2007/12/21

年末雑感  
このところ耕治氏の情熱に感化されて、ずっと同一テーマを書き続けてきた。しかし、そろそろ話題を変えようと思う。昨夜のコメントを拝見して思ったことは、表現こそ違うものの、耕治氏とわたくしの考えにはそれほどの隔たりはない、ということである。細かいことを言えばキリがないので、いちおうはこれで終わりにしよう。

ところが今朝になって、今度は沖浦氏から難解なコメントが寄せられた。「即」の概念についてである。
氏に言わせれば、法華講員は即がわかっていないということらしい。実はわたくしも、よくわからないのである。しかも氏の説明を読むと、余計にわからなくなる。御書を引いておられるが、それが即とどのような関係にあるのか、まったく見えてこない。
そういうわけで、この件についてはしばらく保留にしたいと思う。何かのきっかけで理解が進むかもしれないし、永遠にわからないかもしれない。ともかくわたくしは、御書を拝しつつ思索していく中で、理解を深めていきたいと思っている。

水無月氏のコメントは、きわめて冷静であり、好感が持てる。

利用価値があるという表現は、一般的に人に対して使うのは失礼なのだと思う。しかし、わたくし自身はそんなことで気分を悪くすることはない。ある意味では、利用してもらうことを目的に、一般公開しているわけなのだ。何しろ自分自身がネット上から多大な情報を得ている。ようはネットの恩恵にあずかっているわけである。だったら自分も他者に対して情報を提供してもおかしくない。ケチケチしても始まらないのだ。もっとも、わたくしの場合は、大した情報を持っているわけではないのだが・・・

さて、顕正新聞第1087号の話題に移ろう。ここには十一月度総幹部会の記事が出ている。今回の会長講演も取り上げるべき点がいくつかある。とりわけ教学部の再構築というのは、けっこう驚きだった。

 教学部員となっている人たちは、卒業したんじゃない。これからいよいよ学ばなければいけないのです。
 来年の一月はまだ試験はやらないが、再来年の一月から、いよいよ教学部の再構築をしていきたいと思っております。


これは一念信解路線からの方向転換とも受け取ることができるわけで、イジワルな言い方をすれば、何を今さら・・・という気がしないでもないのである。

う〜ん、いったい何があったのだろう?

やはり何かしらの外的要因があったと考えるべきであるが、それが俄かには見えてこないのだ。こうした予想外の方針を打ち出してくるところが、ある意味では浅井先生らしさではあるけれども、しかし、それにしても唐突過ぎるので、きっと何か裏があるのだろう。

ご存知の人がいれば、情報をお願いしたいものである。

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