2020/3/18

ゲンポン  
沖浦氏のコメントで気になったことがあるので、まずは紹介しておこう。

戒檀本尊の真義は、日蓮正宗側が真実の証明をする以外、偽物でしかありません。

真義は真偽の間違いと思われるが、それはさておき偽物云々が気になるところである。以前の沖浦氏はそこまで断定することはなかった。むしろ切り口としては、数多ある御本尊の中で戒壇の大御本尊だけが出世の本懐であるとは言えない、というような感じだった。その意味からすると、上掲はかなり踏み込んだ発言である。

さて、これに対するわたくしの見解であるが、すでに何度も表明していることである。すなわち真偽問題には立ち入らない。これがわたくしの立場である。

簡単な話である。御書の目次にはそれぞれの真蹟ないし古写本の所在地が記されている。しかし、わたくしはそれらについてはただの一つも自分の目で確認していないし、もし確認したとしてもそれが本当に御真蹟なのかどうかも判断できない。しょせんはその程度の人間なのである。御本尊についてもまったく同じ道理だろう。今はインターネットであらゆる情報が容易に得られる。ゆえに自分ではどうにもならない問題も、そうした情報を収集することである程度は判断できる。とは言え、それが正解とは限らないのだ。

よって大した眼力もない人間がネットの情報を鵜呑みにして垂れ流すような愚は犯したくないし、そうした低レベルの議論には付き合わない。これがわたくしの結論である。

さて、今日も顕正新聞を見て行く。

これについても上述との兼ね合いで立場を表明しておく必要があるかもしれない。わたくしは顕正新聞の原本を読んでいるのである。御書の場合は平成新編の原本を拝読しているのである。いわゆる二次情報ではない。最近も克衛が自殺したとのウワサが出回っているようだが、わたくしはすぐに飛びつくような愚は犯さない。今は行き掛かり上、一例として挙げたまでのことであって、情報源が明確でない限りは取り扱わない。それが拙ブログである。

 先生こそ「師子の子」、大忠誠の激闘に涙

女子部第百六十六区班長(福井)の記事にはご覧の見出しがある。原本から引用しているので間違いはない。ただし、一字一句、自分で打ち込んでいるので、打ち間違いがごくマレにある。そこはご容赦願いたい。

そして取り扱っている内容は真偽ではなく、見解ないし解釈である。先生こそ師子の子? 本当かいな? という話なのだ。

当該記事には出てこないが、ご存知のごとく、顕正新聞の各所に大師子吼の表記を目にする。極端な話、大聖人は師子吼で浅井先生は大師子吼なのだ。あれ? 何だそりゃ?

つまり、ややもすれば浅井先生こそが師子であって大聖人が師子の子にもなりかねないという危険性を秘めているのである。

以来、細井日達書写の本尊をしまい・・・

次第に細井日達の本尊を返納する意思が固まり・・・


今度は男子部第八十八隊組長(新潟)の記事である。これも真偽を問うているわけではない。本人が言っているのだから事実なのだろう。その上でわたくしの考えを書かせてもらうと、こんなテイタラクでは宗門との合流は無理である。なぜにそこに気がつかないのかと思う。

いよいよ国立戒壇への国中の大怨嫉を巻き起こし・・・

婦人部薩摩支区(鹿児島)の平会員がご覧のように言っている。ここでは逆にネット上の情報を参照することになるが、まさかそれを矛盾だとか自家撞着などと批判する人はおるまい。いみじくも登壇者が書いているように、現時点ではまだ大怨嫉が起きているとは言い難いのである。

ネット上の具体的な引用は控えるが、ようするに現時点では顕正会の強引な勧誘方法に対して大顰蹙が巻き起こっている。ゆえに今後は国立戒壇そのものに対する批判が出てこないといけない。しかし、どうもそのような流れにはなっていないようである。

何しろ今もなお宗門と顕正会の間でウンヌンカンヌンしているテイタラクなのである。これではなかなか先には進めないだろう。

男子部第百一隊組長(首都圏)の記事が不審である。

 その後も、再婚した妻に浮気をされ、家も騙し取られました。さらに精神異常者扱いをされて留置所に一週間入れられた挙句、ついには家を追い出され・・・

当然、真偽を云々するものではない。本人が言っているのだから事実と認定した上でわたくしの感想を述べるのである。いかにもおかしな話であると。

 また妻から自宅を追い出されたあと、妻に何度「自分の荷物や携帯電話などを返してくれ」と言っても聞いてもらえず、警察や弁護士に相談してもどうにもならなかったのが・・・

続きの文章も紹介しよう。

・・・どうにもならなかったのが、顕正会に入会して四日目に、自分の荷物がすべて会社の駐車場に置かれていたことには、たいへん驚きました。

とにかくおかしな話の連続なのである。上掲に限っても、荷物と携帯電話を返してもらえない状態が顕正会に入会したことで解決したという話なのだろうけれども、それこそ家を返してもらわないとダメなんじゃないかと思う。

当該号にはさらに体験発表が三本あって、それぞれ母・義母・祖母の臨終について発表している。これらについては割愛したい。

昔から今に至るまで顕正会の対宗門ないし対創価学会の戦略は一貫している。歴代上人ないし歴代会長の発言を取り上げて自語相違を責めるのである。わたくしのやっていることもまったく同じである。顕正新聞に掲載されている文言は顕正会の公式見解と言えるだろう。そこに矛盾であるとか道理に反することがあれば容赦なく批判する。顕正会員が反論できないのも当然である。


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