2016/6/20

普通の生活パターンに戻って  
さっそく本題に入ろう。昨日の続きだ。

三上人の尊影と三悪人、一目瞭然!

もう一人の副総男子部長の記事には上掲のような見出しがついている。

中央に日淳上人、左右に日亨上人、日昇上人ましますお写真を拝見しては・・・

三上人とはこの御三方である。では、三悪人とは誰を指すのか、それが問題だ。

どうやら日達上人と日顕上人、そして池田大作氏を三悪人と言っているごとくである。

池田大作氏にしても瞬間的(?)には日蓮正宗における在家の大功労者だった。日達上人と日顕上人は言わずと知れた血脈付法の御上人であられる。つまり、この二人はくだんの三上人の系譜に連なる方々なのだ。それを真っ二つに分けてしまって、悪人と善人に色分けする。確かにわかりやすい話ではあるが、しかし、いかがなものかと思う

いまの宗門がいかに最悪の状態であるかは明らか・・・

最悪の状態が事実だとしよう。そこからどのように脱するのかが問題である。

先生のお叫びは大聖人様の御心そのまま・・・

どうやら顕正会には宗門浄化プランのようなものは存在しないようである。つまり、宗門が最悪の状態であるという認識を会員たちに植え付けることが出来ればいいのであって、それ以上のプランは何もないのである。その上で浅井先生の仏法上のお立場なるものを、例えば上掲のごとく、先生の言っていることはすべて大聖人の御意に適うものである、というように権威づけすれば、それで顕正会の存在意義を正当化できるわけで、いわば独立教団としての地位を守れるわけなのだ。

つまりは自分たちの都合で物を言っているだけの話なのだ。このことは次の第十二女子部長の発言からも汲み取れるはずである。

 そして畏れながら、御生骨が光を放ち、全世界にそれが配信されたとき、富士大石寺の命を守りぬかれた浅井先生の偉大なご存在、不惜身命を貫いた顕正会の御奉公は、どれほどの輝きを以て全世界に伝わり、永遠に語り継がれることかと・・・

短絡である。今の宗門は最悪の状態であると言っているわけだろう。ならば具体的な宗門浄化プランを打ち立てるべきである。それをせずして未来の大理想のみを思い描いて、そんなことで悦に入ってもどうにもならないだろう。

ちなみに、まさか阿部日顕追放だとか新御宝蔵建設を具体的プランだと言う人はおるまい。そうじゃないだろう。それは繰り返し指摘してきたことだ。つまり、顕正会の宗門復帰が物の順序である。そのハードルを越えられない人が、どうしてその先のハードルを越えられる道理があろうか、という話なのだ。

限りある広宣流布までの御奉公・・・

同じく第十二女子部長の発言であるが、今のままでは限りなく続く永遠の戦いとなりそうだ。

正系門家の清らかな源流を蘇らせる戦い・・・

第三女子部長もかくのごとく言っているわけだが、これも顕正会が復帰できるか否かが問われる話である。例えば、今仮に突如として新御宝蔵建設計画が発表されたとしよう。しかし、それは顕正会とは無関係の話である。宗門が独自に行なうことなのだ。あるいは日顕上人がまかり間違って擯籍処分になるとしよう。これもまた顕正会は無関係であって、宗門は宗門の事情として独自にそのような判断をしたことになるのだ。このことは正本堂の崩壊が先例である。顕正会では自分たちの主張が受け入れられたかのごとく錯覚しているけれども、宗門側としてはそのようなつもりで正本堂を壊したわけではない。顕正会は無関係なのだ。

つまり、顕正会が宗門復帰を許されない以上は、宗門はいわば顕正会の存在そのものを否定しているに等しいわけだから、顕正会が何を言ったところで無意味なのである。

え? 顕正会? ああ、あれは関係ありません。当宗とはまったくの無関係です。

これではどうしようもないだろう。

中央に日淳上人、左右に日亨上人、日昇上人ましますお写真

再掲である。今日はもう疲れたので終わりにするが、上掲について少しイチャモンをつけておきたい。

この文章はウソである。ウソが言い過ぎならば、不正確な文章と言い換えておこう。顕正新聞掲載の三上人の尊影は、三つの写真が並べられているに過ぎない。しかるに上掲の言い様では、あたかも一枚の写真の中に三上人が納まっているかのごとく読めてしまう。些細な問題だが、いちおう指摘しておきたい。

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