2005/6/14

間違いだらけの顕正会用語  
顕正会員は御書の誤用ないし誤解が少なくない。それは先生の指導が恣意的だからというわけではなく、初心者が多いゆえの悲しさとでも形容すべきだろう。

例えば、貪瞋癡の三毒ということで、欲と怒りと愚癡というように覚える。まあ、これはさして問題ないと思うが、ここでいう愚癡というのは世間でいうところのグチとはややニュアンスが違う。ところが顕正会員はグチは三毒だからよくない、というような持っていきかたをする。なるほど組織にとってはこれでけっこう都合がいいのかもしれない。ただ先生も誤用ということに気づかれているようで、三毒の説明を「欲と怒りと愚かしさ」というように言い換えたりして注意を喚起しているフシがある。

善知識・悪知識のばあいはどうだろう。
例えば、わたくしが幹部に教学上のことで反論したりする。そうすると彼らは、こちらのいうことが学会チックであったり、法華講的だったりすると疑うのである。
「あなたは悪知識を持っている」
これはどうだろう。学会ないし法華講から悪知識を吹き込まれたといいたいのだろうか?
一般的に悪知恵という用法はあるけど、悪知識はないだろう。御書に出てくる悪知識というのは、一般でいう知識とはかなりニュアンスが違うように思われる。
つまり、このばあい、学会員ないし法華講員という存在を悪知識というのが正しい用法であるから、「あなたは悪知識に悪知恵を吹き込まれたのではあるまいか?」くらいに分別して使わないと初心者はわからないだろう。

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