2017/12/10

ブロックチョウ  
顕正新聞第1423号の続きを見ていこう。まずは男子部第十六隊長の活動報告からである。

この亡国迫る大事なときに、一体何をやっているのかと、呆れるばかりでありました。

記事によれば、大石寺では先日、五重塔の工事が終わり、今は三門と総門の全面改修をやっているという。彼はこれに対して上掲のように言っているわけである。

しかし、隊長レベルであれば日興跡条々事くらい知っているだろう。浅井先生が何度となく引用してきた御文である。

一、大石寺は御堂と云ひ墓所と云ひ日目之を管領し、修理を加へ勤行を致して広宣流布を待つべきなり。

浅井先生によれば、日興上人・日目上人は広宣流布朝夕近しの大情熱で戦っていた、とのことだ。そのような気概・決意を持つことは当然のことながら、客観的な状況判断も必要だろう。わたくしの拝する限りでは、まさに上掲の御指南こそがそれだと思う。もし広宣流布が明日にも実現するのであれば、このような御指南にはならないだろう。つまり、日興上人の御認識として、広宣流布はまだ先のことである、ゆえに長い年月の間には御堂も墓所も修理が必要となる、ということを御示しになられているのだ。

ところでこの記事は、冒頭こそ大石寺関連の話題に触れているものの、主には日本会議関連の話題で占められている。

・・・日本会議の異常性、徹底した秘密主義には驚きました。

隊長以下、第十六隊の有志で日本会議の講演会に、いわば潜入したわけなのだろう。そこでの顛末が書かれているわけだが、ここでは次のくだりを紹介しておきたい。

 また講演の最後に「伴」と名乗る、日本会議本部・事務総局の者が、「憲法改正」について講演を始めた瞬間、スーツを着た取り巻きの者たちが一斉に、会場の窓やカーテン、扉を閉め始めたのです。

なるほど、情景を思い浮かべると、ちょっとヘンな感じかもしれない。ゆえに彼も続きの文章で次のごとく書いている。

 その光景はまさに「異常」の一言でありました。

これは顕正会にも幾分言えることであって、内部にいると感覚がマヒしてしまって感じないことでも、外部の人から見れば異常にしか思えないようなことがたくさんあるのだと思う。その典型的な例がいわゆる伏せ拝もどきの拍手だろう。これはもう、わたくし自身がずっと異様に思っていたことで、おそらく顕正会員の中でも比較的に常識的な人であればおかしな風習だと感じていることだろう。これを是正しない、もしくは是正できないことが、顕正会のもっとも根源的な問題なのかもしれない。その光景はまさに「異常」の一言なのである。

望月衣塑子記者「顕正会 知ってますよ」
 先生の指導が浸透 二百万の力実感


女子部第百二十七区総班長の記事に付けられた見出しである。前々回の拙稿でも言及したが、顕正会の存在が知られるようになってきたのは事実だろう。まあ、そのこと自体は一歩前進と言えるのかもしれない。しかし、現時点ではただそれだけの話である。ようは影響力をどれだけ発揮できるかなのである。その点ではまだまだお話にならないレベルだろう。

ちなみに当該記事には知的障害を持つ組長の話が出てくる。

 その後、組長は、怨嫉によりグループホームを退所することになり・・・

それで実家に戻ることになって十五年ぶりに家族と暮らせるようになったと。

これを大功徳だと書いているわけだが、わたくしにはよくわからない話である。そもそもなぜにその施設に入所していたのかを考えれば、それは老人の介護施設とほぼ変わらない事情からなのだろうと想像されるところである。ぶっちゃけ言えば、面倒見切れない、ということだろう。ゆえに理想的な話の展開としては、信心の功徳によって健常者と遜色のないレベルに戻れた、よって施設にいる必要がなくなった、ということで退所するのが理想なのだ。

また、喉元過ぎれば云々ということでもある。拙ブログでもずいぶん前に話題にしたことだが、わたくし自身もすでに記憶がアイマイになっていることがある。今は過去の拙稿を読み返さずに記憶だけで書こう。つまり、知的障害者への折伏・入信に関するトラブルのことである。確か城衛もこの問題に触れており、活動会員たちに対して自粛を促すような指導をしていたはずである。

一年三ヶ月ぶりに入信が叶った・・・

これは婦人部四日市支区班長の記事で、彼女は平成四年入信という二十五年選手である。この手の話題も繰り返し取り上げてきた。ようするに入信が長くなると、折伏の対象者が尽きてしまい、なかなか成果が出なくなるのである。もしかしたら一年三ヶ月ぶりはマシなほうなのかもしれない。わたくしの勝手な基準で言わせてもらうと、一年に一名を入信させれば二十五年で二十五名である。もしこの人たちが全員真面目に信心していれば、もうこれは大変な大組織である。いわゆるネズミ算ではどういう結果が出るか、もし計算が得意の人がいれば教えていただきたいものである。よって一年三ヶ月ぶりはマシどころか、優秀と言ってもいいかもしれないと思う次第である。

男子部第二十五隊総支隊長補の記事はやや話が複雑で説明するのが面倒である。そこで登場人物を簡略化してしまおう。創価学会歴六十年の壮年、創価学会男子部ブロック長、この二人である。

 しかし、空気の読めない壮年は、私たちに対してこんどは「学会幹部の中で、大聖人様が見える人がいる」等と見当違いな発言をし、するととうとうブロック長は「俺はそんなこと知らないな」「お前はもうしゃべるな」と壮年の話を遮り、仲たがいを始めたのでした。

いわば顕正会員と創価学会員の法論で、創価学会側が途中で仲間割れを起こした場面である。わたくしが不審に感じたのは、「お前はもうしゃべるな」である。創価学会歴六十年の壮年に対して、男子部のブロック長がお前呼ばわりしているのである。これが本当だとしたら、創価学会もダメな組織である。たぶん六十年選手のほうは事実上の現役引退であり、今は無役なのだろう。男子部のブロック長はもしかしたら年齢的には半分にも満たない若輩なのかもしれないが、ブロック長という役職者なのだ。ようは役職者が偉いという組織なのだろう。わたくしに言わせれば、それはそれでいいとしても人生の先輩に対する敬意は必要である。もし創価学会でそうした教育を疎かにしているのだとしたら、つくづくダメな組織である。

ちなみに今日は冒頭で日興上人の御指南を引用したが、同じく日興上人の二十六箇条の御遺誡には若輩者であっても能力のある人物を重んずるべき旨の御指南がある。しかし、これとそれとは矛盾しないだろう。もしその若輩者が慢心を起こして驕り高ぶるようなことがあれば、これはまたこれで厳格なる日興上人の御叱りを蒙ることになるのだ。ブロック長殿に日興門流の自覚があるならば、この点をよく反省すべきだろう。

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