2020/1/11

マミエル  
昨日は十一月度総幹部会の会長講演を斬りまくった。今日はオマケである。

 この御生骨については、まことに大事なことであるから、私は過去三回、言及いたしました。

聞いているほうはそんなに細かくは憶えていない。ただバクゼンと、過去に何度か聞いたことがある、という程度だろう。

 ただし、これを最後といたします。もう広宣流布が近いからです。

わたくしもバクゼンと記憶しているだけなので、ウッカリ素通りするところだった。ところがである。たまたま過去の拙稿を調べていて発見してしまったのだ。

 先生より
 「御生骨について話すのはこれが最後。あとは拝観するのみ」
 と伺いました。


https://white.ap.teacup.com/ganko/2243.html

先生もモウロクした。

それとは別の角度から言うと、ようは長年やっているものだからネタ切れになっているのだ。それで過去のネタを使い回すことになる。それで最後最後と言いながら、最後ではなくなっているのだ。おそらくは最後までこの調子なのだろう。

三大綱目を力強く推進しよう!

さて、今度は副理事長である。年末の二大綱目は決まっている。広布御供養と教学試験の推進である。それに加えて本年は御大会式のビデオ放映がある。

そうそう、ウッカリした。会長講演では鳥取会館の建設にも言及していた。年々、建て替えとか増設みたいなものばかりで、新規会館の建設構想が少なくなっていた。ゆえに忘れずに書いておかねばならない。ようは副理事長の記事にも鳥取会館のことが書いてあって、思い出したのだ。当然、広布御供養を推進するための説明として、会館の建設費ないし維持費にどれだけ掛かるのか、というような文脈で出てくる話である。

登用・五級・三級

これは言わずと知れた教学試験である。いつものごとく、変則的である。誰もが思うだろう、なぜ四級がないのかと。それと今回の三級は立正安国論謹講がテキストとなっている。近年ではめずらしいことかもしれない。

正信会の足立淳正住職からの書状

単純に言うと、顕正会の主張を支持・賛同する内容の手紙である。当然、会長講演の中にも手紙について云々するくだりがある。

 私はこの文書を読んだとき、感動した。足立淳正住職には欲も名利も保身もない。ゆえに「国立戒壇こそが日蓮大聖人の御遺命である」と強く言い切ったのです。

今後、顕正会を支持する僧侶が爆発的に増えれば凄いことになる。ただ、現実的には微妙なところだろう。

わたくしの感触では、くだんの人物は相当に若いのだと思う。当時をリアルタイムで経験してはおらず、御遺命守護の歴史を書籍を通して知ったわけなのだろう。いわば正信会系の僧侶も代替わりしており、昔のことを知る人が少なくなっているのだ。そして失礼ながら正信会そのものはオワコンであり、あとは自然消滅を待つのみなのだと思う。

 今は異なる団体に所属しておりますが、祖道の快復を願い、誤った宗門を糺す同じ目的のもと手を携える日が来ることを、私は切望しております。

イヤラシイことを言うようだが、早い話が正信会単独ではどうにもならないので顕正会と連携を取りたいとの魂胆が見え見えなのである。また、顕正会にしても対宗門の意味では手詰まり状態であり、現状打破のキッカケがほしいというのが正直なところなのだろう。

そんなわけで文面そのものは体裁を保っているものの、本音の部分ではかなり打算的なものがあるのではないかと、そのように勘繰りたくなるところである。

次の第十男子部長(新潟)も正信会のことを話題にしている。

 「私たちは高合住職に『顕正会に入ってほしい』とは思っていない。正信会の僧侶として、日蓮大聖人の弟子として、御本仏の御遺命たる『国立戒壇』を高く掲げていくべきではないか」

これも体裁のいいセリフであるが、実は欺瞞が見え隠れしている。

顕正会に入るとは還俗を意味するのかどうか、である。何しろ今の顕正会は僧侶を否定する方向性にあるのだ。ご存知のごとく、儀礼室がそれである。
つまり、本来は僧侶にやってもらうべきだが現状では無理なので儀礼室で執り行なっている、という考え方ならば還俗するのではなく僧侶の立場で顕正会の葬儀を引き受けるようになればいいのだ。
ただそれを実行すると、おそらくは宗門のほうから猛烈な反発があるだろうし、またすでに儀礼室での葬儀が既成事実化していて、会員たちにしても正信会僧侶が執り行なう葬儀に違和感を覚える可能性があるのだ。

葬儀に関連して塔婆不要論しかりである。国立戒壇だけに話を限定するのではなく、こうした細かい点において、では正信会の僧侶たちは顕正会の主張を全面的に支持できるのかと問われれば、おそらくは彼らも立ち止まらざるを得ないだろう。

さて、もう一人、男子部第六十四隊支隊副長(山形)が正信会の話題を書いている。

 住職は、正信会が分裂して「法人派」といわれる一派が戒壇の大御本尊を否定していることを憤っており・・・

不勉強のわたくしは法人派のことをまったく知らない。ただ宗門を離れると自ずと戒壇の大御本尊への信が薄くなることは、過去の事例が物語っているように思う。顕正会がそうならないことを祈るばかりだ。

「大栄寺」住職と法論、住職は戦意喪失!

男子部第三十七隊長(中国地方)の記事は、内容的にはわりと正確なのかもしれない。以下は住職のセリフの一部である。

顕正会をなめていた。もっと勉強して、話し合いができるレベルにならないと・・・

ようするに中国地方では、顕正会は存在感が薄いのだ。実際、会館の建っていない県がいくつも残っている。ゆえに正宗の僧侶たちも顕正会員とまみえる機会がほとんどないのだろう。それでナメて掛かっていたのだ。

2020/1/10

ヤクゲン  
沖浦氏との議論はどうやら膠着を始めたようなので、今回のところは一区切りとしておこう。軽くまとめておけば、大聖人の御真筆御本尊は開眼不要である。正確に言うと、大聖人御自身が御認めと同時に開眼されるので、改めて開眼する必要はない。日蓮が魂を墨に染め流すとは、まさしくこのことなのである。大聖人を御本仏と仰ぐ日蓮正宗においては、大聖人が魂を込められた御本尊を仏の当体とするに何の不審もない。きわめて整合性の高い話である。

さて、顕正新聞第1494号を見て行こう。

「御遺命守護」特集号8

昨年一年間は御遺命守護に始まり御遺命守護に終わるという感じだった。本年はそれを継続するのか、それとも一国諫暁に打って出るのか、目が離せないところである。

ちなみに折伏成果は三万五千有余となっており、過去最高なのだそうである。正直、実感が薄い。以前から名ばかりの入信が少なくなかった。おそらくは今も変わらないだろう。つまり、数字上は立派な成果であっても、実態が伴なわない。ゆえにバロメーターとしては結集がどのくらい伸びているかであり、内外にアピールする意味では大会場を埋め尽くすような集会をやらないといけないだろう。現状、地方大会は一巡した。問題は今後である。

いよいよ広宣流布の決戦場に臨むのだ、大聖人様の御照覧を賜われるのだ・・・

ではさっそく十一月度総幹部会の会長講演を見て行こう。上掲は本講演の最初のほうに出てくる。そして次が最後のほうに出てくるセリフである。

 早く大聖人様の御馬前に馳せ参じて御意のままの戦いを貫き・・・

御照覧と御馬前がイコールではない。ここに欺瞞がある。本講演でも二十年代の決戦場を云々するくだりが各所にある。そして今現在、すでに二十年代に突入している。ならば今が大聖人御照覧ないし御馬前の戦いのはずなのだ。

ところがである。浅井先生のつもりとしては、いちおう今現在、大聖人御照覧の戦いに突入したと言いたいのだろう。ただし、御馬前の戦いはまだなのである。三百万からが御馬前の戦いなのだ。

何かおかしい、誤魔化しているのではないか、と感じる人がいれば、それが正解である。

 その時期は、遅くとも二〇年代半ばと思われる。

世界恐慌についてである。こうした発言も過去を遡れば枚挙に暇がない。

「国立戒壇は御書にない」は幼稚なたばかり

さて、今回の会長講演は上掲の問題に相当の紙数を費やしている。しかも従来の主張のいわば補強版のような感じで、かなり詳しく論じている。確かにそれ相応の説得力が感じられるところである。

大事なところなので一字一句疎かにせず読むべきだが、ここでは部分的に紹介しよう。

 以上のごとく、たとえ法華経に「一念三千」という言葉はなくとも、その所詮の義に約して天台はこれを「一念三千」と述べ
 大聖人様はさらに一重深く、所詮の義を
 「寿量品の事の一念三千の三大秘法」(義浄房御書)
 と仰せあそばされているのであります。


この道理に立脚すれば、国立戒壇についても同じことが言える。

 たとえ三大秘法抄に「国立戒壇」という文言はなくとも、所詮の義は「国立戒壇」である。

なるほど、確かにそうかもしれない。そして次のくだりが、いわば新境地である。

 そして「三大秘法抄」と「一期弘法付嘱書」と「国立戒壇」の関係を言えば、まさしく
 三大秘法抄の御文を要言すれば一期弘法付嘱書の「国主此の法を立てらるれば」の御文となり、その御文をさらに約言すれば「国立戒壇」となるのであります。


要言とか約言という表現を用いて国立戒壇の正当性を主張しているわけだが、わたくしはあえて批判を加えておきたい。

至理は名無し、聖人理を観じて万物に名を付くる時、因果倶時・不思議の一法之有り。之を名づけて妙法蓮華と為す。

これが答えである。誰が名付けたかが問題なのである。国立戒壇を大聖人が名付けられたのであれば、それを捨てるわけには行かないだろう。あくまで後世の誰かが名付けたものなのである。ゆえに日達上人は現代に相応しくないとして国立戒壇の名称を用いない旨、宣言されたのである。大聖人がそのものズバリ、国立戒壇と認められていれば、さすがに不使用宣言はできなかっただろう。

浅井よ、オマエは日達上人より偉いのか、という話である。

なお、顕正会では日亨上人・日昇上人・日淳上人などの文証をことさら強調するが、答えは上述のごとくである。

この際、さらに新しいことを言っておこう。

政仏冥合

日亨上人の御発言は、王仏ではなく政仏となっている。これが物凄くイミシンであり、いわば現代的アレンジ発言なのである。日昇上人や日淳上人、あるいは日達上人の国立戒壇発言についても、ちょうど創価学会が大躍進を始めた頃であり、まさに政界進出の時期に符合するのである。

顕正会では日達上人と日顕上人が創価学会に阿って国立戒壇を放棄したと言っているが、実はその直前の上人方も創価学会に阿って国立戒壇を言っていたフシがあるのだ。

甚だ失礼なことを言っているようだが、もし違うと言うのならば、くだんの上人方の国立戒壇発言を網羅すべきである。わたくしはまったく調べていないが、ほぼ答えは出ていると思う。案外に以前は言っていなかった。創価学会が盛んに言うようになってから、それに同調する形で言っていた。これは顕正会への宿題である。

やや脱線すると、本尊所住を義の戒壇とする御書はあるのかないのか、というような議論があった。大聖人の御書には至るところに本尊の語があるし、戒壇も相当の数が存在する。ゆえに大聖人が本尊所住を義の戒壇と御考えであれば、その旨の記述があるはずなのだ。

国立戒壇に戻って、御書には戒壇の語はもちろんのこと、国もある、立もある、けれども熟語としての国立戒壇は存在しない。

あえて今後のこと書いておくと、日達上人が不使用を宣言されたものの、将来の猊下が再使用を宣言されることはあり得る。その時は用いればいいのである。

第三青年会館

本年の建設計画である。本部周辺もずいぶん変わったようだ。わたくしは旧青年会館の頃しか知らないので、その頃から比べれば隔世の感があるかもしれない。

新・新潟会館

来年の計画である。すると来年、先生は新潟に行くのだろうか? 確か最後とか何とか言っていたような気がするのだが、わたくしの記憶違いだろうか?

2020/1/9

アシザマ  
沖浦氏から反論が寄せられた。仏像について、辞典にはこれこれこのように書かれており、大聖人もそのように認識されていた、違うと言うなら反証しろ、というような感じである。

おそらく沖浦氏は開眼のことを度外視しているのだろう。単純に言えば、開眼された仏像は本物の仏と異ならない、ということなのだ。これを現代人がどのように考えるかは別問題で、大聖人の時代においてはそれが常識だったのだ。

また、少し余談になるものの、御書には中国という表記がわりとたくさん出てくる。現代人にとって中国はチャイナのことであり、他の用法はほとんど存在しないはずである。ところが大聖人の仰せられる中国は意味が違うのである。つまり、現代人が現代感覚だけで御書を読んでいると間違うことになる。この点、沖浦氏は認識を改めるべきである。

さて、今日も顕正新聞の続きを見て行こう。

大師子吼

副総男子部長である。いつまで言い続けるつもりだろうか?

平成二十六年の元旦勤行において先生が「国難元年」と銘打たれてより間もなく六年。

第二十七女子部長(九州)はなかなか鋭い。わたくし自身、この顕正会式年号については注目し続けていたものの、ウッカリ失念していた。さて、本年は国難六年? いや、七年? いよいよわけがわからなくなってきた。

先生が東北の地に赴かれるのは本当にこれが最後では・・・

婦人部片瀬支区部長(神奈川)の発言である。これが最後というフレーズは先生の年齢的限界を意味するのだろう。不謹慎なようだが、それが事実である。

 経済的な理由で火葬のみとなりましたが、臨終より一週間も経っているにもかかわらず綺麗な遺体・・・

婦人部多摩支区総班長(首都圏)の記事には、組長の娘さんが透析中に亡くなったことが書かれている。火葬のみ云々は経済的理由とわかるが、一週間云々の理由がわからない。あるいは透析中に亡くなったことが、いわゆる医療事故に相当するのかもしれない。その場合、司法解剖のようなことが行なわれるので、火葬までに時間を要したのかもしれない。

この記事ではもう一人、八十四歳の人の臨終について書かれている。しかし、どうやら家族は誰も入信しておらず、総班長は後になってから亡くなったことを知ったらしい。当然、顕正会で葬儀を挙げたわけではないのだろう。にもかかわらず良き臨終と書いている。そこが釈然としないところである。

ともかく臨終の話題が多い。上掲は六面の記事だが、七面には三本の体験発表が掲載されており、いずれも母親の臨終について書いている。

一方では幹部たちが、日達上人や日顕上人の臨終について悪し様に書いている。まったく困った人たちだ。

2020/1/8

ウヨキョクセツ  
沖浦氏が意気軒高である。今朝もコメントを連発しており、その一つひとつに答えるのは骨の折れる作業である。ゆえに今日は思い切り端折らせていただく。

 仏像は仏ではありません。
 仏を象ったものです。


本尊抄に仏像とある。しかし、それを上掲のごとく解釈しているのは沖浦氏であって、大聖人ではない。つまり、沖浦氏の自分勝手な解釈に過ぎないのだ。

よって、もしこれを大聖人の義とするのであれば、そのための証明が必要となる。

 この10年で私が予言した通りに創価学会の教義は変化しています。
 この事実が何よりの証拠です。


さらに話が飛んで恐縮だが、この点について所感を述べたい。もし沖浦氏の予言の通りならば、それこそが創価学会の弱体化を早めていることになるだろう。かつての論客たちは日蓮正宗の伝統的な教義に立脚して論陣を張っていたわけであり、今さら方向転換できないのが普通である。ゆえに彼らの多くはネット上から姿を消してしまった。おそらくはリアルにおいても活動に消極的になっているのではないかと思われる。それが公明党の得票数などにも反映しているのだ。

さて、顕正新聞の話題に移ろう。第1493号だ。

御大会式が十一月九日(旧暦十月十三日)、本部会館において厳粛に奉修された。

これはめずらしい。例年は新暦の十月十三日に行なっており、なぜに本年が旧暦なのか、ちょっと想像がつかない。

しかし、あの台風十九号が理由であると、このように言われれば、なるほど理解できる話である。

当然の措置とも言えるし、臨機応変の好判断とも言えるだろう。あの台風は事前情報からしてかなりヤバそうな台風だったので、特に御大会式の場合は代表幹部が全国から馳せ参ずるのを常としていることもあって、交通事情はもちろんのこと、万一のことを考えれば中止ないし延期にするのが適切な判断である。結果として上掲のごとく旧暦の十月十三日に行なった。そして今後は来年以降もずっと旧暦で行なうそうである。

立宗、御成道、出世の御本懐、御付嘱、御入滅

さて、いよいよ会長講演に入るわけだが、いきなりツッコミを入れるとすれば、上掲だろう。

わたくしの言語感覚だと、御がウルサスギルのだ。だったら立宗は御立宗ではないのか、あるいは出世の御本懐も御出世の御本懐ではないのか、というようなヘリクツを言いたくなる。ここではぜんぶ御を抜いてしまっても問題ないし、むしろキレイな印象を受けると思う。

ご幼少、ご幼少、御幼少

ここはアゲアシ取りの気味がないとは言えないものの、表記の不統一がひじょうに気になるところである。一面だけでご覧のようなアンバイなのだ。会長講演はさらに二面三面四面と続く。その四面からも抽出しておこう。

御入滅、御入滅、御入滅、ご入滅

まさか法則性があるとは思えない。単なる誤変換なのだろう。ともかく統一感がない。編集部のやる気のなさを露呈しているのかもしれない。

これより年々、大洪水・大火・大風・大飢饉・大疫病等の災難が相次ぎ・・・

大洪水が筆頭に掲げられている。この点が少し恣意的にも感じられるところである。浅井先生の過去の講演がすべてこの順番になっているとは思えないので、おそらくは台風十九号の甚大な被害を念頭に置いてのことなのだろう。

北条重時は伊豆流罪の翌月、にわかに重病を発して狂乱状態となり、入阿鼻獄の相で死んだのであります。

ここが不審である。伊豆御流罪は五月であり、重時は十一月に亡くなっている。上掲の文章だと、あたかも翌月に急死したかのごとく読めてしまう。そこが問題だろう。

 私は毎朝、男子部・女子部・婦人部の総合部長から、全国各地の集会について報告を受けておりますが・・・

ここもツッコミどころである。総合部長? だったらなぜに総合男子部長と呼ばないのかである。ご存知のように、男子部だけが総男子部長となっている。この不統一の理由が知りたいものである。

広宣流布になったら、記念館にこれを置いておこうと思う(大爆笑)。

実はときわ台時代に御遺命守護資料館構想があった。総幹部会でハッキリと言っていたことである。確か最初の本部会館を取り壊してそこに建てるつもりだったはずである。ところが急転直下、なぜか埼玉県に本部を移してしまい、おそらく今は旧浅井邸も第二会館も売却してしまったのだと思われる。

この諫暁に対して直ちに解散処分を下すこともできた。

この部分、わたくしの記憶が確かならば、少し事実に反する。もともと解散処分の規定は存在しなかった。妙信講を解散処分にするために急遽、作られたのだ。

ゆえに直ちに云々はどうかと思う。昭和四十五年から紆余曲折を経て、もはや妙信講を抹殺するしかないとの結論に至り、そこで解散処分の規定を急ごしらえしたのだと考えられるのだが、違うのだろうか?

東日本巨大地震によって地殻が不安定になり、「大地動乱の時代」に入っているのです。

これは正しい。ところが十二月三十一日付の拙稿を確認されればわかるように、別の講演ではマモナクなどと言ってしまっている。そこが問題だろう。

 顕正会はまもなく三百万になる。

目標設定の欺瞞については繰り返し書いてきた。これもその一例となるだろう。かつての浅井先生ならば明確に期限を設けていた。ところが今はマモナクなどと言って誤魔化しているのだ。

いや、もちろん、無理な目標を立てて活動会員を苦しめることだけは、やめていただかなければいけないのだが・・・

2020/1/7

ナンダカンダ  
ハラダ氏の疑問について、わたくしなりの所感を書いておきたい。

動画配信は法華講の有志が行なっている。有名なのは樋田昌志氏だろう。氏の動画は今や膨大を極める。ところがそれほど注目されているようには見えない。では、宗門が公式にやれば視聴数が伸びるのかと言えば、たぶん伸びないだろう。
顕正会にも同様のことが言える。樋田氏のように実名顔出しでやっている人間はいないと思うが、顕正会の総幹部会などの映像を配信している人がいるのは事実だ。しかし、それが大注目されているかと思えば、さにあらずである。
動画サイトで「顕正会」を検索すると、最近は顔出しの人物が顕正会の被害を云々していたりする。その代表格が「えらてん」という人物で、この人はすでに実名で動画を出しており、顕正会だけではなくあらゆる方面の動画を出しているので別格だろう。例えばわりと最近は立花孝志氏に噛みついたりして、それがかなり注目を集めている。

では、えらてんチャンネル以外の人たちはどうかであるが、実はほとんど視聴数が伸びていないのである。顕正会の話題を取り上げても誰も見てくれないのだ。

これが現実なのである。

単純に、宗門と創価学会と顕正会の話題では、ナンダカンダ言っても創価学会の話題がいちばん注目を集める。まさに人数に比例して、知名度に差があらわれているのだ。

動画配信サイトとしては、ユーチューブが有名であり、ここは基本的に誰もが自由に投稿できる仕組みになっている。ゆえに無名の一般人に過ぎなかった人が、ここで一躍有名になったりもしている。ややもすればテレビタレントよりも収入が多かったりするらしく、そこで最近はなんとテレビタレントたちも挙ってユーチューブに参入してきているらしいのだ。

競争が激化している。そうした中で宗門が動画を配信して、どれだけ注目を集められるかを考えると、暗澹たる気分になる。

以前、僧侶はオワコンだと書いた。

葬式の簡素化に伴ない、僧侶を呼ばないで葬儀を済ませてしまう人たちが増えている。もちろん今も葬儀には僧侶を呼ばなければいけないと考える人たちも多くいるわけだが、それでも簡素化は否めないだろう。わたくしの親戚で、それほど信心深いとは思えないものの古くからのシキタリみたいなものに縛られているためか、盆には菩提寺から住職を読んで御経を上げてもらうのを恒例にしている人がいた。しかし、数年前に亡くなってしまい、跡継ぎもいなかったため、菩提寺側の立場で言えばオトクイサマを一件失ってしまったことになるだろう。その回復はほぼ見込めない。

動画配信に戻って、おそらくは既成仏教のどこの宗派であっても、たとえ動画を配信したところでそれほど注目を浴びることはないだろう。宗門もしょせんは既成仏教の一派に過ぎない。客観的にはそのような位置付けになるはずだ。

つまり、葬儀だけの話ではなく、宗教としての存在価値がどれだけあるのかを考えると、絶望的かもしれないのだ。

動画サイトとテレビの違いはチャンネル数だろう。

基本的に、テレビはいわゆる地上波の限られたチャンネルしか存在しない。昔であれば十二まであるダイヤルをガチャガチャ回して、どこもツマンネエなあ、と言いつつ、その中でマシなチャンネルを視聴するしかなかった。
ところが動画サイトの場合はチャンネルが無数にあって、そこから自由に選ぶことができるのだ。ゆえに今まで視聴していたチャンネルであっても飽きてしまえば他のチャンネルを選ぶことが可能であり、地上波とは違って無数に選択できるわけだから、ツマンネエ、ということにはなり難いのだ。
まさに選択の自由がある。その無数の選択肢から日蓮正宗であるとか顕正会が選ばれるにはどうしたらいいのか、宗門首脳にとっても顕正会首脳にとってもまさに超難題と言えるだろう。

実は宗教そのものがオワコンなのではない。

動画サイトを詳しく調べたわけではないが、いわゆるスピリチュアル系だとか自己啓発系のチャンネルで好評を博しているところもある。つまり、人々のニーズとして宗教系も存在し得るし、おそらくは一定以上の支持を得ているところもあるはずなのだ。

ここで、あるはず、と書いた点に注目したい。

つまり、チャンネルが無数に存在するために、漫然と眺めているだけでは見つからないのである。ゆえに宗門や顕正会が動画を出したところで、なかなか見つけてもらえないという現実に突き当たる。

無責任な立場で言いたいことだけを言って恐縮だが、差し当たってはネットとリアルの両面作戦が有効だろう。

ネットだけでもダメだし、リアルだけでもダメ、その両方を効率的に活用する。人々は現実の世界で懸案が生じた時、今の時代はネットで解決法を調べたりする。実は葬儀葬式を専門に扱う動画チャンネルがあって、それが数年前からけっこう好評を博している。人は必ず死ぬわけだから、その時に何をどのようにするのか、それを今の時代はネットで調べるのだ。くだんのチャンネルは実は小さな葬儀屋さんの社長が運営しているもので、どうやら動画のほうで人気を博したことで葬儀の依頼が劇的に増えたようである。

さらに無責任に話を進めてしまうと、浅井先生と大草氏とで法論をやればいいのである。それがリアルということだ。そしてそれを動画配信する。ネットである。この衝撃度は甚大だ。

以上、思いつくままに書いてきたが、宗門の伝統行事をそのまま動画配信したところで退屈だろう。刺激を求めるならば折伏の宗らしく法論をやらないといけない。それが一つの答えのはずである。

基本的にですが、貴方や宗門更に顕正会の根本的な過ちは、曼陀羅本尊を仏の当体としている所です。

沖浦氏の所論はいくらでも破折できる。今回は、仏の当体じゃないとすると何なの? と問うておこう。

勤行の時、曼荼羅に向かって合唱礼拝をする。これはまさに曼荼羅御本尊が仏の当体だからである。顕正会の場合、大石寺の戒壇の大御本尊に向かって遥拝勤行をする。大御本尊は日蓮が魂、すなわち仏の当体に他ならない。これを根本的な過ちだと言っているのだから困った人である。現在の創価学会は弘安二年の大御本尊を受持の対象にしないと宣言したものの、曼荼羅御本尊に対する認識は基本的に変わっていない。ゆえに沖浦氏は他の創価学会員からも破折されてしまうのだ。

2020/1/4

チョウアイ  
今朝も沖浦氏が得意の論法を振り回している。

 戒壇本尊など御書に欠片もありませんし、日興さんの唯受一人などはございません。

まず、日興上人への御相承はいわゆる二箇相承の原本が出てこない限り、なかなか解決しない問題なのだろうと思う。一方、御本尊に関しては話が逆である。

現存する百数十の御真筆御本尊について、では御書をもって一つひとつを論証できるのかと問われれば、それは無理な話である。御本尊は御書で論証するのではなく、御本尊そのものが証明の主体なのである。まあ、もっとも、こういうことを書くと、だったら鑑定せよ、というような話になってしまうのだが、それはわたくしに言ってもどうにもならないことなので、この話はここまでにしておきたい。

暴力妙観講員に司法の鉄槌!!
 呆れた反論を一蹴、賠償金支払い命令下る


法務部次長の記事である。顕正会の弁護士としてお手柄だったと言えるかもしれない。この件に関して、わたくし自身は大して気にも留めていないが、ヘンな反論を書いても仕方がないので、素直に顕正会側に軍配を上げてもいいと思う。

ただ、こういうことは言えるだろう。

十数年前には妙観講側から裁判を起こされ、顕正会側が敗訴している。しかし、顕正新聞ではまったく報道していない。都合の悪いことは隠すのだ。

前回の拙稿では法務部長の記事を取り上げた。以前にも同様のことを書いたが、彼は紙面上で論戦しているだけであって、法廷では戦っていない。この点が引っ掛かるのだ。何か都合の悪いことでもあるのだろうか?

いずれにしてもカエリタマエ問題は継続中であるからして、今後も注目していきたい。

妙観講幹部ら、法論で異常な狂態演ず

男子部第十六隊長(長野)の記事から見出しの一部を引用した。細かい内容は省くが、どっちもどっち、というのが真相だろう。

さて、次に紹介する女子部第十一区長(首都圏)は、かつて壮年部長をやっていた人の娘さんである。以下は法道院の男子部長が言ったセリフである。

 「宗門の中でも当時の歴史をきちんと学んでいる人は、浅井さんが捨身で戦っていたことは認めている」

こう言ったら失礼であるが、女子部の区長が法道院の男子部長を折伏するとは、なかなかの度胸である。父親の薫陶だろうか?

それはともかく、上掲はそれほど驚くに値しない話である。わたくしが言うのもどうかと思うが、宗門は顕正会に対して過剰反応せず、過去の歴史で認めるべきところは素直に認めてしまえばいいのである。その上で今の顕正会の問題点を指摘すればいい。逆に今度は顕正会側が過剰反応せず、その問題を真摯に受け止めればいいのだ。無理かもしれないが・・・

ところでお父さんはどうしているのだろうか?

婦人部船橋支区総班長(千葉)もまた懐かしい人物である。いや、わたくし自身は面識があるわけではないが、わりと古くから活躍していて顕正新聞への登場頻度も高いものだから、憶えているというだけの話である。今回は九十一歳になる父親がついに入信し、良き臨終を遂げたことを報告している。

 儀礼室委員から、浅井先生は顕正会員の葬儀をご自身が行いたいと思われており・・・

これも問題点だろう。宗門的には許容し難い。

かつて顕正寺があって、住職がいた。当然、葬儀は住職が行なっていた。おそらくその頃であれば、浅井先生は顕正会員が亡くなれば弔問に伺いたいという気持ちでおられる、というような感じだったはずである。それならば問題はない。

家族で養豚業営む 芙蓉茶寮に食肉提供

おお、これも懐かしい。登壇者は女子部第二百三十区総班長(千葉)となっているが、わたくしの記憶では旦那さんが男子部で活躍していて何度か登壇していたと思う。

細かい話は省いて、昨年夏すなわち一昨年夏に豚舎が火事になったという。さらに十三年前にも大火災に見舞われたそうである。それでブタが焼け死んでしまったら、それこそ焼き豚ではないかと、不謹慎ながらも思ってしまった。

ちなみに台風十五号の時も大変だったらしい。あの時はまだ残暑が厳しく、例の長期停電で千葉の人たちはずいぶんと苦しんだ。ブタも暑さで大変だし、世話するほうも大変だったろう。別の業者では熱中症で百頭も死なせてしまったという。

ようするに今回はこうした話題を中心とした体験発表だったわけで、それがなければ登壇する機会もなかったと思われる。

日顕の寵愛を受けた住職、カネ儲けだけ

男子部第七隊組長(茨城)の記事から見出しの一部を引用した。彼は土浦にある本妙寺に所属していた時のことをいろいろと書いている。そこの住職が日顕上人の寵愛を受けていたそうである。具体的にはどういうことなのか気になるが、それはまったく書かれていない。

「日顕上人の説法があるが、たとえ意味が分からなくても、肌から沁み込んでくるから、黙って聞いていて」

彼はこれを批判的な意味で紹介しているのだ。いわく、わけがわからない、と。

他にも興味深い話がいくつもあるのだが、長くなるのでやめておこう。上掲のことで言えば、この引用文はわりと好意的だと思った。なぜならば、これまでにいくつも「阿部日顕の説法があるが・・・」みたいな引用の仕方があったからで、それは引用文としてはおかしいからである。顕正会に長く居ると、そういう非常識が当たり前になってしまう。彼はこの点、今のところは大丈夫のようである。

2020/1/3

マイス  
沖浦氏の売っているワックスが八千八百円だそうである。高いと思った。スキーには疎いので車のワックスで考えると、せいぜいが千円から二千円くらいである。さらに気になって、アマゾンで調べてみた。すると沖浦氏が経営しているワックスメーカーの名前が出てきて驚いた。例の商品はまだ売られていないようだったが、すでに十品ほどラインナップがあって、そのどれもが相場よりも高かった。やはりスキーワックスも千円から二千円くらいが普通であって、沖浦氏のところの商品はどれも倍くらいの値段だった。いわば大衆向けではなく、プロ向けの商品を売っているのだろう。

さて、顕正新聞第1492号である。

売僧

一面下段に総男子部長の記事が載っている。十月末の班長会での登壇だ。そこにご覧のような表記があって、わざわざルビが振ってある。マイスである。不勉強のわたくしは知らなかったが、なんとパソコンで入力すると一発で変換されるのだった。

いよいよ先生が「諫臣」として大諫暁に立たれる二〇年代に・・・

副総男子部長である。ちなみに諫臣は変換できなかったが、それはともかく上掲は先生に対するプレッシャーだろう。少なくともこれから十年以内に何かしらのアクションを起こさないといけない。しかし、今までの例からすると、諫暁書を書いてお茶を濁すくらいしか方法がないだろう。それを大諫暁と呼ぶのであれば、いつものごとく大袈裟すぎるだけの話である。

日本人の三人に一人が手にした事実に・・・

男子部第七総部長(首都圏)である。さすがに上掲はどうかと思う。事実ではなく、計算上の話だからだ。

 されば「諫臣・争子」として日本と宗門の未来をその両肩に担われる浅井先生・・・

争子も変換できなかった。ゆえに一般人は何を言っているのか理解できないので見過ごしてしまうのかもしれない。しかし、言っていることは凄い。

次の男子部第十三隊総支隊長(首都圏)も凄い。

・・・大獅子吼されました。

今度は女子部幹部の記事を拾ってみよう。

全日本人の三人に一人が手にした・・・

女子部第二総部長は事実と書いていないのでセーフなのかもしれないが、しかし、次のくだりには恐れ入ったものである。

「国立戒壇」の四文字の何と尊く重いことか、まさに御金言の中の御金言・・・

国立戒壇の四文字は御書にない。それを承知の上で御金言の中の御金言だと言い張っているのである。いつも言っているように、国立戒壇の名称そのものに拘泥するのは間違いである。そこを顕正会員は理解する必要があるだろう。

明年の決戦場・・・

このフレーズは副総合女子部長と女子部第三総部長(新潟)が使っている。明年とはすなわち本年のことであるが、では本年、いったい何をするつもりなのだろうか?

副総合婦人部長も凄まじい。

・・・大獅子吼が命に刺さり、先生の師子王心に同心申し上げるのみ・・・

会長本仏論である。

阿部日顕の死する前の悩乱ぶりを登壇で伝え聞いては・・・

大獅子吼だとか師子王心だとか言っちゃっているほうがよほど悩乱しているのではあるまいか?

さらに言うと、大獅子吼だとか師子王心だとか言わせている浅井先生のほうがよほど悩乱しているのではあるまいか、とわたくしは思う。

明年からの決戦場の戦いはいかばかりか・・・

これは第二十七婦人部長(神奈川)の発言であるが、それを聞きたいのはこちらのほうである。いったい何をするつもりなのかと。

 また、まもなく起こる巨大地震までに、戒壇の大御本尊様の御安危を憂えられる先生のご念願である新御宝蔵建設実現を見つめ・・・

結論的には今の奉安堂で必要十分なのだろう。なぜならば例の直諫から五十八日で日顕上人が御遷化になられた、このことを顕正会では誇大宣伝している、だったら新御宝蔵の実現はどうなのか、まったく動きが見られないではないか、という話になる。早い話が、大半が先生の言っている通りにはならない、それが現実なのである。ゆえにもしこれを大聖人の思し召しだと考えるならば、大聖人は奉安堂を肯定あそばしていることになるはずなのだ。

墓穴に堕ちた「慧妙」

法務部長の記事である。上掲もなかなかの表現だが、本文中にもその趣きが各所に見られる。

・・・大草一男の冥福を祈ることにする。

これが代表的な例である。いわば、オマエはもう死んでいる、みたいな感じなのだろう。ならば言いたい、細井日達の悪臨終、みたいなことは言うべきではないと。それこそ冥福を祈るべきである。顕正会はあたかも怨念を原動力にしているような雰囲気がある。もしそのように思われたら不本意だろう。そこがわかっていないのではないかと思う。

2020/1/2

カンゴシ  
引き続き顕正新聞を見て行こう。婦人部東予支区班長(愛媛)のところに、宗門末寺・一心寺の住職と元顕正会の婦人が訪ねてきたそうである。よくわからんが、正宗僧侶も自ら折伏に歩き回っているごとくである。わたくしが注目したのは次のくだりである。

住職は「世界の人口は約八十億、日本が広宣流布しても一億二千万しかいない。七十八億八千万の謗法者がいるのに日本に国立戒壇を建立してもいいのか。私たちは世界広布のために戦っているんだ」と、幼稚な理屈を繰り返すばかりで、「日本人口の三分の一が入信すれば広宣流布」と謀って偽戒壇を建てた宗門が、いまさら何を言うのかと呆れました。

いろいろと言いたいところだが、住職に対して一言だけ言っておこう。だったら顕正会員など相手にせず、もっと一般人をたくさん折伏すべきだ。

伊豆大島で広告文を折込配布 弘通進む

女子部第三百十五区総班副長(首都圏)の記事にはご覧の見出しがある。そしてカッコに記されるごとく、地域的には首都圏に属するらしい。

毎月の神奈川会館での会合には船で渡って参加し・・・

十四年前まで文字通り首都圏にいたらしい。その後、旦那さんの郷里である伊豆大島に移住し、今日に至るわけである。顕正会の地方会員でしばしば目にするのは、沖縄方面の離島での活躍である。それに比べれば遥かに条件がいいものの、船ないし飛行機でなければ本土に行けない意味では同じである。もともと顕正会は女子部が強いわけだが、こうした悪条件の中で活躍している人たちも多くは女子部ないし婦人部である。

ことに「波浮の港」がある観光名所の南部地域は・・・

ここは完全なる個人的感慨で恐縮だが、書いておきたい。上掲は台風十五号の被害について云々するくだりであり、なるほど千葉の外房方面の台風被害と似たような状況だったようである。それはさておき、波浮港は本土から見るとちょうど裏側に位置する。山陰や北陸を裏日本と表現することがあるけれども、伊豆大島においては波浮港が裏なのである。

だからどうした?

いや、別に何でもない。ゆえに個人的な感慨と書いたのであって、さして深い意味はない。

さて、次の男性女子部員は四十五年前の思い出を書いている。

 「今の中国は小国だが、いずれ必ずアメリカをしのぐ超大国になり、日本に侵略してくる」

彼は当時、自衛隊の対戦車特殊部隊に所属していた。そこの隊長がご覧のように言っていたらしいのだ。隊長殿に先見の明があったのかもしれないし、あるいはすでに防衛関係者の多くがそのような見通しを持っていたのかもしれない。いずれにしても、そのような予備知識があったからなのだろう、登壇者にとっては浅井先生の数々の発言が響くらしいのだ。

別のフロアからわざわざ悩みを打ち明けに来る看護師までおりました。

話が飛んで恐縮だが、入院先でのエピソードである。これが事実ならば凄いことである。患者の中にも人気不人気がある。前回の話では日顕上人がいかにも不人気だったかのごとく書かれていた。ところがこの登壇者は相当の人気者であり、別のフロアの看護師が相談に来るほどなのだという。

いずれは男子部に移籍して、活躍することになるかもしれない。憶えておきたい。

男子部第四十五隊支隊副長(石川)の記事は看過できない。

 一方、強く思うことは、昨年より次々に明らかになる細井日達の悪臨終であります。

などと書いており、さらに六月度総幹部会での第十五男子部長の話を蒸し返している。

 「そのときの臨終の相があまりにも酷かった」
 「七月で夏だったから、葬儀屋もたいへんだったと聞いている」
 「遺体の痛みがひどかった」


特に真ん中のセリフが問題である。

たいへんだったと聞いている

誰が誰に聞いたのか、である。勝手な憶測で物を言ってはいけない。

七月で夏だったから云々はある意味、常識である。季節的には夏よりも冬のほうが遺体の処置がラクだと、誰もが容易に想像できるだろう。ただ、そこはプロであるからして、真夏であってもドライアイスなどでの冷却をしっかりと行ない、いわば火葬までの時間を稼ぐわけである。

以上、夏が大変なのは当たり前の話であって、それをあたかも悪臨終の証拠のように言ってしまっているところが悪質であり、許されざる行為なのである。

2020/1/1

ロウソウ  
令和二年の元旦である。さっそく沖浦氏から挨拶が寄せられた。そこにはスタートラインを云々する記述がある。単なる新しい年の出発ではなく、闘う後期高齢者としてのスタートだと言っているのだ。なかなか言えるものではない。

さて、顕正新聞の続きである。

めずらしく教学部長が登壇している。いや、実は男子部幹部としての登壇はかなりの高頻度であるわけだが、彼が教学部長名義で登壇するのはめずらしいことなのだ。

偉大なる師匠の大見識・・・

浅井先生はかなり昔から中国脅威論を唱えていた。ゆえに今日の状況がまさに先生の言っていた通りになったことをもって、上掲のごとく賛嘆しているわけである。

ただし、わたくしの実感を言わせてもらうと、先生の言っていることはいつも大袈裟であり、結局は拍子抜けすることになるのだ。平成五年前後に盛んに言っていたのは、二十年後の主要敵は日本、というものだった。中国の首脳がそのように発言したとのことだった。しかし、今現在の客観的な状況としては、中国の主要敵は米国であり、日本は米国の飼い犬くらいにしか見られていないフシがある。

この平成の三十年間に日本は衰退の一途を辿り・・・

同じく教学部長である。つまり、三十年前の状況は軍事力はさておき、経済力においては日本の存在がベラボウに大きかった。ゆえに中国としても日本を主要敵と考えていたわけなのだろう。ところがいつの間にか経済力が逆転してしまった。その意味ではもはや主要敵ではない。

いかがだろう、こうして見ると浅井先生の言っていたことはかなりアヤシイものであり、実際にはかなり外れていることがわかるのではないかと思う。それを大見識とオダテテイルのだから、困ったものである。

宗門末寺妙広寺住職と一対一の法論実現
満座のなか徹底糾弾、住職ついに返答不能


副教学部長である。この記事は前号の婦人部員の記事に対応するもので、十二月二十六日の拙稿で取り上げた話題である。とは言え、面倒臭い話なので内容にはほとんど触れなかった。

 「ならば、すでに正本堂はなくなり、広宣流布が来ても御遺命の戒壇には絶対にならない偽戒壇を、訓諭で『将来、御遺命の戒壇になる』と断言したのは明らかな御遺命違背だ」

言っていることが強引すぎる。こうしたデタラメな論法でゴリ押しするものだから、敬遠されるのである。

上掲の断言云々を逆手に取れば、次元は異なるものの、浅井先生も五十歩百歩である。今までどれだけの大言壮語をしてきたのか、その大半がホゴになってしまっている事実をどうするのかと、わたくしは問いたい。

話を戻して、日達上人の訓諭は御遺命違背ではない。結果論で言えば、見通しを誤った、というだけの話である。あの時代、創価学会の大躍進がそのまま続いていたら、広宣流布が達成していたかもしれない。誰もがそのように錯覚していたのである。恐れながら日達上人もそうした意識を御持ちだったのだろう。ところが結果はご存知のごとくである。

阿部日顕死亡の報は三日経っても伝えられず・・・

婦人部第五総部長(千葉)の記事には、岩手県二戸市の宗門末寺・安穏寺に所属する法華講員の話が出てくる。その人は日顕上人の御遷化を、顕正会の班長さんから聞いたのだそうである。後日、寺院から一斉配信のメールがあったそうだが、上掲のごとく三日云々とあることからして、そのメールは四日目以降に受信したことになりそうである。

またしても不謹慎なことを書くが、だったら浅井先生の訃報も三日以内に知らされないとツッコミが入ることになるだろう。

正信会僧侶の言葉から先生への「敬意」を感じた

男子部第九総部長(新潟)の記事には、ご覧のような見出しが付いている。十一月十九日の拙ブログに関連する話題が載っているけれども、今回の記事でわかったことは当該住職の年齢である。

七十代半ばの老僧・・・

重要なことは、当時をリアルタイムで知る人たちが少なくなっていることであり、遅かれ早かれ誰もいなくなる。ゆえに今後、顕正会を支持する僧侶が出現するとすれば、それは書籍などを読んだ結果としてのこととなる。もしかしたらそういう人たち、すなわち若い世代の僧侶たちのほうが、色眼鏡ではなく虚心坦懐に顕正会のことを評価できるのかもしれない。

と書いてから次の紙面を見ると、同じく正信会の話題だった。

 去る九月二十八日、宮城県登米市の正信会寺院「本源寺」へ佐藤支隊長とともに赴き、近藤住職と、その息子で同じく正信会寺院「本道寺」の法行住職の二人と話すことができました。

男子部第五十九隊長(南東北)の記事である。不勉強のわたくしはよく知らないが、本源寺は東北方面の寺院としては、日目上人がいちばん最初に建てた寺院なのだそうである。それが今現在、正信会系の所属寺院とは驚きである。

それはさておき、記事では主に息子のほうのセリフがたくさん紹介されている。

 「顕正会の言うことに宗門は反論できないと思う。私から見ると、本山より顕正会の方がまじめに良くやっていると思う。顕正会は筋が通っている」

年齢が不明ながらも、おそらくはリアルタイムで知っているわけではなく、書籍などから情報を得ているのだろう。まさに前述のごとくである。今のところ、この手の記事は正信会系の人たちが目立つけれども、もし正宗の若手僧侶たちが顕正会を支持するようになれば、まさしく歴史的大転換を迎えることになるだろう。

阿部日顕の晩年「既往病歴30以上」
御本仏に背いた現罰の恐ろしさ!


女子部第二百三区長(千葉)の記事に付された見出しである。

わたくしは守秘義務違反の恐ろしさを言っておきたい。この話はいつものごとく又聞きのパターンであり、区員の話を区長が語っているわけである。だったら直接本人が登壇すればいいだろう。しかし、そんなことをしたら守秘義務違反がバレてクビになるかもしれない。だから間接的に発表している、もしくはさせている、ということなのかもしれない。

・・・また既往病歴も三十以上あると聞いては、それだけでも御遺命破壊の大罰と思わずにはいられませんでした。

他にもたくさん書かれているが、これは完全なる守秘義務違反だろう。区員は看護師失格である。

その上で言いたいのは、どうせならばそれらの病名を代表的なものだけでも書けばよかったのに、と思う。

僭越なことを書くと、日顕上人は日達上人の先例があるので誰よりも健康には気をつけていたのかもしれない。ゆえにかなりの頻度で受診していた。また治療方針の一貫性の上から過去の病歴なども克明に記録されていた。それが長年にわたって蓄積されれば、それ相応の数にはなるだろう。わたくしのようにほとんど病院に行かない人間であっても、数えてみれば十個以上の病歴があるのだ。いわんや齢九十の人間をやである。

これを御遺命破壊の大罰などと言われたら、堪ったものではない。

2019/12/31

マモナク  
今朝も沖浦氏から挨拶があった。例の曼荼羅道具論についても引き続きコメントが寄せられている。しかし、今日は顕正新聞第1491号を取り上げたい。

実はすでに新春号が届いているのだが、それはまだ先の話である。何しろ今日は十月度総幹部会の会長講演を取り上げる。三ヶ月遅れである。いや、正確には二ヶ月遅れなのだが、ともかく遅延が著しいのは事実であり、なかなか回復が見込めない。まあ、しかし、誰に迷惑を掛けているわけでもないので、これでいいのだろう。

全日本人の三人に一人はこの広告を手にしたことになる。

基礎教学書の広告文である。この発行部数が四千百五十万枚に達した。ゆえに日本人の三分の一が手にした計算になる。

もちろん計算上の話であって現実的には違うだろう。

さらにいま第20号・21号も接近しつつあります。

これが余計なのである。浅井先生の悪癖と言ってもいい。

台風19号などは十月半ばの猛烈な台風で、まさに「非時風雨」の難です。

これもよろしくないだろう。

気象庁のサイトには台風の上陸数が掲載されている。過去のデータによれば、七・八・九月に集中しており、その三月が文字通りの台風シーズンである。しかし、少ないながらもその前後、六月と十月にも台風は来ているのだ。ゆえに言っていることが大袈裟なのである。もし一・二・三月くらいに台風が来れば、それこそ非時風雨の難であり、先生の言っていることも相当となるが、十月の台風ではそれほど説得力があるとは言えまい。

広布前夜の今も、まもなく巨大地震が連発し・・・

これは感覚がマヒしているのか、単に物忘れが激しいのか、そこが気になるところである。

ようするに3.11の時から巨大地震の連発が始まったと言っていたはずなのである。ところが上掲では「まもなく」と言ってしまっている。いかにもおかしな話である。

要言、約言

ここは新境地かもしれない。具体的な発言を引用しておこう。

三大秘法抄の御文を要言すれば御付嘱状の御文になり、さらにそれを約言すれば「国立戒壇」になるということです。

大きくは間違っていないものの、これが絶対的に正しいとは言えないだろう。この件については後日取り上げる機会があるはずなので、今回はここまでにしておきたい。

対論の結果・・・

対論した折には・・・


個人的にはタイロンが気に食わない。浅井先生も偉くなったものである。

己の身が保たぬことを知って池田を裏切ってからは・・・

意味不明である。もちろん文章の意味はわかる。平成二年ないし三年以降、宗門と創価学会は全面戦争に至る。しかし、普通に考えれば戦争しないほうが得策だったはずなのである。それにもかかわらずなぜに日顕上人はその道を選んだのかと考えると、単なる自己保身とは別次元の話に思える。

つまり、浅井先生の言っていることを善意に解釈するならば、日顕上人は大聖人の御叱りを恐れて池田氏を切った、という意味になるはずなのである。ならば顕正会にとって悪いことではないだろう。

・・・ようやく最終段階を迎えんとしているのです。

だからいつも言っているのだ、御遺命守護完結宣言はどうしたのだ、と。

この二冊が存在することは己の恥となる、己の地位を危うくする。

浅井先生の未熟さを露呈している。少なくとも日顕上人は反省の弁を御述べになった。ところが浅井先生は過去の大言壮語について一度たりとも反省していない。むしろ都合の悪い部分を隠して自慢話ばかりしているのだ。

おわかりだろうか、浅井先生は誰よりも己の恥を隠す人間なのだ、あるいは顕正会の会長の地位を失うことを恐れている、まさに自己保身に汲々とした人物なのである。

つまり、自分の価値観ないし尺度を基準にすると、日顕上人の御振る舞いがそのように見えてしまうわけなのだろう。

まことに幼稚きわまる。

浅井先生によれば、日顕上人は創価学会の弁護士グループの虚説を信じ込んでしまい、例の二冊の悪書を書いた、ということらしい。

ただ、ここも物忘れが激しくなっているのか、過去の発言とは少し違っている。

 さて、正本堂を正当化するための学会・宗門のさまざまなたばかりを見るに、池田大作のそれは幼稚、細井管長は粗雑、そして阿部教学部長は最も巧妙である。

大きく違っていると書いてもいいのだが、いちおうここも善意に解釈するならば、あれからかなりの長年月が経過しているわけだから浅井先生もバージョンアップしたのだろう、ゆえに今の先生から見れば幼稚に見える、ということなのだと思う。

しかもこのときはすでに池田とも争っていた時代です。

前後を端折って恐縮であるが、先ほどの自己保身にリンクする話である。ますます浅井先生の言う己の身が保たぬ云々が意味不明である。むしろ常識的に考えると、ここでの自己保身は、己のプライドを保つ、という意味ではあるまいかと思う。

日顕上人には甚だ失礼とは承知しつつも書かせていただくと、創価学会とケンカすることも己のプライドのためであるし、さりとて顕正会にも頭を下げたくない、これまたプライドそのものである。

わたくしの言っていることが百点満点とは思わない。さりとて浅井先生の意味不明の発言よりは遥かに正鵠を射ているのではあるまいか?

 しかし、ひと月経っても、何の動きもない。

例の日如上人への直諫である。そもそも直諫という表現そのものがアヤシイものであって、発言当初からそのように言われていたわけではないのだ。今は記憶だけで書くが、後に総男子部長あたりがその表現を使い出し、それを他の幹部たちもマネするようになったのだ。もしこれを意図的にやっているとしたら、とんでもないインチキ野郎たちである。

もはや優柔不断は許されません。

日如上人への直諫にはご覧のようなくだりがある。ゆえに浅井先生としては上人がこの言葉に刺激されて何らかのアクションを起こすことを期待したのかもしれない。しかし、前掲のごとく、何の動きもなかった。

「大聖人様が宗門追放して下さったのだ」

何を言っておるものかと思う。すでに過去の拙稿において言及したごとく、日顕上人の御年齢からして、何の不思議もないことである。甚だ不謹慎ながらも大草氏あたりが急死でもすれば大事件だとは思うものの、日顕上人の御遷化が宗門追放などとはチャンチャラおかしな話である。

諸天に申し付け給う大聖人の絶大威徳

この一段はデタラメである。こんな恣意的な御書の解釈は誰にも考え付かない。いわゆる牽強付会の典型だろう。

必ず国中が驚くような加速度が付いてくる。

それが事実となるかどうか今後も見守り続けるつもりだが、ともかく活動会員たちを苦しめるような無理なノルマだけはやめていただきたいものである。


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