2020/4/28
メノカタキ
まず、沖浦氏のコロナ問題に対する認識についてである。
今回のコロナ禍は、相違する事あり、です。
御書を二文ほど引用して、ご覧のように結論づけている。具体的な御文については省略させていただくが、その適否はともかくとして常に御書を念頭に置いて物事を考える姿勢は評価できる。
現状、緊急事態宣言が出てから人々の行動が変化したためだろうか、このところ感染者数の伸びが鈍化している。つまり、自粛が効果的だったことになるのかもしれない。
ただし、一つだけ懸念があって、コロナ情報を細かくチェックしている人ならば先刻承知のように、土日の新規感染者数が少なく週の中頃から後半が多くなる傾向がある。ようは土日は検査機関が休みで検査数そのものが少ないから感染者数も少ないと考えられるのだ。すると今週は例年であればいわゆるゴールデンウイークに相当するわけで、その意味からしても病院ないし検査機関が不活発で、全体の検査数が少なくなっているだろうことが想像されるのだ。以上のような理由から、感染者数の伸びが鈍化しているのは見せかけだけのことかもしれないという危惧がある。
先般の報道では、変死・不審死を調べたらコロナだったという驚愕すべきものがあった。また、救急搬送の患者がたらい回しにされたという報道もあった。
アベノマスクで話題の安倍政権は、もともとアベノミクスを引っ提げて政権運営をしていた。しかし、いわゆる数字のマジックでアベノミクスが成功しているかのように演出しているに過ぎない、というような指摘をする専門家も少なくない。さらにはモリカケ問題や桜を見る会の問題など、次から次へと疑惑が持ち上がっているものの、それらを誤魔化し続けてきたのが安倍政権である、との指摘も多い。
それがいよいよ正念場を迎えたわけである。コロナ問題は誤魔化しが利かない。数字のマジックを使えば最悪の結末を迎えることになる。現実に人々がバタバタと倒れていくような破局的な場面になって、それでもなお誤魔化し切れるとしたらそれはそれで怖ろしいことである。
そういうわけで、五月六日がいちおう期限とされているものの、緊急事態宣言がそこで完全に解除されることはないだろうとするのが大方の見方であり、さすがの安倍首相もそれに従わざるを得ないだろう。
その後については何とも言えないところだ。
以上、沖浦氏のコメントを踏まえてわたくしなりの所感を述べさせていただいたわけだが、次は弁護士云々の話題である。
それで、ある程度報酬を決めて引き受けたのです。
これは違法なのですがもう時効です。
沖浦氏は違法に報酬を得ていたと告白している。わたくしの思うに、氏は弁護士の資格を持たないものの弁護士の資質を備えている、ということなのだろう。その目線から今の弁護士のレベルの低さを云々しているわけである。ただし、いわゆる悪徳弁護士という言葉が示すように、基本的に弁護士は善徳のはずなのである。そこにマレに悪徳が存在する。もっとも、御書に堪能な沖浦氏ならば先刻承知のように、弁護士に限らずあらゆる存在が善と悪を内包しているのである。その意味からして弁護士ばかりをメノカタキにするのはどうかと思うところで、どうせならば沖浦氏が弁護士資格を取ってお手本を示せばいいのである。おそらく年齢制限はないのではあるまいか?
痛い発言ですね。
怨嫉とは法に対するものではなく、人に対するものです。
ですから国立戒壇を怨嫉は日蓮仏法上あり得ません。
いわゆるアゲアシ取りのレベルである。わたくしが顕正会を弁護する必要はないのだが、さすがに上掲は沖浦氏の単なるイチャモンに過ぎないということになりそうである。
それにしても三行目が問題である。
常の沖浦氏ならば真正面から論じるはずなのである。例えば、戒壇本尊本懐論はあり得ない、日蓮本仏論はあり得ない、みたいな感じである。ゆえに国立戒壇についても、大聖人の仏法に国立戒壇はあり得ない、いや、築壇そのものがあり得ない、戒壇とは自分の身体そのものだからだ、というような主張を展開するのが常の沖浦氏だからである。
国立戒壇を怨嫉云々を全体的な文脈で斟酌する場合、早い話が国立戒壇を主張する顕正会を怨嫉する宗門僧俗は無間地獄に堕ちるという意味になるわけで、それを怨嫉は法に対するものではなく人に対するものだなどと言ってもアゲアシ取りにしかならないわけである。
また、仏法の考え方として、いわゆる人と法は密接不可分ということがある。この大原則からしても、アゲアシ取りに過ぎないことがよくわかるだろう。
法華経の行者を軽賎する王臣・万民、始めは事なきやうにて・・・
怨嫉という表現にはなっていないが、これが人に対する怨嫉であることは反論の余地がない。では次はどうかである。
法華経に云はく「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」云云。
ここでは経に対して怨嫉と書かれている。まさか経と法は異なるなどと見え透いた言い訳はしないだろう。
ちなみに聖人御難事では次のように続く。
釈迦如来の大難はかずをしらず・・・
つまり、大聖人は猶多怨嫉の経文を引用しつつ、その続きにおいては釈尊が受けた大難について御説明あそばしている。これがまさに人と法の密接不可分を意味するのだ。
以上、痛いのはどちらであろうか、という話である。
いずれにしてもである。この問題は宗門と顕正会における論争であるが、まさか宗門側が怨嫉は人に対するものだから国立戒壇を怨嫉はおかしいなどとアゲアシ取りをするはずもないので、いよいよ本門戒壇の議論において本気で真正面から取り組まなければいけないという段階に突入したと考えるべきなのかもしれない。
この場合に求められるのは、やはり原点は大聖人の御指南をどのように拝するかであり、途中で誰々がああ言っていたこう言っていたという些末な議論はいったん取り除く必要があるだろう。
この際、顕正会側にも苦言を呈しておくと、やはり日達上人の御遷化のことだとかを云々するのはやめるべきだし、さらに言えば国立戒壇の名称に固執することもやめるべきなのだ。もしこれで顕正会の主張が空虚なものになるとすれば、それが答えである。ようは国立戒壇の名称にこだわっているだけのクダラナイ団体に過ぎないということになるのだ。
つまり、今後は国立戒壇を言わずに国立戒壇を主張するという難事をやってのける必要がある。これができなければ未来はないだろう。
今回のコロナ禍は、相違する事あり、です。
御書を二文ほど引用して、ご覧のように結論づけている。具体的な御文については省略させていただくが、その適否はともかくとして常に御書を念頭に置いて物事を考える姿勢は評価できる。
現状、緊急事態宣言が出てから人々の行動が変化したためだろうか、このところ感染者数の伸びが鈍化している。つまり、自粛が効果的だったことになるのかもしれない。
ただし、一つだけ懸念があって、コロナ情報を細かくチェックしている人ならば先刻承知のように、土日の新規感染者数が少なく週の中頃から後半が多くなる傾向がある。ようは土日は検査機関が休みで検査数そのものが少ないから感染者数も少ないと考えられるのだ。すると今週は例年であればいわゆるゴールデンウイークに相当するわけで、その意味からしても病院ないし検査機関が不活発で、全体の検査数が少なくなっているだろうことが想像されるのだ。以上のような理由から、感染者数の伸びが鈍化しているのは見せかけだけのことかもしれないという危惧がある。
先般の報道では、変死・不審死を調べたらコロナだったという驚愕すべきものがあった。また、救急搬送の患者がたらい回しにされたという報道もあった。
アベノマスクで話題の安倍政権は、もともとアベノミクスを引っ提げて政権運営をしていた。しかし、いわゆる数字のマジックでアベノミクスが成功しているかのように演出しているに過ぎない、というような指摘をする専門家も少なくない。さらにはモリカケ問題や桜を見る会の問題など、次から次へと疑惑が持ち上がっているものの、それらを誤魔化し続けてきたのが安倍政権である、との指摘も多い。
それがいよいよ正念場を迎えたわけである。コロナ問題は誤魔化しが利かない。数字のマジックを使えば最悪の結末を迎えることになる。現実に人々がバタバタと倒れていくような破局的な場面になって、それでもなお誤魔化し切れるとしたらそれはそれで怖ろしいことである。
そういうわけで、五月六日がいちおう期限とされているものの、緊急事態宣言がそこで完全に解除されることはないだろうとするのが大方の見方であり、さすがの安倍首相もそれに従わざるを得ないだろう。
その後については何とも言えないところだ。
以上、沖浦氏のコメントを踏まえてわたくしなりの所感を述べさせていただいたわけだが、次は弁護士云々の話題である。
それで、ある程度報酬を決めて引き受けたのです。
これは違法なのですがもう時効です。
沖浦氏は違法に報酬を得ていたと告白している。わたくしの思うに、氏は弁護士の資格を持たないものの弁護士の資質を備えている、ということなのだろう。その目線から今の弁護士のレベルの低さを云々しているわけである。ただし、いわゆる悪徳弁護士という言葉が示すように、基本的に弁護士は善徳のはずなのである。そこにマレに悪徳が存在する。もっとも、御書に堪能な沖浦氏ならば先刻承知のように、弁護士に限らずあらゆる存在が善と悪を内包しているのである。その意味からして弁護士ばかりをメノカタキにするのはどうかと思うところで、どうせならば沖浦氏が弁護士資格を取ってお手本を示せばいいのである。おそらく年齢制限はないのではあるまいか?
痛い発言ですね。
怨嫉とは法に対するものではなく、人に対するものです。
ですから国立戒壇を怨嫉は日蓮仏法上あり得ません。
いわゆるアゲアシ取りのレベルである。わたくしが顕正会を弁護する必要はないのだが、さすがに上掲は沖浦氏の単なるイチャモンに過ぎないということになりそうである。
それにしても三行目が問題である。
常の沖浦氏ならば真正面から論じるはずなのである。例えば、戒壇本尊本懐論はあり得ない、日蓮本仏論はあり得ない、みたいな感じである。ゆえに国立戒壇についても、大聖人の仏法に国立戒壇はあり得ない、いや、築壇そのものがあり得ない、戒壇とは自分の身体そのものだからだ、というような主張を展開するのが常の沖浦氏だからである。
国立戒壇を怨嫉云々を全体的な文脈で斟酌する場合、早い話が国立戒壇を主張する顕正会を怨嫉する宗門僧俗は無間地獄に堕ちるという意味になるわけで、それを怨嫉は法に対するものではなく人に対するものだなどと言ってもアゲアシ取りにしかならないわけである。
また、仏法の考え方として、いわゆる人と法は密接不可分ということがある。この大原則からしても、アゲアシ取りに過ぎないことがよくわかるだろう。
法華経の行者を軽賎する王臣・万民、始めは事なきやうにて・・・
怨嫉という表現にはなっていないが、これが人に対する怨嫉であることは反論の余地がない。では次はどうかである。
法華経に云はく「而も此の経は如来の現在にすら猶怨嫉多し。況んや滅度の後をや」云云。
ここでは経に対して怨嫉と書かれている。まさか経と法は異なるなどと見え透いた言い訳はしないだろう。
ちなみに聖人御難事では次のように続く。
釈迦如来の大難はかずをしらず・・・
つまり、大聖人は猶多怨嫉の経文を引用しつつ、その続きにおいては釈尊が受けた大難について御説明あそばしている。これがまさに人と法の密接不可分を意味するのだ。
以上、痛いのはどちらであろうか、という話である。
いずれにしてもである。この問題は宗門と顕正会における論争であるが、まさか宗門側が怨嫉は人に対するものだから国立戒壇を怨嫉はおかしいなどとアゲアシ取りをするはずもないので、いよいよ本門戒壇の議論において本気で真正面から取り組まなければいけないという段階に突入したと考えるべきなのかもしれない。
この場合に求められるのは、やはり原点は大聖人の御指南をどのように拝するかであり、途中で誰々がああ言っていたこう言っていたという些末な議論はいったん取り除く必要があるだろう。
この際、顕正会側にも苦言を呈しておくと、やはり日達上人の御遷化のことだとかを云々するのはやめるべきだし、さらに言えば国立戒壇の名称に固執することもやめるべきなのだ。もしこれで顕正会の主張が空虚なものになるとすれば、それが答えである。ようは国立戒壇の名称にこだわっているだけのクダラナイ団体に過ぎないということになるのだ。
つまり、今後は国立戒壇を言わずに国立戒壇を主張するという難事をやってのける必要がある。これができなければ未来はないだろう。
2020/4/24
チブン
沖浦氏のコメントは何か過剰反応の気味が感じられる。弁護士に対する偏見に満ちていると言ってもいいだろう。
さて、本題である。
関快道の論文「国立戒壇論の誤りに関する一考察」を破す
「国立戒壇」を怨嫉する宗門僧俗は「全員無間地獄に堕ちる」
菅原克仁氏が法務部次長・教学委員の肩書きで、顕正新聞の紙面を丸々一ページ使って書いている。ちなみに前回の藤村氏は半ページである。
当該記事は見出しにあるごとく、国立戒壇批判への反論である。具体的には総本山塔中・久成坊住職の関快道師が書いた一考察への反論であるが、先方は妙観講が出している慧妙を媒体として発表しており、顕正新聞にその画像も添付されている。キャプションには次のごとく書かれている。
大草が事実上編集している謀略新聞「慧妙」。関快道は乗せられて痴文を物した
大草氏が編集しているのかどうか、そこは定かではないし、乗せられたのかどうかもわからない。明確なのは慧妙に載せられているという事実である。ゆえに裏側の事情がどうであれ、純粋に法門の上から議論すればいい。実際、今回の記事は法務部次長の肩書きは不要で、内容的には教学委員の立場で書かれたものと言えるだろう。
そしてこの場合、わたくしとしては慧妙の記事と当該記事を読み比べて論じなければいけないのは当然のことなのだが、実際には先方の記事をまったく読んでいない。もともと宗門の戒壇論はデタラメであるからして、もはや読むに値しないと頭ごなしに決め込んでいるのだ。もちろんこれは冒頭で沖浦氏に対して浴びせた偏見との言葉が、そっくりそのまま返ってくることを承知してのことである。それほどに宗門の戒壇論がお粗末だということなのである。
あまりのお粗末さに宗門内部からも異論が噴出したのであろう。なんと関は、翌号の「慧妙」令和二年二月一六日号に「お詫びと訂正」を掲載し、自らの論文の根幹となる箇所を削除し、読者に謝罪するに至った。
本文からの引用である。まさか菅原氏がウソを書くとは思えない。事実、当該記事では慧妙の翌号に掲載されたと思しき訂正文が部分的ながらも紹介されている。
掲載文を読み直したところ、・・・四十六文字を削除させていただきます。・・・関係各位に対し、ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます
これは顕正新聞に載っているものをさらに圧縮したものであるが、恣意的な切り文ではない。事実は事実であり、ご覧のようにお詫びと訂正が述べられている点は動かない。
では、菅原氏の指摘する論文の根幹となる箇所とは何かという話になるが、氏の記述をそのまま紹介したい。
この論文の主旨は、三大秘法抄における「戒壇を建立すべき者か」の「歟(か)」の一字で「国立戒壇論が大聖人の教義ではないことを証明」するとして、「大漢和辞典」の語意の説明を以て「よって、『可建立戒壇者歟』は『戒壇を建立すべきであろうか(疑問・推測の意)』となります。……けっして、『何が何でも勅宣並びに御教書を得て建立しなければならない。得られないなら絶対に建立してはならない』の意味にはなりません」と「勅宣・御教書」を不要とし、さらには「現憲法」における「信教・思想の自由」を剥奪する国立戒壇論は大聖人の教義ではない、とするもので、極めて幼稚・粗雑なものである。
菅原氏の記事を読む限りでは、上掲の引用部分すべてが削除されたわけではなさそうである。具体的には再掲する次のくだりが削除されたごとくである。
「よって、『可建立戒壇者歟』は『戒壇を建立すべきであろうか(疑問・推測の意)』となります。」
確かに根幹部分ではある。本門戒壇建立の御遺命そのものを疑問視するような書き方になってしまっているところがなきにしもあらずであり、訂正もやむを得ないところなのかもしれない。逆に言うと、後半の何が何でも云々は訂正されていないことになるわけで、ここは大いに議論すべきところだろう。
わたくしは宗門の意見にも一理あると思っている。顕正会の教条主義的な解釈は将来的に必ず破綻が訪れる。いや、すでに破綻している部分がたくさんある。
例えば、今回の一件では宗門側がもっともらしい論文を発表しておきながら直後にお詫びと訂正を入れるという醜態をさらしたと言えなくもないわけだが、わたくしはその正直さこそが尊いと思う。逆に顕正会はどうかである。折伏理論書改訂版における一千万の誓いを破ったという事実について、浅井先生自らがお詫びしたという話は聞いたことがない。それどころか基礎教学書という新刊を出して、理論書そのものをなかったことにしようと企んでいるのである。これが仏弟子のやることだろうか?
このように書くと、話をすり替えている、今までは教義解釈の話だったのにいつの間にか別の話になっている、というふうに思うかもしれない。
しかし、そうではないのだ。教条主義の問題点は理想と現実の乖離であり、その穴埋めがなされない限りは必ず破綻する。極論すれば大聖人の仏法そのものを現代には通用しないものであると、顕正会が証明していることになってしまうのだ。そりゃそうだろう。御生骨が光り輝く。そうした言い伝えを大事にすることは悪くない。ところが顕正会はそれが間もなく実現するかのように言ってしまっている。オオウソツキになる可能性が高いのだ。
話を戻そう。
何が何でも勅宣・御教書が必要かどうかという一件について、わたくしは宗門の意見にも一理あると書いた。別に深い考えがあるわけではない。言っていることを聞けば、なるほど、そうかもしれない、という程度の話である。ただ逆に、宗門側にも過剰なところがあって、あたかも勅宣・御教書を完全否定するかのような雰囲気が濃厚なのが問題である。
私は未来の大理想として信じ奉る。
これは日達上人の御発言である。このような御指南が存在する以上、完全否定はできないし、するべきではない。
かなり優柔不断のように思われるかもしれないが、両論併記が妥当だと思う。
つまり、顕正会の主張も頭ごなしに否定するのではなく、そうした伝統的な解釈も排除しないのがオトナの対応なのである。
そこでわたくしがいつも言っているように、国立戒壇の意味内容はともかくとして名称そのものは用いない、これが現宗門の一貫した姿勢であるからして、これも上述の伝統的云々を応用すればいいだけの話なのだ。つまり、国立戒壇の名称そのものは一時期使われていたものの、伝統とは言い難いのである。ゆえに古来からの本門戒壇で統一すればいい。よって顕正会の国立戒壇に拘泥する姿勢は問題としつつも、顕正会の主張を排除しない、というような方向性でまとめるべきだろう。
もっとも今となっては日達上人の臨終をアシザマにあげつらうことや日顕上人のこと、さらには御当代猊下への挑発的言動などもあって、もはや顕正会の存在自体が鬱陶しいわけなのだろう。いかんともし難いところである。
「国立戒壇」を怨嫉する宗門僧俗は「全員無間地獄に堕ちる」
見出しの片面を再掲した。後半のカギカッコはいわば関論文を逆手に取ったものである。
関は論文の冒頭に、「国立戒壇論が大聖人の正しい教えであるなら、否定した日蓮正宗僧俗は全員無間地獄に堕ちることになります」と断言しているが・・・
関快道師はなかなか立派な人物である。ようするに二者択一だと言っているわけなのだろう。無間地獄に堕ちるのは、顕正会か宗門かどちらか一方であると、そのような意味が読み取れるはずである。
ならば猊下の御許しを得て、顕正会と正式な法論をしたらどうかと思う。
この際、浅井先生も表舞台に出てくるべきだろう。大草講頭と法論してもいい。ようするに今は映像の発達した時代であるから、それこそ一発で勝負が決まるかもしれないのだ。かつてのいわゆる浅井武勇伝はもはや伝説のレベルであって、文献上の検証は可能ではあるものの映像が残っていない点が悔やまれるのである。ならば浅井先生も最後の大仕事をなすべきだろう。
もっとも本番で言い間違えたものを編集しているようでは無理かもしれないが・・・
さて、本題である。
関快道の論文「国立戒壇論の誤りに関する一考察」を破す
「国立戒壇」を怨嫉する宗門僧俗は「全員無間地獄に堕ちる」
菅原克仁氏が法務部次長・教学委員の肩書きで、顕正新聞の紙面を丸々一ページ使って書いている。ちなみに前回の藤村氏は半ページである。
当該記事は見出しにあるごとく、国立戒壇批判への反論である。具体的には総本山塔中・久成坊住職の関快道師が書いた一考察への反論であるが、先方は妙観講が出している慧妙を媒体として発表しており、顕正新聞にその画像も添付されている。キャプションには次のごとく書かれている。
大草が事実上編集している謀略新聞「慧妙」。関快道は乗せられて痴文を物した
大草氏が編集しているのかどうか、そこは定かではないし、乗せられたのかどうかもわからない。明確なのは慧妙に載せられているという事実である。ゆえに裏側の事情がどうであれ、純粋に法門の上から議論すればいい。実際、今回の記事は法務部次長の肩書きは不要で、内容的には教学委員の立場で書かれたものと言えるだろう。
そしてこの場合、わたくしとしては慧妙の記事と当該記事を読み比べて論じなければいけないのは当然のことなのだが、実際には先方の記事をまったく読んでいない。もともと宗門の戒壇論はデタラメであるからして、もはや読むに値しないと頭ごなしに決め込んでいるのだ。もちろんこれは冒頭で沖浦氏に対して浴びせた偏見との言葉が、そっくりそのまま返ってくることを承知してのことである。それほどに宗門の戒壇論がお粗末だということなのである。
あまりのお粗末さに宗門内部からも異論が噴出したのであろう。なんと関は、翌号の「慧妙」令和二年二月一六日号に「お詫びと訂正」を掲載し、自らの論文の根幹となる箇所を削除し、読者に謝罪するに至った。
本文からの引用である。まさか菅原氏がウソを書くとは思えない。事実、当該記事では慧妙の翌号に掲載されたと思しき訂正文が部分的ながらも紹介されている。
掲載文を読み直したところ、・・・四十六文字を削除させていただきます。・・・関係各位に対し、ご迷惑をおかけしたことをお詫び申し上げます
これは顕正新聞に載っているものをさらに圧縮したものであるが、恣意的な切り文ではない。事実は事実であり、ご覧のようにお詫びと訂正が述べられている点は動かない。
では、菅原氏の指摘する論文の根幹となる箇所とは何かという話になるが、氏の記述をそのまま紹介したい。
この論文の主旨は、三大秘法抄における「戒壇を建立すべき者か」の「歟(か)」の一字で「国立戒壇論が大聖人の教義ではないことを証明」するとして、「大漢和辞典」の語意の説明を以て「よって、『可建立戒壇者歟』は『戒壇を建立すべきであろうか(疑問・推測の意)』となります。……けっして、『何が何でも勅宣並びに御教書を得て建立しなければならない。得られないなら絶対に建立してはならない』の意味にはなりません」と「勅宣・御教書」を不要とし、さらには「現憲法」における「信教・思想の自由」を剥奪する国立戒壇論は大聖人の教義ではない、とするもので、極めて幼稚・粗雑なものである。
菅原氏の記事を読む限りでは、上掲の引用部分すべてが削除されたわけではなさそうである。具体的には再掲する次のくだりが削除されたごとくである。
「よって、『可建立戒壇者歟』は『戒壇を建立すべきであろうか(疑問・推測の意)』となります。」
確かに根幹部分ではある。本門戒壇建立の御遺命そのものを疑問視するような書き方になってしまっているところがなきにしもあらずであり、訂正もやむを得ないところなのかもしれない。逆に言うと、後半の何が何でも云々は訂正されていないことになるわけで、ここは大いに議論すべきところだろう。
わたくしは宗門の意見にも一理あると思っている。顕正会の教条主義的な解釈は将来的に必ず破綻が訪れる。いや、すでに破綻している部分がたくさんある。
例えば、今回の一件では宗門側がもっともらしい論文を発表しておきながら直後にお詫びと訂正を入れるという醜態をさらしたと言えなくもないわけだが、わたくしはその正直さこそが尊いと思う。逆に顕正会はどうかである。折伏理論書改訂版における一千万の誓いを破ったという事実について、浅井先生自らがお詫びしたという話は聞いたことがない。それどころか基礎教学書という新刊を出して、理論書そのものをなかったことにしようと企んでいるのである。これが仏弟子のやることだろうか?
このように書くと、話をすり替えている、今までは教義解釈の話だったのにいつの間にか別の話になっている、というふうに思うかもしれない。
しかし、そうではないのだ。教条主義の問題点は理想と現実の乖離であり、その穴埋めがなされない限りは必ず破綻する。極論すれば大聖人の仏法そのものを現代には通用しないものであると、顕正会が証明していることになってしまうのだ。そりゃそうだろう。御生骨が光り輝く。そうした言い伝えを大事にすることは悪くない。ところが顕正会はそれが間もなく実現するかのように言ってしまっている。オオウソツキになる可能性が高いのだ。
話を戻そう。
何が何でも勅宣・御教書が必要かどうかという一件について、わたくしは宗門の意見にも一理あると書いた。別に深い考えがあるわけではない。言っていることを聞けば、なるほど、そうかもしれない、という程度の話である。ただ逆に、宗門側にも過剰なところがあって、あたかも勅宣・御教書を完全否定するかのような雰囲気が濃厚なのが問題である。
私は未来の大理想として信じ奉る。
これは日達上人の御発言である。このような御指南が存在する以上、完全否定はできないし、するべきではない。
かなり優柔不断のように思われるかもしれないが、両論併記が妥当だと思う。
つまり、顕正会の主張も頭ごなしに否定するのではなく、そうした伝統的な解釈も排除しないのがオトナの対応なのである。
そこでわたくしがいつも言っているように、国立戒壇の意味内容はともかくとして名称そのものは用いない、これが現宗門の一貫した姿勢であるからして、これも上述の伝統的云々を応用すればいいだけの話なのだ。つまり、国立戒壇の名称そのものは一時期使われていたものの、伝統とは言い難いのである。ゆえに古来からの本門戒壇で統一すればいい。よって顕正会の国立戒壇に拘泥する姿勢は問題としつつも、顕正会の主張を排除しない、というような方向性でまとめるべきだろう。
もっとも今となっては日達上人の臨終をアシザマにあげつらうことや日顕上人のこと、さらには御当代猊下への挑発的言動などもあって、もはや顕正会の存在自体が鬱陶しいわけなのだろう。いかんともし難いところである。
「国立戒壇」を怨嫉する宗門僧俗は「全員無間地獄に堕ちる」
見出しの片面を再掲した。後半のカギカッコはいわば関論文を逆手に取ったものである。
関は論文の冒頭に、「国立戒壇論が大聖人の正しい教えであるなら、否定した日蓮正宗僧俗は全員無間地獄に堕ちることになります」と断言しているが・・・
関快道師はなかなか立派な人物である。ようするに二者択一だと言っているわけなのだろう。無間地獄に堕ちるのは、顕正会か宗門かどちらか一方であると、そのような意味が読み取れるはずである。
ならば猊下の御許しを得て、顕正会と正式な法論をしたらどうかと思う。
この際、浅井先生も表舞台に出てくるべきだろう。大草講頭と法論してもいい。ようするに今は映像の発達した時代であるから、それこそ一発で勝負が決まるかもしれないのだ。かつてのいわゆる浅井武勇伝はもはや伝説のレベルであって、文献上の検証は可能ではあるものの映像が残っていない点が悔やまれるのである。ならば浅井先生も最後の大仕事をなすべきだろう。
もっとも本番で言い間違えたものを編集しているようでは無理かもしれないが・・・
2020/4/23
ニショウメ
顕正新聞第1502号は顕正会の弁護士二名が大活躍する号である。
宗門末寺「本種寺」に全面勝訴!!
リーフレット・公式サイトで顕正会を誹謗
「能化」佐藤日栄の虚偽・謀略を司法が断罪
法務部長の藤村雄大氏が宗門との裁判について報告している。結果は上掲に示されているごとくであり、わたくしが一読した限りでは特に不審な点はなかった。
しかもこの裁判、一末寺の問題ではなさそうなのである。
日蓮正宗顧問弁護士、東大卒の実力派弁護士、若手弁護士
宗門側はこの三人体制で臨んできた。そう、宗門側、なのである。一末寺が単独で裁判に臨んだのではなく、宗門挙げての対応だったと藤村氏は報告している。
わたくしはつい先日、波木井実長に関する話題において、人格攻撃的な内容があれば問題である、という意味のことを書いた。どうやら正宗系の解説書にはそうした記述があるらしい。その一々については確認していない。ゆえに出過ぎたことを言うべきではないのだが、あえて言いたい。たぶん執筆者は気がついていない。ようは感覚がマヒしているのだ。狂っていると言ってもいいだろう。
実は昭和四十年代のいわゆる妙信講問題においても同様の雰囲気があった。早い話が浅井父子に対する人格攻撃である。そのもっとも顕著なものが破邪新聞だろう。
この点、宗門は未だに反省していないらしい。
いったいこれが今回の話とどのように関係するのかと思うかもしれない。そもそも教義上の論争が裁判で争われることはない。勝手にやって下さいというのが裁判所の立場である。しかし、極端な話をすれば、教義論争が昂じて実力行使になればさまざまの実害が発生するわけで、傷害事件だとか殺人事件にも発展しかねない。もしそこまでエスカレートすれば、裁判所としても勝手にやって下さいとは言わない。最終的には傷害罪だとか殺人罪の判断を下すことになるのだ。
もちろん極端な例である。そして今回の場合はそこまで極端ではないにしても、宗門側が何らかの違法行為を犯したわけなのだろう。結果として違法行為が認められた。すなわち宗門側の敗訴であり、顕正会側の勝訴という話なのである。
たぶん昔から同じようなことはあったのだと思う。しかし、顕正会には専属の弁護士がいなかった。ゆえに泣き寝入りしていた。けれども今は優秀な弁護士が二名もいる。ゆえに積極的に裁判を起こしている。今回はその一例に過ぎないのだろう。
例えば、えらてん、という人物がいる。今となってはけっこう有名人なので、調べればすぐに出てくるだろう。彼の話では顕正会側が何らかの裁判を仕掛けてきたらしいのだ。しかし、その後の経過は不明である。まさか顕正新聞で報告するような事案ではあるまい。ゆえに一般人の立場としてはえらてん氏が何らかの報告をしない限り知り得ないのだ。ところが彼はマルチの才能を発揮して、今は別の分野に取り組んでいる。つまり、宗教問題には関心がなくなったらしく、当然、顕正会問題にも触れなくなってしまった。
話が脱線気味で恐縮であるが、早い話が今は顕正会の法務部が目を光らせていて、裁判するぞを脅かして顕正会の批判を封じ込めようとしているわけである。
というわけで、宗門に対しても法的手段が有効と見れば裁判を仕掛けていく。わたくしのような素人にはなかなか見分けがつかないが、どうやら本種寺でやっていた行為が違法性の高いものであり、勝てると踏んだわけなのだろう。
ここに、誠諦寺(栃木県宇都宮市)の違法ビラに引き続き、宗門側の卑劣な謀略が司法によって断罪されたのであった。
二勝目を挙げたと言っているわけである。
わたくしの知るところでは十年ほど前に妙観講から裁判を起こされて負けている。おそらくはその後も数々の裁判が行なわれているはずであるが、結果がどうなっているかはまったくわからない。裁判は勝ち負けを云々することが多いわけだが、実際には和解というケースも相当にあってその場合は引き分けと考えるのが妥当なのだろう。そうした裁判は報告されないのだと思われる。
さて、些末な話で恐縮であるが、一点だけ気になったところがあるので書いておこう。
・・・いずれも顕正会を指して、「公安当局からマークされている」などと事実無根の誹謗中傷をしていた。
もし、マークされていた、と書けば事実だったことになるのだろうか?
というのは『迷走する顕正会を斬る』にも記されている通り、かつては公安調査庁のウェブサイトに顕正会と思しき団体のことが書かれていたのだ。かく言うわたくしはそれを見たわけではないが、『〜斬る』には、名指しこそないが特異集団として明らかに顕正会と判る記述がある、と書かれている。
この際、法務部は公安調査庁に対して裁判を起こしたらどうかと思う。
話がややこしくなるが、実はその昔、浅井先生自体が公安調査庁のウェブサイトのことに言及しているのである。ぶっちゃけ言えば、顕正会も有名になった、という意味で喜んでいたのである。ということはマークされていたことを認めていることになりはしないのだろうか?
マークされている、マークされていた、この違いが大きいのだろうか?
わたくしは裁判の専門家ではないし、ましてや裁判資料を隈なく読んだわけでもないので何とも言えないところだが、些末ながらも気になった点を書かせていただいた次第である。
「顕正会という団体自体が昭和49年10月4日に起きた他教団襲撃事件などから、公安当局からマークされており」
重複気味で恐縮だが、本種寺のウェブサイトに書かれていたものらしい。しかし、この部分については明らかにおかしいわけで、これを宗門側が意図的に書いたとすれば許されないし、もし意図せずに書いたとすれば頭が悪すぎるとしか言い様がないだろう。
創価学会本部襲撃事件は一般紙で報道されたものの、それは瞬間的なことであってほとんど人々の記憶には残らなかった。世の中、次から次へと事件が起こるからだ。
公安調査庁が顕正会に注目するようになったのはかなり後のことであって、襲撃事件と結びつけるのは無理がある。こんなことは法律の専門家でなくてもわかるだろう。ゆえに悪意の記述かバカ丸出しの文章か、その二つに一つである。いや、バカ丸出しの記述であり、かつ悪意に満ちた文章、ということなのかもしれない。
ともかく顕正会を本気で叩くつもりならば、純粋に法門で勝負しないといけない。それが次の話題につながるわけだが、今日のところはこの辺で終わりにしたい。
宗門末寺「本種寺」に全面勝訴!!
リーフレット・公式サイトで顕正会を誹謗
「能化」佐藤日栄の虚偽・謀略を司法が断罪
法務部長の藤村雄大氏が宗門との裁判について報告している。結果は上掲に示されているごとくであり、わたくしが一読した限りでは特に不審な点はなかった。
しかもこの裁判、一末寺の問題ではなさそうなのである。
日蓮正宗顧問弁護士、東大卒の実力派弁護士、若手弁護士
宗門側はこの三人体制で臨んできた。そう、宗門側、なのである。一末寺が単独で裁判に臨んだのではなく、宗門挙げての対応だったと藤村氏は報告している。
わたくしはつい先日、波木井実長に関する話題において、人格攻撃的な内容があれば問題である、という意味のことを書いた。どうやら正宗系の解説書にはそうした記述があるらしい。その一々については確認していない。ゆえに出過ぎたことを言うべきではないのだが、あえて言いたい。たぶん執筆者は気がついていない。ようは感覚がマヒしているのだ。狂っていると言ってもいいだろう。
実は昭和四十年代のいわゆる妙信講問題においても同様の雰囲気があった。早い話が浅井父子に対する人格攻撃である。そのもっとも顕著なものが破邪新聞だろう。
この点、宗門は未だに反省していないらしい。
いったいこれが今回の話とどのように関係するのかと思うかもしれない。そもそも教義上の論争が裁判で争われることはない。勝手にやって下さいというのが裁判所の立場である。しかし、極端な話をすれば、教義論争が昂じて実力行使になればさまざまの実害が発生するわけで、傷害事件だとか殺人事件にも発展しかねない。もしそこまでエスカレートすれば、裁判所としても勝手にやって下さいとは言わない。最終的には傷害罪だとか殺人罪の判断を下すことになるのだ。
もちろん極端な例である。そして今回の場合はそこまで極端ではないにしても、宗門側が何らかの違法行為を犯したわけなのだろう。結果として違法行為が認められた。すなわち宗門側の敗訴であり、顕正会側の勝訴という話なのである。
たぶん昔から同じようなことはあったのだと思う。しかし、顕正会には専属の弁護士がいなかった。ゆえに泣き寝入りしていた。けれども今は優秀な弁護士が二名もいる。ゆえに積極的に裁判を起こしている。今回はその一例に過ぎないのだろう。
例えば、えらてん、という人物がいる。今となってはけっこう有名人なので、調べればすぐに出てくるだろう。彼の話では顕正会側が何らかの裁判を仕掛けてきたらしいのだ。しかし、その後の経過は不明である。まさか顕正新聞で報告するような事案ではあるまい。ゆえに一般人の立場としてはえらてん氏が何らかの報告をしない限り知り得ないのだ。ところが彼はマルチの才能を発揮して、今は別の分野に取り組んでいる。つまり、宗教問題には関心がなくなったらしく、当然、顕正会問題にも触れなくなってしまった。
話が脱線気味で恐縮であるが、早い話が今は顕正会の法務部が目を光らせていて、裁判するぞを脅かして顕正会の批判を封じ込めようとしているわけである。
というわけで、宗門に対しても法的手段が有効と見れば裁判を仕掛けていく。わたくしのような素人にはなかなか見分けがつかないが、どうやら本種寺でやっていた行為が違法性の高いものであり、勝てると踏んだわけなのだろう。
ここに、誠諦寺(栃木県宇都宮市)の違法ビラに引き続き、宗門側の卑劣な謀略が司法によって断罪されたのであった。
二勝目を挙げたと言っているわけである。
わたくしの知るところでは十年ほど前に妙観講から裁判を起こされて負けている。おそらくはその後も数々の裁判が行なわれているはずであるが、結果がどうなっているかはまったくわからない。裁判は勝ち負けを云々することが多いわけだが、実際には和解というケースも相当にあってその場合は引き分けと考えるのが妥当なのだろう。そうした裁判は報告されないのだと思われる。
さて、些末な話で恐縮であるが、一点だけ気になったところがあるので書いておこう。
・・・いずれも顕正会を指して、「公安当局からマークされている」などと事実無根の誹謗中傷をしていた。
もし、マークされていた、と書けば事実だったことになるのだろうか?
というのは『迷走する顕正会を斬る』にも記されている通り、かつては公安調査庁のウェブサイトに顕正会と思しき団体のことが書かれていたのだ。かく言うわたくしはそれを見たわけではないが、『〜斬る』には、名指しこそないが特異集団として明らかに顕正会と判る記述がある、と書かれている。
この際、法務部は公安調査庁に対して裁判を起こしたらどうかと思う。
話がややこしくなるが、実はその昔、浅井先生自体が公安調査庁のウェブサイトのことに言及しているのである。ぶっちゃけ言えば、顕正会も有名になった、という意味で喜んでいたのである。ということはマークされていたことを認めていることになりはしないのだろうか?
マークされている、マークされていた、この違いが大きいのだろうか?
わたくしは裁判の専門家ではないし、ましてや裁判資料を隈なく読んだわけでもないので何とも言えないところだが、些末ながらも気になった点を書かせていただいた次第である。
「顕正会という団体自体が昭和49年10月4日に起きた他教団襲撃事件などから、公安当局からマークされており」
重複気味で恐縮だが、本種寺のウェブサイトに書かれていたものらしい。しかし、この部分については明らかにおかしいわけで、これを宗門側が意図的に書いたとすれば許されないし、もし意図せずに書いたとすれば頭が悪すぎるとしか言い様がないだろう。
創価学会本部襲撃事件は一般紙で報道されたものの、それは瞬間的なことであってほとんど人々の記憶には残らなかった。世の中、次から次へと事件が起こるからだ。
公安調査庁が顕正会に注目するようになったのはかなり後のことであって、襲撃事件と結びつけるのは無理がある。こんなことは法律の専門家でなくてもわかるだろう。ゆえに悪意の記述かバカ丸出しの文章か、その二つに一つである。いや、バカ丸出しの記述であり、かつ悪意に満ちた文章、ということなのかもしれない。
ともかく顕正会を本気で叩くつもりならば、純粋に法門で勝負しないといけない。それが次の話題につながるわけだが、今日のところはこの辺で終わりにしたい。
2020/4/21
マンエン
引き続き沖浦氏からコメントが寄せられているが、今日のところは顕正新聞の消化に充てたい。
安倍政権の救い難い無能さにより、ついに日本にも蔓延してきた不気味さに・・・
第十八男子部長(首都圏)はご覧のごとく言うわけだが、後からならどうにでも言えるという点も見逃せない。
先生の大見識と打つ手の鋭さにひれ伏す・・・
わたくしも後から言うわけだが、先生だって打つ手が後手後手になっている。今回のコロナ問題については、完全に出遅れてしまったからである。一月末の総幹部会ではコロナ問題に言及しているものの、まだ他人事のような言い方をしていた。そして二月末の総幹部会ではそれなりに詳しく説明しているものの、まだどこかノンキに構えているような雰囲気があった。
婦人部第八総部長(首都圏・中部・近畿)は完全なる浅井教信者である。
大師子吼される先生のご雄姿を仰いではひれ伏すの他はなく・・・
もっとも半分くらいはヤケッパチなのかもしれないが・・・
末期的症状の妙観講、法論で杖ふり回す
「御遺命破壊」を責めると手・唇を震わす
上掲は副総男子部長・第二総部長の記事に付けられた見出しである。総部長クラスにはカッコで担当地域が併記されるはずであるが、彼にはそれがない。たぶん顕正新聞発行人だからなのだろう。とは言え、見出しが示すごとく、彼は本部でふんぞり返っているわけではなく、現場で戦っているから立派である。
突然、持っていた杖を振り回わし、なんとフルスイングで私の目の前に叩きつけたのでした。
何となく誇張的な雰囲気が漂っている文章である。もちろん杖を振り回すことを正当化することはできないが、そもそも妙観講の女性講員がなぜに杖を持っていたのかを想像するべきなのである。当然、身体の不自由な人であるか、もしくは高齢者であるか、ということになるだろう。するとフルスイングのイメージも相当に違ってくるはずである。現役バリバリのプロ野球選手だとかプロゴルファーがフルスイングするのとは天地雲泥の差ということなのだ。
まず、私が「御遺命」と口にすると、東川と平井は狂ったように「御本尊、御本尊」と騒ぎ始めたので・・・
むしろこちらのほうが重要である。これには続きがあるのだ。
ただ壊われたレコードのように「御本尊、御本尊」(笑)と喚くだけでした。
さらに続きがある。
やはり「御本尊、御本尊」(笑)と呪文のように繰り返しておりました。
なんと、さらに続きがあるのだ。
やはり「御本尊、御本尊」(笑)と発狂するだけで答えられませんでした。
ようするに、顕正会の会館に安置されている御本尊はニセ本尊ではあるまいか、という追及をしているわけなのであって、むしろ顕正会の幹部たちはそれに答えられずにいるのである。この点、顕正会ではヤブヘビになるので極力触れないようにしているわけなのだろう。当該記事では意味不明に「御本尊、御本尊」というフレーズが出てくるわけだが、妙観講の人たちがまさかそこまで説明がヘボであるとは思えない。つまり、登壇者は大胆にも都合の悪い部分をオブラートに包みつつ、法論は自分たちが圧勝したと報告しているわけである。
「御本尊、御本尊」(笑)
再掲である。この笑いは聴衆の反応なのだろう。大宮ソニックシティの大ホールに集まった四千人以上の人たちが笑っている。しかし、大笑でも爆笑でもない。幹部たちの多くは顕正会の本尊に疑惑が持ち上がっていることを承知しているに違いない。そのように考えると、力のない笑いに思えてくる。末期症状は顕正会のほうかもしれない。
宗門末寺龍泉寺住職 現宗門を憂え本心を吐露
「今日までの問題は宗門に責任がある」と
男子部第十一総部長(中部)の記事にはご覧の見出しがある。これはけっこう衝撃的なことかもしれない。
これまで何度か言及してきたことがある。すなわち、正信会系の僧侶が何を言っても影響力がない、宗門の僧侶から顕正会を支持するような発言が出てこないといけない、ということをである。これまでの登壇は、ほとんどが正信会系の僧侶の発言だったり、仮に宗門僧侶であっても寺院名だとか僧侶の名前を伏せたまま、ああ言っていた・こう言っていた、というような登壇しかなかった。その意味で当該記事は画期的である。
富士市の宗門末寺「龍泉寺」の本間道亨住職と法論・・・
龍泉寺は滝泉寺と見紛う。それはともかく続きをご覧に入れたい。
この住職は宗門僧侶の家系で、祖父は曽て宗会議員を務め、父親は沼津市の「本廣寺」住職で、その師匠は早瀬日慈元総監、叔父は正信会の住職だったとのことでした。
ここまでハッキリと書かれてしまうと逃げも隠れもできない。
ただし、煩瑣になるので本文からの紹介は避けるが、見出しにあるごとく「今日までの問題は宗門に責任がある」と発言しているのであって、必ずしも顕正会を全面的に支持・賛同しているわけではない。この点は注意が必要だろう。
安倍政権の救い難い無能さにより、ついに日本にも蔓延してきた不気味さに・・・
第十八男子部長(首都圏)はご覧のごとく言うわけだが、後からならどうにでも言えるという点も見逃せない。
先生の大見識と打つ手の鋭さにひれ伏す・・・
わたくしも後から言うわけだが、先生だって打つ手が後手後手になっている。今回のコロナ問題については、完全に出遅れてしまったからである。一月末の総幹部会ではコロナ問題に言及しているものの、まだ他人事のような言い方をしていた。そして二月末の総幹部会ではそれなりに詳しく説明しているものの、まだどこかノンキに構えているような雰囲気があった。
婦人部第八総部長(首都圏・中部・近畿)は完全なる浅井教信者である。
大師子吼される先生のご雄姿を仰いではひれ伏すの他はなく・・・
もっとも半分くらいはヤケッパチなのかもしれないが・・・
末期的症状の妙観講、法論で杖ふり回す
「御遺命破壊」を責めると手・唇を震わす
上掲は副総男子部長・第二総部長の記事に付けられた見出しである。総部長クラスにはカッコで担当地域が併記されるはずであるが、彼にはそれがない。たぶん顕正新聞発行人だからなのだろう。とは言え、見出しが示すごとく、彼は本部でふんぞり返っているわけではなく、現場で戦っているから立派である。
突然、持っていた杖を振り回わし、なんとフルスイングで私の目の前に叩きつけたのでした。
何となく誇張的な雰囲気が漂っている文章である。もちろん杖を振り回すことを正当化することはできないが、そもそも妙観講の女性講員がなぜに杖を持っていたのかを想像するべきなのである。当然、身体の不自由な人であるか、もしくは高齢者であるか、ということになるだろう。するとフルスイングのイメージも相当に違ってくるはずである。現役バリバリのプロ野球選手だとかプロゴルファーがフルスイングするのとは天地雲泥の差ということなのだ。
まず、私が「御遺命」と口にすると、東川と平井は狂ったように「御本尊、御本尊」と騒ぎ始めたので・・・
むしろこちらのほうが重要である。これには続きがあるのだ。
ただ壊われたレコードのように「御本尊、御本尊」(笑)と喚くだけでした。
さらに続きがある。
やはり「御本尊、御本尊」(笑)と呪文のように繰り返しておりました。
なんと、さらに続きがあるのだ。
やはり「御本尊、御本尊」(笑)と発狂するだけで答えられませんでした。
ようするに、顕正会の会館に安置されている御本尊はニセ本尊ではあるまいか、という追及をしているわけなのであって、むしろ顕正会の幹部たちはそれに答えられずにいるのである。この点、顕正会ではヤブヘビになるので極力触れないようにしているわけなのだろう。当該記事では意味不明に「御本尊、御本尊」というフレーズが出てくるわけだが、妙観講の人たちがまさかそこまで説明がヘボであるとは思えない。つまり、登壇者は大胆にも都合の悪い部分をオブラートに包みつつ、法論は自分たちが圧勝したと報告しているわけである。
「御本尊、御本尊」(笑)
再掲である。この笑いは聴衆の反応なのだろう。大宮ソニックシティの大ホールに集まった四千人以上の人たちが笑っている。しかし、大笑でも爆笑でもない。幹部たちの多くは顕正会の本尊に疑惑が持ち上がっていることを承知しているに違いない。そのように考えると、力のない笑いに思えてくる。末期症状は顕正会のほうかもしれない。
宗門末寺龍泉寺住職 現宗門を憂え本心を吐露
「今日までの問題は宗門に責任がある」と
男子部第十一総部長(中部)の記事にはご覧の見出しがある。これはけっこう衝撃的なことかもしれない。
これまで何度か言及してきたことがある。すなわち、正信会系の僧侶が何を言っても影響力がない、宗門の僧侶から顕正会を支持するような発言が出てこないといけない、ということをである。これまでの登壇は、ほとんどが正信会系の僧侶の発言だったり、仮に宗門僧侶であっても寺院名だとか僧侶の名前を伏せたまま、ああ言っていた・こう言っていた、というような登壇しかなかった。その意味で当該記事は画期的である。
富士市の宗門末寺「龍泉寺」の本間道亨住職と法論・・・
龍泉寺は滝泉寺と見紛う。それはともかく続きをご覧に入れたい。
この住職は宗門僧侶の家系で、祖父は曽て宗会議員を務め、父親は沼津市の「本廣寺」住職で、その師匠は早瀬日慈元総監、叔父は正信会の住職だったとのことでした。
ここまでハッキリと書かれてしまうと逃げも隠れもできない。
ただし、煩瑣になるので本文からの紹介は避けるが、見出しにあるごとく「今日までの問題は宗門に責任がある」と発言しているのであって、必ずしも顕正会を全面的に支持・賛同しているわけではない。この点は注意が必要だろう。
2020/4/20
カイツマンデ
沖浦氏から大量のコメントが寄せられている。掻い摘んで取り上げていきたい。
大聖人は弟子を6名定めるのに自分の墓守を念頭に置かれたと思いますか?
これは思うとか思わないの問題ではない。御遷化記録に書かれているごとくである。すなわち御遺言として六人に香華当番を命ぜられていることがハッキリと書かれているのだ。
これは手前ミソを承知で書くが、大聖人の御本意は墓守ではなく、それを口実に御登山を促しているのである。すなわち二祖日興上人の元に詣でることが目的である。猊下は時の大聖人だからだ。
まあ、ここまで書くと顕正会員からもツッコミが来そうなのでもう少し書いておくが、御書に対する領解において日興上人と五老僧では相当の開きがあった。ゆえに定期的に日興上人のところに通って御書を勉強する必要があると大聖人は考えられたのだろう。
以下、身延山における守塔輪番制について。から抜粋引用。
どういう立場の人が書いたものか、そこが問題である。また、これをそのまま引用してしまう沖浦氏の姿勢にも問題がある。
六老僧(日昭,日朗,日向,日興,日頂,日持)
完全に狂っている。順番を間違えたのではなく、意図的に入れ替えたのだろう。それとも六老僧の順列において、上掲のような古文献が存在するのだろうか?
大聖人はご入滅ですよ、墓守自分で出来ますか〜〜??
これはワザと言っているのか、本気で言っているのか、そこが問題である。
わたくしは前回の拙稿で、日興上人一人に負担が掛からないように大聖人が配慮されたのかもしれない、という意味のことを書いた。この点を斟酌すれば上掲のようなコメントはできないはずなのである。
この御書で大坊完成の祝賀の席に波木井実長が出席せず、これを波木井実長の信心の無さとする解説が多く出回っております。
これについては不勉強ゆえに知らなかった。多く出回っているのであれば、その代表的なものをご紹介願いたい。
わたくしの推測するに、当然ながら日蓮正宗系の人たちが書いていることなのだろう。もちろん本来ならば内容を確認してから言うべきなのだが、今言ってしまおう。人格攻撃的でよろしくないと。
このように、波木井実長への宗門側の見解は悪意と偏見に満ちたものです。
繰り返しになるが、宗門の人たちが書いているものが人格攻撃的な内容であれば、わたくしも沖浦氏と同じような感想を懐くことになるだろう。
このご文にあるように、大聖人は天台の命日の行事をおやりです。
これを読めば大聖人だけが久遠の仏との解釈は出来ません。
あくまでも大聖人のお立場は、釈迦本仏の天台宗です。
しかし、この部分はまったく賛成できない。大聖人の仏法が天台宗のわけがないのだ。差し当たっては五人所破抄をよく読むべきだろう。
当然ですよ、うちの婦人部舐めたら、内閣なんか吹っ飛びます。
今度は十万円給付の話題である。沖浦氏としては公明党の大手柄であり、その背景には「うちの婦人部」の強力なるプレッシャーがあったと言いたいわけなのだろう。この点、頭ごなしに否定するつもりはないが、しかし、じゃっかん欺瞞があると思う。
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20200417-00173899/
この記事はひじょうによくまとまっている。誰が書いたのかと思いきや、古谷経衡氏だった。氏は文筆家としてそこそこ著名であり、なるほど、売れて当然だと思った。
そうしていつしか公明党は、「自民党のブレーキ役」どころか、「自民党の補完勢力」と揶揄されるようになるのだが・・・
リンク先からの引用である。
「特定秘密保護法」や「安保法制」でも自民党に賛成し、連立離脱を言い出さなかった公明党が、今次のコロナ・ショックでいよいよ、公明党の絶対線である「生活者大衆の視点」分野で一歩も譲らなかったことは、公明党の本来の性質が現出したものであり、特段驚くには値しない。
わたくしが言いたいのはここである。では、なぜに「うちの婦人部」は特定秘密保護法や安保法制を通したのか、である。あるいは昨年の消費税十パーセントもしかりである。この点が欺瞞なのである。
ちなみにくだんの文筆家に対してであるが、いくつかツッコミを入れておこう。
事実、2019年参院選挙では、公明党の自民党追従体制に反発する一部の創価学会員が公然と「れいわ新鮮組」などを支持し、東京選挙区から「れいわ新選組」公認で立候補する候補者(野原善正候補)が出・・・
れいわ新鮮組とれいわ新選組があるらしい。確かに発足して一年足らずの新鮮な政党ではあるが・・・
根源的な自公連立の齟齬は・・・
今現在、齟齬と書かれている。ところが最初は祖語となっていた。ようは後から打ち直したのだろう。
著名な文筆家にしてもこのテイタラクなのである。
わたくしの危惧はいわゆる改竄問題である。これが出版物であれば直しようがない。重版の時に直すしかない。ところがネット上のデータは簡単に訂正できてしまう。これが危険なのである。
生意気を言うようだが、わたくしはこうした問題に取り組む意味で、拙ブログでは必ず訂正したことがわかるような形で書き直している。過去の拙稿を隈なく読めばそれがわかるだろう。また、同様の意味で削除もしていない。どれほどダメな文章でもそのまま残してあるのだ。
ただし、一つだけお許し願いたいことがあって、文章を公開してから半日くらいは黙って訂正している。ようは自分でウェブ上に載った完成形の文章を眺めて、そこで誤字脱字はもちろんのこと言い回しなどを修正しているのである。いわゆるワードであるとかメモ帳に下書きしたとしても、ウェブ上に載った状態で読むのとではかなり印象が異なる。ゆえに一度は公開してしまって、読者目線で読んでみて不具合を修正することにしているのだ。
今日はこんなところで終わりにしたい。
大聖人は弟子を6名定めるのに自分の墓守を念頭に置かれたと思いますか?
これは思うとか思わないの問題ではない。御遷化記録に書かれているごとくである。すなわち御遺言として六人に香華当番を命ぜられていることがハッキリと書かれているのだ。
これは手前ミソを承知で書くが、大聖人の御本意は墓守ではなく、それを口実に御登山を促しているのである。すなわち二祖日興上人の元に詣でることが目的である。猊下は時の大聖人だからだ。
まあ、ここまで書くと顕正会員からもツッコミが来そうなのでもう少し書いておくが、御書に対する領解において日興上人と五老僧では相当の開きがあった。ゆえに定期的に日興上人のところに通って御書を勉強する必要があると大聖人は考えられたのだろう。
以下、身延山における守塔輪番制について。から抜粋引用。
どういう立場の人が書いたものか、そこが問題である。また、これをそのまま引用してしまう沖浦氏の姿勢にも問題がある。
六老僧(日昭,日朗,日向,日興,日頂,日持)
完全に狂っている。順番を間違えたのではなく、意図的に入れ替えたのだろう。それとも六老僧の順列において、上掲のような古文献が存在するのだろうか?
大聖人はご入滅ですよ、墓守自分で出来ますか〜〜??
これはワザと言っているのか、本気で言っているのか、そこが問題である。
わたくしは前回の拙稿で、日興上人一人に負担が掛からないように大聖人が配慮されたのかもしれない、という意味のことを書いた。この点を斟酌すれば上掲のようなコメントはできないはずなのである。
この御書で大坊完成の祝賀の席に波木井実長が出席せず、これを波木井実長の信心の無さとする解説が多く出回っております。
これについては不勉強ゆえに知らなかった。多く出回っているのであれば、その代表的なものをご紹介願いたい。
わたくしの推測するに、当然ながら日蓮正宗系の人たちが書いていることなのだろう。もちろん本来ならば内容を確認してから言うべきなのだが、今言ってしまおう。人格攻撃的でよろしくないと。
このように、波木井実長への宗門側の見解は悪意と偏見に満ちたものです。
繰り返しになるが、宗門の人たちが書いているものが人格攻撃的な内容であれば、わたくしも沖浦氏と同じような感想を懐くことになるだろう。
このご文にあるように、大聖人は天台の命日の行事をおやりです。
これを読めば大聖人だけが久遠の仏との解釈は出来ません。
あくまでも大聖人のお立場は、釈迦本仏の天台宗です。
しかし、この部分はまったく賛成できない。大聖人の仏法が天台宗のわけがないのだ。差し当たっては五人所破抄をよく読むべきだろう。
当然ですよ、うちの婦人部舐めたら、内閣なんか吹っ飛びます。
今度は十万円給付の話題である。沖浦氏としては公明党の大手柄であり、その背景には「うちの婦人部」の強力なるプレッシャーがあったと言いたいわけなのだろう。この点、頭ごなしに否定するつもりはないが、しかし、じゃっかん欺瞞があると思う。
https://news.yahoo.co.jp/byline/furuyatsunehira/20200417-00173899/
この記事はひじょうによくまとまっている。誰が書いたのかと思いきや、古谷経衡氏だった。氏は文筆家としてそこそこ著名であり、なるほど、売れて当然だと思った。
そうしていつしか公明党は、「自民党のブレーキ役」どころか、「自民党の補完勢力」と揶揄されるようになるのだが・・・
リンク先からの引用である。
「特定秘密保護法」や「安保法制」でも自民党に賛成し、連立離脱を言い出さなかった公明党が、今次のコロナ・ショックでいよいよ、公明党の絶対線である「生活者大衆の視点」分野で一歩も譲らなかったことは、公明党の本来の性質が現出したものであり、特段驚くには値しない。
わたくしが言いたいのはここである。では、なぜに「うちの婦人部」は特定秘密保護法や安保法制を通したのか、である。あるいは昨年の消費税十パーセントもしかりである。この点が欺瞞なのである。
ちなみにくだんの文筆家に対してであるが、いくつかツッコミを入れておこう。
事実、2019年参院選挙では、公明党の自民党追従体制に反発する一部の創価学会員が公然と「れいわ新鮮組」などを支持し、東京選挙区から「れいわ新選組」公認で立候補する候補者(野原善正候補)が出・・・
れいわ新鮮組とれいわ新選組があるらしい。確かに発足して一年足らずの新鮮な政党ではあるが・・・
根源的な自公連立の齟齬は・・・
今現在、齟齬と書かれている。ところが最初は祖語となっていた。ようは後から打ち直したのだろう。
著名な文筆家にしてもこのテイタラクなのである。
わたくしの危惧はいわゆる改竄問題である。これが出版物であれば直しようがない。重版の時に直すしかない。ところがネット上のデータは簡単に訂正できてしまう。これが危険なのである。
生意気を言うようだが、わたくしはこうした問題に取り組む意味で、拙ブログでは必ず訂正したことがわかるような形で書き直している。過去の拙稿を隈なく読めばそれがわかるだろう。また、同様の意味で削除もしていない。どれほどダメな文章でもそのまま残してあるのだ。
ただし、一つだけお許し願いたいことがあって、文章を公開してから半日くらいは黙って訂正している。ようは自分でウェブ上に載った完成形の文章を眺めて、そこで誤字脱字はもちろんのこと言い回しなどを修正しているのである。いわゆるワードであるとかメモ帳に下書きしたとしても、ウェブ上に載った状態で読むのとではかなり印象が異なる。ゆえに一度は公開してしまって、読者目線で読んでみて不具合を修正することにしているのだ。
今日はこんなところで終わりにしたい。
2020/4/16
リンバン
今朝の沖浦氏のコメントはやや疑問である。
日興さんがご住職されていて、何故大聖人のお墓に輪番制がありますか??
ようするに、輪番制が事実ならば日興上人が久遠寺の住職である必要はない、逆に言うと、日興上人が住職ならば輪番制は必要ない、というような主張である。
事情をまったく知らない人ならばそれで納得してしまうのかもしれないが、話はそんなに簡単ではないのである。
大師講の事。
今月は明性房にて候が、此の月はさしあい候・・・
文永六年の富木殿御消息である。今月云々からして明らかなごとく、大聖人は月例行事として大師講を行なっていた。しかもである。当番を決めていた。残念ながらこの御書についてはよくわからないのだが、解説書によると、当番の明性房が不都合なので誰か代わりの人はいないだろうか、と富木殿に相談している御書らしいのである。
いかがだろうか? 沖浦氏の理屈からすると、大聖人が自分でおやりになればいいことなので当番などあり得ない、ということになりそうである。
経は(私集最要文注法華経と名づく)同じく墓所の寺に籠め置き、六人香花当番の時之を披見すべし。
これは先般の本弟子六人制定が記録されている宗祖御遷化記録の一節である。日興上人が執筆されたもので日付は弘安五年十月十六日となっている。ちなみに上掲の冒頭には「御遺言に云はく」とある。
つまり、大師講もそうだが、これも大聖人が決められたのである。
大師講の詳細はわからない。ゆえに当番とは何を意味するのかもよくわからない。その上で言えることは、大聖人は一から十まで自分一人でやるのではなく当番を決めて何かをやらせていた、ということである。
この考え方からすると、墓の当番制もそれほど不思議なことではないだろう。あるいは日興上人一人に負担が掛からないようにとの配慮かもしれない。
これで住職と墓当番とが矛盾しないことが理解できたのではないかと思う。
以下は受け売りである。
定、墓所可守番帳事
定、身延山久遠寺番帳事
上段は西山本門寺に所蔵され、下段は池上本門寺に所蔵されているそうである。最新の研究がどうなっているのか知らないが、これは西山のが本物で池上のは偽物であると言われている。内容的には表題が示すごとく、前者は例の墓当番を明確に謳っているわけだが、後者はそれがアイマイである。ようするに墓当番ではなく久遠寺の住職そのものが当番制であるかのようにも読めてしまう。そこがイヤラシイところである。
ちなみに宗祖御遷化記録も西山本門寺にあるそうで、墓番帳はそれに続く形で書かれているらしいのだ。ゆえに日興上人の御執筆であることは疑い得ないし、御遺言に従って墓当番を決めましょうという流れで書かれたものだと考えるのが自然である。
一方の池上所蔵のものは何の脈絡もなく一紙に認められているという。なぜにそれが単独で池上に存するのかもわからない。
つまり、池上に存するものは西山にある本物の墓番帳をマネて誰かが偽作したと考えるのが自然であり、その目的は日興上人の御存在を軽しめるためではなかったかと想像されるのである。特に久遠寺の住職が当番制であるかのような表題が、それを物語っているような気がしてならない。
以上、冒頭に記したごとく、話はそんなに単純じゃないことがこれでよくわかったのではあるまいか?
日興さんがご住職されていて、何故大聖人のお墓に輪番制がありますか??
ようするに、輪番制が事実ならば日興上人が久遠寺の住職である必要はない、逆に言うと、日興上人が住職ならば輪番制は必要ない、というような主張である。
事情をまったく知らない人ならばそれで納得してしまうのかもしれないが、話はそんなに簡単ではないのである。
大師講の事。
今月は明性房にて候が、此の月はさしあい候・・・
文永六年の富木殿御消息である。今月云々からして明らかなごとく、大聖人は月例行事として大師講を行なっていた。しかもである。当番を決めていた。残念ながらこの御書についてはよくわからないのだが、解説書によると、当番の明性房が不都合なので誰か代わりの人はいないだろうか、と富木殿に相談している御書らしいのである。
いかがだろうか? 沖浦氏の理屈からすると、大聖人が自分でおやりになればいいことなので当番などあり得ない、ということになりそうである。
経は(私集最要文注法華経と名づく)同じく墓所の寺に籠め置き、六人香花当番の時之を披見すべし。
これは先般の本弟子六人制定が記録されている宗祖御遷化記録の一節である。日興上人が執筆されたもので日付は弘安五年十月十六日となっている。ちなみに上掲の冒頭には「御遺言に云はく」とある。
つまり、大師講もそうだが、これも大聖人が決められたのである。
大師講の詳細はわからない。ゆえに当番とは何を意味するのかもよくわからない。その上で言えることは、大聖人は一から十まで自分一人でやるのではなく当番を決めて何かをやらせていた、ということである。
この考え方からすると、墓の当番制もそれほど不思議なことではないだろう。あるいは日興上人一人に負担が掛からないようにとの配慮かもしれない。
これで住職と墓当番とが矛盾しないことが理解できたのではないかと思う。
以下は受け売りである。
定、墓所可守番帳事
定、身延山久遠寺番帳事
上段は西山本門寺に所蔵され、下段は池上本門寺に所蔵されているそうである。最新の研究がどうなっているのか知らないが、これは西山のが本物で池上のは偽物であると言われている。内容的には表題が示すごとく、前者は例の墓当番を明確に謳っているわけだが、後者はそれがアイマイである。ようするに墓当番ではなく久遠寺の住職そのものが当番制であるかのようにも読めてしまう。そこがイヤラシイところである。
ちなみに宗祖御遷化記録も西山本門寺にあるそうで、墓番帳はそれに続く形で書かれているらしいのだ。ゆえに日興上人の御執筆であることは疑い得ないし、御遺言に従って墓当番を決めましょうという流れで書かれたものだと考えるのが自然である。
一方の池上所蔵のものは何の脈絡もなく一紙に認められているという。なぜにそれが単独で池上に存するのかもわからない。
つまり、池上に存するものは西山にある本物の墓番帳をマネて誰かが偽作したと考えるのが自然であり、その目的は日興上人の御存在を軽しめるためではなかったかと想像されるのである。特に久遠寺の住職が当番制であるかのような表題が、それを物語っているような気がしてならない。
以上、冒頭に記したごとく、話はそんなに単純じゃないことがこれでよくわかったのではあるまいか?
2020/4/15
オママゴト
沖浦氏らしからぬ論理破綻である。煩瑣ながら再掲しよう。
日朗の名前が出ています。
日朗は日興のライバル的存在です。
その日朗を引用する。
この点に戸田先生の本音の部分を垣間見る気持ちが致します。
わたくしはこれを誤読ないし誤解であると断じた。その理由は前回の拙稿を読めば誰もが容易に理解できるだろう。これに対して沖浦氏は直接的な反論はせず、別の議論にすり替えてしまった。それも前回のコメント欄を読めば誰もが理解できるだろう。
繰り返すが上掲は間違っている。もっとも「気持ちが致します」という表現からすれば、早い話が沖浦氏の勝手な憶測に過ぎないことが自明なので、その意味では間違っていないのかもしれない。ともかく今すべきことは、戸田氏の本音とは何か、これを誰もが理解できるように説明することである。しかし、残念ながらそれは無理な話であって、前回の拙稿で述べたことがすべてである。再掲しよう。
大聖人の定められた本弟子六人は総じて若かった。日昭だけが例外であって、後は若い人ばかりだった。ゆえに戸田氏の言わんとしていることは、日朗ですら相当に若かった、という意味に過ぎないのである。
これ以外に合理的な説明ができるのならば、ぜひとも拝見したいものである。
さて、二月度総幹部会の会長講演を見て行こう。
そしてきょうの会場は、白いマスクでいっぱいですね。お花畑に来たみたいだ(大笑)。
二月二十五日時点での発言である。結果論ながら浅井先生の頭の中がお花畑のようである。
ですから、流行って来たら、総幹部会でも、マスクなど遠慮なく付けて結構です。
いや、そうじゃないのだ。もはや集会そのものを控えるべきであり、やむを得ずに行なう場合は全員がマスクをするようでなければいけないのだ。
そしてきょうは会歌の大合唱もやめました。みんな大きな声だから唾が飛ぶ(爆笑)。
これは正しい。
問題はこれに伴なって会館への参詣も控えないといけない。大人数で勤行するのも危険である。残念ながらこれについての顕正会における最新の情報をわたくしは知らない。
ちなみにわたくしの手元に届いている最新の顕正新聞には、三月度総幹部会の様子が報じられているが、なんと会場は本部会館だった。それも人数制限を掛けたらしく、いつものギュウギュウヅメに比べると相当の間隔を取っていることがわかる。まあ、しかし、いつもよりはマシではあるものの、この中に感染者がいればタダでは済まないかもしれない。
大聖人様はこれを「総罰」であると仰せられ、その惨状を「日本国三分の二は病み、半分は死しぬ」と仰せられている。
恥ずかしながら最近のわたくしは御書の拝読頻度が落ちていて、それが覿面に出てしまっている。何しろ上掲の御書をすぐには見つけられなかったのだ。総罰と来れば聖人御難事だろうと思っていたが、そうではなかった。上掲は弘安元年の日女御前御返事である。
大聖人の御書を拝していて、しばしば思うことがある。現代感覚との齟齬である。上掲なども想像を絶することであり、さすがに今の時代にはあり得ないことだろうなどと高を括っていた。その意味ではわたくし自身もお花畑だったことになる。しかし、今のコロナ問題を思えば大聖人の仰せられることが単なる誇張表現ではなく、現実の問題だったことがわかる。
日本にも広がって来ましたね。全世界に爆発的に広がるパンデミックになるかどうか。今はその瀬戸際といわれている。
先ほども書いたように二月二十五日時点の発言である。ゆえに仕方がないことではあるが、浅井先生もしょせんは凡夫であることがよくわかる事例となるだろう。
何しろ日本は東京五輪をやるつもりでいたのだ。およそ一ヶ月後、つまりは三月下旬になってようやく五輪の延期を決定した。また同時期、志村けんがコロナで死んだ。ここで全日本人が事の重大さに気がついたのだ。当初、緊急事態宣言を出さないと言っていた安倍首相も、こうした日本全体の雰囲気に呑まれて、四月の二週目に入って宣言を打ち出した。
2007/1/28 2013/5/1 2020/3/12 2020/4/3
リンクは省略するが、興味のある人は過去の拙稿を確認されたい。
過去の二つは顕正新聞の記事を拾ったものである。当時、流行していた新型インフルエンザであるとか鳥インフルのことが記事に出ていて、それを引用したのが拙稿である。ゆえにわたくし自身は問題意識が低かった。むしろ顕正新聞の記事が社会勉強になっていたのだ。
では本年の三月十二日はどうかであるが、これはまったく別の話題を書いている時にわかりやすい事例としてたまたま取り上げたものである。ゆえに問題意識が強かったとは言い難い。しかし、内容そのものは的確であり、生意気ながらも顕正会よりも先に問題の深刻さを伝えていたことになりそうである。
そして四月三日の拙稿は緊急事態宣言直前の緊迫した状況下に書いたものであるから、かなり雑駁ではあるものの方向性としてはかなり的確だと思う。
原発の時も顕正会は出遅れた。
すでにバレバレの話なのかもしれないが、浅井先生の講演は世間の情報をイイトコ取りしてきて話をしているだけであって、それを幹部たちが大見識などと持ち上げているに過ぎないのである。
逆にわたくしは正直なものだから、先ほども書いたように顕正新聞が社会勉強の教材になっていることを白状したし、おそらくはパンデミックという言葉を知ったのも顕正新聞が最初だったと思う。ところがそれをしっかりと憶えていて、今回の例で言えばすでに三月初旬にはたまたまではあるものの言及しているのである。
いずれにしても二月二十五日時点ではかなりノンキに構えていた、それが浅井先生ないし顕正会首脳部である。これは今後も観察していきたい。
その臨終の相も今は隠されているが、やがて明らかになること疑いない。
さて、話は変わる。上掲はいわずもがな日顕上人に関する話題である。直前には日達上人のことも書かれていて、堕獄の相を現じた、などと断じている。先生ないし首脳部は気がついていないのかもしれないが、ひじょうに浅ましいことである。それを恥じらいもなくさらけ出してしまっている。少なくとも世間一般の常識からすれば異常である。
まことに優柔不断であります。
今度は御当代猊下への挑発的発言である。優柔不断・優柔不断と繰り返し言われると、何かしらの決断を下さないといけない気分になる。しかし、無理難題を吹っ掛けているだけの話であり、猊下にしてみれば迷惑な話なのだ。
現在、宗門では水島公正師が教学部長らしく、昨年の講習会で「国立戒壇は御書にない」と発言したそうである。この点、詳しい内容を知らないので勝手なことを言わせてもらうことになるが、ようは国立戒壇という名称は存在しないのである。このことは永久不変であるからして、国立戒壇を言わなければダメという話にはならない。ゆえに無理難題なのである。
オママゴトはやめて、ただ御遺命違背の大罪を大聖人様に謝し奉り、真摯に出なおさなければいけない。
大白法には正月三が日の登山者数が掲載されているらしい。本年は一万七千百八十人だったそうだ。これを浅井先生はオママゴトだと揶揄しているわけである。ユウジュウフダンにしてもオママゴトにしても実に挑発的である。
ちなみに顕正会における元旦勤行の参加人数は何人なのだろうか?
わたくしの知る範囲においては顕正新聞などに具体的な人数が載ったことはないはずである。地方会館ではなく純粋に本部会館だけで何人が集まったのか、少なくとも近年の顕正新聞には書かれていない。それでいて宗門のことを云々するのもどうかと思うところだ。
そしてこの反米感情を背景として今月21日、イラン国会議員の選挙が行われたが、アメリカに敵対する保守強硬派が全議席の7割強を獲得し、圧勝した。
こういうのは勉強になる。拙ブログの読者にしても、おそらくは他国の選挙まで隈なくチェックしている人は少ないだろう。それが普通だと思う。ゆえに先生の講演は勉強になる。
これはソレイマニ暗殺事件に端を発する中東の緊迫した状況を伝えるものである。次から次へといろいろなことが起こるのですぐに忘れてしまう。ゆえに備忘録的に書いておく。
日朗の名前が出ています。
日朗は日興のライバル的存在です。
その日朗を引用する。
この点に戸田先生の本音の部分を垣間見る気持ちが致します。
わたくしはこれを誤読ないし誤解であると断じた。その理由は前回の拙稿を読めば誰もが容易に理解できるだろう。これに対して沖浦氏は直接的な反論はせず、別の議論にすり替えてしまった。それも前回のコメント欄を読めば誰もが理解できるだろう。
繰り返すが上掲は間違っている。もっとも「気持ちが致します」という表現からすれば、早い話が沖浦氏の勝手な憶測に過ぎないことが自明なので、その意味では間違っていないのかもしれない。ともかく今すべきことは、戸田氏の本音とは何か、これを誰もが理解できるように説明することである。しかし、残念ながらそれは無理な話であって、前回の拙稿で述べたことがすべてである。再掲しよう。
大聖人の定められた本弟子六人は総じて若かった。日昭だけが例外であって、後は若い人ばかりだった。ゆえに戸田氏の言わんとしていることは、日朗ですら相当に若かった、という意味に過ぎないのである。
これ以外に合理的な説明ができるのならば、ぜひとも拝見したいものである。
さて、二月度総幹部会の会長講演を見て行こう。
そしてきょうの会場は、白いマスクでいっぱいですね。お花畑に来たみたいだ(大笑)。
二月二十五日時点での発言である。結果論ながら浅井先生の頭の中がお花畑のようである。
ですから、流行って来たら、総幹部会でも、マスクなど遠慮なく付けて結構です。
いや、そうじゃないのだ。もはや集会そのものを控えるべきであり、やむを得ずに行なう場合は全員がマスクをするようでなければいけないのだ。
そしてきょうは会歌の大合唱もやめました。みんな大きな声だから唾が飛ぶ(爆笑)。
これは正しい。
問題はこれに伴なって会館への参詣も控えないといけない。大人数で勤行するのも危険である。残念ながらこれについての顕正会における最新の情報をわたくしは知らない。
ちなみにわたくしの手元に届いている最新の顕正新聞には、三月度総幹部会の様子が報じられているが、なんと会場は本部会館だった。それも人数制限を掛けたらしく、いつものギュウギュウヅメに比べると相当の間隔を取っていることがわかる。まあ、しかし、いつもよりはマシではあるものの、この中に感染者がいればタダでは済まないかもしれない。
大聖人様はこれを「総罰」であると仰せられ、その惨状を「日本国三分の二は病み、半分は死しぬ」と仰せられている。
恥ずかしながら最近のわたくしは御書の拝読頻度が落ちていて、それが覿面に出てしまっている。何しろ上掲の御書をすぐには見つけられなかったのだ。総罰と来れば聖人御難事だろうと思っていたが、そうではなかった。上掲は弘安元年の日女御前御返事である。
大聖人の御書を拝していて、しばしば思うことがある。現代感覚との齟齬である。上掲なども想像を絶することであり、さすがに今の時代にはあり得ないことだろうなどと高を括っていた。その意味ではわたくし自身もお花畑だったことになる。しかし、今のコロナ問題を思えば大聖人の仰せられることが単なる誇張表現ではなく、現実の問題だったことがわかる。
日本にも広がって来ましたね。全世界に爆発的に広がるパンデミックになるかどうか。今はその瀬戸際といわれている。
先ほども書いたように二月二十五日時点の発言である。ゆえに仕方がないことではあるが、浅井先生もしょせんは凡夫であることがよくわかる事例となるだろう。
何しろ日本は東京五輪をやるつもりでいたのだ。およそ一ヶ月後、つまりは三月下旬になってようやく五輪の延期を決定した。また同時期、志村けんがコロナで死んだ。ここで全日本人が事の重大さに気がついたのだ。当初、緊急事態宣言を出さないと言っていた安倍首相も、こうした日本全体の雰囲気に呑まれて、四月の二週目に入って宣言を打ち出した。
2007/1/28 2013/5/1 2020/3/12 2020/4/3
リンクは省略するが、興味のある人は過去の拙稿を確認されたい。
過去の二つは顕正新聞の記事を拾ったものである。当時、流行していた新型インフルエンザであるとか鳥インフルのことが記事に出ていて、それを引用したのが拙稿である。ゆえにわたくし自身は問題意識が低かった。むしろ顕正新聞の記事が社会勉強になっていたのだ。
では本年の三月十二日はどうかであるが、これはまったく別の話題を書いている時にわかりやすい事例としてたまたま取り上げたものである。ゆえに問題意識が強かったとは言い難い。しかし、内容そのものは的確であり、生意気ながらも顕正会よりも先に問題の深刻さを伝えていたことになりそうである。
そして四月三日の拙稿は緊急事態宣言直前の緊迫した状況下に書いたものであるから、かなり雑駁ではあるものの方向性としてはかなり的確だと思う。
原発の時も顕正会は出遅れた。
すでにバレバレの話なのかもしれないが、浅井先生の講演は世間の情報をイイトコ取りしてきて話をしているだけであって、それを幹部たちが大見識などと持ち上げているに過ぎないのである。
逆にわたくしは正直なものだから、先ほども書いたように顕正新聞が社会勉強の教材になっていることを白状したし、おそらくはパンデミックという言葉を知ったのも顕正新聞が最初だったと思う。ところがそれをしっかりと憶えていて、今回の例で言えばすでに三月初旬にはたまたまではあるものの言及しているのである。
いずれにしても二月二十五日時点ではかなりノンキに構えていた、それが浅井先生ないし顕正会首脳部である。これは今後も観察していきたい。
その臨終の相も今は隠されているが、やがて明らかになること疑いない。
さて、話は変わる。上掲はいわずもがな日顕上人に関する話題である。直前には日達上人のことも書かれていて、堕獄の相を現じた、などと断じている。先生ないし首脳部は気がついていないのかもしれないが、ひじょうに浅ましいことである。それを恥じらいもなくさらけ出してしまっている。少なくとも世間一般の常識からすれば異常である。
まことに優柔不断であります。
今度は御当代猊下への挑発的発言である。優柔不断・優柔不断と繰り返し言われると、何かしらの決断を下さないといけない気分になる。しかし、無理難題を吹っ掛けているだけの話であり、猊下にしてみれば迷惑な話なのだ。
現在、宗門では水島公正師が教学部長らしく、昨年の講習会で「国立戒壇は御書にない」と発言したそうである。この点、詳しい内容を知らないので勝手なことを言わせてもらうことになるが、ようは国立戒壇という名称は存在しないのである。このことは永久不変であるからして、国立戒壇を言わなければダメという話にはならない。ゆえに無理難題なのである。
オママゴトはやめて、ただ御遺命違背の大罪を大聖人様に謝し奉り、真摯に出なおさなければいけない。
大白法には正月三が日の登山者数が掲載されているらしい。本年は一万七千百八十人だったそうだ。これを浅井先生はオママゴトだと揶揄しているわけである。ユウジュウフダンにしてもオママゴトにしても実に挑発的である。
ちなみに顕正会における元旦勤行の参加人数は何人なのだろうか?
わたくしの知る範囲においては顕正新聞などに具体的な人数が載ったことはないはずである。地方会館ではなく純粋に本部会館だけで何人が集まったのか、少なくとも近年の顕正新聞には書かれていない。それでいて宗門のことを云々するのもどうかと思うところだ。
そしてこの反米感情を背景として今月21日、イラン国会議員の選挙が行われたが、アメリカに敵対する保守強硬派が全議席の7割強を獲得し、圧勝した。
こういうのは勉強になる。拙ブログの読者にしても、おそらくは他国の選挙まで隈なくチェックしている人は少ないだろう。それが普通だと思う。ゆえに先生の講演は勉強になる。
これはソレイマニ暗殺事件に端を発する中東の緊迫した状況を伝えるものである。次から次へといろいろなことが起こるのですぐに忘れてしまう。ゆえに備忘録的に書いておく。
2020/4/13
センパイ
まずは沖浦氏のコメントからである。
三徳に関して誤解がおありのようですね。
誤解はないつもりである。これについては別の機会に書きたい。
日朗の名前が出ています。
日朗は日興のライバル的存在です。
その日朗を引用する。
この点に戸田先生の本音の部分を垣間見る気持ちが致します。
むしろ上掲こそが誤解ないし誤読であろう。
ひじょうに単純な話である。本音がどうのこうのではなく、事実をありのままに言っているだけの話なのだ。いわゆる老僧とは何歳からを意味するのか、そこには特に明確な規定があるわけではない。実際、大聖人の定められた本弟子六人は総じて若かった。日昭だけが例外であって、後は若い人ばかりだった。ゆえに戸田氏の言わんとしていることは、日朗ですら相当に若かった、という意味に過ぎないのである。
ついでに余計なことを書いておこう。
一、弘通の法師に於ては下輩たりと雖も、老僧の思ひを為すべき事。
日興上人の御指南である。勝手な想像をすれば、これは日興上人の苦い経験を如実に物語っているのかもしれない。いつの時代にも大して実力もないのに先輩ヅラをする人間がいるものである。日興上人はそうした先輩を目の当たりにして、この条目を設けたのかもしれない。
六老僧の所望に依って老期たりと雖も、日蓮が本意の一端護義せしめ畢んぬ。
これは御義口伝の末文である。御書に精通している沖浦氏ならば不審に思うかもしれない。何? 御義口伝の末文? どこにも載っていないではないかと。
いわゆる御書全集には載っていない。わたくしの引用は平成新編からである。
本弟子六人の制定は弘安五年十月八日である。御義口伝は弘安元年正月一日であるからして、ここに矛盾が生じている。生意気を言うようであるが、わたくしは誰かの受け売りを書いているわけではない。丹念に平成新編を読み込んでいけば生じる疑問なのである。
さて、これについての宗門の見解はどのようなものであろうか?
わたくしの見解を書いておくと、大聖人における身延期は世間一般の老人に当てはめれば終活期である。ゆえに早い時期から後継者について考えていたとしても不思議はないだろう。本弟子六人についても最終決定が弘安五年十月八日なのであって、それ以前から候補者を吟味していたとも考えられる。ゆえに弘安元年の段階で最終決定の六人とイコールかどうかは不明であるものの、すでに本弟子格の六人が存在したと想像することもあながち荒唐無稽とは言えまい。
老中
これは御書の話ではなく、世間一般の認識を問うものである。たいていが江戸時代の幕府の要人を想像するのではあるまいか?
年寄
これは相撲の親方である。調べたわけではないが、おそらくは二十代後半で引退してそのまま年寄になったような人もいるはずである。
昔は平均寿命も短かったので、今とはかなり認識が異なるという意味も含めて、これらの例を勘案すれば、大聖人が六老僧という表現を用いたとしてもまったく不都合はないだろう。
話を戻そう。日興上人の御遺誡には次のような言葉が並んでいる。
下劣、下輩、下劣、若輩
かなり重複的ではあるが、逆に言うとこれが日興上人の強い思いをあらわしていることになるだろう。先ほどは苦い経験を云々したが、実際には大聖人の側近中の側近として不動の地位を占めていたわけだし、最終的には血脈を受け継いだ方なのである。それを念頭に置いて上掲を拝するならば、別の意味が浮かび上がってくるはずである。
すなわち現代的に表現すれば平等思想である。
いかがだろう。沖浦氏は日興上人を御書に暗いなどと貶めているが、まさに御書をいちばん読めている人間であることがわかるのである。
何故ならば、大聖人仏法では一切衆生が本来大聖人と寸分違わない仏と説くからです。
沖浦氏からわたくしへの返信であるが、これも細かい表現を問わなければ日興上人の御指南と何ら矛盾しないのである。
一、身軽法重の行者に於ては下劣の法師たりと雖も、当如敬仏の道理に任せて信敬を致すべき事。
下劣だとか下輩だとか若輩の意味は、単に長幼を云々するものではなく、当時の身分制度を色濃く反映しているのだと考えられる。ところが日興上人はそうした時代に生きながらも、それを間違いだと看破されているのである。
しまった! 予告しておきながら、別のことを書いてしまった。ぜひともご容赦願いたい。
三徳に関して誤解がおありのようですね。
誤解はないつもりである。これについては別の機会に書きたい。
日朗の名前が出ています。
日朗は日興のライバル的存在です。
その日朗を引用する。
この点に戸田先生の本音の部分を垣間見る気持ちが致します。
むしろ上掲こそが誤解ないし誤読であろう。
ひじょうに単純な話である。本音がどうのこうのではなく、事実をありのままに言っているだけの話なのだ。いわゆる老僧とは何歳からを意味するのか、そこには特に明確な規定があるわけではない。実際、大聖人の定められた本弟子六人は総じて若かった。日昭だけが例外であって、後は若い人ばかりだった。ゆえに戸田氏の言わんとしていることは、日朗ですら相当に若かった、という意味に過ぎないのである。
ついでに余計なことを書いておこう。
一、弘通の法師に於ては下輩たりと雖も、老僧の思ひを為すべき事。
日興上人の御指南である。勝手な想像をすれば、これは日興上人の苦い経験を如実に物語っているのかもしれない。いつの時代にも大して実力もないのに先輩ヅラをする人間がいるものである。日興上人はそうした先輩を目の当たりにして、この条目を設けたのかもしれない。
六老僧の所望に依って老期たりと雖も、日蓮が本意の一端護義せしめ畢んぬ。
これは御義口伝の末文である。御書に精通している沖浦氏ならば不審に思うかもしれない。何? 御義口伝の末文? どこにも載っていないではないかと。
いわゆる御書全集には載っていない。わたくしの引用は平成新編からである。
本弟子六人の制定は弘安五年十月八日である。御義口伝は弘安元年正月一日であるからして、ここに矛盾が生じている。生意気を言うようであるが、わたくしは誰かの受け売りを書いているわけではない。丹念に平成新編を読み込んでいけば生じる疑問なのである。
さて、これについての宗門の見解はどのようなものであろうか?
わたくしの見解を書いておくと、大聖人における身延期は世間一般の老人に当てはめれば終活期である。ゆえに早い時期から後継者について考えていたとしても不思議はないだろう。本弟子六人についても最終決定が弘安五年十月八日なのであって、それ以前から候補者を吟味していたとも考えられる。ゆえに弘安元年の段階で最終決定の六人とイコールかどうかは不明であるものの、すでに本弟子格の六人が存在したと想像することもあながち荒唐無稽とは言えまい。
老中
これは御書の話ではなく、世間一般の認識を問うものである。たいていが江戸時代の幕府の要人を想像するのではあるまいか?
年寄
これは相撲の親方である。調べたわけではないが、おそらくは二十代後半で引退してそのまま年寄になったような人もいるはずである。
昔は平均寿命も短かったので、今とはかなり認識が異なるという意味も含めて、これらの例を勘案すれば、大聖人が六老僧という表現を用いたとしてもまったく不都合はないだろう。
話を戻そう。日興上人の御遺誡には次のような言葉が並んでいる。
下劣、下輩、下劣、若輩
かなり重複的ではあるが、逆に言うとこれが日興上人の強い思いをあらわしていることになるだろう。先ほどは苦い経験を云々したが、実際には大聖人の側近中の側近として不動の地位を占めていたわけだし、最終的には血脈を受け継いだ方なのである。それを念頭に置いて上掲を拝するならば、別の意味が浮かび上がってくるはずである。
すなわち現代的に表現すれば平等思想である。
いかがだろう。沖浦氏は日興上人を御書に暗いなどと貶めているが、まさに御書をいちばん読めている人間であることがわかるのである。
何故ならば、大聖人仏法では一切衆生が本来大聖人と寸分違わない仏と説くからです。
沖浦氏からわたくしへの返信であるが、これも細かい表現を問わなければ日興上人の御指南と何ら矛盾しないのである。
一、身軽法重の行者に於ては下劣の法師たりと雖も、当如敬仏の道理に任せて信敬を致すべき事。
下劣だとか下輩だとか若輩の意味は、単に長幼を云々するものではなく、当時の身分制度を色濃く反映しているのだと考えられる。ところが日興上人はそうした時代に生きながらも、それを間違いだと看破されているのである。
しまった! 予告しておきながら、別のことを書いてしまった。ぜひともご容赦願いたい。
2020/4/10
ヨコク
沖浦氏の昨夜のコメントはどうかと思う。氏が戸田城聖氏の言葉を重んじるのは当然のことかもしれない。さりとてそれが御書よりも上位に位置するわけではあるまい。戸田氏の言っていることはそれほど間違っているわけではないが、それを主師親の三徳に結びつけようとするのが間違いなのである。ごく単純に、日本の将来を担うのは若者たちである、という意味のことを開目抄の表現を借りて言っているだけの話なのである。
今朝のコメントについても触れておこう。
ジムもそうなって行かねばならないと思いますが、今回はのコロナがそれを加速させるでしょう。
ようするに風呂であるとか自動車、あるいは携帯電話と同列だと言っているわけである。いずれは普及して、各家庭にジムが常設されるようになるとの見方である。もちろんそのような一面があるのは事実であるが、しかし、現実的にはちょっと違うような気がする。
いわゆる生活必需品としての優先度が違うのである。
わたくしはほぼ毎日、風呂に入る。車も移動手段として必要である。電話は通信手段として言わずもがなである。それらに比べればジムは要らないのである。ちなみにわたくしの自宅にはダンベルが一組あって、わりとよく使っている。それ以上の器具ないし設備は場所的にも邪魔であるし、そこまでお金を掛ける必要も感じない。
ゆえに沖浦氏の話はトップアスリートとしてそれが必要な人たちだけに限定されるような感じだと思う。
さて、顕正新聞第1502号に移ろう。
「御遺命破壊こそ亡国の因」特集号
二月度総幹部会を報ずる新聞である。大宮ソニックシティ大ホールでの開催だ。全国から四千余名の幹部が参集したと書かれている。
二月末の話である。結果論ながら一ヶ月後の今となっては戦慄を覚える光景かもしれない。
顕正会の集会は満席が当たり前で、しかも壇上の幹部席が凄まじい。ざっと見た感じでも、二百名は下らないだろう。ひじょうに密度が高いのである。
婦人部人事
第一面で目を惹いたのは右下に出ている婦人部の人事である。五所川原支区部長の任命を伝えているわけだが、まさか新設の組織ではあるまい。つまり、交代である。いつも言っているように前任者が問題である。こうした単発の人事発表は、前任者が退転してしまったがためにやむを得ず、というケースが少なくないと思われる。
確たる情報はないものの、活動報告などを眺めていると青森県の宗門末寺と顕正会の教学委員がやり合っているような話がわりと頻繁に見られるので、今回の人事交代もそうした影響を受けてのことかもしれない。
さて、いよいよ会長講演であるが、今日のところはやめておこう。
当該号はそれ以外にも興味深い記事があって、一つには法務部長による全面勝訴の報告がある。宗門末寺の本種寺に裁判で勝ったのだそうである。さらに法務部次長の記事も興味深い。こちらは妙観講の機関紙に掲載された宗門僧侶の論文を徹底的に破折するものであり、相変わらず宗門もダメだなあというのがわたくしの偽らざる感想である。
この二つの記事について、いつものわたくしならば顕正会側にケチをつけるのが仕事であると思っているわけだが、どうもそういう気分にはならないのである。むしろ宗門に苦言を言わなければいけないと思っている。
今日のところは予告だけで終わりにしておこう。
今朝のコメントについても触れておこう。
ジムもそうなって行かねばならないと思いますが、今回はのコロナがそれを加速させるでしょう。
ようするに風呂であるとか自動車、あるいは携帯電話と同列だと言っているわけである。いずれは普及して、各家庭にジムが常設されるようになるとの見方である。もちろんそのような一面があるのは事実であるが、しかし、現実的にはちょっと違うような気がする。
いわゆる生活必需品としての優先度が違うのである。
わたくしはほぼ毎日、風呂に入る。車も移動手段として必要である。電話は通信手段として言わずもがなである。それらに比べればジムは要らないのである。ちなみにわたくしの自宅にはダンベルが一組あって、わりとよく使っている。それ以上の器具ないし設備は場所的にも邪魔であるし、そこまでお金を掛ける必要も感じない。
ゆえに沖浦氏の話はトップアスリートとしてそれが必要な人たちだけに限定されるような感じだと思う。
さて、顕正新聞第1502号に移ろう。
「御遺命破壊こそ亡国の因」特集号
二月度総幹部会を報ずる新聞である。大宮ソニックシティ大ホールでの開催だ。全国から四千余名の幹部が参集したと書かれている。
二月末の話である。結果論ながら一ヶ月後の今となっては戦慄を覚える光景かもしれない。
顕正会の集会は満席が当たり前で、しかも壇上の幹部席が凄まじい。ざっと見た感じでも、二百名は下らないだろう。ひじょうに密度が高いのである。
婦人部人事
第一面で目を惹いたのは右下に出ている婦人部の人事である。五所川原支区部長の任命を伝えているわけだが、まさか新設の組織ではあるまい。つまり、交代である。いつも言っているように前任者が問題である。こうした単発の人事発表は、前任者が退転してしまったがためにやむを得ず、というケースが少なくないと思われる。
確たる情報はないものの、活動報告などを眺めていると青森県の宗門末寺と顕正会の教学委員がやり合っているような話がわりと頻繁に見られるので、今回の人事交代もそうした影響を受けてのことかもしれない。
さて、いよいよ会長講演であるが、今日のところはやめておこう。
当該号はそれ以外にも興味深い記事があって、一つには法務部長による全面勝訴の報告がある。宗門末寺の本種寺に裁判で勝ったのだそうである。さらに法務部次長の記事も興味深い。こちらは妙観講の機関紙に掲載された宗門僧侶の論文を徹底的に破折するものであり、相変わらず宗門もダメだなあというのがわたくしの偽らざる感想である。
この二つの記事について、いつものわたくしならば顕正会側にケチをつけるのが仕事であると思っているわけだが、どうもそういう気分にはならないのである。むしろ宗門に苦言を言わなければいけないと思っている。
今日のところは予告だけで終わりにしておこう。
2020/4/8
アラカジメ
沖浦氏の直近のコメントには驚かされた。これについては正しいのか間違っているのか俄かには判断できないが、こうした斬新な解釈ができるところが凄いと思う。もしこれを氏が単独で考えたとしたら天才的である。いずれにしてもコロナウイルスとの戦いは始まったばかりであり、当面は事態の推移を見守るしかないだろう。昨日、緊急事態宣言が出されたものの、それはあくまでスタートであってゴールではない。これから始まるのはゴールの見えない戦いなのである。
さて、今日も顕正新聞を見て行こう
釈迦仏法における法華経翻訳の正しきを証明した・・・
第二十男子部長(中部)の記事にはご覧のような記述がある。正しきは正しさの間違いではないかと思うのだが、いかがだろうか?
しかし、上掲はまだマシなほうである。
この濁乱の宗門に浅井先生がおられ、二代の貫首以前に、広宣流布の仏勅をすでに下し給うておられたこと・・・
彼は大聖人が予め浅井先生を呼び出しておいたと言いたいらしいのだ。
次は第四十四女子部長(福島)である。
誰か立たずにいられようか・・・
古風な言い回しである。
男子部第二十三隊長(新潟)の記事には、中国在住の組長からコロナウイルスの情報が寄せられている。
また、中国共産党・人民解放軍の措置も時においては酷いもので、家族全員が感染したある一家においては、家の出入口すべてに杭を打ちつけられ、その一家はもはや病死か餓死する以外にないとも語っておりました。
これが本当ならば凄まじい話である。今の時代なら映像などで拡散しそうなものだが、どうなんだろうか?
大師子吼
今や顕正会では常態化しつつある大師子吼であるが、これは男子部第八隊支隊長(北九州)の記事に出てくるものである。数年前から大幹部が言い続けてきたものが、今はいよいよ末端のほうまで浸透し始めたようである。感染拡大の危機かもしれない。
登用試験の合格者一覧もざっと見ておこう。
以前から指摘しているように、今の顕正会の組織はいちおう三者に分かれているものの、実質的には男女混成になっている。合格者の名前を見て行けば一目瞭然である。次は第三十一男子部の合格者を下の名前だけ書きならべたものである。
一郎、香織、愛絵理、久美、さつき、都美子、ゆり
最初の人物は男性と考えられるが、他はぜんぶ女性なのではあるまいか?
次は第十女子部である。
永治、智、良枝、孝司、公成
三番目は女性だろう。二番目が悩ましい。残りは男性と思われる。
次は第六婦人部である。
一樹、ひとみ、俊之、勲、明宏
これらは極端な例というわけではない。全体的にこんなテイタラクなのである。
ただし、男子部で男性だけ、女子部ないし婦人部で女性だけ、という健全な組織も存在することは事実である。ざっくりとした印象だけで恐縮だが、全体の三分の一から四分の一くらいがまともな組織のようである。
最後に試験問題について感想を書いておく。
これもざっくりとした印象で恐縮だが、登用試験がいちばん難しいのではないかと思った。おかしな話である。上級試験のほうが簡単なのである。とりわけ新しく入信した人にとっては、聞き慣れない専門用語がたくさん出てくることからしても難度が高いのである。ゆえに合格率が低いのも当然ではあるだろう。
しかし、それは是正されないといけないと思う。やはり上級試験になるにつれて合格率が落ちていくようでなければおかしいし、そのような問題作りをしなければ意味がないのだ。
実際、遥か昔には一級試験が実施されたことがあって、その合格者は確か十名ほどしかいなかったはずである。
さて、今日も顕正新聞を見て行こう
釈迦仏法における法華経翻訳の正しきを証明した・・・
第二十男子部長(中部)の記事にはご覧のような記述がある。正しきは正しさの間違いではないかと思うのだが、いかがだろうか?
しかし、上掲はまだマシなほうである。
この濁乱の宗門に浅井先生がおられ、二代の貫首以前に、広宣流布の仏勅をすでに下し給うておられたこと・・・
彼は大聖人が予め浅井先生を呼び出しておいたと言いたいらしいのだ。
次は第四十四女子部長(福島)である。
誰か立たずにいられようか・・・
古風な言い回しである。
男子部第二十三隊長(新潟)の記事には、中国在住の組長からコロナウイルスの情報が寄せられている。
また、中国共産党・人民解放軍の措置も時においては酷いもので、家族全員が感染したある一家においては、家の出入口すべてに杭を打ちつけられ、その一家はもはや病死か餓死する以外にないとも語っておりました。
これが本当ならば凄まじい話である。今の時代なら映像などで拡散しそうなものだが、どうなんだろうか?
大師子吼
今や顕正会では常態化しつつある大師子吼であるが、これは男子部第八隊支隊長(北九州)の記事に出てくるものである。数年前から大幹部が言い続けてきたものが、今はいよいよ末端のほうまで浸透し始めたようである。感染拡大の危機かもしれない。
登用試験の合格者一覧もざっと見ておこう。
以前から指摘しているように、今の顕正会の組織はいちおう三者に分かれているものの、実質的には男女混成になっている。合格者の名前を見て行けば一目瞭然である。次は第三十一男子部の合格者を下の名前だけ書きならべたものである。
一郎、香織、愛絵理、久美、さつき、都美子、ゆり
最初の人物は男性と考えられるが、他はぜんぶ女性なのではあるまいか?
次は第十女子部である。
永治、智、良枝、孝司、公成
三番目は女性だろう。二番目が悩ましい。残りは男性と思われる。
次は第六婦人部である。
一樹、ひとみ、俊之、勲、明宏
これらは極端な例というわけではない。全体的にこんなテイタラクなのである。
ただし、男子部で男性だけ、女子部ないし婦人部で女性だけ、という健全な組織も存在することは事実である。ざっくりとした印象だけで恐縮だが、全体の三分の一から四分の一くらいがまともな組織のようである。
最後に試験問題について感想を書いておく。
これもざっくりとした印象で恐縮だが、登用試験がいちばん難しいのではないかと思った。おかしな話である。上級試験のほうが簡単なのである。とりわけ新しく入信した人にとっては、聞き慣れない専門用語がたくさん出てくることからしても難度が高いのである。ゆえに合格率が低いのも当然ではあるだろう。
しかし、それは是正されないといけないと思う。やはり上級試験になるにつれて合格率が落ちていくようでなければおかしいし、そのような問題作りをしなければ意味がないのだ。
実際、遥か昔には一級試験が実施されたことがあって、その合格者は確か十名ほどしかいなかったはずである。