2020/12/31

シュウカク  
顕正新聞各種登壇記事を見て行きたい。

そして二〇年代・第二年への序走となる大事な月・・・

副理事長の発言である。国難元年から始まった顕正会独自の年号はすでに使われなくなっているが、今度はご覧のような表現が使われ始めた。これも引き続き注目して行きたい。

ところで序走だが、助走が普通のようである。この点、わたくしもまったく気がつかなかった。こうしてタイピングしていて変換できないことで気がついた次第である。

富士の教学の地下水に達せられた先生・・・

これは初出かもしれない。通常、富士の地下水と表現する。あえて変換すれば甚深の教学となるだろうか、それを富士の地下水になぞらえているのだ。ゆえに上掲のような言い回しは、やや重複的に感じられるのである。

ブルブルと震え出した妙観講員、崩壊近しか

このところ妙観講員とのやり取りが目立つ。男子部第四十一隊総支隊長(首都圏)の活動報告もしかりである。

 「『教義について話そう』と言ってきたのはお前だろう。細井・阿部両管長は池田大作にへつらい国立戒壇を否定し、大事の御遺命を破壊した師敵対だ」
 と強く責めると、その者は「猊下を管長とはなんだ。猊下様だぞ。もういい!」と怒ったふりをして逃げていってしまいました。


わたくしが注目したのはここである。ご存知のごとく、最近の顕正会では細井日達・阿部日顕が当たり前になっている。しかし、ここでは管長となっているのだ。いちおう総支隊長殿の見識を評価しておきたい。一方の妙観講員は今の顕正会が猊下を呼び捨てにしていることを知らないのか、いや、そんなことはあるまい。つまり、今回の法論では劣勢を自覚して、管長と呼ぶか猊下と呼ぶかという些末なところにイチャモンをつけて誤魔化しているわけなのだろう。

男子部第五十隊支隊長(首都圏)の記事は次のくだりが不審である。

ことに池田大作の妻・香峯子が組織を通して「池田先生が長生きすることを祈るように」と指示した際、思いあまって先輩に疑問をぶつけるも・・・

ようするにおかしなことだと言いたいのだろう。わたくしに言わせれば逆に顕正会がおかしいのだ。

今から言うのは不謹慎とは承知しつつもあえて書くと、浅井先生もいずれは公の場に出られなくなる時が来るかもしれない。基本、その時は家族が世話をするわけだろう。すると幹部たちは家族から先生の近況を聞くことになるはずで、その伝言的なことを公の場で話すとなると上掲と同じような感じになるはずなのだ。皆で浅井先生の健康・長寿をお祈りしましょうと。これのいったい何が疑問なのだろうか?

先生のご指導に感銘 県会議員が入信

女子部第百十二区長(千葉)の記事だが、議員本人が登壇するようになれば大したものである。

 「十年分の御供養を預かっておりますのでお渡しします。よろしくお願いします。本当に厳粛で素晴らしい葬儀でした。ありがとうございました」

男子部第二十四隊支隊長(新潟)は九十歳の支隊員について書いている。近親者に顕正会員がおらず、このまま臨終を迎えれば葬儀がどうなるか懸念されるところ、本人がしっかりと遺言書に儀礼室での葬儀を希望することを書いていたのだった。親族もそれを尊重し、無事に葬儀が行なわれた。問題は上掲である。最後に親族から十年分の広布御供養を渡されたわけだが、なぜに十年分だとわかるのだろうか? もっとも生前に本人から十年分と聞いていれば何の不審もないわけだが・・・

次はイラストレーターを生業とする男性女子部員である。

気づけば一年間ほぼ毎日、たった一人でも街頭配布を続けておりました。

これは凄いことである。

最後は創価学会からの入会である男性婦人部員を取り上げよう。

ついには調理師としては致命的な「臭覚障害」にもなり・・・

普通は嗅覚障害ではあるまいか?

学会版本尊を
    納める


前後するが入信についての記述を紹介しよう。

友人に誘われ、昭和五十四年、二十六歳のときに学会に入信いたしました。

学会版本尊は創価学会が独自に印刷している本尊のことである。平成五年以降のことだ。すると上掲はまったくツジツマが合わない。当時は寺院で御授戒を受け、御本尊を頂戴していたからである。それを学会版本尊とは言わないだろう。

もっとも時期的には日達上人か日顕上人の御形木御本尊と思われるので、今の顕正会としては用いるわけには行かないのだろう。それにしても学会版と同列に扱っている点が問題であり、まさに顕正会の度し難いところである。

2020/12/28

ウゴク  
顕正新聞第1529号を見て行こう。

「遥拝勤行こそ忠誠の証」特集号

この意味はすぐにはわからない。会長講演を読めば書いてあるが、それに納得するかどうかは別である。

広布決戦場の第一年 222万法城 成る

第一年が悩ましい。以前、国難元年と銘打った年があって、それから二年三年と数えて行ったものの、いつの間にか言わなくなってしまった。同じことの繰り返しである。そもそも二百二十二万もキリがいいだけの話であって、大した意味はない。

以下、十一月度総幹部会における会長講演を見て行こう。

 さあ、いよいよ広宣流布の大事な節目たる三百万を見つめて、本日から新しい前進を開始したい。

以前なら、いつまでに達成するかを言っていた。しかし、今はすっかり言わなくなってしまった。

 だが私は、顕正会の安穏よりも大聖人様への忠誠を選んだ。そして遥拝勤行による広宣流布の御奉公を決意した。

後付け理論の雰囲気が濃厚である。ただし、遥拝勤行そのものは悪いことではなく、現状、数万人ほどだろうか、遥拝勤行に励んでいる人たちがいて、少なくとも顕正会では戒壇の大御本尊を遥拝していると謳っているわけだから、いちおうは大石寺の信仰を貫いていることになるだろう。宗門としては何らかの救済措置を講ずるべきかもしれない。

かつて、御遺命守護完結の暁には宗門に戻れると言っていた。ところが戻れなかった。それが今の顕正会の置かれている立場である。ゆえに上掲は単なる言い訳にしか聞こえないし、当然、納得できない人たちもいるはずなのだ。

 時の貫首上人は御相承を受けて血脈を継いでおられる。だから私たちは絶対として尊信するのです。

たまにこういうことを言う。しかし、浅井先生も偉くなり過ぎて、もはや二度と尊信することはなさそうである。

 その時は、決して遠くない。

この直前には国立戒壇が建立されると書かれている。わたくしには遠く感じてならない。

・・・トランプは、未だに敗北宣言してませんよ。

・・・その帰趨はどうなるか、まだ誰にもわからない。


いちおう十一月二十六日時点での発言であることを確認しておこう。一ヶ月後の今現在、日本ではコロナの感染拡大が深刻でアメリカ大統領のニュースはあまり聞かれない。どうやら年明けの二十日に就任式が行なわれるらしいので、この話題はその時まで保留である。

 「2020年代に、アジアから米国勢力を駆逐し、大中華帝国を築いてアジアに君臨する」

中国共産党が言っているのだそうである。

気になったので大中華帝国で検索した。すると上位のほうに大川隆法の本が出てきた。ところが中国での漢字表記が異なるのか、上位には中国圏の記事がまったく出てこなかった。

わたくしの勝手な意見を書くと、大中華はずいぶんと欲張りな言葉だと思う。御書には中国という表記がわりとたくさん出てくるが、それはいわゆる中国のことではない。一つには大中小の意味で中くらいの国、もう一つには中心的な国という意味で大聖人は使われている。当然、今の中国は世界の中心という意味に他ならないが、大中小の意味では大国に相当する。その両方の言葉を同時に使うとはずいぶん贅沢である。これを中国共産党の人たちが公言しているのか、浅井先生ないし大川隆法らが勝手に言っているのか、気になるところではある。

 この三百万が一結して、亡国寸前の日本国を諫暁するとき、日本は必ず動く。
 これこそ大聖人御馬前の戦いであります。


最初のほうでも取り上げたように、三百万達成の時期が不明である。さらに指摘すれば、日本が動くとはどのような意味なのか、それが問題である。

常識的な線は雪崩現象が起きる。つまりは大量入信で一気に六千万を達成する。そこで戒壇建立が実現する。いや、もちろん、これは顕正会的思考に基づくシナリオである。

これまでにも繰り返し指摘してきたように、顕正会では百万達成以前にも同様のことを言っていたのである。けれども百万達成後、日本は動かなかった。ガッカリするようなことを書いているが、これが現実である。

わたくしの予想では三百万の時にも同じ結果が待っているのだ。日本は動かない。そして会員たちの相当数が落胆する。すなわち離脱する。よって減速する。控えめに言っても低迷する。

たぶん拙ブログはそれを見届けることになるだろう。

2020/12/24

カモク  
顕正新聞第1528号を読んでいく。

日目上人は驚嘆された。

ヤブカラボウで恐縮だが、どんどん行きたい。驚嘆には文証があるのだろうか?

寡黙の中にも光る・・・

寡黙だった証拠はあるのだろうか?

 大聖人様は、この申状奏進の大事を日興上人に付し、その代奏を日目上人に命じ給うた。

なぜに代奏なのだろうか?

日興上人の代奏として四十二度の国諫をされている。

ここは大聖人滅後であるから正しいのだろう。翻って前掲においては大聖人の代奏を務められたと考えるのが普通ではあるまいか?

 日尊・日郷は門下の高弟です。ことに日尊は齢すでに六十代。

ここは不勉強ゆえにまったく知らなかった。

このような高弟を供に選ばれたのは、万一の代奏に備えての御意と拝する。

なるほど、ではある。しかし、あえてアゲアシを取れば、だったら大聖人がわずか二十二歳の日目上人に代奏を命じられたことはどうなるのか、である。もちろん、大聖人の信頼が厚かった、との説明を素直に受け取るべきではあるのだが、それにしてもツッコミを入れたくなるところである。

 「もしこれをなさねば大聖人様に申しわけない。たとえ途上、命尽くるとも、そのときは弟子に申状を奏上せしめん」

前後して恐縮だが、日尊・日郷という門下の高弟を供に選んだのは代奏に備えてのこととの、先ほどの話につながるわけである。

それにしてもである。わたくしの記憶が正しければ、こうした説明は近年になってからのことだと思われる。それが何となく浅井先生の言い訳に聞こえてしまうのは、穿ち過ぎなのだろうか?

ようするに広宣流布は浅井先生の存命中に実現しない。客観的にはそれが正しいわけであり、実は浅井先生もそのことを承知している。だからこそ、後事を弟子に託すための伏線として上掲のようなことを言い出した。そんなふうに見えるのである。

「水蒸気爆発で日本は亡んでいた」
フクイチ元大幹部の証言に凍りつく


男子部第十四隊長(千葉)の記事に疑問を感じた。フクイチでは一号機から四号機まで、修復不能の大事故を起こした。そうした中で、二号機だけは外観上、さほどの変化が見られなかった。それは爆発する以前に建屋の壁が壊れて、水素の充満を免れたからである。記事ではそれを、だから水蒸気爆発を免れたと説明してしまっているが、それはおかしな話である。ここはごく単純に、水素が溜まらなかったので水素爆発を免れたと考えるべきところで、それがなぜに水蒸気爆発なのかまったく説明できていない。むしろわたくしは四号機の壊れ方に注目しており、一号機や三号機のような爆発的な事象が確認されていないにもかかわらず、なぜに壊滅的な壊れ方をしたのかがわからないのである。隊長殿にはフクイチ元大幹部に対して、ぜひともその疑問をぶつけてほしいと思う。

次は女子部副部長の記事である。

そしてその御証得の全体を戒壇の大御本尊様に図顕され全人類に授与し給うた大聖人様の大慈大悲、最極無上・尊無過上の法体たる戒壇の大御本尊様の偉大な仏力・法力にひれ伏しては・・・

これはかなり重症のように思うが、それともわたくしの言語感覚が間違っているのだろうか?

次の女子部第八区支区長補(首都圏)の記事からは、組織の実態が垣間見える。

 これまでは中国での戦いが中心でしたが、客観情勢の変化により渡航が難しくなり・・・

以前にも指摘したことだが、外国人の入信は別枠で報告しないといけない。日本での折伏に限界を感じて海外に活路を求める。それ自体は世界広布の先駆け的な意味で悪くない。しかし、入信者のカウントをごちゃ混ぜにしてしまったら、いつまで経っても日本の広宣流布は実現しないだろう。

入信した二人のネパール人・・・

これは国内での入信ではあるものの、やはり別枠で考えないといけない。

 また組長は美容サロンを経営しておりますが、コロナ禍にも拘わらず売り上げが倍以上に・・・

これは凄い。商売はさまざまの要因で変動する。とは言え、よほどのことがない限り、トータルではそれほど変わらないものだと思う。ゆえになぜに倍以上になったのか、その理由が知りたいものである。もちろん顕正会的には功徳と言うに決まっているわけだが、もっと別の理由があるはずなのである。

妙法の弁護士≠゚ざし東北大・法学部に合格

男子部第五十九隊組長(宮城)であるが、次々に若くして優秀な人材が出てきている。わたくしが繰り返し言ってきた、顕正会は若い人が育っていない云々は、ウソだったことになりそうである。ちなみにこの人物、名前からして顕正会二世である。実際、両親が顕正会員と記事の冒頭に書かれている。

女子部第二百七十五区組長(高知)は正信会に四十年間も在籍していたらしく、その前には創価学会にいたと書かれているので、信心歴はベラボウに長いことになる。

 ある日、正信会の住職が、三方に供えられていた信徒の供養袋をいきなり破って現金を取り出し、私的な支払いに充てるというあり得ない光景を目の当りにした私は・・・

以前にも似たような話があった。まさか同じネタの使い回しなのだろうか?

恐れ多くも御本尊様の御前で宴会をしたりする有様・・・

大寺院であれば宴会用の別室を用意できるのかもしれないが、小さな寺院は本堂がすべてを兼ねている。このように考えるのはダメなのだろうか?

話を戻して、供養袋を破って云々はさすがにいただけない。こうした振る舞いを見れば、誰だって失望する。そんなことは住職だってわかりそうなものである。

あえて弁護すれば、生活までもが見えてしまうくらいの小さな寺院であり、だからこそ登壇者も支払いの場面に遭遇できたわけである。住職は裏も表もない人物なのだと理解したい。

2020/12/18

イテツク  
顕正新聞第1527号をざっと読んでいきたい。

悪の三百万とはいえ一国を動かした事実を思えば、今後、顕正会が三百万・五百万に達するとき、一国は必ず動き・・・

副総男子部長の言っていることはかなり無理がある。悪の三百万とは創価学会のことで、その逆が善の三百万たる顕正会のことなのだろうけれども、そもそも創価学会の三百万をそのように言うこと自体がおかしいのだ。なぜならば当時の創価学会は日蓮正宗の信徒団体だったからである。

しかもである。創価学会の急成長に比する時、顕正会はほとんど停滞しているに等しいわけで、いずれは累計三百万を達成することになるにしても、まるで中身が伴なわないのが現実である。

結果論ながら、例えば顕正会が解散処分を起点にして十年で三百万を達成するくらいの勢いを持っていれば、まったく事情が違っただろう。何十年も掛けてようやく二百万という現実をよく見つめるべきである。

副総合婦人部長も同様のことを言っているが、重複を避けて、ここでは別の部分を引用しておく。

第六天の魔王の凄まじき力に凍てつきながらも・・・

めずらしい表現である。

婦人部南房支区部長(千葉)は、大聖人ゆかりの地で活動している。そのためか、大聖人の足跡を感じることがある、と言っている。少々長いが引用したい。

 大聖人様が額の傷を洗われた井戸が山の麓に残されていたり、川の橋の下で御身を潜められ、長い夜をお過ごしになられたので「夜長川」と名付けられたという川があったり、何より大聖人様をお庇いして身を盾としてお守り申し上げた工藤吉隆殿の住居跡には、馬を走らせて海岸線をまっしぐらに松林まで走ったであろう様子が想像され、胸が痛くなりました。

ややマドロッコシイ文章だが、特別な感慨を懐いていることがよく伝わってくる。ただし、こうした俗伝がどこまで正しいのか、検討する必要があるだろう。

 南大東島は沖縄本島から四〇〇キロ離れた人口一千四〇〇人ほどの離島で・・・

女子部第二百六区長(沖縄)の記事である。この人数が多いのか少ないのか実感するのは難しいが、続きの文章には島民同士がほぼ顔見知り云々とあるので何となく実感できる。結局、そこで何十年も生活するわけだから自然と顔を憶えてしまうのだろう。なるほど、このような土地で熱心な活動会員を輩出することは相当に困難である。この先も注目していきたい。

「六つの問い」に窮し、詭弁を弄する大草一党
細井日達・阿部日顕が否定した「国教」を認めて自滅


菅原克仁氏による破折論文である。前にも書いたが、もはや面倒臭いので細かいやり取りをここで云々するのは控えたい。とは言え、重要な点はいくつか拾っておくべきだろう。

妙観講・異流義対策センター

菅原氏と妙観講とで紙上法論が続いていた。ところが妙観講側は返答に窮したものか、慧妙への掲載をやめてしまったらしいのである。菅原氏によれば最後の掲載分には惨めな逃避宣言が載っているという。

それで話が終わったかと思いきや、そうではなかった。

なんと妙観講は慧妙とは異なる媒体にコッソリと反論を載せていたのだそうである。

まったく何をやっておるものかと思う。

また、大草氏の摧破異流義考における旧版と新版の違いも問題で、これについては顕正会も他人のことを言えた義理ではないのだが、やはり正直になるべきだろう。もちろん双方ともにである。

国教云々の話は菅原氏のほうに少し無理があると思う。

ようするに大草氏の国教を認める発言は現在の宗門の公式見解と異なると菅原氏は言っているわけだが、その公式見解そのものが古くは昭和四十五年の日達上人の御発言であったり教学部長時代の日顕上人の御見解なのである。もし引用するのであれば最新のものでなければ意味がない。なぜならば日顕上人が後に反省の御言葉を述べているからであって、実際にはどこがどのように問題だったか詳細な検討がなされていない点に恨みを残すものの、むしろ顕正会は宗門が徐々に清浄化しつつあることを喜ぶべきなのである。

大草一党の宗門追放はもう眼前であろう。

単なる願望に過ぎない。

願望という意味では、今からでも大草氏と浅井先生で対面法論をやればいいし、しっかりと映像に残せばいいのである。たぶん内心では妙観講員も顕正会員もそれを願っていることだろう。

自動車学校で免許取得の最終試験に十五回挑戦しても合格できずにいたので・・・

婦人部陸奥支区班長(青森)の記事からである。これは組長の娘さんの話らしい。当然、この後には合格できたと書かれている。しかし、わたくしの心配は十五回も落第するような人であれば、事故のリスクも相当だろうことである。

たまたま隣に掲載されている婦人部桐生支区班長(群馬)の記事には、なんと十一年間で三回も事故を起こしたと書かれている。すべての事故で大聖人から命を救っていただいた。大功徳だ。そんなふうに書かれてはいるものの、わたくしはどうかと思う。

顕正会には高齢の活動会員がたくさんいる。世間では高齢ドライバーによる悲惨な事故が頻発している。顕正会員も例外ではないだろう。

2020/12/17

ワケヘダテ  
顕正新聞の続きである。副総男子部長・第一総部長の記事に次のごとく書かれている。

何としても先生の描かれる広布の逆算にお応えせんと・・・

逆算はわりとよく使われる言葉である。しかしながら過去の経緯を見れば、なかなか計算通りには行かないことがよくわかるのだ。今までどれだけ下方修正を繰り返してきたか、顕正会員がいちばんよくわかっているはずである。

そこで今は浅井先生も懲りてしまったものか、目標をあまり明確には示さなくなった。

三百万が好例である。

この一年間だけでもどれだけ三百万というフレーズが繰り返されたものか、数え切れないほどである。ところがいつまでに三百万を達成するのか、それがまったく示されていないのだ。それでいて逆算を云々しているのだから、おかしな話である。

「国難元年」と銘打たれた平成二六年から・・・

第二十七女子部長(九州)の記事である。これもいつの間にか言わなくなってしまった。

・・・一壮年は、かつて田中角栄内閣時代に、一代議士の秘書をしておりました。

これは第八男子部幹事・第五隊長(沖縄)の記事であるが、なぜに名前を伏せているのか気になる。かなり昔の話なので、あえて隠す必要もあるまいと思うのだが、いかがだろうか?

法科大学院に合格!学費免除の特待生

男子部第七十八隊班長(首都圏)である。彼は法学部の学生ではなかった。しかし、法曹の道に進みたいとの思いを捨て切れなかった。そこで支隊長に相談した。それが次のくだりである。

 しかしどうしても諦めきれず、私の支隊長である菅原法務部次長に相談したところ、強く励ましてくれ・・・

数年後には弁護士第三号の称号を得られるかもしれない。

顕正会は若い人材が育っていない。ここ数年来、わたくしが言い続けてきたことである。実際、全体の比率としては若手が少ないと思われるが、とは言え、ぜんぜんいないわけではない。ご覧のような若き人材がいることも事実である。

婦人部鷹巣支区班長(青森)は八十九歳になる母親の臨終を伝えている。次のくだりに注目したい。

さらに逆縁の学会員の姉も素直に葬儀に参列し、参列した顕正会員に笑顔で対応していたことは不思議であり・・・

不思議でも何でもない。世間一般の常識からすれば普通のことである。

何しろ顕正会員は邪宗の葬儀に参列しない。どうしても参列しなければならない事情があっても、邪宗の坊主とは同席しない。つまりは宗教上の戒律に縛られているわけなのだ。

一方の創価学会員は世間の常識を重んじるところがある。ゆえに自分の母親の葬儀に来てくれた人たちに対しては、分け隔てなく応じていたわけなのだろう。

「へえっても、へえりっぱなしにはしねぇからな、ちゃんと最後まで面倒みるからな」

最後に紹介する男性婦人部員のセリフには顕正会に対するイヤミが込められている。

先月末時点で顕正会は二百二十二万人を数えた。しかし、あくまで公称数であり、実働会員数は遥かに少ない。どうだろう、多く見積もっても二十二万人を超えることはないはずで、実際には十万人にも満たないと見るのが妥当なところだと思う。

つまり、二百万人が「へえりっぱなし」なのである。

2020/12/16

ハイチュウ  
顕正新聞第1526号を見て行こう。当該号には次のような名称が付されている。

「広布前夜の同士討ち」特集号

さっそく会長講演の上掲に相当する部分を取り上げたい。

 米中の対決が激しくなるにつれ、日本は「米国に付くのか」「中国に付くのか」が、双方から厳しく求められる。

難しいところだが、文節の「が」が気になる。ここは「を」のほうがしっくりくるような気がする。

 だがいま、自民党の中にも、与党の中にも、中国寄りの勢力が力を得つつある。

問題はここである。〜つつある。これが浅井先生の得意なフレーズであることは、前にも指摘したことがある。いかにもインチキ臭い表現だと思う。

なぜならば、かつて浅井先生は「親中・媚中・拝中」のような単語を並べて、日本には中国寄りの政治家が跋扈していると言っていたからである。

少しアゲアシ取りの気味があるとは承知しつつも、あえて隙のない表現に修正するとしたら、「再び〜つつある」と書くべきだったろう。それならば過去の発言とも矛盾しなかったはずなのだ。

 第六天の魔王は、池田大作に御遺命破壊をさせるとともに、日本を侵略する隣国の軍事的増強までもなさしめた・・・

ここは単なるアゲアシ取りとしてではなく、重要な問題を孕んでいる箇所だと思って指摘させていただく。

浅井先生は御遺命守護の戦いにおいて、御遺命を死守したと言っていた。いわば第六天の魔王の野望を打ち砕いたわけである。ところが後年になって、他国侵逼の舞台装置を云々するようになった。その淵源を尋ねれば日中国交正常化に端を発するのだと。つまり、御遺命破壊と日中国交回復は同時進行だと言っているわけなのだが、これは自らの御遺命守護の歴史を否定することにもなりそうである。結局は第六天の魔王の野望を砕けなかったことになるからだ。

以下は記憶だけで書くのでその点はご了承願いたいのだが、かつて米ソ冷戦時代においてはソ連による他国侵逼を匂わせていた。しかし、その頃の顕正会には一国諫暁をするだけの力がなかったので、幸か不幸かあまり文証が残っていない。

ともかく今は中国からの他国侵逼を断言してしまっている。その方向性で日中国交正常化前後の歴史を捉えると上掲のごとくなるのだろう。しかし、いかにも後付け理論的であり、万人の納得を得られるものではない。

そしていよいよ広布の決戦場に到達しているのであります。

この言い回しも微妙である。いよいよ〜している。

かつて池田大作氏は、広宣流布は流れそれ自体、という意味のことを言っていた。浅井先生は平成二年の諫暁書でこれに破折を加えているわけだが、もはや自分自身にもそれが当てはまりつつあるのではないかと思う。いわゆるブーメラン状態である。

創価学会の場合は拡大路線に限界を感じて、上述のようなことを言い出したのかもしれない。

では顕正会の場合はどうかと考えると、いわば新ネタがなくて困っている状態で無限ループ的に使えるネタを繰り返し使っているのかもしれない。それを誤魔化すための表現が、「いよいよ〜している」だとか「〜しつつある」なのだろう。いわば新展開を予感させる表現であり、期待感を持たせるのに好都合なのである。

結果として、期待を裏切られ、離脱していく人が後を絶たない、という現実がある。

2020/12/13

ハツドウ  
ボヤボヤしているうちに師走も半分が過ぎようとしている。顕正新聞が溜まってしまい、もはや挽回不能になりつつある。

沖浦氏の今朝のコメントにはわたくしへの感謝の言葉がある。前回までのやり取りについて少し苦言を呈そうと思っていた矢先のことなので、ちょっと拍子抜けしてしまった。

とりあえず、しばらくは顕正新聞に専念することにしよう。

人々が顕正会員が頂く別感の功徳を目の当りにするとき・・・

第1524号に載る総男子部長の発言である。これに対するわたくしの意見は、顕正会には功徳がない、だから弘通が伸びない、というものである。結局、かつての創価学会ほどの爆発的な成長はできていない。理由は間違った信心だからだろう。もちろん創価学会も今は間違っているから伸びなくなった。日蓮正宗の信徒団体だった時代がいちばん伸びたのだ。

では現在の宗門法華講はどうなのかという疑問が残る。彼らも間違っていると考えればツジツマが合う。主にはデタラメな戒壇論だろう。そこを修正すれば飛躍的に成長する。この考え方はけっこう筋が通っていると思うが、いかがだろうか?

 私たちは二代の悪貫首書写の本尊から離れ・・・

第十八男子部長(首都圏)の発言であるが、これが功徳を失う原因である。

「悪口を言われて怒った」

男子部第五総部長(首都圏)の記事にナゾのセリフがある。上掲の意味がわたくしにはわからなかった。

ところで、このところの顕正新聞を読んでいて思うのは、いつの間にか大師子吼が消えたことである。わたくしの読み抜けがなければ当該号にはその表記がまったくないし、もしかしたら以降も見当たらないかもしれない。この点は顕正会にもまだ救いがあると思う。自己浄化能力が働いているからだ。

大聖人様の師子王のごとき御姿が・・・・

浅井先生のお姿と重なり・・・


第十九男子部幹事(首都圏)の記事である。会長本仏論的でよろしくない、というのがわたくしの年来の主張である。

抵抗と反発は、本仏・本法に遭遇した時に発動し・・・

婦人部小田原支区班長(神奈川)の文章はなかなかの名文である。それとも浅井先生の書籍にご覧のような表現があるのだろうか?

七八万円もの臨時収入を得られ・・・

女子部第三百十二区総班長(栃木)の記事に出てくる話である。具体的にはどのような収入なのかわからないが、羨ましい限りである。

土地が買値の三倍で売れた班長・・・

男子部第五十隊長(首都圏)の記事も羨ましい。高度成長期ないしバブル期ではめずらしくもない話だったはずであるが、今の時代に地価が三倍になることは幸運である。

細井日達書写の本尊を学会に返納し・・・

男子部第九隊支隊副長(首都圏・静岡)の記事だが、なぜに寺院で下付されたはずの御本尊を創価学会に返納するのか、まったく理解不能である。

灯火のようなヒガンバナ

カメラが趣味の人にしてみれば大した技術ではないのかもしれないが、素人目には背景をボカシて花だけに焦点を当てるのは凄いことに思える。

女子部第三百三十七区総班副長(富山)の記事に葬儀の導師を務めたことが書かれている。亡くなったのは男性女子部員で施設に入っている高齢者である。

 その中、インフルエンザや新型コロナの感染対策により、昨年八月を最後に・・・

会えなくなってしまったそうである。そして本年八月十四日に亡くなったという。

そもそも宗門的には言語道断であるし、顕正会的にも副長の立場で導師をやっていいのか疑問である。ただし、わたくしがこの記事を取り上げたのは肯定的な意味に他ならない。面倒見の良さと言ってしまったらあまりにも軽すぎるが、こうした行為こそが何よりも尊いのである。

壱岐で活躍する女子部第二百二十三区総班副長の記事も味わいがあるが、ここでは詳細を控えよう。最後に取り上げるのは婦人部市原支区班長(千葉)の記事である。

今回、総班長と二人でコロナに感染して・・・

顕正会初の感染者ないし感染の報告記事と言えるだろう。

今現在、国内での感染拡大に歯止めが掛からず、きわめて深刻な状況が続いている。当然、顕正会員だって感染するだろうし、最悪の場合、顕正会の施設でクラスターが発生するかもしれない。今やこのカタカナ語を耳にするのは日常茶飯事であり、正確な意味はわからないものの、おおよその意味は誰もが理解しているはずである。顕正新聞を見ると、その辺を考慮してのことだろう、人数制限を設けて間隔を空けて座っている。しかし、コロナの感染力は侮れない。当該号九月度班長会の写真を見ると、婦人部はまだマシだが、男子部女子部はかなり危ないように思える。もっと減らすべきかもしれない。

2020/12/3

ヒッキョウ  
以前にも申したように、沖浦氏の連載は立派なことだと思う。しかしながら内容たるや杜撰きわまりなく、ツッコミどころ満載である。当然、それを覚悟の上で投稿しているのだろう。よって、遠慮なく指摘させていただく。

★教無量菩薩畢竟住一乗(きょうむりょうぼさつくきょうじゅういちじょう)〜法華経の精神に基づく菩薩と言う人材を育成し、人類の幸福と世界の平和を実現する意。
 〜引用終わり〜


例えばここに「引用終わり」とある。するとどこかから引っ張ってきた情報なのだろう。それをとやかく言うつもりはない。しかし、基本的な読み方に間違いが存するのではあるまいか?

畢竟は「ひっきょう」と読むはずである。

★乗此宝乗直至道場(じょうしほうじょうちょくしどうじょう)〜この宝(南無妙法蓮華経)に乗りて、直ちに道場(覚り)に至らしむとの意。
 〜引用終わり〜


直至は「じきし」ではあるまいか?

今朝の投稿にも似たような間違いがある。ようは枚挙に暇がないのだ。これを単なるアラサガシと思ってはいけない。早い話が、こんな初歩的なところで間違っているようでは内容も間違いだらけに違いない、と読者に思われてしまうことを恐れるべきなのである。

さらに遡りたい。

 ともあれ、点が意味を左右する程の事ではないと存じます。

まったくわかっとらん。

所詮法華折伏破権門理の義、遮悪持善の義なり

所詮法華折伏破権門理の義遮悪持善の義なり


上が平成新編、下が御書全集である。

法華折伏破権門理は如説修行抄に出てくる有名なフレーズである。一方の遮悪持善はあまり馴染みのないフレーズである。この二つの語彙が同一概念ないし近似概念であることは誰も否定しないだろう。今も昔も同一ないし近似の語彙を並列させることは、文章表現として普通に行なわれていることなのだ。

構文としては次のようなイメージになるだろう。

しょせん〇〇の意味、ないし△△の意味である。

句読点の有無、あるいは位置、その微妙な違いだけでも意味が変わってくる。沖浦氏はそこがわかっていないようである。

 更に、同じ文ですが、御義口伝では以下になっています。

 『今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉るは陀羅尼を弘通するなり捨悪持善の故なり云云。』
 (御義口伝下)

 義はありませんし、遮ではなく、捨になっています。

 個性があって面白いですね。


義はありませんし・・・

これは前述のごとく誤読であるが、それを抜かせば有意義なコメントである。

大聖人が残された大部の法門書は、その多くが建治年間までに書き終わっている。弘安年間に入り、御入滅が近づくにつれ御書の執筆量は減っていく。自然な流れではある。しかし、御自分が筆を執られない代わりに弟子に書かせた。それが御義口伝であり、御講聞書なのだ。沖浦氏の指摘するごとく、そこには筆記者の個性があらわれている。遮と捨の違いが好例だろう。

不勉強のわたくしは大聖人が引用あそばした遮悪持善の出典を知らないが、ネット上の情報をざっと眺めた範囲では、遮が正しく捨は間違いのようである。これを単純化すれば日向師が正しく日興上人が間違っていることになる。しかし、そこは沖浦氏のコメントのごとく個性と捉えるのが妥当なところだろう。少なくとも意味がわかっているからこそ、捨の字を当てはめることができるのだ。

さて、いよいよ最重要問題である。

 この因果俱時と言う言葉は私の知る限り御書にはありません。

わたくしは創価学会の公式サイトで検索すると出てくると答えた。ところがである。せっかく教えてあげたのに、ちゃんと確認しなかったらしい。

 おそらく、大聖人滅後に何方かが導入した語句に思えます。

だから、あるって言っているのに・・・

以下は当体義抄の有名な一節である。

至理は名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時、因果倶時・不思議の一法之有り。之を名づけて妙法蓮華と為す。此の妙法蓮華の一法に十界三千の諸法を具足して欠減無し。之を修行する者は仏因仏果同時に之を得るなり。聖人此の法を師と為して修行覚道したまへば、妙因妙果倶時に感得し給ふ。故に妙覚果満の如来と成り給ふなり。

もはやこれまで、である。

ちなみに御晩年の御書の中に注目すべき一節がある。煩瑣になるので短く引用したい。

蓮華と申す花は菓と花と同時なり。

上野殿の母君に与えられた御書である。当然、これは法門書ではなく、相手に合わせて物凄く平易に御認めになられた御手紙である。とは言え、そこには御法門のエッセンスがたくさん散りばめられているのだ。

 先ず、私の知る限り御書に無いと書いています。
 それがあってお教えいただけるなら素直にお礼を申します。 
 私はこの歳でもまだまだ御書を学びたいと思っていますので、それが当然です。


沖浦氏の場合、日蓮正宗に対する怨嫉謗法が目を曇らせているのかもしれない。


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