2006/12/30

愚見大爆発  
此の時地涌千界出現して、本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

此の時、地涌千界出現して本門の釈尊の脇士と為りて、一閻浮提第一の本尊、此の国に立つべし。

愚見シリーズもいよいよ佳境に入ってきた。数日前より本尊抄について、思うところを書いている。それでいて、これを避けて通るようでは、まったく意味がない。
引用部分は言わずと知れた本尊抄の代表的な争点である。上段が平成新編、下段が日蓮宗現代宗教研究所、どちらの読みが正しいのか、それが大問題なのだ。

わたくしは漢文が読めないものだから、このことについては今まであんまり考えたことがなかった。また、ネット上で拝見する限り、法華講員などはあまりこの話題に触れないようである。おそらくは、おもに創価学会員との対論が多いので、争点にはならないのだろう。本尊抄の読みについては、創価学会と日蓮正宗にさしたる争点はないからである。

さて、ここでわたくしの見解を示しておこう、当該御文における読みはどちらが正しいか?

どちらも正しい・・・これではダメなのだろうか?

わたくしは、必ずどちらか一方でなければならない、という考え方に拘泥するのではなく、第三の選択肢として、どちらもアリとする考え方もあっていいのではないかと思う。
その決定的な理由は最後に書くとして、まずはそれぞれの問題点を考えてみたい。解釈がマップタツにわかれるのはそれぞれに一長一短があるからだろう。それに目をつぶってはいけない。

釈尊を脇士となす、釈尊の脇士となる、自然なのは後者である。なぜならば本尊抄には次の一段が存するからである。

其の本尊の為体、本師の娑婆の上に宝塔空に居し、塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏、釈尊の脇士上行等の四菩薩・・・

ここで明確に、釈尊の脇士上行等の四菩薩、と御表現あそばしている以上、この整合性からすれば、釈尊を脇士にするわけにはいかないだろう。
おそらくは曼荼羅本尊の相貌すなわち中央主題に対して釈迦多宝が脇士となる、というのが釈尊を脇士と為すことの意味であると、このように正宗側は主張していると思われる。確かに、ほぼ同時期の諸法実相抄には、妙法蓮華経こそが本仏であるとの御教示があって、ツジツマがよく合っている。しかし、欲をいえば、本尊抄にこそ妙法蓮華経が本仏であるとの一文を入れてくだされば、われわれがこれほど悩む必要はなかったのである。

さらに四菩薩造立抄を拝見すると、よりいっそう後者が有力のように思えてしまう。

一、御状に云はく、本門久成の教主釈尊を造り奉り、脇士には久成地涌の四菩薩を造立し奉るべしと兼ねて聴聞仕り候ひき。然れば聴聞の如くんば何れの時かと云云。

今末法に入ぬれば尤も仏の金言の如きんば、造るべき時なれば本仏本脇士造り奉るべき時なり。


いわゆる一尊四士を御指南あそばしているわけであるが、ことに本仏本脇士との御表現は象徴的である。
これをそのまま本尊抄にスライドさせれば、どうひねくったところで釈尊を脇士と為すわけにはまいらないだろう。ひじょうに困ったものである。

いちおう本尊抄を、曼荼羅本尊の御指南と拝すれば釈尊は中央主題に対して脇士となるが、仏像本尊とりわけ一尊四士の御指南であると拝するならば、釈尊を本仏として上行等を本脇士としなければツジツマが合わないだろう。曼荼羅正意か否か、これが重要なポイントなのである。

さて、ここまでは、どちらかといえば正宗側に不利なことを書いてきた。
しかし、本尊抄はそんな簡単な御書ではない。もっと詳細に、論ずるべきことがたくさんあるのだ。この程度で安易に結論を出すわけにはいかない。
わたくしは「出現」こそが本尊抄における重要なキーワードだと思っている。
仏像が出現するという、また、四菩薩が出現するという。仏像出現とはいかなる意味か、四菩薩出現とは・・・
出現の意味からすれば、仏像を勝手に造立すべきではないだろう。まさに出現を待つべきなのである。また、四菩薩出現・・・これは間違いなく、人格的な意味での出現である。ホンモノが出現するのだ。もう、こうなると、四菩薩を造立して終わる話ではないのである。
つまり、大聖人の御構想からすれば一尊四士は、あまりに卑小すぎるのではないかという気がするのである。何しろホンモノが出現するというのだから・・・

いちおう、大聖人がその本物の出現者なのだろう、そして大聖人があらわされた御本尊が本尊抄に御示しの一閻浮提第一の本尊なのだろう。
これがいちばんわかり易い結論のようである。

寿量品の自我偈に云はく「一心に仏を見たてまつらんと欲して自ら身命を惜しまず」云云。

一心に仏を見る、心を一にして仏を見る、一心を見れば仏なり。


本尊抄とほぼ同時期の義浄房御書である。
大聖人はこのように複数の読み方をあそばす。これより類推して、漢文体御書においてはあえて複数の意味を含意せられたとしても、不思議はないであろう。

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