1946年11月3日、日本国憲法の公布された2日後、昭和天皇は以下の御祭文(ごさいもん=祝詞)を作成なさって、伊勢神宮に勅使を派遣され、奉読をさせておられます。
「さきに世界の大勢と国状の推移とに鑑(かんが)み畏(かしこ)かれども憲法に大きな改正(あらた)めを加へて以(もっ)て国家を再建すべき礎を固めなむと図りけるに今回永く兵革(へいかく)の禍(わざわい)を絶ち 在りと在る国民の総意を基調とし愈(いよいよ)邦家(ほうか=自国)の内外を平安(やすら)からしむるべく日本国憲法凡(すべ)て十一章百三条を制定(さだめ)茲(ここ)に之を公布(しらし)める事となりぬ是(これ)を以て此由(このよし)を告奉(つげたてまつ)るとして宇豆(うず)の御幣帛(みてぐら)奉出(たてまつりいだし)給ふ事を宇豆那(うずな)ひ聞食(きこしめ)して永遠の太平と国民の福祉とに威(たけ)き神佑(しんゆう=神の助け)を弥高(いやたか)に蒙(こうむ)り奉らしめ給へと白(まおし)給ふ天皇の大命を聞食(きこしめ)せと恐(かしこ)み恐(かしこ)みも白(まお)す」(原文宣命書き)
1946年11月5日
勅使、賞典長・甘露寺受長(かんろじおさなが)が伊勢神宮内宮にて奉読
岩波新書 原 武史著 『「昭和天皇実録」を読む』より
このことからも昭和天皇が日本国憲法において9条戦争放棄を明文化されたことに重大な意義があると認識されていたことがわかります。