2021/5/27

トッピ  
術後の経過が良好なのだろうか、沖浦氏が健筆を振るっている。しかし、内容的にはいかがなものかと思うところが少なくない。差し当たって二つほど指摘しておこう。

 鬼神とは思想哲学、端的には価値観の事です。

創価学会系の解説書に出ているのであれば、ご紹介いただきたい。

 大沢さん、

 貴方には理解出来ないとおもいますが、大聖人は戸田先生です。
 四条金吾は池田先生です。
 これは御書を読み拝し私が導き出した結論です。


これはご覧の通り大沢氏との議論なのでわたくしの出る幕ではないが、しかし、かなり突飛な結論なのでぜひともご教示願いたい。自ら導き出した結論と言っている以上、創価学会系の解説書にも出ていない話なのだろう。ならば、なおさら聞いてみたいものである。

相手に対しては宗祖本仏論や戒壇本尊本懐論を御書で論証せよと言っておきながら、自説についてはまったく論証しないつもりだとしたら、ふざけた話である。

さて、顕正新聞の続きである。

 そして女子部集会では、上野殿に賜った恋慕渇仰の浅井先生のご指導に大感動で涙があふれて止まらず・・・

女子部第九十八区総班副長(青森県)の記事である。もちろんアゲアシ取りではあるのだが、上掲ではあたかも浅井先生が上野殿へ指導しているかのごとく読めてしまう。浅井先生=大聖人と言いたいのならばそれまでだが、さすがにそのつもりはないだろう。編集部の質が問われるのは、まさにこういうところである。

「米軍基地は実戦に向け準備を始めた」

これは信憑性が問われる話である。もし仮に沖縄の組織からも同様の情報が出てくれば相当だろう。

次は男子部第四十一隊総支隊長(首都圏)の報告する香取神宮での出来事である。

 さらに駐車場内にも拘わらず、神主がここぞとばかりに次々に出てきて参拝者の車両に対しても祈祷する姿がそこかしこで見られ・・・

続きには、布施目当ての節操のない行動、と書かれている。しかし、どうなのだろう。描写からすると、頼んでもいないのに勝手に祈祷して後から布施を要求するみたいな雰囲気なのだが、さすがにそれは非常識が過ぎるだろう。

わたくしの想像では、交通安全のための祈祷を申し込む場所があって、まずそこで事前に料金を支払うのだと思う。おそらくは券のようなものを貰うはずで、それを車のダッシュボードに掲げておくと、神主がやってきて祈祷を行なうわけである。

そもそも顕正会は折伏を熱心にやっているわけで、顕正新聞にも邪教〇〇から入信ないし入会してきた旨の記事がたくさん載っている。だったらそうした人たちの経験をもっと吸収すべきである。上掲は厳密には班長の見聞を総支隊長が報告しているらしく、その意味もあって正確性に欠けるのかもしれないが、しかし、それにしてもどうかと思うところである。

婦人部横浜支区総班長(首都圏)は入信三十五年のベテランである。

 そして千葉に住む私の孫が新高校生になり、顕正会員になるのを楽しみにしていましたが、息子からは「本人が入信を躊躇しているから焦らせないでほしい」と言われ・・・

なかなか立派な息子である。もしかしたら息子自身も熱心な母親に勧められて躊躇しつつも入信してしまったという過去を背負っているのかもしれない。役職が書かれていないことからしても未活動の可能性が高い。

さて、上掲の話から連想するのは大幹部たちの子ないし孫がどうなっているか、である。

例えば浅井先生には三人の子供がいて、ある時期までは三人とも頑張っていた。ところが今は一人欠けてしまった。その消息はまったく不明である。では先生の孫たちはどうかだが、そもそも何人の孫がいるのかも知らない。わたくしが知っているのは一人であり、その人はすでに成人して久しい。ところが活動している様子はない。いわゆる未活動なのだろう。

難しい話ではある。大幹部の子女が出世すれば親の七光りとの批判を受けることにもなりかねない。しかし、逆にまったくの未活動だとすれば、それはそれで体裁が悪い。

実は浅井先生も似たような境遇なのである。父親が熱心な法華講信徒だった。

さて、顕正新聞の後半は臨終の話が多く、これは近年の顕正新聞のトレンドでもあるわけだが、取り上げ方がひじょうに難しい。そこで今回は特に具体的には取り上げないで終わりにしたい。

2021/5/22

ハイソ  
大沢氏は雰囲気的には一年前の拙稿に不満を懐いているようである。これについては特に言い訳めいたことを書くつもりはない。最終的には顕正会の敗訴という事実がすべてである。

それに関連してのことだろうか、このところ顕正新聞はかなりの高頻度で妙観講破折の記事を載せている。以前は法務部次長が担当していたが、今は部長が健筆を振るっている。

いずれにしてもである。今度の裁判で宗門側はお墨付きを貰ったことになる。どの程度までが適法であるかが明確になったので、顕正会破折がし易くなった。顕正会側としては顕正新聞紙上で妙観講破折に精を出すくらいしか、打つ手がないらしい。

顕正会員入会強要で逮捕。

https://twitter.com/yocchan8839/status/1395188310583123971

これはたまたま発見した記事である。一時期、顕正会員の逮捕事件が連続して起き、テレビなどでも大きく取り上げられていた。ところが近年はあまり目にしなくなった。その理由は顕正会もバカじゃないから逮捕されないように気をつけるようになったことと、今は配布活動を通して折伏しているので以前のような騙し討ち的な方法でトラブルを誘発することが少なくなったと考えられる。しかし、委細に見ると各所でトラブルが発生し、上掲のごとく逮捕事件も起きているようである。

ところがである。上掲の元記事がどこかに残っているかと思って検索してみたところ、なぜか見つからないのである。

もしかしたら法務部が暗躍(?)していて、そうした顕正会に不利になる記事を揉み消しているのかもしれない。テレビで扱われないのも法務部の睨みが利いているからなのかもしれない。

ただし、ずいぶん前にも書いたことだが、実は顕正会員の起こすトラブルは内容的にショボいのである。あまりにもショボすぎるので、ニュースにならないのだ。

さて、顕正新聞第1542号である。

そのあまりの茶番、ポンコツぶりはある意味衝撃で・・・

当該号はいきなり一面から各地の集会での登壇記事が載せられている。上掲は副総男子部長の発言で、細かい内容は省くがようは宗門批判である。

十年を一年で為す決意で戦い、成長を刻まねばとうてい間に合わない・・・

自分たちのポンコツぶりを白状しているようなものである。つい先日も同様の記事を取り上げたが、十年前にも似たようなことが言われていたのである。結局、ぜんぜん間に合っていないのが現実である。

次は男子部第五総部長(首都圏)である。

御本仏の雄大なる御化導の最終段階・・・

なかなかの表現力である。さらに似たようなフレーズが出てくる。

御本仏の最大事たる御遺命の「国立戒壇建立」の最終段階・・・

これらの是非はともかくとして、問題は次のような短絡的な文章である。

 御遺命違背の罰で学会と醜悪なる抗争に陥って「金づる」を失うや、早瀬日如管長は「法華講員八十万人体勢構築」を嗾けました。

金づるを失ったのは日顕上人の時代である。今はまだ生き証人がいるので間違うことはないが、数百年後には誰もわからなくなる。その時に歴史認識の問題として不毛の論争をやっていたとしたら、バカげているとしか言い様がないだろう。

もっとも、もし仮に数百年後に顕正会が存続していたとして、数百年前に最終段階とか言っていたことがどうなるのか、見てみたいものである。

婦人部第八総部長(首都圏・近畿・中部・山陰)はご覧のように肩書きが凄い。

先生の諫暁に相呼応する諸天の働きが・・・

先生を持ち上げると自分も出世できることを知っているのかもしれない。

婦人部第十総部長(首都圏)も凄い。

 「よも今年は過ごし候はじ」
 との御断言が浮かび・・・


引用範囲が狭くて恐縮だが、浅井先生は来年の北京冬季五輪が終われば中国は日本を攻めると言っており、彼女はそれを大聖人の仰せと被らせているのである。つまり、来年中には必ず攻めてくると言っているに等しいわけなのだ。この予言は記憶に留めておきたい。

他国侵逼に遅れては不忠と心し・・・

この第十婦人部長(四国)の発言も注目しておきたい。そもそも遅れるの意味が一般人には理解できない。今の顕正会的には三百万を意味するのだろうけれども、そもそも三百万の数字的根拠が不明である。結局、ただ単に数字だけを示しても説得力がないので、世の中と連動しているかのごとく錯覚させることが狙いなのだろう。そりゃ他国侵逼が事実となれば大変である。そうした日本の危機を救うのが顕正会の使命であり存在意義なのだと思えば、なるほどモチベーションが上がるわけである。よくよく考えれば三百万にはさしたる根拠はないのだけれども、三百万が日本を救うと言われればそんな気分にもなるわけなのだろう。

やがて宗門が清浄に立ち還ることを大確信・・・

急ぎ清浄なる宗門に立ち還らせんと決意・・・

女子部第十六総部長(近畿・中国地方)と女子部第十一総部長(南東北)の発言である。やはり妙信講ないし顕正会の存在意義はここにあるのだろう。しょせん最終段階だの何だのと言ったところで、宗門との関係がこじれたままでは話にならない。顕正会員はこの点を自覚すべきである。

2021/5/20

セイフク  
大沢氏から貴重な情報をたまわった。本種寺裁判についてである。拙ブログでは過去に次のような記事を書いている。

https://white.ap.teacup.com/ganko/2777.html

細かい説明は省こう。どうやら顕正会は一審で勝利して大喜びしていたものの、二審でひっくり返されてしまったようである。しかも上告棄却とのことなので、本件は宗門側の勝利が確定したことになる。

当然、宗門側は機関誌などを使って大いに宣伝することだろう。顕正会側はどうするのか、そこが注目である。ダンマリを決め込むのではないかと予想しておく。

さて、顕正新聞の続きである。

2年間も誓願を破り続けた我が組織

男子部第七十二隊長(首都圏)の活動報告である。見出しが物語るように、今まで負け続けていたが、先生の指導を心肝に染めることで、生まれ変わったと言っているのだ。

しかし、悩ましいところである。

この人物は本部幹事だったか、確かそのような役職も兼任していたはずである。隊長クラスがどうしてと思うだろうが、顕正会の会館を設計している人だからである。ゆえに二年間も負けていて解任されなかった。いわばエコヒイキの気味があるのだ。

いや、違うかもしれない。

実は顕正会の組織全体がそのような傾向を有していて、例えば隣に掲載されている第十二隊長の記事には約十年ぶりに優秀班を勝ち取った旨が書かれている。優秀班の基準がどうなっているのかわからないが、ともかく当該班長はノルマをギリギリで達成するような状況を十年間も続けてきたらしいのだ。しかし、おそらくその班はまだマシなほうであって、現実には負け続けている組織も少なくないのだろう。今の顕正会ではそれでもお取り潰しにはならない。結果が出せない組織は潰すという方針で行けば、もしかしたら顕正会の組織は半減してしまうかもしれないのだ。よって、くだんの隊長だけが特別扱いされているわけではないのかもしれないと、いちおうは断わっておきたい。

世相閻魔帳@

週刊誌的な雰囲気の記事である。執筆者はイニシャルでSとなっている。菅原氏だろうか?

女子部第十四総部長(沖縄)の記事が興味深い。

 先日は高校のそばの大きな交差点で、制服のまま、たった一人で熱烈にメガホンで広告文を読み上げ・・・

組長だそうである。今後、どんどんと役職が上がっていくのかもしれない。

 この壮年は入信後、一時間かけて遥拝勤行に励む中、なんと百キロのカジキマグロを二本も釣りあげる大功徳を頂き・・・

確か青森のほうでは本マグロの体験発表があったと思う。凄いことだ。

婦人部玉野支区総班長(岡山県)の記事に出てくる八十三歳の人物がおかしなことを言っている。

「正本堂は広宣流布。国がよくなると教えられ、言われるまま幾度も多額の供養をし、いざ参詣しようとしたときには、すでに正本堂は壊れていた」

高齢になると時間感覚が狂ってくるのだろうか?

昭和三十八年からの古参創価学会員らしいのだが、少なくとも正本堂が完成してから解体されるまでには相当の期間があった。その間、一度も参詣したことがないとすれば、おかしな話である。

婦人部白根支区組長(新潟県)はそれなりに入信歴の古い人物である。

女子部の先輩の励ましを苦痛に感じてしまった私は・・・

この部分、けっこう共感する人が多いのではと思う。顕正会の活動会員は総会員数から見れば微々たるものである。名ばかりの入信も少なくないが、一度は活動してみたものの現在は休止状態という人も相当にいるだろう。上掲はそういう人たちの心理を見事に描写している。もちろん復帰する人もいるわけだが、再び休止状態に入る人もいる。

またしても先輩の励ましを疎ましく感じてしまい・・・

今現在はこうして顕正新聞の記事になっているくらいだから、活動しているわけなのだろう。しかし、二度あることは三度ある。再々の休止状態もあり得るし、完全離脱もあり得るだろう。

2021/5/18

キヨレイ  
沖浦氏の右肩の手術はどうやら全身麻酔で行なわれたようである。それなりの大手術だったと言っても大袈裟ではなさそうだ。そこで気になるのは今現在の状態である。例えば、右肩はしばらく固定されていて動かせられない状態なのか、すでに動かせる状態なのか、である。あるいは肩は動かないけど肘から指先は自由に動かせる、もしくは動かせない、というようなことが気になるところである。骨折などの治療では完全固定して骨の自然修復を待つことが一般的と思うが、その場合は筋肉も衰えるし、周辺の腱や靱帯も固縮してしまって、リハビリにかなりの日数が必要になる。なるほど、沖浦氏が二年先を期すと言っているのも、そうした回復期間を考えてのことなのだろう。失礼ながら引退してもおかしくない年齢である。これで完全復活を遂げれば、まさに功徳の体験発表ができるだろう。

さて、顕正新聞第1541号である。

三百万の仏弟子の大集団が日本に出現している不思議・・・

三月度班長会での総男子部長の発言である。具体的な年数は示されていないが、数年後のことを言っているようである。しかし、気の早い話である。

日本の広宣流布の最終段階の決戦場

シツコイ言い回しである。

大聖人御馬前到達を急がれる浅井先生

三つの文章はだいたい同じことを言っているわけだが、すでにじゃっかんの欺瞞が見え隠れしていることを指摘しておきたい。

決戦場がそれである。数年前までは二十年代を決戦場と言っていた。つまり、今はすでに決戦場に到達ないし突入しているのである。しかし、具体的な諫暁の戦いは先延ばしである。ご存知のごとく、それは三百万達成後とされているのだ。

どうだろう。三百万が達成されるのはまだ五年以上も先のように思える。すでに決戦場に到達していながら戦わないのである。おかしな話である。

虚令

副総男子部長の発言である。虚礼は変換できるが、虚令は変換できない。いわば造語なのだろう。意味的には虚しい命令、あるいは白々しい命令、そんなところかもしれない。

今後日本に起こる三つの国難が、わずか三ヶ月も経たないうちにいよいよ日本に迫るを眼前にしては・・・

男子部第十三総部長(首都圏)の発言は意味不明である。通常、同じ文章の中に答えが出ているはずなのだが、パッと見た感じではわからない。

今こそ過去十年を一年でなす大成長を・・・

たぶん十年前にも同じようなことを言っていたはずである。

さて、次は男子部第百五十四隊長(近畿)であるが、けっこう中身の濃い文章である。

 餓鬼界の攝属たるウィルスが、強欲資本主義の象徴とも言うべき米国を震源地として世界経済を崩壊させんとする姿は衝撃であり・・・

攝属には恐れ入った。他にも興味深い記述がたくさんあるのだが、その中からもう一つだけ紹介しておきたい。

 ことに尖閣諸島の危機を眼前にしての日本の度し難き優柔不断の姿を見ては、これも宗門における早瀬管長の無為無策な優柔不断ぶりに起因するものとしか思えず・・・

俄かには判断し難い話である。

副総合婦人部長の発言も見ておきたい。

入江に入った決戦場の戦いに・・・

これも一般的には意味不明であるが、すでに入江の話は顕正会員にとって了解済みである。しかし、入江と決戦場をどのように結びつけるかが問題であり、おそらくは本人も何となく言っているだけなのだろうと思う。

ところで近年の大幹部たちの中では、総合女子部長がいちばんマトモである。

清浄なる宗門に立ち還らしめる死身弘法を堅く決意・・・

ようするに順番的には宗門との関係回復が先なのである。これを実現せずして、入江だの決戦場だの言ったところで、どうにもならないのだ。

最後に人事について書いておくと、婦人部では総部長が地方部長を兼任する人事が一件あって、男子部では地方部長が隊長を兼任する人事が一件あった。三月末時点の話である。通常、四月末までが法戦の一区切りなので、そこで人事交代するのが自然である。ようは途中で交代が行なわれたのである。いつも言っているように前任者の消息は不明というか、まったく発表されない。ゆえに勝手な想像に過ぎないが、婦人部では地方部長クラスが退転、男子部でも隊長クラスが退転、と思われる。これを少ないと思ったら間違いである。もし仮にリーダーが退転してしまっても、特に顕正新聞には掲載せずして暫定的なリーダーを立てているのが普通である。そして区切りのいいところで発表する。ゆえに途中でこのような人事発表があるのは、よほど深刻な事態なのだろう。ともかく今は兼任が多い。組織を大きくしたもののポストに相応しい人物が不足している証拠である。

2021/5/13

キンケツショウ  
沖浦氏が入院するとのことだ。しかも六週間と書かれている。わたくしの入院経験から考えると、これはベラボウな長期間に相当する。具体的にどのような病気なのか不明だが、しっかりと治してほしいものである。

敗血症 菌血症

顕正新聞の続きを書くが、面倒臭くなったので細かい話は省略したい。上掲は別々の記事に出てくるもので、専門的な話はともかくとして、いろいろな病気があるものだと驚く。近年、顕正新聞には臨終に関する記事が多くあって、当然、それらは病気とセットで語られる場合がほとんどである。敗血症の人は七十六歳、菌血症の人は八十九歳で亡くなったようだ。当該号にはこれ以外にも臨終の記事が複数ある。

芙蓉茶寮だより

これはめずらしい。近年、登壇記事ばかりのウンザリする紙面が続いていたが、今回はそこから少しだけ抜け出した印象である。

芙蓉茶寮「オンラインショップ」
 美味しい茶寮の食品を全国に配送

冷凍食品は災害時の備蓄に最適!


今回は単なる文章だけではなく、写真が豊富に使われている。具体的には二十五枚であり、いずれもオイシソウな食品たちである。

オンラインショップの取扱いは214品目

ようするに全品目の中から代表的なものを二十五品目並べたわけなのだろう。

ただし、次はいただけない、というか、少しガッカリする。

(写真はイメージです)

確かに些細なことでクレームを付ける人がたくさんいる世の中である。ゆえに当然の断わり書きなのかもしれないとは思う。

ゆえに実際に注文してみて、値段的なことも含めて確かめてみなければ、これ以上は何とも言えないところである。

さて、今日は上述に関連して、ざっくばらんに書いておきたいことがある。

先般、顕正会では宗門の八十万体勢をウソッパチだと断じた。わたくしは顕正会も似たり寄ったりではないかと思うのだが、このことは上述の商品に対するクレームと、どこかしら似ているところがあるような気がする。浅井先生はいわゆる商品を売っているわけではないにしても、一回一回の講演が商品に相当すると考えられるのだ。また、それが書籍化されればまさに商品そのものとなる。ところがご存知のように浅井発言にはさまざまの矛盾が存在する。あるいは約束していたことを反古にしている場合も少なくない。

つまり、商品として欠陥があるわけだ。

すると極端な話、顕正会ないし顕正新聞社が出している出版物すべてが欠陥品であり、もはや取り替えることもできないわけだから、全額返金するしか方法がないことになる。
いや、単に書籍代だけの問題ではなく、広布御供養も当然ながら返還しなければいけないだろう。
さらには熱心な活動会員たちがこれまで奉仕してきた労力もおカネで解決するしか方法がないことになる。

(浅井先生の発言はイメージです)

まさか書籍にこの一言を入れれば免罪になるわけではあるまい。

わたくしは法律の専門家ではない。ゆえに上述のようなことで損害賠償を請求できるのかどうかわからないし、かつまた訴訟を起こして勝てるのかどうかもわからない。ただ、熱心に活動してきた人たちにしてみれば、訴えてやりたい気持ちだろう。

2021/5/10

タテセン  
沖浦氏の今朝のコメントで注目したのは次の言葉である。

縦線の仲間

創価学会用語である。とは言え、死語でもあるのだろう。沖浦氏の世代には通用する言葉だが、若い創価学会員には通用しない。あるいは祖父母などからの伝聞で耳にしている可能性もなくはないが、ほとんど使う機会もないだろうから、つまりは死語である。もちろん創価学会用語としての話だ。

では顕正会における同様の事例はあるのだろうか?

細井管長・阿部管長がいわば死語と考えられる。解散処分以後、ざっくりと数えれば三十年間ほどはその呼称が一般的だった。ところが今は呼び捨てである。

創価学会のタテ線・ヨコ線は組織の編成であるから時代に即して変化しても不思議はない。しかし、顕正会のそれは大問題であり、拙ブログで繰り返し指摘してきたことである。早い話が変節であり、もはや消すことのできない汚点なのである。

そこでわたくしなりの修正案を示せば、御当代を早瀬管長と呼んでいるのであれば、筋としては阿部前管長が妥当だったろう。かつて細井管長阿部管長みたいな言い方をしていたが、これも厳密にはおかしな話だった。細井前管長阿部現管長が正しい。しかし、そんなややこしいことを言わず、上人と申し上げれば明快だった。これならぜんぶ上人で通用したのである。

また、細井管長が御遷化あそばした時点で日達上人とお呼びするのも筋としては通っていた。先年、阿部管長が御遷化になられたが、それ以降は日顕上人と呼称するべきだった。教義上の問題は御当代に責任がある。ゆえに上人とは呼ばず管長と呼称する。この伝統で行けば顕正会も一貫性が保たれた。

さて、顕正新聞の続きである。

早瀬管長の「法華講80万達成」は虚偽か

男子部第五総部長(首都圏)の記事にはご覧の見出しがある。じゃっかんのブーメランを感じさせる。なぜならばこの直前に会長講演が掲載されており、そこでは大ウソと断じているからである。いや、もちろん、三月度総幹部会の登壇は新聞の掲載順とは逆であるからツジツマは合っているわけだが、新聞だけを読めばかなりの違和感がある。この点、何も考えていないのだろうか?

 特集号が発刊されるや世界は急速に大闘諍へと向かい・・・

前後して恐縮だが、掲載順ではこの女子部第二総部長(栃木・四国)の記事が先である。それにしても凄い。上掲はいわゆる諸天の感応を彷彿とさせるからである。実際、この何号か後にも出てくるが、諸天の感応を云々する記事が今も存在する。以前に比べると少なくなったような印象だが、それでも存在するのである。

婦人部越谷・銀座支区部長(首都圏)の発言も凄まじい。

 この姿を見て、先生ご自身が御遺命守護の顛末を克明に活字にされた基礎教学書は真実だからこそ、全日本人が必ず先生の大忠誠にひれ伏すことを確信いたしました。

まず、御遺命守護云々は直接的には日蓮正宗系の人たちにしか通用しない話である。ゆえにそれが真実だとしても無関係の人たちにしてみれば、だから何なの? という話に過ぎないのだ。確かに創価学会の実力を知る人たちにしてみれば、その創価学会の大幹部をタジタジにしてしまったという浅井武勇伝が本当ならば、凄いことだと思うかもしれない。ところが今はその創価学会も凋落の一途を辿っている。実際、この記事ではそうした文脈で書かれているのである。ならば、なおさらピントのズレた話だろう。

しかもである。これは言語感覚の問題なので一概には言えないことなのだが、いちおう書いておく。

ひれ伏す

わたくしにはかなり特殊な言語のように思える。わりと近い言葉では、頭が下がる、とか、頭が上がらない、みたいな表現がある。この二語はいずれも本人が主体となっていて、相手に対して自らそのような思いを懐いている場合に使う言葉である。

ところがである。

ひれ伏す、平伏する、はかなり印象が異なる。イメージ的には権力者に服従するような言葉なのである。

顕正会では当たり前のように使っている言葉だが、これを外部の人間がどのように感じるかをけっこう気にしたほうがいいように思う。ともかく感覚がマヒしてくる。これは誰もが同じことで、わたくしも顕正会の中にドップリと浸かっていた時にはあまり感じなかったことなのである。今は物凄く感じることができる。もちろん最初に書いたように、言語感覚の問題は簡単ではない。わたくしの感覚が間違っている場合も少なくないと思う。

2021/5/7

ダンコウ  
顕正新聞第1540号を読もう。

「亡国の根本原因」特集号

飽きもせず、似たり寄ったりのタイトルを付けている。それはさておき、三月度総幹部会の会長講演を読もう。

第66世細井日達貫首 第67世阿部日顕貫首

この表現が気になった。

早瀬日如管長

なぜ貫首ではないのか、その理由がわからない。

初登山 人数の推移

法華講連合会の機関紙「大白法」によれば、初登山の人数が十五年間で一万人も減ってしまったそうである。それがグラフになっている。しかし、どうやらグラフそのものは顕正会が作ったもののようである。

「誓願達成」の大ウソ

この一段では宗門機関誌「大日蓮」にバレバレのウソが書かれていると言っている。わたくしは現物を見ていないので何とも言えない。

引き向けて

これは御書の解釈についてであるが、以前、男子部の幹部がおかしな解釈をしていたことがあった。この点について、いわば浅井先生が修正案を示したわけなのだろう。しかし、引き向けてはあまり使わない言い回しである。ゆえにもっと違った表現を選ぶべきと思う。

便衣隊

不勉強のわたくしはこれを知らなかった。しかし、考えが甘いのかもしれないが、わたくしには信じ難い。中国人のぜんぶがぜんぶ日本を憎んでいるわけではない。当てずっぽうながら、大半が親日家であり、だからこそ日本で生活しているのだと思う。

 中国は明年2月の北京冬期オリンピックまでは動きを抑えるであろうと、私は思っております。

当該講演における最大の注目ポイントである。

わたくしはこれをどこかで読んだ記憶がある。かなり以前の記憶である。調べると2008年に北京五輪があった。この頃、顕正会の中では盛んに言われていたのだ。拙ブログにもその痕跡が残っていた。

 北京五輪の後、やがて台湾は中国による統一という重大問題に直面いたしますが・・・

https://white.ap.teacup.com/ganko/1137.html

これは浅井発言ではない。ただし、一幹部が勝手に言えることではないので、浅井先生の発言の中にも同様のものが存在するはずである。

つまり、悉く予言を外しまくってきた浅井先生が、性懲りもなく新たな予言を発表したわけである。本当に懲りない人である。

現時点で考えなければいけないのは、東京五輪のことだろう。

まず、本当に開催できるのかどうかである。この点こそ、予言すべきだったと思う。わたくしの見通しを書いておくと、やはり常識的には今の緊急事態宣言の成果にすべてが委ねられていると見るべきである。当初は短期決戦的なことを言っていた。ところが延長やむなしとされ、今月末が期限となった。まさにそこが五輪の開催を決める最終期限と考えられる。

わかり切ったことなのだが、これは日本だけの話ではない。例えばインドがきわめて深刻な事態を迎えている。その飛び火なのか、アジア圏においても増加傾向に拍車が掛かり始めている。

この状況下でも断行するつもりなのだろうか?

つまり、東京五輪も危ういし、そうなれば北京冬季五輪だって同じ運命をたどることになる。この文脈で考えると、浅井先生の言っていることはかなりピント外れであり、誰も耳を傾けないような話かもしれないのだ。

いずれにしてもである。

眼前の問題として注目すべきは感染者数の推移だろう。連休中、感染者が減ったように見える。ただし、これは単に休日で検査数そのものが少ないために相対的に少ないだけの話かもしれず、だとすれば来週あたりは再び増加に転ずるかもしれないのである。差し当たってはここに注目したいと思う。


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