2015/7/12

傍観者と独白者の対話  
傍観者v氏はワガママである。しかもキレ易い。つまりは始末に負えない人物である。これについては後日、改めて書きたい。

さて、前回は読解力ゼロと説明力ゼロについて書いたわけだが、今回はそれに加えて支離滅裂をキーワードに書きたいと思う。

まずはおさらいである。

七月四日の拙稿に対し、さっそくその日の深夜に返信があった。三本続けての返信であり、それも一分毎の投稿なので、あらかじめ原稿を用意して貼り付けたのだろうことがわかる。その三本目には(まだつづく)と書かれていた。ところがである。なんと、その続きの文章はついに投稿されなかったのである。

この不可解さ・不自然さについてはすでに指摘済みであるが、先方からはあまり説得力のある釈明がなかった。たぶん今後も永久にないだろう。

今日はその幻の四本目について書く。以下、テキストは大石寺系教団の掲示板に五日の早朝、投稿されたものである。

>学者は権威に寄らない。権威に屈するのではなく、真実に屈するのだ。たぶん岩本氏は学者の矜持として大聖人と対等の立場から論じているのだろう。氏の法華経理解からすれば大聖人のそれは不十分であって本質に至っていない。

それは管理人殿の希望であったり、願望です。ここで感想を書いていいのでしたら全く議論になりませんね。


当然ながら上段は拙稿であり、下段が傍観者v氏の文章である。感想を書いていいのならば議論にならない・・・と。しかし、かく言うv氏はこの直後、次のように書いているのである。

しかも左翼系の「権威に寄らない。権威に屈するのではなく、真実に屈するのだ」なんてお題目で悦に入るのは結構ですが、歴史を見ればそんな理想的人物が何人いたのか、日本を見ても権威だらけ、派閥学問だらけじゃないですか。

左翼系? 何を言っておるものかと思う。それこそ貴辺の感想ではないのかと言いたいところだ。カギカッコの部分はわたくしが言っているのであって、誰かの言葉を借りてきたわけではない。もちろん同様のセリフは先人たちがたくさん言っているのだろうとは思う。だが、しかし、それを左翼の専売特許のごとく言うのは一種の偏見であろう。

また、そんな理想的人物が何人いたのか云々は、まるで別次元の話である。何を支離滅裂なことを言っておるものかと思う。

そもそも、なんでそこにツッコミを入れるかなあ、というのがわたくしの偽らざる感想である。

大聖人を批判するなどケシカラン、という人もいる。正宗系の中でも、とりわけ顕正会にはそういう人が多いはずだ。しかし、わたくしは違う。ここでは岩本という学者の側に立って、彼は学者としての信念を持っていて、その上で大聖人を批判しているのだろう、ならばその言論は守られてしかるべきだ、という意味を言っているわけである。ゆえに、そこにツッコミを入れてどうすんの、と言いたいのだ。もはやこれでは、わたくしのやることなすことが気に入らなくてケチをつけているだけの、ようは単なるイチャモンと変わりがないだろう。

何が真実に屈するのだ、ですか?そういう御託宣を述べられる人が、2015/7/1 16:21投稿者:折伏被害者の指摘にはレスしませんね。

いよいよ支離滅裂の決定版が登場した。

まず、貴辺は一般の閲覧者がどのように理解するかを考えて書いているのか、そこが問題である。上掲は唐突感が否めないところで、あれ? なんで突然ここでその話が出てくるのだろう? よくわからないなあ? というのが一般的な感想であろうと思う。この意味では相変わらずの説明能力ゼロぶりである。

私の「日蓮の教えが正しいと妄信してるカルト信者とよく理解できました。」には反応するが以下には反応できませんか?

>こうして述べてきてハッキリしたのは、厳虎さんがマインドコントロール状態から抜け出せてない事、その努力をする事に消極的であるという事です。
>これも予想通りの事なので、前回「瑠璃堂氏」の名前を引き合いに出させていただいたんです。

これ実に、同じことを言葉を変えて書いてますけど、まぁそれはこれくらいにしておきましょう。


貴辺はこれくらいにしておきましょうなどと言っているが、わたくしはこれくらいでは済まないと思う。

ここで少し煩瑣になるものの、ぜひとも過去のやりとりをご覧いただきたい。

他の質問にはスルーですか。
中途半端な人だ。
日蓮信奉者はずる賢い部分も似てます。


これは七月一日付の拙稿に対する貴辺のコメントである。わたくしは翌日、返事を書いた。

なるほど、そのように感じておられるわけか。これについては今日のブログが好例であって、ようは全部のコメントには対応し切れないので、重要なものであるとか、わたくし個人の興味関心によって、取り上げるものが変わってくるということをご理解いただきたいと思う。もちろん、都合の悪いものには触れないという場合もあるわけだが・・・

別人ならばまだしも、この時のv氏と今のv氏が同一人物だとしたら、これほどの支離滅裂さもないだろう。ゆえに、v1号・v2号・v3号と、はたして何号までいるのか知らないが、いろいろな人がv氏を騙っていると考えたほうがツジツマが合いそうである。

シツコイようだが、読解力ゼロの貴辺のために書いておこう。他の質問にはスルーですかと問われて、わたくしは上掲のように返信したのである。この流れの中で、なぜに唐突に第三者のコメントを引き合いに出すのか、である。おそらくは誰も理解できまい。

先の岩本氏ははっきりその著書で「大乗非仏説」を書いています。

だから、何なの? と言いたい。

大乘非佛説論者が大聖人をどうとかと言われても、管理人殿の感想と学術的事実を混同されては困ります。

貴辺は学者なのだろうか? もしそうならば、こんなインターネットの片隅で燻ぶっていないで、学会にでも行って堂々と発表したらどうか、と提案しておきたい。いや、もちろん、これはイヤミである。

鳩摩羅什の訳経の法華経が意訳であり、元の梵品に忠実なものでなければ、当然それをベースにした法義は土台が間違っておれば総崩れでしょう。

これはそのとおりだと思う。この点はわたくしにとっての苦悩でもある。

何か希望的感想で「事の本質を隠していると表現しているのだ。」と言ってますが、岩本氏はハッキリと鳩摩羅什の意訳箇所を否定しています。つまり引いては日蓮さんを否定している事になりますね。理解できますか?

しかし、ここは貴辺のほうにこそ錯誤がある。まさに支離滅裂の典型だ。あるいはスリカエと言うべきか?

またしても煩瑣ながら、過去の拙稿を振り返ってみることにする。

おわかりだろう、前掲は冒頭の「嘘つき日蓮」だけが傍観者v氏の手によるものであって、あとは他の誰かが書いたものである。その中に学者として著名な岩本氏の所論が挿入されているわけだ。

ところがである。某氏も岩本氏も大聖人をウソつきだとは言っていない。言っているのは傍観者v氏だけである。


あまりにも煩瑣過ぎるので、v氏のコメントは省略させていただいたが、話は簡単である。引用範囲を読む限り、岩本氏は大聖人をウソつきだとは言っていないのだ。言っているのはv氏である。大聖人を否定しているかどうかは別の話であって、このことは最初のほうにも書いたとおりである。すなわち氏が学者の信念としてそれを主張しているのであれば、わたくしはそのことに敬意を表したいとすら思うほどである。ただし、おそらくは学者としての節度からしても、大聖人をウソつき呼ばわりするようなことはないだろう。ゆえに、そのものズバリ、岩本氏が大聖人をウソつきであると言っているのかどうか、それを貴辺に問うているのである。

>傍観者v氏は薬王品得意抄を真面目に読んでいないのだろう。最低でも引用部分の前後を確認しておくべきだ。

貴方は「薬王品得意抄」は誰にどんな質問に対して日蓮が書いたものか存じているのですか?貴方の「御文の流れである。いったいこれのどこが誤魔化しなのだろうか?」という文章を見て、この人も把握されていないことがわかります。


またしても説明能力ゼロぶりを発揮してしまっている。

薬王品得意抄と更に返書をもう一度読まれることをオススメします。なお、この指摘は戸頃重基氏が指摘されて、日蓮宗が沈黙したものですよ、それもご存知ではない。

これもまったく同じである。ぜんぜん説明になっていない。しかも貴辺が学者に依存するタイプだということが、よくわかる事例である。それにしても、学者は権威に屈しない云々に噛み付いた人が、学者の権威にすがっているという支離滅裂さもコッケイである。

>又法門の事はさどの国へながされ候ひし已前の法門は、たゞ仏の爾前の経とをぼしめせ。

この時の日蓮の手紙に何が書かれてましたか?貴方は基礎的な解釈が欠落してますのでこういうことでは、論議になりません。まず確認です。何を以前の法門とし、なにをそれ以後としたのですか?

次の記事でお答えください。


シツコイようだが、繰り返し言おう。説明能力ゼロである。

わたくしの文章にも出来不出来がある。ゆえに説明が不十分だったり、うまく説明できていなかったりすることは、それこそ日常茶飯事である。それは上述の一件においてもそうかもしれない。

だが、しかし、いちおう説明としては完結しているのである。ゆえにそれが間違いだと言いたいのならば、それを指摘すればいいだけのことである。また、わたくしの説明が気に入らないのであれば、それを上回る説明をすればいいだけのことである。何を回りくどい質問をしているのかと言いたい。

以上、傍観者v氏との対話はここで一区切りとしたい。

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