2020/2/11

キラビヤカ  
婦人部坂戸支区総班長に関して、貴重な情報をたまわった。わたくしは顕正新聞に書かれていること以外は知らないので、ありがたいコメントだった。あるいはかつての冨士にくだんのご夫婦の記事が載っていたかもしれず、それを読めばいろいろとわかるのかもしれないが、今は保留としたい。

さて、顕正新聞第1498号である。

「新仙台会館御入仏式」特集号

本特集号の斬新なところは第一面には別の記事が掲載されていることである。すなわち教学試験と成人式である。

すでに書いたと思うが、なぜに四級試験がないのか、そこが問題である。顕正会のイビツな実態をあらわしているのだろう。また、教学試験の記事には毎年のように同じネタが出てくる。

あまりの熱気に暖房を消して窓を開け、冷房をつけた会場もあった。

毎年のように同じ話が出てくる。もし同じ会場が毎年のように同じ愚を犯しているとしたら、幹部にも責任があるだろう。事前に会場側に対策を講ずるように言うべきである。

 いよいよ広布の決戦場へ臨む年の教学試験とあって・・・

これは何を意味するのだろうか? 本年中に何らかのアクションを起こすつもりなのだろうか?

さて、今度は成人式である。

 令和二年度の成人式・・・

この年度の概念は正しいのだろうか?

もっとも顕正会が独自に行なう成人式なので、顕正会の勝手ではある。そこで思い出した。国難年号はどうなったのかである。とうとう言わなくなってしまった。これが顕正会のいい加減さである。

ところで成人式の写真であるが、一面下段に二つ並んでいる。八面と九面の真ん中にも、あることはある。

何が言いたいかであるが、四つの写真のうち一つが晴れ着にスポットを当てたキラビヤカな写真ではあるものの、残りの三つの写真はひじょうに地味な写真なのだ。

わたくしの印象としては、例年に比べて晴れ着を着て参加している人が少ないのだ。この意味するところは、若い人材が育っていないのかもしれない、ということである。

あるいは次が傍証となるかもしれない。

総班副長、支隊副長、総班長、支隊副長

これは成人式の登壇者の役職である。彼らは同年代における出世頭の意味がある。ゆえに過去の登壇者を調べれば、もっと役職の高い人たちがたくさん出てくるはずである。本年は総班長が一人いるものの、残りの三人は副長である。これはかなり深刻な事態かもしれない。

顕正会は成果至上主義である。

かつての高校生顕正会員は学校の名簿を使って片っ端から折伏していた。一つの決めゼリフとして、お金は掛からない、試しにやってみよう、というものがあった。実際、それで入信する人がたくさんいたのだ。当然、論功行賞として役職が上がっていく。かつては支隊長ないし総班長に昇格する高校生がザラにいたのである。

昔の顕正会は世間にまったく認知されていなかった。また一般人の立場では調べる術がなかった。金が掛からないなら試しにやってもいいと、そう思うのが自然ではあった。

ところが今は時代が劇的に変化してしまった。何でもかんでもググればいいのだ。いとも簡単に情報が得られる。

もはやこうなると、試しにやってみようは通用しない。

もちろん何事もやってみないとわからないのだが、その前の段階においてやるべきかやらざるべきかの判断ができる。判断材料がたくさんあるからだ。いやもちろん、厳密にはやってみないとわからない。ネット情報は玉石混交でもある。ただ、そうであってもおおよその判断はできる。かつての何の判断材料もない時代に比べれば、今は明らかに違うのだ。

甚だ失礼な話をすることになるが、近年の顕正会は高齢者の入信が目立つ。彼らはネット環境に不慣れである。その意味で顕正会のエジキになりやすい。しかし、今後はそうした人間が減っていく。

話が冗長になってしまったようだ。

ともかく浅井先生自体が古い時代の人間であり、こうした時代の変化に対応できていないのだと思う。では、城衛はどうかであるが、彼もまた今年新成人を迎えた人たちから見れば相当に古い世代である。その意味ではもっと若い世代の中から、まさに今の時代に即応したニューリーダーが出てこないとダメなのだろう。


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