2017/12/16

イゴコチ  
マイケル氏のおっしゃることはまったくその通りであり、たとえ顕正会員であっても冷静な判断力を持っている人ならば、誰もが首肯せざるを得ないところである。浅井先生は前々から、顕正会は政界に進出しない、と言ってきた。ゆえに今後もそれは貫くのだろうけれども、ご存知のごとくに直近の総選挙では民意を動かす戦いを起こしたわけである。逆に言うと、まさにここが中途半端なところであって、だったら自ら政党を起こして民意を問うほうが単純明快だった。しかし、現実問題としては今の顕正会の実力でそれをやったところで、恥をかくだけの話である。これは例を出して恐縮だが、幸福の科学を見ればよくわかるだろう。

さて、顕正新聞第1423号の続きである。

私は昭和五三年より約三〇年間、神道系の邪教「神霊界」で熱心に活動してきました。

婦人部川崎支区組長の記事である。平成二四年一二月に職場で知り合った顕正会の班長から折伏され入信したという。

 入信勤行で神奈川会館の御本尊様を拝した瞬間、それまでに体験したことのない力が体中にみなぎり・・・

わたくしは神道系の宗教に疎く、神霊界なる教団もまったく知らなかったが、御本尊を拝した瞬間に身体中に力が漲ったという点が、いかにも神霊界チックに感じられるところである。

今、顕正会は二百万人近くの会員を擁している。もちろん名目数に過ぎないが、いちおうはその全員が一度は御本尊の前に額づいたわけだろう。もし上掲のような体験を誰もが味わっているのであれば、もう少し定着率が上がってもおかしくないだろう。事実は即日退転というパターンがけっこう多いのである。

私は六九歳という年齢にもかかわらず、現役の看護師として働いておりますが・・・

これは立派なことである。なかなか大変な仕事だとは思うが、世の中から必要とされている限りは頑張るべきだろう。

 そして有難くも、いままで折伏してきた方は全員、入信が叶っております。

これはまた羨ましい話である。先ほど、即日退転の多さを云々したが、もちろん入信して熱心な活動家になる人もいる。しかし、そうした人たちの中からも脱落者が出てくる。その一つのパターンが入信がなかなか決まらず、ようは成果がなかなか上がらず、そこで行き詰ってしまって退転していくパターンなのである。その意味からすると、折伏した人の全員が入信するなんてことは驚天動地の出来事であり、羨まし過ぎる話なのである。

さて、本年八月二八日、婦人部の紹介で入信した男性は、子供の頃に父親から次のように言われて育ったそうである。

「これからは学歴社会だからしっかりと勉強しなさい。宗教に頼らないで自分の力を信じなさい」

何かヘンな感じがする文章である。次は本部会館に初めて訪れた時の様子である。

 当日、本部会館に到着した瞬間、会館の壮大さと庭園の素晴らしさに思わず足が止まり・・・

そんなことで入信するのならば、苦労はしない。それこそ一般人に開放すればいいだろう。実際にはもっと壮大な建築物や素晴らしい庭園のある宗教団体は他にもたくさんあるだろうから、しょせん、こんなことはどうでもいいことなのである。

・・・さらに御本尊様を初めて拝見させて頂いた瞬間は息もできないほどで、金色に光り輝く御本尊様に吸い込まれていくような感激の中、入信勤行を執り行って頂きました。

前掲の記事とまったく同じことが言えるだろう。誰もが同じような感激を味わっていれば、もっと定着率が上がるはずなのだ。

ともかく彼の場合は御本尊の功徳を感じているわけなのだろう。次の記述もその延長線上の話である。

清掃の仕事も初めて「綺麗にできているよ」と褒められたり・・・

しかし、これはどうかと思う。何年やっているのか知らないが、今まで一度も褒められたことがないとすれば、これはこれで大問題だろう。

 また顕正会の組織は、何を考えているのかわからない世間の繋がりとは全く違い、垣根が低く・・・

ほほう、よほど居心地がいいらしい。たぶん幹部もいろいろなタイプがいるのだろうけれども、平均すると婦人部の幹部は腰の低い偉ぶらない人が多いのだと思われる。では、男子部あたりはどうか、である。彼もやがては男子部へ移籍することになるかもしれない。そこでも同じような居心地のよさを感じられるといいのだが・・・

さらに彼は九月度総幹部会の会長講演を聞いて大衝撃を受けたという。

 それは今まで私は、歴史は人が作ってきたと思っていましたが、実は宇宙を司る仏様がレールを引いて下さっているのだと感じたのです。

こういう部分は逆に勉強になる。イヤミを言っているわけではない。ようするに今まで仏法に無縁の人生を送ってきた人が、大聖人の仏法を学んでどのように感じるかという点において、わたくしに新たな知見を与えてくれているのである。

いわゆる日蓮本仏論は限りなく一神教に近い。もしくは一神教そのものであると。

日蓮本仏論は日蓮正宗系の共通認識と考えられるが、しかし、委細に見れば組織ごとに捉え方が微妙に異なる。そしてこれは『迷走する顕正会を斬る』においても指摘されるごとく、特に浅井先生の仏法観は突出しており、ひときわ一神教色が強いように感じられるところである。

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