2020/9/14

オジ  
相変わらず熱心な投稿が続いているが、ここでは晃氏の広宣流布観について軽く触れておこう。氏は法華経を根拠にして、すでに広宣流布は達成されているかのごとく言っている。

婦人部第六総部長(首都圏)の記事を紹介しよう。

近き広宣流布を見つめ・・・

つまり、晃氏の主張は宗門とも相容れないし、顕正会とも違っている。いったいそこに何の意味があるのか、もしくは何の目的があるのか、それが問題である。単に逆張りが好きなだけならば、それで話は終わる。変わった人なのだと、そういうレッテルを貼られて片付けられてしまうからだ。

さて、ここからはいつもの顕正新聞紹介である。

わたくしの認識は現実世界を踏まえてのことなので、法華経にどのようなことが書かれていても現実に当てはめてどうかを考えるし、同様の意味で上掲のような発言に対しても現実的にどうかを考える。個人の主観として近いと思うのは勝手だが、客観的にはぜんぜん近くないと言わざるを得ないだろう。まして顕正会の場合、過去の大言壮語を反古にして、上掲のようなことを言っているから問題なのである。

次は女子部第七十一区総班長(首都圏)である。

私の叔父である静岡県富士市の龍泉寺・本間道亨住職・・・

名古屋市の末寺住職の叔父・・・

埼玉県上尾市の法華講員の叔父・・・

末寺住職だった祖父の弟・・・


凄い環境である。記述の範囲で言えることは、登壇者の父親は四人兄弟の長男となるのかもしれない。また、祖父が末寺住職だったのか、祖父の弟が末寺住職だったのか、少し判然としないところがあるものの、一族が悉く日蓮正宗の僧侶ないし信徒であることが読み取れる記事である。その中で顕正会員として活動している点が凄まじい。

男子部第百七十六隊長(山梨)は、宗門の塔婆供養を批判している。

塔婆の本数については、盂蘭盆御書の「上七代、下七代」との御金言を切り文し・・・

これは山梨県の宗門末寺・正光寺の法華講員が言っていた話らしい。しかし、切り文云々は隊長殿の発言であるからして、具体的にはどこがどのように問題なのか、しっかりとした見解を示すべきだろう。

 そこに、浅井先生の「塔婆・戒名は不要」との曽ての指導が思い起こされ・・・

このくだりも短絡的である。ようするに宗門は塔婆や戒名で金儲けをしているが、顕正会ではそんなことはしないと言っているわけなのだろう。問題はそこではないのだ。かつて浅井先生がそれらを不要と言ったことの是非である。わたくしの記憶では教学的な説明がほとんどなされなかった。むしろ上述のような金儲けの話を持ち出して誤魔化している印象が拭えなかった。よって今後も独立教団路線を続けるつもりならば、それなりの教学的な説明が必要だろうと思う。

昭恵夫人は下関市の公明党のトップに現金を渡して・・・

女子部第百三十一区総班長(山口)の爆弾発言である。

どこかの週刊誌から拾ってきたネタであれば大して興味も湧かないが、どうやら地元の市会議員からの直接的な証言のようである。さて、どうなることか、もし出るところに出たら大変なことになるはずである。くだんの市会議員にしても政治生命が危うくなるかもしれないのだ。顕正新聞の編集部はそこまでの事態を承知した上で掲載しているのだろうか?

私が導師を勤め、葬儀を執り行うことになったのでした。

男子部第四十四隊支隊長(岩手)は、母の葬儀をご覧のように執り行なったそうである。近年はこうしたケースが目立つ。しかも役職がどんどん下がっている。

当該号の後半、六本の記事のうち五本が臨終についてだった。残りの一本はかつて婦人部の重鎮だった人の登壇記事であり、顕正会始まって以来だろうか、マスクをしたままの写真が掲載されている。ようはマスクのまま登壇したのだろう。特に個人的な面識はないものの、ああ、今も頑張っているのかと、しばし感慨に耽った。


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