2020/5/2

ソシツ  
沖浦氏らしからぬデタラメな解釈である。

 此の経とは題目であってそのお題目を唱える行者の事だとあります。

御義口伝の引用は煩瑣になるので省略するが、ともかく全体の文脈を無視したデタラメな解釈であることは確実である。自説を主張したいのであれば、もっと適切な引用文を探すべきだろう。

やや切り文的な引用になるが、次の十二因縁御書はけっこう沖浦氏が好きそうな御指南である。

我が身より外に別に仏無く、法華経無きなり。

もちろん、わたくしにとっても何ら不都合はない。前回の拙稿に明らかなごとく、人と法は密接不可分、これがわたくしの主張だからである。

さて、顕正新聞の話題である。

第1502号の八面には三つの記事がある。まずは男子部百四十八隊長(首都圏)の体験発表から引用したい。

国税専門官試験に合格し・・・

記事の本題は母親の臨終についてであるが、わたくしが注目したのはこの部分である。ずいぶん昔、当時の男子部長が自慢げに、うちの男子部には国税局の超エリートがいる、みたいなことを言っていたか、もしくはどこかに書いていた。なるほど、この人がそれなのだろう。

隣の女子部第七十九区総班長(宮崎)は、祖母の臨終について発表している。

久永第二十七女子部長の唱導で通夜・告別式を執り行うことになりました。

なぜに儀礼室委員を派遣しないのかである。このままでは創価学会の葬儀と同じになってしまう。すでに宗門的にはどっちにしろダメなのだろうけれども、少なくとも儀礼室という制度を設けている以上は、それを最大限に活用しなければいけないだろう。

そして問題は下段に載る婦人部富士支区組長(静岡)の記事である。

 私は未活動だったので、葬儀は二人とも邪宗で挙げてしまいましたが、入信とは名ばかりの母も、臨終の相は少女のようにとても綺麗で、集会やビデオ放映に参加していた父は、色が白く穏やかでした。

もはや葬儀そのものを否定しているような書きっぷりである。

ようするに葬儀は成仏とは関係ないと言っているに等しいわけで、だったら何もしないで火葬場直葬にしてしまえばシンプルでいい。儀礼室も必要ないわけだ。

このような記事が顕正新聞に載る以上、これが顕正会の公式見解と見なされても文句は言えまい。この点、責任ある立場の人の明確な見解を聞いてみたいものである。

さて、続いては第1503号である。

早瀬管長に対し
  大音声の直諫


一面下段には総男子部長の記事があって、途中には上掲のような小見出しが付いている。しかし、どうなんだろうかと思う。ようするに顕正会の集会において日如上人に向けてメッセージを発信している。これを直諫と表現していることがどうかと思うのである。
もちろん、その声は届いているのだろう。上人宛てに顕正新聞を送っているかもしれないし、仮に送らなかったとしても宗門側で顕正会の動向をチェックしているはずなので、自ずと上人のところにも情報が入ってくるに違いない。
とは言え、本当ならば面と向かって発言してこそ直諫に相応しい。もしその実現を求めても相手が面会を拒否するだろうことが想像されるが、だったら大石寺の近くまで行き、拡声器でも使って叫んだらどうかと思う。

この辺がどうも納得し兼ねるところで、今となってはかなり内弁慶のような印象すら受けるのだ。つまり、浅井先生のやっていることは勇ましいように思えて実際にはぜんぜん勇ましくない、単なるポーズに過ぎない、会員向けのパフォーマンスに過ぎない、というふうに思えてしまうのである。

さて、二面に移ろう。

 「新型コロナウィルス」に対する浅井先生の万々のご配慮の中に開催された二月度総幹部会・・・

筆頭の副総男子部長もずいぶんと大仰である。いったいどこが万々のご配慮なのかと思う。

しかし、問題は次のくだりだろう。

 先生の大師子吼が深く命に響いては・・・

大師子吼はやめろと言っているのに、まったく言うことを聞かない連中である。

凡夫の想定や経験則など一瞬で覆す諸天の力用には驚嘆を禁じ得ず・・・

男子部第五総部長(首都圏)のこの発言はまったくその通りである。諸天云々は一般人の理解を得られないにしても、今の状況を予想できた人はどこにもいないはずである。また、いわゆるアフターコロナについても、識者がいろいろな発言をしているものの、正確に言い当てられる人は存在しないだろう。

男子部第百五十四隊長(近畿)の記事も拾っておこう。

このご指導こそ、まさに後世永遠に残るものであれば・・・

浅井教の雰囲気が濃厚である。細かい説明は省くが、ようは浅井先生の指導は消えてなくなるべきなのである。大聖人の仏法が後世永遠に残ればそれでいいとしなければいけないし、かつての浅井先生もそのような意味を言っていたはずなのだ。

 学会の専横が将来、宗門を傾けるであろうことを日淳上人が憂えておられた当時、御生骨を拝観しておられた若き先生を見守られた、国立戒壇堅持の三上人の御心は、いかばかりであられたのか。

これもどうかと思う。いわばドラマの一シーンとして映像化すれば感動的なのかもしれないが、現実的にはかなり事情が異なるのではあるまいか?

拝観者が何人いたのか、三上人は浅井青年をご存知であられたのか、というような問題がある。青年の父親は当時の檀家の中ではそれなりに存在感があったのかもしれないが、その息子が注目されるゆえんはどこにあるのか、そこが問題なのである。

つまり、上掲もまた浅井武勇伝の延長線上にあるわけで、いわば話に尾ひれがつくパターンの一例ということになるだろう。

先生こそ、大聖人様が留め置かれた、「総ての素質を具えた一粒の種」であられたのだ・・・

大幹部になるためには折伏の実績を積み重ねていくのと同時に、こうした美辞麗句を積み重ねていく必要があるのだろう。


teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ