2021/4/30

ゴゾウエイ  
コメントを逆手に取るようで恐縮だが、沖浦氏の発言として記憶に留めておきたい。

 歴史上はじめて本気の研究による在家主体の御書全集です。

わたくしの予想では現行版に載る御相伝書類を排除するようなことはまずあり得ない。あるいは日興上人に関係する文書として五人所破抄などもそのまま残る。つまり、沖浦氏の思惑とはかなり隔たりがある。しかし、それが本気の研究の成果なのだ。

わたくし自身はほとんど把握していないが、正信会系の研究者による御書システムも相当の成果を収めており、他門の人たちも一目置く存在のようである。

当然、創価学会の首脳陣だってバカじゃない。内外からの注目を意識しないわけがない。もっと凄いものを作ろうじゃないかと意気込んでいるはずなのだ。

さて、そこで顕正会に目を向けてみると、やはりどうしても見劣りしてしまう。

すでに何度も書いているように、かつては御書の出版計画を謳っていたのだが、今ではまったく触れなくなった。もし出版するとなると、既存の大石寺版や創価学会版、あるいは正信会系のシステムなどと比較されてしまう。それで一定以上の評価を得られる自信がないものだから、やめてしまったのかもしれない。また、顕正会員が御書に触れると顕正会の矛盾に気がついてしまうという危惧があって、出版を断念せざるを得なくなったとの見方もある。

いずれにしても情けない話である。

評価が得られないのだとしたら、富士の地下水に達する云々は何なのかという話になる。ご存知のごとく、顕正会の内部では浅井先生の教学力を讃嘆して、富士の地下水に達するほどの深さだと言っているわけである。今や日本全国に土地を購入して会館を建設するだけの財力がある。だったら御書の出版も余裕だろう。つまり、財力はあっても知力がない。また、先生を補助する人材もいない。

しかし、より深刻なのは後半のケースだろう。顕正会員が御書を読むと顕正会の矛盾に気がついてしまう。もしこれが本当の話だとしたら、顕正会は邪教であると自ら白状しているようなものだからである。浅井先生は御書を捻じ曲げて恣意的に解釈している。また、都合の悪い御書には触れず、都合の良さそうな御書ばかりをセレクトしている。会員たちは浅井先生のフィルターを通して大聖人に接するわけであり、それが正しい大聖人像なのだと信じ込まされている。

もちろん信心を守る意味で、フィルターは必要なことなのかもしれない。

例えば今朝のことだが、わたくしは建治元年五月三日の上野殿御返事を拝読していてわからない部分があったので、軽く調べてみた。具体的には次の御文である。

又御造営と申し・・・

いかにも謗法チックである。これについて創価学会員の個人サイトに解説が出ていたので、それをそのまま引用させていただく。

 造営は家屋などを建てることをいうが、多くは神社・大家などの場合に使われる。ここでは、大宮の建造、および補修のことで、当時、近在の人々がそのための労力として駆り出されていたと思われる。

特に上野殿宛ての御書なのが悩ましい。何しろ日興上人の門流、とりわけ大石寺では神社参詣を禁止している。ところが他門では必ずしもそうではない。ゆえに沖浦氏あたりは日興上人を御書に暗い人物だったなどと評するわけである。

わたくし自身、この点については明快な答えを持っているわけではないが、あるいは浅井先生にしても同様なのかもしれない。ゆえに触れないようにしているのかもしれない。善意に受け取れば、会員の信心を守るためでもあるのだろう。

ただし、この点は『迷走する顕正会を斬る』において、きわめて真摯な批判が行なわれている。

 浅井氏は常に情報統制をして、都合の悪い情報は講員・会員に伝えない。(中略)

 講員の信心を護るため、当時として緊急避難的に止むを得ない面も、確かにあったかもしれない。しかし、その情報統制の都合よさが身についてしまい・・・

あとは言わずもがなである。

結局、この『迷走する顕正会を斬る』の存在すら会員たちには知らせていないし、知られたくないわけなのだろう。まさに情報統制そのものである。

今さら修正できないのかもしれないが、わたくしだったらすべてを開示して逆に会員に問いたいと思う。御書の拝し方にしても、今まで誰も気がつかなかったような斬新な解釈があり得るし、その積み重ねが真理へと近づいていくはずなのだ。

2021/4/29

フッサ  
勝手な想像ながら、御書全集は持っているものの読んだことがないという人が、創価学会員の中にはけっこう存在するのではないかと思う。また、当然ながら創価学会を辞めてしまう人も相当数いるはずなので、そうした人たちが所持していた御書が古書店などに流通しているのだと思う。今、わたくしの手元にある御書も、五百円で買ったものである。新品同様だった。

さて、新版御書全集であるが、上述のごとくであるから発刊されてから少し待てば古本が出回るようになる。それを買うべきか、あるいはそんなケチなことを考えずに新品を買うべきか、そこが悩みところである。

さて、顕正新聞の続きである。

 このたび、入信以来六一年目にして登用試験に合格することが叶い・・・

婦人部静岡支区組長(静岡)の記事である。まさか毎年のように受験していて、ずっと不合格だったわけではあるまい。いわゆる未活動状態が長かった。こういう人もいるわけである。

婦人部福生支区班長(首都圏)の記事も見ておこう。

昭和三八年に同僚に連れられて何もわからぬまま学会に入信し、翌日、同僚から御本尊を渡されておカネを要求された・・・

顕正会は近年、高齢者の入信ないし入会が多い。そこでいつも指摘していることは、当事者の記憶の正確性である。確かに折伏大行進時代の創価学会は、いわば今の顕正会と同じく成果至上主義だった。それゆえにトラブルも頻発していた。しかし、上掲は明らかにおかしい。今の顕正会員と創価学会員は知らないか、もしくは忘却していることなのだろうけれども、入信とは正宗寺院で御授戒を受けることなのである。ゆえに御本尊をいただくとしたら同時のはずである。この点、登壇者はまったく知らないのかもしれない。すると入会者からの情報をそのまま伝えているだけなのかもしれないが、だとすればその古い記憶をどこまで信用してよいものか、登壇者だけでなく周りの幹部や最終的には編集部がしっかりと判断しないといけない。最近の顕正新聞はそこがまったくできていないように思う。

婦人部東予支区組長(愛媛県)の記事については、ちょっとだけ触れておこう。

 その三日後、病院から「危篤」の知らせがありました。
 私は病院側に「私たちが着くまで処置をしないでほしい。二時間、唱題をさせてほしい」と願い出たところ・・・


おかしな文章である。危篤の状態で何もするなと言っているように読める。しかもである。続きの文章を読んでいくと臨終の瞬間がどこにも書かれていないのである。

いちおう危篤を臨終に読み換えると意味は通る。

世間知らずのわたくしは枕経について、顕正会で教わった知識しかなかった。ようするに臨終の後に二時間ばかり唱題をするという作法のことである。ところが臨終の後ではなく、臨終の前というか臨終に合わせて読経唱題するのも枕経と呼ぶらしいのだ。もう少し前倒しして、ようは危篤状態で再び起つ能わずの人に対して読経するのも枕経なのである。

現代感覚からすると、例えば病院に僧侶を読んで読経してもらうみたいな考え方は不謹慎のようにも感じられるし、実際、そのように思っている人も多いはずである。しかし、医学の未発達の時代においては、医師がサジを投げた段階で今度は僧侶に仕事が回ってくる。なるほど、話のツジツマは合っているようだ。

顕正会員の枕経に対する認識は少し偏っているという話をしたわけだが、言葉の定義はさておき、熱心な顕正会員であれば危篤状態の人に対して題目を回向することはわりと普通にやっていることだと思う。ようはそれも枕経なのである。

男子部第百三十八隊班長(新潟県)の家は築百年を超えるそうである。

中越沖地震で、敷地内にきれいに倒壊して解体費用がかからなくて済むという、考えられない大功徳を頂き・・・

まさか住んでいたわけではあるまい。住んでいる状態で倒壊したら大功徳ではなく大罰だろう。

ゆえに勝手な想像であるが、地方なので土地が広く、すでに新築の家屋があってそちらで生活していたのだと思われる。それはともかく解体費用が浮いたとは言うものの処分費用が掛かる。今は産業廃棄物も分別収集しなければいけないので、もしかしたら倒壊家屋のほうが分別に手間取って割高になるかもしれない。いや、もちろん、これは専門業者に聞いてみないとわからないことだが・・・

可憐な椿の花 木瓜の花 雪柳

これはなんだろう? 椿にだけカレンと書いて、その他には何も被せていない。また、ボケは花と断わっているのに、雪柳はそのままである。

ちなみに、ボケは読めなかった。顕正新聞はありがたい。

2021/4/25

シンパン  
沖浦氏紹介の映像にはぶったまげた。いわゆる本部幹部会であるが、月例のそれプラス何とか記念の幹部会だったようである。今はざっくりと視聴しただけで見直してはいないので、正確性に欠ける点はご容赦願いたい。

まず、いきなり会長が登壇したのには驚いた。

結局、最後も会長が締め括ったのであるが、もしかしたら最初の登壇だけで終わりなのかもしれないと思って、ずいぶん斬新な進行だなあと途中までは感心していたくらいである。

婦人部と女子部の統合にも驚いた。

これは時代に即してのことなのだろうけれども、同時に思うのは顕正会における壮年部の廃止に近いかもしれないということである。顕正会の場合、気がつけば男子部の有能な人材が四十代五十代になっており、逆に若い世代が育っていないことから男子部が弱体化する危惧があった。そこで壮年部と男子部の統合が行なわれたのである。もちろん表向きはそうは言わないのだが、現実はまさにそうとしか言いようがない。現状、総男子部長を筆頭に男子部の大幹部は大半が四十を過ぎている。男子部員全体の構成比率からしても四十以上のほうが多いはずである。

婦人部長の登壇では、太陽がどうのこうのと言っていた。

わたくしは顕正会における「小さな太陽」を思い浮かべた。ある意味、小さなは余計であり、単に太陽でいいのかもしれない。あえて言えば、大きな太陽でもいいだろう。顕正会は大感動だとか大感激みたいな大袈裟な表現が多い。だったら小さな太陽はおかしいだろう。

南米ベネズエラの会員がビデオ出演していた。

彼女はそこで折伏と言っていた。いや、発音を確認したわけではないので、そこはわからない。ともかく日本語字幕には折伏と書かれていた。この点、沖浦氏の主張と食い違うようである。

青年部長はどうかと思った。

今回の各種登壇の中では彼の登壇がいちばん問題を感じた。彼は民主党政権がどうのこうのと言っていた。今さらそれを言うのかと思ったし、その後の長期安倍政権における公明党のあり方のほうがよほど問題だろうと思った。

ところで最後の原田会長も公明党について云々していたように記憶するが、創価学会の公式映像において堂々と公明党のことを論ずる点が清々しかった。

先般、公明党の次世代リーダー的な議員が失脚した。身から出た錆であり、当然のことではあるのだが、世間でも言われていたように創価学会の婦人部が許さなかったのだろう。先の青年部長は世代的には微妙なところで、おそらくは創価学会の先輩たちにゴマをすり、公明党の議員たちとも良好な関係を築くことで己の地位を固めてきたと想像する。ゆえに民主党政権(=現在の野党勢力)を批判することで、いわば点数稼ぎをしているわけなのだろう。

当然ながら原田会長クラスになれば、ゴマスリは必要ない。

同様に創価学会の婦人部も超然とした存在であり、もし婦人部が本気でストライキを起こしたら公明党議員が全員落選してもおかしくないくらいの力を持っている。ゆえに将来を嘱望されていた某議員も一発退場を余儀なくされたのである。

ともかく本年は衆院選がある。創価学会としても正念場なのである。

今また緊急事態宣言が発出された。三度目である。ところがオリンピックの開催を慮ってのことか、今回は期間が短い。はたしてそれで済むのかが問題である。コロナは人間の都合を聞いてはくれない。

これが現政権に対してどのような作用を及ぼすか、誰にもわからない。運よくコロナが終息し、オリンピックが無事に開催できればいいのだが、もし逆の目が出たらどうなるかである。現状、野党に対する期待もそれほどではなく、それゆえにどっちに転ぶかわからない。わかる人がいたら教えてほしいくらいである。

いずれにしても創価学会としては磐石な組織票がウリであり、公明党の議員を安定的に当選させると同時に自民党議員にも票を回すことができてこそ、存在感を示すことができるのだ。ゆえに正念場なのである。

新版御書全集の発刊が大ニュースである。

関西の大講堂の建設にはまったく興味関心がない。むしろ今度の衆院選で結果を出せなければいよいよオワコンである。建物ばかり立派でも人材が乏しければ意味がない。

御書発刊には興味津々である。しかも今回新たに収録されることになった御書についての説明を聞いて、これは自分も購入しなきゃいかんと思った。秋に発刊予定とのことだが、すでに見本ができていて映像の中でも紹介されていた。つまり、現段階でほぼ完成品が出来上がっているらしいのである。おそらくは宗門や顕正会からツッコミを入れられないように入念なるチェックをしているのだろう。完璧を期して今秋発刊されることになるのだ。

顕正会は負けている。今さら言わずもがなのことではあるのだが、改めてそのように思った次第である。

何しろ御書発刊については顕正会でも計画があった。ところが近年、御書発刊の話をまったく聞かない。つまり、計画倒れである。一説によると、会員が御書を読むようになると顕正会の矛盾に気づいてしまうので中止したという。情けない話である。

だったら創価学会はどうかである。彼らは都合の悪い御書も掲載するはずである。全集と言いながら不掲載の御書がたくさんあったらマズイだろう。

最後に沖浦氏に言っておこう。

当然、わたくしは新版御書全集の中身を知らない。けれども沖浦氏の期待とは裏腹に、おそらくは現行版に掲載されている御相伝書もそのまま掲載されるのではないかと思う。

2021/4/19

ニギリコブシ  
まず、めずらしい人がお出でになった。リンクが貼ってあるので覗いてみると、ブログっぽいものがあった。ところが記事がたったの一本しか存在しない。何か計画があるのか、単なる思いつきなのか、今のところはわからない。

ところで沖浦氏に質問がある。

 釈迦は涅槃経で、仏法に教師の握り拳は存在しないと断言しております。

上掲は御書のどこに載っているのか、教えていただきたい。

さて、顕正新聞に移るが、今日は二十六本の記事からどのようにピックアップすべきかが問題で、結局は順番に読んでいって気になったところを取り上げることになる。それがいちばん楽だからである。しょせん凡夫は楽なほうへと向かってしまうものである。それではダメだとわかっていても、なかなか改まらない。

広布のテンポが一気に「入江へ」と突入した・・・

まさにウチワの新聞である。単独では意味不明であることに、顕正新聞発行人ともあろう人が気がつかない。

その意味では男子部第十二総部長(東北)のほうがまだマシである。

まさに津波が入江に入って勢いを増したごとく・・・

もちろん顕正新聞を読むほどの顕正会員は、浅井先生の指導もしっかりと読んでいるはずなので意味はわかる。しかし、なるべくならば一話完結的に、その文章を読んだだけで意味がわかるようにしなければいけないだろう。

王毅外相 茂木外務大臣

どうでもいいことだが、上掲は女子部と婦人部の幹部が書いているものを抜き出した。同じ文章の中で中国は外相、日本は外務大臣となっている。いちいち書き分ける意味があるのか、わたくしにはわからない。

そうした中、第二十三女子部長(首都圏)と男子部第八十一隊長(静岡県)は、両方を外相と表記している。わたくしにはこちらのほうがマトモに思える。

大聖人様の大慈大悲の御姿と金剛不壊の大境界、唯仏与仏が乃し能く究尽し給われる尊いお姿に・・・

婦人部大和支区部長(神奈川県)の文章は難解を極める。前半の御姿は大聖人とわかる。後半のお姿は日興上人のことかもしれない。この人は物凄く教学力のある人なのか、あるいは意味もわからずに難解な用語を羅列しているだけの人なのか、わたくしにはわからない。

テンポと段階が大きく変わった・・・

第二十七女子部長(南九州)も顕正会の中でそれなりの年数を過ごしてきたはずである。わたくしは最終段階というフレーズにウンザリしているわけだが、最終段階の中にもさらに細かい段階があるらしい。都合のよい理屈である。

退職金制度がないにも拘わらず二百万円もの退職金をもらえる大功徳・・・

女子部第五十三区総班長(首都圏)の記事に出てくる話である。これはまさに大功徳だと思う。もちろん大企業に勤めていれば数千万の退職金が当たり前かもしれないし、中小企業でも退職金制度のある会社ならば数百万は貰えるのかもしれない。しかし今は非正規雇用の人も多いし、特に顕正会員は転職を繰り返す人も多いので、ハナッから退職金など当てにできない状況に置かれている人が少なくないのである。その意味で上掲は幸せなケースと思う。

原島さんは、池田大作の側近で後に学会の悪事を暴露した教学部長・原島崇の親戚・・・

親戚だから何なの? と言いたい。さらにアゲアシ取りながら、続きもご覧に入れたい。

約三〇年前まで学会で男子部長を務めていましたが・・・

言語感覚というか、時間感覚がおかしい。この手の話はせいぜい十年が限度と思う。例えば現役三十年のスポーツ選手がいたとしよう。この人が引退して三十年も経ってしまったら、現役三十年の記録は意味があるにしても三十年前という数字にはほとんど意味がないはずである。それが三年前まで現役だったという話ならばまだしも、もはや十年以上も経過していれば、昔、とか、かつて、というくらいの表現のほうが違和感がないと思う。

 第四六隊では毎月、広告文を石川県全域に折込みしておりますが・・・

男子部第四十六隊長(石川県)は立派な人物である。当然、自分たちで資金を出し合っているはずなので、熱心な活動会員がそれなりの人数いるわけなのだろう。今回の記事には見当たらないが、正宗寺院にも積極的にアプローチしていることが以前の記事に出ていたと思う。

「私、頭悪くて何も書けなかった。0点。でも凄く楽しくて、参加してよかった」

参加することに意義がある?

 入信後「お腹すいたー」と言ったので、茶寮のおにぎりを食べると「うまい!これはうまい!」と無心に頬張り・・・

編集部は何をやっておるものかと思う。これをヘンな文章だと思わないのか、あるいは読みもせずに機械的に掲載しているのか、聞いてみたいものである。あえて修正案を示すまでもないが、部分的には次のごとく直すべきだろう。

茶寮のおにぎりを勧めると

ところで最初に立派な人物と書いたのは、隊長自らが折伏成果を上げていることがよくわかる記事だからである。しかも見知らぬ女性を何人も入信させている。女子部や婦人部が男性を入信させるケースは多いが、その逆は少ないのではないかと思う。その意味でこの隊長の人物像というか人柄がどんなものなのか、興味深いところではある。

2021/4/16

ベンメイ  
どうやら創価学会の教学部は、いや、首脳部と言い換えてもいいだろう、彼らは沖浦氏の思惑通りには動かないようである。残念ながら当面は沖浦氏の描いているような方向性には進まない。当然のことではある。

さて、顕正新聞第1539号である。

以前は配達の遅れが顕著だった顕正新聞であるが、昨年あたりからだろうか、ちゃんと日付通りに配達されるようになった。しかも合併号もほとんどない。
これは内部において何がどのように変わったのか、まったく不明ではあるのだが、明らかな変化である。
何しろ以前は期日通りに配達されず、しかもそれが常態化していた。さらに言えば、いつまでも送られてこないと思っていたら、次の期日になって合併号として出来するようなこともあったのである。

そうした問題が改善されたことは喜ばしいものの、顕正新聞の内容そのものはさして変わらない。特に当該号はいきなり一面から登壇記事が四本も出てくるのである。ぜんぶで二十六本もの登壇記事がある。ウンザリしない人はまずおるまい。

そうした中、唯一、六面の藤村雄大氏の記事だけが登壇記事ではなく、異彩を放っている。

謀略紙「慧妙」の苦しまぎれの弁明

大草一党の痴論を破し、宗門の御遺命違背を糾弾す


わたくしはこの記事を読んで正直に思った。ズバリ言えば、まるで浅井先生が書いたみたいだと。実際には弁護士用語と思しき言い回しの部分もあるので、藤村氏が書いたのだろう。ただ浅井先生名義で掲載しても通りそうな、いわばソックリさんの文章なのである。言い換えれば、浅井先生が憑依したかのような文章なのである。

ゆえに全体的には反論の余地のない完全主義者的な文章で構成されていて、わたくし的には特に取り上げるところが見当たらないのであるが、あえていくつか触れてみたいと思う。

 また大草一党は、昭和42年当時、やはり正本堂を「御遺命の戒壇」と断定・讃嘆していた大村寿顕(当時教学部長)の発言について・・・

これはうっかりミスであろうか?

当時の大村師が教学部長だったわけがあるまい。続きの文章を読むと、そこには後年の反省の弁が引用されている。大村師は日顕上人が御当職の時代に教学部長をされていたわけで、藤村氏はそこを勘違いしたのだろう。上掲は冒頭に昭和42年当時と書かれている以上、誰が読んでも当時の意味は昭和四十二年になる。藤村氏のような頭の良い人間は先のことを考えながらしゃべるので、このようなミスが生じるのだ。もちろん編集部にも責任がある。

 以上より、御遺命の戒壇が広宣流布の暁に国家意志の表明をもってはじめて建立(建設)されるものであることは明白である。

はじめて、が気になった。浅井先生ならば、始めて、と書くだろう。ただし、現代国語ではやや難のある表記である。しかも拙ブログでシツコイくらいに指摘してきたことでもあるので、ご覧のような表記になったのだろう。

ちなみに顕正新聞の各種登壇記事を読んでいると、以前ほどには、始めて、が頻出しなくなった。わりと、初めて、と書いている幹部も多い。拙ブログの影響だろうか?

三堂建立は興師の御理想なるも、実現は大国主すなわち大日本国皇帝陛下の御命により・・・

富士日興上人詳伝の記述だそうである。不勉強のわたくしはこの書を読んだことがない。そもそも持っていない。ゆえに機会としてはこのような引用文として目にするわけだが、このくだりは初めて見たような気がする。ともかく凄い表現である。大国主しかり、大日本国しかり、皇帝陛下しかり、である。するとこの書はもともと戦前に書かれたものなのだろう。そこで気になるのは、後年、聖教新聞社から出版されているが、そこにも上掲の記述がそのまま掲載されているのだろうか?

さて、ここまでは軽めの内容だった。問題は次である。

 しかし、そもそも宗門高僧らは、「正本堂ができる時には広宣流布が達成されて、正本堂は御遺命の戒壇になる」と述べていたのではない。逆である。「正本堂の建立を以て広宣流布は達成、御遺命は成就」と偽っていたのだ。ゆえに御遺命違背なのである。

ここが問題と思う。藤村氏は弁護士的なロジックで言っているのか純粋な教義の上から言っているのか、そこがわたくしにはよくわからない。また、以前にも指摘したことだが、藤村氏は当時の状況をリアルタイムで経験していない。ゆえに見えていないのではないか、という気がしてならないのである。

例えば戦後を起点にすると、わずか二十年で驚くべき急成長を遂げたのである。そこで正本堂の建立が発表された。七年後にはもっと凄いことになっている。多くの人がそのように思っていたとして不思議はないだろう。
比較するのも虚しいが、顕正会の場合はどうか、である。まず、起点をどこに置くかが問題となる。昭和三十二年の妙信講再建を起点とするのはさすがにイジワルが過ぎるだろう。すると昭和五十七年の武道館大総会が相当と思われるが、それもかなり苦しいだろう。あるいは平成五年の一国広布の出陣式がある。しかし、これも比較にならない。
逆に創価学会の場合は昭和二十六年の戸田会長就任を起点にすることもできるし、昭和三十五年の池田会長就任を起点にしてもいい。つまり、急成長の事実は疑いようがないことなのだ。一方の顕正会の場合はどこをどのように切り取っても勝ち目はない。

以上のような理由で、藤村氏の指摘は単に言葉尻を捕らえてあげつらっているだけの話であって、当時をリアルに経験している人たちにはあまり響かないのではないかと思う。もっとも今は当時の生き証人がほとんど存在しないので、その意味では氏の説明も有効なのかもしれないが、少なくともわたくしの意見は上述のごとくである。

 この事実は、今回、はからずも大草一党自身が認めてしまった。

 これは一体どうしたことか。

 まさに知るべし、


言い回しが浅井先生っぽい。

それはさておき、面倒臭いので細かい説明は省略させていただくが、上掲の一段で藤村氏は宗門の高僧たちを御遺命破壊の確信犯と決め付けている。しかし、ここにもじゃっかんの疑問が残る。氏は、三分の一の入信では広宣流布ではないし戒壇建立にも至らない、それにもかかわらず正本堂を御遺命の戒壇と偽称したのはまさしく確信犯である、と言っている。その最後のくだりが次である。

今になって「期待していた」(わざとじゃなかった)などととぼけてはいけない。

やはり前述の話と同じに思える。藤村氏は当時の状況を文献でしか知らないのだ。

では、オマエはどうなのだ、と言われると答えに窮する。こうして偉そうに書いてはいるものの、わたくしとてリアルタイムで経験しているわけではない。ただし、わたくしの場合はいわば公平中立的な視点で意見を言っているつもりである。そこで重複を恐れず言えば、顕正会の遅々として進まぬ戦いとの歴然の差である。つまり、創価学会の急成長・大躍進は客観的な事実であり、そこには顕正会員が味わったことのない上昇ムードが醸し出されていたと想像されるのである。この点、藤村氏はまったく気がついていないのか、もしくは気がつかないフリをしているのだろう。

2021/4/11

アセビ  
引き続き顕正新聞第1537号である。

少ない勉強時間でも司法試験に合格

男子部第百三十七隊支隊副長(首都圏)は父親の縁で入信したという。それはともかく顕正会も優秀な人材が増えてきたようである。

弁護士をめざす同志が次々と御守護を頂く登壇発表を聞くにつけ・・・

弁護士だけでなく、あらゆる分野で優秀な人材が出てこないといけないのだが、はたして実態はどうなのだろうか?

腫瘍の大きさは十センチにもなり、重さも一キロを超えておりました。

男子部第二十八隊支隊副長(首都圏)は、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫と診断された。それにしても重さはどのように計ったのか、それが気になるところである。素人考えでは、さすがに一キロは重過ぎるだろう。仮に水分だとすると一リットルにも相当する量である。この点、医療の専門家に聞いてみたいものである。

婦人部松阪支区(三重)の平会員は邪教遍歴の激しい人である。

 その後、昭和六二年に顕正会に入会したものの未活動になり、・・・エホバの証人・キリスト教・真光・立正佼成会・天理教等と次々に邪教を試してしまいました。

もともと創価学会員だった。ご覧のように昭和六十二年に顕正会に入会した。いわゆる正義に目覚めたわけである。そのような人物がなぜに邪教を遍歴するものなのか、わたくしにはまったく理解できない。今現在は顕正会に復帰して登壇発表をしているからこそ、顕正会目線で邪教云々と言っているものの、ハタから見れば創価学会と顕正会を含めてたくさんの新興宗教を遍歴してきた人物となるだろう。

前後して恐縮だが、次は創価学会時代の話である。

 ところが突然、「細井日達と池田大作の仲が悪くなったから、登山や寺に行ってはいけない」と言われ、このとき学会に対する不信感が湧き、夫とともに脱会いたしました。

今となってはピンと来ない人も多いかもしれない。しかし、ひじょうに重要な視点である。やはり当時の真面目な創価学会員たちは、おかしいなあと思っていたのである。ゆえにこの機に乗じて正信会が旗揚げした。結果として池田大作氏は会長辞任にまで追い込まれてしまった。ただこれは今になって思えば、池田氏の辞任は創価学会ないし創価学会員を守るための立派な振る舞いだったのかもしれない。

ところが、それからおよそ十年後、再び宗門と創価学会は仲が悪くなってしまい、それが今日まで続いている。もはや関係修復は不可能のように見える。もちろん顕正会も似たり寄ったりの状況である。

さて、続いて第1538号である。

北条時宗より招かしめ・・・

婦人部第一総部長(東北)の記事にはご覧のような言い回しがある。わたくしには何を言っているのかさっぱりわからない。翻訳できる人がいれば、ぜひともお願いしたい。

もし先生がおられなければ、下種三宝尊の御威徳は未来永遠に水泡に帰し、全人類一人として成仏が叶わなかった・・・

女子部第二総部長(栃木・四国)も誇張が過ぎる人である。もし先生がこれを読んで何とも思わないとしたら問題だろう。わたくしがその立場だったらこのような記事は書かせない。

婦人部市川支区組長(首都圏)も似たようなことを書いている。

先生の御遺命守護の戦いがなければ、全人類の成仏はないのだ・・・

ちなみに彼女は創価学会員だったようで、その時代の不幸自慢みたいなことがたくさん書かれている。父親が脳溢血で一週間後に亡くなった話はありふれている。母親が入浴中に急死したのはやや特殊ではあるものの、わりと耳にする話ではある。極めつけは次の一段だろう。

 さらに不幸は続きました。姪は勤務先で経理を担当していましたが、ある日の給料日、いつものように現金で社員に手渡す予定の姪が行方不明になったのです。警察に通報し捜索したところ、会社の一室の押し入れから姪の絞殺死体が発見され、殺人事件としてニュースにもなり、未だ未解決のままで犯人は捕まっておりません。

何とも言えない話である。

男子部第百七隊組長(栃木)は昭和四十三年から五十三年間も創価学会員だったという。しかし、次のくだりが不審である。

 さらに学会がいつの間にか「国立戒壇」を叫ばなくなったことや、邪宗での葬儀を否定しなくなったこと等、次第に違和感をおぼえるようになり・・・

前回も書いたように創価学会が国立戒壇を盛んに言っていたのは昭和三十年代前半である。その意味で彼の言っていることは時間的にツジツマが合わない。

班長が
 訪ねてくれた!


ここは感動的である。班長は会津若松市に住んでいて、登壇者の住まいは栃木県日光市のしかも県境にある山奥の集落なのだそうである。登壇者は仕事仲間でもある班長に、明日は休むと電話で告げた。少し具合が悪かったからだ。その後、容体が急変した。登壇者は一人暮らしだった。ゆえにこのまま死ぬかもしれないと思ったそうである。

どうだろう。自分が班長の立場だったら、電話の様子がおかしかったとは言え、大丈夫だろうと勝手に判断して訪ねなかったかもしれない。結果、死なせてしまったかもしれない。だとすれば、後悔千万である。

御影石のように輝いていた・・・

婦人部早川支区組長(宮城)の記事である。母親のことを書いているわけだが、御影石には恐れ入った。わたくしにはまったく思い浮かばない譬喩である。また、この記事では外用の成仏を云々しているのだが、前号だったか、内証成仏を云々するものがあった。この辺は個人の主観に過ぎないとは言え、そのように思えるところが凄い。

馬酔木の花

アセビは聞いたことのある名前だが、表記はまったく知らなかった。また、掲載写真を見てもよくわからないので、現物を見てもわからないだろう。

2021/4/10

ベンドノ  
大沢氏の引用は日寛上人の御書文段と思われる。ところが引用意図が不明である。

さて、そこでいつものごとく顕正新聞の続きを読んでいきたいところだが、せっかくなので御書についての疑問を書いておこう。大沢氏が何かヒントを下さるかもしれない。

・・・少輔殿へ御借用有るべし。

文永十二年の弁殿御消息は全集未収録である。そのため俎上に上がり難いらしく、ここでの少輔殿がどのような人物なのか調べてもなかなかわからない。他の御書には少輔房の表記がある。しかし、これはかなり早い時期に退転しているので、別人だろう。滝泉寺申状に出てくる少輔房日禅は、逆に登場する時期が遅いので、やはり別人と考えざるを得ないと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

「実際、有難いと思ってます。浅井さんがいたから、日達上人がここまで詳しく初めて言われたのですから」

男子部第十六総部長(中国地方・四国)は宗門僧侶の醜態と妙観講幹部の狂態を報告している。もちろん醜態・狂態は発表者の主観である。上掲は妙観講の部長の発言らしい。

平たく言うと、正本堂問題が起こるまで事の戒壇はもっぱら広布事相の戒壇を意味していた。すると広宣流布していないのになぜに正本堂が事の戒壇なのかという疑問が生じてくるわけで、これに対する新見解を日達上人があそばしたわけである。

厳密には、「詳しく初めて」がミソであって、実は以前からそのような考え方は存在していた、少ないながらも歴代上人の御指南にそれが見て取れる、ということのようである。

わたくしはその議論がひじょうに面倒なので、だったら大聖人の御指南にはあるのか、という意味の問題提起をずっと繰り返してきた。すると数多いるであろう法華講の論客たちも、逆に面倒臭いと思ってか、この議論に乗ってくる人は皆無である。

話は変わる。婦人部行田支区班長(首都圏)の記事には次のようなくだりがある。

 「脱会のため」と返納理由が選択できるようになっていたその書類から、多くの学会員が脱会しているのだと驚き、学会は崩壊していることを確信しました。

顕正会には脱会のための書式が存在しない。強引な折伏と共に問題視される点でもある。その意味からすると、創価学会のほうが遥かにマシである。ちなみに上掲の一段に限ってツッコミを入れれば、本尊の返納理由として脱会の項目が設けられているから多くの創価学会員が脱会していると思うのは勝手な想像であって、さらに創価学会が崩壊していると確信するのも勝手な妄信に過ぎない。

次は男子部第百七十五隊班長(愛知)の記事である。

「選挙は国立戒壇の関所」との言葉を信じ・・・

ようするに創価学会から移籍してきた人物なのだが、そもそも入信が昭和四十年なのだそうである。ここがひじょうに悩ましい。わたくしが顕正会の書籍で知り得た範囲では、創価学会が国立戒壇を盛んに言っていたのは昭和三十年代の前半なのである。おそらく昭和四十年代にはまったく言っていないだろう。つまり、登壇者の記憶が正しいとすると、末端の創価学会員の間ではわりと遅い時期まで国立戒壇の用語が使われていたことになる。この点、純粋な創価学会員の証言が待たれるところである。

「法華講に入信したら三千円あげる」

これも同様だろう。顕正会員が言っていても信用できない。純粋な法華講員の証言が必要である。

次は男子部第百六十五隊組長(青森)である。

熱原の方々が二〇代であったことを伺ってはとても驚き、農民であれば年配であろうと想像していただけに・・・

そもそも熱原の方々が二十代だったことは、確かな事実なのだろうか?

それにしても後半部分が印象的である。今現在の農業従事者が高齢者ばかりで日本の将来が危ぶまれていることは、わたくしのような不勉強の者でも知っている。これがまた食料自給率の問題にもつながっており、抜本的な施策が求められるところである。

婦人部愛南支区班長(愛媛)の発言が新鮮である。

 「大聖人様の御身体は凡夫と同じなのだ。一切衆生を成仏させんとの御心だけで、佐渡の冬を耐え忍ばれたのだ」

『迷走する顕正会を斬る』という本があって、「浅井会長の特異思想」という章が設けられている。そこには刺激的な言葉がたくさん並べられているが、とりわけ次が強烈である。

超越的本仏観

著者の櫻川氏は浅井先生の本仏観に否定的なのであるが、くだんの婦人部班長もわりと櫻川氏の感覚に近いようである。

広宣流布の時は、大忠誠の浅井先生が率いられる顕正会が国立戒壇の「願主」になる・・・

これはどうなのだろうか?

顕正会の公式見解として是なのか非なのか、ご存知の人がいれば教えていただきたい。わたくしが今まで学んできた感触からすると、天皇が願主になるのではあるまいかと思うのだが、この点はよくわかっていないのが正直なところである。少なくとも顕正会が願主となるのは違うのではないかと思うのだが、どうなのだろうか?

2021/4/8

ノチグヘ  
沖浦氏の指摘するように、顕正会が過去に囚われているのは事実である。宗門にもその傾向がある。しかし、過去を切り離すことができないのも事実である。直近のコメントには青年訓のことが書かれている。実はあれには今の創価学会にとって都合の悪い文言がたくさん含まれているのだ。新世代の創価学会員がそれを読んだらどのように感ずるかである。この問題は永遠に振りほどけないと思う。

さて、顕正新聞の続きである。

もし先生の命をかけた戦いがなければ、全人類の成仏はなかった・・・

高齢の男性婦人部員の発言である。顕正会の首脳部にクギを刺しておくが、こういうことを言わせているようではオシマイである。むしろ逆のことを言わせるべきだろう。先生がいようがいまいが関係ないと。かつての浅井先生は池田大作氏の大慢心を誡めていた。今は自分が同じ轍を踏んでいることに気がつかないといけない。

次は八十一歳で亡くなった支隊副長のことを男子部第八隊支隊長(佐賀)が報告する記事である。

その実態は組織で酒を飲みつつ新幹線で向かい、ドンちゃん騒ぎをした旅行気分の状態で御開扉を受けたそうで・・・

昭和四十九年に創価学会、五十八年に法華講、その後、正確な時期は不明ながらも顕正会へと移籍してきたようである。そして上掲は法華講時代のことらしい。

しかし、わたくしの思うに、上掲は程度の問題だろう。飲酒が絶対的にダメだという話ではなく、旅行気分も悪いことではないはずである。昔からお参りと旅行はセットになっていた。では敬虔な信者は飲酒しなかったのか、わたくしはそんなはずはないと思う。むしろそのような考え方は小乗経の戒律っぽい雰囲気が濃厚であり、なかなか支持を得られるものではない。顕正会が敬遠されるのは、あるいは会員が離れていくのは、こうした堅苦しさにあるのではあるまいか?

「中国の侵略」特集号

さて、二月度総幹部会を報ずる第1537号であるが、一面下段には新「新潟会館」の完成予想図が掲載されている。なるほど、地方会館の中では随一の大きさであることが伝わってくる。

さなくしては後悔(のちぐえ)あるべし

会長講演については、上掲が気になった。全集と平成新編を確認したが、ご覧のようなルビは存在しない。しかもわたくしの記憶が確かならば、従来はコウカイと読んでいたはずである。

ちなみに、わりと近い時期には次のような御書がある。

今より後は又のちぐへ(後悔)なり。

この点をどのように考えるべきか、わたくしにはわからない。

・・・間もなく三百万になる。さらに一千万、六千万になり・・・

ツッコミどころではある。今は三百万がトレンドであるが、かつては一千万を盛んに言っていたし、六千万もしかりである。それらを細かく調べて行けば言っていることがコロコロ変わっていることがわかるだろう。

私は前々から「20年代こそ広宣流布の決戦場である」と思い定めておりましたが・・・

前々からがイヤラシイのだ。ここでは思い定めていたと書いてあるので、あるいはそれが逃げ道なのかもしれない。前々から言い続けてきたと書けばツッコミが入る。ゆえに言っていたのではなく思っていたと表現することで、ツッコミを回避しているのだ。

 この中でアメリカの死者数は50万人を超えた。バイデン大統領は「この数は、第一次世界大戦と第二次世界大戦とベトナム戦争を合わせたよりも多い」といって悲しんでいた。

新型コロナの猛威を説明するくだりである。これは凄まじい数字であり、日本も他人事ではない。何しろ二回目の緊急事態宣言が解除されたと思ったら徐々に感染者が増えだし、いわゆる第四波の懸念が出てきた。特に大阪が深刻でこのところ東京よりも感染者数が多く、昨日は八百人台を記録してしまった。今の勢いでは千人を超えてもおかしくないだろう。もちろんアメリカなどと比べたら桁違いに少ないわけだが、感染症の怖さは油断していれば爆発的な増加を見せることである。顕正会の弘通は遅々として進まないが、感染症の爆発は一気である。

ところでトランプ前大統領はどうなったのだろうか?

ここもツッコミどころではある。浅井先生はトランプの動きにも目が離せない旨、つい先日まで言っていたのだ。黙って引き下がるようなタマではないということなのだろう。この点、頬かむりを決め込むつもりと見える。いや、もしかしたらまったく意識していないのかもしれない。結局、浅井先生のやっていることは、その都度、目の前の事象を自分なりに解釈するだけであり、大きな矛盾さえ生じなければそれでいいということなのかもしれない。

いまの米国および日本の株価高騰は、この大恐慌直前に咲いた徒花に過ぎないのであります。

経済問題は難しい。先生の指摘どおり、今の株価高騰は異常であり、これがいつまでも続くはずがないと考えるのはきわめて常識的と言える。ところがいつどのタイミングで暴落するかは誰にもわからない。わかれば苦労しない。

米国は大恐慌の震源地 中国は大闘諍の震源地

ここは記事をそのまま引用したのではなく、わたくしなりにまとめたものである。前半は前掲の話題であり、後半はまさに先生の持論である。

チベット僧侶は中国の暴虐に抗議して焼身自殺した

この写真が凄まじい。もし動画があればもっと凄まじい。

わたくしの素朴な疑問は周囲に数十人の僧侶がいて見守っていることである。この意味がわからない。火炎に包まれている僧侶は自ら志願したのか、それとも誰かに命じられたのか、である。もちろん後者であれば大問題だろう。少なくとも今の日本であれば自殺を見守るのではなく阻止すべきとの意見が普通だし、極論すれば止めなかった周囲の人々は殺人幇助と見なされても文句は言えないだろう。

それほどに中国の暴虐が凄まじいのかもしれない。この点、今の日本人には理解できないのかもしれない。

池に落ちた犬を叩くような・・・

不勉強のわたくしはこの言葉をまったく知らなかった。それはともかく、森喜朗氏の女性蔑視発言について、浅井先生は弁護していることになるだろう。実はその昔、この人が総理大臣だった時も先生は擁護的な発言をしていた。たぶん、それとこれとは関係ないのだろうけれども、わたくしの思うに、この人は昔から失言が多かった。ところがいつまで経っても失言癖が直らない。ゆえにマスコミとしてもチャンスを窺っていて、今回はここぞとばかりに叩いたわけなのだろう。

海警法

中国の法律である。この説明は省くが、問題は尖閣諸島の実効支配、具体的には中国人が島に上陸することが決定的な意味を持つわけで、それがいつ行なわれるかである。この点、浅井先生の見通しは外れている。

 そして、大聖人様が広宣流布をあそばすその最終段階に御奉公が叶うとは、顕正会はなんと有難い宿縁か。

前にも聞いたようなセリフである。

わたくしの印象としては、浅井先生の言っていることはずっと同じであり、よく言えば一貫不変、悪く言えばマンネリである。特に近年の総幹部会での会長講演はほとんど同じ内容であり、そこに最新の時事問題を織り交ぜて新鮮味を持たせているだけなのだ。それがわかってしまうとガッカリする。離脱する人が出るのも当然だろう。

2021/4/5

ゼセイ  
顕正新聞の続きである。

 四級試験の問題には、何度も「国立戒壇」と答えを記入する箇所があり、浅井先生の国立戒壇建立を急がれるお気持ちが胸に迫りました。

婦人部新発田支区班長(新潟)の記事である。四級だけではなかろう。顕正会の教学試験はすべてがそうなのだ。

次は男子部第百十五・第百五十五隊長(東海・北陸)の記事である。

 「だったら、妙観講員は勝手に録音してその音声を捏造した事実がある。この者たちも『人間以下』だな?」

彼は東海北陸方面の正宗寺院を積極的に回っているようである。上掲はその中でのやり取りだが、そもそも例のカエリタマエ問題はどうなったのだろうか?

 「今は広宣流布している。広宣流布は流れ自体だからいつでもそう言える」

これは三重県の普見寺住職の発言だそうである。これに対して隊長殿は次のように続けている。

 などと、これまた細井日達のたばかりを平然と答えてきたので・・・

単なる勘違いなのだろう。それにしても編集部は何をやっているのかと言いたい。いつも言っているようにやる気がないのだ。

さて、大幅に端折って、次は第1536号に移りたい。

・・・熱海では真言僧の金剛院行満を折伏し帰依せしめ、大聖人様に謁せしめておられる。

これはどのような文献に載っている話なのだろうか?

三百万×5

これは副総男子部長の記事からカウントした。先ほどの国立戒壇もそうだが、最近の顕正会では三百万がトレンドとなっている。

宇宙規模

婦人部第八総部長(首都圏・東海・近畿・山陰)も表現がオーバーである。地球規模くらいでよかったのにと思う。それにしても彼女の担当範囲は広い。そのうち担当が宇宙規模になるのかもしれない。

宇宙的スケール

婦人部第十総部長(首都圏)は担当範囲こそ狭いもののスケールの大きな人物である。

曽ては「言論出版妨害事件」まで起こし、学会批判の書籍の出版を徹底して妨害してきた学会が、今やその力も意思もないことに・・・

力の有無はともかくとして、意思のないことは評価すべきだろう。

諸天が感応した・・・

第十八婦人部長(愛媛)の発言である。アゲアシ取りながらも今のコロナ禍は浅井先生に原因があると言っているように聞こえる話である。

法律は表面的な秩序の安寧を図るのみ

男子部第五十九隊組長(宮城)もいずれは弁護士になるのかもしれない。

さて、問題は次の婦人部杉並支区班長(首都圏)である。

 本年の登用試験の設問には、ほとんど「池田大作」の名前がないのです。私は何年も試験を受けてきたので驚きました。

今回は冒頭に国立戒壇云々の話を紹介した。途中で三百万の頻出を指摘した。そして上掲である。ようは例年であればウンザリするくらい池田氏の名前が頻出するわけなのだろう。もちろん彼女はウンザリとは言っていないのだが、実は多くの会員たちがウンザリしているフシがある。上掲は間接的ながらもそのことを証明しているのだと思う。

婦人部延岡支区組長(宮崎)の記事も紹介しておこう。

 また先生が三上人と共に「御生骨」を拝観されたことを伺っては、正系門家における浅井先生の重きお立場に、ただひれ伏す思いになりました。

女子部第十四区班長(首都圏)の記事も凄まじい。

かかる師匠がおられなければ私たちの成仏の道はなかった・・・

登用試験合格者一覧を見ておく。

第三十二女子部

たった一名の合格者しか輩出できなかった組織である。

第五婦人部、第三十二婦人部、第三十三婦人部

合格者ゼロである。

五級と四級の事情を考え合わせると、第三十二・三十三婦人部は組織そのものが存在しないのかもしれない。

また、いずれの組織も男女混成チームとなっている。以前、浅井先生から是正すべき旨の発言があったにもかかわらず、弟子たちは誰も言うことを聞かないようである。


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