2005/8/25

自身の不勉強を恥ず  
一昨日の文章に錯誤があった。

確かに平成元年前後に顕正会と妙観講でいろいろあったことはわたくしも承知している。しかし、その後はまったくの沙汰止みになってしまって、それがどうしてなのかよくわからなかった。
結局、妙観講ビデオによれば、法義論争的には顕正会側が回答不能になってしまったということなのだろう。ゆえに、これ以上はヤブヘビなので妙観講の話題に触れなくなったということのようだ。


「まったくの沙汰止み」というのは間違いである。

当時、顕正会男子部のナンバー2で「冨士」の編集兼発行人だった人物が、妙観講破折の論陣を張っているのである。
わたくしが確認できたところでは、「冨士」三百四十九号すなわち平成五年の十一月号にも妙観講とりわけ大草氏を破折する文章が載っている。つまり、平成二年の大仏事を前にして、もはや妙観講ごときを相手にしているヒマはない、というようなことで直接的な行動は行われなくなったが、機関誌においてはたびたび破折論文が掲載されているのである。そのすべてはくだんのナンバー2氏が執筆者となっている。

ところがこの人物はその後、顕正会から姿を消してしまった。その理由をわたくしは知らない。

なお、「冨士」の当該号における先の論文のタイトルは、

「キリスト教神父正本堂招待事件」についての学会の遁辞を粉砕する

である。

ようするに、創価学会破折がメインなのであるが、そのついでに妙観講を破折するという構成になっている。

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