2016/6/28

顕正会問題の核心的部分  
前々回の拙稿に対して、勝氏から真摯な反論が寄せられた。ひじょうに重要な問題なので、今日は顕正新聞第1379号の記事を参照しつつ、思うところを述べてみたい。

「六千万が信じ奉る時、御生骨は光を放つ」
  総幹部会の歴史的講演に大感動渦まく


一面の大見出しである。そして二面に目を向けると、男子部の大幹部たちが口を揃えて言うのだ。

 五月度総幹部会において、浅井先生はまことに重大な歴史的講演を下さいました。

 一昨日の歴史的総幹部会の大感動は未だ醒めやらぬものであります。

 一昨日の総幹部会において浅井先生より頂いた、まさに歴史的ご講演とも言うべきあまりの重大な内容には大感動し・・・


総男子部長と二人の副総男子部長の発言である。

いったい何が歴史的なのか?

イヤミを言えば、このところの浅井先生は創価学会員を救う特集号ばかりを連発し、少しずつ内容に工夫はしているものの、基本的には同じことの繰り返しだった。さすがの幹部たちも内心ではウンザリしていた。今回の講演はそこから大きく飛躍して、広宣流布の新見解を発表したわけである。いわゆる御生骨について、広宣流布の時に光を放つとの言い伝えに、さらに浅井流の新解釈を加えたのだ。いわく、六千万で事実上の広宣流布なのだと、そして御生骨が光を放つのはこの時なのだと。

これを歴史的と呼ぶのは勝手であるが、すでに先日述べたごとく、問題はその実現可能性である。仮に六千万で御生骨が光を放つものだとしても、顕正会の現在の実力ではその実現は夢のまた夢であろう。

婦人部の大幹部たちも凄いことを言っている。

大聖人様の仏力による圧巻の最後の御化導・・・

地球を包む迫力・・・


総合婦人部長のこうした独特の表現力はひじょうに魅力的であり、わたくし的にはけっこう好きなのであるが、しかし、やはり実現可能性が問題である。ここでは大聖人のいわゆる絶大威力ないし絶大威徳に委任されている。これを悪く言えば大聖人に責任転嫁していることになるわけだが、いずれにしても実行するのは顕正会である。では、その顕正会の実力はどうか、はたして六千万を実現する力を持っているのか、と問われれば、わたくしは無理だと答えざるを得ないのである。

事実上の広宣流布成就の時の、事実上の国立戒壇の姿も瞼に浮かんでは歓喜雀躍・・・

これはやや余談になるが、副総合婦人部長の発言である。わたくしは以前、事実上の国立戒壇を徹底的に批判した。すると浅井先生もマズイと思ったのか、言わなくなってしまった。彼女はそのリベンジのつもりなのか、ここに来て、再び事実上の国立戒壇を言い出した。

ただし、そうした前提条件を抜きにして上掲を読むならば、それほどおかしな発言ではないのかもしれない。広宣流布が成就すれば自ずと戒壇建立の条件も整う。そこに思いを馳せれば国立戒壇の姿が瞼に浮かんだとして不思議はないだろう。

しかし、それもこれもすべては六千万に懸かっているわけであり、やはり問題はその実現可能性である。わたくしにはどうしても無理に思えるのだ。

さて、前置きが長くなってしまったようだが、これらはすべて本題に直結する話である。さっそく結論を言ってしまおう。

常識的に顕正会の実力では広宣流布など無理である。出来っこない。ゆえに顕正会では大聖人の絶大威力を言うのだ。もちろん、これを信ずることはいい。しかし、顕正会ではこれと同時にもう一つの要素を挙げている。すなわち浅井先生は特別な使命を帯びた存在であると。

勝氏ないし顕正会の諸氏は、だからどうしたのだ、それのどこが問題なのか、と反論するかもしれない。

繰り返しになるが、簡単な話である。常識的には無理、出来っこない、というのが相場だろう。そこに大聖人の絶大威力を持ち出すのはいい。しかし、顕正会ではそこに自分たちの存在意義を主張するわけだ。これまた通常の範疇であればいい。しかし、その主張たるや尋常ではない。わたくしには完全に限度を超えているように見えるのだ。

総合女子部長にお出まし願おう。

浅井先生の仏法上の重き重きお立場を、涙の中に仰ぎ・・・

どんだけ重いんだよ、と言いたい。

浅井先生こそ、仏法が壊乱されんとした時、大聖人様が召し出だされた唯一人のお方・・・

確かに御遺命守護の歴史において、そうした一面があったのは事実だろう。

恐れながら富士大石寺の命脈を保たれる先生のお立場を仰ぎ・・・

この辺からが疑問である。確かに正本堂問題においては大いなる功績があった。これは現宗門の中でも認める人がいるくらいである。あの樋田昌志氏も動画上において、何度も口にしていることなのだ。しかし、上掲は言い過ぎだろう。あたかも浅井先生が血脈相承を受け継いでいるかのようにも読めてしまうところだ。

さらに第二十四男子部長の発言を踏まえると、ひじょうに悩ましいことになる。

御遺命はこの時すでに、浅井先生に託されていたこと、「血脈は決して断絶しないのだ」と、思わずにいられませんでした。

ここでの「この時」は昭和三十一年の御生骨拝観の時である。いかがだろう、実に悩ましい文章だ。後年、日達上人から日顕上人への血脈相承について疑義が生じた。しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりである。なぜならば日達上人が相承を受けるよりも先に、すでに血脈は浅井先生に託されていたからである。

こう書くと、反論があるかもしれない。上掲では託されたのは御遺命だと書かれているのに、それを巌虎は血脈にスリカエたと。

もちろん、そんなことは百も承知である。では、なぜヤブカラボウに「血脈は断絶しないのだ」などと書く必要があるのか、である。つまりは文脈上、御遺命と血脈相承が同義ないし同価値と見做しているからこそ、このような文章になるわけだろう。

その意味で婦人部登米支区支区長の記事は興味深い。

まず彼女は日目上人の御振る舞いと浅井先生の激闘が重なると書いている。これを直ちに目師再誕論に結び付けるのは確かに強引だろう。勝氏も次のごとく言っている。

日目上人の御再誕は、無論、顕正会でも公式に謂われている。しかし、会長日目上人論などは存在しないのだ。そういう事を決め付けるのは、異流儀たる宗門ぐらいである。

これはわたくしも前々から指摘しているように、もともとは妙観講あたりがレッテル貼りに躍起になっていたようなフシがある。しかし、逆に言うと、顕正会側がそうした言質を取られるような発言を繰り返しているからいけないのだ。ゆえにわたくしは顕正新聞にそうした疑いを持たれるような発言を見つけるたびに、シツコイくらいに指摘し続けてきたのである。

さて、婦人部幹部の発言に戻ろう。次のくだりがひじょうに悩ましい。

 そこに先生が以前
 「学会は阿部日顕との抗争を始めるや『血脈断絶』などと騒いでいるが、『血脈断絶』などはあり得ない。細井日達・阿部日顕は御遺命に背いたゆえに、大聖人様から『授・受』を許されなかったが、血脈は絶対に断絶しない。『末法万年の総貫首』はましまし、広宣流布の時には日目上人が御出現になる。忽ちに御遺命は蘇る。いかなることがあろうとも、下種仏法の血脈が断絶することなど断じてあり得ない。そのように大聖人様の万々の御配慮がましますのである」
 と指導下さったことが思い起こされ、未だ伺い知ることのできない、大聖人様の深い御化導がましますのだと、ひれ伏す思いになりました。


まず、アゲアシ取りから入ると、伺い知るは辞書にないらしく、普通は窺い知ると書くべきところのようである。いや、そんなことを書くつもりではなかった。そうではなくて、ようは彼女も正直なところはわからないのだ。御相承は断絶したが血脈は断絶しない。平成十一年の浅井発言を要約すればこうなるだろう。この意味が理解不能なのである。

そしてわたくしがもっとも注目したのは次のくだりである。再掲しよう。

広宣流布の時には日目上人が御出現になる。忽ちに御遺命は蘇る。下種仏法の血脈が断絶することなどあり得ない。

この浅井発言がいつのものであるか未確認であるが、わたくしの記憶が正しければ上掲は間違いである。

×忽ちに御遺命は蘇る。

○忽ちに血脈は蘇る。


いかがだろう。御遺命と血脈がゴッチャになってしまっている。先ほど、御遺命と血脈相承を同義ないし同価値と書いたことも、わたくしの勝手な解釈ではないことがこれで明白だろう。

女子部第百六十一区長もまた、日目上人の御姿と浅井先生のお姿が重なると言い、血脈は断絶しないのだと言い、さらに先生のお立場の重さにひれ伏したと言っている。難しい理屈を抜きにして考えれば、これはもう浅井先生が日目上人の再誕だからこそ血脈は断絶しないわけだし、煩瑣になるので繰り返さないが昭和三十一年の御生骨拝観の時に日淳上人から御遺命を託されたことがすなわち血脈を託されたことと同義であり、よって血脈は断絶しないのだと、この二段構えの論理で血脈不断を主張しているのだろうとわたくしには読めるのである。

いずれにしても、もはやこうなると顕正会の正統性ばかりが主張されて、現宗門の立つ瀬がまったくないことになる。今、顕正会の正統性と書いたけれども、それも委細に見れば浅井先生の正統性であり、いわゆる仏法上のただならぬお立場なのである。さすがに慢心が過ぎるのではないか?

繰り返し言おう。

御遺命守護の功績は大である。しかし、この一事をもって万事を推するのは間違いである。顕正会にもさまざまの過誤がある。そこを真摯に自省すべきだろう。

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