2016/6/5

雑事にまみれて  
柄にもなく、ここ数日間は雑事に追われ、ブログの更新はもちろんのこと、各氏のコメントを拝見する時間もあまり取れなかった。・・・というような、もっともらしい言い訳をしておけば、いつものごとく都合の悪そうなコメントから逃げることが出来るだろう。それがわたくしの常套手段である。

さて、今日は顕正新聞第1376号の残りをやっつけてしまおう。

 また周辺一帯が断水したにもかかわらず、不思議と水が使えた部員もおり、頂いた別感の功徳に、大聖人様が衣を以て覆い下されたことを強く感じたものであります。

第二十七女子部長の活動報告の一節である。熊本大地震の話だ。

周りが断水しているのに自分の家だけ水が使える? そんなバカな話はないだろう。しかも同じ活動報告の中で、次のような話をしているのだ。

飲料水が不足する中、数時間かけて鹿児島まで湧水を汲みに行って下さった・・・

本部茶寮のスタッフがトラックで十七時間かけて熊本に救援物資を届けた。この浅井先生の深きご慈愛に地元会員たちが感謝感激している。さらには上掲のごとく、鹿児島まで湧水を汲みに行ってくれたというのだ。

しかし、それこそ別感の功徳をいただいて、熊本会館の水道が断水せずに使えていれば、よかっただろうにと思う。会館周辺がすべて断水しているのに、なぜか会館だけは断水しなかった。もしこのような現証が事実の上であらわれれば、それこそ入信者が続出することだろう。

 「この地震は西の戦いを急げとの諸天の励み!」

地元の女子部員たちが言っているらしい。諸天の励みというのは、世間的にはありがたくない話だ。

顕正会では功徳と罰の現証を説く。この地震などはいわゆる総罰に当たるのだろうけれども、実にアリガタメイワクな話だ。もっともこんなことを書くと、オマエは大聖人を信じていないのか、顕正会は大聖人の仰せのままを言っているだけなのだ、それをアリガタメイワクとは何たる言い草か、などと叱られそうである。

わたくしの思うに、罰論も大いに結構であるが、さしあたっては総罰ではなく別罰、すなわち個人の罰を云々すべきである。ともかく顕正会員が折伏をする、折伏に対して大反発をする、罰が出る。これが明々白々の現証としてあらわれれば、確実に入信者が増えていくだろう。しかし、残念ながら現実的にはそうなっていないのだ。むしろ会員たちのほうが行き詰っているフシがある。いわばそこに目を向けさせないために、総罰のほうにばかり力を入れているような感じが否めない。これが現状だと思う。そしてこれがそのままで、いわゆる他力本願的ということなのだ。地震だの津波だの、あるいは経済崩壊だの他国侵逼だの、ようはそうした外的要因に頼って入信者を増やそうとしているのだ。

次に第九婦人部幹事・神奈川支区部長の記事を紹介しよう。

 さらに、ある班長が三年近く折伏していた高校時代の校長も、基礎教学書が決め手になって入信に至りました。

これは立派な話である。時間をかけて折伏することはいいことだ。なぜならば、顕正会の折伏は騙し討ちのようなところがあって、いきなり呼び出してその日のうちに入信勤行に持って行こうとするものだから、結局は名ばかりの入信であって、実質的には即日退転なのである。それに比べれば、三年近くも時間をかけて入信に至るということのほうがどれほど確実性が高いか、つまりは本物の信心に目覚める確率が高いか、一目瞭然の話のはずである。

ただし、上掲には続きがあって、少しばかり問題を感じるところである。

・・・二年前から未入信のまま顕正新聞を購読し、また昨年末には広布御供養にも参加しておりました。

顕正新聞はいいかもしれないが、御供養はどうかと思う。これは広布御供養の精神からして問題だ。信心が純粋で応分の経済力を有する人。今は記憶のままに書いたので正確ではないかもしれないが、御供養の参加資格としてこのような意味のことが謳われているはずなのだ。校長先生だった人なので、おそらくは悠々自適の年金生活者なのだろう。ゆえに付き合い程度の気持ちでお金を出していたのかもしれない。しかし、顕正新聞はともかくとして、御供養のほうはいかがなものかと言わざるを得ないだろう。むしろ断わるべきが筋である。それをしないのは、いわば成果主義の裏付けともなるわけで、活動会員たちの苦労が感じられるところでもある。

 また、元正信会の幹部であった壮年を、ある総班副長が再折伏した際・・・

前掲と共通する部分がある。再掲しよう。

ある班長が・・・

ある総班副長が・・・


こうした登壇記事では、個人名プラス役職で表記するのが一般である。ところがここではある班長だとかある総班副長というボカした表記になっている。この辺がよくわからないところだ。

 しかしさらに驚嘆したことは、顕正会の働きかけがないにも拘わらず、すでに外部からの要請で基礎教学書が大手書店に並び、インターネットでの購入も始まっている・・・

ほほう、そうなのか、だったらわたくしもそろそろ入手して、拙ブログのネタに使おうかな?

完全に確信を失っている学会幹部
 「新潟副総県長」も言を左右に逃げ回る


男子部第二十二隊総支隊長補の記事の見出しである。こうも勇ましい男子部幹部が、なぜか法華講員の前では弱気になる。あるいは弱いところを見せまいと、法華講員との接触を回避する。実に不思議な話だ。

学会上司

ちなみに本文中のこの表現が気になった。創価学会では普通に使われている表現なのだろうか?

顕正会の場合、上司とは言わないだろう。わたくしの認識が正しければ、先輩幹部みたいな言い方が一般的ではなかったかと思う。先輩幹部、あるいは単に先輩だとか、上の幹部、たぶんこれくらいだと思うが、他にご存知の人がいれば、ぜひとも情報をお願いしたいものである。

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