2020/3/31

カミダノミ  
各方面からコメントが寄せられているが、今日は引き続き顕正新聞を読んでいきたい。

二月十六日の日曜勤行指導は副理事長だった。気がつけば浅井先生が日曜勤行に出てくることは年間を通してゼロのようである。となると日曜勤行を務めるのは総合部長クラスなのだろう。彼は副総男子部長であるものの副理事長でもあるわけだから、総合部長よりも立場が上になりそうである。

先生の早瀬管長への諫めが必ずや諸天を動かし、まもなく国立戒壇の正義が宗門に蘇る・・・

諸天を云々するのは顕正会の専売特許かもしれない。今は宗門も創価学会もあまり強調することのない諸天の働きを、顕正会ではずっと言い続けている。問題は具体的なシナリオだろう。現状では正信会系の僧侶が国立戒壇を支持するものの、正宗僧侶の中からそうした動きが出ているとは聞かない。この今の状況から劇的な変化が起こることはなかなか考え難い。だからこそ余計に諸天に期待するのかもしれないが、悪く言えばカミダノミ的な印象を拭えない。

このお叫びに諸天が断じて動き・・・

これは関西方面を統括している副総男子部長である。やはりカミダノミ的である。

顕正会の前進の中に、必ずや時の貫首による国立戒壇宣示が事実になり・・・

もう一人の副総男子部長は少しマトモなことを言っている。やはり顕正会が前進しないと話にならないのだ。名目会員数ではなく、実質的な会員数が爆増しないとダメである。

まさに広宣流布最終段階に突入し・・・

男子部第十五総部長(九州)のこの発言はどうかと思う。具体的に突入したのはいつなのかと問いたい。何度も指摘しているように、この最終段階のフレーズは二十年も前から使われ続けているのである。まさか今までは最終段階の入り口に立っていたとか、そういうヘリクツを言うわけではあるまい。

大師子吼

オマエも言うのかよ。

次は女子部第二総部長の記事である。

先生が「時の貫首」と「時の国主」に代わって宣示された・・・

もはや前後の文脈はどうでもいいだろう。時の貫首は日如上人である。では時の国主は誰を想定しているのか、そこが気になるところである。顕正会的には天皇となるのだろうか?

いずれにしてもである。御当代猊下にしても今上陛下にしても、上掲を読めば余計なお世話と思うに違いない。

以て「大聖人様はお待ちあそばす」と決戦場へ急がれる無二の師匠・浅井先生に・・・

同じ人物の発言である。彼女は本部職員なので、その意味でも発言には責任を持つ必要がある。

そして先ほど紹介した、もう一人の副総男子部長も本部職員ではなかったかと思うが、次のように発言している。

 そして六十年以上の激闘を経て、ついに到達した「広宣流布の決戦場」に臨まれる浅井先生・・・

同じページに矛盾した記事が載っているのだ。頭がどうかしているとしか言いようがない。

それとも言うのだろうか、今は決戦場の入り口に到着したのであって、これから戦いの場へと急がねばならない、みたいなことをである。

シツコイようだが、繰り返し書いておこう。

決戦場へ到達した・・・

決戦場へ急がれる・・・


前者はそのまま到達したと読める。後者は急いでいるわけだから到達していないのだろう。もちろん文章は善意に読むべきなので、両者の意見をうまく融合させて解釈する必要がある。その一例が先ほど書いた入り口云々なのであるが、それにしてもどうかと思うところである。これまた繰り返し言っているように、そもそも浅井先生自身が何度も過去の発言をホゴにしてきたのである。つまり、先生自身が間違っているわけだから、その弟子たちがデタラメを言っているのは当然のことであり、それをいくら正当化したところでどうにもならないのだ。

ともかく大幹部がこのテイタラクなのである。余党は物の数ならずだろう。

2020/3/29

リンシャ  
引き続き沖浦氏からコメントが寄せられている。ひじょうにありがたいことだが、今日は久しぶりに顕正新聞を読んでいきたい。第1501号である。

 この「我等」とは、日興上人とお二人ということ。

二月七日の日興上人会における会長講演である。上掲は最蓮房御返事を引いての解説であるが、わたくしには疑問である。この点、宗門や創価学会ではどのように解釈しているのだろうか?

我等は流人なれども身心共にうれしく候なり。大事の法門をば昼夜に沙汰し、成仏の理をば時々刻々にあぢはう。

ようするにここでの我等を大聖人と日興上人の二人であると言っているわけだが、普通に読めば大聖人と最蓮房の二人のはずなのである。いつも言っているように文章は部分ではなく全体を把握しなければいけない。差し当たっては前後の文脈が重要である。

 夕さりは相構へ相構へて御入り候へ。得受職人功徳法門委しく御申し候はん。

これはいわば追伸部分の御文である。ところが御書全集ではこれが冒頭に置かれている。当然ながら最新の研究を踏まえて編纂された平成新編の表記が正しいのだろう。次のページには得受職人功徳法門抄が掲載されていることからしても、そのように考えるのが自然である。ちなみに御書全集ではなぜか当該御書が掲載されていない。

また、我等は流人なれどもの後ろには、次の一文がある。

貴辺の御勘気・・・

つまり、最蓮房も流人なのである。さらにもう一つ、我等は流人云々の前に目を転ずると、次の一節を拝することができる。

 何となくとも貴辺に去ぬる二月の比より大事の法門を教へ奉りぬ。結句は卯月八日夜半寅の時に妙法の本円戒を以て受職潅頂せしめ奉る者なり。

前後の文脈がいかに大切であるかを示して余りある事例と言えるだろう。

受職潅頂・・・

御入り候へ・・・


この二人は単に書簡でのやり取りだけではなく、実際に対面して法門談義をしていたことが窺えるのである。

特に受職潅頂はいわゆる御受戒の原形とも考えられるところであり、思えば顕正会ではまったく教えていない部分なのである。都合が悪いから教えないのだろう。

以上、わたくしは一読して我等とは大聖人と最蓮房だろうと理解したし、前後の文脈からしてもこの点は疑い得ないと思う。

「一期弘法付嘱書」(重須本門寺・日耀の臨写。「臨写」とは御真跡そのままに書き写すこと)

顕正会にしては珍しく詳しい解説である。掲載されている写真で特徴的なのは、冒頭の一字が飛び出していることであり、途中にも飛び出している箇所がある。現代国語では書き出しを字下げし、改行のたびに字下げする。拙ブログではそこまでしていないわけだが、それはわりと最近の文字入力では当たり前になっているのでそれを踏襲しているだけの話である。ともかく日蓮の日、国主の国が飛び出している。くだんの僧侶が大聖人の御筆のままを書き写した。それが臨写ということなのだろう。では大聖人はどのような意図でそのように認められたのだろうか?

ともかく顕正会では二箇相承の信憑性を高める意味で上掲のようなキャプションを入れたのだと思われる。昔から偽書説が喧しく、今ではネット上にそうした情報がたくさん出回っている。見るなと言っても見る人は見るのである。ゆえに顕正会では、今でこそ御真蹟が所在不明となっているものの、かつては存在しそれをそっくりそのまま書写したものが残っている、ということを言外に主張しているわけなのだろう。

わたくし自身はそうした分野に疎いので真偽については深入りしない。以前から言っている通りである。

ただし、前述の話題のごとく、御書の拝し方については言いたいことを言わせてもらうつもりである。どんだけ偉い人が言っていようとも間違いは間違いであるし、明らかにおかしいと思えばそれに疑問を呈する。もちろん自分が間違っている場合もある。その時は間違いを認める。それがあるべき姿だろう。

2020/3/27

コナレテイナイ  
沖浦氏は大事なところでちょっとずつ間違えている。

 『されば昔の大聖は時によりて法を行ず』

 とありますね、これは昔の大聖人の呼称です。

 大聖〜大聖人。

 その後に、雪仙童子を筆頭にして、伝教大師まで色々と名前と行が出てきます。

 ですから、大聖人はご本仏との意ではなく、如説修行の人と捉える事が妥当に思えます。


曾谷入道殿許御書にも次のような御指南が存する。

 迦葉・阿難等、竜樹・天親等、天台・伝教等の諸大聖人、知って而も未だ弘宣せざる所の肝要の秘法は法華経の文に赫々たり。

沖浦氏の指摘するごとく、天台伝教などを指して大聖人と仰せになられていることは事実である。しかし、上掲の文意は撰時抄と同じである。

・・・天台・伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大の深秘の正法、経文の面に現前なり。

沖浦氏引用の佐渡御書に戻って、昔の大聖云々はその通りであるけれども、その直後には次のような御文が存在する。

 日蓮は聖人にあらざれども・・・

いわゆる御謙遜である。御書の多くは御謙遜の言葉で満ち溢れている。しかるに前掲御書では、天台伝教の未だ弘宣せざる秘法とか、天台伝教のいまだ弘通しましまさぬ最大深秘の正法と仰せられている。

ここを素直に拝するべきだろう。

前回を踏まえて簡単に説明してしまうと、常には御謙遜の言葉を多用される大聖人が御自らを大聖人を仰せられている点に刮目すべきなのである。前回も書いたように、異例中の異例のことなのだ。また、小乗大乗分別抄では冒頭に、物の尺度は一定ではない、との御指南が存する。その意味からしても、日蓮大聖人と諸大聖人を同列に考えるのは、まさに言葉の上っ面しか理解できていないことになるだろう。

 次に、眼前の証拠あらんずる人ですが、これは大聖人だけを示しておりません。
 要するに功徳の実証を世間に示す人です。

 『強盛の大信力をいだして法華宗の四条金吾四条金吾と鎌倉中の上下万人乃至日本国の一切衆生の口にうたはれ給へ、』
 (四条金吾殿御返事)


ここは創価学会らしさが滲み出ているような気がする。無難なまとめ方をするならば、総別の二義ということになるのかもしれない。ともかく大聖人は別格としなければいけない。ただし、大聖人だけではなく一人ひとりが功徳の実証を示していくべきであることは、創価学会だけではなく宗門も顕正会も言っているはずである。

とは言え、沖浦氏は大聖人別格説を採らないのだろう。しかし、そこが間違いなのである。

 今此の亀鏡を以て日本国を浮かべ見るに、必ず法華経の大行者有らんか。既に之を謗る者に大罰有り。之を信ずる者何ぞ大福無からん。

曾谷入道殿許御書である。同抄は曾谷殿と大田殿に宛てられた御書である。当然ながら両名は信ずる者に当てはまる。もちろん広義においては彼らも法華経の行者に含まれるのだろうけれども、ここでは信ずる側に位置する。四条殿だって例外ではあるまい。

思えば、上掲の大行者にしても、法蓮抄の大聖人にしても、御謙遜を常とする日蓮大聖人にしては異例中の異例の御表現である。

しかるに沖浦氏は他の御書に大聖とあることを引き合いに出して、大聖人の立場を軽しめている。これほどの催尊入卑もあるまい。

続いて、沖浦氏は再び摂折論のようなことを書いているが、いかにもこなれていない文章である。失礼ながら途中で矛盾に気がついてお茶を濁しているような印象を拭えない。このような場合は投稿そのものを断念するか、最初から書き直すくらいのことをしないとダメである。

2020/3/25

ネジケタ  
沖浦氏はありがたい存在である。拙ブログは独白を看板にしているものの、けっこう議論っぽいことも書いている。それが可能なのは問題提起をする人がいるからである。

末法は折伏に限ると言う思想は大聖人にありません。

この点は前回の拙稿で述べた通りである。大聖人は折伏の語にそれほど拘泥されていない。ゆえに沖浦氏の主張もあながち間違っているとは言えない。

ただし、あえて二者択一を迫るならば、折伏の側に傾くのではないかと思う。

繰り返しになるが、もちろん沖浦氏の佐渡御書と本尊抄を引用しての説明は、頭ごなしに否定できるものではない。しかし、それにしても法蓮抄の引用はナゾである。

 私見ですたが、折伏は法の正邪浅深を前に出して布教を行い、摂受は法を持った行者の姿を以て法を広めます。
 御書には摂受の姿を以下にお書きです。

 『されば過去未来を知らざらん凡夫は此の経は信じがたし又修行しても何の詮かあるべき是を以て之を思うに現在に眼前の証拠あらんずる人此の経を説かん時は信ずる人もありやせん。』
 (法蓮抄)


私見です(巌虎による訂正)が、と断わっているものの、まさか当該御書を摂受の根拠に用いる人はどこにもいないだろう。

文章は部分も大切であるが、全体の文脈が大事なのである。ゆえに法蓮抄の場合は直前の一節と、かなり後半になるがもう一つの重要な一節を拝する必要がある。

寿量品に我は過去五百塵点劫のそのかみの仏なりと説き給ふ。

そんな大昔のことは信じられない。それが凡夫である。まさにここから沖浦氏の引用部分につながるわけである。もちろん現在に眼前の証拠あらんずる人とは大聖人に他ならない。

当に知るべし、此の国に大聖人有りと。又知んぬべし、彼の聖人を国主信ぜずと云ふ事を。

ここでの大聖人とは文字通り日蓮大聖人のことである。特筆すべきは大聖人が御自らを大聖人と表記されるのは異例中の異例であることだ。

つまり、ここは摂受とか折伏の議論ではなく、いわゆる日蓮本仏論の重要な議論をすべきところなのである。当然ながら日蓮宗系の論者には異論があるはずだが、端折ってしまえば五百塵点劫のそのかみの仏とは久遠元初の御本仏に他ならない。当該御書は婉曲ながらも大聖人御自らが、御自身の立場を御本仏であると宣言せられているのである。

問うて云はく、此の事第一の大事なり。委細に承るべし。答へて云はく、涅槃経に云はく、法華経に云はく云云。

この終わり方もイミシンである。法華経はともかくとして、ここでの涅槃経は何を意味するのだろうか?

法華経第八に云はく「頭破れて七分と作らん」と。

話が込み入っているので説明を大幅に省略させていただくが、最後の一文に至るやり取りの中に出てくる御文である。ここで開目抄に目を転ずると、見えてくるものがあるかもしれない。

此の経は偏に摂受を明かせども、頭破七分といふ。折伏無きに非ず。

これまた部分引用で恐縮だが、開目抄における摂折論はいわば大聖人への批判に対応していることを知るべきである。単純化すれば、折伏は涅槃経に基づく布教方法であり、法華経は摂受である、だから日蓮御房は間違っているのだ、というのが退転者たちの自己正当化の論理なのである。これを打ち破るために大聖人はかなりの紙数を費やしている。上掲はその一端を窺がう意味で好都合だろう。

先ほどの法蓮抄における涅槃経云々は、ややこしい話だが大聖人は基本的には涅槃経を肯定引用される立場であって、法蓮抄以外においても同様なのである。開目抄においては退転者たちが自己正当化のために、法華経は摂受であり涅槃経は折伏である、というようなネジケタ議論を挑んできたので話が複雑になっているだけであって、やはり本質的には同じである。

ここでは引用を控えるが、初期の守護国家論や立正安国論では涅槃経をたくさん引用している。もちろん肯定引用である。

次に法蓮抄に近接する御書として二つ紹介したい。ここでの近接は時間的な意味である。

 問うて曰く、一経二説、何れの義に就いてか此の経を弘通すべき。

曾谷入道殿許御書である。そして次は撰時抄である。

求めて云はく、此の両説は水火なり。いかんが心うべき。

かなり不親切な引用であるとは承知しているつもりである。おそらく勉強家であれば御書を確認するだろうし、もともと御書に精通している人であれば引用意図が手に取るようにわかるはずである。

結論として、大聖人は折伏の語に拘泥されてはいないものの、大まかには折伏志向であられたと考えて差し支えないだろう。

前回の拙稿である。前掲の二つの御書はいずれも布教方法についての御指南であり、あえて言うならば折伏志向の御指南なのである。ただし、折伏の語は使われていない。ようするにウルサイ連中がネジケタ議論を吹っ掛けてくることがわかっているので、それを避けたと考えてもいいかもしれない。

いずれにしてもである。法蓮抄は二つの御書に挟まれる格好になっている。それでいてこれを摂受の文証だとするのはどうかと思うところである。おそらくは沖浦氏の勝手な思いつきに過ぎないのだろう。それが今回の結論である。

2020/3/23

ヒョウソウ  
沖浦氏の直近のコメントはいわゆる摂折論である。その中で戸田城聖氏の発言を引用している。次がそれである。

佐渡流罪が終わるまでの御書は厳しく激しいものが多いが、身延に入られてからのお手紙にはお優しいものが多い。

まず、引用元をしっかりと明示すべきだろう。戸田会長全集の何巻であるとか、聖教新聞の何号であるとか、ハッキリ示すべきである。それを怠ってはいけない。

いわゆる佐前佐後で大きな変化があったと考えるのは全日蓮門下における共通認識である。もちろん日蓮宗系と日蓮正宗系では異なるし、委細には各教団ごとに異なっている。また、上掲が戸田氏の確実な発言だとしても、以前の創価学会は折伏路線だったわけであり、摂受路線に転換するのはかなり後になってからのことである。

若者の批判力は大切ですが、歳を重ねると共に、批判力をカバーする社会での影響力を持ち、それで周りを納得させる実力が必要です。

ゆえに穿った見方をすれば、このくだりは個人のことだけではなく組織のことを意味しているのかもしれない。創価学会も組織として成長するにつれて角が取れて丸くなった。平たく言えばそんな感じかもしれない。

しかし、だからこそ戸田氏の発言の出典が求められるのだ。

なぜならば、折伏路線から摂受路線への変更を正当化するために戸田氏の発言を恣意的に利用している可能性があるわけで、一種の歴史修正主義みたいなものだからである。

話を戻そう。

佐渡期までは厳しい御書が多いが身延期は優しいものが多い。これはかなり表層的な見方である。当たり前と言えばそれまでの話であって、それがそのままイコールで折伏から摂受への転換を意味するわけではない。

そもそも摂受と折伏の議論はほぼ佐渡期に限定されているのだ。身延期にはそうした議論が見られない。これを表層的に折伏から摂受への転換と勘違いしてはいけない。なぜならば大聖人御自らが身延期は摂受であるとも言わないし、折伏とも言わないのである。

日蓮御房は師匠にてはおはせども余りにこはし。我等はやはらかに法華経を弘むべし・・・

佐渡御書の一節である。この直前の御書が開目抄であり、直後の御書が富木殿御返事である。

摂受・折伏の二義は仏説に任す。敢へて私曲に非ず。

なぜに佐渡期において摂折論が起こったかは手に取るようにわかることである。大聖人の弟子には臆病者がたくさんいて、竜の口を契機にたくさんの退転者が出た。ところが退転者は自らを退転者とは言わない。いつの時代も同じことだが、自己正当化を図るのである。それが摂折論の出発である。

本来的には法華弘通が目的である。しかし、これまたいつの時代も同じであって、熱心になればなるほど軋轢が生じる。その最大のクライマックスが竜の口である。もはや摂受とか折伏などという言葉の問題ではないのだ。法華経を弘めれば必ず起こるのである。

ところが退転者たちは烏滸がましくも大聖人を批判したわけである。弘め方が間違っているのだと。

つまり、摂受だとか折伏という言葉を持ち出したのは退転者たちであって、自分たちの立場を正当化するためにもっともらしい理屈を捏ねたというのが真実である。

ゆえに先ほども書いたように、大聖人は身延期においてはそれほど摂折論に熱心ではなかった。

駿河国実相寺の住侶尾張阿闍梨と申す者・・・

建治四年の実相寺御書である。かなり難解な御書なので細かい引用は控えるが、これが摂折論の延長線上にあることは論を俟たない。

実を以て権を破する者を盲目と為ば、釈尊は盲目の人か、乃至天台・伝教は盲目の人師なるか、如何。

当該御書には摂受の語も折伏の語も存在しない。ただし、上掲が法華折伏破権門理に近接する御指南であることは、誰もが想像し得るところである。

結論として、大聖人は折伏の語に拘泥されてはいないものの、大まかには折伏志向であられたと考えて差し支えないだろう。

佐渡流罪が終わるまでの御書は厳しく激しいものが多いが、身延に入られてからのお手紙にはお優しいものが多い。

再掲である。わかり切ったことを言うと、大聖人は弟子には厳しかったが檀那には優しかった。当たり前の話である。それを摂折論に持ち込もうとするのが間違いなのである。また、檀那と書くと男性をイメージしてしまうわけだが、いわゆる女房あての御書もたくさんある。大聖人の御優しさが溢れんばかりの御書たちである。

2020/3/18

ゲンポン  
沖浦氏のコメントで気になったことがあるので、まずは紹介しておこう。

戒檀本尊の真義は、日蓮正宗側が真実の証明をする以外、偽物でしかありません。

真義は真偽の間違いと思われるが、それはさておき偽物云々が気になるところである。以前の沖浦氏はそこまで断定することはなかった。むしろ切り口としては、数多ある御本尊の中で戒壇の大御本尊だけが出世の本懐であるとは言えない、というような感じだった。その意味からすると、上掲はかなり踏み込んだ発言である。

さて、これに対するわたくしの見解であるが、すでに何度も表明していることである。すなわち真偽問題には立ち入らない。これがわたくしの立場である。

簡単な話である。御書の目次にはそれぞれの真蹟ないし古写本の所在地が記されている。しかし、わたくしはそれらについてはただの一つも自分の目で確認していないし、もし確認したとしてもそれが本当に御真蹟なのかどうかも判断できない。しょせんはその程度の人間なのである。御本尊についてもまったく同じ道理だろう。今はインターネットであらゆる情報が容易に得られる。ゆえに自分ではどうにもならない問題も、そうした情報を収集することである程度は判断できる。とは言え、それが正解とは限らないのだ。

よって大した眼力もない人間がネットの情報を鵜呑みにして垂れ流すような愚は犯したくないし、そうした低レベルの議論には付き合わない。これがわたくしの結論である。

さて、今日も顕正新聞を見て行く。

これについても上述との兼ね合いで立場を表明しておく必要があるかもしれない。わたくしは顕正新聞の原本を読んでいるのである。御書の場合は平成新編の原本を拝読しているのである。いわゆる二次情報ではない。最近も克衛が自殺したとのウワサが出回っているようだが、わたくしはすぐに飛びつくような愚は犯さない。今は行き掛かり上、一例として挙げたまでのことであって、情報源が明確でない限りは取り扱わない。それが拙ブログである。

 先生こそ「師子の子」、大忠誠の激闘に涙

女子部第百六十六区班長(福井)の記事にはご覧の見出しがある。原本から引用しているので間違いはない。ただし、一字一句、自分で打ち込んでいるので、打ち間違いがごくマレにある。そこはご容赦願いたい。

そして取り扱っている内容は真偽ではなく、見解ないし解釈である。先生こそ師子の子? 本当かいな? という話なのだ。

当該記事には出てこないが、ご存知のごとく、顕正新聞の各所に大師子吼の表記を目にする。極端な話、大聖人は師子吼で浅井先生は大師子吼なのだ。あれ? 何だそりゃ?

つまり、ややもすれば浅井先生こそが師子であって大聖人が師子の子にもなりかねないという危険性を秘めているのである。

以来、細井日達書写の本尊をしまい・・・

次第に細井日達の本尊を返納する意思が固まり・・・


今度は男子部第八十八隊組長(新潟)の記事である。これも真偽を問うているわけではない。本人が言っているのだから事実なのだろう。その上でわたくしの考えを書かせてもらうと、こんなテイタラクでは宗門との合流は無理である。なぜにそこに気がつかないのかと思う。

いよいよ国立戒壇への国中の大怨嫉を巻き起こし・・・

婦人部薩摩支区(鹿児島)の平会員がご覧のように言っている。ここでは逆にネット上の情報を参照することになるが、まさかそれを矛盾だとか自家撞着などと批判する人はおるまい。いみじくも登壇者が書いているように、現時点ではまだ大怨嫉が起きているとは言い難いのである。

ネット上の具体的な引用は控えるが、ようするに現時点では顕正会の強引な勧誘方法に対して大顰蹙が巻き起こっている。ゆえに今後は国立戒壇そのものに対する批判が出てこないといけない。しかし、どうもそのような流れにはなっていないようである。

何しろ今もなお宗門と顕正会の間でウンヌンカンヌンしているテイタラクなのである。これではなかなか先には進めないだろう。

男子部第百一隊組長(首都圏)の記事が不審である。

 その後も、再婚した妻に浮気をされ、家も騙し取られました。さらに精神異常者扱いをされて留置所に一週間入れられた挙句、ついには家を追い出され・・・

当然、真偽を云々するものではない。本人が言っているのだから事実と認定した上でわたくしの感想を述べるのである。いかにもおかしな話であると。

 また妻から自宅を追い出されたあと、妻に何度「自分の荷物や携帯電話などを返してくれ」と言っても聞いてもらえず、警察や弁護士に相談してもどうにもならなかったのが・・・

続きの文章も紹介しよう。

・・・どうにもならなかったのが、顕正会に入会して四日目に、自分の荷物がすべて会社の駐車場に置かれていたことには、たいへん驚きました。

とにかくおかしな話の連続なのである。上掲に限っても、荷物と携帯電話を返してもらえない状態が顕正会に入会したことで解決したという話なのだろうけれども、それこそ家を返してもらわないとダメなんじゃないかと思う。

当該号にはさらに体験発表が三本あって、それぞれ母・義母・祖母の臨終について発表している。これらについては割愛したい。

昔から今に至るまで顕正会の対宗門ないし対創価学会の戦略は一貫している。歴代上人ないし歴代会長の発言を取り上げて自語相違を責めるのである。わたくしのやっていることもまったく同じである。顕正新聞に掲載されている文言は顕正会の公式見解と言えるだろう。そこに矛盾であるとか道理に反することがあれば容赦なく批判する。顕正会員が反論できないのも当然である。

2020/3/16

メイモン  
前回のコメント欄は沖浦氏やその他各方面から熱心な投稿があった。特に沖浦氏との議論は積年ものであって今すぐ結論を出すべきことでもないし、その他の人たちは失礼ながら誰が誰だかわからないので対応しづらい意味もある。そこで今日は再び顕正新聞の話題に戻ろうと思う。

 名門ゴルフクラブの会員になれなかった池田大作

婦人部高崎支区部長(群馬)の記事にはご覧の見出しが付いている。この事実関係については知る由もないが、記事の構成は見事な予定調和を作り出している。

学会員の血がにじむ痛ましき供養・三百数十億円を手にしても、品性ばかりはおカネで買うことはできなかった・・・

名門クラブはおカネではなく品性・品格を求めている。池田氏にはそれが欠けていた。もちろん顕正会側の悪意に満ちた文章である。

 池田大作が金力で貫首を籠絡することはできても、金剛不壊の広宣流布・国立戒壇の御遺命を破壊できるわけもなく・・・

もちろん顕正会側のロジックである。

わたくしが思ったのは、では浅井先生は名門クラブの会員になれるのだろうか、ということである。たぶん顕正会の幹部は言うだろう、先生はゴルフをおやりにならない、と。だから愚問であると。

浅井先生ほど無趣味な人間もおるまいと思う。

しかし、これに対しても幹部たちは言うだろう、先生は若い時からずっと広宣流布の戦いだけにすべての時間を費やしてきたのだ、と。確かにそうなのかもしれない。ただし、貶めて言うならば、いわゆる御書オタク・教学オタクだったのだろう。それが後に宗門の高僧や創価学会の大幹部と相対する時に役に立ったのだ。

もっともそれは表層の部分であって、もしかしたら趣味がたくさんあるのかもしれない。他人には言えないような趣味もあるからだ。もちろん善い悪いは別である。

さて、次のページには五級試験の合格者が載っている。

相変わらずの男女混成であって、とりわけ男子部のそれよりも女子部・婦人部の度合いがヒドイことになっている。一例を示すと、第四女子部では八名の合格者を数えるが、そのうちの五名が男性と思われるのである。こんなテイタラクでは、もはや女子部とは呼べまい。

少し前にも同様のことを書いたが、これは先生自らが是正の方針を打ち出している。それにもかかわらず是正される様子は見られない。ここに成果主義の悪弊があらわれている。

ただし、もしかしたら女子部ないし婦人部にも言い分があるのかもしれない。

わかりやすい話をすると、男性女子部員ないし男性婦人部員は居心地がいい、なぜならば世間一般でも男女は席を同じうせずが通例となっているからで、そうした中で顕正会の女子部ないし婦人部では例外的に席を同じくすることができるからである。いや、もちろん、性格的に逆にそれがイヤな人もいるかもしれないが、多くの男性は居心地がいいのだろう。そうした場合、もしその男性が男子部に移籍したとすると、そこで忽ちに退転してしまうということが起き得るのである。おそらくはそのような事例がこれまでにもたくさんあったのだろう。つまり、女子部幹部にしても婦人部幹部にしても自分たちの成果のためではなく、その男性の信心を守るという理由から、いつまでも手放さないのである。トータルで顕正会全体のプラスにもなるという理屈である。

「本種寺」僧侶、御遺命をぼかしごまかす
32世日教上人の御指南を切り文する卑劣


男子部第十二隊総支隊長補(首都圏)の記事が目を惹いた。まずは冒頭の一節を紹介しよう。

 昨年末、川越駅で宗門末寺「本種寺」の法華講員数名らが「あなたの悩みは、必ず解決できます!」などと記した邪教紛いのビラを配布しておりました。

邪教紛いは失礼だろう。顕正会も近年は駅前などで例の広告文を掲げていたりする。いったい何が違うのだろうか?

それはさておき、見出しが注目されるところである。煩瑣になるので本文中からは、ほんの一部分だけ紹介しよう。次の一段が興味深い。

 実は、この日教上人の御指南には、「広宣流布以前に戒壇の大御本尊まします処が義の戒壇」という趣旨の部分があり、宗門はそれを隠蔽していたことが後日、わかりました。

ようするに宗門側は日教上人の御指南を引用して戒壇の大御本尊まします処を事の戒壇だと主張したのだが、よくよく拝せば違っていたということらしいのである。不勉強のわたくしは歴代上人の御指南をほとんど存じ上げないので、どちらの言い分が正しいのかわからない。顕正会もどうせならばそうした文証の特集記事でも組めばいいのである。

婦人部宮崎支区総班副長(宮崎)の記事では、次の一文が気になった。

当時の細井日達・阿部日顕の女性問題などの話は・・・

日顕上人の女性問題は裁判にもなった話なので事の真相はともかくも間違いではない。では日達上人の場合は何なのだろうかと思う。わたくしが失念しているだけなのだろうか?

もちろん上掲には「など」と書かれている。ゆえに女性問題だけに限らない話ではある。しかし、それにしても構文がおかしいだろう。

婦人部桐生支区班長(群馬)は次のように言う。

「自分の心に引きずられていたら、広宣流布は終わってしまうんだ。もう躊躇している時間はない」

世間一般のモチベーションとしては、上掲の広宣流布を人生の二文字に入れ替えると実感できる話である。実際、広宣流布はなかなか終わらない。むしろ各々の人生が終わってしまうのだ。その人生において何をするかという問題を我々は抱えていると考えるべきだろう。

 広宣流布の決戦場への戦闘が開始された・・・

婦人部寿能支区班長(首都圏)の記事は、ご覧のごとく始まっている。細かいことを言うようだが、「への」と「の」では大違いである。決戦場の戦闘が開始されたと書けば今がすでに決戦場となる。決戦場への戦闘が開始されたということは、決戦場はまだ先なのだろう。ここ数ヶ月にわたってずっと言い続けているように、この辺の統一見解がアイマイのままである。

 妹たちは高台の学校に避難することができましたが、妹の夫は買ったばかりの船を沖に出してくると言って、そのまま行方不明になりました。

東日本大震災の話である。わたくしは船舶関係の知識に疎いわけだが、津波を回避する方法として船を沖に出すという話はなるほどそうだと思う。ただあの時の津波は一波では終わらず何回も繰り返し襲ってきた。現役の漁師にしたって人生においてそう何回も津波を経験するものではないだろうから、そこが盲点だったのかもしれない。

同記事では昨秋の巨大台風にも言及している。津波の発生しやすい地域ゆえに立派な防潮堤がある。台風の時、それがアダになってしまい、まるでダムのように水が溜まってしまって多く家が浸水被害に遭ったそうである。

今日はこんなところで終わりにしよう。

2020/3/12

ボケツ  
またしても沖浦氏が墓穴を掘っている。戒壇の大御本尊についての議論は過去に繰り返し行なってきた。今回もその蒸し返しに過ぎないのだが、どうやら少しだけバージョンアップしたようである。

面白いことには、沖浦氏のコメントの直後に、どなたかがリンクを紹介しているのだ。

https://9308.teacup.com/shukubou/bbs/10952

何のことはない。沖浦氏は上掲の内容をパクっただけの話だったのである。そして次は過去の拙稿である。

https://white.ap.teacup.com/ganko/1970.html

これが2014年で、前掲が2016年である。少しだけバージョンアップしたと書いたのはこの意味である。ただし、基本的には何も変わっていない。バージョンアップしたら逆にバグがあって不具合が生じてしまった。パソコンのプログラムではよくあることだが、しょせんはそのレベルだろう。

 先ず大聖人ご在世の身延には楠が生えていませんでした。

だからどうしたのだ?

沖浦氏ならば御書に詳しいだろう。海産物など、身延にはない品々が送られてきて、大聖人が感謝を述べられている御書は、枚挙に暇がない。身延の山中で完全なる自給自足をしていたわけではないのだ。これは食料に限った話ではないのである。

 「現に、身延のあたりには楠木があるではないか・・・身延の入り口の大野山本遠寺には千二、三百年前からの楠木が今でも生きている。もしそれ が千年の木としても、大聖人様が七百年とすれば、まだ三百年以上の木があったわけである。
 何もそれ一本というわけではない。
 まだ沢山、あの辺には古い楠木があったはずなのである。」(昭和47年9月12日の日正寺・龍口法難会の説法会)


内容以前の問題として、沖浦氏はこれを日達上人の庶務部長時代の発言だと書いている。おかしいだろう。ご覧のごとく、昭和四十七年とカッコで書かれているのがわからないのだろうか?

つまり、他人の投稿をパクっておきながら、それを台無しにするようなことをしているのである。これをオリジナルの投稿者が知ったら、さぞやガッカリすることだろう。

ちなみに上掲について言えば、これは一種の売り言葉に買い言葉的な応酬なのだろうと思われる。時期的に正本堂建立の直前であり、正本堂に安置される御本尊についてとやかく言うヤカラがいたのかもしれない。日達上人はそれに応じたわけである。

わたくしの見解はすでに述べたごとくであり、別に身延周辺にクスノキがあろうがなかろうが関係ないのである。

唐船は必ず日本国より震旦国に至るに障り無きなり。

薬王品得意抄のこのくだりは御法門についての説明であるが、いわば具体的な譬えを用いて御説明あそばしているのである。極論すればクスノキを中国から輸入することだって不可能ではないのだ。クスノキという樹木そのものが地球上に存在しなかったならば話は別である。

 チョウナは現在も販売されています。

これは2014年の段階でわりと詳しく論じているので、興味のある人はリンク先を訪ねるといいだろう。

 『けかち申すばかりなし米一合もうらずがししぬべし、此の御房たちもみなかへして但一人候べし、』
 (富木殿御書)


今回の最大の墓穴である。

まず余談から始めると、上掲はいかにも読みづらい。未だに御書の改訂を行なわないのは単なるサボりなのか、あるいは日亨上人への敬意のあらわれなのか、気になるところではある。

 けかち申すばかりなし。米一合もうらず。がししぬべし。

これが平成新編の表記である。違いは一目瞭然のはずだ。それはさておき、本題である。

 この状況で、どうやって運送費を出せますか?
 更に金箔を貼るには莫大なお金がかかります。
 漆を塗るだけでも現在の金額で100万円単位が必要です。

 お米の一合もないので。食わせていけないから皆を帰らせた。


ここまで御書が読めない人も珍しい。

わたくしは以前、法太郎と少しばかり論争をしたことがある。もっとも今となっては法太郎という人物もすでに伝説化してしまって知らない人が多いのかもしれないが、ともかくその時の議論はわたくしにとっては少し自慢めいた話なのである。上掲は過去の議論と少し関連がある。興味のある人は法太郎で検索するといいだろう。

また、昨年の台風十九号だとか、まさに今現在のパンデミックに伴なう諸状況を思うべきである。昨年の台風では一時的にコンビニ・スーパーなどから品物が消えてしまった。そして今回のコロナウイルスはさらに深刻で、もうすでにかなり長期にわたってマスクを始めとした衛生用品が欠品状態に陥っているのだ。

お金があっても買えないのである。

ひるがえって大聖人の仰せを拝するならば誰もが理解できるはずである。当該御書の仰せは大聖人が貧困にあえいでいるわけではないのだ。大飢饉のために食料の絶対量が不足している状態だった。ゆえにお金があっても売ってもらえない。米の一合すら売ってもらえない。こうした状況では大人数での移動は無理であるからして、御房たちを帰したと仰せられているのである。

そもそもがこの御書の宛先を考えるべきである。

富木殿はいわゆる大檀那である。経済的支援者の代表格と言っても間違いあるまい。こうした背景を踏まえて御書を読むならば、まさかカネがないから米が一合も買えないとは絶対に読めないはずである。先ほど述べたように現代においてすら災害などで物資の供給が滞ることが起きるのである。鎌倉時代においてはそれが日常茶飯事だったのだ。

 戒壇本尊本懐を唱える前に、こういう大聖人の置かれていた状況を何故考察しませんか?

ここに考察云々とあるが、はたしてどちらの考察が説得力を持つか、それは諸賢の判断に委ねるところである。

2020/3/10

シュウカツ  
沖浦氏に苦言を呈しておこう。私信と思しきものを安易に貼り付けるべきではない。英語なのでわたくしにはまったく読めないが、その気になれば翻訳ソフトに貼り付ければ内容がわかってしまう。拙ブログは極めて少数の読者しかおらず、それもほぼ日本人だけに限定されているとは言うものの、いちおうは全世界に公開されているのである。そこをよく考えるべきだろう。

ハラダ氏の所属が気になるところだ。

「法論」を逃げ回るだけなら、「バカ」でも務まる。

宗門としては逃げ切り勝ちを狙っているのだろう。それでも勝ちは勝ちである。浅井先生としてはそれが許せない。ゆえに繰り返し叫び続けているのだろう。ハラダ氏の言っていることはわりと的を射ているとは思うものの、現実的にはタイムリミットが近づいている。そこで顕正会の敗北が確定する。ただし、それで事が済むわけではない。宗門には宗門なりの問題があって、顕正会が存在しようがしまいが関係ないのである。

さて、今日も顕正新聞を見て行こう。

中・ロの同盟関係に「大蒙古」が重なる

今度の総合女子部長はなかなか優秀のようである。以前の顕正新聞では、蒙古の勢力図と中国の地図を並べて、両者があたかも酷似しているような説明をしていた。わたくしはその欺瞞を暴いた。縮尺が違っていたのである。同じ縮尺でなければ比較にならない。しかし、今回は中国とロシアの連合軍という括りであり、これならば相当だろう。

次は副総合女子部長である。

日本の命運を一人担われる先生のお立場・・・

まったく何を言っておるものかと思う。

第五十七女子部長(四国)の次の発言は、事実をわりと正確に表現していると思う。

 しかし国立戒壇の御遺命が否定されたまま突入してしまった決戦場であれば・・・

ただし、決戦場云々は顕正会が勝手に言っていることであり、客観性はない。その上で常識的なことを言えば、やはり順序としては御遺命守護の戦いが完結してから御遺命成就の戦いが始まるはずなので、今の状況は極めて変則的である。ゆえに現状を打破するためには、宗門へのアプローチを続ける以外にないのだろう。

そこで第六十女子部長(神奈川)に目を転ずれば、

 先生のこの師子吼に諸天が動くことを確信する・・・

前後を端折って恐縮だが、早い話が宗門に大転換が起こると言っているわけである。

期を画する大人事

五面の上段には人事が載っている。隊長・区長・支区部長以上、計九十九名の大人事だそうである。実際、ズラリと並べられた顔写真が壮観である。

 この布陣も、いよいよ本年から突入した広布の決戦場を見つめての、先生の「背水の陣」のご決意の表われである。

ややアゲアシ取りとは承知しつつも、違和感の拭えない文章である。

いよいよ本年から突入した広布の決戦場を見つめての・・・

説明するのも面倒臭い。

直下に第三十女子部長(中国地方)の記事がある。ちなみに中国地方の表記は、単に中国だけだと誤解されるとの判断からなのだろう。それはともかく彼女の冒頭の文章を紹介しよう。

 広布の決戦場を見つめた初陣を迎え・・・

今が広布の決戦場ではないのか? だとすると、いつが決戦場なのだろうか?

いよいよ大聖人様の御馬前に馳せ参じるのだと胸が高鳴り・・・

わたくしの理解だと三百万に到達した時点が御馬前である。するとどうだろう、今はすでに決戦場の舞台に立っているけれども戦いが始まる前の段階なのだと、こういう感じになるのだろうか?

ともかく再三指摘しているように、この辺の認識がアイマイなのである。幹部によって言っていることが微妙に異なる。それもこれも浅井先生の責任であり、おそらくは誤魔化そうとしているからアイマイになるのだろう。

「先生を西日本にお迎えするのはこれが最後」

同じ人物の発言であるが、鳥取会館のことを言っているわけである。もうすぐ会館が建つ。当然、浅井先生が来る。そこで彼女は言うわけである、先生をお迎えするのはこれが最後、と。

これも再三言っていることだが、常識的に考えれば浅井先生の年齢からして最後と言っているわけなのだろう。顕正会の幹部たちもそれは重々承知しているようなのである。

そこでいつも思うのである。

不謹慎ながらも、だったら先生の亡き後のことも考えておかねばなるまい。そうした動きがまったく感じられないのは、先生が偉大過ぎるからなのだろう。相当の大幹部であっても、先生がいなくなったらオシマイだと、そのように思っているのかもしれない。あるいは先生がいわゆる頑固ジジイで、今はそうした布石を打ちたくても打てないのかもしれない。

最近は終活という言葉がわりと一般的にも使われているように思う。その意味では不謹慎も何もないのかもしれない。つまり、先生もそろそろ終活を始めなければいけない。また、大局的に見れば、先生の終活とは顕正会の将来を見据えての布石も含まれるはずなのである。

結局のところ、今までデカイことをずっと言ってきたので、その整合性を保つのに苦労しているわけなのだろう。正直な人ならば、ダメでした、失敗でした、と言うべきところなのだが・・・

2020/3/8

キレアジ  
顕正新聞第1500号を読んでいく。まずは総男子部長の記事である。

二度にわたって早瀬管長の不作為の罪に言及されましたが・・・

ひじょうに悩ましいところだ。顕正会側の言い分としてはまさにその通りなのだろう。けれども宗門側にも言い分があるはずだ。

単純に言うと、国立戒壇を是とするか非とするか、である。

顕正会の主張は国立戒壇を絶対的に正しいと前提しているがゆえに、日如上人がそれについて何も言わないのは不作為の罪に当たると言いたいわけなのだろう。けれども宗門は国立戒壇を正しいとは考えていない、もしくは国立戒壇の名称を使用するのはよろしくないという考え方なので、日如上人の態度は至極当然なのである。

もっとも上述は極めて大雑把な理屈であって、例えば日如上人が日ごろどのような御指南をあそばしているかとか、細かく言えば教学的な傾向がどのような感じなのか、わたくしにはまったくわからないので、もしかしたら的を外しているのかもしれない。

極論すれば、猊下がある日突然国立戒壇を言い出すかもしれないのだ。

もちろん顕正会側の希望的観測に過ぎず、現実的にはなかなか起こり得ないことだろう。ただいつも言っているように凡夫には未来のことはわからないわけだから、どちらに転ぶかはまったくわからないのである。

いかに早瀬管長が動かずとも、大聖人様の大慈大悲のお力と先生の大忠誠心によって・・・

男子部第六総部長(首都圏・沖縄)の発言である。管長が動かなくても宗門に正義が蘇るのだそうである。おかしな話である。最終的には管長が動かなくてはいけない。管長が動かざるを得ない状況を作り出すべきなのだ。もちろんわたくしの言っていることはアゲアシ取りであって、彼の言いたいこともまったく同じなのだろう。

具体的なシナリオとしては、やはり宗門僧侶の中から国立戒壇を言う人が出てこないといけない。今は正信会系の僧侶が言っているだけであり、さすがにそれでは管長を動かすことはできない。

「私が法論を申し込んで早瀬管長が受けなかった場合、『日蓮正宗は正義ではないと認めた』ということでいいか?」

第二十二男子部幹事(首都圏)が妙観講員とのやり取りを紹介している。ご存知の人も多いはずだが、逃げているのは浅井会長のほうだ、と妙観講では言っている。大草講頭が何度も法論を申し込んでいるにもかかわらず、浅井先生は一度も応じたことがないのだそうである。顕正会側の言い分としては、逃げているわけではない、大草ごときが先生と法論するなど百年早い、ということなのだろう。上掲はそうしたニュアンスを含んだ切り返しである。

まあ、しかし、こんなテイタラクではいつまでも法論は実現しない。ヤジウマ根性丸出しで言うが、ぜひとも浅井先生の雄姿を見てみたい。過去の虚飾の混じった武勇伝ではなく、今ならば映像で記録が残せるのだから、それを誰もが見てみたいはずなのだ。

おそらく今の浅井先生はかつてのようなキレアジがなくなっていて、それは本人がいちばん自覚していることなのではないかと思う。ゆえに実現は難しい。

とりあえずトップ対決ではなくとも、中堅戦くらいは実現してほしいものである。もちろん映像付きの法論をである。

 この裂帛の大師子吼に魂は強く揺さぶられ・・・

副総合婦人部長も懲りない人であるが、だったら中堅戦ではなく大将戦をやるべきだろう。いや、相手が大将である必要はない。誰でもいいのだ。例のカエリタマエ事件では女性妙観講員が相手だった。彼女たちは先生との法論を望んでいたのである。望みを叶えてあげればいい。上掲のごとくの裂帛の大師子吼で瞬殺してしまえばいいのだ。

なんと、婦人部第十総部長(首都圏)も大師子吼派である。ゆえに他のくだりにおいても凄いことを言っている。

この宇宙の中で唯一正しい仏様と、唯一正しき師匠に同時に巡り値うことが叶い・・・

会長本仏論である。ちょっと見には控えめに思えるかもしれないが、実はそうではないのだ。まず控えめの意味を説明すると、仏は主師親の三徳を備えているが、先生はその中の師徳のみを持っている。ゆえに大聖人よりは下位となる。ところがである。大聖人は常住此説法であるから未来永劫の存在と考えられる。では浅井先生はどうかであるが、彼女は今この時代に生きていて浅井先生と巡り値うことができたと言っているわけである。つまり、浅井先生との関係のほうが希少、すなわち貴重であると言っていることになるのだ。大師子吼派オソルベシである。


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