2022/1/5

ジクウ  
各方面から種々雑多なコメントが寄せられている。それぞれ興味深い内容ではあるのだが、面倒臭いので触れないことにしよう。今日も顕正新聞を読む。

戒壇の大御本尊を捨て奉った学会、その学会からカネが入らなくなるや、恐れ多くも戒壇の大御本尊様を「営利の具」とし・・・

男子部第六総部長(首都圏・沖縄県)の言っていることは意味不明である。かつては創価学会員が大量に登山し、御開扉を受けていた。カネが入るとはその意味に他ならない。では、その時は営利の具ではなかったのか、そこが問題である。顕正会では解散処分以降、正本堂を認めておらず、それ自体を不敬の御開扉として批判していたはずである。ならば今さら営利の具を云々するのはおかしな話であろう。

平伏す

珍しい表記である。ヘイフクす、とも読めるが、ヒレフす、と読ませている。

透徹のご見識

顕正会では浅井先生の見識を褒め称えるのが長年の慣習になっている。そうした中でどのようなバリエーションがあるのか、そこが一つの注目点だろう。

大聖人様が細井日達をして書かしめた証明書・・・

これは副総合婦人部長の発言である。何の証明書だか気になるところだが、ようするに妙信講への解散処分宣告書を、唯一の仏弟子の大集団であるとの証明書、と言っているわけである。

しかし、ここには一つの条件がある。将来的に時の猊下から解散処分の取り消しを受ける必要があるはずなのだ。その条件をクリアしない以上、しょせんは独立教団路線を歩むための正当化の論理、早い話が手前ミソの論理に過ぎないことになるだろう。

これに関連して、婦人部第八総部幹事(首都圏・近畿・山陰)が次のように言っている。

国立戒壇堅持の貫首上人ご出現をお待ちになる先生のお立場の重大さ・・・

わたくしに言わせれば、先生の立場が重大に思えるのは顕正会員だけであって、ほぼ幻想である。勝手な想像ながら、おそらくは宗門復帰のために何らかの工作を施してきたのだろう。しかし、それらはすべて不調に終わった。今は独立教団まっしぐらであると同時に、淡い期待として顕正会を理解して下さる猊下の出現を待っている。もはや待つしかない。他に手立てがないのだ。

当該号の第四面を見て、ああ、そうか、副総合女子部長が誕生したんだったな、と感慨深く思った。

顕正会に詳しい人しかわからない話だが、副総合女子部長は数名いたのである。当てずっぽうながら五人くらいはいたと思う。女子部は顕正会の中でもっとも大きな組織であり、副総合がたくさんいても不思議はなかった。やや大袈裟に言えば、あたかも創価学会の副会長みたいな感じだったのだ。ところがある時期にいなくなった。おそらく一人もいなくなった。ここ数年は総合女子部長の次に女子部副部長という役職を置いていた。それが今、新たに副総合女子部長が任命され、どうやら女子部副部長は席次としては三番目に位置するごとくである。この辺、組織内の権力闘争的な感じがイヤらしいし、そもそもあれほどいた副総合たちはどこに消えてしまったのか気がかりでもある。

それはさておき、記事を見て行こう。

 小室眞子さんの不祥事に寄せて・・・

総合女子部長もヒドいことを言うものである。普通、結婚は慶事であろう。

次は新たに任命された副総合女子部長であるが、いわば女子部副部長を飛び越えての大抜擢だった。ここは浅井先生も一枚噛んでいるのだろうか?

・・・全日本人の命に深く打ち込まれました。

引用が短くて意味不明である点はご容赦願うとして、ようするに浅井先生の一年間の足跡を云々しているくだりである。その結論として、先生による数々の重大講演が全日本人の命に深く打ち込まれたと言っているわけなのだ。こういうオベンチャラを上手く使える人が出世するのかもしれない。

今や学会は崩壊の一途をたどり・・・

案に相違して公明党が議席を伸ばしてしまった。この事実を直視できず、会長講演ではいわば話を逸らすために皇室問題を取り上げたのだろう。それにもかかわらず上掲のごとく言っているのは、まったくどうかしている。

歴史的諫言

しかも皇室問題への言及が歴史的諫言なのだそうである。

・・・時空を超えて「先師の地望」を遂げられる日目上人の大忠誠に、ただ熱涙があふれたものであります。

このくだりは素晴らしいと思う。ただ現実的問題として、具体的なシナリオがどのようなものか、思い描くことは困難である。

すべては発足より六十四年・・・

久しぶりに具体的な数字を見た。最近は数えるのが面倒臭くなったものか、多くの幹部が六十余年ないし六十有余年と書いている。

次に紹介する第二十四女子部長(北関東)は副総合の系列なのだろう。星霜六十四年と書いている点からも窺えるわけだが、それにしても内容が凄まじいい。

日目上人の御姿が浅井先生のお姿と重なり・・・

もう何年も前からやめたほうがいいと忠告しているのだが、やめられないようである。

一閻浮提の座主ご出現近きとき・・・

先ほども触れたように、この具体的シナリオが難しいのだ。ゆえに短絡的に、実は浅井先生こそ日目上人の再誕なのではあるまいか、と思ってしまう人が出てくることにもなるのである。

日目上人の・・・大忠誠の御姿は、そのまま星霜六十四年の激闘を貫かれる先生と重なり・・・

第二十四女子部長恐るべし。


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