2021/6/15

シットウ  
沖浦氏らしからぬ頑迷さである。

 これは行けませんね、当時と現代では言葉もかなり変化しています。

だから何なのだろうか?

 更に、貴方も富士門流の常として、言葉尻を捉えて反論をしてごまかす。

まったくわかっとらんようだ。

 教師の握り拳の意味は、仏は特別な教えを特別な人に対して説かないとの意味です。

この説明は大いに結構である。しかし、わたくしが指摘しているのはそこではない。

涅槃経での検索結果は244件でした。
それぞれの御書名をクリックすると御書の本文がご覧になれます。


https://gosho-search.sokanet.jp/list.php?k=%E6%B6%85%E6%A7%83%E7%B5%8C&o=a&c=10&x=0&y=0

大聖人は御書の至るところで涅槃経を引用あそばしている。だったら教師の握り拳もそこにあるはずなのだ。沖浦氏が引用すべきはそれである。

頑迷なる沖浦氏のために、もう少し説明しておこう。撰時抄には次の一節がある。

破すべきをばはし、取るべきをば此を用ふ

ここは直接的には天台大師のことを説明するくだりなのだが、大聖人においてもまったく同じことが言えるのだ。当時は大聖人に対して、法華最勝と言いながら爾前経を引用するのは矛盾ではないか、というような批判があった。その端的な答えが上掲なのである。そして究極的には法華経ないし涅槃経であっても、大聖人が好んで引用する部分とそうでない部分がある。少なくとも教師の握り拳は後者に相当するのだろう。何しろ創価学会の御書検索で二百件以上もヒットするのだ。それだけあっても出てこないのだから、そこは推して知るべしである。

御遺命違背の糾弾から逃げ回る大草一党に止めを刺す

副教学部長の藤村雄大氏が約二ページにわたって健筆を振るっている。

失当

文中、二度だろうか、一般人には馴染みのない言葉が出てくる。おそらくは法律用語なのだろう。

寄生虫

これも二回ほど出てくる。

もはや莫迦としか言い様がない。

以前は法務部長名義で投稿していたこともあったと思うが、今回は副教学部長名義である。さすがに弁護士としては言いづらい言葉なのだろうか?

所詮は浅井先生のサルマネにすぎないから・・・

難しいところである。当然、文脈上は相手を侮蔑しているわけなのだが、何となく浅井先生をもディスっているような雰囲気がある。難しいと書いたのは、それがわたくしの勝手な印象に過ぎないものなのか、わりと多くの人の感覚に近いものなのか、俄かには判断がつかないからである。

以上、些末なところばかりを取り上げてきた。

では、なぜに大事な部分について取り上げなかったのかであるが、戒壇論に限っては基本的に顕正会の主張を支持しているからである。ここ数年来、宗門の戒壇論はデタラメであると公言してきたのもそのためである。

とは言え、藤村氏の言っていることにも無理がある。実は似たようなことをすでに何度か書いているのだが、今回も書いておきたい。

 「正本堂の完成までに広宣流布が達成すると期待していた」とのウソ

 「総世帯数の3分の1で広宣流布」とのたばかり


この辺りのロジックは、法務部長名義では書けないが副教学部長としてならば書ける、というような計算が感じられる。これを説明するために、もう一つだけ引用しておこう。

 以上から、大草一党のたばかりは失当であり、「総世帯数の三分の一」の入信では広布達成とは全くいえない。

裁判所は教義上の正邪を取り扱わない。ゆえに三分の一で広宣流布云々が正しいか間違っているかを裁判所が判断することはない。つまり、顕正会に言わせればデタラメ広宣流布になるわけだが、宗門は三分の一で正しいと認識している。ならば失当とはならない。教義的には間違っていても、それを信じているわけだから失当ではない。当然、その線で広宣流布の達成を期待していたとして不思議はないわけである。

いかがだろう。この点、わたくしに重大な錯誤がないとすれば、藤村氏も相当に未熟である。

重複を恐れず、もう一点だけ取り上げておきたい。

 此の正本堂が完成した時は、大聖人の御本意も、教化の儀式も定まり、王仏冥合して南無妙法蓮華経の広宣流布であります。

昭和四十三年の日達上人の御発言である。同記事では昭和四十二年の高僧発言についても取り上げているが、ここは現在の法華講員たちが顕正会員と対論して四苦八苦する部分である。

わたくしも偉そうなことは言えないのだが、ようするに当時をリアルタイムで経験している人が今はほとんど存在しない。ゆえに文章を上っ面だけで云々するから話がこじれるのである。やはり当時は猊下ないし高僧たちをして今や広宣流布と言わしめるほどに弘通が伸びていた。もちろん創価学会の大躍進によってである。この点は経験者しか語れない。今は顕正会員も法華講員もそれがわかっていないのだ。

そこで最後に顕正会にケチを付けておけば、すでに法華講員たちも指摘しているように、だったら六千万は何だったのか、ということになる。一時期、六千万で広宣流布だと言っていたのだ。二分の一と三分の一の違いだが、これを五十歩百歩と呼ぶのではあるまいか?

しかもである。今は三百万を盛んに云々しているわけだが、考えてみれば三百万なのである。たかが三百万と言ったら失礼だろうか?

今となっては公平中立的な比較はできないにしても、かつての創価学会の大躍進がどれほど凄いものだったのか、むしろ日達上人の御発言はそれを証明しているものなのだと捉えるべきである。顕正会は今もなお、その水準には達していない。この事実は動かないだろう。


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