2016/12/23

記事拾い読み  
顕正新聞第1394号の続きを見ていこう。

 明年以降も、基礎教学書の広告が一般紙等に大々的に掲載されることになっており、その費用も膨大となります。

理事の発言である。ようは広布御供養の推進理由の一つとして膨大なる広告費を挙げているわけだ。会館の数もすでに五十を超えているとのことで、その維持費とともにさらに新規会館の建設費も必要である。だから頑張って供養せよと言っているわけだ。いや、もちろん、そのようなブシツケな表現はどこにもないが、それは前回示した会長発言とオアイコということである。

教学試験の大綱も発表になった。登用・四級・三級の三種目である。五級がないのが問題だ。ようするに前回の登用試験に合格した人たちが五級を受けるわけだが、その試験が行なわれないのである。するとその人たちは一年間お休みでよいのだろうか? まったくおかしな話である。

 星霜六〇年、先生の激闘のすべてが大聖人様の「常住此説法」であることを・・・

この男子部第十六隊長の発言も凄まじいが、次の婦人部総務の発言も相当だ。

 すべてを知り奉られる先生の仏法上のお立場に・・・

奉り過ぎだ。

日興上人への御付嘱の延長線上である末法濁悪の未来に、浅井先生が召し出されたことも仏力によるもの・・・

第二十四婦人部長の発言も凄まじい。これら三つは、もはや顕正会が日蓮正宗を無視し、自分たちこそが正統派であると言っているに等しいだろう。その根拠として、浅井先生がいかに特別の存在であるかを強調しているわけである。わたくしから見れば、いかにも教祖っぽい。

さらに第十八男子部長の記事から要約して引用すると、次のような発言もある。

浅井先生のお言葉は大聖人様の御憤りそのものである。

こうなると会長本仏論である。ちなみに同記事の次の一行がやや問題である。

 過日の総幹部会において・・・

当該号は十一月度総幹部会の記事を中心に組まれている。すると上掲はそれを言っているのだろうと錯覚する。しかし、彼が言っているのは十月度総幹部会のことなのだ。編集部はこういうところにも気を配れるようになるべきだろう。

識者たちも指摘「第三次大戦は近い」
 先生は34年前から「核使用大戦」ご断言


男子部第七十隊総支隊長補の記事に付された見出しである。この人は元幹部自衛官であり、かつては第二隊長として活躍していたのだと記憶するが、今回の記事はずいぶん危ない橋を渡っているような印象がある。

 浅井先生は、今から三四年前の昭和五七年に開催された第一回武道館大総会において
 「早く広宣流布しなければ、核戦争によって人類は絶滅する」とすでに叫んでおられた・・・


これはマズイだろう。都合の悪い部分をうまく切り取った上で、引用しているところがひじょうに問題だと思う。これを本人はどう思っているのだろうか?
つまり、あと二十五年で広宣流布しなければ、という部分を、早く広宣流布しなければ、と書き換えているのだ。大胆にも登壇者はいわばホオカムリをして何食わぬ顔で引用しているわけである。
年数は大した問題ではないという意見もあるだろう。わたくしもそれはそうかもしれないと思う。大きな流れとして、核戦争による人類滅亡の危機が迫っているのは事実だからである。
ただし、浅井先生の大言壮語の数々を知れば、結局はダメなのだと思う。大地震しかり、経済崩壊しかりである。

さて、次は原発関係の話題であるが、第三十七隊総支隊長補の言っている意味がわたくしにはよくわからない。

島根原発では原子炉内タービンを冷却した水を安全と謳って日本海に垂れ流している・・・

これが本当だったら大問題だろう。ようは汚染水を垂れ流していることになるからだ。ゆえにおそらくは二次冷却水のことを言っているのだと思うが、それならばすべての原発がやっていることであって、基本的には何の問題もないはずである。たまに問題となるのが一次冷却水の漏洩であり、これは放射能で汚れた水なので外に流してはいけないのだ。上掲の説明ではその辺のところがアイマイであって、よくわからない。よって登壇者の勉強不足ないし勘違いの可能性が高いと思う。

臨終に関する体験発表が二つあって、いずれも妙信講時代からの古参であることが注目される。一人は医師の夫の臨終を伝えるものだが、登壇している妻は入信五十八年というツワモノである。問題はもう一つの記事で、登壇者は娘さんであり、亡くなった父親は昭和三十五年の入信というからこれまたツワモノである。しかし、次の記述が不審である。

 なかでも、父は初代講頭先生の御導師で入信したそうで・・・

これは勘違いだとは思うものの、そのまま記事にする編集部もどうかしている。当時は妙縁寺でいわゆる御授戒を受けていたはずなのだ。独立教団路線の今となっては想像を絶する話なのだろうけれども、間違いは間違いである。これを逆に言うと、今の本部首脳ないし顕正新聞編集部には、もはや妙信講時代のことを知る人材が一人もいないことになりそうである。そして高齢の浅井先生も、まさかボケてはいないと思うが、おそらくは新聞記事を細かくチェックする元気がないのだろう。困ったものである。

 「自分は葬儀屋になって一〇年、五百体以上のご遺体を見てきたが・・・

同じ体験をした葬儀屋が他に二人おり・・・


臨終の相について、葬儀の専門家が驚いている部分である。

最後に不謹慎なことを書くわけだが、今の顕正会は高齢者の入信が多い。ようは臨終を迎える人が多いということだ。するとこの先、葬儀屋さんのほうでも顕正会の葬儀を扱う機会が増えてくるわけで、上掲のような目撃談が日本全国を飛び交うことになる。つまり、もしこれが本当の話ならば、活動会員たちの地道な折伏もさることながら、高齢会員たちの示す臨終の相が何よりの折伏となるに違いない。それで一気に弘通が伸びるかもしれないのだ。

若い人材が育たず、一見するとお先真っ暗の顕正会だが、実は高齢会員こそが広宣流布の大人材なのだという、皮肉な話である。

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