2020/9/24

ヨナヨナ  
顕正新聞の続きを見て行こう。

三百万・五百万を急がれる浅井先生・・・

前回、会長講演を取り上げた。そこでは少し前まで盛んに言っていた五百万云々を反古にするかのごとく三百万のみを強調している点を指摘した。証拠は副総男子部長が述べている通りである。

もちろん前向きな変更ではある。五百万などと悠長なことは言っていられない。三百万で事を決するべきである。いわゆる前倒しというヤツだが、しかし、わたくしの印象はよくない。記憶力の低下でつい先日まで言っていたことをすっかり忘却してしまっている印象が拭えないのである。

さらにダメ押しをしておくと、前回も書いたようにその三百万すらも達成の時期が見通せずにいて、おそらくはそのためなのだろう、しかるべき時などとアイマイな言い方で誤魔化しているのである。

「令和二年七月豪雨」では、死者・行方不明七十七名・床上床下浸水等の住宅被害一万五千棟・・・

女子部第十総部長(九州)の記事である。備忘録の意味で取り上げた。ちなみに上掲は日本全国の被災状況ではなく、九州だけのカウントのようである。

大悪党・大謗法者・山崎正友を利用した・・・

第十五男子部長(四国)の発言である。基本、創価学会でも正友氏は悪者扱いになっているので、まさに踏んだり蹴ったりの状態である。少しは手加減したらと思うのだが、顕正会も余裕がないのだろう。

いよいよ巨大地震連発も眼前であれば・・・

わたくしの拙い人生経験からしても、これは完全に間違っていると言える。顕正会で活動していた人が離脱してしまう理由の一つが、誇張表現の多用によって過度の期待を懐いたものの現実的にはショボい結果しか得られずに落胆する、ということなのだと考えられる。前回も指摘したように、今が巨大地震連発の真っ只中なのである。先ほどの七月豪雨にしても別しては九州のとりわけ熊本が狙い撃ちされた格好である。その熊本において、震度七が連続で襲うという大地震が起きているのだ。つまり、実感を得られるかどうかは当事者か否かで違ってくるのであり、わたくしの居住地域は七月豪雨の被害がほとんどなかったし、今のところは大地震もない。ゆえに連発云々を実感しづらいだけなのであって、すでに連発しているのが現実である。

ゴチャゴチャと書いたが、過度の期待を懐いてもショボい結果しか得られなければガッカリするという、実に当たり前のことが顕正会の中では繰り返されているのだ。

第十六女子部幹事・第九十八区長(青森・アメリカ)

内容については書かない。カッコの中が気になったので取り上げさせていただいた。ようするに米軍の三沢基地を中心に組織が発展して、その中にはアメリカ人と結婚する人もいて、夫の帰国に伴なってアメリカに移住するケースもあるわけだ。だったら(沖縄・アメリカ)とか(横須賀・アメリカ)もありそうなものだが、現実にはどうなのだろうか?

 また我が物顔で高級車で乗り付け信徒を見下す傲慢な僧侶、また夜な夜な酒を買い求める僧侶や、集団で脱走する若い僧侶なども見たそうです。

男子部第十六隊支隊副長(長野)の記事である。この人は前にも取り上げたことがあるはずで、かつて顕正会員だったが宗門に移り、一昨年だかに再び顕正会に戻って来たという人物である。肩書きが副長となっているので、頑張っているのだろう。

ようは同じような境遇の人たちを顕正会に連れ戻すことをしているらしく、上掲はまさに顕正会から宗門に移って今また顕正会に戻ろうとしている人物の証言だそうである。

まず、高級車を乗り付け云々がわからない。あるいは葬儀などを意味するのだろうか?

通常、信徒は寺院に参詣する。するとそこでは僧侶が高級車を乗り付けるシーンは見られない。まさか住職が別のところに住んでいて寺院に通っているとは考えられないからだ。

次に、夜な夜な酒を買い求める僧侶だが、ここは悪意の感じられる記述である。僧侶は酒を買っちゃいけないのだろうか?

わたくしの想像するに、僧侶だってまさか四六時中、袈裟衣を纏っているわけではないだろう。夜な夜なと書いてあることからするとコンビニでの買い物と思われるが、おそらくは袈裟衣を脱いでのことと思われる。それならば、さして問題はあるまい。

最後が問題である。集団脱走を目撃した?

おそらくは総本山のことなのだろう。末寺に集団脱走するほどの人数がいるとは思えない。とは言え、本山であってもその情景を思い浮かべるのは難しい。例えば刑務所みたいなところで、高い塀を乗り越えているシーンを見れば、それは脱走だとわかる。では本山での脱走とはどのような光景なのだろうか?

わたくしの見聞では、フェイクだったかどうか知らないが、いわゆる創価学会系の謀略情報紙にそのような記事が出ていたような記憶がある。つまり、集団脱走が事実だとしても、それを目撃するのはきわめて確率の低いことであって、その意味で今回の記事はかなりアヤシイと感じられるのである。

いずれにしても副長ではなく、本人の登壇が待たれるところである。当然、宗門に居た人物であれば法華講の諸氏も見ればすぐにわかるだろう。すると、ウソもすぐにバレる。

最後に余計なことを書いて終わりたい。

僧侶が運転する高級車とはどんなものか知らないが、いわゆる世間でお金持ちの人たちが乗るような車だとすると、わたくしのような大衆車しか縁のない人間には羨ましい限りである。これは法華講員にしても同じ心理のはずなので、僧侶としても少し配慮すべきかもしれない。例えばセカンドカーを用意しておくのだ。それは誰からも顰蹙を買わないようなグレードの車にすればいい。仮に葬儀だとか法事の時に自分で運転する場合には、そちらの車で行けばいいのである。ただこれはわたくしの勝手な想像で書いていることであって、普通は呼ぶ側がお迎えの車を用意するはずなので、最初に書いたごとく、乗り付けるシーンがなかなか想像できないのである。


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