2021/9/27

タメシ  
今朝の沖浦氏のコメントについて思うことは、戸田城聖氏が高らかに謳い上げた「日蓮正宗門外不出の御抄」云々をどうするかという問題である。このことは近く発刊されるであろう新たな御書全集に答えが出ているのかもしれない。

また、少し以前の話題として、原理主義と現実主義があった。わたくしはこの時、デジタルとアナログの関係について解説を求めた。その答えがまだ示されていないようである。

さて、顕正新聞の続きである。

女子部第十二区総班副長(首都圏)は、身延派に執着する義父を何としても顕正会に入信させようと頑張っていた。

 しかし「自分は身延派日蓮宗で題目を唱えているから」と、邪宗の題目を唱え始めたときには、とても切ない思いになりました。

なかなか一般的には理解できない話である。沖浦氏も題目はぜんぶ同じだと言っているし、一般人ならばなおさら違いがわからないだろう。

以下は臨終を迎える前日の話である。

 病室に入り、「お義父さん、勤行しよう」と伝えると、朦朧とする中にもしっかりとうなずき、無事に入信勤行を執り行うことが叶いました。

甚だ恐縮ながら、ここも一般人の思考に基づくならば、もはや本人には入信の自覚がないのではないか、ということになるだろう。

わたくしは何もこの人たちの純粋な気持ちを踏みにじるつもりで言っているわけではない。近年の顕正新聞にはこの手の記事がたくさんある。すると顕正会の入信パターンの一つとして、問題点が浮かび上がってくるのだ。

名ばかりの入信である。

これは顕正会全体の深刻な問題であり、一例を挙げれば比較的に若い世代においては軽いノリで試しにやってみよう的な入信が多い。これは折伏成果としては数字を増やすことができても、顕正会の実数そのものを増やすことはできない。結局、臨終間際の入信も同じことではないかと思うのだ。不謹慎ながら、亡くなってしまってからでは入信できない。逆に言うと、亡くなる直前までは折伏の成果になるのだ。

いや、もちろん、彼らがそうした成果を目論んでやっているのか、それとも純粋に相手の成仏を願ってやっているのか、この点はわたくしがとやかく言うべきではないだろう。

主治医が医学会で私の症例を発表
「顕正会の信心には不思議な力がある」と


女子部第二百区(静岡県)の平会員が発表している。この記事にも近年の顕正会の問題が垣間見えている。医学会で発表云々がいかがわしいのである。今後はちゃんとした医学論文の中から引用すべきだろう。いわば上掲は医学会での発表ではなく、そこでの休憩中における茶飲み話みたいなレベルのものだと思う。

前主治医は
 顕正会員だった!


これも本人の登壇が必要だろう。わたくしの記憶の範囲では、顕正会には過去に二名ほど医者がいた。一人は東北で病院経営をしている人だったと思う。もう一人は男子部の隊長として活躍していたはずだが、宗門に移籍してしまったとのウワサをどこかで聞いたことがある。以来、活動会員で医師の資格を持つ人は登場したタメシがない。

未入信の父が穏やかな臨終とげる
 回向の有難さを実感、大慈大悲に感涙


話を戻して恐縮だが、婦人部岡山支区総班長(広島県)の記事は一つ前の話題に関連する。この場合、成果は無関係、父親に対する純粋な気持ちだけが伝わる記事である。

ならば前述の話題においても、成果はあくまで副次的なものなのだろう。近親者であれば穏やかな臨終を願うのが当然であり、さすがに成果主義に毒されている人はそう多くはいないのかもしれない。

とは言え、顕正会の恒常的な問題である名ばかりの入信の一つのパターンであることは事実であり、もし顕正会が本気で組織拡大を考えているのであれば何かしらの抜本的な改革が必要である。

 世間の店の中には・・・

わたくしの大好きな「食は薬なり」である。今回は日刊ゲンダイの精米改良剤についての記事を引用しつつ、芙蓉茶寮ではそうした食材・食品を使わず、すべて高品質食材を使って調理していることを謳っている。

 製造スタッフは日々開発に取り組み、これまで250種類を超えるおにぎりが販売されました。

あえてツッコミを入れれば、さすがにその中には失敗作や不評のものも多く存在するのだろう。まさか常に二百五十種類あるわけではあるまい。

とは言え、記事には六種類のおにぎりが写真で紹介されていて、どれも美味しそうである。

それはさておき、前掲はいかにも顕正会っぽい言い回しである。意味が通じないわけではないが、もう少し違った表現を考えたほうがいいだろう。

2021/9/21

タメラウ  
大沢氏が厄介な事案を持ってきた。実はすでに数日前に幻の総支隊長氏のブログを読んで内容は知っていたのだが、わたくしとしてはどのように扱うべきか悩ましいところなので、このまま知らないフリをするのも有力な選択肢だった。しかし、拙ブログのコメント欄に書かれては観念するしかない。

直近のコメントに注目したい。

手続が複雑であり委任状(合計4通必要です)等の書式も少ないため、たとえ弁護士でも実務経験を有していなければ・・・

大沢氏も指摘しているように、顕正会の二人の弁護士は実務経験が乏しい。しかも今となっては顕正会専属で仕事をしているようなので、なかなかベテラン弁護士にレクチャーを受ける機会もないのだろう。ここが弱点のようである。

それにしても現金差し押さえとは何だろうか?

現金没収ならば反則金だとか罰金みたいなイメージで大きくは外れていないはずであるが、差し押さえの場合はまるでイメージが浮かんでこない。

細かいことを気にすれば他にもいろいろあるが、この件はこのくらいにしておこう。今後の動きで注目しておきたいのは、この件に関して顕正会側がどのように報道するかである。ダンマリを決め込むのだろうか?

 世界広布が成ったら・・・・・

 新潟から佐渡に橋掛けるかトンネル掘って、リニア通し
て、素晴らしい場所ばかりの島ですから、その中で特選して場所決めて、高さ500メートル程の日蓮像建立して、その元にご本尊ご安置して、世界の聖地にして欲しいです。


さて、沖浦氏である。上掲の続きには三大秘法抄の引用がある。ゆえに言わんとしていることは、佐渡に本門戒壇を建てるべきということだろう。かつてはアフリカに建てるべきと言っていたはずであるが、本人はお忘れであろうか?

どうも最近の沖浦氏はその場の思いつきの発言が多いようだ。

それでは今日も顕正新聞の続きを読みたい。

 「昭和四十七・八年ごろ、浅井さんと五・六回話したことがあるんだよ。猊下もいた」

女子部第七十一区長(首都圏)によれば、上掲の発言者は竹岡誠治氏らしい。しかし、もしそうだとすると、ずいぶん不正確な記憶である。顕正会側の書籍では氏が先生と直接的に相対したことはないはずだし、当時、猊下の臨席をたまわるような立場だったとも思えない。この辺のことを区長はどう思っているのだろうか?

新型コロナの予防・治療薬として
 注目を集める「イベルメクチン」


この記事はひじょうに興味深い。この薬はもともと北里大学特別栄誉教授の大村智氏が開発したもので、ノーベル生理学・医学賞を受賞するほどの大功績なのである。もちろんコロナ前の話だ。

抗寄生虫薬

つまり、本来は別の目的で作られた薬なのである。それが新型コロナの予防ないし治療薬として効果があるのではないかと言われ、注目を集めているのだ。

ぜんぜん関係ないことを言うと、上掲はいかにも顕正会員が好きそうな薬である。妙観講員を寄せつけないためにも服用するべきかもしれない。

冗談はともかくとして、近況はどうだろうか?

各種報道ではワクチンを云々する頻度がベラボウに高いものの、イベルメクチンについてはほとんど報道されていない。ここにさまざまな裏事情がありそうである。これについてはすでに顕正新聞の当該記事にも触れられていて、小見出しの一つを紹介すれば次のごとくである。

否定的なWHOと
   大手製薬会社


世界保健機構が否定的であれば医療関係者も使用をためらうのが普通だろう。製薬会社が消極的である理由は早い話が儲からないからだそうである。

しかし、おかしな話である。

もしこれが特効薬なのであればなぜに使用をためらうのかである。世界中で苦しんでいる人がいて、しかもすでにたくさんの人が亡くなっているのだ。ワクチンだって通常の治験期間を経ずに緊急承認されているのだから、同じことだろう。

イベルメクチンについては後の顕正新聞にも出てくるので、その時にまた取り上げたいと思う。

2021/9/16

チカスイ  
太郎氏から貴重な情報をたまわった。

最初に言い出したのは、浅井克衛氏だったはずです。

いわゆる富士の地下水の言い出しっぺが誰であるか、太郎氏によれば克衛とのことだ。欲を言えば、顕正新聞ないし冨士に掲載されているであろう彼の発言を具体的な号数で示していただければと思うのだが、さすがにそんなワガママな要求にまで応じて下さる人はいないだろう。

話は脱線するが、今現在、克衛はどのような生活をしているのだろうか?

年齢的には還暦に近いはずである。もし一般の会社などで働いていれば、どこかで目撃されていてもおかしくない。そうした目撃証言がまったく存在しないとすれば、一種の引きこもりなのかもしれない。しかし、ゆうに十年以上になるだろう。その間、まったく外に出ていないとすれば、相当に重症である。若い頃から男子部の幹部として活躍し、ある時期までは日本全国を駆け回っていた人物なのである。それが一転して自宅から一歩も出ない生活をしているとすれば、それこそ宗門などから罰の現証と言われても反論できないだろう。

さて、顕正新聞の続きである。今回も創価学会ネタが多い。

さらに昨年、両親共にコロナ感染で亡くし・・・

第十四婦人部幹事・湘南支区部長(神奈川県)の記事にはご覧のような記述がある。当然、創価学会員の話であるが、わたくしは思った。では、顕正会員はどうなのか、と。

大聖人の御書には、感染病で多数の死者が出ている中、門下の死者が少ないのはそもそも門下の全体数が少ないからなのか、という意味が出てくる。わたくしが言うのもおかしな話だが、これはきわめて常識的な思考である。つまり、創価学会と顕正会でコロナの死者を数えた時に前者が圧倒的に多かったとしても、それは単に母数の違いに過ぎないのだ。

しかも上掲は昨年の話であり、いわばここがポイントである。創価学会では早くから活動を自粛する方針を取っている。感染防止の観点から当然のことだろう。一方の顕正会はそこが違う。いや、厳密にはリモート座談会みたいな方向に切り替えているので、やはりコロナの怖さを認識しているわけだが、それでも街頭での配布活動などは継続して行なっているようである。そしてこれは後の顕正新聞に出てくる話だが、結果として組織内で集団感染を起こしているのだ。

顕正会は今や男女混成チームと化している。しかも年齢の区切りがない。いわゆる婦人部に対する女子部という名称からイメージされるのは、比較的に若い女性たちの組織のはずである。しかし、ご存知のごとく女子部にも後期高齢者がたくさんいるのだ。つまり、そこで集団感染を起こせば、死亡者が出てもおかしくない状況なのである。

今回の公明党・遠山清彦問題は、婦人部にとどまらず学会全体に波及して大変なことになっている・・・

これはその通りである。遠山議員が辞職してかなり経ってから、特捜部による家宅捜索があった。過去の例を見ると、国会議員の不祥事の多くは辞職するから許してね的な手打ちがあって、それ以上の追及が行なわれない場合がある。ところが今回はそれが通用しなかった。今現在は自民党総裁選の報道一色となっているが、またいずれ公明党に対する追及が始まるかもしれない。

婦人部大阪支区部長(大阪府・兵庫県)の記事にも創価学会ネタがある。

 「夫は『おカネがない』と言いながら、自腹で義母と都議選の応援に行って、馬鹿じゃないか。聖教新聞を配達する人が少なくなってからは、夜中の二時から配達に回わっている」

まず、自腹は顕正会だって同じだろうと言いたい。都議選の応援については前回の拙稿に書いた通りである。これが創価学会の強さであり、事実、全員当選を遂げた。ところで聖教新聞の配達は手当てが貰えると聞いたことがある。上掲から想像されるのは今までよりも広いエリアを担当しているわけなのだろう。当然ながら貰えるおカネも増えるはずである。

わりと最近になって聞いた話だと記憶するが、地方では聖教新聞を読売新聞の販売店が配達しているそうである。おそらく過疎地では車やバイクで配達しているのだろう。上掲の場合は大阪府ないし兵庫県の話と思われるので、地域的には創価学会員の密度が高いので自転車ないし徒歩での配達が可能である。このように見れば、創価学会では会員の負担を考えて、過疎地では配達業務を委託していることになるだろう。悪い話ではない。

「信平狂言事件」から見た
    大草一党の卑劣な習性


世相閻魔帳の第十回はまたしても大草批判である。上掲はその見出しであるが、これだけでは意味不明だろう。以下は本文からの引用ではなく、掲載写真の文面を書き写したものである。

暴かれた色魔・池田大作の正体

「池田大作はケダモノです、鬼畜です!」
 強姦事件の被害者が詳細を告白


これらは慧妙の記事の見出しである。これで全体像が見えただろうか?

これはレイプ裁判の奇妙な顛末とも言うべき話であるが、早い話が信平某のレイプされたとの訴えは狂言だったのだそうである。その狂言に乗っかって大々的に報じた。それが上掲だった。ゆえに今回の世相閻魔帳の言わんとしていることは、慧妙の報道姿勢に問題があるということなのだろう。実際にはもっと痛烈な批判であって、表現のいくつかを挙げれば、見出しの卑劣な習性もそうだし、キャプションのえげつなさ云々からも、その痛烈さが伝わってくると思う。

しかし、わたくしは顕正新聞にもイチャモンをつけたい。

大枠だけを見ると、顕正会はあたかも池田大作氏を擁護しているように見えるのだ。普段は池田氏をボロクソに言っている顕正会が、憎き妙観講を懲らしめるためには池田氏擁護も辞さない。この辺がイヤらしいのである。

もっともここは是々非々という言葉で片付けられる部分なのかもしれないとは思う。

だが、しかし、池田大作氏の女性スキャンダルは信平事件に限った話ではない。それこそ週刊誌レベルで検索すれば無尽蔵に出てくることだろう。今は調べていないが、もしかしたら顕正会も過去にはこの手のネタをあげつらったことがあるかもしれないのだ。ならば目くそ鼻くそだろう。

もし逆に、池田氏に対しても大草氏に対しても週刊誌ネタには目もくれず、純粋に教義上の問題だけで批判してきたのだとしたら立派である。

思い出した。大草氏に対しては根拠のないネタを元に記事を書いて、裁判で負けたことがあったのだ。やっぱ、目くそ鼻くそ、どっちもどっち、である。

2021/9/15

グサク  
顕正新聞第1551号は各地の集会での登壇を集めたものである。ぜんぶで二十五本ある。もはやウンザリであるが、当該号はそれ以外にコラムが三つあるのだ。けっこう頑張っていると思う。

世相閻魔帳、インフォメーション、食は薬なり

これらは次回以降に取り上げるつもりだ。

先生のお姿と重なり・・・

一面トップは副総合男子部長である。上掲だけでは意味不明であるが、早い話が大聖人と浅井先生が重なって見えると言っているわけである。このような会長本仏論的な発言がどこまで許容されるのか、その線引きが難しい。

富士の教学の地下水に達せられ・・・

そもそもこれは誰が最初に言い出したものなのか、ご存知の人がいれば教えてほしいものである。しかし、上掲は少し表現がおかしいと思う。先生の教学は富士の地下水に達するほど深い、というような意味を言っているはずなので、富士と地下水の間に教学を入れてしまうとおかしくなるのだ。

さて、次は男子部第十三総部長(首都圏)である。

東京に四回目の緊急事態宣言を発令する愚策が決定した・・・

まず、発令ではなく発出が一般である。一部の報道では発令となっているものの、基本的にはロックダウンほどの強制力を持たない意味からも、いわゆる命令とは異なるものだとされているのだ。

問題は愚策のほうだ。顕正会でもコロナについては多くの言及がある。しかし、その解決策は語られていない。しかるに、ここでは愚策と断じている。だったらどうするべきなのか、具体的な提案を示すべきだろう。

新「新潟会館」ついに竣工、目を瞠る威容!

確かに目を瞠るものがある。

二面は女子部幹部四人の記事が掲載されている。そこで目に付くのは、ひれ伏す、である。

先生の仏法上の偉大なお立場にひれ伏す・・・

先生のお立場に、ただひれ伏した・・・


ハタから見れば教祖様にひれ伏している図が浮かんでくる。ところがである。次を読むと頭がこんがらがってくるのだ。

身命も惜しみ給わぬ大慈大悲にただひれ伏す・・・

久遠元初の自受用身なればこその御威徳と、ひれ伏す・・・

諸天に申しつけ給う大聖人様の絶大威徳には、ひれ伏す・・・


引用範囲が狭くて意味が読み取り難いかもしれないが、三番目を踏まえて残りの二文を読めばわかるだろう。

幹部たちは何の思慮もなく無意識に使っているだけなのかもしれないが、今後もし本格的な顕正会研究のようなものが行なわれるようになれば、問題視される部分であることは確実である。

煩瑣ながらも三面の婦人部第五総部長(首都圏・徳島県)の記事も引用しておこう。

その大慈大悲にひれ伏し・・・

絶大威徳に、ただひれ伏し・・・

先生の仏法上のお立場にひれ伏す・・・


これまた引用が短くて恐縮だが、三つのうち二つは大聖人にひれ伏すと言っていて、最後の一つは浅井先生にひれ伏すと言っているわけである。

以前も指摘したように、ひれ伏すは現代感覚からするとかなり特殊な表現である。ゆえに大聖人に対してこれを使うのは、大聖人がいかに尊い仏様であるかを印象付ける意味で有効だとは思うものの、まったく同じ表現を浅井先生にも使うのは甚だ疑問である。浅井先生を教祖様であると言っているようなものだし、少なくともハタからはそのように見えてしまうはずである。それでいいのだろうか?

さて、四面に移ろう。

この件で都議選の電話選が大苦戦している。

第二十九男子部長(中国地方)の記事には興味深い記述がたくさんあるのだが、上掲だけ紹介しておこう。ようは遠山議員の不祥事でいわゆるF活動に苦戦しているとのことである。具体的には都議選のことだが、ご存知のごとく公明党は全員当選だった。さらに余計なことを言うと・・・

電話選?

これは創価学会の人に聞きたい。普通に使われている用語なのか否かである。雰囲気的には電話戦ではないかと想像するのだが、いかがだろうか?

今回の選挙も厳しい。

上掲は男子部第百四十三隊支隊副長(首都圏)の記事に出てくる。当然、創価学会員の発言であるが、ラクな選挙はないのだ。毎回毎回厳しいのである。油断して負けるのがいちばん愚かなことなので、情勢的には有利であってもそうは言わないのだ。結果的に今回の都議選も全体の得票数は減らしたものの勝っている。選挙に強いのが公明党のウリであるが、その秘訣は油断しないことなのだろう。

女子部第二百七十一区総班長(愛媛県)の記事も選挙に関してである。

・・・愛媛の学会員が先の都議会選挙のために奔走していた姿が見て取れ、「選挙マシーン」と言われた学会婦人部の衰退の実態を垣間見る思いでありました。

甘い認識だと思う。創価学会の都議会選挙に対する思い入れはハンパないものである。ゆえに全国の創価学会員が都議選のタイミングに合わせて上京してくるとも言われている。ところが今はコロナ禍なのでそれができない。得票減の理由の一端もそこにあるのかもしれない。いずれにしても愛媛の創価学会員たちが都議選のためのF取りをすることはさして特殊なことではなく、全国の創価学会員が同じことをしているのである。ゆえにこの一事をもって衰退を云々するのは、認識違いも甚だしいだろう。

今日は男子部第三十四隊支隊長(秋田県)の記事を引用して終わろう。

周囲の店は軒並み売上が下がっているところ、副長の店はなんと過去最高の売上高をはじき出し、さらにこのたび、かねてからの念願であったコンビニ第二号店の出店が決まった・・・

秋田県の事情はわからないので、わたくしの地元について説明しておこう。緊急事態宣言が出ていて飲酒を主体とした店舗は多くが休業している。また、普通の飲食店も酒類の提供を停止しているので、いわゆる繁華街は閑古鳥が鳴いている。さらに今夏は感染拡大が著しかった。わたくし自身、内緒で飲める店にしばしば通っていたものの、ヤバイと思って行かなくなってしまった。同様の人が他にもたくさんいるはずである。結果として、コンビニやスーパーの需要が増えたのだ。

2021/9/13

クチキキ  
まず、今朝の沖浦氏のコメントは相当に意味不明である。

 念仏は原理主義の要素が強く、お題目は現実主義が前に出ます。
 原理主義は割り切りの思想であって、現実主義は割り切りを行いません。
 デジタルとアナログの関係性です。


念仏と題目の違いを説明しているつもりのようである。しかし、なぜそのように言えるのかが不明であるし、最後のデジタルとアナログの関係性についても、どちらがデジタルでどちらがアナログなのか、それすらも俄かには読み取れない。その場の思いつきで書いたのだろうか?

さて、顕正新聞の続きである。

同志が人知れず臨終、娘(未入信)から聞く良相

女子部第三百二十五区支区長補(首都圏)の記事には、ご覧の見出しが付いている。ところがである。本文中には次のようなくだりがあるのだ。

 すると娘の彰子さんはたいへん驚き、吉野さんが全く苦しむことなく臨終を迎えたことを教えてくれ・・・

人知れず云々はいわゆる孤独死のことだろう。ところが本文中には娘さんが看取った意味の記述があるのだ。見出しは編集部が考えて書いているはずだが、いったい何を考えておるものかと思う。

それから女子部第百九十一区総班長(高知県)の記事には、次のような記述がある。

細井日達書写の本尊を受持している北川さんに、日達の悪臨終を伝え・・・

このことは繰り返し問題視してきた。まず、世間一般の感覚からすると、非常識きわまる言動である。ましてやこの話は不確かな情報に過ぎないものを、顕正会が誇大に喧伝しているような印象なのである。何しろ顕正会しか言っていないからである。いわば一種の捏造である。

次の女子部第二百二十一区総班長(兵庫県)の記事は、創価学会ネタが中心となっている。

生活保護の手続きと引換えに入信を迫られ「仕方なく学会に入った」と語る多くの高齢学会員・・・

わたくしの見聞からしてもこれは事実なのだろう。また、今朝の沖浦氏のコメントを援用すれば、これこそがまさに現実主義そのものである。そしてこれは公明党の存在が大きい。議員の口利きで手続きがスムーズに進むであろうことは想像に難くない。逆に顕正会にはこれがない。だから伸びないのだろうか?

 また話ができた学会壮年は「婦人部が怒ったら、もう終わりや…」と、七月の選挙を絶望視し・・・

前後の文脈からは読み取れないが、七月の選挙とは都議選のことだろうか?

もしそうだとしたら大外れだったことになる。もっともこの先の総選挙がどうなるかを考えると、そこでようやく絶望視云々が生きてくるのかもしれない。

世相閻魔帳の第九回は、東京五輪の深い闇、というタイトルである。

東京招致が決まった瞬間。侫人どものこのバカ騒ぎ

記事の内容もさることながら、掲載写真が興味深かった。何年前だろう。今から見れば、誰もが少しずつ若い。しかし、当時の都知事と首相、それからシンキロウさんは組織委員会の会長だったか、いずれも途中で表舞台から去ってしまったことが印象的である。

「アニメを使って楽しかったが、最後に汚物が出てきて絶望」

本文に目を転ずると、まずは上掲が気になった。汚物とは何のことだろうか?

JOC経理部長自殺

この件も本文にあるごとく、報道がほとんどなかったことが不自然きわまるところで、今となってはそんなことがあったことも多くの人の記憶に残っていない。

スタッフ(責任者クラス)一人の「日給」を三十五万円(八十万円になるとの報道もある)と異常な高額で発注・・・

いわゆる中抜き問題である。この中抜きは意味が広くて人によって感じ方が異なるかもしれないが、この場合は実質的には日給一万二千円程度が支払われるとのことなので、では残りの三十数万円ないし七十数万円はどうなるのか、そこが大問題である。まったくふざけた話で、世の中にはラクして金儲けをしている人がそれなりの数で存在する。今のご時世、月給が三十五万に満たないような人も少なくないのだ。その意味で日給三十五万ないし八十万はとんでもない話である。

 護身用に「防犯ブザー」を持とう!

これが興味深かった。実際の使用法など、具体的な記述がかなり有用である。しかし、次のくだりはどうかと思った。

 そして、万が一の事態に備え、護身用に「防犯ブザー」「催涙スプレー」等を携行すると、いざというとき役に立ちます。

催涙スプレーを過激派っぽいと思うのは、わたくしの偏見だろうか?

2021/9/8

ゲンドウリョク  
顕正新聞第1550号を読もう。

指導をされた。

指導をした。

指導をした。


当該号は六月度班長会を中心に組まれている。上掲は順番に男子部・女子部・婦人部の班長会についての報道であるが、違いは一目瞭然だろう。これがいつからなのかはわからない。ともかく総男子部長だけが特別というか、格上であることをよくあらわしている。

 そして今、新型コロナの変異株が七・八月には感染爆発することが明らかにもかかわらず・・・

ほぼ二ヶ月遅れの当該号であるが、こうして時間差で取り上げることにもそれなりの意義がある。総男子部長の発言はめずらしく正解だったことになるだろう。もっとも世間一般でも多くの識者が同様のことを言っていた。

以て御馬前到達を急がれる先生に・・・

それにしてもいかがなものかと思う。ようするに三百万まで動かないと言っているのだ。政治に目を転ずれば、今夏の感染爆発が手伝ってのことだろう、とうとうスガ政権が終わりを迎えた。新首相が誰になるかは現段階では自民党の総裁選すら始まっていないので何とも言えないところだが、いずれにしても直後には総選挙が待っている。結局、顕正会はこうした国内の動きとはまったく連動していないのだ。それでいて三百万になれば動くらしい。いったい何の意味があるのだろうか?

ちなみに二面左側の副総男子部長は浅井先生の有名なセリフを紹介している。

 「客観情勢がその必要を迫るなら、いつでも立つ」

カッコイイ。言っていることは実に立派である。しかし、世間の客観情勢は必要を迫っていても、顕正会の客観情勢は芳しくない。だから立つこと能わずなのだ。

 しかもそのときは冥々ではなく・・・

女子部第二総部長(栃木県・四国)の発言である。冥々は一般的にはほとんど馴染みのない言葉だろう。そして一種の解釈論でもある。例えば蒙古襲来で日本が亡びなかったのは大聖人による冥々の御守護だと顕正会では主張している。ここは解釈の余地があるというか、当然ながら別の意見もあるだろう。彼女の言わんとしていることは、これから実現するであろう広宣流布・国立戒壇建立はそうした解釈の余地を残さないものであり、誰にも否定できない厳然たる事実としてあらわれてくることなのだと、そんなニュアンスを言っているのだ。さて、どうなることやら、である。

五面には創価学会関連の話題が集中している。

学会がなくなったら巻物を返すだけ

婦人部松阪支区支区長(三重県)の記事には、創価学会員のご覧のような発言がある。これに対し、御本尊の尊さも有難さも教えられていない、と書かれている。しかし、顕正会も似たり寄ったりだろう。基本が遥拝勤行である。しかも入信勤行をしてそれっきりの人も少なくない。つまり、そういう名ばかりの入信者は巻物のことをまったく理解していないことになるわけで、上掲の創価学会員よりも程度が低いかもしれないのだ。

 「ある地方では、学会から地区ごと顕正会に移ってしまった。一生懸命に活動してきた人ほど顕正会に行ってしまう」

これは婦人部横浜支区班長(首都圏)の記事に出てくる。もし事実ならばその人たちの登壇があっても良さそうなものである。

話が変わって恐縮だが、かつて顕正会を集団脱会し、妙観講に移籍したという話があった。妙観講でビデオを作っているくらいなので、ウソではないのだろう。確か二百名の集団脱会だったと思う。それも顕正会がまだ十万人を超えたくらいの時期の話なのだ。今現在が二百数十万であることからすると、当時としてはかなりのダメージだったと思われる。こうした背景を踏まえると、近年の顕正新聞における妙観講破折は積年の恨みが原動力となっているのかもしれない。

2021/9/3

ゼセイ  
顕正新聞の続きである。

 岡部さんは大学病院への献体を希望していましたが、私が成仏の大事を熱く語るとやめる決意をし、安堵いたしました。

創価学会・宗門を経て、顕正会に入会してきた男性女子部員である。医学の進歩のためには献体も必要なのではないかと思うのだが、違うのだろうか?

近年は信徒が激減し、日々の生活もままならないほど困窮している・・・

具体的にどこの寺院とも書かれていないところがイヤらしい。

さて、次は男子部第八十三隊班長(首都圏)であるが、昭和五十年に創価学会に入り、平成二十二年に脱会し、平成三十年に顕正会へ入会してきたそうである。

広宣流布の最終段階に正しき師匠・浅井先生の驥尾に付して・・・

記事の最後のほうにも広布最終段階を云々するくだりがある。しかし、いつも言っているように広布最終段階が使われるようになったのはかなり昔の話である。彼は平成二十二年に創価学会を脱会したそうだが、それよりもさらに十年も前から顕正会の中では最終段階を云々していたのである。その辺の事情を考えると、何かモヤモヤした気持ちが湧いてくるのではあるまいかと思う。今はまだ気がついていないだけなのだろう。

「寄生虫」の悪あがき

世相閻魔帳の第八回は妙観講ネタである。本題からは大きく外れるが、わたくしが注目したのは次のくだりである。

 本来なら、代理人弁護士をつとめた大草の息子がコメントを寄せるのが筋と思われるが・・・

大したものである。比較に意味はないが、浅井の息子よりもデキがいい、という印象を与えかねない。この点、筆者はまったく気がついていないようだ。

ヒンズー教の神であろうが平気の平左の大草

ここはひじょうに悩ましい。証拠写真を見る限り、いかにも謗法チックな置物が大草氏の近くに置かれている。ガネーシャと呼ばれるものらしい。しかもこれは宗門の行事だという。続報に注目したい。

極左団体幹部として「公安」からマークされる

男子部第百五十二隊組長(首都圏)はかつて極左団体の幹部だった。しかし、記事には具体的な団体名が見当たらない。名前を出すと困ることがあるのだろうか?

 「公明党の反主流派の青年部による大規模デモの実施日の情報を知っているか」

これは少し前にも取り上げた記憶がある。彼の上長が活動報告か何かで発表していたものかもしれない。しかし、非現実的な話だ。公明党の青年部は実質的には創価学会の青年部のはずであり、公安関係者だってそれくらいはわかっているはずなのだ。ゆえにもし上掲が本当ならば、創価学会の内部において主流派と反主流派の争いが起きていることになる。しかも大規模デモを行なうとなると、もはや水面下での攻防とは違って収拾困難となるだろう。

現状、公明党は遠山議員の辞職が尾を引いていて、その後も東京地検特捜部による家宅捜索も行なわれたし、都議選では全員当選を果たしたものの次期衆院選は相当にヤバい結果になりそうである。ゆえに反主流派云々が本当ならば、彼らは彼らなりに公明党のあり方について主張があるわけなのだろう。

思えば顕正会の内部においても組織のあり方について是正を試みる動きがあった。わたくしの知るところでは平成二十年頃が一つのピークだったように思う。今もそうした動きはあるのだろうか?

2021/9/2

ツユゾラ  
顕正新聞の続きを見て行く。

「理事長指導」六月度総幹部会より

これは初めてのことだろう。現状、総男子部長が後継であることは誰も否定しないし、否定できない。とは言え、それがどのように具体化していくかはなかなか見えてこない。ゆえにこうした何気ない表記に注目していくことになる。

「餓鬼道のどん底で御遺命違背の大罪を骨身に沁みて味わえ」

教学部長の発言である。かつての宗門僧侶は贅沢三昧だった。ところが創価学会との決別後は経済的に逼迫し、今まさに餓鬼道に瀕している。ようは、もっと苦しめ、と言っているのだ。

正系門家においても重大な局面に差し掛かっている・・・

これは第四十四女子部長(福島県)の発言であるが、現在の宗門にどれだけの危機感があるのか、わたくしにはまったくわからない。前掲のごとく、まさに食えない状況が事実であれば、そこは生身の人間にとってはもっとも切実だろう。

第八男子部長(沖縄県)の活動報告は、次のくだりがヘンである。

沖縄の元副男子部長として活動してきたが・・・

創価学会員だった人の発言だが、ここでは元はいらないだろう。

代理の介添人

上掲は女子部第百八十七区組長(新潟県)の記事に出てくる。もしかしたら活動会員たちにもすぐには意味が通じないかもしれない。雰囲気的には入信勤行の引率者みたいな感じだろうか?

梅雨ぞらに咲く紫陽花

空が写っていない点が不満かもしれない。

「基礎教学書」をモンゴル語≠ノ翻訳!

女子部第百五十九区長(モンゴル・首都圏)のような人材が世界中にいれば、顕正会の海外布教も飛躍的に伸びるのだろう。それはともかく次の記述が気になる。

人口の八十%がワクチンを接種したにもかかわらず、感染者数・死者数は共に百万人当たりの換算で世界一という危機的状況・・・

わたくしがサボっている間に、日本も最悪の状況になってしまった。現状、入院できずに自宅で亡くなる人が後を絶たない。上掲ではモンゴルが世界最悪国とのことだが、どうやらアジア圏全般において感染者が激増しているのが現状のようである。そうした中、医療先進国のはずの日本において、入院すらできない状況が続いているのだ。

また、モンゴルの事例はワクチンに効果がないことを言っているようにも聞こえる。折しも日本ではワクチンに異物が混入していたとか、あるいは三十代の人がワクチン接種後に死亡したとの報道が流れた。

このような最悪の状況下、顕正会は何をするのだろうか?

2021/9/1

デンシセン  
ゆえあって先月はほとんど更新できなかった。今月は気を取り直して更新していこうとは思うものの、はたしてどうなることやらである。最大の理由はモチベーションの低下となるだろうか?
実際問題として、もう何年も前から惰性でダラダラと書いていたのが現実である。ゆえにちょっとしたキッカケで更新が途絶えれば、それっきりになってしまうだろうことはわかっていた。今夏、たまたまそのようなタイミングが訪れたわけである。
ゆえにこの際、ブログ終了の宣言をするのも一つの選択肢ではあるわけだが、根がケチなものだからせっかく積み上げてきたこれまでの投稿実績を、このまま捨ててしまうのもモッタイナイという気持ちもある。ゆえに、どうなることやらわからない、というのが現時点の結論である。

顕正新聞第1549号の一面には、QRコードが載せられている。たぶんスマホで読み取らせると、顕正会の公式ホームページにたどり着くのだろう。

文應元年

この表記が気になった。わざわざ難しい漢字を使う理由があるのだろうか?

さて、二面以降は六月度総幹部会の会長講演である。いつものごとく気になったところを拾って行きたい。

私は広宣流布の軸が大きく回りゆくを、ひしひしと感じます。

総幹部会は顕正会の命だそうである。かつては二つの月例行事があった。一つは総幹部会。もう一つは御書講義である。明らかな変化である。

それはともかく、軸が大きく回る、というイメージがわからない。

七九%まで弘通がなされております。

ノルマっぽい話を会長が率先している点が気になる。

 これら重要御書を横糸として攝し・・・

これにはタマゲタ。摂しでよかったのではあるまいか?

宇宙戦・サイバー戦・電子戦

サイバー戦と電子戦の違いがよくわからない。

第一次世界大戦においては毒ガスが始めて使用された。

現代国語としてどうかと思う。平均的な国語力を有する人からすると、顕正新聞は初歩的な誤字が目立つし、そのわりには逆にやたらと難しい漢字を使いたがる。早い話がバカ丸出しに思えるのだ。浅井先生にその自覚がないとすると絶望的だろう。

お手伝いし奉る

調べたわけではないが、従来はお手伝い申し上げるという表記が多く見られたと思う。


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