2021/6/27

オスガタ  
大沢氏と沖浦氏の議論を拝見していて思うのは、誰か論点整理のできる人物がいてその人が司会進行すれば実りのある議論になるだろうことである。残念ながらそのような人物は存在しないらしい。その理由は両極端ながら二つあって、一つにはあまりにもレベルが高い議論なので取りまとめる人も力量がないとできないからで、もう一つにはあまりにもレベルの低い議論なのでバカバカしくてやってらんない、ということだと思われる。さて、どちらが正解だろうか?

顕正新聞第1545号を読んでいきたい。

宗派根性

四月二十八日の会長講演にはご覧のような表現がある。これは当時の仏教各派が自画自賛している様子をあらわしているわけだが、今日においてもまったく同じことが言えるだろう。顕正会だって宗派根性丸出しであるし、創価学会もしかり、もちろん宗門も同じである。逆に既成仏教には、もはや宗派根性など存在しないのかもしれない。形骸化が著しく、多くが家業を継ぐことが目的で僧侶になるため、教義についてもあまり勉強していないのが一般だろう。

御形

オスガタと読ませている。明星ヶ池の水面に映る大聖人の御姿が曼荼羅御本尊の相貌だったとの御相伝がある。この相貌もソウミョウと読むのが正宗の伝統らしい。

 これを「自解仏乗」というのです。誰に教わることもなく、自然と御自身がお覚りあそばされたのです。

前後するが、ここでは日寛上人の御指南が引用されている。そのカッコ書きの中にさらに二重カッコがあって、次のごとくの文言が記されているのだ。

『古僧示して云く、汝が身を以て本尊と為すべし』

古僧とは誰なのかが問題である。さらにアゲアシ取り気味であることを承知しつつ書けば、自解仏乗じゃないじゃん、となりそうである。

・・・全地球上に広まるのみならず、

 このことは未だ広まっていない。


弘まるにしなかったのはなぜだろうか?

これ世法上の大悪です。

これは新説かもしれない。かつて二悪鼻を並べるというフレーズが使われていた時代があった。一国の捨離、正系門家の御遺命違背、この二つを二悪と言っていたのだ。ところが今回の講演では、世法上の大悪と仏法上の大悪という分類に変わっている。たぶん大幹部たちの中にも敏感な人がいるはずで、この変化に戸惑っているのではないかと思う。あるいは細かい点ではコロコロ変わっているので、慣れっこになっているのだろうか?

身延派は戒壇の大御本尊を誹謗・怨嫉する邪宗ではないか。近年では「板本尊偽作論」などという悪書を発刊し、日淳上人によって完膚なきまでに破折されている。

なるほどとは思った。浅井先生にとっては近年なのである。

広宣流布はいよいよ最終段階であります。

もう二十年以上も言い続けている。しかし、浅井先生の時間感覚では日淳上人の時代すら近年に属するわけだから、わりと矛盾はないのかもしれない。

とは言え、それが万人の感覚に適合するわけではない。先生の中では矛盾がなかったとしても、世間一般の尺度からすれば相当におかしな話なのである。この点は世間に迎合する意味ではなく、仏法即世法の意味からして修正すべきである。

2021/6/23

サンコウ  
沖浦氏のコメント群の中に、参考資料と称するものがあった。これが実にアヤシゲなもので、リンクも貼られていないし、内容的にも数々の疑問がある。

 また、日蓮大聖人の伝記を読み、それを通して法華経に接していたのです。

まず参考資料とやらの原文が日本語なのかどうかである。日本語であれば、この大聖人の表記が凄いのだ。世間一般では日蓮聖人もしくは日蓮上人が普通であり、大聖人を好んで使うのは主には日蓮正宗系と相場が決まっているからである。問題は原文が外国語の場合で、その時には翻訳者の恣意的な判断が混じる可能性がある。問題はそこである。

 父はよく言っていました。「ガンジーの師匠は、日蓮大聖人である」と。このことは、あまりにも有名な事実です。

あまりにも有名な事実とは驚きである。不勉強ゆえか、わたくしはまったく知らなかった。

もっとも上掲は二つの可能性があって、カギカッコの中身をあまりにも有名な事実とする場合と、この人の父親がそのように公言していたことを有名な事実とする場合である。後者であればかなりガッカリすることになりそうだ。

以上、ツッコミどころ満載の資料、これがわたくしの結論である。

「大学受験の合格を祈りたい!」

いつものごとく顕正新聞を読んでいくが、まずは婦人部足利支区部長(群馬・栃木県)の記事に上掲のくだりがある。三名同時の入信が実現したとのことだ。合格祈願という軽いノリでの入信。これを是とするか非とするかが難しい。ただ以前の街頭折伏とは違って、騙まし討ちではないのが救いである。

婦人部玉野支区総班副長(岡山県)の記事も悩ましい。

「聾唖者の会」の人たちを折伏する中に怨嫉が起こり・・・

「突発性血小板減少性紫斑病の患者交流会」も出入り禁止・・・


以前から同様の問題があって、トラブルが後を絶たない状況である。この点、ごくたまに会長講演などで注意を喚起しているものの、根絶することはない。ノルマがある以上、なくならないだろう。

女子部第二百九十九区支区長補(千葉県)の記事は父親の臨終を伝えるものであるが、次のくだりが気になった。

・・・白髪が黒髪に変わり始め、たいへん驚きました。

近年、顕正新聞は臨終についての体験発表が多い。もちろん本人が発表するわけではない。看取った近親者が発表するわけである。

そうした中、あまりにも高頻度で白髪が黒髪に変わった旨の記述を目にするようになって、わたくしもわざわざ取り上げることをしなくなっていた。この現象が一般的にはどのように理解されているのかもわからないし、さすがに自分自身がそれを目の当りにする機会も皆無に等しいので、検証不能の事案ということなのだ。

ではなぜに今回は取り上げたのかであるが、続きの文章を簡略に引用すると次のごとくだからである。

 その日の夜、・・・静かに臨終を迎えました。

つまり、従来の記事では臨終の後に白髪が黒髪に変わったと報告しているわけであるが、今回の記事では生前からその現象が起き始めていたと書いているのである。

ますます検証不能になってきた。

通常、臨終までは医師や看護師、臨終の後は葬儀社が受け持つ。その全期間を観察し続ける人はいないのである。

いずれにしても、そもそも死後に髪の毛の色が変化する現象は一般的には知られておらず、それが顕正会員の中で頻繁に起こっているとすればどのような理由が考えられるのか、科学的な解明が必要だろう。

この点、葬儀社ないし一部の医者がどのような証言をするか、そこが今後のカギを握っていると思う。一般人が遺体に接する機会はきわめて少ない。顕正会員とて同じである。現実に死亡から火葬までの期間は限られているので、しかもずっと観察しているわけでもないだろうから、失礼ながら顕正会員の言っていることはあまり当てにならないのだ。その意味で葬儀社の人だとか、司法解剖などをやっている医師がこのことをどのように捉えているか、その証言が求められるところである。これまた失礼ながら、顕正会員が発表する記事の中に出てくる葬儀社の証言は、話半分に聞く必要があるだろう。

2021/6/18

イッキイチエン  
教師の握り拳については、それほど難しく考える必要はない。大聖人がその表現を好まれなかったフシがあって、御書には出てこないという現実がある。だったら使うべきではなかろう。ただそれだけの話である。

一機一縁については今まであまり考えたことがなかった。そこに沖浦氏が法華初心成仏抄の一節を引用してきた。なるほど、氏の言っていることも、わりと筋が通っているようである。確か顕正会でも一機一縁の御本尊という表現を使っていたと記憶するが、もしかしたら間違っているのかもしれない。この点、今後の課題とさせていただきたいと思う。

さて、顕正新聞である。

「再々登板」企み蠢動する安倍前首相

世相閻魔帳の第三回である。上掲は週刊誌レベルでしばしば話題になっていて、顕正新聞の同コラムも毎回かなり週刊誌っぽい内容なので、まさにオアツラエムキの話題なのかもしれない。

わたくしの予想では再々登板はあり得ない。むしろ現状では自公政権そのものが崩壊しかねない。どう転んでも本年中には総選挙がある。オリンピックの成否だとかコロナの感染状況など、現時点では未知数のことがたくさんあって、おそらくは誰にもわからないことではあるのだが、少なくとも国民世論的には安倍待望論が盛り上がる様子は見られない。

「櫻井よしこ」と愉快な仲間達

文中からの引用であるが、実にイヤミな文章である。ともかく安倍前首相に期待するのは、こうした一部の仲間たちであって、国民世論的にはそれほど期待していない。むしろニューリーダーの登場を期待しているのだと思う。

国のリーダーに相応しい人物として、現東京都知事であったり大阪府知事の名前が出てきたりするのは、現状、自民党内においてもポスト菅の顔が見えてこないこともあるし、野党第一党の通称エダノンに対する期待もあまり大きくはないからなのだろう。とは言え、都知事ないし府知事が総選挙に出て、もちろん当選はするだろうけれども、そのまま首班指名で一気に総理の座に駆け上がるようなドラマチックなことは、さすがにあり得ないと思う。

現状では、負け幅が大きく影響するのは当然にしても、現総理がそのままダラダラと政権運営をしていく可能性が高いような気がする。

記事の内容から大きく脱線してしまったが、この件はこれくらいにしておこう。

正本堂が広宣流布の暁に建つ御遺命の戒壇とは誰も思っていなかった

男子部第百六十二隊長(三重県)が紹介しているのは、法顕寺住職とのやり取りである。つまり、当時は創価学会に阿ってそのように言っていただけで本心は違っていた、というような意味と思われる。しかし、わたくしは違う意見である。もちろん、そのような人たちもいたが、逆に信じていた人もいたはずなのだ。

時代背景が違うので簡単ではないが、今の顕正会の熱心な活動会員の本心はどうか、ということなのだ。理屈は同じである。顕正会員だって、信じている人と疑っている人と半々と考えるべきである。三百万達成で日本が動く? 本当だろうか? どうせ百万の時と同じなんじゃないのか? 活動会員の中にだって、このような疑問を懐いている人がいるはずなのだ。もちろん信じ切っている人もいる。つまり、当時も同じはずなのである。

うちの寺は年間でわずか五、六十人しか御授戒を受けていない。

これは凄いことだと思う。顕正新聞ではこれを寺の衰退ぶりだと言いたいわけであるが、一般の寺院を考えたらまったくイメージが違ってくるはずである。通常、寺院には檀家さんがいる。何十なのか何百なのか、それは知らない。しかし、今の時代は新規の檀家は考えられない。ゆえに今いる檀家だけでやり繰りしていくわけだが、家によっては跡継ぎがいないこともある。あるいは時代の流れで無宗教になる人もいる。ようは檀家をやめる人もいる。つまり、減る一方なのである。そうした中で日蓮正宗の寺院では新規の入信者がいて、それがうまくすれば檀家になるわけだから、他宗の寺院からみれば考えられないほど恵まれていることになる。

いや、もちろん、上掲には続きがあって、その内容を見るとあまり喜べる状況とは言えないわけなのだが、それでも年間で五十人も入信すれば大したものだろう。

 また三大秘法抄の「国主」について・・・

これは女子部第六十四区総班長(香川県)の記事であるが、三大秘法抄の国主とは何を言っているのだろうか?

どうやら玉林寺の住職との法論らしく、住職は次のごとく発言している。

「国主とは民衆だ。今の時代に天皇であるはずがない。天皇が仏法をたもつわけがない」

宗門では今でもこの説が有力なのかもしれない。それはともかく、この話題を振ったのは総班長のほうだろう。宗門の人が顕正会員に対して積極的に戒壇論を仕掛けてくるとは思えない。すると総班長が住職に対して、三大秘法抄の国主をどのように解釈するのか、と問うたのだと思われる。

しかし、おかしな話である。実際に御書を開いて云々していれば、こうはならない。

いつも言っているように編集部の怠慢である。本年は毎号ほぼ期日どおりに発行されており、それなりに努力している様子が見られなくもないのだが、登壇記事に対するチェックは相変わらずである。

2021/6/15

シットウ  
沖浦氏らしからぬ頑迷さである。

 これは行けませんね、当時と現代では言葉もかなり変化しています。

だから何なのだろうか?

 更に、貴方も富士門流の常として、言葉尻を捉えて反論をしてごまかす。

まったくわかっとらんようだ。

 教師の握り拳の意味は、仏は特別な教えを特別な人に対して説かないとの意味です。

この説明は大いに結構である。しかし、わたくしが指摘しているのはそこではない。

涅槃経での検索結果は244件でした。
それぞれの御書名をクリックすると御書の本文がご覧になれます。


https://gosho-search.sokanet.jp/list.php?k=%E6%B6%85%E6%A7%83%E7%B5%8C&o=a&c=10&x=0&y=0

大聖人は御書の至るところで涅槃経を引用あそばしている。だったら教師の握り拳もそこにあるはずなのだ。沖浦氏が引用すべきはそれである。

頑迷なる沖浦氏のために、もう少し説明しておこう。撰時抄には次の一節がある。

破すべきをばはし、取るべきをば此を用ふ

ここは直接的には天台大師のことを説明するくだりなのだが、大聖人においてもまったく同じことが言えるのだ。当時は大聖人に対して、法華最勝と言いながら爾前経を引用するのは矛盾ではないか、というような批判があった。その端的な答えが上掲なのである。そして究極的には法華経ないし涅槃経であっても、大聖人が好んで引用する部分とそうでない部分がある。少なくとも教師の握り拳は後者に相当するのだろう。何しろ創価学会の御書検索で二百件以上もヒットするのだ。それだけあっても出てこないのだから、そこは推して知るべしである。

御遺命違背の糾弾から逃げ回る大草一党に止めを刺す

副教学部長の藤村雄大氏が約二ページにわたって健筆を振るっている。

失当

文中、二度だろうか、一般人には馴染みのない言葉が出てくる。おそらくは法律用語なのだろう。

寄生虫

これも二回ほど出てくる。

もはや莫迦としか言い様がない。

以前は法務部長名義で投稿していたこともあったと思うが、今回は副教学部長名義である。さすがに弁護士としては言いづらい言葉なのだろうか?

所詮は浅井先生のサルマネにすぎないから・・・

難しいところである。当然、文脈上は相手を侮蔑しているわけなのだが、何となく浅井先生をもディスっているような雰囲気がある。難しいと書いたのは、それがわたくしの勝手な印象に過ぎないものなのか、わりと多くの人の感覚に近いものなのか、俄かには判断がつかないからである。

以上、些末なところばかりを取り上げてきた。

では、なぜに大事な部分について取り上げなかったのかであるが、戒壇論に限っては基本的に顕正会の主張を支持しているからである。ここ数年来、宗門の戒壇論はデタラメであると公言してきたのもそのためである。

とは言え、藤村氏の言っていることにも無理がある。実は似たようなことをすでに何度か書いているのだが、今回も書いておきたい。

 「正本堂の完成までに広宣流布が達成すると期待していた」とのウソ

 「総世帯数の3分の1で広宣流布」とのたばかり


この辺りのロジックは、法務部長名義では書けないが副教学部長としてならば書ける、というような計算が感じられる。これを説明するために、もう一つだけ引用しておこう。

 以上から、大草一党のたばかりは失当であり、「総世帯数の三分の一」の入信では広布達成とは全くいえない。

裁判所は教義上の正邪を取り扱わない。ゆえに三分の一で広宣流布云々が正しいか間違っているかを裁判所が判断することはない。つまり、顕正会に言わせればデタラメ広宣流布になるわけだが、宗門は三分の一で正しいと認識している。ならば失当とはならない。教義的には間違っていても、それを信じているわけだから失当ではない。当然、その線で広宣流布の達成を期待していたとして不思議はないわけである。

いかがだろう。この点、わたくしに重大な錯誤がないとすれば、藤村氏も相当に未熟である。

重複を恐れず、もう一点だけ取り上げておきたい。

 此の正本堂が完成した時は、大聖人の御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無妙法蓮華経の広宣流布であります。

昭和四十三年の日達上人の御発言である。同記事では昭和四十二年の高僧発言についても取り上げているが、ここは現在の法華講員たちが顕正会員と対論して四苦八苦する部分である。

わたくしも偉そうなことは言えないのだが、ようするに当時をリアルタイムで経験している人が今はほとんど存在しない。ゆえに文章を上っ面だけで云々するから話がこじれるのである。やはり当時は猊下ないし高僧たちをして今や広宣流布と言わしめるほどに弘通が伸びていた。もちろん創価学会の大躍進によってである。この点は経験者しか語れない。今は顕正会員も法華講員もそれがわかっていないのだ。

そこで最後に顕正会にケチを付けておけば、すでに法華講員たちも指摘しているように、だったら六千万は何だったのか、ということになる。一時期、六千万で広宣流布だと言っていたのだ。二分の一と三分の一の違いだが、これを五十歩百歩と呼ぶのではあるまいか?

しかもである。今は三百万を盛んに云々しているわけだが、考えてみれば三百万なのである。たかが三百万と言ったら失礼だろうか?

今となっては公平中立的な比較はできないにしても、かつての創価学会の大躍進がどれほど凄いものだったのか、むしろ日達上人の御発言はそれを証明しているものなのだと捉えるべきである。顕正会は今もなお、その水準には達していない。この事実は動かないだろう。

2021/6/14

ダイジテン  
沖浦氏の直近のコメントについて、簡単に触れておきたい。氏は涅槃経における教師の握り拳云々を、教行証御書を引いて論証しているつもりらしい。その上で次のごとく結論している。

 御書に書いてあるのですから、納得出来ない人は、文句を大聖人にお云いなさい!

逆ではないかと思う。御書には書いていないのだ。ゆえに沖浦氏もそのものズバリの御文を見つけられずにいるわけなのだろう。

例えば、相伝ないし相承で検索すると、御書の各所に出てくる。もちろん、そこでの意味内容が日蓮正宗の主張するそれであるかどうかは別の話であるが、ともかく大聖人の御使用あそばす語彙として存在するわけである。では教師の握り拳はどうかという話なのだ。

さて、顕正新聞である。

ひれ伏すべき大聖人様をも飛び越える池田大作の大慢心を・・・

第1544号の一面で総男子部長がご覧のように発言している。ところが二面の最初に載っている副総男子部長の記事には次のごとく書かれている。

・・・浅井先生のご雄姿はあまりに眩く、大地にひれ伏す思いになったものであります。

さらに隣の副総男子部長に目を転ずると、一つ前の引用と同様のことが書かれている。

ひれ伏すべき大聖人様を飛び越える大慢心の狂態を演じたこと・・・

顕正会の幹部たちがどのようなロジックで反論してくるのか興味深いところだが、わたくしの主張は単純明快である。現代人の言語感覚として、ひれ伏す云々はかなり特殊な印象を受ける。それが大聖人一人に限って使われているのであればまだしも、浅井先生にも使われてる点がきわめて特殊なのである。

歴史的大時点の日

ところでこの表現は何なのだろうか? これもかなり特殊な印象だ。

三面の総合婦人部長の発言も拾っておきたい。

・・・平伏いたしました。

これは浅井先生に対してである。ひれ伏すも平伏もほとんど同じであって、現代感覚からするとかなり特殊な印象を受ける。

密約を反故にし・・・

本門寺改称のことを言っているごとくだが、この決定的な証拠は存在するのだろうか?

ところで最近のわたくしは女子部ビイキになっていて、今回も四面の記事を読んでいて感心することしきりだった。まず、例のひれ伏すについては、大聖人のみに使用しているごとくである。この点はたまたまなのか、事前の申し合わせによるものなのか、どちらなのだろうか?

また撰時抄の文を捻じ曲げた大謗言・・・

総合女子部長のこの発言が興味深い。顕正新聞紙上の会長講演には該当する部分が見当たらないのだ。ゆえに想像で書くわけだが、おそらくは次のごとくだろう。

 私は、日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想・文化・一切の指導者、最高権力者である。

これが池田発言である。そして撰時抄においては次の一節が相当すると思われる。

されば日蓮は当帝の父母、念仏者・禅衆・真言師が師範なり、又主君なり。

確かに雰囲気的には似ている。

全権を託されたご覚悟で臨まれ・・・

女子部第十六総部長(近畿・中国地方)のこの発言も秀逸である。
少し前に触れたように、この全権委任の話は新解釈と考えられるのだ。以前から同じ話は繰り返し聞かされてきた。今回も話そのものはまったく同じである。ただそこに新たな解釈が付与された。ようするに創価学会と妙信講との法論はいわば創価学会対法主であり、妙信講は日達上人の代理として創価学会との法論に臨んだのだと言っているわけである。しかし、これは後付けの解釈であり、恣意的な解釈と言われても仕方がない面がある。何しろ現実的にはこの後、妙信講は日達上人によって解散処分に付されているからである。
とは言うものの、上掲の言い回しは有効であって、そのポイントとなるのが「覚悟」である。この一語が素晴らしいのだ。ようは客観的に委任されたかどうかではなく、自分がそのように思ったという点に重きを置いている。これで問題はない。

極端な話、委任状はあるのかみたいなイチャモンをつける人もいるだろう。しかし、上述のごとく、委任状のあるなし云々ではなくそのような覚悟で臨んだとするならば、まったく史実に抵触することはなく、文句のつけようがない。あとは純粋に教義上の問題だけを論ずればいいのである。

そこで五面六面に目を転ずると、副教学部長名義で教義上のことが論じられている。次回はこれを取り上げたい。

2021/6/9

ロウガン  
今日は顕正新聞第1544号を読むが、その前に沖浦氏にお返事申し上げねばなるまい。

まず、本物か偽物かの議論については差し控えたい。例えば今は音楽もコピー音源がたくさんある。いわゆる海賊版だが、わたくしはその音楽が聴ければ何だっていいと思っている。おそらく熱心なファンであれば、応援している歌手を一位にしたいと思って、正規版を買うのだろう。わたくしはそういうタイプではない。その意味で御本尊の効能(?)がどれも同じならば、特にこだわりはないので沖浦氏の主張も相当に有力だと思う。

しかし、それとは別の問題がある。

わたくしの記憶では平成二年の秋以降に宗門と創価学会の関係が悪化して、翌年にはどうやら修復困難の様相を呈してきた。顕正会ではそれを修羅と悪竜の合戦と言っていた。
当然、創価学会員は寺院に参詣しない、あるいはできない。すると、葬儀の問題もあるし、入信者をどうするかも問題だった。それまでは創価学会員も寺院で御授戒を受けていたのである。
創価学会は大組織であるから、上述の問題をどうするのか、全国各地から一斉に問い合わせがあったとしてもおかしくない。誰々が亡くなったけど葬儀はどうしたらいいのですか、とか、入信したいと言っている人がいるけど御授戒はどうしたらいいのですか、みたいな感じである。

ゆえに決断を迫られたのだろう。平成五年には早くも創価学会独自で本尊の下付を行なうことにした。

わたくしは今、資料なしに書いているわけだが、細かい点はともかくも大筋では合っているのではないかと思う。創価学会の本尊下付はそれほどに大事件だったのだ。ゆえに宗門側もこれには過剰に反応した。ところが顕正会は静観していた。

この点、後に法華講員たちから猛烈なツッコミを受けることになる。

正確な年月は憶えていないというか、わたくし自身も当時はリアルタイムで知らなかったことなのだが、平成十年前後に下野正信氏が本を出版した。おそらく顕正会におけるニセ本尊疑惑はここを起点にするのだろう。やはり下野氏も上述のことを指摘していた。顕正会が創価学会の本尊下付について言及しないのは自分たちにもヤマシイところがあるからだ。実際、宗門と創価学会の抗争について、当時の浅井先生は何度も言及していた。しかし、本尊下付についてはほとんど言及していない。なるほど、確かにヤマシイ気持ちがあるからなのかもしれない。

前回も書いたように、顕正会員は遥拝勤行が基本である。しかし、会館には御本尊が安置されており、いわゆる自宅拠点にも御本尊が安置されている。ちなみに会館の数は誰もが容易に知ることができるが、自宅拠点はわからない。漠然とした印象で言えば、全国津々浦々に無数に存在する。

当然、これらの御本尊の由来については、公式な説明がある。

浅井先生が何度か説明しているのだが、その複数回の説明を精査すると細かい点で齟齬がある。この点は顕正会批判を得意とする法華講員が詳しい。わたくしはほとんど用意がない。

さて、そこで沖浦氏のために簡略に説明しよう。

妙信講は妙縁寺に所属する法華講の一つだった。妙縁寺はそれなりの古刹であり、常住御本尊を多数蔵していた。また、創価学会の大躍進も手伝ってのことだろう、かつては日寛上人の御形木御本尊を下付していたので、その在庫が大量に残っていたと考えられる。
妙信講は解散処分を受けた。その時、妙縁寺の住職は妙信講の味方をしたのである。結果として御自身も日蓮正宗の僧侶としての立場を失うことになる。もちろん住職も罷免となる。
しかし、その前にくだんの常住御本尊ないし御形木御本尊を妙信講に託した。この辺の法律的な問題はまったくの不案内であるが、少なくとも妙信講が勝手に持ち出したのではなく住職が住職の権限を用いて妙信講に譲渡した。

現在、顕正会の会館ないし自宅拠点に安置されている御本尊は、すべてがかつて妙縁寺に所蔵されていた御本尊である。

これが顕正会の公式見解なのだ。

ところがである。さすがに数が合わないのではないかという指摘があるのだ。日寛上人の御形木御本尊がどれだけストックされていたか不明であるが、無限に存在するわけではあるまい。つまり、顕正会の会館ないし自宅拠点に安置されているであろう御本尊を合計すると、もはや妙縁寺所蔵のそれを上回ってしまうのではないか、という指摘である。

さらに紙質であるとかサイズであるとか、細かい指摘もあるわけだが、わたくしはそこまで承知していない。

いずれにしてもである。創価学会は平成五年に本尊の独自下付を発表した。ゆえに沖浦氏の言う本物・偽物の概念とは別に、創価学会公式のホンモノの本尊なのである。

では、顕正会はどうか、である。

もし仮に顕正会が独自に本尊を増刷しているとしたら、それはニセモノの本尊となる。頭脳明晰な沖浦氏ならば、この道理が手に取るようにわかるだろう。公式発表と違っているからである。

沖浦氏の主張を踏まえて言うならば、ニセ本尊ならぬウソ本尊となるだろうか?

しょせんは内部規定である。これが沖浦氏の常の主張ではあるわけだが、顕正会の立場はあくまでその内部規定の範疇に位置するわけである。ゆえに御本尊を勝手に作るわけには行かないのだ。

以上、今回の話は沖浦氏の言う本物・偽物とは別の意味であり、平たく言えば、浅井先生がウソツキかどうかを問うているのである。現状、顕正会員の流失が止まらないのはここに問題があるからで、普通に顕正会に失望して去っていく人も相当数いるものの、それよりも深刻なのは法華講に移ってしまう人が後を絶たないことである。当然ながら人々はホンモノを求めている。しかるに顕正会の本尊には上述の疑惑がまといついて離れない。沖浦氏にもこの深刻さが少しは伝わっただろうか?

今日は顕正新聞を取り上げるつもりだったが、上述の件で紙数を費やし過ぎたのでやめておこう。ぶっつけ本番で書いていると、こうなる。

2021/6/7

カイヨウ  
顕正新聞の続きである。四月度総幹部会の各種登壇だ。

大ウソ

幹部たちが口を揃えて言っているのは、法華講員八十万人云々のことである。

わたくしの実感としては、まずそれが実数でないことは明らかであり、すると累積数としてどうなのかが問われることになると思う。しかし、こればかりは何のデータもないのだから、ウソともホントとも言えないのが正直なところだろう。ここに顕正会の異常さがあらわれている。

何しろ顕正会は二百数十万を標榜しているわけである。だったら八十万など屁でもないだろう。それが虚偽かどうか問うこと自体、どっちもどっちであることを認めているようなものである。

ご存知のごとく、今は三百万を目標に掲げており、それも間もなくだとか眼前だとか言って憚らないのである。ならば顕正会の数字こそが問題視されてしかるべきと思う。

当然、顕正会の場合は累積数である。入信報告書三百万枚の達成を意味する。しかし、問題はその時の実数である。

上述に関連して、男子部第四十六隊長(石川・富山県)の記事を紹介しよう。

本年中に八十万体勢はできそうですか?

八十万めざしてがんばっていきます


くだんの隊長と法華講員との会話である。

隊長いわく、

・・・とあっさり達成していないことを認めたのでした。

オイオイ、である。

かなり詐術的な話法に思えて仕方がないのだが、それはわたくしのヒガメだろうか?

この点、本人にも聞いてみたいところだが、顕正会員の多くがどのように感じるかも重要である。何しろ総幹部会で発表し、こうして顕正新聞に掲載してしまっているのである。正々堂々とした議論をするつもりならば、早瀬管長は八十万を達成したと言っているようだが本当のところはどうか、と問うべきだろう。

百キロものカジキマグロを二本も釣り上げる大功徳・・・

第五十二女子部長(沖縄県)のご覧の記事を見て、あれ? どこかで読んだような? と思った。調べてみると三月度班長会で総部長が発表している内容だった。

次は創価学会から宗門を経て顕正会に入会してきた男性女子部員である。

 顕正会に入会後、阿部日顕は「御相承」を受けていないと聞いて「これは大変だ」と思い、直ちに自身と弟が下附された日顕書写の本尊を妙行寺に返納いたしました。

浅井先生が御相承の断絶について初めて発言したのは平成十一年だった。前々回の拙稿で紹介したように、その後はヤバイと思ったのか、お茶を濁すような発言を繰り返している。今現在はあまりハッキリとは言っていないものの、原理的には日顕上人以降の書写本尊は無効ということになる。つまり、御当代日如上人の御本尊も無効である。

さて、どうするつもりだろうか?

顕正会が三百万を達成しようがこの問題は解決しない。三百万ないし五百万で日本が動くなどと言っているが、それでもこの問題は解決しない。わたくしの解決策は単純明快である。私が間違っていました、と浅井先生が言えば済むのである。顕正会員諸氏に聞こう。他に解決策があるだろうかと。

次は男性婦人部員である。

 「うちの御本尊に向かってする勤行よりいいよなぁ。これが本門戒壇の大御本尊様に繋がる本物の勤行だ」

これもヒドイ話である。完全に狂っている。

まず、顕正会ではかつて遥拝勤行に対して直拝勤行という言い方があった。わたくしは克衛から聞いたのだと記憶している。ようするに御本尊の前で勤行するのを克衛は直拝勤行と呼んでいた。その頃は妙信講時代からの人も多くいたし、宗門や創価学会から移籍してきた人がそのまま従来通りに直拝勤行をするケースも多かったのだ。当の克衛自身だって、自宅で勤行するにしても会館で勤行するにしても、普段は直拝勤行だったわけである。

つまり、当時は遥拝勤行も直拝勤行も功徳はまったく同じと言っていたのだ。これは筋が通っている。

しかるに上掲はそうした過去の経緯を無視した上で、さらなる矛盾を生み出しているのである。おわかりだろうか?

いわゆるニセ本尊問題である。

結局、今だって会館を建てれば本尊を安置するし、水面下では自宅拠点の拡大も行なわれているわけである。だったら上掲は言っていることがおかしいだろう。

男子部第五隊長(沖縄県)の発言は、前回の拙稿を助けるものである。

 静かなる中国の侵略はすでに始まっているのだと戦慄が走り・・・

中国人による不気味な土地買収がどうのこうのと言っている。少年期に戦争体験を持つ浅井先生は今もなお再びそのような時代が到来するかのごとく言っているが、武力ではなく経済力で圧倒することが現代における戦争の一形態だと考えるべきだろう。

欺瞞に満ちた原発汚染水の海洋放出

世相閻魔帳の二回目である。わたくしの思うに、こうした時事問題を取り扱うのは好ましいことである。あるいは食べ物の話題でもいいし、いつの間にか消滅してしまった四コマ漫画でもいい。おそらくは真面目な顕正会員の中にも渦巻いているであろう不満の一つが、登壇記事の羅列なのである。たぶん顕正新聞をわたくしと同等以上に読み込んでいる人は少ないと思う。顕正会員たちもありきたりの登壇記事にはウンザリしているのだ。

2021/6/4

マヂカ  
大沢氏と沖浦氏の議論については言及を控えよう。今日は前回の続きである。会長講演で気になったところを、前回はわりと重要なところばかりを取り上げたわけだが、今回はそれ以外のところである。

いよいよ三百万が眼前になってまいりました。

客観的にはまだだろう。

 これ、大聖人様の申し付けによる諸天の働きなのです。

前後を端折って恐縮だが、敗戦後の今の日本は信教の自由が保障されている。こうした社会状況の現出を諸天の力用だと言っているのだ。

戸田城聖氏

わりとめずらしい表記かもしれない。ちなみに続きの文章には池田大作氏の名前が出てくるのだが、表記は池田大作である。ここに両氏に対する評価があらわれている。

私は幾たびも、学会本部まで訪ねては秋谷と面会し、強く求めた。

これもめずらしいかもしれない。創価学会の代表とは寺院での面談ばかりの印象が強いからだ。

 池田は直ちに阿部日顕を擁立して登座せしめた。

この根拠はあるのだろうか?

阿部日顕は身延派僧侶グループを幾たびも大石寺に招いた。

このことは本年に入ってからだろうか、執拗に言及している印象がある。しかし、わたくしには甚だ疑問である。まず、幾たびもとあるが、具体的には何回なのか、そこが問題である。そして最近の事例はどうなのか、である。浅井先生が執拗に取り上げている事例はかなり昔の話であり、いつも同じ話なのだ。他にもあるならどんどん示すべきだし、やはり直近の事例が必要である。

もはや浅井先生は時間感覚が狂っている。まさにそうとしか言い様がない。先ほどの三百万眼前しかり、上掲しかりである。

「今後6年以内に、中国が台湾を侵攻する可能性がある」

 「中国による台湾侵攻は、大多数の人々が考えるよりも非常に間近に迫っている」

前者はデービッドソン、後者はアキリーノ、平たく言えばアメリカの軍人である。

すでに取り上げたはずだが、浅井先生は来年の北京冬季五輪が終われば云々と発言していた。後者の間近はそれに近似するものの前者はどうかと思う。そもそも六年の根拠が不明であるが、それにしても時間感覚に大きな隔たりを感じずにはいられない。

穿った見方をすると、三百万との整合性からすると六年くらいがちょうどいいのかもしれない。来年の冬季五輪だとすでに一年を切っているので、いくら何でも無理だろうと考えるのが自然である。三百万達成もそうだが、現実的に中国が軍事侵攻に打って出ることも考え難い。つまり、浅井先生は早くも予言を外してしまい、懲りずに新たな予言をしているわけである。同じことを何回繰り返せば気が済むのだろうか?

 ゆえに中国は、台湾侵攻の前に尖閣を奪取して、ここに地対空ミサイルを配置し、制空権を確立するとも伝えられている。

伝えられている?

ここがイヤラシイところで、それなりに権威のある人物の発言ならば、誰々がこのように言っていると、人物名なり出典名を明かすはずなのである。ゆえに恥ずかしくて出せない名前なのかもしれない。

なお、上述のことで少しだけ訂正しておくと、浅井先生の描くシナリオとしては北京冬季五輪が終わっていよいよ中国が動き始める、その第一段階が尖閣奪取である、という文脈なのかもしれない。

 このとき、米国の尖兵的立場にある日本は、真っ先に中国の核ミサイルの餌食となって潰滅する。

わたくしの思うに、これは杞憂に終わるだろう。核ミサイルが使われることは考え難いし、もし事実となれば広島長崎に続いて三例目となるわけだから、実に皮肉な話である。

二十一世紀の今日、とりわけ先進諸国において、昔の国盗りゲーム的なことが行なわれるとは考え難い。むしろ経済力で圧倒することが現代的な戦争の姿ではないかと思うのだが、考えが甘いのだろうか?

浅井先生は少年期に戦争を体験している。戦闘員ではないとは言え、現実に東京大空襲を経験している意味において、わたくしのような戦争を知らない世代とは見えているものが違うのかもしれない。この点は一目置かなければいけないだろう。

2021/6/1

ダイマショウ  
大沢氏が覚醒した。ここでの覚醒は若者たちが使っているようなニュアンスであり、わたくしを含めてそれなりの年配者が懐くイメージとは違っているかもしれない。あるいは確変という言葉もあるが、こちらのほうはパチンコ用語らしい。

大沢沖浦久年の争いと表現してもよいくらい、二人は長期にわたって戦ってきた。しかし、近年は多忙ゆえか大沢氏の投稿頻度が激減していた。ゆえにここ数日の激しい応酬は本当に久しぶりのことである。

議論の内容には立ち入らないことにするが、簡略に感想を述べておきたい。

大沢氏のコメントは顕正会の活動会員こそよく学ぶべきである。とりわけ最近の顕正会は宗門攻撃に余念がないが、中身はひじょうに浅薄である。日達上人がああ言ったこう言ったみたいな、発言の矛盾をあげつらうことに終始している印象がある。しかも戒壇論限定であるからして、御法門全般についてはまるで理解が深まっていない。今ここで大沢氏が論じているようなことを堂々と論ずることができる幹部がどれだけいるのか、わたくしの想像ではほとんどいないのではないかと思う。

沖浦氏は相変わらずの印象である。たまたま大沢氏が熱心に相手をしているから今は賑やかであるが、もはや沖浦氏と真面目に議論をしようとする人が皆無の状況である。その理由が悩ましい。ようは沖浦氏と議論しても堂々巡りになるだけなので時間のムダだと思っている人が多いのだと推測されるわけだが、もしかしたら沖浦氏には歯が立たないので敬遠している人が多いのかもしれない。もう一つの可能性としては、日蓮正宗系の信仰そのものに飽き飽きしていて、興味関心を失っている人が案外に多いのかもしれない。つまり、何だかんだ言っても沖浦氏は日蓮正宗系であり、どれだけ独自の法門を展開しようともその範疇を超えられない、ハタから見れば同類なのである。

さて、話を変えよう。

「広宣流布前夜の大魔障」特集号

顕正新聞第1543号は四月度総幹部会を報じているが、一面であえて取り上げるとすれば折伏成果のことだろうか?

見出しのどこにも折伏成果のことが書かれていない。過去の新聞を調べたわけではないが、少し意外な感じがする。何しろ誓願が二万だった。それを大きく突破して、三万近くの成果を上げているのである。顕正会の活動会員にとって折伏は避けては通れない道である。折伏が免除される人はいない。ゆえに折伏成果も大きく報道されるのだ。ところが今回は見出しにそれを載せなかった。もっとも今は配布活動に力を入れているので、一般人にはそうした数字上の話はウケないことを承知して、見出しには書かなかったのかもしれない。

人事については、やはり前任者がどうなったのか気になる事案がいくつかある。

例えば、隊長が隊長を兼任している。前隊長はどうしたのか、である。あるいは宇都宮支区部長の人事だが、まさか新設の支区ではあるまい。前支区部長はどうしたのか、である。

さて、会長講演である。

 八月十二日、細井管長は再び妙縁寺に下向し、憔悴し切った面持で私に告げられた。

今回の会長講演は御遺命守護の歴史をおさらいするものだった。全体としては同じ話の焼き直しに過ぎないのだが、ところどころに注目すべき発言がある。いちばん重要と思われる事案から取り上げたい。

私はあのときのお顔を未だに忘れられない。本当に疲れ憔悴し切った面持で、私に告げられたのです。

いつも一貫しているのは、今は細井日達と呼び捨てにしているものの、御遺命守護の歴史を振り返るシーンではご覧のごとく細井管長と表記している。しかも「お顔」とまで書いているのだ。

 「先日の約束は取り消します。もう私にはどうにもならない」

このくだりは過去の書籍に出ている。

 「もう私にはどうにもならない」「どうか、あなたが、学会代表と話し合って解決して下さい」

もちろん、このくだりも同様である。ところが、次である。

これは「全権を託された」ということ。

これは新見解ではなかろうか?

もしかしたら法務部からレクチャーを受けて、このような発言に至ったのかもしれない。しかし、ご存知のごとく、後に妙信講は解散処分となる。話を端折るが、結果として浅井先生は次のような思いに至っている。

 以後、私は一切の敬称を用いず「細井日達」と呼ぶことにした。阿部日顕も同様であります。

この点、すでに繰り返し指摘していることだが、まったくのウソである。オオウソなのだ。少なくとも平成十六年以前に在籍していた人ならば全員が証人である。

記憶だけで恐縮だが、平成十六年の夏以降、まず阿部管長に対して阿部日顕と呼び捨てるようになった。細井管長についてはその後もしばらくは従来通りだったが、今では当たり前のように細井日達と呼び捨てている。現役の活動会員だって知っていることである。なぜにこのようなバレバレのウソを吐くのだろうか?

今回の講演の最重要部分は上述のごとくである。一つには全権委任のことであり、もう一つには呼び捨てのことである。以下は関連して気になった部分について、取り上げたい。

 解散処分の翌五十年七月、細井管長は総本山に法華講の幹部一同を招集し、改めて御遺命の戒壇について次のごとく訓示した。

法華講の幹部に対する訓示という点に留意したい。

 「訓諭以外に私の真意はない。国立戒壇は本宗の教義ではない」と。その上で、「妙信講と戦え」と煽動した。

しかし、次のくだりが不審である。

 これは池田大作が、妙信講対策のために・・・

これは完全なる裏取りができていることなのだろうか?

日達上人が法華講の幹部にこのようなことを発言されたのは、すでにこの時点で創価学会との関係が悪化していたからである。この点、かつての書籍では、関係が悪くなってからも対妙信講においては協力関係を維持していた、みたいな見解だったと記憶するが、何か明確な証拠があってのことなのか、勝手な推測に過ぎないのか、今もなお不透明である。

 かくて戒壇の大御本尊様は、昭和四十七年十月七日、奉安殿の延長としての正本堂に御遷座されたのでありました。

ここは法華講員からしばしばツッコミが入るところである。つまり、上掲が事実ならば偽戒壇という表現は不適切になるのだ。これも先の呼び捨て事案と同様の雰囲気があって、顕正会が正本堂を偽戒壇と呼ぶようになったのは後年のことなのである。

細井日達は大事な「御相承」もなし得ずに急死を遂げた。ただし、正系門家の血脈は断じて断絶しない。その所以はあまりに恐れ多いから、ここでは申しません。

以前からの懸案である。浅井先生はこれまで同様の発言を繰り返してきたが、いつだったか、時が来たら話します、と発言したことがあった。まず、その時とは具体的にはどの時なのだろうか? また、これまでの感じだと永遠に言わないつもりなのではあるまいか? さらにイジワルなことを言えば、なかなかうまい説明が思いつかないので、ずっと宿題になっているのではあるまいか?

 ではなぜ、あの確認書を写真にして基礎教学書に載せたのかというと・・・

ここは従来の説明と少しニュアンスが異なる。詳しくは書かないが、従来通りの説明でよかったのではないかと思う。

暗に学会の意を受けた阿部教学部長が付け加えたものであることを示唆された。

訓諭の後半部分についてである。これも裏取りができているのだろうか?

思いつくままに取り上げたので順番がデタラメになってしまったが、重要なところはおおむね網羅できたと思う。次回、もう少し会長講演を取り上げるかもしれないし、面倒臭いので取り上げないかもしれない。その時の気分である。


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