襲来についてである。この覆滅は初めてお目に掛かる表現のように思う。

御御足

これは以前にも取り上げたと思うが、辞書によればもともとは女性語だった。それを浅井先生が使っている点が気になるところである。

 日目上人はこの宿場で休まれ、昏々と二・三日、眠り給うた。

この二・三日は何か根拠があるのだろうか?

当時、最大の難所といわれた雪深き伊吹山の麓

話は変わるが、今年は暖冬らしく、各所のスキー場では雪不足で営業もままならないそうである。


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